ハリー・アップッ!!   作:炉心

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 シリーズ本編12話目。

 最後の一人が来襲。





ハリー・アップッ!! ~疑惑+困惑 ⇒ 思惑?~

 

 

(……誰だ?)

 

 内心に湧いたのは、明瞭簡潔な疑問。

 

 そして、寒く凍えるような冷々たる感覚。

 

 震える身体をギュッと抱きしめて、ただひたすらに耐える不安。

 

 声を上げることも叶わない、胸の奥から締め付けるような縹渺たる軋みだった。

 

 ………………………

 ………………

 ………

 

 

 その日は朝から異常に冷え込む日だった。

 

 テレビから流れていたニュース番組のお天気コーナーの言い様では、近年のこの時期では異例とも呼べるほどの冷え込み具合で、併せて空模様も思わしくなく、場合によっては雨どころか雪すらも降るかもしれないような曇天の寒空に日中は覆われるだろうとのことだった。

 

 一般的な認識ではあるが、ミッドチルダの特にクラナガン近辺地域は一年を通して比較的温暖な気候風土であり、真冬であっても気温が極端に下がることがない為、このような底冷えする天気自体はかなり珍しい。

 

 身も心も縮こませてしまいそうな寒空の下では、誰しもが少々顔を顰めるようにして往来を行き交い、あまりにも唐突な寒気の押し寄せに悪態を吐きながら、今日という日を渋々と過ごしている。

 

 遥か空の彼方に居を構えるお天気の神様の気紛れは、いつの時代どんな場所であったとしても、地上に住まう人々を悩ませる種であるようだ。

 

 そんな、青女の舞い降りそうな朝を迎え、目を覚ましたハリーがズルズルとベッドから這い出した後、いの一番に取った行動といえば、まず即行でクローゼットの奥から去年買った白のロングコートを筆頭とした防寒具一式を引っ張り出すことだった。

 

 家から出る時には、前日までからは想像もつかないような完全防備。白のコートと合わせたミルキィホワイトの手袋に、某少年にプレゼントさせた明るいブラウンのマフラーを併せてその身を包むという完璧な防寒対策を取った上での、ブツクサ文句言いながらの登校だった。

 

 その日の学校の休み時間には、友人達と今日の突然過ぎる寒さについて事有る毎に文句を言い合い。昼休みに昼食を終えた後には、学食で食事中だった馴染みの少年に熱いコーヒーを奢って貰った(笑顔で頼んだら、何かを諦めたような顔をして買ってくれた。勿論、四人分)。

 

 放課後は散々不平不満を言いまくっていた今日の寒さもなんのそのと、いつもの友人メンバーで街に繰り出し、適当なファーストフード店でたむろし、遊楽施設に赴いて存分に騒ぎまくり、途中で少々の災難に見舞われながらも充分に今日という日を楽しんだ後、夕方からバイトの予定がある者達の提案もあって、そのまま現地で自然解散して自宅付近まで戻って来ることとなった。

 

 最寄り駅から自宅マンションに向かう途中でコンビニに立ち寄って飲み物やら菓子類やらを買い込み、なんとはなしに足を向けたのは自宅からは少し別の方向。幼少の時分から幾度となく歩いた記憶の蘇る、昔馴染みの少年が住まう住宅街の方面。

 

 最近の日の落ちる時間が早くなりだしたのを見上げた夕空に感じつつ、霧雲を想わせる白い息を吐きながら、四半時間も歩けば目的としていた見覚えのある住宅が見えてくる。

 

 まだ空は薄ボンヤリと明るく染まっているが、既に街灯がそこかしこで灯りだした閑静な住宅路を抜け、徐々に目的とする家へと近付く。目指す場所が確実に目視出来る距離にまで来たところで、ハリーの持つ一般人以上の良好な視力は件の家の前の路地に立つ人物の姿を捉える。

 

「セア――――…………」

 

 ハリーが決して見間違えるはずもない、特徴的な色の髪の少年。

 

 西日に染められて、普段見るよりも暖かみを増した少年の髪の色を目にしたからだろうか? 滲み寄る寒気で微妙に凍ばっていた己の頬が緩んでいくことに気がつきながらも、内心に芽生えた偏屈なプライドに追従して、敢えて素知らぬ振りを貫く。声を張り上げて夕日に明るく染まった萌木色の髪の少年の名を呼び掛けようとしたところで、相手の少年が一人でいるのではないことに気がつく。

 

 ハリーが発しようとした名前は、中途半端なところで途切れて音を失う。

 

(……誰だ?)

 

 歩みを止めて、その場から少年と一緒にいる人物の様子を窺うハリー。

 

 わざわざ立ち止まる必要などないし、こんな遠くからまるで覗き見をするみたいに眺めている必要もない。

 

 だが、何故か地面に根が張ったかのようにピクリとも動かない足。前に進もうと意識を傾けているにも関わらず、前に進むのを拒んでいるかのような反応しか返ってこない全身。本来なら融通無碍を誇る自分の体が、まるで見ず知らずの他人の体にでも取って代わったような気さえする。

 

 動かぬ体に理由が思い至らぬまま、ハリーに出来るのは、結局のところ遠目からの観察だけだった。

 

 何故か辛くなってくる呼吸。自身の体の中を流れる血液の音が、五月蝿いほど鮮明に耳朶の奥で響き渡る。

 

 何かがハリーの中で囃し立てて、戸惑い揺れている自分を、どこか冷静なもう一人の自分が客観視しているようだった。

 

「綺麗な……人…だな……」

 

 口先から漏れた呟きが、酷く残響にして耳に残る。自分らしくない、乾ききった声だった。

 

(セアレの知り合い……か?)

 

 夕日に眩く映えるオレンジ色の長いストレートの髪。

 

 十字マークの入った白のラバージャケットを羽織り、漆黒のランダースーツを纏った均整の取れた女性的な肢体。

 

 青金石色の瞳が収められた目を少しだけ細め、知的で優美な微笑を浮かべる女性は、どこかで見た覚えもあったのだが、ハリーはすぐに思い出せなかった。

 

 おそらくはハリー達よりは数歳年上と思われるその女性は、片手を傍に停車しているバイクに添え、傍から見ても親しげな雰囲気で少年との会話を楽しんでいるようだ。

 

(バイク関係の知り合いか? オレの知らない……。でも、あんな……)

 

 いくらハリーが少年ことセアレと昔馴染み且つ非常に親しい間柄とはいえ、相手の交友関係の全てを把握している筈はない。それくらいは承知の上だ。

 

 故に疑問は、別の部分にある。

 

(何なんだよ、あの顔……)

 

 思い過ごしかもしれない。それでも、目の前の年上の女性に向けるセアレの視線に、心なしか平常以上の熱の篭もった何かが混じっているようにハリーには見えた。

 

 それと同時に、セアレがその顔に浮かべている表情もまた、ハリー自身があまり見た記憶のない系統に分類されるもののように思えた。

 

 普段よく浮かべている、『ヘラっ』とした力の抜けた表情ではない。自分の我侭に付き合う時によく見せる、諦めを含んだバカみたいに優しいマヌケ面でもない。本当に時折目にする、真剣で真面目な少し大人びた表情ですらなかった。

 

 基本的には笑顔一色。それでいて多少の照れと思慕が混じったそれは、所謂『憧憬』といった部類に位置する表情なのではないのだろうか。

 

(バカセアレめ……デレデレしやがって)

 

 ハリーの中でイライラとした鬱積が急速に募り、言い様のない不快感が感情を圧迫する。

 

 内心で少年に対して小さく悪態を吐いたが、何一つ気持ちは晴れない。寧ろ鬱懐とした気分が強くなる。

 

 次にどのような行動に移るべきかを見出すことができず、ただその場に佇むだけのハリー。少しだけ、その場に膝を抱えて蹲りたい気分だった。

 

「……帰るか」

 

 暫し瞑目していたハリーだが、ゆっくりと瞼を押し上げると、誰に向けるでもなく独りごちる。

 

 夕闇の幕が瞬く間に世界に落ちたのだろうか?

 

 視界に映る世界の彩光が、随分と失せて見えた。

 

 踵を返して歩き出すハリー。数歩も進んだところで後方からモーター音が聞こえ、間髪入れずにライトの明かりがハリーを背後から照らし、すぐに脇の道路をバイクが走り去る。

 

 思わず立ち止まり、その場で過ぎ去るバイクの後ろ姿を凝視する。

 

 颯爽と風を切るように走り抜けたそのライダー姿は、男勝りで若干不良少女ぽいスタイルを好む傾向にあるハリーとしても、一度ならずとも憧れてみたりするものだった。

 

(カッコイイじゃねぇかよ。……よく男連中が憧れるって聞く、『年上のイイ女』ってタイプなのか?)

 

 すぐにバイクは見えなくなった。

 

 なんとなく。本当になんとなく、再び動き出すのが億劫に感じた。

 

(なんだかな~~……わけわかんねぇ~)

 

 ふと、何もかもがアンバランスな感じがして、夜空を見上げてしまう。

 

 疎らに濃紺の天幕に瞬き出した星々の煌きが見えたが、今のハリーには星海の神秘に想いを馳せるようなロマンティシズムは生まれなかった。

 

「……ハリー? こんな場所で、何でボーっと突っ立てんの?」

 

 素っ頓狂にも聞こえる声。

 

 振り返ったハリーの視界の中で、平和で呑気な顔をしたセアレが歩み寄って来るのが見えた。

 

(……バカセアレが)

 

 剣呑な視線をセアレに突きつけ、ハリーは内心で今日何度目かになる悪態の言葉を吐いた。

 

「あれ? なんか言った?」

 

 声には出していないはずだが、ハリーの纏う雰囲気から何か感じるものがあったのか、首を撚ってハリーに問い返すセアレ。

 

 どこかズレまくった、気の抜けるような空気が広がっていくようだった。

 

「…………」

 

 不意にハリーの中で閃くものがあった。一瞬、視線を落として己の手を見れば、今日の思わぬ災難の結果に行き着く。

 

「――――持て」

 

 白んだ頬とキツめに噛んだ唇。無表情に近い顔を上げて、ハリーは持っていた荷物をズイっと前に差し出す。

 

「ん? ああ、別にいいけど」

 

 突然の行動ながら、有無を言わさぬ圧力を言外に感じ、内心の疑問を増しながらも素直にハリーから荷物を受け取るセアレ。一瞬でも拒否の姿勢を示さなかったのは、今だ人が失うには至っていない動物的危機察知能力が、懸命に鳴らし続ける警鐘に耳を傾けたからでもあった。

 

「何? 菓子とかジュースばっかじゃん。俺にくれんの?」

 

「……そうだな」

 

 セアレの両手が荷物(コンビニ袋×2)で塞がったのを確認し、音もなく流れるような動作で距離を詰め、徐ろにセアレの首付近へと空いた両手を伸ばしたハリーは――――

 

「??? ――――ホわッちゅゥゥ!!!!!」

 

 問答無用で冷え切った素の手をセアレの首筋に貼り付けた。

 

「ぬぐおおぉぉぉぉ!?!? つ、冷てぇぇぇぇ!!?? な、何をすんだハリィィィーーー!?!?」

 

「アハハハハハ!! 面白れぇな、お前!!」

 

 首筋に襲い来る極寒の責め苦。侵食する冷気が体温を奪う現状に、悲痛で情けない顔で叫びを上げるセアレに対して、無慈悲にも『対セアレ用:人間カイロの刑』の私刑執行を継続し続けるハリー。

 

「手袋にコーヒーを零しちまってな。数時間は冷やされ続けた手だ。どうだ、存分に味わいやがれ」

 

 お気に入りの手袋だったのだが、今はカバンの中で洗濯される時を待っている。

 

 コーヒーを零した瞬間は最悪な気分になったものだが、今の愉快な状況に繋がったと思えば、多少なりとも気も晴れると言うものだった

 

「うぐぅぁぁぁぁ!!! あ、悪魔なのか、ハリィィィィ!!!」

 

 寒冷地獄に突き落とされ、凍死の明確なビジョンすら脳内に浮かんできそうなセアレは、なんとか抵抗しなければと、ハリーから渡された荷物を持った己の手を持ち上げ、首筋に吸い付くようにして離れないハリーの手を強制排除しようと試みるが。

 

「誰が悪魔だ!! それに、おいコラ、セアレ!! その袋の中には、プリンとかケーキなんかの崩れやすい物も入ってんだからな! 乱暴に扱うなよ!!」

 

「くっ……とんだ罠だった。卑怯なり、ハリー・トライベッカ!!」

 

 ハリーの横暴極まりないが拒絶しづらい言葉に、胸の付近まで持ち上げたところで抵抗を断念。唸り声を上げながら、セアレは三文小説に登場する悪役みたいな台詞を吐く。

 

「はっ!! 戯言だな、セアレ・ルシーブル! 油断したお前が悪いのさ! この体勢に持ち込んだ時点で、オレの優位は揺るぎないものなんだぜ? 敗者の弁など聞く耳持たずだ。オレに暖を取らせるという重大な役目を、甘んじて受け続けるがいいさ!!」

 

 何故かハリーもノリノリな雰囲気で言葉を返す。それは、つい先程まで色々と溜まりまくっていた何かを、無意識の内に払拭しようとしたことの表れだったのかもしない。

 

(……たく。このバカと一緒にいると、なんでこう……)

 

 いつも通りの、馬鹿みたいな遣り取りだった。

 

「な、何なんだ。一体……」

 

 ハリーの突拍子もない行動に達観の空気を纏わせ、為すがままにされることを受け入れる姿勢となったセアレ。

 

 グッタリとした表情は同情を禁じ得ないものだったが、本気で嫌がっている素振りがあまり見えないのも事実だった。

 

「素直じゃねぇか。後で頭を撫でて、『いい子いい子』してやろうか?」

 

「それだけはマジでやめてくれ……」

 

 ハリーの提案に、心底悲痛な表情で拒否の意思を示すセアレ。笑顔を深め、更なる追撃の言葉を重ねるハリー。

 

「じゃ、特別に好きな菓子を選ばせてやろう……有料だけど」

 

「ありがとう……じゃない!! 金取るのか、これ!?」

 

「当然だろ? 女に奢らせる気か? 因みに、金額はオープン価格な。オレ基準の」

 

「何それ!? 普通に拒否しぬく! いや、それよりも、ハリー基準のオープン価格って幾らだ!? あれか、定価の何割増とかを平然と請求するつもりか?」

 

「そこまで外道じゃねぇよ。そうだな……今週末にでもバイクでどっかに連れてけよ。その時の対応次第で、更に奢らせるかどうかを決めるってことにしといてやるよ」

 

「うわっ、普通に次も奢らせるつもりだろ? 今月はバイト数が少なくて、俺が結構ピンチなのは知ってるよな?」

 

「そうだっけ? じゃあ……よし、今週末は一緒にバイトしてやる。確か、ミアがバイトのヘルプが欲しいとか言ってたしな。どっかに行くのは再来週だ」

 

「……ハリー、本当に度胸あるな。ミアの紹介するバイトって、俺はハリーが碌な目に遭わなかった記憶がそこそこ有るんだが。主に衣装関係で」

 

「……否定はしねえよ。メイドだったりバニーガールや軍服モドキだったり、動物の耳や尻尾を付けさせられたりと散々させられたからな……。もう、オレはいちいち気にしねぇことに決めたんだ」

 

「それ、凄く男前な台詞だな。――――そう言えば、修道女姿もあったよな。あ、あれは聖王教会系での慈善活動へのボランティアの一環だっけ? ……意外と似合ってたよな。あの時のハリーは思いっきり猫被ってたし」

 

「……それは忘れろ。今すぐ」

 

 脈絡がなかったり、無茶振りだったり、方向性も着地点も定まらない延々と続くような掛け合い。だけど、決して無意味でも無価値でもないと、心のどこかで理解している会話が、ピッタリと寄り添うような距離を維持している二人の間で途切れることなく続いている。

 

 一瞬、ハリーの視界にひとひらの雪花がちらつく。音のない冬の喚起だった。

 

 白む濃さを増す吐息を見ながら、それでもハリーはただ純粋に思う。

 

(ホントに……暖かいな~)

 

 手の平から伝わる少年の体温が、触れ合う存在が、紡ぎ合う言葉が、憂鬱な寒空も何もかもを吹き飛ばすような気がすると。

 

 

 





 前半が少し重い感じでしたね。

 でも、後半の雰囲気は個人的に今まで話の中でも上位に入るくらい好きな感じです。
 
 主人公とこんなテンポの遣り取りが書けるのは、ヒロイン達の中ではハリーだけですしね。


 え? 謎の女性の正体は誰かって?

 ……わかりますよね?


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