ハリー・アップッ!! 作:炉心
久し振りの投稿です。
前回から随分と間が空いてすみませんでした。
今回のテーマは、『青春モノの王道』です。
では、どうぞ~。
それは、中等科生として迎える最後の夏。
それまでと変わらない。でも、どこかで少しずつ変わっていきつつあったあの夏。
そんな夏のある日に起きた、鮮明で、鮮烈で、でもどこまでも普通な、そんな夏の一幕だった。
* * *
ミッドチルダの主要都市部周辺の地域は大半が海洋性の温暖な気候が一年を通して続く地域ではあるが、四季の変化がまるでないわけではなく、夏季ともなれば時には蝕むような暑さが続く日もある。
燦々と降り注ぐ夏の陽光によって熱せられたアスファルト。その表面からは揺らめく陽炎が立ち昇っている。
人々の恨み節が聞こえてきそうな夏の一幕だが、突然降り頻った激しい夕立が、景色が歪んで見えるほどの灼熱の待機を一気に冷ました。
天気の女神様の気紛れか、はたまたタチの悪い悪戯かは判断に窮するところだが、前触れなく天然のシャワーに遭遇することになった道行く人々にとってはそんなことはどうでもよく、皆一斉に頭上を覆って走り出した。
そんな大勢の人々の群れに紛れて、周囲の人々同様に走っている一組の少年少女。
近隣にある市立学校の中等科に3年生として通っている、セアレ・ルシーブルとハリー・トライベッカの二人だった。
学校指定の制服に袖を通している二人は、徐々に濡れる面積が増えつつある現状から一刻も早く抜け出す為、全力で雨宿りできる場所を探しながら走っている。
正しく降って湧いた不幸。だが、実は本日のセアレにとっては、こんなアクシデントを別にしても今日と言う日は不運続きな一日であった。
その発端となったのは、長年の付き合いであるハリーが抱えていたとある事情――――ぶっちゃけて言えば、高等科への進学に向けた学力不足を補う目的で学校にて開かれていた補講授業なるもの――――に付き合わされ、学生にとって最重要タイムである放課後の大切なひと時を延々と勉学に励んで過ごすはめになったことが挙げられるだろう。
極めて一般的で平凡よりは多少は上のレベルな成績の生徒であるセアレ。現状の成績があまり宜しくない状態もあって補講授業への出席が必須だったハリーとは異なり、セアレには当然ながら補講授業への出席の義務も必要性もないのだが、ここで何故か“ある人物(と書いて『ハリー・トライベッカ』と読む)”の手によって強制的に参加させられることになる摩訶不思議展開。さらにその後、“ある人物”は急に勉強への向上心が湧いたのか、補講授業終了後には復習も兼ねた勉強会まで敢行することとなり、最終的には学校の図書館に夕方近くまで居座る結果となったのだった。
そんなこんなにあれやそれと、出席する意思も意味もなかったはずの補講授業を見事最後まで受けきり、挙句の果てにその後の勉強会ではハリーに家庭教師モドキをさせられる始末。漸くのことで解放へと至ったセアレの足取りが学校を出た直後から非常に軽かったのはある種当然と言えた。
更に付け加えると。殊更に珍しいことではあるが、ハリーがセアレに何かを奢ると言ったことで寄り道をすることが決定し、「マジですかっ!?」と思わず声を出さずにはいられなかったセアレ。何とも単純ではある。だが、そんな些細なことなんぞは気にせずに、心持ち以上に軽くなった足取りで「いざ、街に!」と、意気揚々と街へと繰り出してみての、その途端に起きた空模様の急変化であった。
計ったかのように発達していた積乱雲の陰がセアレ達の上空を覆ったかと思えば、微かな雷鳴に続き、ポツリポツリと最初は数滴の雫。街行く誰かが発した「雨?」という声が聞こえたかと思えば、すぐさま到来する視界全体を埋め尽くすような激しい勢いの雨。
そして、
「くそっ。びしょ濡れじゃねぇか」
全力で駆け込んだ先での第一声。
街のビル群の合間にある人通りがほぼ皆無な裏路地の軒先で、悪態を吐きながら濡れて垂れ下がる前髪を掻き上げたハリーは、目に見える範囲で服に付いた雨雫を無造作に掃う。そのすぐ横ではセアレも同様の行為をしているが、正直なところ、二人揃ってそんな行為がほとんど意味を成さないくらいに全身がびしょ濡れの状態であったが。
「つぁ~も~、最悪だな。びしょ濡れじゃねぇかよ。なあ、セアレ。お前さ、その担いでいるバックからタオルとか出てきたりしないのか? ついでに携帯式のドライヤーとかも一緒に出てきたらオレポイント的にプラス5点だぞ」
「んなもん、持ってると思うのか? 参考書とかノートだけだっての。……ハリーの分も含めたな」
「なんだ~、用意が悪いぞ。用意が。男ならそれくらいはちゃんと気を回して準備しとけよな。いざって時にどうすんだよ。まったく、しょうがねぇなぁ。これはオレポイント的にマイナス20点だな。大減点だ」
「無茶言うなって。あと、オレポイントって……初めて聞いたぞ。一体何のポイントなんだ?」
ハリー自身はタオルはおろかバックすら持たない手ぶら状態でいるくせして、平然と無茶苦茶言ってくるその清々しいまでに尊大な態度に対して辟易した気持ちを声に出して表現するセアレなのだが、何故か同時に全然関係ないことで非難されているような不思議な気持ちにもなっている。それは何か、男の甲斐性とか義務的なことのような気もするのだが、下手に口にすると変な勘繰りとかを招きそうなので、思い過ごしということで内々に秘めたままで処理することにしておくことにした。ついでに、ハリーの口にする『オレポイント』なるものも気になっているにはいるが、それも少しだけ口にしただけであまり深く突っ込まないでおく。セアレの勝手な予想ではあるが、評価基準とか聞くと後々すごく恐ろしい事態に繋がりそうだし。
「うぇぇぇ、マジで下までびっしょりかよ。替えとかも持ってねぇしな。ハンカチとか今日持ってたっけ? ……折角オレが奢ってやるって言って街に来たってのに、これもバカセアレが雨男な所為だ」
至極どうでもいいことのようなそうでもないようなことで頭を悩ましまくっている気分のセアレだが、傍らでブツブツと小声で文句(と何故かセアレへの暴言)を垂れ流しているハリーの方はセアレのそんな脳内葛藤などまるで知ったこっちゃなしなご様子。スカートとシャツに含んだ水を切る為にそれぞれの端を軽く掴んで絞った後、少しでも乾かそうとしてか、摘まんだシャツをパタパタとあおいで風を送り始めていた。
(う~ん。ハンカチ程度でも……まあ、気休めにはなるか?)
おもむろにズボンのポケットに手を突っ込み、服同様に濡れた状態のハンカチの所在を確認。こんなものでもまったく無いよりはマシかと思い至り、使うかどうかを提案しようとしたセアレ……後で思い返せば、この時のセアレはあまりにも無防備且つ思慮不足過ぎたと言えただろう。状況から鑑みても、少しばかり考えを巡らせていれば容易に予想出来うる事態であっただろうに、本当に何も考えることなくハリーの方へと向けられたセアレの視線。
(あっ―――――)
待ち受けていた光景に、宙を横切る視線は即座にその場に釘付けとなる。
視認した情報が与える圧倒的衝撃と威力にセアレの思考は急停止するが、何故か眼前の光景だけは鮮明に認識し続けてしまう。
「たくっ。濡れた髪がベトつく上に重ぃんだよな」
水分を含んだハリーの髪は色の深みを増し、普段とは異なる深い紅玉にも似た艶めき放ち、その髪から滴った雫はハリーの顔の輪郭線をなぞるように数本の髪を伝い、顎の先から喉元へと伝う。流れる雫はまるで何か強力で抗い難い吸引力でも発しているかの如くセアレの視線を掴んで放さず、そのまま喉元を過ぎた雫は伝い落ちるままにハリーの健康的な肌を通じ、覆われた肩甲骨の付け根の間へと流れてゆく。そして――――
(ゥッ!!!!)
その瞬間、セアレの目に飛び込んできたもの。
雨に濡れた白シャツは肌に張り付き、ところどころ薄く透けて見えるハリーの肌の色とそれ以外の色の2本のライン。暑さで2番目のボタンまで外された学校指定の白シャツをハリーが摘まんで引っ張っていることで広く空いたシャツの隙間から覗く向こう側には、淡い水色の布地で保護された緩やかに隆起する少女の双丘と、そこから生まれた僅かな谷間の影が在った。
意識の全てが吸い込まれてしまいそうな感覚。逸らすことも抗うことも出来ない絶対的な魅惑の発露。
思考を一時停止させてしまう程の事態の訪れに戸惑うセアレだが、次の瞬間、弾けるような動作から首を全力で明後日の方向へと捻る。それはもう、セアレ自身も驚嘆するほどの人間の可動域の限界を突破するような動きですらあったと思う。
顔面が一気に熱くなり、鼓動の速さも急激に増してゆく。非常に気マズく、言い難く、自分でも抑えきれない類の衝動と熱が身体のある部分に集中していきそうになる。
(お、落ち着け俺!! 冷静に! クールに!! クールになれ!!)
「変なことを考えるな!」と、思考が暴走しそうになる自分に言い聞かし、この落ち着かない身体状況と高まっている熱を冷ます為にも、逸らした視線の先にある雨の街でも眺めて当分の間はやり過ごそうと画策するセアレだが、
「おい、セアレ。なんでいきなり顔を逸らしてんだ?」
どうやらハリーにはこの行動がお気に召さなかったらしい。
顔を逸らしている為に直接見ることができない状態にも関わらず、ハリーが不機嫌な表情を浮かべて怒りのオーラを纏わせているであろうことが手に取るように分かるセアレだった。
「こらっ。無視すんなよ。なんだぁ、雨に降られた上にびしょ濡れになったことを怒ってんのか? オレの顔を見るのも嫌ってか?」
「違うって。怒ってないから。そう言うんじゃないから」
「じゃあ、こっち向けよ。何でもないのに顔を逸らされるとか、気分悪いだろが。ってか、何でオレから徐々に離れていってんだ?」
「い、いや~。別に俺は……その……うん、ほら、あれだ……」
(頼む。察してくれよ……)
言葉が交わされる度に徐々にハリーとの距離が近づいている気配を感じ、その分だけ距離を取るようにジリジリと自身の身体を移動させているセアレ。
「何故気付かないんだ?」とか、「複雑な男心を理解してくれよ」とかの懇願の気持ちを心の中で切に祈りつつ、同時に変な部分で鈍感且つ無頓着なハリーの性格をちょっとだけ恨む。
「……そうか。どうしてもオレの方を向く気が無いんだな? オレとまともに話をする気もないし、あくまでそんな態度を押し通すつもりなんだな? おし、わかった。いいだろう」
(何だ? 何か企んでる? ハリーの奴、何かする気か?)
「そっちがそんな態度を取り続けるって言うんなら、それならオレにも考えがある。そう、考えがあるさ」
ハリーの放つ台詞から不明瞭な悪寒に襲われながらも、顔を逸らしているセアレにはハリーがどのようなリアクションを取るのかが確認できない。それ故、ハリーに何か行動を移されたとしても即座に対応は取れないだろう。
これはマズいと、セアレは瞬時に自身の脳をフル稼働させて今後ハリーが行う可能性の高い行動の予想と対策を考慮し始める。
~予想その1~
「こっち向け、この野郎がっ」の掛け声と共にセアレの頭部を強制反転。抵抗しようが抗議の声を上げようがお構いなしの待ったなし。即ち、勢いと腕力にものを謂わせた強制執行。
別名『いつものハリーのハリーによるハリーらしいハリー行動』(命名:某少女の昔馴染みの少年)
その対策方法は――――『なし』。レジスト不可。抵抗など無意味。
男女の差なんぞ関係なし。ひ弱な一般人であるセアレに、日々格闘技とトレーニングを積んでいるハリーに対抗できる腕力など有りはしない。要するに、いつものように素直に諦めろってこと。人間諦めが肝心。
(そうなったら……よし、全力でハリーの首から上にだけ意識を集中しよう! それしかない! つーか、それしか俺が生き延びる術がない!!)
~予想その2~
「バァ~カセアレ……こっち向け♪」と、超ご機嫌な感じの声を掛けながらポンッとセアレの肩へと手を置く。そんでもって、肩の骨が悲鳴を上げるのを聞いたセアレは必死で浮かべた笑顔の顔をハリーへと向けることになる。即ち、優しい声と握力を活用した教唆執行。
別名『笑顔での説得なんて、ハリーさんも随分と大人になったんですね。でも、俺の肩に掛かるその手はやっぱりハリーなんですね。そうなんですね』(命名:奢るよりも奢らされる人生な少年)
その対策方法は――――『ない』。これまたレジスト不可。抵抗なんか夢のまた夢。
知ってるかい? 笑顔ってのはさ、元を糺せば捕食者が獲物に牙を剥く時の口を歪ませる仕草とかから発生したんだってさ。要するに、ヒエラルキーの上位者から下位者に向けた実力行使宣告の象徴ってことだよ。世は弱肉強食。長いものには巻かれろ。
(……あれ? 予想その1と似てる? 結局は振り向かされてる? つまり、ハリーの首から上に意識を集中するしかないってこと? それだけが俺に残された唯一の生存手段ってこと?)
~予想その3~
「わかったよ。もういいよ。好きにしろよ。もう一生オレの方を向くんじゃねえよ。バカセアレが」と拗ねたような、でも、どこか弱弱しい感じの声で言い切って、明後日の方角を向いたまま無言となるハリー。その後はセアレがどんな言葉を掛けようが一切無視。
(これは……マズいな。予想その1とか2とは別次元にマジでヤバい展開だ。可能性としては低い気もするけど、もし現実にでもなったりしたら最悪すぎる。どうする? そんな事態になったら俺は……)
ハリーはセアレの方を決して向こうとしない。
ひとつの行動が原因となって人間関係を一生変えてしまうこともある。一度疎遠となった結果、もしその後ハリーと二度と話す機会すらも失われてしまったら?
予想される未来の光景に嫌な汗が全身に流れるような気がしたセアレは、形振り構わずハリーの方を向くだろう。そして、必死に謝罪と説得を試みる。再びセアレの方を振り向いてもらえるなら、ハリーが笑顔だろうが怒り顔だろうがどんな表情をしていようとも気にしない。即ち、強制も教唆も関係ないセアレ自らの自発的行動。
別名『ハリーに対して一生の後悔を抱くくらいなら、紙屑程度の価値しかない俺の羞恥心とかプライドとか意地とかなんてさっさと捨てちまうさ』(命名:別名が徐々に長くなってきている少年)
その対策方法は――――『わからない』。レジストは可。対策は自体は出来るだろう。何もしなければいい。ただそれだけでいいのなら、こんな簡単なこともないだろう。
結果として、セアレとハリーの昔馴染みとしての関係はそこで終わるかもしれない。終わらないかもしれない。未来なんて誰にもわからない。ただ確実に言えることは、行動には常に結果と責任が伴うってこと。若さゆえの過ちも後悔も全ては自己責任。
では、一番大切なことは何?
(決まってるよなぁ、答えなんてさ。うん、決まってるわ。……とは言え、意識をハリーの首から上に集中するのは変わらないけど。ほんと、男がこの世の中で生きていくのは大変だわさ)
予想が3つほど出たところで一端思考を停止。それまでの予想した内容と対策方法を一度脳内で反芻し、総括してみたセアレは、
(……うん。これ駄目だ。最終的に結末は全部一緒じゃん。何をしても詰んでるじゃん)
達観染みた結論に即座に達する。
どう足掻いても碌な予想が出来そうもない。これが深層心理への刷り込みというものなのか? 知らず知らずの内に調教されているとはこういうことなのか?
我が人生に逃げ場なし。いつだって選択肢の先は崖っぷち。
セアレは何だか無性に泣きたくなった。でも、決して泣かない。
(だって、男の子だもん)
こんな芝居がかった台詞を内心で呟いていること自体、実は単なる現実逃避で時間稼ぎなのだが。そこを責める人間はこの場にはいない。むしろ、誰かしらが介入してくれたほうがこの事態を打開できる可能性が高いが、そんな都合の良いことが現実にそうそう起きるわけもない。現実は過酷で残酷である。
「なあ、セアレ」
――――来た!!
遂にやって来てしまった、運命のその時。
セアレの行く末を左右するであろう権利を持つ存在からの呼び声。背中越しに聞くハリーの発した声に感情の起伏は感じられない。ただ音を発しただけのような声の響きに、来たる未来への予想は至極困難だった。
身を固くしたセアレは、息を呑んでその場を耐えることに終始する。この先に訪れる展開が自分の予想していたものと同様となるのか、それともまったく別の方向性への展開に至るのか、全てはもう間もなく訪れる現実となってセアレの眼前に展開されるだろう。となれば、もはやどんな状況に陥ろうともセアレがすべきことはひとつだった。
(ハリーの首から上しか見ない。ハリーの首から上しか見ない。ハリーの首から上しか見ない。ハリーの首から上しか見ない…………)
深く瞑目し、頭の中で己が取るべき行動を念仏のように繰り返し唱える。己自身に言い聞かせるように唱える。その後はもう、心の準備は万端だと、唇を動かす程度の小声で「さあ、こい!!」と叫んで意気込み身構えるのみ。
そして、
「何をそんなに気にしてるんだよ?」
「ッ!!!!!!!!」
耳元に吹きつけられるような囁き。
同時にセアレの両肩に音もなく添えられた人の手の感触に、思わず心臓が口から飛び出るかと思った。
寸前のところで飲み込んだのは叫び声。本当に奇跡と呼べるような己の所業に、自分で自分にファインプレー賞を贈りたいくらいだ。……そんな余裕はなさそうだが。
「聞いてるのかよ? バカセアレ」
背中に感じた感触。
(えぇ!? おい!! 待て!! 待って下さい! ちょっと待って!! ハリー!?)
頭が混乱と暴走と妄想で爆発しそうになった。
雨に濡れて肌に張り付く背中の服越しに、柔らかい何かがハッキリと当たっている。それは絶妙で至高で男心をこの上なく複雑にする何か。興味と神秘と妄想の果てにして、思春期の野郎連中にとっては知っちゃあいるけどおいそれとは決して口にできない何か。少なくとも異性の前ではまず口に出すことなど不可能。たとえ昔から見知った仲だろうがどれほど気心が知れていようが何だろうが、そんな恐ろしい真似できるはずもない。そんな何かである。
「オレの姿の一体……な(・)に(・)が、そんなに気になってんだ?」
再び耳元に吹き付けられる吐息に、背筋に電流が奔り、肌が粟立つような感覚。
絶賛混乱中で思考力の低下しているセアレの思い違いかもしれないが、どこかハリーらしくない意味深に聞こえる言い回しは、思考の混乱具合に更なる拍車をかける。
(き、気のせいだ! ハリーは別に変な意味で聞いてない!! そう、普通に俺の行動に疑問を浮かべているだけなんだ! そうなんだ!! そうに違いないさ!!)
際限なく上昇するような気さえするセアレの体温。その所為か、ハリーの手の平から伝わる温度は逆にヒンヤリとした感じで、それがまた何だかよく分からないゾクゾクとした感じを助長させている。でも、首筋に吹き付けられ続ける吐息と背中の服越しに伝わる体温は燃え上がるように熱かった。
もう、意味が分からないよ。
「ハ、ハリー!!」
だからもう、セアレは全力でチキン野郎な行動に出ることにする。
「すまん! 俺、トイレに行ってくるから!! ついでにタオルとかも買ってくるから! 雨ももう止みそうな感じだし、ハリーは此処で少しの間待っててくれ!!」
どうか責めないで欲しい。致し方なかったのだ。人生十五年程度しか生きてない平凡な市立学校の中等科生であるセアレには、これくらいしか選択肢が存在しなかったのだ。最善でないが最良に近い選択だったのだ。
直後からのセアレの行動は迅速だった。
ハリーからの返事を待つこともなく、脱兎如き様相で猛ダッシュ。目指す場所など考えてはいない。それでも何処かを目指してただ走るのだ。たとえ「あっ……」という後ろ髪引かれまくるハリーの微かな声が背後から聞こえようと、背中から離れた自分とは異なる体温とか柔らかな何かにもの凄く残念な気持ちを抱こうと、決してセアレは振り返ることはしない。全ての雑念と欲望をかなぐり捨て、ただひたすらにその場を全力で後にする。
何故だろうか? この時唐突にセアレは「ウォォォォォッ!!」と叫びながら走りたい衝動に駆られるが、流石に実際にやってしまうとこの上になく恥ずかしいこと間違いなしなので、現実には無言で走るだけだったのだが。
「……あのバカ。何やってんだか」
軒先という安全圏から飛び出し、徐々にパラつく程度の雨模様となりだした路地をどこか必死な感じで駆けてゆくセアレ。その遠くなっていく後ろ姿を見詰めながら、その場に残されたハリーは一人呟く。同時にホッと撫でおろすような息を吐いていたのだが、幸か不幸かその瞬間に居合わせるようなタイムリーな人はいなかった。
「にしても、こんな路地裏に女を一人で置いて行くなよな。オレをなんだと思てるんだか」
「これは奢る立場が逆転しちまったな」と呟き、呆れたようなニヤついたような表情を浮かべてセアレが全力で走り去っていった方向を見ていたハリーだが、不意に無表情となって空を見上げ、数秒程その場で完全停止してから、視線を下へと移動する。
「…………」
胸元から下方面へと向けた視線の先には、今だ雨で濡れたままの制服の白シャツやスカート。
肌に張り付いていたシャツは雨の水で透けていて、右手の指先でシャツの一部を摘まみ上げれば、その下にある下着の存在も色もハッキリとハリー自身の目で確認できる。それはつまり、傍から見ていても確認できると言うこと。
「ホントに……バレバレなんだって~の」
降り頻っていた雨の齎す冷たい空気が非常に心地よく感じたのは、夏の熱さ故か別の火照り故かは分からないが、言いようのない高揚感が鼓動のリズムを高鳴らせ、再び緩んだ頬の筋肉はハリーの顔に柔らかな笑みを形取らせる。
急に胸の内から駆け上がって来た抑えきれない衝動。
「う~ん。うん! うん!!」
身震いする全身に、シャツの胸元をギュッと掴み、ハリーは何かを飲み込むように何度も強く頷く。
ハリーの中に在る何かが、少しずつ変わっていく。そんな確か感じ。
「おっ――――雨、上がったな」
ふと気づけば、いつの間にか周囲には透き通るような気配が満ち、空を漂う夏雲の隙間からは明るい光が刺してきていた。
一時の夢にも似た夏の日の夕立。
西の空に傾きだした陽の光が生む夕焼けはキラキラと地上に残る雨粒に反射しながら世界を照らし出し、それを眩しげに眺めるハリーの顔を鮮やかな赤に染めている。
それは、どこにでもあるような夏の一幕であった。
お読みいただき、ありがとうございました。
このシリーズ中では何気に一番古い時系列でのお話でした。
ハリー達の中等科時代の制服が分からないので、何となく想像でブレザータイプにしてみました。
異論は認めますが、変更はしませんのであしからず。