ハリー・アップッ!! 作:炉心
データの一部を発見した為、サルベージと手直しをしつつ投稿します。
一応、全4話(週に一回のペースで投稿予定)。
「だぁぁぁぁぁっ! やっぱ、無理だっ!!」
全身が映る姿見の前で盛大な絶叫の声を上げたハリーは、勢いよく頭を両手で抱え込みながらその場にしゃがみ込んだ。
複数人の少女達がひしめき合う更衣室に突如響いた絶叫に周囲にいた者達が一斉にその視線を向けるが、発信源となる人物を特定すると即座に状況を理解したのか、少女達の集まっていた視線と意識は各々の最も重要な関心事の方へと戻っていく。
そんな一瞬の注目の的になっていたハリーといえば、年相応以上に均整のとれた健康的な肢体をこれまた健康的な純白の下着を身に付けただけの格好であるのだが、そんなことを気にしている様子はない。
どうせ、周囲にいるのは同年代の同性ばかり。知った顔も多いし、下着姿を晒したからといってなんら困ることなどありはしない。むしろ、現在進行形でハリーを大いに悩ませているのは、しゃがみ込んだ状態のハリーがその両腕全体で抱え込むようにして保持している物体の方。ヒラヒラで、キラキラで、サラサラと、三拍子揃った上質な布地で出来たモノの処遇に関することであった。
「あ~あ~、駄目ですよリーダー。そんな風に乱暴に扱ったら。わざわざ今回のパーティー用に折角あつらえたドレスなんですから、皺でも入っちゃったら大変ですよ」
それはとても長く壮絶であり、様々な思惑と喧々諤々な遣り取りと慎重で厳重な選考過程を経て、遂に選考メンバーであるハリーの友人達三人の全会一致の結果を得て用意されたパーティー用ドレス。そんなある種の乙女の意地と矜持が篭った勝負着に対するハリーの手荒な扱いに苦言を発したのは、すぐ近くで自身の分のドレスに袖を通していたルカだった。
「変な部分に折り目なんかが入りでもしたらそれこそ最悪ですよ。この手の衣裳は使っている布地の素材もそうですし、装飾品やなんやが色々とくっついている関係もあって下手に扱うとそれはもう。後始末とか、思っている以上に大変になるんですから。扱いには注意しないと」
普段愛用しているサングラスは外し、変わりに今回参加するパーティー向けに新たに購入した伊達眼鏡――――聞いた話では、近頃ミッドチルダの一部女子の間で話題沸騰中の新鋭デザイナーズブランド製らしい――――を掛け直したルカは、しゃがみ込んだまま「無理だ……やっぱし、オレには無理なんだ。こんな格好、出来るわけねぇんだ。そうだ、参加するなんて言わなきゃよかったんだ……」などと、自分の世界に引き籠って後悔の言葉を発し続けているハリーに近づき、「はいはい。リーダーらしくないですよ。こんな土壇場になってからそんな及び腰になっているなんて」と、どこか呆れたような声色の言葉を掛けながらハリーの二の腕に手を無造作に引っ掛け、そのまま有無を言わさぬ勢いで一気に上に引っ張り上げる。
「あれ? リーダーはまだ着替えてないんっスか? 髪のセットとかもあるし、早くしていかないとどんどん時間が無くなっていっちゃいますよ?」
「ああ、リンダ。そっちの着替えは終わったのか。それならちょうどよかった。この通り。見ての通り。リーダーがさっきからすっとこんな調子で大変なんだよ。あたし一人だととても手に負えないからさ、手を貸してくれると助かる」
ちょうどハリーが立ち上がった瞬間、飛んできた言葉にルカが首を振れば、スペースの関係上から更衣室の別の場所で着替えを行っていたはずのリンダが自分達の方に向かってきていた。
様々な服やアクセサリーに装身具関係が散在する更衣室内。ざっくばらんにメイク用の小道具などが入った荷物の数々。それらをとっかえひっかえしながら絶賛変身中の少女達の間を擦り抜けながら一足先に着替え終えたドレス姿のリンダが近づいてくる。しかし、リンダがドレスを選んでいる段階から知っていたこともあってある程度は予想していたとはいえ、こうやって実際に目の当たりにしたその姿は随分と普段のリンダのイメージからはかけ離れたものだった。
思わず、何かしらの軽口でも叩こうかと一瞬思案するルカ。だが、それをしてしまうと確実にルカ自身のドレス姿に対しても盛大な返しのブーメランがやってくることが目に見えている。となれば、結局は下手なことは言わぬがお互いにとって吉と判断し、ルカは無難な言葉と現状のヘルプをリンダにお願いすることに止めた。
「もしかして、まだゴネてるんっスか? まったく……。リーダーもいつも言ってるじゃないっスか、『女は度胸』っスよ」
自身の準備が済んだので様子を見にやって来たリンダだったが、混雑する更衣室の場所を順番に使う為に準備を始めた時間に多少のタイムラグがあったとはいえ、まるで準備が進んでいないハリーの様子に少々驚きを隠せなかった。
「い、いや、ほらさ。なぁ、リンダ。やっぱオレにはこんなドレス姿とかはイメージに合わないんじゃないかって思うん……だが……なぁ……」
ごにょごにょとまるで言い訳でもするように、ハリーは普段とは比べ物にならないくらいに張りのない小さな声で尻すぼみな言葉を吐く。だが、そんな着替えることに対して大いに抵抗するような素振りを見せている割には両手でドレスをしっかりと握っていて、もの凄く大事そうに抱え込んでいるようにも見えるその仕草とのギャップが何とも激しい。
一瞬、リンダは遠い目をしながら、「ツンデレか? 向ける相手が違うでしょうよ。なんで女であるあたしらにそんな意味のないことを……」と、思ったり言いたかったりする気持ちが多分に湧き上がったりするが、今は時間がないので割愛。テキパキと物事を進めていかないと、限りある時間はどんどん過ぎていってしまう。
「――――よし、ルカ。リーダーのことに関してはあたしが一端引き受けるんで、ルカは先に自分の方の準備に集中したほうがいいっスね。よく見たらルカの方もまだ髪とかのセットが全然終わってないみたいじゃないっスか。とにかく先にそっちの準備を終わらしちゃって、リーダーの準備を手伝うのはそれからでいいっスから」
「そうか。それじゃあリンダ、リーダーのことは頼んだ。ちゃちゃっとこっちの準備を終わらせちまって、すぐに手伝いに戻るからさ。……んで、リーダーも。さっさと腹を括って着替え始めてくださいっ! 大丈夫。あたしらが選びに選び抜いたそのドレスに間違いなんてないんですから。変に尻込みしてないで、リーダーは堂々と着こなしてくれればいいんですよ」
「そうっス! ルカの言う通り! 文句なんて言う奴がいたら、そいつは目が腐っちまってるバカか、どっか別次元な趣味の野郎かのどっちかっスから!!」
渋り続けているハリーのことなどはもうお構いなし。お互いに忙しなく動きだし始めながら、怒涛の勢いでハリーの説得(と言う名の言い包め)を行うルカとリンダ。その息の合ったコンビネーションでの言葉のラッシュは、流石は長年の友人同士といった具合。
口を挿む隙すら一切与えぬ雰囲気の友人二人。
孤立無援なハリーは退路も逃げ道も断たれ、徐々に追い詰められていく。成す術もなく気圧されていく中、タイミングを計ったかのように放たれたルカの次の台詞が、悪足掻きを続けていたハリーの抵抗心に止めを刺す決定打となった。
「……それに、わかってますよね? リーダーはあたしらと違うんですよ? なにせリーダーはペア参加でこのパーティーに参加登録しているんですから。つまりは、リーダーがここでもしもドタキャンするなんてことになりでもしたら、今日一緒に来ているペア相手のあの野郎の立場がどうなるか。ハッキリ言って、思いっきり恥を掻かすってことになるんですよ? それでもいいんですか?」
「っぅ~~~。わ、わかったよ! 着るよ! 着ればいいんだろ!! 着れば! 着てやらぁぁぁっ!!」
ルカの放った含みを持った台詞。その効果は抜群だった。
表情筋が引き攣りまくった途方もなく表現し難い表情で唸った後、まるで己を無理矢理納得させるかの如く一通り絶叫したハリーは、勢いよく姿見の方へと向き直ると手にしていたドレスを目の前に広げてしばらくジッと睨みつける。そして、すぐさま意を決したかのような表情となって袖を通し始めた。
(お、恐ろしいっス。ルカってば、いつの間にこんな遠い存在に……)
ハリーの性格とペア相手に対して抱いている感情を巧みに利用し、見事にハリーを説得したその手腕を目の当たりにし、加えてハリーが叫び声を上げた瞬間に一瞬だけ口元をニヤっと歪ませたルカが浮かべた表情。その様子を目の当たりにしたリンダは、長年の友人の持つ擦られざる姿に対して思わず戦慄を覚えたのだった。とは言え、これで漸くハリーの着替えが始まったのだから、特に何かを言うつもりは毛頭なかった。いろんな意味で言ったら言ったで絶対に後悔しかしない気がヒシヒシと感じるしね。
(と、とにかく。今はまずリーダーの準備が優先っスね)
「リーダーも着替えを始めたし、ルカも早く自分の準備を終わらした方がいいっスよ。必要なら手伝うっスから」
横目に見たルカは既に普段通りに結わえていた髪を解き、更衣室のロッカーに備え付けの姿見に映る自身の姿を見ながらに櫛で髪を梳かし始めている。
リンダはハリーのメイクを手伝う為、ハリー用に用意していたアクセサリーや化粧用品などを足元に置かれていたバックから取り出して確認する。
「え~と、コンシーラーにマスカラ、チークカラーと……アイプチ? これはリーダーには要らないっスよね?」
勿体無いと言うべきか羨ましいと言うべきか、ハリーは普通に見栄えする顔立ちや性格的なものもあって日常では殆どメイクの類をしない。精々がリップを塗るとかその程度のものだ。今回も気合の入った本格的なメイクをするのは事前に頑固且つ強固に拒否られていたりもするのだが、リンダ達としてはそうは簡単に問屋を卸すつもりはない。折角得た絶好の機会だ。活かさない手はないではないか。要するに、力尽くだろうがなし崩し的だろうが何でもいいので、今回のパーティーではナチュラルメイク以上なレベルでのメイクアップを実施しようかと密かに考えていたりする。
その名も、『パーティーを機会にハリー・トライベッカを着飾りまくって周囲の皆がホクホクしよう! 大作戦ッ!!』である(「作戦名がそのまんまやん!!」とか、「センスが微妙な上に作戦名が長すぎだろう……」とか、「当事者であるハリーの都合はお構いなしかよ!?」といった感じの突っ込みを挟んではいけない。基本的にノリが大半なのだから)。
「リーダー。とりあえずドレスに袖を通し終えたら、一端こっちを向いてください。皺とかヨレがないか確認しますから。その後は髪のセットとメイクしますっスからね、駄々をこねずに協力してくださいよ」
「子供かよオレは……。はぁぁぁぁ。了解だよ。りょーかい。もう好きにしてくれってんだ……」
もはや何かを言う気力も無くしたのか、重い溜息を吐きながらひたすらリンダ達の指示と状況に流されてゆくハリーだが、ふと周囲を見回してあることに気が付く。
「そういやぁ、ミアはどうしたんだよ? 姿が見当たらねぇけど。リンダは一緒に着替えに行ったんじゃなかったっけ?」
「ああ……。ミアならまだ向こうの方で準備中っスけど……」
不意にリンダの顔に差す暗い影。その予想外に豹変した雰囲気に、質問したハリーはおろか、傍で鏡を見ながらヘアーアクセの位置を調整していたルカも思わず戸惑いの表情を浮かべながらリンダの様子を窺う。
「ど、どうしたんだ?」
「リーダー。ルカ。こんなこと、正直言ってあんまり口にしたくはないんっスけどね……」
あまりにも重苦しい雰囲気で語りだすリンダに、ハリーとルカは二人揃って「お、おおぅ……」といった微妙な感じでの相槌しかできずにいる。
何かあったのか? だが、一体何が?
ミアがリンダに何かするとは思えないが、この雰囲気は只事ではない。一緒に着替えにいった先で二人の間に何があったのか?
事情が分からずに悩むハリーとルカだが、すぐに答えは示された。
胸とお腹周りに両手をそれぞれ当てたリンダの、
「世の中って、不公平すぎると思うんっスよね。ホント……はぁぁぁぁぁぁ」
深い……心底深い溜息。
どこか自嘲気味な空気を纏った半笑いな表情のリンダに、何も言えずに押し黙るハリーとルカ。
(リ、リーダー。何とか言ってくださいよ。何かこう……いい感じの言葉を!!)
(む、無茶言うなよ!? ルカこそ何か言ってやれよ!!)
どうしようもない世の不条理。これが格差社会と言う名の現実なのかと、残酷な現実が伝える事実に打ちのめされている友人に対して、慰めの言葉を掛ける勇気を持つことがどうしてもできない二人だった。だって、どう言葉を選んでも地雷しか存在しないし。
で、
「よっ、よし、リーダー!! さっさと準備しちゃいましょう。無駄にする時間も無いことですしね!!」
「お、おおぅ。そ、そうだな。確かにな! さっさと準備しないとな!!」
盛大且つ強引に話を逸らすことにしましたとさ。何、ヘタレかって? いやいやいや、違う違う。これは正しい方向へと話の軌道を戻しただけってことなのですよ。だってよくよく考えてみれば分かるとおり、ハリー達が今現在に実行すべき最重要課題事項とはパーティーへの準備をすることであり、ハリーとルカはその正当な任務をまっとうするために至極当然な行動を選択しただけなのだから。……決してリンダへの対応策が見つからず、我ら触らぬ神に祟りなしを敢行したわけではない。断じてそうではないと言いたい。
「ほんとーに、なんなんスかね~。この違いはね~」
「……え~と、そうだ。ルカの方こそ用意はもう終わってるのかよ?」
「もうチョイってとこです。どうもリップの色が微妙に納得いかなくて、今ちょっと悩んでいるですけど、もう終わりますよ。そしたらリーダーの方を手伝いますから」
「そうか、ワリぃが頼む。やっぱ、オレだけで準備はできそうにねえからな」
「あ~、も~、どうして欲しくてたまらない部分には全然付かなくて、欲しくもない部分にばっかり付くんっスかね~。何かの呪いっスか~、これ」
「「…………」」
遠い目をして一人呟き続けるリンダを横目に、もう誰かどうにかしてくれと願う気持ちを内心で抱きながらも、ハリーとルカは口を挿むことなく準備に没頭することにする。
(まったくなぁ。なんだってこんなことになってんだ? って、やっぱしアレか? あの時に口車に乗せられたからか? だとしてもさぁ……ああ、もう、なんだかなぁ)
多分に後悔の混じった溜息を人知れず吐きながら、ハリーは己の拳を全力で振るいたい気分で一杯だった。だがしかし、すぐにその対象とすべき現状に至る原因を作った相手というのが、勢いに任せて浅はかな行動を取った数日前の自分だということに行き当たる。
「自業自得ってやつかよ」
何とも言えない情けなさとか疲労感を全身に感じて、ハリーは人知れず溜息を吐くのだった。