ハリー・アップッ!!   作:炉心

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第3作目です。

ようやく彼女が出せました。

元はこれが2作目になる予定だったのに、彼女登場の為に延び延びに……。

前半は設定話に近いので、寛大な心で読んでいただければ幸いです。

少しでも彼女達の魅力が表現出来ていることを願って。





ハリー・アップッ!! ~放課後サイドウェイ~

 

 セアレ・ルシーブルは平均的で平凡な男子学生である。

 

 敢えて特徴を挙げろと言われれば、少々珍しい色の髪をしているくらいだ。それとて、多種多様な容貌に色彩の髪や瞳を持つ者の多いミッドチルダでは特別過ぎるものではない。

 

 少なくとも、彼自身は己の平均性と凡庸さを認識しているし、直接聞いたことはないが、周囲の家族や知人や友人も似たり寄ったりな感想を抱いていることだろう。

 

 そのことが要因や理由になるわけではないが、学校生活に於いても平均的で平凡な態度で日々を過ごしている。基本的に遅刻はしないし(一昨日にしたが)、授業をサボることもない。興味の持てない授業や苦手な科目の場合は居眠りをしてしまうことも時折あるが、大概は真面目に授業を受けているのである。

 

 故に、休日前の最終授業とあって、ざわめきのやまない教室ではあるが、彼自身はいたって普通だった。周りの雰囲気に流されて授業を受けないということもない。もっとも、教師に目をつけられるのを恐れるだけの小心者なのかもしれないが。

 

「―――である。以上の様な事情から、戦乱期中期から末期の古代ベルカの歴史解釈に関しては未だに多くの見解や解釈があり、系統的な定説の決定に至らないわけだが……」

 

 そんな中、騒がしさが続く教室で教鞭を振るっていた教師も、いい加減我慢の限界がきたようだ。

 

「お前ら、まだ高等科の1年だからって余裕があると思ってないか? 歴史の授業は必修なんだ。落としたら最悪留年も有り得るんだぞ」

 

「でも先生。定説も無いような古代ベルカ史なんか覚えてどうなるんですか?」

 

 教師として、またこのクラスの担当主任としての真っ当な説教に対し、比較的真面目に授業を聞いていた生徒の一人が疑問を投げる。

 

「定説は無いと言っても、次の考査試験範囲には入っているんだ。課題レポートの提出もある。せめて大まかな時系列と人物名の暗記くらいはしていろ。この時期は群雄割拠の時代で、今でも有名な人物も多い。お前らも『覇王』イングヴァルトや『雷帝』ダールグリュン、『アルザスの竜公』に『風王』や『聖王女』オリヴィエなんかは小説やテレビの歴史ドラマ等でも知っているだろう?」

 

「ジイさんバアさんじゃないんだから、歴史ドラマなんて見ないですよ~」

 

 窓際でだらけながら話を聞いていた男子生徒が、少々茶化しながら応える。

 

「それにしても少しは関心を持て。それに、来週の校外学習先は市民ホールでの演劇鑑賞だ。題目の『プレスト【夏の嵐】』はこの時代を扱った有名な恋愛劇だしな」

 

「『あぁ~ガーランド! 触れたい。貴方に触れたい。それだけで私はこの嵐の夜も越えてゆける』」

 

「『フレデリカ、貴女なのか? この風の囁きに紡がれて伝う想いは……』」

 

「お、演劇部が暴走か?」

 

「俺も触れて欲しいねぇ~」

 

 教室後方にいた演劇部所属の女子生徒達が劇中の有名な台詞を掛け合う。それにチャチャを入れる周囲の男子生徒達。途端、再び教室内が騒がしくなる。

 

「こらっ! お前ら、ふざけるんじゃない。まだ授業中だぞ」

 

 正直、諦めてもいるような気配もあるが、それでも注意するのは教師としての務めなのだろう。勿論、この年頃の少年少女に一度おふざけモードの空気が出来てしまうと、修正は儘ならないことも理解しているだろうが。

 

「まったく。いいかげ―――」

 

 カランコロン、カランコロン。

 

「―――はぁ、本日の授業はここまで。週明けが以前出した課題の提出期限だからな、ちゃんとやっとけよ」

 

 授業終了の鐘を聞き終え、大きく嘆息したあと、教師は荷物を纏めてさっさと教室を出て行ってしまった。出掛けに、「各自教卓の上の配布プリントを取るように」と言ってプリントの束を置いただけで、終業のロングホームルームすら行わずに去っていたその背中に、哀愁と疲れが重なって見えるのは気のせいではあるまい。

 

「―――あれ? もう終わったのか?」

 

 放課後に向けた準備に騒がしくなる教室で、授業中ずっと机に突っ伏していた少女が眠気眼を貼り付けたままの顔を上げた。

 

「おはよう。今ちょうど終わったとこだよ」

 

 隣の席で教材を片付けていたセアレは、睡眠学習に勤しんでいた少女に起床の言葉を掛け、次いでこんな感じの言葉をのたまった。

 

「ハリー、おでこに寝跡がついてる上に涎の跡も見えるぞ」

 

 バシッ!!

 

「うっせ! 余計なこと言うなっ!」

 

 一瞬で机一つ分の距離を移動し、セアレの後頭部を叩く。寝起きとは思えない程の俊敏さだ。

 

「……いきなり叩くのはマジでやめてくれ。避けるのも心の準備も出来な―――ハリー、何してんの?」

 

 叩かれた後頭部を擦りながら顔を向けたセアレは、そこに不思議なものを見た。窓ガラスを覗き込み、両手でペタペタと顔を触る少女という図だ。

 

「お前が変なこと言うから……」

 

「いや、変って。事実を言っただけだけど」

 

 何かしらの納得がいったのか、顔をセアレに向けたハリーだが、微妙に不機嫌そうというか苛立っているような表情だ。もしかしたら、叩いた程度ではまだ怒りが収まっていないのかもしれない。若干、顔が朱く染まって見える。

 

「まあいい。授業が終わったんならさっさと帰るぜ。お前も今日は用事ないんだろ?」

 

「はいはい、了解」

 

 自分の鞄持ち上げ、帰るよう促すハリーにセアレも同意するが。

 

「あれ?」

 

 ふと疑問が浮かぶ。

 

「ハリー、今日はミアとかルカ、リンダはいいのか?」

 

 そう、大抵の場合を一緒に行動している、『ハリーと愉快な三人娘(仮)』[命名・セアレ]の三人が今日はまだ来ていないのだ。別クラスの彼女達は普段なら授業が終わってこれくらいの時間には教室に顔を出すのだが。

 

「あいつ等三人、今日は全員用事があるんだとよ」

 

「へ~、三人同時になんて珍しいな」

 

 個別でバイト等の用があって揃わない事は侭有るが、三人共というのは希少だ。基本、彼女達はハリーのことが好きで一緒に行動するのがデフォになっている。

 

「ま、堪にはそういうこともあるだろう」

 

「あ、寂しい? 寂しい?」

 

「お前、喧嘩売ってんのか?」

 

「いやいや、ハリーは結構寂しがり屋だろ? 実際、賑やかで派手なのが好きだし。逆に暗いとことか湿っぽい空気とかは正直苦手だろ?」

 

「そこまで単純じゃねぇよ……いや、そうだな」

 

 少し茶化した口調のセアレに一瞬睨みつけを行うハリー。そんなハリーの態度に気づいているのか気にしていないだけなのか、言葉を連ねるセアレに納得がいかない顔をハリーはしていたが、暫し考え込み、一転してニヤッとした表情を見せる。

 

「うん。オレは寂しがり屋かもしれないな。じゃあ、そんなオレの為にも帰りになんか食いに行こうぜ。寂しがり屋なオレを慰める意味も込めて、セアレ、今日はおまえの奢りでな!!」

 

 墓穴を掘った。瞬時にセアレは理解する。

 

「……「今日は」じゃなく「今日も」な気がするんだが」

 

 思わず抵抗の言葉を吐くが。

 

「じゃあオレが奢ってやろうか?」

 

「奢らせて下さい」

 

 皮肉げな視線と表情を浮かべ、思春期男子のプライドを逆撫でするような台詞に、敢無く降伏の旗を振る。ガキっぽい見栄と言われようと、目の前で女の子に奢ってやると言われて、「はい、お願いします」と答えられるほど老成した精神は持っていないのだ。

 

「けってーだな。ちょい遠いけど、ノース・エルセアン・モールにしようぜ。ちょうどモール内のイベントゾーン全体でスイーツフェスタしってからな」

 

 セアレの言葉を即効で決定事項にしてしまい、場所を指定してきた時点で嵌められたことに気がついたが。

 

「……バイキング形式のやつだけだからな。それ以外は無理っ!!」

 

 確か、先週ハリーに見せられた情報誌では、2時間制バイキングコーナーと個別に料金が掛かる限定創作スイーツのコーナーに別れていたはずだ。流石に一個で一般学生の昼食代3~4回分もするような創作スイーツは奢りきれない。

 

「充分だ―――(今日はな)」

 

 ハリーの言葉に安堵しつつも(最後に僅かに聞こえた台詞が気になったが)、これ以上無茶な注文が増える前に移動すべきと考え、足早に教室を出るセアレ。

 

「おいおい、置いてくなよ」

 

 自分の鞄を担ぎ直したハリーがそれを追う。

 

「セアレ、確か今日はバイクを駅の駐機場に停めてたよな? 折角だからそれで行こうぜ」

 

「……通学中の無許可での学生のタンデムは校則違反だぞ?」

 

「まーまー、細かいことは気にすんな!」

 

 あっという間にセアレに追いついたハリーが楽しそうにセアレの肩を叩く。

 

 呆れ顔のセアレは自分の萌木色の髪をガシガシと掻き、結局諦めてハリーの提案を呑むことになる。

 

 放課後の喧騒が溢れる校舎を、少年と少女は肩を並べて通り抜けていった。

 

 

*      *      *

 

 

 因みに、二人が出て行ったあとの教室では。

 

「やっぱ、仲いいよね~あの二人」

 

「最近は『砲撃番長【バスターヘッド】』なんて渾名がついているけど、中等科から見てる私としては、トライベッカさんのイメージはとても『番長』って感じじゃないんだけど」

 

「いやいや、あの雰囲気はルシーブルと一緒の時だけだって。実際、一人の時とかはメチャクチャ男前だし。リーダー気質だよ」

 

「あ~、そういえばこないだのインターミドルの試合はカッコよかったよな~」

 

「確か都市本戦までいったんだよね?」

 

「5位入賞でしょ。惜しいところで負けちゃって。でも、知ってる? あの試合の前後、ルシーブル君がスッゴく心配してたって」

 

「いいな~、自分の事を本気で心配してくれる彼」

 

「憧れだよね~。わたしもそんな彼氏欲しいなぁ~」

 

「マジマジ? 俺はどう? 彼女募集中。メッチャ心配するよ。チョー心配するよ」

 

「「「ダマれ」」」

 

「…………(涙)」

 

「え? あの二人、付き合ってないでしょ?」

 

「「「「「「ウソッ!!(マジっ!!)」」」」」」

 

 そんな会話と叫びがあったとかなんとか。

 

 

*      *      *

 

 

「グゲッ!!」

 

 突如、横並びで座っていた少女に首を捻られた少年の口から出た音がコレである。

 

「ハリー! く、苦しい! つーか、死ぬ! 死んでしまう!」

 

 通常の稼働域の限界にまで捻られた首の持ち主は、己の頭部を横合いから伸ばした両手で固定している相手に危機的現状を訴える。

 

「文句言うな! こっち向いてろ!」

 

 眼前の少年――セアレの言葉に対して無体極まりない言葉で返し、尚もその体勢を維持するハリー。その視線は少年が向くことの出来ない正面へと注がれ、鋭い眼差しで何かを窺っているようだ。

 

「…………」

 

 無理な姿勢でいるのでかなり辛いのだが、ハリーの纏う空気に気圧されて二の句を継げないセアレ。無理矢理振り解くことも出来ない。明確で悲しい現実として、ハリーの腕力は魔法強化無しでも男であるセアレを遥かに凌ぐ。逆らうとロクなことがなさそうだというのも理由のひとつだが。

 

(しかし……)

 

 頭を動かせない為、必然的に視線は前にあるハリーの横顔へと向かうわけだが、そこには最近の巷や学校で耳にした評価やイメージも頷けるものがあった。

 

(元々、中等科の頃からモテてはいたけどな)

 

 繊細や可憐ではないが整った顔立ちに、強い意志を秘めた瞳。快活でリーダー気質な性格は総じて人受けが良い。その上、基本的に誰に対しても優しい為、同級生や後輩の女の子達が困っている場合は本気で心配する。そして、彼女達の力になるのだ。しかも、その行為には嫌味がない。

 

 実際、セアレはハリーが後輩の子達の頼み事を聞いている場面や協力している場面、更にはストーカー被害に遭っていた子達を助けたり、痴漢等を撃退して彼女達を守っている場面にも度々遭遇している。

結果、ハリー・トライベッカは『格好良い』が彼女達の中でのイメージだった。

 

 強さと優しさ、清涼感のある容姿と情熱的な行動力、媚びない姿勢と求心性、それらの要素をもって構成した人物像。同性に憧れられ、少女にモテるタイプの少女。それが、ハリーに対する昔馴染みとしてのセアレの抱く印象の一面であった。

 

(……あ、ヤバい。マジで意識がトびそう)

 

 などといった現実逃避的な思考を繰り広げることで現状に耐えていたが、酸欠によってそろそろ肉体は限界に達しそうである。視界は白み、意識も朦朧としてくる。

 

「……よし、行ったか? クソ、何であいつがここにいるんだ?」

 

(もう限界)

 

 セアレの脳内でその言葉浮かんだ次の瞬間、何やら小さく呟き、ハリーは漸くセアレの頭部を解放する。

 

「ウゲッ! ゲホゲホゲホッ!」

 

 まず、空気が痛い。そして、旨い。変な感想だが、それが正直なセアレの気持ちだった。

 

「おぉ、大丈夫かお前? 何、そんなになるまで我慢してんだ?」

 

(本気で言ってんのか?)

 

 涙すら浮かべて必死に呼吸をしようとするセアレを見てハリーが口にした言葉に、セアレは心の底からそう思った。疑問顔のハリーを見て、本気が見て取れたので口にしなかったが。

 

「い、一体何だってんだ?」

 

 ゼィゼィと息を荒げながら、話題変更も兼ねて真意を問うセアレ。

 

「気分だ」

 

「……おい」

 

「気分だって言ってんだ!」

 

 無茶苦茶な返答だった。

 

 どうやら、心疚しい感情も有るようで、微妙に目線を合わせずにいる。

 

「仕方ねぇ、飲みもん買ってきてやるから、お前はここで待ってろ……動くなよ!」

 

 間が持たなくなったのだろう。呼吸が乱れているセアレに対する謝意も含めてだろうが、ハリーは勢いよく立ち上がり、ドリンク販売コーナーへと駆け出してしまった。

 

「やれやれ」

 

 走り去ったハリーの態度に呆れつつ、ゴキゴキと首を鳴らすように動かし、首筋を伸ばす。痛み自体は直ぐに収まったが、攣っているような違和感が微妙に残っているのは仕方ないと無視することにした。

 

 セアレは格好を崩してベンチにダラけるように座り、見るともなしに周囲の様子を眺める。

 

 昨年オープンした大型複合商業施設である『ノース・エルセアン・モール』。施設中央部に位置するフードコートには椅子にテーブルやベンチ等が置かれ、様々な年代の男女が食事や喫茶を楽しんでいる。併設しているイベントゾーンでスイーツフェスタをしている為か、女性の比率が高いのはご愛嬌と言えるだろうが。

 

「―――では、手前共はこちらで失礼させて頂きます」

 

「ありがとうございます。大変有意義な時間を過ごさせていただきましたわ」

 

 不意に何処かで聞いた覚えのある声が聴こえる。周囲の喧騒の中、何故かよくとおる凛とした声に耳朶を刺激され、無意識に脳内の記憶一覧から該当する者を当て嵌めようと思考を巡らすセアレ。

 

「では、ごきげんよう」

 

 誰だったか? 喉元まで出かかっているのに、あと少しのところで出てこない。イメージは見えているのにだ。

 

 ゾワッ!?

 

 ……何故かハリーが怒る映像が浮かんできて、肌が粟立つ。

 

(何だ? ハリーと相性が悪い人物なのか?)

 

 セアレは直感が鋭い方ではないが、ハリー関係の予感は意外と当たる傾向にある。そのことから考えれば、声の主はハリーにも縁ある人物となるのだが。

 

「あっ……」

 

 ひとりの少女の姿が頭に浮かび、ほぼ同時にセアレの視界にイメージその儘の少女が入った。

 

「あら?」

 

 少女もセアレに気づいたようだ。一瞬、驚きの感情が顔に浮かび、直様喜びの表情となってセアレの座っているベンチへと歩み寄る。

 

 高貴さを醸し出す出で立ちと洗練された立ち振る舞い。プラチナブロンドに淡い湖水色の瞳をした令嬢。衆目を集めるのに充分な存在感を持った少女は、セアレの前まで来ると深い親愛の情が篭った表情となる。

 

「ヴィクター」

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン。ヴィクターの愛称のある少女。セアレの予感通り、ハリーとも縁のある人物だ。……良縁とは言い難いが。

 

「お久し振り、セアレさん」

 

 『花が咲く様な』と表現すれば良いのだろうか? 整った容貌に微笑みを魅せて挨拶するヴィクターに、セアレは釣られて笑顔を作ってしまう。

 

「久し振り。一ヶ月振りくらい? 前に会った時は少し調子が悪そうだったけど、元気にしてた?」

 

「ええ、至って健勝よ。心身共に良好……心に至っては、今は特にね」

 

 穏やかな口調で再会の挨拶を交す二人。

 

 以前会った時のヴィクターは色々あって調子が悪そうだったのだが、今日の受け答えからはその兆候は見受けられない。憂慮が杞憂に終わり、安堵の念を抱くセアレ。

 

「あと、以前会った時からまだ二週間しか経ってないわよ」

 

「それは失敬」

 

 ヴィクターに再会迄の日数の間違いを指摘されたセアレは、直様詫びの言葉を告げる。頻繁に会う間柄ではないが、倍近く日数を勘違いしていたのは少々バツが悪い。

 

「でも、クラナガン市内ならともかく、ここでヴィクターに会うとは思わなかったな。今日は何か用事? 遊びに来たって感じじゃなさそうだけど」

 

「スイーツフェスタに出店していらっしゃるお店からご招待を受けて、家の関係からのお付き合いに」

 

「なんか、大変そうだな……」

 

 事情を聞いて、失礼だと思いながらも同情してしまうセアレ。

 

「そうでもないわよ。美味しい創作スイーツも何品かいただきましたし、オーナーパティシエの方は古くからの知り合いで、良い方ですから」

 

 普通の学生には手が出しづらい高額の創作スイーツを何品も、か。なんて羨ましい。

 

「……それに、思わぬサプライズもありましたから」

 

 セアレに向ける笑みを更に深めるヴィクター。

 

「何? 何か特別なイベントでもあったの?」

 

「ええ、とても素敵な出来事が」

 

「それは良かったな」

 

 何があったのかは知らないが、ヴィクターに取って非常に有意義なことがあったようだ。ならば、素直に共感するのが一番とセアレは判断する。

 

「…………」

 

(あれ?)

 

 不意にヴィクターの表情が変化したような印象を受ける。漠然とした疑問をセアレが抱いていると、

 

「―――おい、さっきからオレを無視してセアレにチョッカイかけてんじゃなねぇよ」

 

 いつの間にかジュース片手に戻って来ていたハリーが、セアレの後方から存在感を放つ。ヴィクターの方を見ていたので声を発した瞬間はセアレにハリーの姿は見えなかったが、重く押し潰すようなドスの効いた声に胃が縮こまるようなプレッシャーを背後から感じ、その瞬間にハリーがどのような表情をしていたかなど……駄目だ、想像だけで死ねそうだ。

 

 その間にもハリーは前へと廻り、ヴィクターと対面するように立つ。

 

 ハリーは持っていたジュースをセアレへと突き出して手渡し、空いた両手は薄く開いて腰のあたりで構え、僅かに前屈みになった姿勢は臨戦態勢。

 

 対するヴィクターも両腕を形の良い胸の下で傲然と組み、右に少し傾げた頭、上がった柳眉に細めた目尻、鋭利な視線がハリーに向かう。

 

 何故、この二人は行き成りこんな喧嘩腰なのだろう?

 

「―――あら、いたの? 正直、全然気がつかなかったわ。わたし、興味の持てない相手にいちいち関心を払えるほど暇じゃないの」

 

「なんだとこのヘンテコお嬢様が」

 

「変な呼び名はやめてくれない? ポンコツ不良娘」

 

「「…………」」

 

 火花すら見えそうな雰囲気で睨み合う二人。そんな二人を見ながらセアレは思った。

 

(人間って、やっぱ動物の一種だよな)

 

 危険なものには近づかない。本能的に危機を感じれば逃げる。それは、自然界に生きる生物の持つ生存本能なのだろう。

 

 何が言いたいのか?

 

「周りから人が消えたし」

 

 そう呟く結果だ。

 

 ハリーとヴィクターが火花を散らし始めるに前後して徐々に周りにいた人達が移動し、今は周囲三メートル圏内の席には誰一人座っていない。遠巻きにこちらを見てはいるが。

 

(ま、自身に火の粉さえ降り掛からなければ、野次馬根性を刺激されても仕方ないとは思うけどね)

 

 なにせ目立つ二人だ。容貌的にも人目を惹く上に、今年のインターミドルの都市本戦上位進出者。しかも、テレビ中継で激闘を演じたことが放映され、その姿は多くの人々の記憶に残っている。

 

 まさかこんな場所で再戦なんてことは有り得ないだろうが、たとえそうなっても誰も止められないだろう。一目散に逃げるが勝ちだ。

 

「こんな所で何やってんだお嬢様? こちとら忙しいんだ。ヘンテコお嬢様の暇潰しに付き合ってられねぇんだよ」

 

「奇遇ね、わたしも不良娘に絡まれる気はないわ。折角の友人との憩いの時間を無駄にしたくないもの」

 

「ははははははは」

 

「ふふふふふふふ」

 

「……だから怖いって」

 

 互いに威嚇するように笑い合う二人に対してツッコミを入れるセアレだが、肝心の二人には届いていないようだ(或いは無視しているだけかもしれないが)。

 

 このまま針の筵のような状態が続くのか? そう思ったセアレだが、救世主は思いのはか早く現れた。

 

「お嬢様、宜しいでしょうか?」

 

 勇気ある一言で場の空気を壊してくれたのは、糊の効いた執事服に身を包んだ青年。ダールグリュン家で執事を勤めるエドガーだった。

 

 慇懃な態度でお伺いを立てるエドガーの登場に、ヴィクターの熱が冷めたようだ。一度、軽く息衝いてから表情を和らげる。

 

「何かしらエドガー?」

 

「はい、先程連絡がありまして、この後の予定に変更がございます」

 

「予定の変更? 今日はもう何もないはずでしょ?」

 

 眉尻を下げて困惑の顔をするヴィクターに、エドガーは淡々と答える。

 

「こちらのモールに併設しているホテルで行われる商業組合の懇談会パーティーに出席するようにとのことです」

 

「……また、勝手に」

 

「準備の時間もございますので、そろそろ……」

 

「分かりました。インターミドル迄は自由にさせてもらっていたのだから、文句は言えないわね」

 

 諦めの表情を浮かべ、決まった予定を履行することにするヴィクター。その顔には遺憾の念がありありと見て取れたが。

 

「―――そういうことなので、セアレさん。申し訳ないけれど、用事が出来たのでわたしはここで失礼します」

 

「そっか、折角会えたのに残念だけど……仕方ないよな。また、俺からも一度連絡するから。用事頑張ってな。じゃあ」

 

 名残惜しい感情はあるが、危機的状況が回避されたことに内心安堵しながら、セアレはヴィクターに別れの言葉を伝える。

 

「ええ、またいずれ。連絡、待ってます。―――あなたもね、不良娘。さようなら」

 

 春の季節の表情でセアレに別れを惜しむ気持ちを告げ、冬の季節の表情でハリーに別れの言葉を投げつける。

 

「さっさと行きな、お嬢様」

 

 ヴィクターの対応の違いに眉ひとつ動かさず、手の平を前後に振り、ヴィクターを追い払うような仕草がハリーの心情を端的に示しているようだった。

 

「それではセアレさん、ごきげんよう」

 

 最後にまさにお嬢様然とした仕草を魅せ、颯爽と立ち去っていくヴィクターの後ろ姿をぼんやりと見ていると、

 

「痛っ!!」

 

 思いっきりハリーに横腹を抓られた。

 

「何?!」

 

 セアレは意味が分からず叫ぶが、ハリーは素知らぬ顔だ。

 

「…………」

 

 無言でヴィクターの行った方を見ていたハリーだが、視線を転じて今度はジッとセアレの顔を見詰める。

 

「ハリー?」

 

 凝視してくるハリーの様子に頭を傾げるセアレ。

 

「――――!! ああ、もう!! さっさと移動するぞ! ヘンテコお嬢様とまた会う前に!!」

 

 ガシッ!! と音がしそうな勢いでいきなりセアレの右手首を掴むと、ハリーはそのまま引き摺るような勢いで走り出す。

 

 理由が判らないまま、それでもハリーに引き摺られないよう走ることにするセアレ。

 

 先ゆく後ろ姿からは、彼女の表情は窺えない。

 

 けれど、ほんの一瞬。それは確かに見えた。

 

 振り返って走り出す直前に見えたのは、瞳を潤ませ耳まで真っ赤に染めた顔で、そんな姿のハリーはどこからどう見ても皆が言うような『格好良い』ではなく、『可愛い』だと思うんだがなぁ~と、心の底で呟くセアレだった。

 

 

 

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