ハリー・アップッ!!   作:炉心

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 第3話目。

 起承転結の『転』。

 パーティー本番突入。





ハリー・アップッ!! ~ホップ、ステップ、ターン!(その参)~

 

 誰かが口にしていたのをうろ覚え気味に思い出す。それはつまり、「お祭りで一番楽しいのは本番よりも準備をしている時だ」って台詞。

 

 だがそれは、決して祭の本番それ自体が楽しくないというわけではない。

 

 要するに、行事というものは準備をする時の方が期間的に長いものであり、その分だけ印象に残りやすいと言うことなのだ。とは言え、やはり高揚感や賑わいの面では行事本番の方がより盛り上がることに違いはないのだが。

 

 ともあれである。

 

 本日とある市立学校の高等科では、平素とは違った趣のイベントが執り行われていた。

 

 本日のメインイベントのお題目。それは――――『ダンスパーティー』。

 

 当初の主催者達の思惑からは大きくはずれ、喜ばしくも予想以上の参加者の入りとなった学校の多目的ホールは大いに賑わうパーティー会場と化していた。

 

 開場の時刻から時計の長針が一周と半分に差し掛かり、程度の差はあれども参加者達のテンションのボルテージは上昇を続けている。そんな会場の片隅、ダンスパーティーの賑わいの中心となっているホールの中央部からも、参加者の立食スペースとしてテーブルが幾つも広げられた場所からも適度に離れた場所。そこに、少々周りとは違う空気を漂わせた少年と少女が壁を背にして佇んでいた。

 

 少年の方はこの場に於いてはシンプルでスタンダードな格好であり、細身なデザインのダークグレーのシングルのスーツに濃紺色のダブルのウェストコートを合わせている。髪は普段ならば無造作に纏めている程度のものを流石に本日に限っては場の雰囲気に合わせて一応の体裁を整えたのか、萌木色の髪を軽くバックに流し気味にセットしている。

 

 片や少年の横で佇んでいる少女と言えばだが、その身を包む装いは華美の一言。

 

 まず真っ先に目を惹くのはドレス。全体を明るいコバルトブルーの生地で纏めつつ、きめ細かなレース地となっている胸回りや裾部分は深みのあるヴァイオレットへと緩やかにグラデーションしたデザインのローブ・デコルテタイプ。スカート部分は慎ましさを演出する為か膝下丈に留められているのだが、ネックラインを少し浅めにして腰回りなどを中心に引き締めを強くしたスレンダーなデザインを採用していることもあり、流れるような起伏を生む少女のプロポーションの良さが如実に出ていた。

 

 少女の纏う空気は普段見るよりも随分と大人びたもの。醸し出されたそのどこか艶を感じさせる雰囲気は、それはドレス以外の様々な部分でも見て取れる。

 

 背まである長めの髪はパーティー向けのセットなのか普段の彼女の髪型とは大きく異なり、丁寧な編み込みに色紐を数本編み込むことで髪全体に華やかさを出しながら、右の側頭部にある髪留めにした銀細工の髪飾りでワンポイントの可憐さを表現している。更に左側面は髪をアップ気味にすることで左耳全体を晒し、そこに幾つもの色鮮やかな輝石と細工の施された耳飾りの豪華な飾り付けを行うことで左右の対比としての映えを魅せている。

 

 そして視線を遥か下に移せば、銀糸で蔦柄の刺繍の入った薄墨色のストッキングに包まれた細めの足は真珠色のハイヒールに突っ込むことでしなやかな脚線美を出現させている。普段ならば縁遠いはずの装いの数々。それら全てを見事なまでに着こなした少女の姿は間違いなく多くの異性の注目を集めるに足りていた。

 

 そんな衆目を引く要素に満ちた少女の名はミア。そして、横に佇む少年の名はセアレ。共通の知人を介しての友人同士の二人ではあるが、組み合わせとしては非常に珍しいツーショットであった。

 

「う~ん。まさかここまで盛り上がるとは。盛況盛況。これぞ、ザ・学生。ザ・青春。ザ・イベントって光景が広がってるよな。みんな元気だな。ホントさ」

 

 自身の予想していた以上のパーティーの盛況具合と会場の熱気に面を食らい、壁の方へと逃げてきていたセアレ。その口から漏れた言葉を横合いで耳にしたミアは、心底呆れたような視線を向ける。

 

「その物言いはいくらなんでも流石に年寄くさいと思うけどね。まあ、前々から覇気とか若さとかが全然足りてないと思うことは多々あったから、今更と言えばそうだけど」

 

「いや、年寄って……。普通の同年代よりも精神とか世の中に対する捉え方が成熟していると言ってくれ。俺は皆よりも少しだけ大人なんです」

 

「ただ単に斜に構えているだけと言うか、いろいろ面倒くさがっているだけな気もするけど? もしくは、そんな少し捻くれた態度を取っている『俺ってば格好いい』と思い込んでいるだけとか? でも……そうだとしたら、意外や意外にセアレも年頃の男子ってことなのかな?」

 

「ちょっと待ってくれ。気のせいか? 今の台詞の中で、どうにもミアがまるで俺のことを男として認定していなかったかのようなニュアンスを感じたんだが……これ、気のせいだよな?」

 

「何をバカな。そんなわけないだろう。セアレの気のせいさ。あたしは間違いなくセアレを男だと思っているさ。……そうでなきゃ困るだろ? いろいろと……さ。――――それにしても、そんな風に話の向きを微妙に変えようとしているってことは、実際のところはやっぱり……あたしの予想通りってことかな? 秘かに大人びたクール系のキャラ付けを確立させようとか考えていたりする?」

 

「……黙秘権を行使します」

 

 かれこれ四半時間ほどこの場所にいる二人。最初はパーティーの混雑と喧騒から避難中のセアレだけだったのだが、そんなセアレの存在に気付いたミアが傍まで来たかと思うと、そのままセアレ同様に壁に背を預けて居座ってしまっていた。

 

 どうにもミアは一人で行動していたようなのだが、一緒に来ていたはずのリンダやルカ達と離れて別行動を取っていたことを疑問に感じ、何故ミアがパーティー会場に一人でいたのかと尋ねたセアレだが、そこに返って来る答えは曖昧の一言。結局は適当な感じにはぐらかし続けるミアの様子を疑問に思いつつも、それ以上の追及をセアレは諦めることにしていた。まあ、普通に考えてパーティーで連れと別行動を取るのに大した理由もないだろう。セアレの傍に来たのも、休憩するにしても知り合いの傍の方が気楽だからとかだろうし。

 

 なんにせよ、いちいち深く追求してウザい人間と思われるのは勘弁願いたかった。それにセアレ自身は無駄な詮索をすることを特段好む方ではないのだから。ただ、「休憩にしては随分と長く居る気がするな~」とは秘かに思わないでもないが。

 

「あれ? あそこにいるのは……リンダだよな?」

 

 会場内を目的もなく行ったり来たりしていたセアレの視線。偶然にも視界の端に掠めたことで姿を捉えたのは知り合いたるリンダの姿だが、その姿に思わず二度見して確認してしまう。

 

「うぬぅぅぅ。これは……髪型とかドレス姿なのもそうなんだけど、普段はマスクを付けているイメージが強いからか? リンダって、マスクを外すと予想以上に感じが変わるんだよな。雰囲気が和らぐって言うか。……てか、あれってまさか……え? マジなのか? 誘われてたりする?」

 

 さほど長くない金髪をサイド部分からバランスを取って編み込みを入れつつ最終的に纏めてポニーテール風にアップ。セットの仕上げに髪留め兼アクセントのピンクとブルーの色違いの小花をあしらったコサージュのワンポイント。そして、身に纏うドレスはオレンジとイエローの暖色系をメインにしたフリルを数層に重ね合わせたフンワリとした膝丈のフレアスカートタイプのドレスで、所々に細やかな草花の刺繍が施されたそれは正面部分から左脇にかけて通された大きなリボン状の装飾が一段と目を惹く。

 

 総じて露出の少ない布面積の多い仕上げとなったデザインのドレスを纏ったその姿は、胸や腰元の体型の凹凸よりも全体のシルエットでもって少女らしさと魅力を感じさせるものとなっていた。

 

 さらに両の手にはこれまた花柄の刺繍を施した純白のレース地の手袋を嵌め、手袋と同様の柄をしたサーモンピンクのレースチョーカーが首元に巻かれている。

 

 柔らかく揺れるスカートの裾から伸びる足の先を飾るのは淡いエメラルド色の造花が留め具に付いた少し低めのハイヒール。突っ込んだ脚はストッキング等を穿くことなどせず、健康的な生足の晒された足首には金・銀・ルビー色の細いリングが通された状態。

 

 セアレの知るリンダは普段は一昔前のヤンキースタイルをしていることが多いが、本日の装いからはそんな普段の格好など何ひとつ想像出来ないくらいフェミニンで可憐な要素溢れるスタイルへのドレスアップを見事に成し遂げていた。

 

 脱帽するしかない程に見事なまでの変身を遂げた少女だが、友人達の視線の先で一人の少年に何か話しかけられていた。

 

「どれ? あれは……少し見覚えがある奴だな。確かうちのクラスの男子だ。名前は……何だっけ? 駄目だ。あんまり関わりがない奴だから思い出せないや。……それにしても、クラスの中ではどちらかといえば大人しめなイメージがあったんだけどな。少なくとも女子に対して無闇に話しかける方じゃなさそうなのに、自分の方からリンダに声をかけるなんてね。人はイメージに寄らないな。意外と積極的だ」

 

「そうなの? って、リンダは大丈夫なのか? なんか、傍目からでもかなりオタオタしてるようなんだけど? 顔も真っ赤だし。視線が泳ぎまくってるし。つーか、声を掛けた奴も何だか思いっきり慌てているみたいだし。二人揃ってテンパりまくってないか? これ、もしも無理矢理誘うような展開にでもなりそうだったら……助けに入った方がいいのかな?」

 

「まぁ、大丈夫だろう。あのくらいなら。もし本当に嫌がるリンダが無理強いされるような状況になれば当然助けに入るけれど、リンダはそういう時は意外にしっかりと対応できる方だから心配するほどでもないだろう。――――それにほら、何だかんだでリンダも嫌そうな顔をするどころか、むしろ相手の子の必死な様子に当てられたのか、何か全力で首を縦に振ってる」

 

「あー、ホントだわ。首が取れないか心配なくらいの凄い勢いだな。相手の奴も同じくらいの勢いで首を振り返してるし。首降り合戦か何かかな? 別の意味であれは大丈夫なのか?」

 

「首降り合戦ねぇ。それはまた斬新でユニークな合戦というか、それなら見たところ結果は両者互角の相討ち引き分けと言ったところかな? お互いに自分達の状況を理解したのか、首を振るのは止めたみたいだし」

 

「あれ、リンダ達は気付いてるのかな? 周りの奴等から向けられている視線。優しいと言うか、もの凄く温かい視線なんだけど」

 

「さあ? どうだろう? どの道、今のあの二人には関係ないんじゃないのかな。なんにせよ、勝負の行方はこの先で行われる第二ラウンドに持ち越しみたいだし。どうやらダンススペースの方に行くみたいだ。……手を繋いで」

 

「手を繋いでって言うよりは、あれはどう見てもリンダの方が勢いに任せてあの男子の手を掴んだ上でその勢いのままに引っ張っているって感じじゃないのか? エスコートする側が男女で逆な気がするんだけど? って、この考えは古臭い男尊女卑的な考えになっちまうのかな? ……ってゆうか、うぉい!! 良く見てみたら、あっちの立食スペースの方にいるルカも何人かに囲まれているじゃないか」

 

「本当だ。同学年じゃあんまり見たことのない顔ぶればかりだから……上級生の連中かな? ルカは意外とあたし達以外との交友関係も広かったりするから、そっち方面での繋がりのある連中かもしれないけど。……しかし、見た目にも結構派手目な人が多いな。それか、軽くてチャラい雰囲気の人か。見た目だけだから何とも言えないところもあるけれど」

 

 どうにも初々しい雰囲気全開でダンススペースの人混みに消えたリンダ達からセアレが視線を移した先には、数名の男子(セアレにも見覚えが殆どない為、おそらくは全員が上級生)に囲まれて談笑しているルカの姿。

 

 本日はいつものサングラスではなく、何だか非常に格好良いデザインの眼鏡をちょこんと鼻の上に乗せたルカ。何人もの男子に囲まれた中心で楽しげにしている様子は何だかプチセレブ的な印象も受けるのだが、問題はその色々な意味で印象的且つ斬新である意味で奇抜とも言えるスタイルのドレス姿であった。

 

(なんて言うんだろ? ルカの恰好……ドレスアップって言うよりは、なんだか仮装っぽくないか?)

 

 一言で言えば『道化師』――――それが全体のイメージだった。

 

 目にも鮮やかなスカーレットの全体地に複数の微妙に異なる色調のアイボリーの布地をスリットとして組み込むように合わせ、縦に二列に並ぶ複数の金ボタンで留められた左右非対称の上に前後も非対称な燕尾服の様なデザインのドレス。

 

 肩口は僅かに鎖骨の端が見える程度にザックリと落とされ、左右の二の腕には時間と共に虹色の変化を見せる細めの腕輪が複数巻かれている。そして何故かダイヤモンド型に繰り抜かれた腹部部分からは、柔らかくも健康そうな乙女の肌と可愛らしいおへそが覗く。

 

 ドレスのデザインが下半身の前面を見せるようなデザインの為か、見せることを意識したかのように穿いている黒のショートパンツは身体に張り付くような材質のモノに複雑なカッティングデザインが施され、その下のニーハイブーツは上からのデザインと一体化するような仕様。ブーツはモノトーンカラーだが、爪先に向けて黒から白へとグラデーションを魅せている。

 

 ストレートに下ろされた髪は銀粉の振られたことで星の煌めきを纏ったかのようで、紅茶地に金細工の施された小さめのクラウンハットが左側頭部にちょこんと乗っている。ハットの縁からは細い銀鎖が左耳のクローバー模様の掘られた銀のカフスへと繋がり、右耳には逆向けにしたスペード型の透明なクリスタルタイプのイヤリングが小さく揺れていた。

 

 どことなく中性的な印象もあるが、左の頬の上に貼られたアメジスト色のハート型付けホクロと薄化粧の中で唯一強めに引かれたルージュによるルビーに艶めく唇は間違いなく少女の性を生み出し、独特のギャップを演出していた。

 

 本日のルカという少女を表すものは、ある種のコケティッシュさだろう。

 

(なんにしても……)

 

 格好の是非は兎も角、何人もの上級生と思しき男子達に尻込みする様子もなく、むしろ輪の中心として男子達を引き付けている様は圧巻の一言だった。そして、時折見え隠れするどこか小悪魔染みた魅惑の表情。

 

 セアレは何故か冷たい汗が背中を流れたような気がした。

 

 知り合いの少女の意外すぎる側面の片鱗を見た気がする。

 

「ちょっと新鮮な気分だな。ルカやリンダの知っているようで知らなかった姿。こういった機会だからこそ見ることのできる姿か……」

 

 どこか遠くに語り掛けるような呟き。

 

 ルカから視線を外すと、セアレは呟き主であるミアの方へと視線を移す。横顔のミアは聞こえてきた呟きと合わせたような遠くを見るような目をしていた。

 

「確かに。誰も彼も普段とは違う自分が出ているって感じだよな。ミアもいつもと全然雰囲気が違うし」

 

(それにしても、今日はハリーの友達連中は全員揃って漏れなくモテモテか? 確かに普段とまるで別物な感じだし。贔屓目無しに可愛い恰好をしているとは思うけどさ。これが噂なんかで聞くアレか。イベント効果ってやつなのか?)

 

 「イベント効果恐るべし」――――そんなことをどこか達観した感じで考えていたセアレだが、

 

「……ァレ」

 

 不意に囁くような声。

 

 勘違いかもしれないが、自分の名前であったかのようにも聞こえた言葉に、「何?」と反応を返そうとする。だが、そんな暇を与える隙すらなく、セアレの視界に映る光景はあまりにも突然な一転を迎えた。

 

 声が聞こえた真横からセアレの正面に流れるように移動する少女。深い青の軌跡がセアレの視界を掠め、目の前を覆い隠すように立ち塞がれる。

 

 トンッ。

 

 と、音が左耳の傍から聞こえる。正面から伸ばされた少女の手はセアレが背を預ける壁を突いていた。細い手首を飾っていた幾つかのシルバー系の腕輪が揺れ、金属の触れ合う音を奏でている。

 

 急転の事態。

 

 香水だろうか? 正面からフワリッと香ってくる身体に纏わり付くような甘い花にも似た香りに眩暈を覚え、空気を越えて伝わってくる人の気配とか体温のようなものがあまりにも近くに感じる。

 

 指先から肩まで。伸ばした腕の長さ――――今までにセアレがミアと面を向いて接した記憶がないような距離。どちらかが一歩でも踏み出せば、すぐにお互いの身体が重なり合ってしまう距離。混乱と動揺の距離。

 

「えぇっと、あ~、ミ、ミアさん? さ、流石にこれはちょっと……ち、近すぎる気がするようなしないような……」

 

 しどろもどろな泳ぎ気味の言葉に対して、どうしてもある一点に向かわずにはいられない意識と視線。地雷だとは理解していても、まるで視線そのものが吸い込まれていくかのような気さえする。

 

(誰だよ、こんなドレスのデザインを考えた奴は。もっと周りにいる人間のことも考えろよ。いろいろと目の置き場とか……普通に考えて困り過ぎるだろ)

 

 肩から胸元へと向かうラインだとか、女性を象徴する二つの膨らみとその重なりによって生まれる谷間とか。

 

(ヤバい! 俺って奴は何考えてんだよ!!)

 

 無意識にも近い己の目の動きに叱咤を加え、視線を強制的に移動。

 

 距離的に凝視してしまうのが避けられないとしても、せめて顔の方にしておけば在らぬ誤解と最悪の展開は避けられると、視線を上げたセアレだが。

 

(ミ、ミア?)

 

 静かな瞳。

 

 セアレの全てを見透かそうとしているかのような、思わず瞳の中に引き摺り込まれてしまうような錯覚さえ覚えさせる瞳。感情の読み取り難い静かな光を湛えた瞳だった。

 

「あ、あの~……」

 

 おかしい。

 

 何かがおかしい。

 

 今のミアが纏っている雰囲気は普段のセアレが知っているものとまるで違う。だが、その理由も原因もまるで分からない。

 

 ただ言えるのは、先程からミアが反応を一切返してこないということ。

 

「セアレ。お前……」

 

 甘く囁くような声が漏れる。

 

 シルバーパール系のリップが塗られた唇が蠢くように動き、蠱惑的な艶と輝きを放つ唇から目が離せない。

 

 吸い寄せられそう……

 

「――――間抜け面」

 

 …………。

 

「折角ちゃんとした格好をしているってのに、やっぱり顔の方はどこか間の抜けている感じのままとかな。はははっ」

 

「あっれ~? 俺、貶められてる? えっ、普通に酷くないか!? ってか、ミアの言い方とか笑い方とかがめちゃくちゃハリーにそっくりな感じがするんですけど!?」

 

 ミアの容赦のない事実の指摘。思わずガックシと肩を落とす。

 

 どこか共通の友人を彷彿とさせる物言いに戦々恐々とするセアレだが、それでも一瞬前までの何とも言えない変な気分になりそうな雰囲気が霧散したことに内心で安堵する。

 

「そして心底に間抜け。ここでリーダーの名前とか……本当にまるで分かってないな」

 

「突然の罵倒の嵐!? 一体何が?」

 

 一歩引いたミアからの呆れ顔に晒され、もう困惑するしかないセアレ。

 

 昔馴染みでよく知っているはずのハリーでもそうだが、女の子というものは時々本当によく分からないことが多すぎる。謎すぎる。

 

「ホント、何なの?」

 

 酷く疲れた気がする。溜息を吐くのも仕方ない。

 

 結局、特に理由もなく揶揄われているだけなのかと強引に己を納得させるセアレだった。

 

「何なんだろうな? そう……簡単じゃないってことだろう。多分。いろいろと。――――さて。それじゃ、リンダやルカに負けてられないし、あたしも誰かに誘われてこようかな?」

 

 疑問符を浮かべて困惑顔のセアレを尻目に、宣言と同時に壁の花を止めるミア。

 

 そして、

 

「……どうやら、ここにいても誘われることはなさそうだからな」

 

 ほんの一瞬だけセアレの顔を凝視するような目配せをしてから、ミアはヒラヒラとセアレに向けて手を振りながらパーティー会場の中心へと颯爽と歩んでいく。

 

(ああ、そうか。誘われる自信があるのね)

 

 そんな友人の少女に向けて、何度目か分からない溜息を吐きたくなるような感想を内心で漏らしながら見送るセアレ。もっとも、その後ろ姿からでも立ち去るミアの堂々とした立ち振る舞いには確かに華と呼べるものがあるのも事実だった。

 

(と言うより。横で並んでいた時は分からなかったけど、こいつは……)

 

 そして、前や横から見ていた時は気付かなかったわけだが、セアレの予想以上にミアが着ていたドレスは背中部分がザックリと露出しているデザインだった。

 

 ミアの歩みと共に揺れ動く長い髪。数本の彩色が異なる色紐を編み込んでセットされたことで不思議な異国情緒のある印象を与えていて、時折シミひとつない滑らかで健康的な白い肌が覗いている様は妖しくも可憐且つ非常にエロティックな気配が感じられる。

 

 呻り声とも感嘆ともつかない何かどうしようもない声を思わず吐き出したくなるような出で立ち。ミアの言葉尻に滲み出ていた自信の裏付けを見ているようで、変な気分になるセアレだった。

 

「うわぁ。撒き餌を撒いた直後みたいな光景だぁ」

 

 或いは、飢えた獣の群れの中に標的となる獲物を投入した後と言う方が認識としては正しいか。

 

 目敏いのか、前々から目星を付けていてタイミングを計っていたのか、すぐさま数人の男子がミアの元へと殺到していく。その素早くもパワフル且つ積極的な彼等の行動に、同じ男として敬服の念を抱くべきだろうかと、軽く呻ってみる。

 

 滅多にない機会。普段とは違った自分。高揚感と言う名の推進力。この機会を最大限に活用する人は多いのだろう。

 

 今見えるところだけじゃなく、見えないところでも同様に様々な出逢いや遣り取りが行われているはずだ。

 

「ハリーの奴……全然来ないな」

 

 ポツリと発した呟き。

 

 不意に湧き上がったモヤっとした不明瞭な感情に眉を顰め、増々盛り上がりをみせる会場の光景を今一度ゆっくりと眺める。

 

 誰もが皆楽しそうだ。少なくとも、そう見える。

 

(これもある種の『魔法』かな? パーティー限定の魔法)

 

 セアレは深く溜息を吐き出し、長らく背中を預けていた壁から離れることにする。

 

「気分転換がてらハリーでも探してみるかな」

 

 誰に向けているわけでもない言葉。敢えて言えば、己自身に向けてか。

 

 着慣れない服装。場慣れしない空気。様々な要因が重なったおかげで硬くなった全身の筋肉や関節をほぐすように伸びをして、軽い深呼吸で体内の空気と気持ちの入替えをする。

 

「探し人はどこですか~、見つけにくい人ですか~ってね」

 

 昔どこかで聞いたことのある異世界の歌。うろ覚えのフレーズの歌詞を適当な単語に変えつつ口遊みながら、セアレは盛り上がり続ける会場の外へと向かう。

 

 人混みを避けながら会場の外へと出た瞬間、それまで流れていたダンスの曲が終わりを迎える。そして、すぐにまた新なる曲が始まる。

 

 先程まで流れていたのは明るくポップな曲。次に流れ出したのは少しだけ落ち着いた曲だった。

 

 





 前話までと違って、今度はヒロインが出ない……。

 
 この話の裏テーマ:『とにかく女の子達をひたすらドレスアップさせる』

 次話が最終話です。

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