ハリー・アップッ!!   作:炉心

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 第4話目。

 起承転結の『結』。

 ヒロインのドレスをどうするかで死ぬほど悩みました。




ハリー・アップッ!! ~ホップ・ステップ・ターン!(その肆)~

 

 

 昼間の空色は徐々にその姿を変え、傾き出した日射しに夜の息遣いが混じり始めている。

 

 校舎の中を一人移動するセアレだが、実は少しだけ疲れていた。

 

 既にダンスパーティーの始まりの鐘は鳴り終え、参加者の殆どはパーティー会場である多目的ホールへと足を運んでいる。

 

 蝶よ花よと、千紫万紅様々な趣向を凝らした可憐なドレスに身を包んだ少女達。普段より幾分か背伸びした出で立ちで今日の日を決めた少年達。本日のパーティーの参加者である皆が一様に感じている高揚。それは、言葉にせずとも伝わってくる非日常の雰囲気によるものだった。

 

 そして、この様な時にだからこそより強く意識してしまうことがある。

 

 セアレが過分に感じているそれは、つまりは学校の校舎というものは人気のある時とない時の雰囲気の差の激しさということだった。

 

 人気がない時特有の周囲から少しだけ隔絶されたような気配と、それでありながらもどこからともなく誰かに見られているような不思議と人目に付きそうな気配が複雑に混ざりあったような独特の雰囲気。そんな深い霧に包まれているような雰囲気は、時に人を酔わせる魔力をも秘めている。

 

(……これで4カップル目。気持ちは分からないでもないけど、もう少しくらいはなぁ)

 

 校舎の片隅。

 

 自販機のスペースの少しだけ周囲から見えにくい所であったり、普段からあまり使用されない階段の物陰だったり、或いはどんな手段を使ったのか空き教室の中だったりと、二人っきりの時間と空気に溺れている少年少女達の姿。

 

 仲睦まじいと言えば聞こえはいいかもしれないが、お互いを熱の篭った視線で見詰め合うだけならばまだ可愛いもの。想い人の指が髪や肌に触れ合い、時に唇を交わし合う。幸か不幸か、今のところ深い情事にまでことが及んでいるカップルの姿は見てはいないが、このペースだと近い将来に否が応でもその現場に遭遇してしまいそうで怖いことこの上ない。

 

 『他人のイチャついているところなどを見ても楽しくもなんともない』――――おそらく世間一般の大半の人間が抱くであろう感想。今日一日で嫌と言うほど実感したセアレだった。

 

(これでもしイチャついている現場を見た場合、見ちゃったこっちが悪いような空気になるっていうんだから。なんだかなぁ~)

 

 これが不条理と言わずしてなんなのか。

 

 とは言え、どうしようもないのもまた事実。

 

 実際問題、もしセアレ自身が見られる側の立場にでもなればやはり良い気分にはならないような気がする。もっとも、生まれてからこの方セアレは女性と友人以上の関係になったことながない上に、現状でその算段もなければ別段どうしても彼女的な相手が欲しいわけではない。

 

(まあ、「羨ましくないのか?」と聞かれれば、そりゃ羨ましいに決まっているけど)

 

 大方の納得はしていても、それで全てが納まる程に単純ではないのが思春期の複雑な男子心というもの。

 

 それに、

 

「そんな余裕はなさそうだからな」

 

 現状でいろいろと振り回してくれている幼馴染の少女の顔が思い浮かぶ。

 

 ハリー・トライベッカ――――良くも悪くも今のセアレにとっての最優先人物の一人であり、交友関係の中心の一人でもある。

 

 セアレ自身も多少なりと自覚している部分もあるが、ハリーに対する接し方は世間一般で見る男女の友人関係よりかはかなり近しいものがある。もし仮に彼女を作ると(作れると)するならば、その時はハリーとの接し方も確実に変えていかなければならないだろう。

 

 だが、今のところセアレはそこまでしてまで彼女が欲しいとは思わないし、明確に意中の相手というものも存在しない。つまり、そんな考えをしている時点で当分は現状維持が続くのだろう。

 

「って、またか」

 

 考えながらも視界の隅に捉えた新たなカップルの姿。都合、5カップル目。流石に辟易してくる。天だって仰ぎたくなる。

 

 出来る限り彼等二人の世界を邪魔しないように気をつかいながら、それまで進んでいた足を転じて方向転換。孤独なお邪魔虫の当て所ない旅路は続く。

 

「しかし、本当にハリーは何処に居るんだ? 端末の呼び掛けにも出ないし」

 

 既にパーティー会場から出た直後に携帯端末でハリーに呼び掛けはしている。だが、一向に応答がなく、その後に打ったメールにもいまだに返信の気配が無い。

 

 その為、取り敢えずは校舎内を適当にブラブラと捜し歩いていれば案外簡単に見つかるだろうと、こうして歩き回っているセアレだが、どうにも捜し人であるハリーの姿は影も形も見い出せない。

 

 ただ時間だけが無駄に消費されている感じ。苛立ちよりも面倒くささが秒刻みで増してゆく。

 

 そもそもであるが、今回のダンスパーティーへの参加自体がハリーからのお誘いに寄るもの。

 

 元々、セアレ自身は今回のパーティーのことを主催者側ひとつである生徒会執行部に所属するクラスの友人から話に聞き、各種準備等を手伝ってくれないかとのお願いも受けていたりしたのだ。だが、手伝い諸々はともかく、パーティーそれ自体に参加しようかどうかについては決めかねている状態だった。

 

 結局、そんなセアレが参加する側へと天秤を傾けることになったのは、男女ペアで事前の参加申請をすれば女子側の参加費用が半額になるということを再三に亘って言い続け、「だからお前はオレと一緒に参加しろ。いいな。これはオレの参加費を半額にする為だからな。協力しろよ。分かったな」と、恐ろしい剣幕で迫るハリーに有無も言えない流れの中で参加申請書に名前を書かされ、その後一緒に参加申請をしに行ったからである。

 

 まあ、どうせイベントに参加するならば安い費用で参加できるに越したことはないし、その条件が男女ペアでの参加申請だけならばそれを利用しない手はないと考えるは分からないでもないからいいのだけれど。それでも、セアレにはハリーのあの妙な強引さは少々謎な感じではあった。

 

「そのペアの姿が見当たらないとか、これは詐欺のような気もするけど」

 

 バレたら追加料金を徴収されたりするのだろうか?

 

「……よし。さっさと見つけよう」

 

 心意気も新たに探索を続けることにする。だが、流石に闇雲に探し続けるのには限界がきている。

 

「……まてよ。まさか、まだ更衣室にでも居るとか?」

 

 ふと、思い付いた発想。

 

 よもやとは思うものの、これだけ歩き回っても見付けられないと言うことは、案外ひとつの場所にずっと留まっているからかもしれない。それも、男であるセアレが近付きにくい場所に。

 

「行くだけ行ってみるか」

 

 他に当ても無いのだし。と、なんだか投げやりな気持ちを抱えながら女子更衣室のある方向へと舵を切る。

 

 「変な勘違いとかされたら嫌だな~」と、呟いた己を言葉に戦々恐々としながら人気のない廊下を進むこと数分。校舎と階を越え、目的地はすぐ目の前に迫る。

 

「さてさて、居るかな?」

 

 幸いにも女子更衣室の入り口付近には人影はなかったが、それでもあまり近付きすぎるのはどうかと思い、少し離れた場所に来たあたりで足を止めるセアレ。

 

 再度携帯端末を開くと、「どうか通信に出てくれ」と天に祈りながら呼び出しを行う。

 

「……出ないのね」

 

 どうやら本日は天に祈りは通じないらしい。

 

 いくらなんでも女子更衣室に突撃する訳にもいかず、だからと言って他に有効な打開策も浮かばない。行き詰ったこの状況に、流石に思案にくれるしかない。

 

「ひとまず戻るしかないか」

 

 当てがなくなった以上、もうどうすることも出来ない。このままこの場所に留まっているのにも問題が有り過ぎる為、選択肢としてはパーティー会場に戻るくらいしか残されていないのだが。

 

「と、メールか? ――――って、ハリーからか。良かった、ようやく連絡がつく」

 

 その場から移動しようとした矢先に到来したメール。携帯端末を開けばメールの差出人は探索の対象たるハリーから。

 

「え~と……教室に来いだぁ? なんだそれ?」

 

 サッと目を通したメールの内容は完結そのもの。『教室で待っているから、迎えに来い』とのこと。

 

「どうしてわざわざ教室になんかに……」

 

 ハリーの考えていることも教室に居る理由も分からない。だが、ともかく不毛な探索の終わりと行き先の目星がついたことは僥倖だった。

 

 メールの返信で『今から向かう』との一文を送り、向かうは普段からセアレ自身とハリーが勉学の机を並べている場所。学校にいる時間の中で最も長い時間を過ごす場所。

 

 気持ち早めの歩調で行けば目的地にはすぐに辿り着く。

 

「ハリー、居るー? 入っても大丈夫?」

 

 閉じられた教室の扉。

 

 中に居るのはハリーだけだとは思うが、それでも一応は変な場面に遭遇してしまわない為の用心として声を掛けておく。

 

「ま、待て!」

 

 間髪置かずに飛んできたのは制止の声。聞き慣れた少女の声。

 

 指示に従って少しばかりその場で待機するセアレ。だが、10秒が過ぎ、20秒が過ぎ、待てど暮らせども一向に次の指示がこない。

 

 特に何かをしているような物音は聞こえないが、何かをしているのだろうか?

 

「……なあ、開けていいのか?」

 

 辛抱強く待つ時間が3分を超過した時点で痺れを切らし、もう一度声を掛けてみる。

 

「……おし。いいぞ、開けろ」

 

 数秒の間の後、返ってきたのは入室を許可する言葉。

 

 だが、

 

(何をそんなに気合を込めてんだ?)

 

 思わず疑問を抱かずにはいられない強い口調。中に居るハリーの様子が分からず、多少の困惑を覚えつつもセアレは教室の扉を開くことにする。

 

「入るぞー」

 

 足を踏み入れた教室の中は普段とは少し様相が異なっている。

 

 普段ならば一面に整然と並べられた机や椅子の一部が隅に寄せられ、教室の前半分には空きスペースが作られていた。本日のパーティー開催に当たり、幾つかの教室にパーティー用の資材や機材なんかを分散して仮置きしたのだが、セアレ達の教室もまたそのひとつだったからだ。

 

(んで、ハリーは……)

 

 サッと教室内を見渡すが、セアレの視界にハリーの姿が映ることはない。

 

(あれ? どこだ?)

 

 一瞬の疑問。だがそれも、すぐに教室のある一点を視線が通過した瞬間に霧散する。

 

 夕暮れを感じさせる光が眩しく射し込む教室の窓。その窓の端、束ねられた白いカーテンがあきらかに不自然な膨らみをみせていた。

 

 そして、下の方に視線を向ければ、カーテンの裾から覗くのは人の足。

 

(教室のカーテンに包まって隠れるって、初等科の女子じゃあるまいし……)

 

 苦笑いが漏れそうな光景。

 

 呆れと同時に悪戯心が擽られる。

 

「あ~、ハリー。ハリー・トライベッカさ~ん。居ますかー? どうにも姿が見えないようなんで、居ないんなら居ないって返事が欲しいんですけどー」

 

 意地悪過ぎるかな?

 

 どうにも緩みが止まらない口元と手で押さえ、笑い声が漏れないように気を付ける。

 

「つぁ~、も~、変に遠回しな言い方しやがって! 分かってんだろ!! 居るよ! ちゃんとここにな!!」

 

 叫び声と共に不格好な膨らみをみせていたカーテンが動き、重なったカーテンの隙間から見知った顔が覗き出てくる。

 

「……蓑虫みたいだな」

 

「あ゛? 何か言ったか?」

 

「何が? ハリーってば空耳アワーじゃないか?」

 

 ピョコッとカーテンから顔だけを出したまま睨んでくるハリーに対して、セアレは思わず口に出てしまった失言を強引に空とぼけて誤魔化した。

 

「っで、ハリー。迎えに来たわけだけど、これからどうすんの?」

 

 変な方向に空気が流れると厄介なので、さっさと今後の方針を聞くことにする。

 

「ドレスにはもう着替えているんだよな? パーティー会場には行かないのか?」

 

「…………」

 

「?? まさか、まだ着替えてないのか!?」

 

 押し黙り、妙に視線が左右に泳いでいるハリーの様子に思わず叫んでしまうセアレ。ミア達と一緒に着替えていると思っていたのだが、何か問題でもあったのだろうか?

 

「……とっくの昔に着替えてるっつーの」

 

「なんだよ。人騒がせな。でも、だったらどうしてこんな所にずっと……さっさとパーティー会場に来れば良かったのに。俺、結構な時間を待ってたんだけど?」

 

「――――たんだよ」

 

「え? 何だって?」

 

「だ・か・ら、気合を入れてたんだよ!! だってそうだろうが! いろいろと恥ずかしいだろ、こんな普段だったら絶対にしない格好なんかしてんだからよ!!」

 

「あっ……あー、そう、うん、なるほど」

 

 納得した。

 

 つまりは直前になって怖気づいたと言うことだ。

 

 ハリーは基本的に勝ち気で姐御肌でサッパリとした性格をしている。だが、その実、繊細で乙女チックな部分も過分にあったりする。普段はそんなに表立って見せることのないそんなハリーの少女らしい一面が発揮されたのだろう。

 

(妙なところで臆病だな)

 

 ともあれ、顔を朱く染めながら唸るようでありながらもともすれば泣き出しそうな微妙な表情のハリーを見て、余計な茶々を入れるつもりはセアレにはなかった。

 

「それで。その気合を入れ終わるのにあとどれくらいかかりそうなの?  別に待っていること自体は全然構わないけど、それでもまだ1時間以上かかるとか言われると流石に勘弁して欲しくなっちゃうんだけど?」

 

 待つのは苦ではない。が、いつまで待てばいいのか分からないのは出来れば避けたい。

 

 なし崩し的とは言えども折角パーティーに参加しているのだし、滅多にないこの機会をどうせならばハリーと一緒に楽しみたいのだ。

 

「……先に言っとく。変なことを言ったら射砲撃を叩き込むからな」

 

「物騒すぎる! ドレス姿を見るだけで命懸けって、ちょっと人生ハードモードすぎない!?」

 

 突然の窮地到来。

 

 まさか本当に射砲撃を叩き込んでくるとは思わないが、それでも下手な茶化しの言葉を言うのは危険だ。

一言一句注意しようと胆に銘じるセアレ。その目の前で、一度深く深呼吸をしたハリーが意を決した表情を張り付けた顔を上げる。

 

 少しだけ不安気に揺れる瞳をセアレに向けながら、ハリーは己を護る殻のように身体を覆っていたカーテンの拘束をゆっくりと解いてゆく。

 

(と言うか、そこまで躊躇するなんて一体どんな格好をしてる……ん……だ……)

 

 不思議とそれまで常に聞こえていたパーティー会場からの音が耳から遠ざかり、衣擦れの音がはっきりと聞こえる。

 

 ドクンッ。と跳ねる心臓。

 

 ひとつひとつの動作がまるでスローモーションのようであった。

 

 少女の秘密を守るべく閉じられていたヴェールが少女自身の手によってゆっくりと開かれ、その先に隠されていた少女の艶姿が目の前の少年へと晒される。

 

 そして、

 

「――――ッ」

 

 一人息を飲む。

 

 心臓を鷲掴みにされる感覚と相反するように高まる鼓動。熱い血が体中を逆流しているのと同時に全身が総毛立つような感覚に身震いする。

 

「ぁん……だよ。何か言いたいのかよ」

 

 ハリーの問い掛けに何か返そうとするも、セアレの意思とは無関係に喉と唇が痙攣するように震えている。言葉を紡ぐことが出来ない。

 

 視界の中に存在していたもの全てがただひとつを除いて有象無象なものへと化してゆく。

 

 セアレの目に映るモノ。

 

 それは、

 

 ただただ、

 

 言うなれば、

 

 一言、――――『純白』――――だった。

 

 無駄な色調を一切廃し、その全てを眩いばかりの白で統一されたドレス。

 

 肩口が大きく露出したワンピースタイプ。無駄な装飾を省いたシンプルなデザインの上半身部分は年頃の少女の持つ適度な凹凸に添うようにして柔らかくその身を包み込み、薄い薔薇色をした銀糸で百合柄の刺繍が施されたパールホワイトのリボンタイは首元で結ばれ、伸びたその両端が胸元付近で僅かに揺れている。

 

 少女の下腹部に添うようにしたドレスのデザインによってしなやかなウエストの細さが強調されている反面、腰回りから下を覆うスカート部分は幾層もの素材の異なるフリルが複雑且つ精緻に重なり、大輪を咲かせた白百合の如き様相を魅せていた。

 

 膝丈のスカートの奥から伸びる脚はドレスとは僅かに色合いの異なる白のタイツ。白金色の色糸による抽象化された草花模様の刺繍が映えるタイツに包まれた脚の先、足元を飾るのは硝子細工のように光の反射で色合いを変える透明なハイヒール。

 

 指先だけが抜かれたドレスと同様の純白のレース地の手袋を嵌めた両手。左手は所在なさげに垂れ、右手はハリーの内心の機微を象徴するかのように健康的な肌色を晒さらす左の二の腕付近を掴んでいた。

 

 須らく少女を覆う無垢なる白。

 

 だが、それが故により一層際立つ存在がある。

 

 人の手によって作り出された『白』に相対する唯一の色。巧みなる人の御手でもっても決して作りだすことの叶わない色。少女のみが持つ色。

 

 燃え上がるような――――『緋』――――色の髪。その余りにも鮮やかで眩いことか。

 

 平素とは比べ物にならないくらいに丁寧に梳かれた髪は一層の艶めきを放ち、ポニーテールという髪型こそいつもと変わらないが、サイドからハーフアップ気味に丁寧な編み込みをした上で纏め上げられたそれは最早別物と呼べる仕上がりだった。

 

 ポニーテールの結びにはシンプルな白のリボンが使われ、髪の緋色がより一層強調されている。

 

「なんでずっと黙ってんだよ? なに……か……。何か言えって」

 

 見惚れていたと、恥ずかしげもなく言えば言い訳になるのだろうか?

 

 ハリーの不安気な声。その声にセアレは瞬時に我に返った。

 

 どれくらいの時間を押し黙っていたのか分からない。正直言って時間の間隔がおもいっきり狂ってしまっている気がする。

 

 そして、徐々に歪み始めたハリーの表情に感じる焦り。変なことは言えない。だけど、何も言わないわけにはいかない。

 

(ええっと、何だっけ? こういう時、なんて言うんだっけ?)

 

 掛けるべき言葉が見つからない。様々な賛美の言葉や美辞麗句がセアレの脳内でグルグル回っていた。

 

 正解となる言葉はなんだ?

 

 何をどう言えば正しい?

 

 思案している間にも時間は無情にも過ぎてゆく。時限爆弾ではないが、タイムリミットに達した時に起こり得るのが『終わり』であることには違いない。それが肉体的になのか、精神的になのか、それともそれ以外の何かなのかは分からないが。

 

「ハ、ハリー……」

 

 辛うじて口にした名前。

 

 セアレの声に反応するようにハリーの肩が僅かに震える。その姿にセアレは続いて紡ぐべき言葉が増々分からなくなる。

 

 だからこそ、状況を変えたのは不意に耳に届いた音だった。

 

(この曲って……)

 

 パーティー会場から漏れてくるその音は、様々なイベントや学校授業などで誰もが一度は耳にしたことがあるようなあまりにもポピュラーなダンスソング。

 

 その曲がセアレの意志と口と行動を後押しする。

 

 胸の内で決した意志に従い。深呼吸し、顔を上げ、背筋を伸ばし、真っ直ぐに眼前の相手の顔を見詰める。

 

「セ、セアレ?」

 

 おもむろに足を踏み出して開いていた二人の距離を縮めると、どこかで見たうろ覚え気味の光景の中にいる人物達の仕草をトレースするよう心掛ける。

 

 浮かべる表情は笑顔。

 

 差し出すのは右手と相手への想い。

 

「素敵なお嬢さん。もしよろしければ、僕と一曲踊ってくれませんか?」

 

「…………」

 

 心臓は激しく脈打ち。全身の筋肉は強張り。頭の中は真っ白になりそう。

 

 とても平常とは言い難い状態のセアレを、ハリーが呆けたような顔で見ていた。

 

 そして、

 

「はははっ。――――ったく。バカセアレのクセに……。変に気取った台詞で恰好つけてんじゃねぇーての」

 

 破顔と共に呟かれた言葉はぶっきら棒なもの。だが、セアレの元へと静かに歩み寄るハリーの歩調と表情に迷いはなかった。

 

 遠くから届く軽快な音楽。

 

 教室を茜色に染め上げてゆく夕日。

 

 射し込まれた光に反射した空気中の粒子が金色に煌めきながら舞う人気のない教室を背景に、畏まった格好で手を差し出ていた少年。その差し出していた手に少女の手がそっと添えられる。

 

 柔らく、温かい。

 

 幼い時から幾度となく繋いできた少女の手。

 

 安心と親愛。少しばかり気恥ずかしさと言いの様のない高揚。

 

 触れ合えば必ず伝わってくる相手の感触をしっかりと掴み取り、おもむろに顔を向けた少年に与えられるのは、少女からの溢れんばかりの感情が花開いた笑顔。

 

「なんだかな~。どうしちまったんだろうな。お互いにさ」

 

 皮肉気な台詞を紡いだのは、軽やかで楽しげな声。

 

 うろ覚え気味の知識と経験に照らし合わせてお互いの立ち位置を直し、片手は繋がれたまま、もう片方の手は相手の腰と腕に。そっと添える。ただそれだけ。

 

 学校授業の一環で何度かした以外ではほとんど初めてで、どうにもぎこちないけれど、それを気にする必要なんてない。

 

「俺もハリーも慣れない格好をしてるせいかな?」

 

 ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。

 

 聞こえてくる音楽に合わせてリズムを刻む。

 

 ホップ。ステップ。ターン。心が躍る。

 

「それに……非日常的なノリとかもあるかも」

 

 ホップ。ステップ。ターン。体も踊る。

 

「確かにな」

 

 ひとつひとつの動作に少女の純白のドレスの裾は咲き誇る花弁が舞うようで、流れる緋色の髪は夕日に映えて世界に一瞬だけの軌跡を絶え間なく生み出し続ける。

 

 自然と漏れ出す二人分の笑い声。

 

 ――――楽しい。ただ手と手を取り合って。ただ音楽に合わせて踊るだけ。それなのに、こんなにも楽しいことがあるのかと思える程に楽しい。

 

 高まる高揚感は勇気をくれる。

 

 本当ならば最初に言うべきだった台詞を言う勇気を。

 

「なあ、ハリー。言い忘れてたことがあったから、もう一回だけ格好つけた台詞を言ってみてもいい?」

 

「……なんだよ?」

 

 「言ってみろ」と、小さく呟かれたハリーの声が期待の色に染まっていたと感じるはセアレの勝手な思い込みだろうか?

 

「では改めて」

 

 若気の恥は掻き捨てろ。

 

 普段だったら絶対に言えないような歯が浮くような台詞も、今だったら口にできる。

 

 これから言う台詞に内心は羞恥心とかが嵐の如く吹き荒れて、耳まで熱くなっていくのが分かる上に今すぐこの場から逃げ出したくなる気持ちもあるけれど、今はそれを全力で無視。逃げちゃいけない時がある。

 

「――――そのドレス、似合ってるよ」

 

 ただ真っ直ぐに、逸らすことなく。

 

 目の前にいる相手の目を見詰めて。

 

「――――ッ」

 

 お互いが息を飲む。

 

 もう一度、ターン。そして少しだけ縮まる距離。

 

 二人の距離。二人だけの距離。

 

 心も体も弾けるように踊り続ける。楽しくて、嬉しくて、悦ばしい。

 

 一人の少女の胸の奥底に生まれた叫びだしたくなるほどの想いが溢れそうになる。それは世界中に向かって高らかに声を上げたくなるような想い。

 

 でもそれは、とってもとっても勿体無い気がするから。

 

 だから、これからその想いを込めて浮かべる表情を見ることが出来るのはこの世界でただ一人だけ。

 

 そんな我が儘と意地悪を世界に向けて行った少女は、

 

 「サンキュー」

 

 少年の耳元に寄せた唇から甘い囁きを漏らした。

 

 

 






 この後、パーティー会場に行ったらハリーに対する周りからの反応で大変なことになるだろうな~と思います。(主に主人公が)



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