ハリー・アップッ!! 作:炉心
笑う犬さんのリクエストにお答えして、ジークとの話になります。
ほのぼのテイストな話となりましたが、どうでしょうか?
少しでも楽しんでいただければと思います。
足湯をご存知だろうか?
近年のとある異世界の某島国では観光地等を中心にして見られる代物である。火山帯に属す為に温泉が多く、在住人も温泉好きが多い民族性を持つ彼の地に於いては、足だけとはいえ簡単に温泉気分を満喫出来るこのような施設が非常に好評を得ており、また、血行の促進効果が見込めることや、旅のひと時の憩いの場としての効果もあって多くの人々に親しまれている。
だが、ここ次元世界の中心、第1管理世界ミッドチルダに於いては、その受け止められ方が多少異なる。
ミッドチルダ極北部ベルカ自治領―――次元世界に広く浸透している聖王教会の本部が置かれる地。その少し南西にある町で、件の足湯施設が多く見られるのだ。
「ホアァァァ~、気持ちええなぁ~♪」
「まったくな~」
北東方面に車で数分も走れば聖王教会の本部に辿り着くこの町は、古くから巡礼者や旅行者が教会本部を訪れる前に立ち寄る町として栄えてきた。そこで足湯が広く親しまれるようになったのには、聖王教会の慣習にその端を発する。
「こう、足下から疲れが抜けるちゅうか、生き返る~な感じやね~」
「ホント、いいよな~足湯。ミッドじゃぁこの辺りでしか楽しめないもんな~」
「そやね~」
古い時代、教会では巡礼者が本部や聖地等の神聖な場所を訪れる際に、その直前に禊をして体を清める習慣があった。神聖な地に汚れや俗世の穢れを持ち込まない為の行為だった。時代が下がり、巡礼で訪れる度に全身を清めることの不都合や、利便性の追求からも徐々に体の一部のみでも良いとするようになった。主に手や顔等の外界に晒されている部分、そして足下だ。特に、足下は世界の汚れを踏みしめている為、穢れが多く憑いている。それを洗い清めた状態で聖地を踏む、その為の施設として足湯施設の設置が促されたのだ。
「そやけど、此処でセアレに会えるなんて……しかも、一人なん?」
「ツーリングがてら観光と足湯に浸かりにね~。一人なのは偶々だよ~。あ、寂しい奴とか考えるなよ」
「あははは、思わへんって~」
現在、聖王教会は昔より慣習に関しては厳しくなくなり、本部や聖地に入る前に必ずしも清めを行わなければいけわけではない。だが、足湯行為自体は多くのこの地を訪れる人々に好評であり、時間的な余裕さえあれば、一度この町で足湯を楽しんだ後に教会本部へと赴く者が多いのだ。町自体も観光施設の一角として足湯に力を入れている。
「ジークはなんで此処に? 今、この辺りに住んでんの?」
セアレは投げ出した足をお湯の中で遊ばせながら、右隣で同じように足を投げ出し上半身を少し後方に反らしながら両手を後ろでについた少女―――ジークの方を見る。
「ちゃうよ。近場に住んどるんやけどね。走り込みしとったら、この辺りまで来てもうたから、ついでに立ち寄っただけなんよ。此処は有名で、ウチも足湯は好きやし~」
多少呆けたような口調で話すジーク。パシャパシャと小さく足で水飛沫を生み出す。はしたないとは分かっていても、楽しくてついしてしまう。終始笑顔のジークは相当ご機嫌のようだ。心なしか、彼女のツインテールも弾んで見える。
「そうか、ジークは温泉とかも好きそうだもんな~」
いつもながらの漆黒のトレーニングウェア姿であることに合点がいき、ついでジークの機嫌が良い理由にも得心がいったセアレ。しかし、ジーク同様口調がかなり呆けている。
「うん、温泉も好きやよ~。でも、ミッドには温泉がほとんどないんやもんね~」
完全に緩みきったダレダレな口調でセアレの疑問に応じ、同時にミッドチルダの温泉事情を憂うジーク。
実際、ミッドチルダには温泉が一部の地域でしか見られない。これは、ミッドチルダの主要大陸の大半の部分が火山帯の上にないことが主な理由である。都市部から離れた自然保護地区等には存在するが、保護地区の名目上、観光施設的な設備が整っていることは少ない。むしろ、他の近隣次元世界に次元航行船を使って行った方が早いのである。
「お? ……ワルい、ジーク。ちょっと待ってて」
「??」
ホワホワとした思考を繰り広げていたジークの傍らで、何処かに目をやったセアレが声を上げ、断りを入れて足湯より出る。持っていたタオルで足を素早く拭き、靴をつっかけて何処かに行ってしまったセアレにジークは疑問顔だ。
「どうしたんや、急に」
急に一人となり、先程まで傍らにいた人がいなくなると、周囲には自分同様に足湯を楽しむ人達が大勢いるにも関わらず、ポツンっと取り残された気分になる。
「なんよ、寂しいな~」
漏れた呟きは空に消え、視線を頭上へと向ける。この足湯場は屋外に設置されている為、すぐに晴れ渡った秋の高い空が見える。吸い込まれそうな蒼穹と流れる雲の白、僅かに見える二つの月の輪郭が、彼女の心の中を透かしているような気がする。
「ほい、これジークに」
なんとなくセンチメンタルな感情に身を委ねていたジークの眼前に、陶器製の湯呑に似た器が出される。
「お、おおきに」
「熱いからな、気をつけろよ?」
パチクリと瞼を瞬かせ、差し出された器を受け取る。手に持った器は確かに熱く、中に液体が入っているのは分かったが、器同様の蓋が被せてあって中身は判別できない。
「向こうの売店で売ってた。美味そうだから買ってみたんだけど」
自分の分の器を傍らに置き、ジークの横に座り、セアレは再び足湯に足を浸ける。
「…………」
蓋を取ってみると、柑橘系の匂いがフワリと拡がる。半透明の液体に何やら薄くイチョウ切りされた果物が数枚浮いている。
「名物らしい。ここらの地方原産の果物を砂糖漬けして白湯に入れた飲み物だって」
「へ~、いただきます」
軽く口を付けてみると、仄かな甘みと爽やか柑橘類の風味が口の中に拡がり、喉を潤すと同時に体に染み渡る感覚がする。
「疲労回復、精神安定、おまけに美容効果も有るって売り文句だったんだけど……どう?」
「……おいしいな」
「そりゃ、良かった」
ジークの素直な感想を聞き、笑顔で自分の分に口を付けるセアレ。
ズズズッと湯を啜りながら、「お、美味い」と呟くセアレを見て、ジークも自分が自然と笑顔になるのを感じる。
「あ、お金……」
「これくらい奢るって。別に気にしなくてもいいよ」
代金を払おうと財布を取り出そうとして制止され、「でも……」と言ったところで「大丈夫だから」と返されて諦めることにした。ジークとしては多少気に掛かったが、ここは素直に奢られるのが最良の選択、セアレなりに男として格好付けたい部分もあるのだろうとの判断を下す。
許諾の意味も込めて、再び白湯に口を付ける。先程よりも、甘さが増したような気がするのは何故だろう。
「あ~、いい天気だな~」
空を見て呟くセアレの言葉に釣られて、ジークも逸らしていた視線を再び上に向ける。
視界の先には澄み渡った青空が広がっている。
「……ほんまやね――――」
今度は、寂しくなることはなかった。