ハリー・アップッ!!   作:炉心

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シリーズ本編6作目。

……ジークが暴走しました。





ハリー・アップッ!! ~ブルースカイの霹靂です~

 

 派手な装いの男がフードを目深に被った人物に迫っていた。

 

「な、いんじゃん。どうせヒマなんだろ? 俺、イイ所知ってるからさ。チョットでいいから付き合ってよ」

 

「せやからウチは……」

 

「奢るよ。あ、どうせなら服もどう? さっきフードを脱いでいるとこを見たけど、可愛いんだからそんなトレーニングウェア姿じゃなくて、もっとイイ服買って上げるって」

 

 終始笑顔だが、どこか上っ面な感じのする表情の男は、捲し立てるように言葉を連ね、徐々にフードの人物との距離を詰めてゆく。

 

「ほんまに結構です。それに、ウチはこれから用事があって―――」

 

「ウソウソ。近くの魔法練習場でずっと走り込みしてたでしょ? 見てたんだよね~俺。こんな真っ昼間からご苦労サマって感じだったけどねぇ~」

 

 少々独特な口調で話すフードの人物の言葉を否定し、かなり前から観察していたことを言外に匂わせる男。その目は細められ、相手を決して逃がさないとの意思が込められているようだった。

 

「とりあえずさ、どっかでお茶にしよーぜ。あとの行き先はそれからでもいいじゃん」

 

 強引な台詞で締め、更にお互いの距離を縮める。剰え、伸ばした手をフードの人物の腰の辺りへと持ってゆく。

 

「……ジーク? 何やってんの?」

 

 と、あと少しで男の手がフードの人物の腰に触れる直前で、横合いから声が掛けられる。

 

 小さく舌打ちした男が声のした方を向くと、そこには中肉中背の高校生くらいの少年が立っていた。

 

「誰だおまえ?」

 

 先程までフードの人物に向けていた笑顔から変転、不機嫌全開の表情を作った男は、相手を威圧するような低い声を発する。

 

「セアレ!? ―――よかった、やっと来たんやね。ウチもう待ちくたびれたんよ」

 

 少年へと詰め寄ろうとした男の横をすり抜け、フードの人物は少年ものと覚しき名を呼びつつその傍へと駆け寄る。

 

「トレーニングが終わったら付き合ってくれるって言うてたのに、全然来うへんのやから心配したんやよ」

 

 少年の服の裾を掴んで抗議するフードの人物。

 

 瞬刻、目を見開いた少年は、寄り添い見上げてきた人物のフードの奥の顔を見てすぐに表情を変える。

 

「―――あ~、ゴメン。ちょっと来る途中のモノレールが遅れてて……連絡入れといたほうがよかった?」

 

「もうええよ、来てくれたんやし」

 

 頭を掻きつつ謝罪の言葉を紡ぐ少年。同時に半歩ほど移動して、フードの人物の姿を男の視線から遮るような立ち位置を取る。

 

「約束の時間を破っちゃたからな、今日は俺が全部奢るよ」

 

「ほんま、嬉しいなぁ~」

 

 テンポ良く会話を続ける2人。些か演技じみている感も否めないが。

 

 何にせよ、目の前の男から距離を取りつつ、可能な限り自分達の間柄が親しいものであるように印象づける必要がある。

 

「ちっ」

 

 場の流れから置いていかれていた男は暫く様子を窺っていたが、強く舌を鳴らし、体を翻すとさっさとその場から立ち去った。

 

「………―――ハァ」

 

 男の姿が見えなくなったところで少年―――セアレは盛大な溜息を吐き、その場にしゃがみ込んでしまう。

 

「き、緊張した~」

 

「ちょ、大丈夫なん?」

 

 セアレの予想外の行動に、困惑と心配の感情を同時に表すフードの人物。彼女にしてみれば原因の全般が自分に有る為、気が気でない。

 

「あぁ、大丈夫、大丈夫。問題無し」

 

 すぐに立ち上がり、自身の状態の良さをアピールする。折角厄介事が去ったのに、いつまでも気遣わしい表情をさせるのはセアレの本意ではない。

 

「ジークの方こそ大丈夫か? なんか絡まれていたみたいだけど?」

 

「……うん。でも、大丈夫や」

 

 こちらも問題無いことをアピールするが、口調は微妙に沈んでいて、先刻までの事態が尾を引いているのを察するには充分だった。

 

「―――それに、セアレが助けてくれたし、特に何かをされたわけでもなかったから……そんなに心配せんでもええよ」

 

 念を押すようにセアレに主張する様子を見て、一先ずはこの話題は置いておくことにする。今無理強いするよりは、この後の彼女の様子の変化次第で気に掛ければいい。

 

「了解。無理はするなよ」

 

「……おおきに」

 

 多少は平静の調子に戻った相手の言葉がセアレに届いた。

 

「ところでジーク」

 

 ここから先は平常の会話だ。その為の第一段階をセアレは提案することにした。

 

「??」

 

「出来ればフードを取って欲しいんだけど。……表情が見えなくて微妙に話しづらい」

 

「……あぁー、ゴメンッ!!」

 

 セアレの言葉に慌ててフードに手をかける。

 

 完全に失念していた。助けてもらった相手に対してずっとフードを被りっぱなしで対応していたなんて、失礼にも程がある。

 

 目深に被っていたフードを取り、ジークは遅まきながらセアレに素顔を見せた。

 

 艶やかな漆黒のツインテールが解放され、吹く風に舞ってジークの背に流れる。

 

(……いつも思うんだが、あの量の髪を一体どうやってフードの中に全部入れているんだろう?)

 

 眼前に在る神秘に頭を捻るセアレ。

 

「どうかしたん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 セアレの様子に小さく頭を傾げるジーク。その姿を見て、余計なことは気にしないことにする。

 

 世の中深く追求しない方が良いことも有る。特に女性に関する事柄なら尚更だ。

 

「やっぱり、顔が見えている方がいいよな」

 

 今日初めてジークの顔を見て、セアレは思ったことを口にする。

 

「ジークも顔を人に見られるのが恥ずかしいのは分かるけど、ずっとフードを被りっぱなしじゃ、前見にくくない?」

 

「慣れてるし、そんな見にくいってこともないんやけどね」

 

「まぁ、俺がとやかく言うことじゃないか」

 

 自身の発した疑問に言い淀んだ様子を見せるジークに、セアレはこれ以上の言及は避けることにした。

 

(勿体無いとは思うけどね……)

 

 先程去った男との遣り取りを多少見ていたセアレとしては、男がジークに言っていた称賛に頷ける部分もあり、その点に関してだけは男に見る目があると言いたい思いだった。

 

「そうや、改めてやけど……」

 

 少し表情を引き締めてセアレに向き直るジーク。

 

「さっきは助けてくれてありがとう。ほんまに助かったわ。おおきにな」

 

「なはははは、どういたしまして」

 

 穏やかで柔らかい微笑みを浮かべ、微かに潤んだ空色の瞳に謝意を込めて真っ直ぐにセアレに届ける。

ジークの真摯な態度での感謝の言葉に、照れくさくなったセアレとしては少し戯け気味で言葉を返すしかない。

 

「―――しかし、ジークならナンパ男くらい一瞬で撃退出来るだろ?」

 

 己に注がれる暖かい視線と場の空気に間が持たなくなったセアレは、なんとなく浮かんだ疑問でその場を打開することにする。

 

 正直、ヘタレっぽかったが、致し方ない。本当に間が持たなかったのだ。

 

「ウチは素人さん相手に手を出したりはせえへん」

 

「そりゃそうか」

 

 簡潔明瞭な答えに納得。考えれば分かることだった。

 

 次元世界最強を誇る格闘少女である。いくら加減しても、下手すれば大事になる。ナンパしてきた男はどうやらジークのことを知らなかったようだが、素性が知れれば最悪の場合逆恨みで相手に訴えられることも考えられる。ジーク本人もそのことを自覚しているのだろう。

 

(まぁ、格闘技から離れた素のジークは微妙に人見知りが激しくて、押しが弱いとこもあるからな)

 

 ああいった手合いに強引に迫られれば、強く拒絶出来ずにいるのも頷けるというものだ。今回は知り合いだったセアレが偶然通りかかり、助け舟を出すことができた。運が良かったのだろう。

 

 ジークの性格と今後の先行きを案じつつ、今回の幸運にセアレが思いを馳せていると、

 

「それに……余計なことして目立つの嫌やもん」

 

 ……何だ、この可愛い生き物は?

 

 トレーニングウェアの裾をその意外に小さな手でニギニギしながら、頬を薄く朱に染め、伏し目がちにプイッと顔を少年の方から逸らす少女。

 

 思わず邪な感情に流されてしまいそうなくらいの破壊力があった。

 

(ジーク、それは狙ってやってるのか? それとも天然か?)

 

 セアレの心の声は、おそらく全次元世界の男達の声ではなかろうか。

 

「ま、まぁ、とにかく何もなくて良かったよ」

 

 話題を切り替えよう。色々とマズイ気がする。

 

 言い知れぬ予感に駆られ、セアレはそう判断を下す。

 

「あ、トレーニングしてたんだろ? この後も続けるつもり? それとも何か別の――――」

 

 グゥゥゥゥゥゥゥ。

 

「「………」」

 

 響く音の出処は目の前の少女の腹部。

 

 何故だろう、物凄いデジャビュ【既視感】を感じる。

 

「……昼飯を食いに行くつもりだったんだけど……一緒に行く?」

 

「………」

 

 少女は真っ赤にした顔を俯かせ、小さくコクッと首肯いた。

 

 

*      *      *

 

 

 クラナガン市内にある某食事処。

 

 先祖がとある管理外世界出身の店主が切り盛りするこの店は、その管理外世界を模した料理が味わえ、しかも手頃な価格と良質の味で隠れた人気を誇る店だった。噂では、管理局地上部隊の上級士官や次元航行部隊の提督クラスも秘かに通っているとの話もある。

 

 そんな、隠れた名店で一組の少年少女、セアレ・ルシーブルとジークリンデ・エレミアは揃って席に着き―――――

 

 『サバの味噌煮定食』と『おでん定食』を食べていた。

 

 ……もう一度言おう。

 

 『サバの味噌煮定食』と『おでん定食』である。

 

 ここで言う『サバの味噌煮』や『おでん』とは決して同音の異世界料理でなく、正真正銘の某管理外世界の某弓状列島国家で親しまれている料理その物である。

 

 年頃の少年少女が二人きりでする昼食にしては色気もへったくれもない。特に少年よ、もう少し考えろよ!!―――と言いたい。

 

「嬉しいな~。ウチ、おでんが好物なんよ。まさかクラナガンのお店で食べられるなんてな~」

 

 ……どうやら、少女は気に入ったようだ。少々変わった子である。

 

「そうなのか? じゃあ、ラッキーだな。俺的にはこの店は美味くて安いお気に入りの店だったんだよ」

 

「そうなん? そやけどセアレ、こんなお店をよう知っとったね」

 

 箸で切り分けた大根に辛子を付け、口へと運ぶジーク。シッカリと出汁の染み込んだ大根の味と辛子の刺激が彼女の食欲を促進する。

 

「知り合いに教えてもらってな。その人は友達に教えてもらったらしい。―――その友達のご先祖様が店の料理の出処になった世界出身なんだって言ってたな」

 

「そうか~、ええ人やね~その人」

 

 ホクホク顔で次の標的を玉子へと移していたジークだが、ふと箸が止まる。

 

「……なあ、セアレ」

 

「何?」

 

 自家製の味噌で煮込んだサバは魚の臭みもなく、柔らかくしっとりと舌に馴染む。味噌はミッドチルダでは独特の風味が嫌われることもある調味料だが、セアレ個人としては特に問題なく食べられる。一口、二口と箸が進む。

 

「その知り合いって―――女の人なん?」

 

 世界が静止した(主にセアレの)。

 

「ナ、ナニヲコンキョニオッシャイマスヤラ、ジークサン」

 

 小刻みに震える箸を皿に置き、笑顔全開で片言調な言葉を発するセアレ。ただ、游いだ視線だけは決してジークに合わせようとはしない。ってか、そのリアクションはバレバレすぎるだろう。

 

「……女の人なんやね。それも、年上で綺麗系なお姉さんタイプとみた」

 

 何故そこまで言及出来るのだろうか?

 

 勘か? 一流のグラップラーが持つ直感なのか?

 

「女の勘や」

 

 ドヤ顔で断言するジークに、有無を言わせぬ説得力を感じる。

 

 恐るべし―――女の勘!!

 

「分かった。何が望みだ? 此処の支払いなら俺が持つが?」

 

 直様完全降伏。セアレは白旗を上げて相手の要求を待つ。

 

「……ウチ、別に脅しとるわけやないんやけど」

 

 嘆息してセアレの言動を打ち消すジーク。彼女は別に脅しをかけようとしたのではない。

 

(普段、番長とかにどんな扱いを受け取るんやろうか?)

 

 むしろ、この遣り取りからセアレに対するハリー達の普段の対応に疑問符が浮かんでしまう。

 

「……あれ? 違うの?」

 

 見当違いの対応をしていたことに気付き、思わず問い返すセアレ。彼としては予想と違うことは喜ばしいことではあるのだが。

 

 間の抜けた顔をしているセアレを見て、ジークの中の嗜虐心が沸々と湧き上がる。

 

「違うけど……ほな、折角やからいくつか質問に答えてもらおうかな?」

 

 自分に正直に生きよう。この瞬間、本日の行動指針がジークの中で固まった。

 

「質問? まぁ、変な内容じゃないなら別に構わないけど」

 

 セアレとしては質問に答えるだけで済むのならお安い御用だ。

 

「普通の質問やから、素直に答えてくれたらええよ。あ、嘘はあかんよ」

 

 気楽げに笑うジーク。

 

 この様子ならそうそう無茶な質問は出なさそうだ。好きな食べ物とか隠れた趣味とかと言った類の内容だろうか? ジークの様子からそう捉えて、セアレも気楽げに構えることにした。……警戒はしていなかった。

 

「セアレって、女性のどのへんが好きなん?」

 

 初っ端から爆弾が投下された!!

 

 なんの衒いもなく、笑顔で投げ込んできたよこの子!!

 

(普通か? これは普通の質問か? ジークはこの手の質問をする奴だったか?)

 

 疑問符が脳内をグルグルと回っているが、答えないわけにはいかない。何故なら、質問をぶつけた直後にジークの雰囲気が一転し、セアレの拒否を許さないものへと変わっているのだから。

 

「お、男と違って優しいところが―――」

 

「ダウトッ!! やよ、それ」

 

 ニッコリ笑顔で宣告し、罪人を咎める検事の様相を見せるジーク。

 

「そんなことを聞いてんのとちゃうんよ。ってことくらい分かってる筈やよな~」

 

(どう答えろと……)

 

 模範解答など存在しなかった。何もかも放り出してこの場から逃走を企てようかとも思ったが………

 

(無理そうだな)

 

 いつの間にやらセアレの左腕にジークの手が添えられている。軽く触れられているだけの筈だが、未知の強制力が働いているようで、左腕は一切動かすことが出来ない。

 

 観念するしかない。思わず周囲を見て誰も聞き耳を立てていないのを確認。

 

「か、髪が……綺麗で長めな感じとかだと……いいです」

 

 少々声を顰めて無難に答えられる部分を口にする。

 

「ふ~ん、他には?」

 

 珍しくまったく思考の読めない視線を送ってくるジークに、セアレは再度白旗を振るしかない。

 

「他は……ゴメン、ほんとにこの質問は勘弁して……」

 

 両手を合わせて祈るように赦免を求めるセアレ。

 

 己の黒髪に手を遣り、暫く見詰めていたジークは、一旦瞼を閉じて「うん」と小さく頷くと、セアレに恩赦を与えることにした。

 

「……ま、ええやろ」

 

 どうやら助かったようだ。

 

 安堵の感がセアレを包む。すぐに消え去ったが。

 

「次の質問」

 

 唐突にイヤな予感が全身を駆け巡る。

 

「……セアレは昔からの付き合いの番長とは当然としても、ヴィクターとも仲が良いみたいやけど――――」

 

 最初よりジークの笑顔が輝いている。あまり見たことのない類の笑顔だ。学校等でよく目にする、噂話に興じる女子達がする笑顔に近い。

 

 そんなジークの様子とは裏腹に、セアレ自身は異常な速度で脈打つ心臓が、己の身の内に五月蝿く響くのを苦々しく感じている。

 

 死刑宣告を受ける受刑者の心境とはこんな感じなのだろうか?

 

「――――二人のどっちと付き合っとるん?」

 

 ……この少女は本気で自分の心臓を叩き潰す気なのか? それとも、実は誰かにセアレの暗殺を密かに依頼されていて、暗に実行に移しているとか?

 

 ジークの質問にセアレは天に祈りを捧げたくなった。恨み言でもよいが。

 

 やはり、ナンパ男に言い寄られた時の不安やストレス等が知らず知らずに溜まっていて、今ここに来てジークの精神に普段とは違う影響を及ぼしているのだろうか? 

 

「……どっちとも付き合ってない」

 

「ほんま~?」

 

 探るような目で見られても、セアレには他に答えようがない。

 

「大体、あの二人が俺と付き合う意味が見いだせん。ハリーとは昔馴染みだし、ヴィクターとも友達として仲良くはしてるけど……それだけだ。俺が彼氏になったとしてもなんのメリットも無いし」

 

 自分で言ってて悲しくなってきた。だが、事実として彼女達なら、それこそ容姿も人格も社会的立場も将来性もある相手をいくらでも見つけられるだろう。お嬢様であるヴィクターは言わずもがな、ハリーもまたそれだけの器量を持つ少女だとセアレは思っている。

 

「それに……あの二人は魔法戦技関連が日々の中心で、恋愛事とかにはあまり興味なさそうだしな」

 

 これも大きな理由だ。

 

 目下、彼女達の最大の興味は魔法戦技とその大会に向けられている。日々の生活と思考の中で占められている割合は非常に大きい。

 

(ジークもそうだけどね)

 

 勿論、恋愛等に興味が無いとは思えないが、他の一般的な同年代の少女達に比べれば、あまりその手のイメージが湧かないのも事実だ。

 

「そんなこともないと思うんやけど……」

 

 ジークが反論するが、なんとも歯切れが悪い。言いたいことは有るが、言い出しにくいといった態だ。

 

「―――この話題はここまでにしとくわ」

 

 結局、先にジークが折れた。納得には程遠い表情をしていたが。彼女なりに思うところがあるのかもしれない。

 

「それじゃあ、これが最後の質問」

 

「……まだ有るのか」

 

 もう勘弁してほしい。

 

 正直、セアレのライフは既に危険領域に突入している。軽いジャブでも数発でノックアウトしてしまいそうな状態と言っていい。

 

 そんなセアレの心情とはお構いなしに状況は進んでいく。

 

 なんだか先程から店のお客の退店数が少ないように感じるのは……思い過ごしだと思いたい。

 

(斜向かいの席のOL風の女の人達なんか、とっくに食事が終わってるのにずっといるもんな……)

 

 自意識過剰すぎるだろうか?

 

 隣の微妙な表情でいるセアレの心境を知ってか知らずか、ジークは今までとは比較ならない程の真剣な表情を作り、数度深呼吸をしたあと、意を決したように口を開く。

 

 空色の瞳は、淀みなく唯一点の対象を捉えている。

 

「……ウチ、最近になって気になっとる人が―――――」

 

「ジーク、ごきげんよう。今ちょっといいかしら?」

 

 シュンっと音がしてジークの目の前の空間に現れた映像画面が、ジークの台詞を途中で遮る。画面には微笑を浮かべたヴィクターが映っている。

 

 気勢削がれたジークだが、すぐに持ち直して対応する。

 

「あ、ヴィクター。どないしたん?」

 

「貴女、今クラナガンに来ているのでしょう? もし都合が良かったら、今夜の食事に誘おうかと思って」

 

 絶妙なタイミングと言えた。多少質問内容が気になったが、少なくとも今までの質問傾向からしてあまり良い予感がしていなかったセアレにとっては、ヴィクターからジークへの通信は天の助けに思えた。ジークの関心が完全にヴィクターに移ったのだから。

 

「あら? どこかのお店に入っているの?」

 

 空中に展開された画面の裏側にいる為、セアレの存在はヴィクターには分からない。

 

「うん。ちょっとお昼を食べに―――」

 

 

*      *      *

 

 

「さて、じゃあ俺は地元に戻るかな」

 

 結局、ヴィクターからの通信終了後、ジークが再び最後の質問をすることはなかった。

 

 もしかしたら、時間を置いたことで冷静に質問内容を見詰め直し、質問することに不都合な部分や恥ずかしい部分に気付いたのかもしれない。

 

 気になるのは事実だが、ジークから話題に触れない以上、セアレから聞き返すのも微妙だったのでそのまま放置となった。

 

 気になるといえば、何故かジークはヴィクターとの通信中にセアレの名前や一緒に食事していることを会話の話題として出さなかった。おかげでヴィクターに挨拶するタイミングが掴めず、ヴィクターはセアレの存在に最後まで気付かずに通信を終えた。

 

「……ジーク、夕食はヴィクターの家で食べる約束なんだよな?」

 

「そうやよ」

 

「なんだったらバイクで送ってこうか? 結構遠いだろ?」

 

 クラナガン市内のこの場所から校外にあるヴィクターの邸宅は多少距離がある。しかも、周囲近辺には駅が存在せず、最寄りの駅からかなりの時間を徒歩かタクシー移動となる。そんな状況を知っていて見過ごして行くのは流石に偲びない。

 

「エドガーさんが迎えに来てくれるって言うてたし、まだ時間も有るから、食後の運動とトレーニングがてらゆっくり向かうからええよ」

 

「そうか」

 

 迎えが来るのならセアレが心配することもない。

 

「それに、さっきセアレにもメールが来てたやろ? 友達と会うんちゃうん?」

 

 ジークがヴィクターとの通信を終了するに前後してセアレにもメールが届いていた。内容は普通に学校の友人連中からの遊びの誘いだった。

 

「まあな。それじゃあ、俺は行くわ」

 

「うん。お昼、ご馳走してくれてありがとう」

 

「どういたしまして。またな、ジーク。ヴィクターにも宜しく言っといて」

 

 今日一日で何度目かになるお礼の言葉をジークから貰い、何度目かになる気恥かしさに包まれながらセアレは別れの言葉を口にする。

 

「じゃあまた、セアレ。今日のお礼に次に会った時はウチの手料理をご馳走したるね」

 

「ははは、そいつは楽しみだな。心待ちにしてるよ」

 

 ジークの言葉に笑顔で返答を返し、セアレはそのまま踵を巡らすとバイクを取りに駅の駐機場へと足を向けた。

 

「……約束やよ」

 

 去りゆくセアレの背中を見ながら小さく呟いたジークは、セアレとは逆方向に歩み出す。

 

「結局、最後の質問は出来へんかったな~」

 

 数歩進んだところで足を止め、ボンヤリと空を見上げながら独りごちる。

 

 正直、あの瞬間の自分はどうかしていた。いろんな意味でテンションが上がり、制御のつかない状態だった。自分でも何を口走るつもりだったのか、今更ながら疑問に思う。

 

「ヴィクターに感謝せなあかんな」

 

 昔からお世話になりっぱなしの彼女には頭が上がらないが、益々その傾向が強まりそうだ。

 

「ナイスタイミングやったしね」

 

 ヴィクターの登場で下手なことをセアレに質問せずにすんで心底安堵した。一瞬、不快な気持ちになったような気もしたが、ただの気の迷いだろう。ヴィクターに対してそんな気持ちになる筈がない。

 

「しかし、意外とセアレって鈍感なんかな?」

 

 今日の質問に答えている様子では、嘘を吐いているようには見えなかった。過小評価しすぎにも思えたが、セアレ自身がどこまで本気で考えているのかについては、今の時点ではジークには判断する材料が少なすぎた。

 

 ただひとつ言えることは、

 

「セアレは―――長くて綺麗な髪の女性がタイプ―――っと」

 

 この情報はハリーとヴィクターにも教えてあげるべきだろうか?

 

 この後ジークは、己の中の天使と悪魔との葛藤に数時間悩まされることになる。

 

 

 







謝意とインフォメーション:

お気に入り登録数が100件を突破!!

奇跡です。登録して下さった皆さん、ありがとうございます。

これからも頑張って書いていくつもりなので、宜しくお願いいたします。


近日中に本作とは別のシリーズを投稿するつもりです。

ヒロインは単行本8巻裏表紙のあの子の予定。

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