翌朝、たてがみが起きるとサーバルもかばんも居なかった。部屋はライオンの城の広間。どうやらライオンと飲んでいる最中に寝てしまったらしい。ぼぅっとしていると、扉が開いてジャパリまんを抱えたライオンが入ってきた。
「あ、起きた?おはよー」
「ん?ライオンか・・・サーバルは?」
「サーバルはそうげんちほーを見て回るって言ってかばんと出てったよ」
「ウチを置いて?」
「まぁ、ぐっすり寝てたからね。起こしたくなかったんじゃないかな?それより、朝ごはん食べよう」
ライオンに促されるままにジャパリまんを食べる。が、サーバルが居ないことに寂しさを感じてついこぼしてしまう・・・
「おはようもいただきますも一緒やって言うたのに・・・」
「かばんちゃんが退屈するからだってさ。それよりも・・・」
ライオンはたてがみの口元についた食べかすをぺろりと舐めた。
「餡こがついてたよ」
「お、ありがとう」
たてがみは素直にお礼を言った。あまりにそっけない反応にライオンは狐につままれたような顔をした。
「・・・あれー?嫌じゃないの?」
「いっつもサーバルにやってもらってるからな。気にならへんけど」
「そっか・・・サーバルも大変だねぇ」
「?」
なにやら目線をそらすライオンに、たてがみは小首をかしげた。
『平原地方はぁ、ウチと、ヘラジカたちで縄張り争いしててね。私も、任されたからにはやるけどさ、正直タイプじゃないんだよね~。お外でゴロゴロしてたいな~。皆血の気が多いよね。このままだと怪我人が出ちゃいそう。で、やめようって言ってるんだけど向こうがムキになったってさ。それでいっそ負けようかな~って。それで君たちに頼んで、ヘラジカを上手く勝たせてほしいってわけで・・・』
かばんは昨日ライオンが柱で爪を研ぎながら話していた依頼を思い返す。ヘラジカとの長い領地争いに危機感を感じているライオンは、負けてでも合戦を終わらせようとしているのだが、稚拙な突撃ばかり繰り返すヘラジカ軍団はライオンの城に着く前に撃破され、時間ばかりが過ぎて飽き飽きしているとのことだった。そこで、ヘラジカに顔の割れてないかばんをヘラジカに遣わして『怪我人の出ない安全な戦い』を教えてなおかつ、『知恵なしのヘラジカに知恵を授けてライオンを倒させる』役割を求められたのだが・・・
「でも、ライオンちゃんはひどいよ!」
かばんの補佐として一緒に派遣されたサーバルは、彼女らしからぬ怒りの表情を見せた。かばんはサーバルを宥める。
「サーバルちゃん、仮にたてがみさんを連れて行ってもライオンさんにそっくりなたてがみさんをヘラジカさんは信用しないと思いますよ」
「でもでも、だからってたてがみちゃんを人質にするなんて許せないよ」
ライオンはかばんに、表向きサーバルにはライオンがたてがみを人質に取ったことにするように付け足した。それも、ライオンがたてがみに惚れ込んで一服盛って昏睡させ、番になって共に群れのリーダーになろうと求婚したというストーリーまで仕立ててである。唯一無事だったかばんがたてがみを取り返すため何とか得た条件は、ヘラジカとの合戦に参加してライオン軍団を打ち破ること。それを聞いたかばんは、酔って眠ってしまったサーバルを連れて命からがらヘラジカに助けを求めに向かっているというのが今の設定である。
『ほんとは単にたてがみが君たちにホイホイ付いて行っちゃわないようにするつもりだったんだけどさ、こうなっちゃった以上こうした方がサーバルもやる気出すだろうと思って。たてがみが一緒だと部下も喜ぶだろうし』
「たてがみちゃんを取り戻すためにも、早くヘラジカの所に行かないとね!」
そう意気込んでサーバルの歩幅が大きくなっていく。サーバルのたてがみへの感情を逆手に取ったライオンの手腕に感心する一方、上手く行き過ぎてかえって心配になるかばんであった。
「おう、戻ったで」
「お帰りぃ。ダイジョーブだった?」
「おう、セルリアンならウチがやっつけてきたで」
ライオンはくつろぎながらたてがみを迎え入れる。サーバルを待って退屈していたたてがみは、ライオンを手伝いたいと申し出て、急遽現れたセルリアンを討伐に行ってきたのだ。報告は部下から聞いているが、たてがみの手腕は荒削りではあるがなかなかのものらしい。加えて持ち前の快活さで部下たちを牽引し信頼も勝ち得ていた。
「ごめんね、お客なのに手伝わせちゃってさ」
「えぇって。大した相手やなかったから気にせんといて。怪我もないし」
そう言って握りこぶしを出したたてがみの腕の傷を、ライオンは見逃さなかった。
「ねぇ、その傷は大丈夫なの?」
「いや、ちょっと転んで擦りむいただけやし」
「ちゃんと洗わないとだめだよ。ほっとくとあとで病気になるからさ」
そう言ってライオンは傷口を舐めて処置をする。たてがみが素直にごめんと謝ると、ライオンも気分良く許してしまう。ライオンにとっても、素直で遠慮なく話すたてがみは手のかかる息子や弟のようにかわいい存在であった。
「ねぇ、このままたてがみもウチに住まない?私もさ、そろそろ誰かに群れを譲ってのんびり引退したいと思っててさ」
サーバルには悪いが、やる気を出させるためにでっち上げた建前も、今は本気半分に尋ねてしまうぐらいにはライオンはたてがみに好意を持つようになっていた。
「うーん、この城気に入ったし、サーバルが良いって言ってくれればエエけど」
「そっかぁ・・・そりゃちょっと厳しいね」
あそこまで焚き付けてサーバルが許すことはないだろう・・・或いは、いっそ本当に寝取ってやろうか?ライオンの頭の中では様々な思惑が交差する。一方でたてがみは悩んだ末に、先延ばしにすることを選んだ。
「まぁ、今の旅が終わるまでは待ってくれへんか?」
「大丈夫、どうせ図書館は目と鼻の先だしさ。返事は用事が済んだらでいいよ」
かばんの正体が判れば旅は一段落。後はかばんの意思次第で、たてがみはきっとサーバルと帰ってくるだろうとこの時ライオンは踏んでいた。
「それにしても、縄張り争いなんて変なもんやな。狩場も餌も困っとらんのに」
「でしょう?でも、ヘラジカったらしつこく勝負だーっ、て言ってきてね。まるで話を聞かないんだよ」
ジャパリまんによって食料の心配がなく、脅威となるような強力なセルリアンも居ないへいげんちほーで、本来争いなど意味を持たないはずである。と、さばんなでは日々の食料にも苦労していたたてがみは考えるのだが、狩りごっこを行うフレンズも多いあたり実際にそうも行かないようだ。
「みんな恋しいんだろうね。フレンズになる前の必死になって生きてた頃がさ」
「そんなもんなんかね・・・」
かつて檻の中での生活を当たり前にし、フレンズ化してから食べ物を得る苦労を知ったたてがみには想像できない話だ。とはいえ、戻りたいとも思わないのだが。
「因果なもんやな、腹が膨れたら今度はつまらん意地が表に出るなんて」
「私達、子作りも必要ないからね。それもあるのかもよ」
生き物が寝食以外に時間を使うのは子育てだろう。それらをすべて除いたフレンズには、生まれ持った個性への誇りしか残らない。なるほど自然にして不自然な存在だとライオンは思っていると、不意にたてがみが聞いてきた。
「なぁ、サーバルも言ってるんやけど、赤ちゃんってどうやって生まれるんやろ?」
「は?」
ライオンがたてがみの言葉に愕然としていると、また部下達が入ってくる。
「ライオン様、ヘラジカとの合戦の日時が決まりました。それと、かばんが指示したとおり準備しましたが今回はこれを使って争うんですか?」
アラビアオリックスはいつもの武器とは違う、紙を巻いた武器と、紙風船を取り出す。
「うん。今回はこれだけで攻撃して、くれぐれも暴力はダメだよ」
「はい、武器は変わっても、ヘラジカ達に遅れは取らねぇぜ」
「どうせ私は留守番だけどね」
いつもどおりの意気込みの3人に、ライオンも安心する。しかし、戦の前の熱はたてがみの好奇心に火を付けてしまった。
「なんかおもろそうやな!ウチも参加してエエか?」
「え?それはちょっt・・・」
「たてがみ様も参加されるのですか!?」
「こうでなくっちゃな!」
ライオンが慌てる中、たてがみは瞬く間に迎撃組のリーダーに祭り上げられる。名目上たてがみは人質なので、普段門番で退屈しているニホンツキノワグマの代わりに城内に置いておくつもりだったのだが、もう部下たちの心はたてがみのものである。
「おっしゃ!そうと決まれば明日に向けて猛特訓や!」
「「おおおおおお」」
たてがみはそう言って部下たちを引き連れて訓練に出て、部屋にはライオン一人が残された。
「あぁ・・・えぇっと。まぁ、なるようになるか」
最悪サーバルと鉢合わせしても、かばんがいればなんとかなるだろう。それよりも、今はこの可愛くて危なっかしい弟分を持つ役得を楽しみたいと、ライオンはサーバルの顔を思い浮かべながら意地悪な笑みを浮かべた。