出来ればこれから時々でいいので投稿したい(切実
20.05.10 加筆修正
(また、この夢か)
うまく思考の定まらない夢心地のままに千歳はごちる。
最近──それこそここ、一年くらいの間に時折見るようになった、一人のひどく美しい女の夢。
結い上げた黒髪に黒を基調とした艶やかな着物。
花魁のように着崩されたそれを身に纏う肢体は、全体的な印象は猫のようなしなやかさだというのに男女の別無く見惚れるであろう抜群のプロポーション。暗闇の中、うっすら見える顔立ちはゾッとするほどに美しい。
そんな女がいたずらっぽく、いっそ妖しげに微笑みながら己にしな垂れかかる様はひどく浮き世離れしており、世の男性が今の彼女の艶姿を見れば見ただけで魂の緒を抜き取られるのではないだろうか。
しかし千歳はそれに頓着していない――否、それ以上に関心が向いていたのは彼女の瞳だった。
着物や髪、夜闇の『黒』の中でも色褪せない金色の瞳。
目を細めれば三日月に、満面の笑みを浮かべれば満月のように輝くであろう綺麗な瞳はどことなく――暗い感情に曇っていた。
怒りや憎しみではなく、悲しそうな、後ろめたそうな。そんな憂いを帯びた色合いの感情を垣間見る。
何故そんな目をするのか、その理由など千歳には知る由もない。知りたいと思っている訳でも、多分ない。
ただ、曇り一つない綺麗な
(弟分含む)愚弟三人衆への処罰が決定された週末。
本来なら2~3日ほど滞在し、ここぞとばかりに食料を食い溜めしてから出ていく黒猫はなぜかまだ千歳の部屋にいた。今は胡坐をかいた千歳、その膝の上に朝エサ後の至福とばかりに丸くなって眠っている。
そんな黒猫を気にも留めずに千歳がしかめっ面で携帯の画面に映った画像を凝視する。
つい先日、弟の一誠からメールと共に送られてきたものなのだが、件名が『aKEvAGbpeng!』と謎の物だったので学校で問い詰めてみると
『え、聞きたい? なぁなぁ、そんなに聞きたい? いやー、しょうがないなー! そこまで言われたらなー! なんと、俺に! 彼女が!! 出来ましたぁ!!! 『…………目を覚ませぇ!』 ブヘェッ!?』
――戯言をほざいたため、思いっきり張り飛ばした。あまりにもウザかったからというのもあるが、それは理由のほんの一部である。多分。
その後も話を聞こうとするが人生初――むしろ生涯最初で最後の――チャンスに浮かれまくっていたため、すわ美人局かと心配になり、その日の仕事を可能な限り前倒して放課後ファミレスに呼び出し話を聞いた。
学園での一撃が効いたのか、浮かれてはいるものの冷静に話をする一誠の話を聞くだにどうにも相手側の一目ぼれのようである。
『…………普段の
千歳は父親に、一誠は母親にそれぞれ顔立ちが似ている。
ただ、精悍だが険のある印象を受ける千歳と異なり、十代前半の少女なら中性的な一誠の方が女性受けはいいだろう。
スケベ根性丸出しなところを除けば性格だって悪くないのだし、と思うのは兄としての贔屓目か。
ともかく、
ではなぜ、そんなものを見続けるのか。その理由は一つの疑問を持ったからだ。
(――――この辺りにこんな制服の学校あったか?)
千歳の勤める駒王学園は下は幼等部から、上は大学部まである一貫の進学校である。ましてや元は女子校であったこともあり、それなりに裕福な家柄の生徒も多い。
学園全体が共学化したことで多少は和らいでいるというが、それでも生徒の安全・風紀を守るため警察だけでなく地域住民と協力し合い、長期休暇の時期には地元有志による夜間巡回などが現在でも行われている。
そのため駒王町近隣で見かける制服、その特徴についてはある程度周知されているにも拘らず、携帯に映る少女の制服には心当たりがなかったのだ。
最初は忘れているだけだろうと思っていたが、どうにも気にかかりネットで調べてみた。当然、少女の着ていた制服は見つかったのだが、
「…………いや待て待て、遠過ぎだろ」
関東圏の一地方都市に過ぎない駒王町から、その学校まで登校するには車にしろ電車にしろ時間が掛かった。近年開発されたリゾート地にほど近いそこは学生寮もあり、長期休暇や自宅療養しているというならまだしも、普段の登校には遠すぎるし、その学園から駒王に帰ってくる頃には
ヘリでも使って飛んでくるか、或いは
(コスプレ? 持っていた誰かから借りたか、もしくは卒業生………いや、制服着る理由にならないだろ)
(この町の駅を使う家庭で、この制服の学校に入学した娘がいるなんて聞いた事ねぇぞ? そもそも一目惚れだっつーけど、態々この町からあの学校に入ることを決めた娘がうちの愚弟に何時出会うよ?)
(………仮にそうだとしても待ち構えるような女とかヤバいだろ。俺個人として有りか無しかで言うなら有りだが、それは置いといて)
(………『偶然』一誠に惚れた良い
そこから一時間ほど(いつの間にか起き出した猫が頭の上に登り携帯の画面をのぞき込んでも)微動だにせず、出した結論は『愚弟がヤバい女に目をつけられた』というモノだった。
とりあえず実家の方に電話をかけてみるが、一誠は朝早くに出かけたという。電話に出た母の話ではデートだとか。次に一誠に電話をかけてみるがスルー。数分後、メールで返信が来たと思えば『俺の彼女可愛い、天使か』とツーショット写真が添付されており、思わず強くなった握力で携帯の画面に罅が入る。
どうにかこうにか連絡をつけようとするもうまくいかず――――
「なんでこんなストーカーみたいな真似を……」
最終的に千歳は街に繰り出し、一誠を探し回ることになった。
エロガキではあるが根っこが純粋というか素直というか、意外とオーソドックスなデートになるだろうと予測を立てたのだが、今の所発見には至っていない。
ちなみにホテルの類は一切見回ってない。前述した理由もあるが、もしバレた場合
本来なら探し回ってもすれ違う可能性が増えるだけ。ある程度何処に行くかは絞れているのだから喫茶店なりファミレスなりで待ち伏せするべきだし、そうするつもりだったのだが……
「ニャー」
「なんでこんな時についてくんだよ、お前は」
「! ニャ、ニャ!」
「さっき焼き鳥買っただろうが、我慢しろ」
何度放り出しても羽織ったパーカーのフードの中に潜り込み、離れようとしない黒猫のおかげでどこにも入れずにいた。しかも歩いているとたこ焼きやら焼き鳥やらをねだり、進路妨害をしてくるのである。
…………なんだかんだ言いつつ、買っている千歳も千歳だが。
日も傾き出し、当てもなくぶらつきながら探すことに億劫になって来た千歳は一息入れようと時間を確認し、丁度この時間帯なら、と公園へと足を運んだ。
公園内は夕暮れも間近というこの時間では人もまばらで、時折これまで遊んでいたのであろう子供たちや親子連れとすれ違うばかり。時々フードの中にいる黒猫に気付いたのか、後ろから「さっきの人、ネコさん連れてたー」と黄色い声が聞こえてくる。
「子供は元気だねぇ」
思わず、ポツリと零した口には穏やかな笑み。しかし、すぐに引き締まる。
視線の先には目的地と定めた白い大型のキッチンカー。買ってすぐに食べられるように周囲におかれていたであろう丸い屋外テーブルとイスは重ねられて、キッチンカーのすぐそばで片付けられるのを待っている。
ショーケースの中に見えるのは、薄皮のような生地に巻かれる直前のクリームやイチゴ・バナナなど色とりどりの果物類。ぱっと見ただのクレープの屋台であり、その実もただのクレープの屋台である。
ただし狭い車内で作業をしている
見よ、巨木の如き彼の者の腕を。そして生木を易々と引き裂くであろうその指先を。
見よ、荒野の如く荒々しく、岩盤のようにそびえる胸板を。鉄の棍棒を受けても微動だにせぬであろう鋼の胴を。
おお、その眼は凄絶な殺意を放ち、されど無垢な瞳は深遠なる
汝、心せよ。前触れなく彼の者の前に立つ者は勇気と覚悟を振り絞らねばならない。でなくば理不尽な死の悪夢にとらわれり、或いは夢と愛と希望を名乗る呪いをその身に刻まれり。
彼の者の名は――
「よう、ミルさん」
「? にょ、千歳君久しぶりにょ」
――ミルたん(自称)。
四肢強靭なる覇者の肉体と魔法に憧れる乙女の心を併せ持つ、常道から外れし一般人である。……一般人とは何だろうか?
「おや、今日は可愛らしいお客さんも一緒にょ。……触ってもいいかにょ?」
フードから少し頭を出していた黒猫に気付いたミルたんは、千歳に断りを入れつつ猫を取って喰おうと――――もとい触らせてもらおうと手を伸ばす。
しかし、自身に近づく巨大な手のひらに恐れを抱いたのか、黒猫は「フシャーーーーーッッ!!」と今まで見たこともないくらいの勢いで威嚇しだしたことで、残念そうにしながらも手を下した。
「うーん、すごい気難しい子だにょ。ここら辺のワンちゃんネコちゃんとはもう友達なのに」
(それ、威嚇しても無駄だと本能的に察してるのでは……いや、これ以上やめとこ。俺も命が惜しい)
そう思いつつ、半ば狂乱している猫を腕の中に抱きかかえあやすように喉を擽る。その甲斐もあり、未だ毛を逆立てているものの唸らなくなる程度に落ち着いたところで話を切り出す。
「もう店じまいか?」
「本当はもう少し時間があるんだにょ。でもお客さんは親子か、お友達同士。後はカップルさんもいるけど、この時間帯からは屋台のクレープよりお洒落なカフェにどうしても集中しちゃうんだにょ」
「まあ、それもそうか。この公園、昼間は良いが暗くなってくると見通しがいいとは言えないしな」
昼間に人が集まるからこその弊害というか、なんと言うべきか。夜の公園というモノは基本、閑散として街灯があっても薄暗いものだ。加えて自然の緑が多ければ、その分多くの死角ができてしまうのは道理である。
偏見を承知で言うのなら、そんな所にやって来るような者は多少なり薄暗い事情を抱えているか、お盛んなカップルが
「そうなんだにょ。オーナーから許可は得てるから、早めに閉店してお家で『劇場版魔法少女ミルキーアストラル6
「……相変わらず、趣味に全力投球しまくってんなぁ」
ミルたんとは数年来の友人?で時折、トレーニングや組手に付き合ってもらっている間柄ではある。
しかし、過去に一度ミルたんの趣味が高じた騒動に巻き込まれている千歳としては、人の趣味にケチをつける気はなくとも褒めることもできず、曖昧な表情でそう言う他なかった。
「あー、と。それで注文したいんだが……いいか?」
「もちろんいいにょ。ご注文を承りますにょ」
「デラックスチョコバナナ一つ。トッピングにメープル、バニラアイス、チョコアイス、生チョコキューブ。あ、カスタードクリームも増し増しで添えてくれ」
「かしこまりましたーにょ。……相変わらず、凄いカロリーだにょ」
ボソッとつぶやくミルたん。通常の倍ほどの大きさのデラックスサイズにこれだけの甘味料とトッピング。
兵藤千歳。顔や体格に似合わず重度の甘党であった。