進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第十一話 トロスト区奪還作戦⑤

 

 巨人を殴り飛ばす、奇行種が現れた。

 リィン達より大分遅れてやって来たミカサとアルミンとコニーの三人から伝えられたその情報は、あまりにも受け入れがたい情報だった。人類を喰らうことだけが目的の巨人を、違う巨人が殴り飛ばす? そんな夢物語、一体どうやって信じればいいというんだ――と。

 だが実際、目の前でその夢物語は実現している。本部に突っ込んできた巨人を殴り飛ばした巨人がいて、その巨人は今も他の巨人たちを掃討している。――おかげで、巨人たちの意識がリィン達兵士には向いていない。これをチャンスと呼ばずして何をチャンスと呼べようか。

 本部の中から外へと集中し始めた巨人達。リィン達104期訓練兵はその隙に本部の奥へと移動する。

 

「あの巨人、知性があるんですかね……?」

 

「さーな。でもまー、アイツのおかげで俺たちは今も生き永らえてんだ。感謝ぐれーはしておこーぜ」

 

 訝しげな表情で問いかけるサシャの頭を撫でながら、リィンは苦笑を浮かべる。

 現在、リィン達104期訓練兵はガス補給庫の真上にあるフロアに集まっている。そこには巨人が入ってこれるような高さも広さも無いので、身体を休めたり作戦会議をするには絶好の部屋だった。

 リィンは立体機動装置を身体から外し、傍に置く。ガスが底をついている今、立体機動装置はただの重荷でしかない。――それに、これから行う作戦の邪魔になる。

 リィンが立体機動装置を外すのを見て慌てて同じ行動をとるサシャ。リィンはそんなサシャに苦笑を向けながら、右腕に巻いている紅い布を擦る。

 

「巨人と鉢合わせした時、身体が動かなくなってさ。あ、もーこれ、俺死んだかなーとか思ったとき、親父やエルヴィンさんとの思い出とお前の言葉を思い出したんだ。……おかげで、俺は巨人を無事に倒して今この場にいられる。この布のおかげかもしれねーな、ありがとう。……本当に感謝してんだぜ?」

 

「フフッ。お役に立てたというのなら、こんなに嬉しいことはありません。私も、この布のおかげで貴方のことをずっと想うことが出来ました。どれだけ巨人に恐怖を覚えようとも、貴方と再会するというたった一つの目標を達成するために頑張ることが出来ましたからね。――私の支えになってくれて、ありがとう」

 

 自分の右腕の紅い布を擦っていた左手を、お互いの右腕へと移動させる。この短時間で煤けて汚れてしまっているが、それでも彼らの絆の証は確かにそこに存在していた。

 左手でお互いの右腕を掴んだ状態で、右手を互いの背中に回す。二人は互いの目を真っ直ぐ見つめ合っていて、これから何をするべきなのかを理解しているようだった。

 ぐぐっと腕に力を込め、二人は距離を縮めていく。体が密着し、胸が触れ合い、顔が近づく。

 そして、二人の唇の距離がゼロにな――

 

「オイコラ、いつまでイチャイチャしてんだこのバカップル! さっさと作戦会議始めんぞ!」

 

『~~~~ッ!』

 

 ――る前に、二人は顔を真っ赤にしてその場で俯いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ジャン達が持ってきた散弾銃で、巨人の視界を奪う。

 アルミンが発表した作戦の第一段階がこれなわけだが、104期訓練兵たちは揃いも揃って怪訝な表情を浮かべていた。

 ガスの補給庫にいると思われる巨人の数は七体。しかも全ての巨人が三・四メートル級だという。立体機動装置も無しで彼らはこの七体の巨人を討伐しなければならない。

 アルミンは床に拡げた本部の見取り図を指で差し、

 

「まず、中央のリフトを使って大勢の人間を投下。そして、近寄ってきた七体の巨人の顔面に向けて、同時に発砲。――視覚を奪う」

 

 「……そして、次の瞬間に全てが決まる」アルミンは俯きそうになるのをぐっと堪え、重々しいながらもはっきりとした声色で告げる。

 

「天井に隠れていた七人が、巨人の急所に向かって一斉に斬りかかる。……つまり、この作戦は一回の攻撃に全てを、全員の命を――懸けることになる」

 

 散弾銃を持ったグループが巨人の囮として補給庫に行き、運動性能の高い七人が巨人を倒す。ガス欠になっている立体機動装置を使うことなく、その身一つで巨人を討伐しなければならない。ある意味では、人類史上初の試みなのかもしれない。

 「……すまない。こんな無責任な作戦に、君たちの命を懸けてしまった」アルミンはギュッと拳を握りながら、泣きそうな表情で謝罪する。

 だが、彼を罵倒し卑下する者なんて一人もいなかった。

 

「しょうがないよ、アルミン。今はとにかくなんでもいいから、補給庫を取り返さなくちゃいけないんだから。……それに、これ以上の作戦なんてもう誰も出せないよ」

 

「マルコの言うとーりだな。お前の考えた作戦に従えば、補給庫を取り返せるんだろ? だったら覚悟を決めてやるしかねーだろーよ」

 

 自分にかけられる優しい言葉に、アルミンは思わず泣きそうになる。無力だと思っていた自分が考えた作戦を、みんなが笑顔で受け入れてくれた。

 巨人が怖くないはずはない。自分の友人たちが貪り食われているのを目の当たりにして、恐怖を植え付けられなかったはずがない。――アルミンも、その中の一人なのだ。

 だが、リィンの言った通り、もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。他の最善策が提示されない以上、彼らは一つの希望にその身を捧げるしかない。

 目じりに浮かんだ涙を服の袖でごしごしと拭い、アルミンは告げる。

 

「……ミカサ、ライナー、ベルトルト、アニ、ジャン、コニー、サシャ。君たち七人に、僕達の命運を託したよ」

 

『――了解!』

 

 失敗することが決して許されない、一度限りの作戦が始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 七人の精鋭達が天井の配置場所に移動している中、リィンやマルコを始めとした散弾銃部隊はリフトに乗り込んでいる真っ最中だった。

 背があまり高い方ではないリィンは他の連中の邪魔にならない先頭に位置取り、最も打ちやすいフォームを模索する。

 と、そこで、アルミンに声をかけられた。

 

「ごめん、リィン。本当はサシャじゃなくて君を襲撃部隊に加えたかったんだけど……」

 

「いや、しょーがねーって。立体機動装置が無い今、俺は巨人を倒せねー。攻撃力が圧倒的に足りねーかんな」

 

 それに、とリィンは付け加え、

 

「サシャなら大丈夫だって。アイツ、あー見えても九番目に成績が良いんだぜ? 大丈夫、アイツなら大丈夫だ。だから、そんなに心配すんなよ」

 

「……そうだね。サシャ達の成功を祈ろう」

 

 だが、その言葉に反して、リィンの心はとても揺らいでいた。

 本当にサシャを向かわせて良かったのか。たとえ攻撃力が足りないという欠点があろうとも、自分が行くべきではなかったのか。大切な人を死地に向かわせて、自分は安全な場所で銃をぶっ放すだけでいいのか――。

 それが自分の我が儘であることは分かっている。個人的な理由で作戦が失敗してしまっては元も子もない。――それでも、リィンは一抹の不安を拭い去ることができないでいる。

 そもそも、自分が巨人の視界を奪うことに失敗してしまったらどうすればいい。作戦の第一段階が破綻した場合、まず最初に食われてしまうのはサシャを始めとした精鋭班なのではないか。どうすることもできずに、大切な人が喰われていくのをただ黙ってみているしかない未来が、起きてしまうんじゃないか。

 

「…………いー加減にしよーぜ、俺」

 

 頬を平手打ちする乾いた音が響き渡る。

 リィンは赤く腫れた頬を抑えて「いっつ……」と少しだけ涙目になるも、すぐに意識をこれからの作戦に向けて切り替える。不安は拭い去れないが、それでもサシャ達を、この作戦を信じることにしたようだ。

 そして、囮部隊全員がリフトに乗り込んだ。散弾銃を両手で持ち、誤射を招かないために必死に自分の心を落ち着かせる。深呼吸をし、深呼吸をし、深呼吸をする。

 「……行こう」十秒ほどで全員が冷静になったのを確認したところで、マルコがリフトを降下させる為のレバーを引いた。

 がらがらがらがらというリフトの降下する音が鼓膜を刺激し、張り詰めた空気を破裂させんとしている。緊張の糸が切れたが最後、彼らを待っているのは捕食という名の地獄だ。生きたまま食われ、絶望と恐怖に包まれたまま死ぬしかない。

 ガコン、と降下していたリフトが停止した。

 

「……大丈夫。巨人の数は変わってない」

 

「そうだね。――全員、銃を構えて」

 

 マルコの指示を受け、囮部隊全員が散弾銃を自分の前方に向かって構える。人差し指をトリガーに添え、補給庫内を歩き回っている巨人を睨みつける。

 数秒後。巨人たちがリフト内にいる104期訓練兵に気づき、のそのそとこちらに近寄ってきた。感情が全くと言って良いほど読めない、のぺっとした顔を向けて。

 「ひっ」と誰かが脅えの声を上げた。その声に反応して思わず数人が引き金を引いてしまいそうになるが、「まだだ、まだ撃つな!」というマルコの制止の声によって最悪の事態を避けることに成功する。狙いは巨人の目なのだから、ギリギリまで巨人をひきつけなければならない。どれだけ怖かろうが、今は我慢するしか他はない。

 巨人がゆっくり近寄ってくる。

 後、十メートル。

 ……九メートル。

 

「まだだ。まだ撃つな……」

 

 ……八メートル。

 ……七メートル。

 ……六メートル。

 

「まだひきつけて。もっと、もっと……」

 

 ……五メートル。

 ……四メートル。

 ……三メートル。

 ……二メートル。

 

「まだ、もう少し。お願いだみんな、耐えてくれ……ッ!」

 

 ……一メートル。

 

「……撃ち方、準備」

 

 ……ゼロ、メート――

 

「――今だッ!」

 

 直後、数十丁の散弾銃がほぼ同時に火を噴いた。

 ドバババババッ! という連続的な爆音とともに散弾がリフト周辺に群がる巨人の目に吸い込まれ、巨人の視界を奪っていく。目を撃ち抜かれた七体の巨人は呻き声を上げながらその場で立ち尽くす。

 そして間髪入れずに、天井に潜んでいた七人の精鋭たちが巨人の項に向かって飛び降りる。双振りの超硬質ブレードを振りかぶり、攻撃を外さないようにしっかりと狙いを定める。

 ザシュッという切断音が補給庫に響き渡り、その直後に七人全員が床に着地を決めた。全員巨人に食われることなく無事の姿でそこにいた。

 くぐもった断末魔の叫びのような呻き声を上げ、巨人たちが次々と力尽きたように倒れ伏していく。項を削ぎ落とされた巨人は肉体の修復ができなくなる。人類の天敵が持つ唯一の弱点を削ぎ落とされ、巨人たちは身体から蒸気を上げながらただの肉体へと変貌していく。

 だが、そこでリィンは気づいた。

 

「ッ!? や、ヤベーぞこの状況! 五体しか巨人を倒せてねーッ!」

 

「コニーとサシャだ! ひぃぃっ、巨人が動くぞぉ!」

 

 刃が通らなくて項を斬り落とせなかったのか攻撃を外してしまっただけなのかはよく分からないが、とにかく二体の巨人が未だにその場に顕在していた。――しかも、視力を完全に取り戻している。

 視力を取り戻した巨人たちは自分たちを傷つけた張本人――サシャとコニーに狙いを定め、ゆっくりと足を進めていく。

 「う……後ろから大変失礼しましたぁーッ!」自分の方に歩み寄ってくる巨人を見て涙を流しながら震えるサシャ。双振りの剣を持つ両手は遠目でも分かるほどに震えていて、彼女が巨人に屈してしまっているのが一目で分かるほどだった。

 このままではサシャが殺される。そう直感で悟ったリィンはリフトから飛び降り、巨人の背中に向かって散弾銃を発砲する。

 

「サシャから離れやがれ、この木偶の坊ッ!」

 

 ――が、そんなオモチャ一つで巨人を倒すことなんて不可能だった。

 リィンが背中に向かって撃ち込んでいる散弾など気にしないといった様子で、巨人はサシャに向かって飛びかかる。獣の様に突撃してくる巨人をサシャは地べたを這いずるように回避し、「うあぁぁぁ……」と自らの身体を抱えながら呻き声を上げる。

 「サシャ!」リィンは散弾を投げ捨ててサシャの元へと走り出すが、あまりにも距離が遠すぎる。104期訓練兵の中で最速を誇るリィンでも、この距離で果たしてサシャが喰われる前に辿りつけるのかは五分五分と言ったところ。――だが、諦めるわけにはいかない。

 小鹿のように脅えて縮こまるサシャに、巨人の手が伸びていく。リィンは死に物狂いで走るが、やはりこの距離では追い付けない。

 そしてついに、巨人の手がサシャの体に触れ――る直前、それは起こった。

 

 

 一陣の風が、巨人の項を斬り飛ばす。

 

 

 ミカサ=アッカーマン。

 その少女は、リヴァイ兵士長に次ぐ最強の兵士だと言われている、東洋人の少女だった。

 ミカサは蒸気を上げて動かなくなった巨人には目もくれず、サシャの元へと歩み寄る。

 

「……サシャ、怪我はない?」

 

「ミ……ミガザァアアアアアアアアアアアーッ!」

 

 命の危機を救われたサシャは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらミカサに抱き着く。ミカサは少しだけ鬱陶しそうな表情を浮かべながらも、「大丈夫ならさっさと立つ」と相変わらず冷静な言葉をぶつけていた。

 そんな百合が咲き乱れそうな雰囲気に圧されながら、リィンはとても複雑そうな表情のままサシャとミカサの元へ駆け寄り、

 

「…………えーっと、その……サシャを助けてくれてサンキューな、ミカサ。いやホント、俺は間に合わなかったわけだしな……はぁぁ」

 

「い、いやっ、リィンにも感謝していますよ!? いや本当、助けに来てくれてありがとうございます!」

 

「いや、いいんだ。――だから、ちょっと今は一人にしてくれ……はぁぁぁ」

 

「リ……リィィイイイイイイイイイイン!」

 

 別に出番とかそういうのを気にしていられるような状況ではなかったのだが、リィンはネガティブなオーラを放ちながらサシャとミカサの元から離れていく。

 ――このとき、「子供かよ」というツッコミが同期たちの心の中で入れられていることなど、リィンは知る由もない。

 





 《現在公開できる情報》

 リィンの立体機動装置の才能は、彼の父親であるリース=マクガーデンから遺伝したものである。
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