進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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 この週末は調子が良い!

 というわけで、二話連続投稿でーす。



第十四話 トロスト区奪還作戦⑧

 

 トロスト区奪還作戦が始まった。

 ほとんどの兵士が壁の上で巨人をおびき寄せるという役に務める中、リィン=マクガーデンはトロスト区内を徘徊している巨人を近くから引き寄せるという役を任されていた。その俊敏で身軽な運動性能を生かし、巨人を壁際に誘い込むわけだ。

 相変わらずの『不幸』でサシャ=ブラウスとは別の班になってしまったが、今の状況では文句など言っていられない。とにかく少しでも多くの巨人をおびき出し、巨人化したエレン=イェーガーから遠ざけなくてはならないのだ。

 立体機動装置を使わず、石畳の上を駆けていく。無尽蔵のスタミナを持つリィンだからこそ実行に移せる自殺行為なのだが、実を言うと、こっちの方が巨人を確実に誘き出せる。空中を移動しながら巨人を誘い出すより、あえて巨人の目の前に躍り出て囮役を全うする。絶対に捕まらないという確信と自信があるからこそ、リィンはこの無謀な作戦を何の迷いなく実行しているのだ。

 建物三つ分ほどの距離を駆け抜け、角を曲がる。――巨人が四体、歩み寄ってきていた。

 

「ッツ!? いや、流石に数が多すぎんだろ!」

 

 まさかの展開にリィンは慌てた様子で振り返り、元来た道を戻っていく。すぐ背後でドスドスという巨人たちの足音が響いてくるが、リィンは無視して走り続ける。少しでも走りの速度を緩めてしまったら終わりだ。とにかく壁に向かって走り続けて、巨人たちをおびき出さなければならない。

 ある程度壁の近くまで走り終えたところで、リィンは一瞬だけ後ろを振り返る。リィンを追ってきている巨人の数は変わっておらず、少しでも足を止めれば確実に捕まってしまう距離を走ってきていた。――ここら辺が潮時だろう。

 右前方に見える建物の壁に向かってアンカーを発射する。ここから先は立体機動装置を駆使して壁の上までよじ登り、他の兵士たちと合流することが最優先だ。立体機動装置のガスの補給も行わなければならない。いつまでもこんな囮役をだらだらと続けるわけにはいかないのだ。

 だが、こんな絶望的な状況に置いても――リィンの『不幸』は発動する。

 

 

 発射したアンカーが壁に弾かれた。

 

 

「――――――――、え?」

 

 狙った場所が悪かったのかアンカーが故障していたのかは分からない。この不幸の原因がリィンにあるのか立体機動装置の方にあるのかなんて、誰にもわからない。

 だが、今のリィンにはこれだけは理解できる。今までこの不幸と共に過ごしてきたリィンだからこそ、これから自分に降りかかる『災厄』の正体が予想できてしまう。

 ドスドスドス、という音が大地を揺るがす。思わず背後を振り返ると――そこには先ほどの四体の巨人が。

 感情の起伏が全く感じられない顔で獣のように迫ってくる四体の巨人を茫然と眺めながら、リィン=マクガーデンは確信する。

 

「…………俺、死んだ?」

 

 そんな一言をかき消すかのように、四体の巨人の腕がリィンに向かって振り下ろされる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 精鋭班の任務が失敗したかもしれない。

 トロスト区に鎮座している大岩付近から発射された赤の煙弾を確認した兵士たちは、あまりの絶望にその場に膝から崩れ落ちてしまっていた。この短時間でおよそ二割の兵士が命を無残に散らしているというのに、作戦の根幹ともいえる精鋭班の任務が失敗したおそれがある。これでは何のために命を張ったのかが分からない。これではまるで、本当の意味での犬死ではないか。

 そんな中、コニー=スプリンガーとマルコ=ボットは内壁の上で絶望に打ち勝とうとしていた。

 

「なぁ、おい。このまま俺たち、犬死にしちまうのかな……?」

 

「だ、大丈夫だ! エレンならやってくれるさ! そう、エレンなら大丈夫……」

 

 最後の希望ともいえる同期の少年の名前を出して自らを鼓舞しようとするが、先ほどから頭をかすめる最悪な結末のせいで思うように気持ちが高ぶらない。コニーに至ってはかなり表情が暗い。これ以上こんな空気に包まれていたら、自殺でもしかねない雰囲気だ。

 絶望の空気によって発生した沈黙に二人が包まれていると、内壁を登って一人の少年がやって来た。

 ジャン=キルシュタイン、と呼ばれる彼らの同期の少年だった。

 

「おい、何やってんだよお前ら! そんなところでぐちゃぐちゃ話してる暇があったら、巨人をおびき出すのを手伝いやがれ!」

 

 今の今まで巨人を誘き出すという危険な仕事を行っていたジャンは、イライラしたように二人に向かって咆哮する。

 コニーは「あはは……」と乾いた笑いを漏らし、ジャンに言う。

 

「なぁ、ジャン。このまま無駄に人が死にまくってさ、本当に巨人になんか勝てんのか? このまま犬死にする奴が無駄に増えまくるこの現状に、意味なんてあるのか?」

 

「上官たちの判断は正しい! 巨人に勝つためのある程度の犠牲はやむを得ねぇ! 犠牲無しであいつ等に勝つなんて、絶対に不可能なんだよ!」

 

「…………そっか。じゃあ、俺たちだけでも、無駄死にの部類に入らないように頑張ろうぜ」

 

 それは、人間ならば誰でも抱く願いだ。自分の死に意味が無いなんて、あまりにも辛すぎる。少しでも人類の勝利に貢献したと胸を張って言えるような死に方じゃないと、自分がこれまで歩んできた人生が本当に意味で無駄になってしまう。たとえ辛くてつまらない人生だったとしても、こんなところで無駄に散らすようなことになってはならないのだ。

 コニーの震える声にジャンはギリィッと歯を噛み締めるが、彼らの元に絶望一色の表情でやって来た一人の兵士によって、更なる困惑を与えられることとなる。

 その兵士の名は、サシャ=ブラウス。ジャン達104期訓練兵の一人で、リィン=マクガーデンという少年が全てを犠牲にしてでも守りたいと願っている少女だ。

 表情がすぐれないサシャにジャン達は冷や汗を流しながら首を傾げるが、サシャは目尻に涙を浮かべながら腹の底から叫びを上げる。

 

「り、リィンを見ませんでしたか!? 巨人を誘き出しに行ってから、もう三十分も帰ってこないんです!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 リィンにしては珍しく、『幸運』が彼の命を救った。

 道幅があまり広くなかったせいで巨人たちがお互いの身体を絡ませ合い、リィンの小さな身体にまで両腕を届かせることができなかったのだ。

 目の前で無様にもがいている巨人たちを眺めながら、リィンは震える声で言い放つ。

 

「は、はは……ざ、ざまーねーな木偶の坊! 自分のサイズも把握できてねーくせに、こんなとこまで来てんじゃねーよ! お前らにゃ地べたの上がお似合いだぜ!?」

 

 そう言うや否や、リィンは左前方の建物の壁に向かってアンカーを撃ち込み、宙を駆ける。今度はなんの問題も無くアンカーが壁に突き刺さり、リィンは落下することなく建物の上まで登りきる事に成功する。

 決して遠くない場所に内壁があり、逃げ出すには絶好の高さ。リィンの立体機動装置を扱う実力ならば、事故を誘発することなく安全に逃走できる距離と高さだ。

 だが、この時、リィンは冷静ではなかった。死を目の当たりにした恐怖と、死の回避に成功した歓喜により、彼の心は良い意味でも悪い意味でも狂ってしまっていた。

 「くっは……」リィンは超硬質スチールの柄を固く握りなおす。

 「くっはははは……」リィンは体勢を低くし、その場から巨人たちに向かって思い切り跳躍する。

 

「あはははははははははははは!」

 

 知能が無いせいで一向に体を解くことができていない四体の巨人の中でも一番上に覆いかぶさっている巨人の項にアンカーを撃ち込み、一気に距離を縮めていく。そして超硬質スチールを横向きに構え、体を高速回転させながら巨人の項を深く削ぎ落とす。

 

「あははははははははははははは! くっはははははははははははは!」

 

 弱点を削ぎ落とされたことで蒸気を放つだけの肉塊と化した巨人から飛び降り、下でもがいている巨人の首元へと降り立つ。華麗なまでに美しい着地を決めたところで超硬質スチールを振りかぶり、何度も何度も何度も何度も項に向かって振り下ろす。

 蚕糸のように美しい白髪に巨人の血液が付着するが、リィンは剣を振り下ろし続ける。駄々っ子が地面を殴り続けるかのように、リィンは既に絶命している巨人の項を斬り飛ばす。

 そんなリィンの視界に、やっとのことで自由を取り戻した二体の巨人の姿が映りこんできた。一体は十メートル級で、もう一体は十五メートル級だ。いつもの冷静なリィンならば、すぐに踵を返して逃げ出すぐらいの強大な敵。ある程度の実力を持つ兵士ですら勝負を挑むことを躊躇うほどのサイズ。

 だが、今のリィンは冷静ではない。「あァ?」とゴミを見るかのような視線を向け、巨人たちの方を振り返る。そして目の前の二体の巨人を倒すべく、右前方の建物に向かってアンカーを発射した。

 いや、この言い方は正確ではない。

 何故なら、リィンの立体機動装置からアンカーは発射されなかったからだ。

 

「――――ッ!? え、いや、オイ! う、嘘だろ? こんな状況で……故障?」

 

 高ぶっていた気が動揺のせいで急激に冷やされ、リィンの中に絶望を生成していく。先ほどまでは余裕で倒せると思っていた目の前の二体の巨人が、今まで見てきたどんな巨人よりも怖ろしく感じてしまう。

 ヤバイ。ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。立体機動装置なしでコイツらから逃げきるなんて不可能だし、そもそも今の俺じゃコイツらを殺すことなんてできやしない。これならいっそ、さっきみたいに狂ってる方がよかった。理性を取り戻した状態で巨人に食い殺されるなんて、いくらなんでも最悪過ぎる。

 

「や、やめろ……来るな……」

 

 笑っているのか怒っているのか泣いているのか喜んでいるのかよく分からない表情の巨人が、リィンに向かって歩いてくる。リィンは最後の抵抗とばかりに超硬質スチールを構えるが、激しい身体の震えのせいで柄を握る手に力を込めることができない。

 

「た、助けて……いやだ、こんなところで死にたくねー! まだ、親父の夢を叶えてねーんだ! サシャにだってまだ、言いたいことが山ほどあるんだ! やめっ、やめろぉおおおお!」

 

 ぶんぶんと逃げ腰のまま剣を左右に振るうが、十五メートル級巨人は気にした様子も無くリィンの身体を掴み上げる。十メートル級の方はお零れでも貰おうとしているのか、十五メートル級の傍で餌を待つ子犬のように立っていた。その視線はリィン=マクガーデンに釘付けになっていて、彼を食料としか見ていないようだった。

 ぽろぽろと涙を流しながらリィンは必死にもがくが、巨人の手を振り解くには至らない。逆に先ほどよりも締め付けられてしまっている。このままでは、喰われる前にリィンの身体が潰れてしまう。

 十五メートル巨人はリィンを掴んだ右手を口元に寄せ、その大きな口を目いっぱい広げる。口の中から漂ってくる死の匂いにリィンは思わず鼻と口を抑えるが、我慢できずに嘔吐してしまう。リィンの口から流れ落ちた吐瀉物が巨人の腕を伝り、地面へとぶちまけられる。

 このまま、本当に終わってしまうのか。あれだけの啖呵を切っておきながら、自分はこのまま犬死にしてしまうのか。

 

 ――えぇっ、そのパンくれるんですか!? やったぁーっ!

 

 そんな懐かしい言葉が、リィンの頭に響き渡る。

 走馬灯、というヤツだろうか。

 

 ――え? 私、リィンのこと大好きですよ?

 

 ――ちょ、ユミル!? 私をからかうのもいい加減にしてください!

 

 ――いやっ、見ないでください! 出ていけぇええええええええーッ!

 

 ――私は、貴方を信じています。

 

 ――愛してますよ、リィン!

 

「…………絶対に、諦めねー」

 

 思い出されるサシャとの記憶が、リィン=マクガーデンの絶望を消し飛ばす。彼女と築き上げた絆の力が、リィンの中に希望を生む。

 リィンは巨人を憤怒の形相で睨みつけながら、最後の抵抗として咆哮する。

 

「俺はお前らを絶対に許さねーッ! 一匹残らず駆逐して、人類の勝利の先駆けになってやる! くそっ! くそっ! 駆逐してやる! 駆逐してやる!」

 

 だが、現実は理想通りには進まない。どれだけ絶望が消え失せようが、どれだけ希望が生まれようが、リィン=マクガーデンは巨人の腕を振りほどけない。故にこのまま彼は死に、サシャとは一生会えなくなってしまうのだ。

 「ちっくしょうがぁああああああああああああああーッ!」無理な駆動と外からの重圧に体中の筋肉と骨が悲鳴を上げるが、リィンは腹の底から咆哮する。現実に抗うように咆哮し、自分を包む巨人の手にあらん限りの力で噛みついた。痛みを感じないのか、巨人は表情を一ミリたりとも変化させない。

 抗うリィンを馬鹿にするかのように、巨人の口が迫ってくる。これまで何十人もの兵士たちを食い潰してきた巨人の口内が、リィンの身体を噛み潰すために迫ってくる。

 (……スマン、サシャ。俺もう、お前には会いにいけねーわ)これから自分を襲うことになるであろう極大のダメージに耐えるために歯を食いしばりながら、リィンは愛しい少女へ懺悔の念を述べる。

 

 

 だが、彼の身体が食い潰されることはなかった。

 

 

 逆に、彼を掴んでいた巨人から断末魔の叫びのような声が零れ、リィンは不意に自由の身となった。彼を拘束していた巨人の手が力なく解け、リィンはいきなり空中に投げ出されてしまう。

 なにが起こったのか全く理解できないリィンをよそに、すぐ近くにいた十メートル級が膝から崩れ落ちてきた。身体じゅうから大量の蒸気を噴出していて、その巨人が絶命していることを顕著に表していた。

 「――、へ?」あまりにも予想外で唐突過ぎる展開に、リィンは間の抜けた声を漏らしてしまう。石畳に向けて落下しながら、彼はこの状況を理解しようと必死に頭を回転させる。

 だが、彼が答えを出す前に、答えを教えてくれる者がいた。

 その者は落下しているリィンを空中でキャッチし、そのまま立体機動装置を駆使して近くの建物の屋根に着地した。

 リィンは自分を助けてくれた者の顔を、思わずと言った様子で見つめてしまう。この窮地を救ってくれた救世主の姿を、その目に焼き付けるために。

 後ろで乱雑に縛った茶髪。戦闘中に外れないようにバンドで固定されたゴーグル。男か女かよく分からないほどに中性的な顔立ちで、兵士としては珍しいほどに中性的な体躯。身長はリィンより少し高いぐらいだろうか。――そして、リィンはこの兵士の名を知っている。

 六十キロほどある自分の身体をあっさりと抱きかかえているその兵士の顔を茫然と見つめながら、リィンは途切れ途切れの声でその名を呼ぶ。

 

「は……ハンジ、ゾエ……ハンジ=ゾエ、分隊長……?」

 

「やっほー、ハンジでーす。巨人のハーレムなんて羨ましい状態だった君は、一体どこの誰なのかな?」

 

 ハンジ=ゾエ分隊長。

 ドット=ピクシスとは違うベクトルで兵団一の変人で変態だと言われている調査兵団の精鋭中の精鋭が、そこにいた。

 




 《現在公開できる情報》

 ハンジ分隊長は幼いころのリィンに会ったことがあるが、リィンもハンジもそのことを完全に忘れている。
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