進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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 明後日ぐらいから一気に更新速度が落ちます。

 テストが終わって通常授業に戻りますので、時間が取れなくなっちゃうんですよね。

 なので、明後日以降の更新は、主に土日更新となる予定です。

 ……予定通りに行けば、ですけどね。


第十六話 第五十七回壁外調査

 次の壁外調査までの猶予は約一か月。そのあまりにも短い期間中に、リィン達新兵は調査兵団の陣形――『長距離索敵陣形』を身体と頭に叩き込まなければならなかった。入浴と睡眠と食事以外の時間は全て陣形を覚えることに注ぎ込み、足手まといになることのないように必死に訓練を行った。

 リィン=マクガーデンは特別班に入ることも無く他の訓練兵と同じように訓練をし、あまり良くはない頭に必死に陣形を叩き込んだ。分からないところはエルヴィンに直接尋ねに行って何とか理解し、自分なりに努力と訓練を重ねてきた。

 そしてついに――壁外調査の日がやって来た。

 

「あーくそ……ここまできて陣形間違っちまったら笑いモンだぞ……」

 

「だ、大丈夫ですよ。一か月間ちゃんと頑張ってきたんですから、流石にミスなんて無いですって」

 

 ウォール・ローゼの東に位置するカラネス区には、ウォール・マリア内の領土に通じる連絡扉がある。今まで利用していたトロスト区の扉が使えなくなってしまったのでこのカラネス区から移動するわけなのだが、ここから出た場合の危険性が全く予想できないのが辛いところだ。大まかな行路は決めているので無駄な行動をしさえしなければ大丈夫なのだろうが、それでも不安は拭い去れない。

 今回の壁外調査でリィンは彼にしては珍しく、サシャ=ブラウスと同じ班に選ばれた。一か月前のトロスト区奪還作戦の時とは異なり、今回ばかりはずっとサシャの傍にいることができる。過保護だと言われてしまうかもしれないが、それでもやっぱり、リィンはサシャの傍から離れたくないのだ。

 支給された馬の調子を確かめながら、リィンは目の前に建立されているウォール・ローゼに視線を向ける。この壁の向こうには、リース=マクガーデンが言っていた『巨大樹の森』がある。もしかしたら通るかもしれねーな、とリィンは空気を読まずに内心胸を躍らせていた。命を懸けた壁外調査であることは百も承知だが、それでも、リィンは『巨大樹の森』を一目でいいから見てみたいと思っている。

 「じゃ、お互いに死なねーよーに頑張ろーぜ」「はいっ!」隣で緊張した面持ちになっているサシャに笑顔で拳を突き出し、サシャはそれに応えるように自分の拳をリィンの拳にぶつける。

 そしてそれから数秒と経たないうちにウォール・ローゼの門が開きだし、

 

「――これより、第五十七回壁外調査を開始する! 前進せよ!」

 

 命を懸けた戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 調査兵団の団長であるエルヴィンが考案した『長距離索敵陣形』は、今までの陣形の中で最も死傷者が少ないという実績を持つ陣形だ。

 前方半円状に長距離だが確実に前後左右が見える距離で等間隔に兵を展開し、可能な限り索敵・伝達範囲を広げる。遠目で見るとちょうど『ひし形』のように兵士たちが配置されていて、どこから巨人が来ても迅速に対処できる――という仕組みだ。

 その中でも、リィン達新兵は荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間に配置されていて、ここで予備の馬との並走・伝達を任せられている。要するに、動く馬小屋のような役目を任されているのだ。必要なときに予備の馬を放し、不慮の事故や巨人によって主を失った馬を回収する。『長距離索敵陣形』を維持するためにはかなり重要な仕事である。

 主に巨人と接近するのは、初列索敵班の兵士たち。彼らは巨人を発見次第『赤』の信煙弾を発射し、その信煙弾を見た他の兵士たちが確認したものと同じように信煙弾を発射――こうして陣形の先頭を走るエルヴィン=スミスに最短時間で巨人の位置を知らせるのだ。

 巨人の位置を知らされたところでエルヴィンが新たな進路に向かって『緑』の信煙弾を発射し、それを全隊に知らせるために皆が進路に向けて『緑』の信煙弾を撃つ。大抵の巨人は馬の走行速度には追いつけないので、こうやって巨人を回避しながら目的地を目指していく。

 だが、全ての巨人がこの方法で回避できるわけではない。

 そう、たとえば――

 

「……きょ、巨人!? 巨人を発見しました! あ、赤の信煙弾を撃たないと!」

 

「信煙弾は俺が撃つからサシャはとにかく巨人から離れろ! そのまま逃げ続けてりゃ班長が支援に来てくれる!」

 

「は、はいっ!」

 

 ――地形的問題によって巨人の発見が遅れてしまった場合だ。

 この場合はその場にいる班長が状況を判断して巨人をひきつけ、巨人が燃料切れになるまで馬を駆使して逃げ続けることとなる。巨人に狙われているのが新兵だった場合は陣形が崩れてしまうおそれがある為、混乱を招かないように命を張ってでも陣形を守らなければならない。

 このようにして巨人をできるだけ回避しながらただ前へ前へと突き進んでいく陣形――これこそが『長距離索敵陣形』だ。

 

「サシャ、大丈夫か!?」

 

「な、なんとか……班長のおかげです」

 

 ギリギリのところで巨人から逃げきって元の配置に戻ってきたサシャに安堵の表情を浮かべながら、リィンは彼女の隣に馬を移動させる。右手で自分の馬の手綱を握り、左手で予備の馬の手綱を握っている。先ほど信煙弾を発射した際に一旦手を放してしまっていたのだが、基本的に頭が良い馬はすぐにリィンの元へと戻って来てくれた。流石は高級馬と言ったところか。

 リィンとサシャが周囲を警戒して先に進んでいると、サシャを襲っていた巨人を停止させることに成功した班長が彼らの元まで戻ってきた。流石は調査兵団と賛辞の言葉を述べたいぐらいだが、今は無駄なことをせずに先に進むことだけを考えなければならない。とりあえずリィンは班長に向かって頭を小さく下に動かした。リィンの行動の意味を察したのか、班長は手をひらひらと小さく振ってそれに応える。

 そんな何気ないやり取りをしていたリィン達だったが、遠くの方から発射された信煙弾の色を確認してしまったことでどうしようもないほどの不安に襲われることとなる。

 

「『黒』の信煙弾……?」

 

 奇しくも、その信煙弾の色は――『奇行種』の出現を知らせる合図だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 『奇行種』の出現を知らせる『黒』の信煙弾をリィン達が確認した後、『長距離索敵陣形』は事実上の崩壊を迎えようとしていた。

 信煙弾が発射された場所があまりにも遠すぎたので何があったのかははっきりわからないが、とにかく強大な戦闘力を持つ奇行種の巨人が現れたようだった。確信があるわけではないが、それぐらい最悪な事態じゃないとこの陣形が崩壊することはないだろう。

 連続的に打ち上げられる信煙弾を確認しながら前進していたリィン達は、行く手を阻むように無数の木々が高くそびえ立っている森まで辿りついていた。

 『巨大樹の森』

 その森はリィンが父親から幼いころに聞かされた、彼の言う『外の世界』の観光名所だった。

 

「これが、『巨大樹の森』……ハハッ、なにが俺千人分だよ。やっぱし誇張表現してんじゃねーか」

 

 およそ八十メートルほどの高さを誇る巨大樹を目の当たりにし、リィンは少しだけ頬を緩ませる。ずっと見たいと思っていた森を遂に見ることができ、彼の心には少しばかりの達成感が生まれていた。

 そんなリィンの心境など知る由もないサシャは怪訝な表情で班長に尋ねる。

 

「あの……班長。中列は森の路地に入っていくみたいですが……私たちこのままじゃ森にぶつかっちゃいますよ?」

 

「…………回り込むぞ」

 

 当初の計画にはない指示にサシャ達は思わず驚いたような表情を浮かべるが、すぐに意識を切り替えて班長の指示に従っていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 当初の兵站拠点作りの作業を放棄し、森に入ってくる巨人を食い止めろ。

 そんなあまりにも無謀すぎる作戦が伝えられたことで、リィンを始めとしたほとんどの調査兵団員はこの壁外調査自体に懸念を抱くようになってしまっていた。

 『行って帰ってくることだけが目標』だと言われていたのに、何故か今は馬から降りて巨大樹の枝の上で待機させられている。森に入ろうとしている巨人たちの足止めのためには仕方のないことなのだろうが、そもそもこの作戦に意味があるのかどうかがはっきりしない。ここで命を捨てろ、と言われていない分まだ人道的だと言えるかもしれないが、それでも実行する気にはとてもなれない作戦だった。

 リィンは自分が乗っている木の下の方でこちらの方を見上げている五メートル級巨人を見下ろしながら、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「アイツ、流石にここまで登ってきはしねーよな……?」

 

「十分な高さがあるから大丈夫だとは思いますけど……もし彼らに学習能力があったら、私達はここで呆気なく死んじゃうことになりますね」

 

「サシャ、それ冗談になってない」

 

「だって冗談じゃないですし」

 

「尚更酷い!」

 

 すぐ右隣りから延びている枝の上に突っ立っているサシャにツッコミを入れるリィンだが、それでも心の中で燻っている不安を拭い去ることはできなかった。……やはり、この作戦内容には違和感が感じられてしまう。エルヴィンは何を思ってこの作戦を提示したのかが分からない以上リィン達調査兵団員はただ黙って従うしかないのだが、それでも少しぐらい説明してくれてもいいじゃないかと思ってしまう。

 人間を捕食するという巨人の性質を利用することで今はこの場に巨人を足止めすることができているが、もし奇行種が来てしまったらどうするのだろう。下に集まっている巨人を避けながら奇行種を討伐するだなんて高等技術、少なくともリィンは所有などしていない。というか、上官の兵士たちもこれを実行するのは難しいだろう。

 と。

 

『きぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーッ!』

 

「ッ!? な、なんだ今の!? 悲鳴!?」

 

 突然森の奥の方から響き渡って来た悲鳴のような爆声に、枝の上で待機していた兵士たちは騒然とする。

 そして畳み込むように、彼らの下にいた巨人たちが一斉に森の奥に向けて走り出した。人間には見向きもしない奇行種では決してない普通の巨人が、目の前にいる人間を無視して森の奥に走り出した。――これは十分に異常な事態と呼べるだろう。

 一か月間の訓練で教えられた作戦の中にはない異常事態に新兵たちは困惑する。彼らの上官たちが巨人の進撃を食い止めるために森の奥へと突撃していっているが、それでも彼らは動けない。

 今のこの状況での最善策を必死に模索するリィンだったが、そんな彼の耳に二人の少女の会話が聞こえてきた。

 サシャとミカサの声だった。

 

「……突然、何?」

 

「待って! 聞いてください、ミカサ! さっきの悲鳴聞いたことがあります! 私がいた森の中で!」

 

「サシャの故郷で?」

 

「アレと同じ声なんです……追い詰められた生き物が全てを投げうつときの声……狩りの最後ほど注意が必要だって教えられたんです!」

 

「……? だから注意しろと?」

 

「いつもより百倍注意してください! 森なめたら死にますよ貴方!」

 

 なるほど、とリィンは思った。

 故郷が森の中にあるというサシャは、幼いころから狩猟によって生活してきたらしい。自然の厳しさに負けることなく生き延びてきた生き物を狩り、自らの生活の糧としてきたらしい。

 だからこそ、彼女は分かるのだろう。突然響き渡った悲鳴に込められている本当の意味を、狩りにすべてを注いできたサシャ=ブラウスはちゃんと理解できているのだ。三年前からリィンが思ってきたことだが、サシャの勘はほとんど当たる。――それも、主に悪い予感である時だけ、だ。

 上官の援護として森の奥に行こうとしても、多数の巨人のせいで思うように動けない。作戦を放棄して壁の中に戻ろうと思っても、この状況ではとてもじゃないが木の上からは降りられない。

 まさに絶体絶命な状況と言えるこの異常事態に、リィンは思わず歯噛みする。

 

「くそっ……一体どーなってんだよこの壁外調査は!」

 

 巨大樹の幹を殴りながらそう叫ぶリィンだったが、直後に森の奥から発射された信煙弾を見て、動揺した心が一気に落ち着いていくのを自覚することとなる。

 その信煙弾が差す作戦内容は――『総員撤退』

 突然崩壊した壁外調査は、あまりにも唐突に終わりを告げた。

 




 《現在公開できる情報》

 『女型の巨人』捕獲作戦の詳細を知っているのは五年前から調査兵団に所属している兵士だけであり、他の兵士たちは何も知らされないままその命を散らす結果となってしまった。
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