進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第二話 不幸な白髪の少年

 陽が斜めに傾いて空がオレンジ色に染め上げられる。真っ白な雲の周りは赤みを帯び、人間の血液を彷彿とさせる。

 そんな夕暮れ時の広場にて。

 

「ぜぇ……おぶっ……おぇぇ……」

 

「はぁっ……はぁっ……うっぷ……」

 

 今にも倒れそうな様子でランニングをする二人の少年少女の姿があった。

 リィン=マクガーデン。

 サシャ=ブラウス。

 サシャは自業自得でリィンは彼女の巻き添えで五時間ぶっ続け持久走を課せられたわけだが、今すぐにでも死んでしまいたいぐらいにきついのだ。既に三時間ほど走り続けているせいか、リィンとサシャの足はガクガクと大きく痙攣を起こしていた。

 サシャは隣で必死に酸素を吸っているリィンに力のない視線を向け、

 

「ご、ごめんな、さい、私のせいで……無関、係な、貴方を、巻き添えにし、てしまって……」

 

「だ、大丈夫、だ。どーせトレーニン、グで、走ろーとは思ってたか、ら……問、題ねーよ」

 

 えづきながら喘ぎながらなんとか会話を成立させていく。

 体は汗でぐっしょりと濡れているというのに喉の中は渇き切っていて、今にも意識が途切れそうだ。第三者からの何らかのアクションが起こった途端にぶっ倒れる自信がある。

 だらしなく舌を出し、両手を大きく振りながら前へと進む。基本的に真面目な二人は五時間歩くという選択をせず、自分のスタミナが尽きるまで全身全霊で走りきろうとしているのだ。

 と。

 

「っ……」

 

「お、オイ! 大丈夫か!?」

 

 広場のランニングが五百二十三周目に到達したところで、サシャの体がリィンの方へと傾いた。リィンは咄嗟にサシャの身体を抱きかかえ、その場に座り込む。

 サシャは汗まみれの顔でぎこちない笑みを浮かべながらも、リィンの心配を取り除くようにか細い声で言う。

 

「だ、大丈夫、です。こんなこと、さっさと終わらせて、食料庫から食べ物を奪いま、しょう。パンにバターを着けて挟んで……グヘヘヘヘ」

 

「そこまで息も絶え絶えになりながらまだ懲りとらんのかいぃぃぃ! いい加減に学べよ! 俺が言うのもなんだが、お前がやったことは犯罪だからな!?」

 

 サシャの身体を支えながら立ち上がらせ、再び走り出す。今度はサシャが倒れないように、二人で肩を組んだ状態で――ふらつきながらも広場を走る。

 サシャの顔から散った汗がリィンの顔に当たり、リィンの白髪から飛んだ汗がサシャの首筋に命中する。普通ならば嫌悪感しか覚えないような状況だが、既に限界を越えている二人は気にした様子も無い。ただひたすらにタイムリミットを待ち、ただひたすらに走り続けるだけなのだ。

 そしてそれから一時間が経った頃。右へ左へと揺らめきながら、サシャはリィンにこう問いかけた。

 

「あ、の……先ほど貴方が言った、『俺が言うのもなんだが』って言葉、どういう意味なんですか……?」

 

「んぁ? ああ、さっきのか……いや、別に大したことじゃ、ねーんだ。気にしねーでくれ」

 

 ひらひらと右手を振りながら目を逸らすリィン。何かを隠していることは確実なのだが、リィンはあえてそれを隠しているようだ。

 リィンがそんな行為をとった瞬間、サシャはリィンが何かに脅えていると思ってしまった。幼いころから狩猟で生きてきた彼女はあまり人の感情の変化に敏感ではないが、それでも、リィンの感情の変化だけは読み取れた。何故かは分からないが、リィンの表情から彼の気持ちが読み取れた。

 サシャはずり落ちそうになっているリィンの左腕を肩にかけなおし、優しく微笑みかける。

 

「大したことだろうが、そうじゃなかろうが、あまり一人では抱え込まないで、ください。話したくなった時でいいですから、私に話してみてください。一緒に怒られて、一緒に走らされた私たちは、もう、親友と言っても過言ではない、仲ですからね。いいアドバイスが、できると思います!」

 

 瞬間、リィンの目が大きく見開かれた。

 彼の中で何があったのかはよく分からないが、それでも、彼の中でサシャ=ブラウスという存在が大きなものへと変化したことだけは分かった。自分の心にスッと入りこんできた少女の笑顔が、リィンの心を少しだけ優しく撫で、彼の心を癒していく。

 思わず、サシャから目を逸らしてしまう。夕日に照らされているせいで判断はつかないが、リィンの頬は少しだけ赤く染まっていた。

 

「??? どうしたんです、か?」

 

「な、なんでもねーよ! そ、そそそそーだな! 来るべき時が来たら、話してやってもいーかもな!」

 

「はいっ、全力で相談に乗ってあげましょう! パン一個で!」

 

「俺の悩みがパンと同格だと!?」

 

 それから小一時間ほど肩を組んで走り抜き、二人は崩れ落ちるように意識を失った。

 その際に金髪の少女と黒髪のそばかす少女の姿が見えたような気がしたが、リィンはあえて気にすることなく、深い闇へと意識を沈めていった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、芋女の寝顔が目の前にあった。

 

「っ……な、なんだこの急展開は!?」

 

 なんとか大声を出すことだけは避けたリィンは小さな声で呟き、右に左に顔を動かして今の状況を必死に把握する。

 木がいくつも積み重ねられてできた壁。壁と同様の手法で構築された屋根。身体の下にある薄い布に、体の上に掛けてある薄い布。――そして、隣で熟睡している『半裸の』少女。

 結論。

 さらに状況が読めなくなった。

 

「落ち着け……落ち着くんだリィン=マクガーデン。く、クールになるんだ。今の状況を冷静に把握して、最善策を導き出せばいいだけだろーが……」

 

 目の前で幸せそうな寝顔を浮かべている芋女――サシャ=ブラウスに体温が急激に上昇するが、リィンは必死に頭を冷やしてこの状況を打破する方法を模索する。

 おそらくだが、自分はサシャ以外の第三者にここまで運び込まれたのだろう。サシャがリィンをここまで運んできたという可能性にもないわけではないが、あそこまで疲労困憊していたサシャが男一人を運ぶだなんて不可能だろう。――よって、その可能性は否定する。

 それでは、その第三者というのは一体誰なのか。それに関しては今考えることではないだろう。というか、あまりにも選択肢が多すぎて思いつかない。リィンとサシャを省いても二百人ほどの人数がいるのだ。思いつくはずもない。

 そして最後に、何故自分はサシャと同じ場所で寝ていたのか。――そして何でサシャは自分に抱き着いてきているのか。人を抱き枕か何かと勘違いしてんのか、コイツは……。

 身長がリィンよりも少しだけ高いサシャの両腕だけではなく両脚でも完全に抱きしめられているリィンは身動きが取れず、自分の胸板に押し付けられている柔らかな双丘のせいで心音がバクバクと轟音を奏でている。ここまで密着していたら心音がサシャに聞こえてしまうのではないだろうか、と思わないでもないのだが、サシャは今現在も幸せそうに熟睡している。

 必死に頭を動かしたのと時間の経過により、リィンの眠気は完全にとれてしまっていた。――だからこそ、サシャの柔らかな体をかなり気にしてしまう。神経系だけでも斬り落としたいと思ってしまうほどに、今のリィンは追い詰められている。

 と。

 

「うぅん……まだ、食べられますよぉ……」

 

「(どこまで食べるんだお前とか昨夜は飯抜きだったから当たり前だろとか言いたいことは山ほどあるが、とにかく状況が悪化したと叫びてー!)」

 

 有り触れた寝言とは逆ベクトルの寝言を言いながら、サシャがリィンの身体に先ほどよりも強く抱きついてきた。

 むにゅ、という魅力的な音が耳に触れ、リィンの顔を大量の汗が伝っていく。顔は耳の先まで真っ赤に染まっていて、鼻息も少しだけ荒くなっている。第三者から見れば、朝早くから二人が盛っているようにしか見えないだろう。

 そんなことを周囲に言い触らされてしまったら、リィンは二度と胸を張って表を歩けなくなってしまう。いや、それどころか、何らかの罰を与えられる可能性も否めない。なんだ、今度は十時間耐久持久走でもやらされるのか。

 それに、自分だけじゃなく、サシャまでも同じ運命をたどってしまうことだろう。なんとかそれだけは避けなくてはならない。何気ない一言で自分の心に入り込んできたこの少女の立場だけは、何とか守らなくては。

 そうと決まれば何とやら。リィンは彼女を起こさないようにゆっくりと体を動かす――が。

 

「コイツ、どんだけ馬鹿力なんだよ!? 全く拘束が緩まねー!」

 

 リィンの身体を両手両足でガッチリとホールドしているサシャは、食べ物に囲まれた幸せな夢を見ている真っ最中。金縛りにでもあってんのかとツッコミを入れてしまいそうになるほどに、彼女は力いっぱいリィンを抱きしめていた。

 流石にこれはヤバイかもしれない。そろそろ起床時間ということもあって、周囲の寝床から少ないながらも会話をする声が聞こえてきている。二人のこの状態が見つかるのも時間の問題になってきた。

 気持ちの余裕も時間の猶予も無くなってきたことに焦ったリィンは、ここで強硬手段に出ることにした。

 

(サシャを無理矢理にでも起こす! 後でどんだけ殴られても構わねーから、とりあえず今だけは汚名を被ってやる!)

 

 ついに覚悟を決めたリィンはもぞもぞと体を動かし、なんとか両腕を自由にさせることに成功した。それ以外の部位は完全にホールドされてしまっているが、両腕が動かすことができれば何の問題もない。後はこの両腕でサシャの両頬を叩き、文字通り叩き起こすだけで全てが終わ――解決するのだから。

 ふぅ、と深呼吸をしてサシャの両頬に両手を添える。まるで今からキスをしようとしているようにも見えなくはないが、それではあまりにもリィンが可哀想すぎる。彼はただ単純に、平和な未来のために行動しているだけなのだ。

 両手で照準を定め、ゆっくりと外側に向かって腕を動かす。ちゃんとスナップを利かせるために手首は限界までに曲げられていた。身体が横になっているせいで左手の動きは制限されているが、それについてはもう考えない。とにかく今は何も考えないよーにしろ!

 これで準備は整った。あとは、この熟睡爆睡食欲旺盛食料強奪少女を叩き起こすだけだ。

 一瞬だけ目を閉じ、再び目を開く。

 そして両腕に目一杯力を込め――

 

「おいおい、これは驚いたな。見ろよ、クリスタ。こんな朝っぱらから盛ってる芋女と雪頭がいるぜ」

 

 ――ようとしたところで、絶望が舞い降りてきた。

 

「…………………………終わった。何もかも」

 

 その日の訓練開始直前、強面の男――キース=シャーディスはリィン=マクガーデンとサシャ=ブラウスに新たな罰則を科した。

 『昼食と夕食抜き』という罰則と、『十時間耐久持久走』という罰則を――。

 




 《現在公開できる情報》

 リィンが不幸な人間であることをキースはある程度理解しているが、サシャだけに罰則を科すわけにはいかないので、リィンを巻き添えにする形で一緒に罰を受けさせている。
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