過度の打ち合わせを済ませたリィン達男子八人は、緊張の面持ちのまま食堂を訪れた。
食堂には彼ら八人以外の同期達が全員揃って朝食をとっていて、年相応の騒がしくも楽しい食事時間を過ごしていた。もちろん、その中にはリィン達が仲良くしている女子たちの姿もある。
「それじゃあ、作戦開始だ」そう言うなりライナーが先頭を歩き、冷や汗を流しながらもベルトルトが彼に続く。リィンとエレンを囲うように男子六人が陣形を組み、自分の分の朝食をとるために移動する。――ここまでは、作戦通りだ。
朝食を獲得したリィン(外見:エレン)はアルミンの一歩後ろの位置を歩きながら、ミカサの元へと移動していく。自分の記憶の中にあるエレン=イェーガーの行動をできるだけ再現しながら、リィン=マクガーデンは無愛想な表情でアルミンと隣り合う形で椅子に腰を下ろした。
「おはよう、ミカサ」
「おはよう、エレン、アルミン。……今日は珍しく遅かったけど、なにかあったの?」
「実は起床早々にエレンとジャンが喧嘩しちゃってね。それを仲裁するのに手間取ってしまったんだ」
「また、喧嘩……エレン、貴方はもう少し自分を抑える術を学ぶべき」
「べ、別にお前に言われなくても分かってるって」
凄く目が怖いです誰か助けてぇえええええええええええーッ! とリィン(外見:エレン)の気力が作戦開始早々から順調に削られていく。エレンは今まで何年間もこんなやり取りを続けてきたというのか。今までは猪突猛進で目つきが悪い同期としか思っていなかったが、これからは少しだけでも尊敬しよう。……特に気力の面で。
ミカサの説教を右から左に聞き流しながら、リィン(外見:エレン)は千切ったパンを咀嚼する。横目でエレン(外見:リィン)の様子を確認してみたが、向こうもあまり問題は無いようだった。ライナーとベルトルトがエレンに異様なまでに絡んでいるという非日常な光景が見えた気がしたが、リィンはあえて見なかったことにした。自分の身体が大の男二人にくんずほぐれつな光景なんて、断固として認めるわけにはいかない。
パンを呑み込んだところでスープをスプーンで掬い取り、「はむっ」と咥える。毎日のように食べている薄味のスープだが、舌が慣れてしまっているせいで不思議と美味く感じてしまう。やっぱり慣れってのは大事だよなー、とリィンはパンとスープを交互に食べながら胃の中を満たしていく。
テーブルの向かい側でじーっとリィンの顔を凝視していたミカサは完食したスープの器にスプーンを置きながら、
「今日のエレン、普段よりも食欲があるように思える。理由は分からないけど、今日のエレンは少しだけ――リィンに似ている」
『ッッッツツツツツ!?』
ミカサの衝撃の一言に、リィン達七人の顔が一瞬で青褪める。因みに、コニーは「なんだ? どうしたんだ?」と今の状況を掴めていないようなので人数には含まない。
今までのリィン(外見:エレン)の演技は完璧だった。食事中の態度やパンの千切り方まで、リィン(外見:エレン)はエレンの行動を申し分なく完璧にコピーできていた。本物のエレンがいるみたいだ、とアルミンが心の中で太鼓判を押してしまうほどに――リィンの演技に落ち度なんて全くなかった。
だが、ミカサはその演技の僅かな違和感を指摘してしまった。――いや、僅かな違和感とか言うレベルではない。まるでエレン=イェーガーという少年の一挙一動が完璧に脳にインストールされているかのように、ミカサ=アッカーマンはリィン(外見:エレン)が犯したミスを的確に指摘してしまったのだ。――愛ってスゲエ、と思ってしまったのは仕方のないことなのかもしれない。
しかし、このまま何の行動も移さないのは作戦的にも状況的にも最悪だ。このまま黙っているだけで、ミカサに正体がばれてしまいそうなのがなんとも言えない恐怖を覚えさせる。……現に、ミカサの視線がさっきよりも鋭いものへと変化しているし。
とにかく行動しなければならない。違和感なんて気にする前に、何とかしてミカサの思考を奪わなければならない。
(やってやる! 俺の本気をなめてんじゃねーぞ!)ダンッ! とテーブルに勢いよく手をついて立ち上がり、リィン(外見:エレン)はミカサの隣へと移動する。リィンの突然の奇行に周囲がざわつくが(まぁ、男子八人以外はエレンだと思っているわけだが)、リィン(外見:エレン)は全ての羞恥心を跳ね除けて全ての覆すための行動を続行する。
「え、エレン? どうしたの……?」珍しく自分から近寄ってきたリィン(外見:エレン)に戸惑うミカサだったが、リィン(外見:エレン)はその全てを無視してミカサの顎に優しく指先を添え、
「――今日も可愛いな、ミカサ」
「………………………………………きゅぅ」
ボンッ! と蒸気を放ちながら顔を真っ赤にしたミカサは、ぱくぱくと口を開けたまま真っ白な灰へとなり替わった。
普段のエレンらしくない突然のデレに同期達が騒然とする中、エレン(外見:リィン)はリィン(外見:エレン)の胸ぐらを勢いよく掴み上げ、
「な……何やってんだテメェええええええええええーッ!」
「やめろよリィン、服が破けちゃうだろーが! ……ニヤニヤ」
「こ、殺す! 今この場で駆逐してやる!」
涙目で自分を掴み上げるエレン(外見:リィン)にニヤニヤニマニマと人を小馬鹿にしたような笑みを向けながら、リィン(外見:エレン)は自分なりの演技を続行する。忘れてはいけないのが、今のこのやり取りにおいても彼らは自分を偽装し続けなければならないということ。いくらブチ切れたくて相手を殴り飛ばしたくても、ここで下手なことをするわけにはいかないのだ。
「(ミカサにお前の想いを伝えといてやったぜ。……俺なりに)」「(人格戻ったらまず最初にぶっ殺す!)」とりあえず足を思い切り踏みつけるだけでリィン(外見:エレン)を解放したエレン(外見:リィン)は顔に手を当てながらとても重い足取りで元の席へと帰っていく。
そしてエレン(外見:リィン)がドサッと乱暴に椅子に腰を下ろしたところで、
「なんでエレンがミカサに色目使った瞬間にキレちゃったのか、理由を簡潔に私が百パーセント理解できるように説明してもらえますよね? ――リ・ィ・ン?」
「…………あ゛」
――なんか凄く怖い笑顔を浮かべた芋女が勝負を仕掛けてきた!
エレン(外見:リィン)としては別に疚しい気持ちが原因で行動してしまったわけではないのだが、そんな気持ちが芋女さんに通じるわけがない。リィン(本物)に好意的な気持ちを向けているサシャ=ブラウスの今の気持ちとしては、
(何でリィンがエレンに焼きもち妬いてるんですか意味分かりません許せない許せないというか何でリィンが私じゃなくてミカサの方にいやいやそれは気のせいかもいやでも現に今私の目の前でリィンがエレンに掴みかかっているしぃ……ッ!)
――みたいな乙女特有の複雑模様だったりするのだが、それを察せる者は食堂内には存在しない。
とにもかくにも、エレン(外見:リィン)はここで何とかしてサシャの怒りを鎮めなければならないのだが、残念なことに彼にそんな高等テクニックは与えられていない。サシャの怒りを鎮められるのはリィン(本物)とクリスタとユミルの三人だけなのであって、他の同期達にはサシャを手綱を握ることすら不可能なのだ。――まぁ、サシャにパンを食わせて手懐けているミカサとかいうイレギュラーがいたりするのだが、そこはまぁ、彼女のスペックの高さゆえの事象だという感じで納得するしかない。
ニッコリ笑顔のまま襟首を掴んで詰め寄ってくるサシャ=ブラウスに、エレン(外見:リィン)は超大型巨人を目撃した時以来の恐怖を覚えてしまう。すでに意識を失う直前なわけなのだが、しかし彼はここでサシャに屈するわけにはいかない。ミカサと鎮圧したリィン(外見:エレン)に目にもの見せるためにも、彼はここで反撃の嚆矢を撃ち放たなければならないのだ。
エレン(外見:リィン)はサシャの手を掴んで彼女に一気に詰め寄り、
「もごぉっ!?」
――サシャの口を自分の口で塞いだ。
直後、
「死ねやこのクソツリ目野郎がぁああああああああああああああああああああーッ!」
「ごぶぇえっ!?」
――明確な理由のある暴力がエレン(外見:リィン)に襲い掛かる。
☆☆☆
というわけで、対人格闘訓練はエレンとリィンのコンビで行われることになりましたー☆
「いやいやいや、流石に今回は死ぬって! リィンのキレ方が史上最悪な感じにまでメーター振り切ってんだけど!?」
「殺す……エレン殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロコロコロコロロロローッ!」
「すでに人間用語ですらねえ!」
指をパキポキと鳴らしながら怒りのオーラを全身から放つリィン(外見:エレン)に、エレン(外見:リィン)は本日二度目のマジモンの恐怖を覚えてしまっていた。正直言って、アニに蹴られるときよりも恐ろしい。
先ほどのキス事件の直後、リィン(外見:エレン)はエレン(外見:リィン)を見るも無残な肉塊になるまで叩き潰し、沈黙する同期達を尻目にエレン(外見:リィン)の腹を何度も蹴りつけた。現在状況の深刻さを瞬時に察したライナーとベルトルトがいなかったら、エレン(外見:リィン)は今頃この世にはいないだろう。
とにかく人のいないところに行こう、とライナー達六人は入れ替わり組二人を身体を張って男子寮へと運び込んだわけなのだが、猛犬の様に怒り狂うリィン(外見:エレン)を抑え込むのに余計な体力を使うことになろうとはこのとき夢にも思っていなかった。
水を被せられたことで意識を取り戻したエレン(外見:リィン)に話を聞くところには、
『人を黙らせるために口を塞ぐってよく言うだろ? だから、手っ取り早く口を口で塞いだんだけど……何か問題でもあったか?』
直後にエレン(外見:リィン)がリィン(外見:エレン)に殴られるのを止める者はいなかった。
このまま二人に乱闘させておくのも一興なのだが、そろそろ対人格闘訓練が始まる時間だ。訓練の欠席を絶対に許さない教官がいる以上、ここに二人を置いていくわけにもいかない。
何の問題も無くこの二人を訓練に参加させるにはどうしたらよいものか、とライナーを始めとした隠蔽組が必死に首を捻る中、智将アルミン=アルレルトはやや引き攣った笑顔を浮かべつつ、
「どうせどっちも踏ん切りがつかないみたいだし、乱闘の続きは対人格闘の時にでもやればいいんじゃないかなぁ?」
――そんなわけで、今に至るという訳だ。
リィン(外見エレ――以下省略)は血管が浮き出るほどの力で拳を握り、エレン(外見:リィ――以下省略)を本気の怒りを込めて睨みつける。
「人様の想い人にキスするたー、テメェ覚悟はできてんだろーなぁ……ッ!?」
「だから何度も謝ってんだろうが! いい加減に許してくれてもいいんじゃねえの!? しつこい男は嫌われるって習わなかったのか!?」
「しつこい男以上に節操なしな男の方が嫌われるとは習ったが? ――そして! ムカつく奴はぶっ飛ばせって小せー頃から育ての親に教えられてきたりもする!」
「その育ての親最低だ!」
「死ねやァあああああああああーッ!」ダンッ! と勢いよく地面を蹴り、エレンに向かって思い切り跳躍する。固く握りしめられた拳は身体の前でコンパクトに畳み込まれていて、どんな位置からでもパンチを撃つことができるようになっている。無駄な動きを一切合財捨てた、敵を狩り殺すための構えだと言える。
だが、今まで散々アニに負け続けてきたエレンに油断は無い。目にも止まらぬ速さで放たれた鉄拳を身体を捻ることで回避し、回転力を駆使してがら空きのリィンの背中に肘を思い切りたたき込む。――直後、リィンの身体が、勢いよく地面に叩き付けられる。
リィンは咳き込みながらもすぐに立ち上がり、
「ぶっ殺す!」
「やってみろよ白髪野郎!」
余裕そうな笑みを浮かべながらの挑発に、リィンは本能の赴くままに従った。自分の突進をバックステップで回避しようとしたエレンの足を思い切り踏みつけ、鳩尾に全力の拳を叩き込む。
「ぐぷぅっ……ま、まだ終わってねえええ!」胃の中から込み上げてくる朝食・胃液を根性で抑え込み、エレンはリィンの顔面を思い切り殴り飛ばす。攻撃の威力に負けて倒れそうになる身体をダンッ! と勢いよく地面を踏みしめることで支え、リィンはそのまま体を回転させてエレンの太ももにローキックを叩き込んだ。
互いに一歩も引かない攻撃の応酬に、周囲にいる同期達から言葉が消える。本気の格闘というものを未だ見たことが無かった彼らは、目の前で繰り広げられる戦いに目を奪われてしまっていた。
そんな中、殴り殴られ蹴り蹴られを繰り返している当の本人たちはというと。
((か……体が思うように動かねえ!))
今更だが、彼ら二人の人格は入れ替わってしまっている。それは互いに自覚している本当の意味での今さらな再確認であり、ライナーを始めとした隠蔽組が常に頭の片隅に置いている現在の最重要機密でもある。
人格が入れ替わっているということは、体が入れ替わってしまっているということ。それは言うまでも無いのだが、実のところ、二人が感じている違和感はその当たり前のことが原因だったりする。
つまり。
自分の身体じゃないので扱い辛いなー、っていうことだ。
そんな結論が出たところで二人は互いの顔を左手で固定させ、
「動きが速すぎて制御しきれねえんだよこの白髪野郎!」
「お前こそ威力高すぎて動きにきーんだよこの黒髪野郎!」
『これで仕舞いだ、喰らいやがれェえええええええええええええーッ!』
――芸術のようなクロスカウンターと共にそのまま地面にぶっ倒れた。
☆☆☆
因みに、翌朝になった頃にはリィンとエレンの人格は元の身体に戻っていて、二人は痛むからだなんて意にも介さずにひたすら抱き合ったり飛び上がったりして喜びを分かち合っていた。
そして、そんな全てが解決した日の朝食時。
エレン=イェーガーはというと。
「なぁミカサ。なんで顔朱くして俺から目を逸らしてんだよ。違和感がありすぎて気持ち悪いぞ?」
「大丈夫、問題ない。……エレンに可愛いって言われたから、まだ私は頑張れる」
「………………………………………アイツ殺す」
新たな火種が生まれそうになっていたが、それについてはまた別の機会に取り上げることとなるだろう。
そして一方、リィン=マクガーデンはというと。
「お、おおおおおおおはようございますリィン! きょ、今日も一日頑張りましょう!」
「サシャは可愛いサシャは綺麗サシャは最高サシャは俺だけのものォオオオオオオーッ!」
「やめんかこのイカレ野郎」
「ぐべぇっ!」
先日植え付けられたトラウマが原因で一日中ユミルから頭を叩かれ続けることになるのだが、それはまた――別の機会に。
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次回もお楽しみに!