というか、最終回です。
いや、ね。プロット通りだとここで完結なんですよ(汗
というわけで最終話、進撃開始です。
「あー……眠いです働きたくないですという訳でヒストリア、私の分の家事よろしくお願いします!」
「あははっ、ふざけんなよこの野郎」
「ぶげら! あ、ちょっ、ごぺ! え、笑顔で顔パンは酷すぎ――ぼごぉっ!?」
顔面に減り込んでしまうほどの全力パンチを叩き込まれた腰までの長さがある茶髪が特徴の女性――サシャ=マクガーデンは涙目で鼻を抑えつつ、ニッコリ笑顔で凄まじいほどのオーラを放っている金髪美女――ヒストリア=レイスに全力で恐怖を覚えていた。
「いいから早く、洗濯物を外に干してきてくれないかな?」「イエスユアハイネス!」ゴゴゴゴゴ……と背後の修羅を召喚してしまっているヒストリアに恐怖を覚え以下略、サシャは大量の洗濯物がどっさりと積まれた籠を抱えて転がるように家の玄関を潜り抜けていく。
そんな『いい歳こいて未だに純情乙女な可愛さ』を誇っているサシャにヒストリアは苦笑を浮かべつつ、
「リィンとユミルに、あのサシャの姿を見せつけてあげたいな」
――ぽとっ、と一滴だけの涙を流した。
☆☆☆
結局あの後、リィンはサシャの元に戻ってこなかった。
リィンと別れた後にサシャは一人の少女を救うために三メートル級の巨人と戦闘を行い、何とか五体満足で生還することに成功した。後に父親と再会して馬という最強の乗り物を手に入れたサシャは、自分が先頭を走る形で父親たちをウォール・ローゼ南区の内門へと誘導した。――全ては、リィンと再会するためだった。
「うむぅ……相変わらずヒストリアは人使いが荒いったい。こりゃあ少し家族会議が必要と私は思ったりするんやけど、貴方はどう思う? ――なーんて、今ここには私しかおらんっちゃけどねー」
だが、リィンは帰ってこなかった。サシャが無事に生き延びて人間と巨人の戦いが遂に終結しても尚、リィン=マクガーデンはサシャのところに帰ってこなかった。
リィンと別れたエリアを、サシャは全力で捜索した。友人たちの協力の下、サシャは寝る間も惜しんでリィンの捜索に明け暮れた。絶対にリィンは死んでいない、今もどこかで生きているに違いない――。
友人たちは何も言わなかったが、彼らが何を考えていたかなんて嫌でも分かってしまっていた。彼らみんなが『リィンが生きているわけがない』と思っていることぐらい、サシャは分かっていた。――それでも、サシャは絶対に諦めなかった。
一人、また一人と捜索に協力してくれる仲間が去って行ったが、サシャはそれでもリィン捜索を断念しなかった。一年、二年、三年、四年……と――来る日も来る日もサシャはリィンを探し続けた。手がかりなんてものは皆無だったが、サシャは必死にリィンを探し続けた。
「…………あれからもう、――……年、か」
だが、ある日を境に、サシャはリィンを探すのをやめた。
それは、その境とは、心身ともに疲れ果てていたサシャに彼女の親友――ヒストリア=レイスが優しく語りかけた日のことだった。
以前とは比べ物にならないほどに衰弱していたサシャに水と食料を分け与えつつ、ヒストリアは優しく語りかけるようにこう言ったのだ。
『私もね、リィンは絶対に生きてると思う。アイツはそう簡単に死ぬような人じゃない。それは他でもない、サシャが誰よりも分かってるはず。――だから、リィンは絶対にサシャの元に帰ってくるよ。面倒くさそうに頭を掻きながら、サシャにとびっきりの笑顔を見せてくれるはずだよ』
『でも、ね。リィンが帰って来たときにサシャが衰弱死しちゃってたら何の意味も無いよ。リィンを探すのもいいかもしれないけど、サシャが今やるべきことはそんな事なんかじゃない。私が思うに、サシャがこれからやらなくちゃダメなことは――リィンを笑顔で迎えられるように、これから幸せな生活を送ることなんじゃないかなぁ?』
考えも、しなかった。
リィンが生きていることを証明するために今まで必死だったが、それが、その行動自体が意味のないものであったなんて――思いもしなかった。
自分自身が安心したかったからかもしれない。他の誰かにリィンの生存を証明したかったからかもしれない。――リィンの死を、認めたくなかったからかもしれない。
リィンが死んでいるだなんて全く露ほどにも思っちゃいなかったが、それでも、ヒストリアの言葉は不思議と胸に突き刺さった。自分がリィンの為にできることが、他にもあったなんて予想にもしなかった。
なにをするべきか、なにをしなければならないのか。サシャはヒストリアの協力の下、自分なりの『幸せな生活』を送るための努力を始めた。
その努力が実るまでにはそう時間はかからず、サシャはヒストリアとの同居という形でそれなりに幸せな生活を送り始めた。互いに愛する人を待ち続けるという生活だったが、サシャとヒストリアは楽しく騒がしく笑顔を浮かべながら幸せな生活を送っていた。
――しかし。
「色々とあって今はそれなりに幸せやけど、やっぱり……貴方がいないと駄目ったい、リィン」
本当に欲しい幸せは、彼の存在無しに実現できるわけが無かった。
隣にいるハズの存在がいない。ただそれだけのことなのに、サシャはどうしようもなく辛かった。幸せな生活を送っているのに、サシャは凄く辛かった。
ヒストリアの目を盗んでは、毎晩毎晩声をかみ殺すこともなく号泣した。彼との最後の繋がりと言っても過言では無い赤い布を握りしめ、涙が枯れるまで声が枯れるまで号泣した。――しかし、サシャの悲しみだけは枯れてくれなかった。
そして、リィン=マクガーデンが帰ってくることはなかった。
「はぁぁ……やめやめ、今はとにかく与えられた仕事をこなさんと。ヒストリアにまた怒られちゃう」
肩を上下させながら溜め息を吐き、サシャは物干し竿に洗濯物をかけていく。生地をできるだけ延ばして風通しを良くし、慣れた調子で次々と洗濯物を干していく。――そこには、かつての大食感でバカな少女の姿はどこにもなかった。そこにあるのは、年相応の雰囲気と容姿を兼ね備えた、サシャ=マクガーデンという一人の女性の姿だった。
リィンはもう、帰ってこないのかもしれない。
だけど、サシャはいつまでもリィンを待ち続ける。あの気だるそうな白髪の少年――いや、今は男性と言った方が正しいか。とにかく、サシャはリィンの帰りをずっと待ち続けると心に決めたのだ。
全ては彼と添い遂げるという約束を果たすために。全てはあの不幸な少年に
上着を物干しざおにかけ終えたサシャは、「ふぅ。そんじゃ次行ってみよー」と自分を鼓舞しながら下着を洗濯紐に提げ出した。彼女とヒストリアの二人分の下着を、上着の時とは比べ物にならないほど真剣な表情で捌いていく。以前、サシャのミスでヒストリアの下着が風に乗って遠くへとフライアウェイしてしまったことがあるのだが、その時は三日間食事抜きと共に毎日千回腕立て伏せをさせられた。空腹の上に体を痛めつけられるという凄まじく残虐な拷問だったわけだが、無表情で淡々と鞭を振るうヒストリアには流石に逆らうことはできなかった。あの顔は、本気で人を殺せる人特有の顔だった。
だが、神はサシャを見捨てる方を選んだようで、サシャの手から一着の下着が風に乗って遠くへとフライアウェイしてしまった。――それは奇しくも、ヒストリアの下着だった。
「や、やばい! あれは流石に回収しないとヤバいって!」サシャは残りの洗濯物が飛ばないように籠に蓋を乗せ、遠くへと飛び去って行く下着に向かって全速力で走り出す。その時、サシャは風と一つになっていた。
だが、サシャの望みに反する形でヒストリアの下着はぐんぐんと遠くの方へと飛び去って行く。どう考えても届くことはないであろうその距離に、サシャは思わず絶望を覚えてしまう。
――今度こそ、ヒストリアに殺される――
無表情で庖丁を扱う金髪美女の姿を頭に思い浮かべてしまい、サシャの顔が青褪める。拷問の次は刺殺かよ、と言いたくなるわけなのだが、それでも今回ばかりは殺されてしまっても文句は言えないな、とサシャは半分諦めムードで重い脚を前へ前へと動かしていく。
すると、飛び去っていたはずの下着が、突然動きを止めた。――というか、サシャの前方にいる人影の顔面にぶち当たっていた。
あれはあれで殺されるんじゃね? とかなんとか思いつつも、それでもやっぱり下着を無事に回収できてよかったとサシャは結構本気で喜んだ。何気にガッツポーズを決めている辺り、本当に嬉しいのだろう。……殺されずに済んだことが。
「あの、すいませーん! その下着、私の同居人の物なんです! なので、ちょっと返していただけるとありがたいなーって思ったりー?」本当に返してほしいのか返してほしくないのかかなり微妙な発言をしつつ、サシャは下着が顔面に強襲してしまった被害者の元へと駆け寄っていく。
――不幸と幸運は紙一重な存在だ。
まず最初に目に入ったのは、薄汚れた白い無造作な髪だった。砂埃なのか泥なのか、とにかくその人の髪は薄汚れていた。
――しかし、幸運というものは不幸なくしては実現されない。
次に目に入ったのは、やる気のなさそうなダウナーな目つきだった。世の中すべてに呆れたかのようなその目は、サシャの目を真っ直ぐと見据えていた。
――だがまぁ、今はそんなことは置いておこう。
砂埃とか煤とかいういろんな汚れが付着しているその顔は、『男性』にしては少しだけ幼さが残っていた。――いや、少しだけ中性的な顔立ちだった。
所々が破れたベージュのジャケットと短い深緑色の外套――そして、錆び付いた立体機動装置。
「まさ、か……あ、なた、は……」
枯れたと思っていたものが目尻から溢れ出て、それと同時にサシャはその場に崩れ落ちた。一旦零れ落ちた涙は堰を切ったように止めどなく溢れ出てきて、サシャの手と頬を濡らしていった。――だが、サシャはそんなことどうでもよかった。
白髪の男性は、サシャの元へと歩み寄ってきていた。『気怠そうに頭を掻きながら』、その男性はサシャの『傍』へと歩み寄ってきていた。
ぇぐっ、ぐすっ……とサシャの口から嗚咽が漏れる。子供のように泣きじゃくるサシャに苦笑を浮かべながら、その男性は彼女の頭に優しく右手をぽすんと置いた。――その男性には、左腕が無かった。
両目を赤く腫らしながら、サシャは男性の顔を見上げる。子供のような泣き声を上げながら、サシャは目の前で苦笑を浮かべている男性の名を嗚咽交じりの声で何度も何度も何度も何度も――声が枯れるまで呼び続けた。――叫び続けた。
その男性は泣きじゃくるサシャの頭を乱暴に撫で、なにも言うことなくサシャに優しくキスをした。唇を一瞬だけ触れさせるという簡単なものだったが、サシャはそれだけで十分に満足だった。
だって、この人は――
「おかえり、なさいぃ……えぐっ、ぐすっ……遅いんですよ、ばかぁぁぁぁ!」
――私が今も昔もこれからも世界で一番愛している、バカな不幸男なのだから。
――というわけで、進撃の芋女の本編はこれにて完結です。
これまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
今後はリクエストされた番外編をちょろーっとやったり、書き切れなかった閑話とかをちょろーっと更新したりする感じで行きたいと思います。
まぁ、形式上は完結なんですけどね。小説情報のとこも『完結済み』にしておくわけですし。
とにもかくにも、ちょうど二か月という長いのか短いのか果てしなく微妙な期間おつきあいくださり、ありがとうございます。
リィンとサシャの物語は一応ここで幕を下ろすということで、感謝の言葉を述べておきたいと思います。
『進撃の芋女』を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
リィンとサシャの今後は読者の皆様方のご想像次第ということで。
それでは、しつこいようですが、本当にありがとうございました。
――――――進撃の芋女、完。