進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第五話 立体機動訓練②

 リィン=マクガーデンの相棒を自称し他称されている芋女ことサシャ=ブラウスは焦っていた。

 訓練開始からもう何時間かが経過しているというのに、自分のチームは十人ほどしか倒せていない。対人訓練や座学といった基本訓練で得ることができる評価点に比べ、立体機動装置を使用した訓練の評価点はかなり高い。それは立体機動装置こそが巨人への対抗策と言われていることに所以しているのだが、今のサシャにはそんな小難しいことなんてどうでもいい。

 右前方にある木の幹にアンカーを撃ち込み、前へ前へと進んでいく。

 

「急ぎましょうアルミン! このままだと私たち、最下位になっちゃいます!」

 

「いやいや、この訓練は生き残ることこそが最重要目的なんだけど……」

 

「誰でもいいから出てきてください! いやホント、お願いしますぅぅぅぅ!」

 

「…………僕、このままで大丈夫かなぁ?」

 

 エレン=イェーガーとミカサ=アッカーマンという今期の注目訓練兵を幼馴染みに持つアルミン=アルレルトは、絶叫しながら宙を舞う芋女に盛大な溜め息を吐く。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 森の奥からやって来たクマさ――もといライナー=ブラウンは戦慄していた。

 彼は訓練開始早々に十名ほどの同期を狩り、その後もそこそこの数の同期を屠っている。ミカサ=アッカーマンという人外を除けば104期訓練兵団の中でもトップの成績を誇るライナーにとって、貧弱な同期を討伐することなど造作もないことだった。

 ――そう。『ミカサ=アッカーマン』という人外を除けば、だ。

 

「つうぅっ! 相変わらず意味不明な威力だよなオイ!」

 

「戦闘中には喋らないほうが良い。不幸にも舌を噛むかもしれないから」

 

 ミカサが振り下ろした剣(今回の訓練に置いては「なまくら」である)を自分の交差させた剣で何とか防ぎ、前方の木にアンカーを撃ち込んで体勢を整える。ミカサは「チッ」と吐き捨てるように舌打ちをするも、表情一つ変えずにその場で方向転換してライナーの隣に的確にアンカーを撃ち込んだ。

 「これで終わりだぜ、ミカサ!」アンカーに引っ張られる際に発生する勢いを利用して突撃してくるミカサを何とか回避し、ライナーはミカサの肩に向かって全力で剣を振り下ろす。どれだけ人外なミカサだろうが、その身に宿る攻撃力の高さはライナーの方が上。そして今のミカサは攻撃の直後ということもあり、素人目でも分かるほどの隙がある。まさに千載一遇のチャンスと言うヤツだ。

 だが、ミカサ=アッカーマンにその常識は通用しない。

 

「――その台詞は死亡フラグ。……ってリィンが言っていた」

 

 重量級のギロチンが振り下ろされる前にライナーの懐に入り込み、剣をそれぞれ左右に大きく構える。一切の無駄が無い、完璧な移動だった。ついこの間まで普通の生活を送っていたとは思えないほど、その行動は鮮明で繊細で魅力的で末恐ろしいものだった。

 故にライナーは焦燥する。今まで経験してきた訓練の性質上、双振りの剣はほぼ同じように扱ってしまう。つまり、今のライナーは両手がふさがっていると同義なのだ。――明らかに、今のライナーには隙がある。

 思わず周囲を見渡してバディであるベルトルト=フーバーを探してしまう。今のこの状況を打開するには彼の力が必要だし、運が良ければこのままミカサを打倒することができるかもしれない。

 そして運の良いことに、ベルトルトはすぐに見つかった。十メートルほど先の空中に、見慣れた長身の少年の姿があった。

 そして運の悪いことに、ベルトルトは絶体絶命だった。白髪で160中盤といった身長の少年に、凄まじい斬撃を浴びせられていた。

 リィン=マクガーデン。

 立体機動装置の『速さ』を引き出すことに長けていて他の動作もかなり俊敏であるが、攻撃力が致命的に低い――なんていう評価を受けている、そんな少年の姿があった。

 通常の戦闘力ならば、リィンよりもベルトルトの方が完全に上だ。――だが、リィンはその攻撃力の低さを目にも止まらぬ速さの斬撃でカバーしていた。

 

 

 質より量。

 

 

 全てを斬り裂く斬撃ではなく、全てを逃さぬ斬撃。

 倒すことや削ぐことよりも、逃がさないことだけに特化した――リィンだけの攻撃方法。

 巨人を倒すときにはあまり役に立たないかもしれないであろうスキル。――だが、討伐補助という役割に就くことでその才能は際限なく発揮される。

 『迅速』な斬撃で巨人の動きを止める。

 そんな未来が予想できるほどに、リィンの斬撃は素早くて迅速で俊敏なモノだった。

 

「…………まいったな、こりゃ。アイツの評価を考え直さなきゃなんねえよ」

 

「…………その言葉も死亡フラグ――って、リィンが言っていた」

 

 ドゴォッ! という轟音が森の中に響き渡る。

 それと同時に、訓練終了の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 優勝:『ミカサ=アッカーマン』&『リィン=マクガーデン』

 

 そんな内容がデカデカと書かれている羊皮紙が、104期訓練兵の共同食堂に張り出された。

 

「おめでとうございます、リィン! 私は貴方の勝利を信じていました!」

 

「ちょ、ホントやめて頼むマジで。抱き着くのは嬉しいけど今は勘弁して! ユミルを始めとした同期の生温かい視線が俺の心を抉ってますからぁ!」

 

 ニヤニヤと面白そうに笑う同期の顔に脅えながら、リィンは満面の笑みで抱き着いてくるサシャを遠くに引き離す。その際に一瞬だけ悲しそうな顔をされてしまったが、リィンは自分の分のパンをあげることで何とか笑顔を取り戻させた。……芋女の扱いに手馴れていることについては華麗にスルーさせてもらう。

 今回の夕食において、リィンたち四人はいつもの隅のテーブルとは違う――中央のテーブルに腰を下ろしている。

 正確には、中央のテーブルの中でもさらに真ん中の方にリィンとミカサが座っていて、その周りに彼ら二人の仲が良い同期が座っているという感じだ。因みに、順番で言うと、サシャ・リィン・ミカサ・エレン、といった具合。

 そしてリィン達の反対側には、相変わらずのユミル・女神クリスタ・坊主頭コニー・智将アルミンが座っている。明らかに坊主頭のコニーが浮いているように見えるのだが、実はリィンのルームメイトであるコニーがこの場にいることについてはなんの問題も無かったりする。いやまぁ、ルームメイトと言っても、訓練兵が使う宿舎にはベッドがあるだけなので、正確にはベッドメイトと言うヤツだ。

 コニーは千切ったパンをシチューに着けながら相変わらずの明るい口調で言う。

 

「にしても、まさかリィンが一位になるなんてな! やっぱりミカサのおかげなんじゃねえか?」

 

「なに今更なこと言ってんだよ、コニー。どー考えても俺の力って感じじゃねーだろ? 今回の勝利は完全無欠にミカサのおかげだってーの」

 

「……そんなことはない。リィンもかなり活躍していた」

 

「謙遜すんなって。俺はお前の補助をしただけだよ」

 

 いやお前が謙遜しすぎだろ、と言われてしまうかもしれないが、実はこれが真実だったりする。

 リィンの斬撃で倒せる同期も多かったは多かったのだが、やっぱりそれでも倒せない同期がほとんどだった。剣がなまくらだったということもあるかもしれないが、やっぱり一番の原因はリィンの攻撃力不足だろう。

 なので、リィンは相手の動きを鈍らせることだけに集中した。

 着地の際にバランスを崩すように――足を狙う。

 剣を振る速度が少しでも遅くなるように――腕を狙う。

 全体の動きが少しでも遅くなるように――鳩尾を狙う。

 全ての攻撃が『補助』に繋がっていて、その『補助』が今回の勝利に繋がった。

 それが、今回の訓練の真実だ。――というか、この訓練の真の目的はそこにある。

 目先の勝利に囚われず、如何に自分の能力を引き出せるか。――これこそが、今回の訓練に置いてキース=シャーディスが伝えたかった本当の目的だ。

 人類が倒すべきなのは、人類ではなくて『巨人』だ。彼ら人類という『家畜』の『安寧』を守る為、彼ら人類が抱く『虚偽』を『繁栄』させないために、人類は巨人を狩る技術を学ぶのだ。

 まだそんな重要な目的など知る由もない訓練兵の一人ことアルミンは「うーん」と唸るような声を上げ、

 

「リィンってさ、討伐補助が向いているのかもしれないね」

 

「討伐補助?」

 

「巨人を討伐できる兵士を補助し、確実な討伐を実現させる役職のことだよ。ほら、リィンって動きが俊敏だろ? だから、その俊敏さを生かして巨人を翻弄することができるんじゃないか――って思ったんだけど……」

 

「討伐補助、ね……個人的にゃ自分の力で巨人を駆逐してーんだが、そっちの方が現実的なのかもなー。別に俺の目的は、壁の外の世界で暮らすために巨人を駆逐する事であって、自分で巨人を駆逐する事じゃねーしなー……」

 

 リィンの口からサラッと放たれる、あまりにも重い目的。

 それは確かに人類が長きに亘り願ってきた『夢』ではあるが、それを実現させようと本気で思っている人間がこの壁の中にどれだけの数いることだろうか。少なくとも、憲兵団などという安全地帯を選んだ者はそんな夢物語などとうに諦めているのだろう。

 そしてこの時、リィンの隣にいるサシャ=ブラウスは思った。何故この少年は、こんなにも外の世界に憧れているのだろう。そして、何故この少年は、こんなにも巨人を憎んでいるのだろう。

 なにか重い過去を背負っていることは明白なのに、自分にその話をしてくれない。自分のことを信頼していないということなんじゃないだろうが、それでもサシャは悲しかった。リィンが話さない理由が自分にあるように思えて、サシャ=ブラウスは心の奥で泣いていた。

 そして夕食終了を知らせる鐘が鳴り、彼ら104期訓練兵は兵舎へと戻っていく。ぺちゃくちゃと何気ない会話を繰り広げながら、彼らは戻っていく。

 だが、サシャは違った。

 

「…………リィン、ちょっといいですか?」

 

「な、なんだよサシャ。いきなり改まって……」

 

 愛しい人に突然呼び止められ、リィンは思わず動揺してしまう。別にそんな雰囲気じゃないのだが、リィンは少しだけ期待してしまっていた。

 同期の若者たちが食堂からいなくなり、リィンとサシャだけが残された。言葉では言い表しようもない沈黙が食堂を支配している。

 そしてそんな沈黙を破る様に、サシャはリィンに抱き着いた。

 あまりにも予想外な行動にリィンは「え? えぇっ!?」と顔を真っ赤にして動揺するが、サシャはリィンを思い切り抱きしめる。

 

「貴方の過去になにがあったのかは知りませんが、あまり一人では抱え込まないでください。私は貴方の相棒ですから、絶対にどんなことがあっても私は貴方を見捨てない。もし、この訓練兵団を卒業して巨人と戦うことになった場合、貴方のことは私が絶対に守ってみせます。どんな恐怖も逆境も跳ね除けて、私は貴方をどんな外敵からも護ってみせます」

 

 そんなサシャの言葉を受けて、リィンは悲しそうな表情で彼女を強く抱きしめた。

 




 《現在公開できる情報》
 
 リィンは上位10名に選ばれると噂されているが、調査兵団を目指す彼はあまりそのことに興味を持っていない。
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