進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第六話 人類の進撃

 

 リィン達104期生訓練兵団が結成され、ついに三年が経った。

 彼らはこの三年の間に巨人を殺すための術を磨き、それぞれの目標に向かってただ闇雲に我武者羅に突き進んでいった。ある者は巨人を駆逐すると豪語し、またある者は憲兵団に入ってやるという固い意志を持っていた。

 あまりにも厳しい訓練の性質上、少なからず死人は出ていた。立体機動訓練中での死亡、雪山訓練中での死亡。他にも挙げたらキリが無いが、そんな厳しい訓練を乗り越えて、ついに彼らが訓練兵団を卒業する時がやって来たのだ。

 

「心臓を捧げよ!」

 

『ハッ!』

 

 漆黒に染まった空に、一糸乱れぬ大声が響き渡る。近くの森にいた鳥たちは驚いたように一斉に空へと飛び立ち、空の黒さを一層強めていた。

 訓練兵団の訓練広場には、今日まで無事に生き残った二百十八人の訓練兵たちが綺麗に整列している。訓練兵団の入団式と同じように、寸分の狂いもない見事な列を作り上げていた。

 そんな104期訓練兵の前方に並んでいる教官たちの中の一人が一歩前に出て、全員に聞こえるように腹の底から声を張り上げる。

 

「本日を以って訓練兵を卒業する諸君らには、三つの選択肢がある!」

 

 訓練兵団を卒業した訓練兵たちが進める道は、『駐屯兵団』『調査兵団』『憲兵団』の三つの組織だ。

 壁の強化に努め、各町を守る『駐屯兵団』は訓練兵たちが最も進みやすい組織だと言われている。壁の中からあまり出ることが無いということもあるにはあるが、それ以上に成績とか戦闘能力とかがあまり問われないことが理由だろう。町の治安を守って市民を統制し、巨人の進行を防ぐ。――それが『駐屯兵団』だ。

 犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む『調査兵団』は、訓練兵が最も進みたくない組織だと言われている。無数の巨人が徘徊している壁を越えるだけでも怖ろしいというのに、更に自分の身を犠牲にして巨人を駆逐しなければならないからだ。エレン=イェーガーとリィン=マクガーデンの二人が心の底から志願している組織であり、人類最強と歌われているリヴァイ兵士長が所属している組織。――それが『調査兵団』だ。

 そして、もう一つの組織――王の下で民を統制、秩序を守る『憲兵団』。この組織は三つの組織の中で最も安全とされている。精鋭中の精鋭が集まっているわけなのだが、最も内側にある壁『ウォール・シーナ』内での活動を主としている。最も内側にあるということはすなわち、最も巨人と戦わなくていいということ。巨人を殺す術を磨いた精鋭が巨人と戦わないために壁に篭る、という矛盾が発生しているわけだが、この事実に気づいている兵士はあまりいない。

 三つの組織の説明を終えたところで教官は息を吸いなおし、高らかに言い放つ!

 

「無論、憲兵団を希望出来るのは――先ほど発表した十名だけだ!」

 

 瞬間。広場内にある全ての視線が広場前方に立っている十名の若者たちに集中した。

 

 主席――ミカサ=アッカーマン。

 

 二番――ライナー=ブラウン。

 

 三番――ベルトルト=フーバー。

 

 四番――アニ=レオンハート。

 

 五番――リィン=マクガーデン。

 

 六番――エレン=イェーガー。

 

 七番――ジャン=キルシュタイン。

 

 八番――コニー=スプリンガー。

 

 九番――サシャ=ブラウス。

 

 十番――クリスタ=レンズ。

 

 それぞれの覚悟と意志を持った十人の精鋭が、今ここに誕生した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 解散式を終えた104期訓練兵は、共同食堂で打ち上げパーティを行っていた。

 これまでの苦労を分かち合って涙する者やこれからの進路をどうするか真剣に話し合っている者など様々であったが、その中でもエレンとリィンの二人は完全に浮いていた。

 理由は簡単。十人の候補者に選ばれたにもかかわらず、その二人だけが調査兵団を希望していたからだ。

 

「リィン、もう一度だけ言います。本当に、調査兵団に入るんですか……?」

 

「ああ。俺の意志は変わらねー。俺は調査兵団に入って――巨人を一匹残らず駆逐する」

 

 共同食堂の隅という今まで定位置にしてきたテーブルで、サシャの言葉にリィンは真剣な表情で返答する。

 この三年間、リィンとサシャの間にある信頼はより強固なものになっていた。何の疑いも無くお互いの背中を預けられ、お互いのことを他の誰よりも信頼できるようになっていた。――そして、サシャの中にあるリィンへの想いはより重いものへと変化していた。

 そんな二人は無事に十人の候補者の中に入れたのだが、リィンが希望する進路は最も死ぬ確率が高い『調査兵団』。リィンに死んでほしくないサシャとしては一緒に『憲兵団』に進んでほしいわけなのだが、リィンの「巨人を駆逐して外の世界を取り戻す」という意志はあまりにも固い。どんなことを言っても意志が鈍ることなどない。

 数秒間、サシャとリィンは見つめ合う。片や心配そうな表情で、片や強い意志が込められた表情を浮かべている。周囲で騒いでいたはずの同期達は遠くの方で行われているエレンの演説とリィン&サシャの会話に集中していた。

 そして、最初に沈黙を破ったのは――

 

「分かり、ました。それなら私も――『調査兵団』に入ります」

 

 ――サシャだった。

 まっすぐ正面からリィンの瞳を射抜くように見つめ、真の通った声でそう言った。美味い物を鱈腹食べたいという理由で憲兵団を目指していた今までの彼女とは違う、成長したサシャ=ブラウスの姿がそこにはあった。

 反対できるような雰囲気ではない。サシャのことを何よりも大切に想っているリィンは今すぐにでも「『憲兵団』に行け」と声を大にして叫びたかったが、サシャの真っ直ぐな視線がそれを抑制するような威圧感を放っている。どんな危険が待っていても絶対に護ってみせる、という約束をお互いにしている彼らは、互いを護る為の道を選ぶしかなくなっていた。

 故に、リィンは手を差し出す。目の前のサシャに微笑を浮かべ、右手を差し出す。

 

「俺はお前の意志を否定しない。だが、これだけは約束してくれ。――絶対に死ぬな」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

 差し出されていたリィンの右手をギュッと自分の右手で握り締め、サシャは満面の笑みでそう言った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 翌日。

 『調査兵団』行きを決定したリィンとサシャは――『ウォール・ローゼ』の上を全力で走っていた。

 

「馬鹿! この馬鹿! なんでよりにもよって長官の食糧庫から奪ってくんだよ!」

 

「だって凄く美味しそうでしたから! パンに挟んでジュッと焼いてそれからそれから……ヴェヘヘヘ」

 

「笑い方キモッ!」

 

 会話の内容から予想がつくかもしれないが、要はサシャがいつも通り食料を強奪して例の如くリィンが巻き込まれてしまったというわけだ。最近はあまり発動していなかった『巻き添えスキル』がなんで今になって発動してんだよチクショー、とリィンは人知れず涙を流す。

 リィンと並走しているサシャの手には、人の顔ほどの大きさがあるハムが握られている。領土が減ったことで肉はかなり貴重なものとして扱われているわけなのだが、サシャはそんな肉をよりにもよって長官の食糧庫から盗んできたのだ。見つかったら良くて独房、悪くて刑罰と言ったところか。

 普通ならばサシャに一発ゲンコツを入れて肉を返却させるのだが、流石に今回は盗みに入った場所が悪かった。というか、長官の肉を盗むとかどこのバカだ。

 

「ウチのバカだよコンチクショォーッ!」

 

「んなぁっ!? バカって私のことですかぁ!?」

 

「当たりめーだろお前以外に誰がバカだよ!」

 

「コニーです!」

 

「確かにそれも正解! だけど今のバカはお前一人だサシャ=ブラウス!」

 

 そんな言い合いをしていると、五十メートルほど先の固定砲付近に見知った数人の男女を発見。

 サシャはぱぁぁぁと天使のような笑顔を浮かべ、走りの速度を上げた。

 

「みなさぁぁぁぁぁぁぁん! 長官の食糧庫から、お肉盗ってきましたぁぁぁぁぁぁ!」

 

『バカかお前!』

 

「酷い!」

 

 喜ばれるとでも思っていたのか、その場にいた数人の男女――エレンとかコニーとかに罵倒されたサシャはスライディングしながらその場に崩れ落ちる。サシャのスライディングの反動で肉が宙に勢いよくかち上げられるが、リィンは落ち着いて確実にキャッチした。

 床に屈みこんで動かなくなったサシャの元までトテテと駆け寄り、リィンは肉を掲げて苦笑する。

 

「このバカが長官の食糧庫から盗んできちまったんだ。後でみんなで食うために盗って来たらしーが、お前らはどーする? 因みに、俺は絶対にこの肉を食う」

 

「か、返してきたほうが良いと思うよ? 今ならまだ許してもらえるよ」

 

「絶対に嫌です」

 

「お前は黙ってろ!」

 

「酷い!」

 

 「なんか今日のリィン、ちょっと冷たくないですかぁ!?」よよよ、と涙を流して再び床に屈みこむサシャ。リィンとサシャによる漫才染みた会話にその場の空気がほのぼのとしてきている。いつ攻めてくるか分からない巨人を警戒しなければならないということは重々承知だが、今だけは年相応にハシャイデも文句は言われないだろう。この場には長官も教官もいないのだから。

 リィンの問いに三つ編み黒髪少女ことミーナは反論するように声をかけるが、固定砲の整備をしていたバカもといコニーは口の端から零れそうになっている涎を服の袖で拭い、

 

「俺は食う! そんな美味そうなモン、独り占めさせてたまるかよ!」

 

「じゃ、じゃあ俺も食べる!」

 

「俺も!」

 

「私も!」

 

 コニーの宣言を皮切りにその場にいた全員が肯定の姿勢を見せた。今この瞬間に彼ら全員がサシャの共犯となってしまっているのだが、誰もその事実に気づいていない。

 何気ない会話。大切な友人。平和な世界。この三つを護る為にも、彼らは巨人を駆逐しなければならない。そのために三年間かけて訓練してきたのだ。絶対に諦めてやるもんか。

 エレン=イェーガーは目下に拡がる『ウォール・ローゼ』内の領土を見渡しながら微笑を浮かべ、

 

(俺たちならいける。俺たちなら、絶対に全ての巨人を駆逐できる! ――人類の反撃はこれからだ!)

 

 心の底から湧き上がってくる熱い闘志を胸に、エレンは確信する。全ての巨人を駆逐して外の世界を取り戻し、本当の意味での人類の平和を実現してやる。巨人を駆逐して駆逐して駆逐して、明るい未来に向かって進撃するんだ!

 

 

 だが、状況は悪い方向へと急速に『進撃』していく。

 

 

 神は無情で非情だ。

 人類の平和など割とどうでもいい神にとって、人類が巨人に食われてしまうという現実なんて考慮する必要もないのだから。

 故に――世界は残酷だ。

 そう、今のこの世界だって――――非情で無情に残酷だ。

 それは、一瞬の出来事だった。

 最初に感じたのは、熱気だった。

 そして、次に感じたのは驚愕だった。

 皮膚のない顔に剥き出しの歯。体中の筋肉が露わとなっていて、とてつもなく身長が高い。

 

「―――――――――――――、え?」

 

 超大型巨人。

 五年という時を越え、再び人類が絶望する時代がやって来た。

 




 《現在公開できる情報》

 リィンはサシャの泥棒行為を止める立場にあるが、本人は「止めても止まらねーよ」と半ば諦めている。
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