進撃の芋女【完結】   作:秋月月日

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第七話 トロスト区奪還作戦①

 

 行動を、起こす暇も無かった。

 超大型巨人が現れたと思った瞬間、ウォール・ローゼの上から吹き飛ばされていた。とても耐えられるような温度ではないほどの熱気が彼らを襲い、激しい風圧にリィン=マクガーデン達は紙屑のように吹き飛ばされた。

 それでもなんとか意識を失うことだけは避けた彼らは即座に立体機動装置からアンカーを壁に撃ち込み、地面への激突を避けることに成功する。一人だけ気絶して落下していったが、サシャ=ブラウスの神憑り的な運動神経と機転によってなんとか命だけは助けることができていた。

 リィンは流れ落ちる汗を拭い、周囲を見渡す。

 彼の下には、信じられない光景が広がっていた。

 

「か、べが……壁が、破壊されてやがる!?」

 

 絶対的な防御を誇るウォール・ローゼの一部が、見るも無残な姿に変わり果てていた。ぶち抜かれた穴の大きさとしては、およそ十メートル。数多くの巨人が余裕で通れるほど、超大型巨人が作り出した穴は巨大なものだった。

 五年前の再現。

 巨人が、再び進撃してくる。

 予想にもしなかった緊急事態にリィン達が呆然とする中、エレン=イェーガーは超硬質ブレードを抜き放ち、

 

「固定砲整備四班――戦闘準備!」

 

 腹の底からあらん限りの声を上げて咆哮し、エレンはそのまま立体機動装置を駆使して壁の上へと戻っていく。

 

「目標目の前、超大型巨人! これはチャンスだ、絶対逃がすなぁああああ!」

 

「りょ、了解! オイお前ら、エレンに続くぞ!」

 

 凄まじい速度で大型巨人の元へと飛んで行ったエレンを追うように、固定砲整備四班は壁の上に向かって駆けていく。三年間死に物狂いで訓練してきた彼らの動きは、まさに兵士と呼ぶに相応しいものだった。

 仲間たちが壁をよじ登っていくのを確認したリィンは、落下寸前だった少年を必死に支えているサシャの元へと移動する。彼の白髪が風に揺れ、この場にはとても似合わない光沢を放つ。

 

「サシャ、大丈夫か!?」

 

「私は大丈夫です! ですが、サムエルをどこか安全なところに運ばないと!」

 

「分かった! とりあえずサムエルを引き上げてくれ! 俺たち二人でサムエルを抱えて壁の上まで登るぞ!」

 

「了解です!」

 

 そう言うや否やサシャはアンカーを引き戻してサムエルを引き上げ、リィンへと託す。リィンはサムエルの足に撃ち込まれているアンカーを引き抜き、サムエルの身体を無理やり抱え上げた。サシャは横からリィンの補助につく。

 「行くぞサシャ!」「はいっ!」『――せぇーっの!』そんな掛け声とともに壁の天辺に向かってほぼ同時のタイミングでアンカーを撃ち放ち、二人は壁をよじ登っていく。三年の間に築き上げた絆とコンビネーションの為せる業だと言えるだろう。

 結構な時間を喰いながらもリィンとサシャはサムエルを落とすことなく壁の上に到達する。

 流れ落ちる汗を拭いながら二人はサムエルを床へと降ろし、現在状況を確認するために辺りを見渡した。

 

「オイ、エレン! 超大型巨人はどこ行ったんだ!? 俺の目がおかしくなけりゃ、アイツの姿がどこにも見えねーってことになるんだが!?」

 

 焦燥を隠すことなく叫び散らすリィンの方へゆっくりと振り返り、エレンは苦虫をかみつぶしたような表情で告げる。

 

「……五年前と同じだ。あいつは突然現れて壁を壊して、また突然いなくなりやがったんだ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ウォール・ローゼが破壊されたことで、街に巨人が入ってくる。

 そんな知らせがトロスト区全体に伝わった頃、リィン達104期訓練兵はガス補給庫に集まっていた。理由は簡単。彼らも戦わなければならないからだ――巨人を屠る一人の兵士として。

 「お前たち訓練兵も演習を卒業した立派な兵士だ! 本作戦での立派な活躍を期待する!」訓練兵をこれまで教えてきた教官の一人と思われる男性が叫び散らすが、パニックで頭が壊れてしまいそうな訓練兵たちはただ闇雲に我武者羅に立体機動装置のガスボンベにガスを補給していく。

 そんな中、リィンは怖ろしいほどに冷静だった。

 

「十メートル級の大穴なんて塞げねー。だったらやっぱり、俺たちの力で何とかするしかねーんだ。俺たちの力だけで、巨人を一匹残らず駆逐するしかねーんだ」

 

「で、でも、上官の方々が今必死に巨人を駆逐してますよ!? も、もしかしたら、このまま巨人が入ってくることなんてないかもしれませ……」

 

「――本気で言ってんのか、サシャ」

 

「ッ!?」

 

 狂気的としか言いようがないリィンの低い声に、サシャは後の言葉を反射的に呑み込んだ。普段はダウナーであまりやる気が感じられないリィンの目は、得物を見つけた肉食獣の様に獰猛な目つきへと変貌を遂げていた。サシャが今まで一度も見たことが無い、リィンの本気の怒りの姿だった。

 あまりの怖さに涙を流すサシャ。そんなサシャを見て流石にやりすぎたと思ったのか、リィンは軽く息を吐いてサシャの頭を乱暴に撫でる。

 

「大丈夫、大丈夫だって。どんな巨人が相手だろーが、お前だけは絶対に護ってみせっからさ。――だから安心しろ、いーな?」

 

「は、はいっ!」

 

 微笑を浮かべるリィンを見て、サシャの心は少しだけ軽くなっていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 駐屯兵団率いる先遣部隊が全滅した。

 そんなあまりにも最悪過ぎる情報を抱えたまま、104期訓練兵は巨人との戦闘準備に勤しんでいた。ある者はあまりの恐怖に嘔吐し、またある者は恐怖を抑え込むためにただ黙々と作業を行っていた。

 リィン達104期訓練兵は、トロスト区の中央付近――つまりは中堅部隊として巨人の迎撃に当たることとなっている。先遣部隊が全滅した今、彼らが最も先に巨人と戦闘を行うことになるということだ。敵前逃亡は死罪だと言われている以上、巨人から逃げることもできない。まさに前門の虎、後門の狼。背水の陣とは何かが違う、最悪な意味での絶体絶命な状況だ。

 そしてこれも不幸なことなのだろう。リィンとサシャは別の班に所属されることとなっていた。サシャはジャンたちと同じ班で、リィンはエレンたちと同じ班。配置場所で言うならばかなりの距離があり、何かが起こってもそう簡単には辿りつけないようになっている。

 

「くそっ! どーしてこーなっちまったんだ! オイ、ジャン! お前サシャを死なせやがったら、巨人の口にお前を投げ込んでやるからな!」

 

「他人の心配しながら巨人と戦えるわけねぇだろ! 自分の身ぐれぇ自分で護りやがれ!」

 

「ンだと!?」

 

「やめてください! リィンもジャンも、落ち着いて!」

 

 ジャンの襟首を掴んで咆哮するリィンを羽交い絞めにし、サシャは彼の暴挙を必死に止める。先ほどまで冷静だったというのに、サシャの身が危険だと悟った瞬間に我を忘れてこの始末。サシャがリィンにとってそれぐらい大切な人だということなのだろうが、だからといって友人に怒りをぶつけるのは間違っている。

 なんとかリィンをジャンから引き剥がすこと成功したサシャはリィンの顔を自分の方へと振り向かせ、彼の頬を思い切り引っ叩いた。

 

「なっ……」

 

「リィンもいい加減にしてください! 私を心配してくださるのはありがたいですが、あまりにも過保護すぎます! 私の命ぐらい、私の力で守り通せます! 貴方は貴方の任務に集中してください!」

 

「あ……いや、その……すまん。冷静じゃなかった。ジャンもすまねーな、本当にごめん」

 

「ハッ! そんなに素直に謝罪されたら、逆に気持ち悪ぃっての。さっさと元のお前に戻りやがれってんだ」

 

 そう吐き捨てるように言い残し、ジャンは歩き去って行く。――直後にエレンと一悶着起こしていたが、リィンはあえて見なかったことにした。

 サシャに叩かれた頬を抑え、リィンは逆の頬を自らのコブシで思い切り殴り抜く。

 

「――ッ」

 

「な、なにをやっているんですか! 巨人と戦う前に死んじゃいますよ!?」

 

「別にそんなんじゃねーよ。――自分に喝と気合を入れただけだ」

 

 殴った衝撃で口の中が切れてしまったのだろう。リィンは赤いどろどろとした血液を地面に向かって吐き捨てる。

 これからは、油断する暇など与えられない本当の地獄が始まる。人間が貪られ食い千切られ、踏み潰される蹂躙劇が幕を開けるのだ。巨人という絶対の脅威を前に、彼ら人類は己の命を削って必死に戦わなければならないのだ。

 獲物を屠る狩人とは違う、自らの命を護る為に戦う兵士。どれだけ絶体絶命で最悪な状況だったとしても、逃走する事すら許されない戦闘集団。

 時には民の為に死に、時には民の為にその身を捧げる。心臓を人類の繁栄のために捧げた彼ら兵士は、ただ自らの命を消耗し摩耗させるためだけに戦いに出るのだ。

 だが、彼らは別に死に急ぎたいわけではない。そんなつもりはないのだが、力及ばず巨人に殺されてしまっているだけなのだ。食物連鎖と呼ぶにはあまりにも残酷な、地獄を乗り越えるための出陣。

 五年前の悲劇を繰り返さないため、彼らは涙を流しながらも出陣する。

 そんなことを考えていると、リィンの身体に突然何かがぶち当たって来た。

 サシャだった。

 いつもの彼ならば顔を真っ赤にして動揺するのだろうが、今の彼はサシャが抱き着いてきた理由をある程度予想できてしまっている。――故に、彼は彼女の身体を抱き締め返す。

 リィンの暖かな温度に包まれながら、サシャは自分よりも少しだけ身長が低いリィンの耳元で告げる。

 

「……絶対に生きて再会しましょう、リィン」

 

「……ああっ! 絶対に、絶対にお前の元に帰ってきてやる!」

 

 少年と少女は目からぽろぽろと涙を流しながら、互いの唇を重ねた。

 

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