二話連続投稿です。
今日はあともう一話だけ予約投稿しています。
更新時刻は、九時です。
あれは、六年ほど前の話だ。
至って平凡な家の子として生を受けたリィン=マクガーデンは、幼いころから外の世界に憧れる異端な少年だった。
だが、それは探険家を自称する彼の父親の影響であり、リィン自身が異端な存在であるという訳ではなかった。
「お父さん、今日はどんな話を聞かせてくれるの!?」
「ははっ、そうだなぁ。今日は――巨大樹の森について話してやろう」
「きょだいじゅの、もり?」
「おうっ。トロスト区の建物なんか目じゃないぐらいに大きな木がたくさん生えている森だ。そうだな……お前千人分ぐらいあるかもしれんな!」
「すっげー! きょだいじゅのもり、すっげー!」
リィンの父親――リース=マクガーデンは調査兵団に所属していた。幼いころから外の世界の話を聞かされてきたリースは調査兵団に入り、壁の外を調査する精鋭部隊に配属されるまでに至っていた。リースはその中でも部隊長を任されていて、トロスト区出身の最強の兵士としてその名を轟かせていた。
そして、幼くして母を亡くしたリィンは、そんな父親が大好きだった。壁外調査の後にリースから聞かされる外の世界の話が、彼の唯一の楽しみだった。銀髪の父と金髪の母の遺伝子が混ざったことで異様な白髪の少年として生まれたリィンに友人と言えるような存在はいなかったが、別に構わなかった。父親が傍にいてくれるだけでいい。世界で一番格好良くて強い父親が傍にいてくれるだけで、リィンの人生は強い輝きを放っていた。
だが、そんなリィンに『二番目の不幸』が降りかかる。
一度目の不幸は、母親を亡くしてしまったこと。
そして、二度目の不幸は――
「右脚しか、取り返せなかったんだ……リィン君、本当にすまない……ッ!」
――最愛の父親の死。
いつものように壁外調査に出たリース。リィンは曾祖父が残した外の世界についての本を読み耽りながら、そんなリースの帰りを待っていたはずだった。
だが、返ってきたのはリースではなく――誰のものとも知れない右脚。
エルヴィン、と名乗った青年兵が涙を流しながら渡してきた右脚を抱える。温度が全く感じられない、ただの肉塊だった。数時間前まではリィンの頭を優しく撫でてくれた父親の面影なんて、どこにも残っちゃいなかった。
リィンは右足をギュッと抱きしめながら、言う。
「……お父さん、これもいつもの冗談なんでしょ? エルヴィンさんにきょーりょくしてもらって、オレを驚かそーとしてるだけなんでしょ?」
「……リィン君」
「オレ、驚いたよ? すっごく驚いた。だから、はやくでてきてよ。オレ、お料理屋さんのウェリスおばさんに卵焼きのつくり方教わったんだ。今日の……ぐすっ、晩御飯に……作ってあげたらお父さん喜んでくれるって……ウェリスおばさん言ってた、んだ……ぇぅっ……――だから、早く出てきてよ! お父さぁあああああああああああん!」
父は死んだ。
その現実をとても受け入れることができなかったリィンは、リースの友人だというエルヴィンに引き取られた。リースを死なせてしまったのは自分の責任だ。だから、この子供の面倒は私が見る。そんな責任感の下、リィンはエルヴィンに育てられた。
だが、リィンがエルヴィンを受け入れるのには時間がかかった。父親の死の原因だと自分で言うエルヴィンを、リィンが受け入れられるわけも無かった。
だからリィンは反抗の限りを尽くした。調査兵団の次期団長と言われているエルヴィンに迷惑がかかるよう、いろんなことをした。兵士の食糧庫に入って備蓄を食い漁ったり、壁外調査から帰ってきた調査兵団に石を投げたりもした。
だが、それでもエルヴィンはリィンを叱らなかった。まるですべての責任は自分にあるとでも言うかのように、エルヴィンはリィンの怒りをすべて受け止めた。
リィンにはそんなエルヴィンが理解できなかった。なんで自分を叱らないのか、全く理解できなかった。
故に、リィンはエルヴィンに聞いた。険悪な二人の寂しい食事の場で、リィンはエルヴィンに聞いた。
「……ねー、エルヴィンさん。なんで、エルヴィンさんは俺を怒らないの?」
突然のリィンの問いにエルヴィンは虚を突かれたような表情を浮かべていたが、すぐに優しく微笑みかけながらこう言った。
「君を怒るのは、リースさんの仕事だからだよ。君の心の中には、今もリースさんが生きている。喜ぶリースさん、怒るリースさん、泣くリースさん、笑うリースさん。君が今まで接してきた最愛の父親の姿が、君の心には刻み込まれているはずだ。……私は、君の心に刻み込まれているリースさんを上書きしたくはない。私が君を怒ってしまったら、君が覚えている怒るリースさんの姿が薄れてしまうかもしれないからね。――だから、私は君を怒らないんだ」
エルヴィンはリィンに微笑みかけながら、優しい声色でそう言った。その言葉はリィンの心に染み渡り、荒んだリィンの心を癒してくれていた。
だが、同時にリィンは思った。――なんでエルヴィンさんは、そんなに悲しそうに笑うの? エルヴィンさんはオレのためを思ってくれてたのに、なんでそんなに悲しそうに笑うの?
誰かが悪いのではなく、誰も悪くない。そんな簡単な答えを導き出すのに、幼かったリィンは一年もかけてしまった。自分の父を尊敬していた――いや、今現在も自分の父のことを尊敬しているこの青年だって、自分と同じ被害者なんだ。そんな悲しい答えを導きだしたリィンは、両コブシを爪が食い込むぐらいにぎゅっと握りしめた。
そしてリィンはエルヴィンの顔を正面から見つめる。目尻には大量の涙が溜まり、顔も真っ赤になっているが、それでもリィンはエルヴィンの顔を正面から見つめる。
ドン! という音がした。
それは、リィンが敬礼をした音だった。――『心臓を捧げる誓い』の、敬礼だった。
一流の兵士よりも美しく、それでも少しぎこちない敬礼の状態のまま、リィンは声を張り上げる。
「オレ、調査兵団になってエルヴィンさんの手伝いをする! お父さんを殺した巨人を一匹残らず駆逐して、外の世界に行くんだ! そして、お父さんに言ってやるんだ! 巨大樹の森のこと、燃える水のこと、砂の海のこと――お父さんに自慢してやるんだ!」
その時から既に、リィン=マクガーデンは戦う覚悟を決めていた。
☆☆☆
絶望の淵に立たされた時に限って思い出されるのは、楽しくも辛い過去の記憶だ。
だが、その記憶は、硬直していたリィンの体を解すのには十分な効力を持っていた。
「ぐっ……うぁあああああああああああああああああーッ!」
左前方にある塔の壁にアンカーを撃ち込み、下品に涎を垂らしながら迫ってくる巨人を寸でのところで回避する。十メートルもの身長を持つ巨人の顔が目の前に現れ、リィンは思わず「ひっ」と情けない声を上げてしまう。
だが、リィンは幼い頃の覚悟を思いだし、自分を押し潰そうとしている恐怖を跳ね除ける。
「――駆逐してやる!」
右手を思い切り振りかぶる巨人を確認し、リィンは巨人の左側にある建物へとアンカーを撃ち込む。凄まじい質量と速度を持った巨人の右腕が上方向から振り下ろされる寸前のところで、リィンは射出ボタンを操作してアンカーに引っ張られる形で攻撃を回避した――と同時に背後で塔が崩れ落ちる轟音が鳴り響く。
そしてそのままアンカーを回収し、巨人の左肩に飛び乗る。人の肌と同じような肉の感触が、靴を通じて伝わってくる。
巨人の動きは遅い。――だが逆に、リィンの動きは速い。
全ての行動を迅速にし、俊敏な動きで巨人を翻弄し、速攻で巨人の項を斬り落とす。たったこれだけの動作で、巨人を駆逐できるのだ。怖れるな、戦え! 戦わなければ死ぬしかないこの世界の残酷さに打ち勝つために!
ダン! と勢いよく巨人の左肩を蹴り、項に向かって突撃する。振り落とされる危険性を考慮して、項のすぐ上にアンカーを撃ち込むことも忘れない。
と、そこで巨人の方に動きがあった。自分の身体の上を走るリィンが煩わしくなったのか、巨人はその巨体を子供が駄々をこねるように暴れさせ始めたのだ。
「ツッ!? ……いー加減にウザってーんだよ、この木偶の坊がァッ!」
油断をすれば完全に振り落とされてしまうという状況下、リィンは脚のばねと立体機動装置のガスの噴出の勢いを駆使して数メートル上に飛び上がる。アンカーを巨人の首に撃ち込んだ状態のまま、リィンの身体は空中に投げ出された。
いきなり視界からリィンが消えたことで焦ったのか、巨人の動きが鈍くなった。――その絶好の隙を、リィン=マクガーデンは見逃さない。
両手に持つ双振りの超硬質ブレードを横向きに構え、巨人の項を睨みつける。三年前の彼ならば、ここで攻撃するかどうかを迷っていただろう。攻撃力が低いという致命的な弱点を持つ彼が巨人の項を削ぎ落とさる可能性は、あまり高くはないのだから。
だが、彼はこの三年で確実に成長している。――攻撃力の増強方法も、習得済みだ。
「お前を親父への手向けにしてやる、このクソ巨人!」
体全体に張りめぐされたベルトとガスの噴出の威力を調整し、リィンはその場で回転する。超硬質ブレードを回転に逆らわない形で固定し、そのままアンカーを引き絞る。
ぐんぐんと巨人の項が迫ってくる。縦約一メートル、横約十センチというあまりにも狭い巨人の唯一の弱点が、リィンの眼前に迫ってきている。
もう、怖れることはない。
父親の遺志を継ぎ、エルヴィンの優しさに触れ、仲間の大切さを学び――サシャ=ブラウスに愛を教えられたリィンは、もう何も怖れない。
「――人類の力を思い知りやがれぇええええええええええええええーッ!」
そんな咆哮と共に振り下ろされた二つの刃が、巨人の項を深く抉り取った。
《現在公開できる情報》
リィンが訓練兵になったと同時に、エルヴィンは彼の元を離れた。