In the superficial world 作:さおすけ
運命の人だ。小さい頃はそう思っていた。格好良くて、優しい年上のお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの側で育って、そしてお兄ちゃんと一緒になるのだと、そう思っていた。でも、そうやって当たり前だと思っていたことは叶わず、途方に暮れそうになる。そんな世の中に絶望し――――
「まあ、ちょっとした事情があって転校することになった
――――希望を抱いた。
***
「花火、帰るぞー」
「あ、ちょっと待って、葵」
俺がこっちへ来てから数日、小学校低学年まで同じだった花火と出会ったのは全くの偶然だった。親同士の仲が良く、小さい頃から一緒にいたからか数年ぶりの再会でも、気まずさや溝は感じられなかった。どうやらこの高校には鳴海兄さんもいるらしい。さらに中学の一年間だけ同じだった麦も。どういうわけか、偶然に偶然が重なったのだ。
「これ、お兄ちゃんに持って行かないと」
「あー、しゃあねえ手伝うわ」
「ふふ、当然だからね」
「うっせえ、俺の優しさに感謝しろ」
そうして無駄話を続けながら職員室へと向かう。プリントの量は七対三、もちろん俺が七だ。
「そうだ、葵。まだお父さん忙しいの?」
「うんにゃ、今回でようやく落ち着いた」
「そうなんだ。……じゃあこれから一緒だね」
そうやって頬を薄く赤に染めながらはにかむ花火。……かわええ。
「あ、着いたよ」
「……おう」
適度な力で職員室の扉をノックする。そして失礼します、と一言告げて中へと入る。すると、そこには鳴海兄さんと綺麗な女性がいた。
「あーるぇ、もしかして鳴海兄さんって意外と遊び人?」
「葵、学校では鐘井先生って呼べ。って僕は遊び人じゃない!」
「音楽教師の
そうやって距離を縮めてくる先生。主張の激しい香水の匂い、相手に顔を見せる角度、男受けが良さそうな髪型に体型。どれもこれもわざとらしい。
「よろしくお願いします。とても綺麗な先生で嬉しいです」
「あら、お上手な子。気に入っちゃった」
予想通りのボディータッチ。ふわりと香る香水の匂い。あざとい上目遣い。それらを感じて、俺は確信する。こいつはビッチだ。
「あっ…」
それを見て悲しそうな声を漏らす花火を見て、彼女は笑みを浮かべる。しかし、俺は彼女の手を振りほどき、花火の元へと戻る。
「では、失礼します。泣きそうな顔も可愛いんだけど、できれば泣いてほしくないからさ」
そう言って花火の頭に手を置く。そう、実のところ俺は全て知っている。いや、察した。花火が俺に好意を向けていることを。
「……もう」
「にひひ」
笑い合いながら職員室を出る。扉を閉める時に見えた先生の顔は、それはそれは歪んだものだった。
***
「どうしたんだよ、今日はえらくベッタリじゃん」
「……ん」
俺の家のリビングのソファの上で横になっている俺の上に乗る花火。顔は伏せたまま。
「あの狙い過ぎてる先生のことか?」
「……気づいてたんだ」
顔を上げ、珍しいものを見るかのように大きい瞳をさらに見開いている花火。あれは気づかない方がおかしいと思うんだが。
「あからさますぎんだよ、あの人」
「そうなんだよ!あの女…!なんで男共は気づかないの!……お兄ちゃんもだよ」
「鳴海兄さん女に耐性無いだろうからなあ…」
落ち着ける為に頭を撫で、短くも絹のような髪を梳く。俺の数少ない癒しの一つだ。相変わらずサラサラだなあ。
「ねえ。葵って頭撫でるの好きだよね」
「まあな、嫌か?」
「ううん。落ち着く」
そう言って強く顔を俺の胸に埋め、擦り付ける。
「ま、鳴海兄さんがどうだろうと俺はお前の味方だよ。いつまでも」
「……葵」
花火は顔を上げ、ふにゃふにゃとした笑顔でこっちを見ている。大方、抑えきれない笑みといったところだろう。
どれくらいそうして見つめ合っていただろうか。数分だったか、数十分だったかもしれない。
「葵……」
花火はそう呟いて迫ってくる。少し、少しずつ二人の距離が縮まっていく。やがて二人が重なる――――
「たっだいまー!愛しのお兄ちゃん、エリカが帰ってきたよ!!」
――――筈だった。まずい。顔が真っ赤な上に涙目で煽情的な花火がソファで俺の上に乗っているこの状況はまずい。固まる三人。ここだけ時間が止まっているかのように。最初に動くことができたのは、我が妹エリカだった。
「お、おおお、お邪魔しましたぁー!!!」
そう言って勢いよく自分の部屋へ駆けていく。
「……はは」
「……ふふ」
微笑み合う二人。数十分後、妹に質問攻めを受ける事を二人はまだ知らない。
こいつら付き合ってないんだぜ?信じられるか?いや信じられない(反語)