さて前回から数年経った時間軸です。基本的にこの作品は時間云々はぼかして書いてます(笑) なので細かい事は気にしないでください。
原典のマハーバーラタは十数年単位のお話なので。
久々に砂糖過多のお話になっちゃいました。アルジュナさんが出てきます。注意。
前回から数年経っているので色々変化があるんだろうなぁ、という感じです。主人公視点です。
――主人公side――
前回のサイコロ賭博の件からはや数年の年月が経っていた。あれから特筆すべき事柄は一点。カルナさんと共に周隣諸国を征してまわっていた事ぐらいだろうか。
当然戦いに参加するわけで、最初はお荷物だった私も繰り返していく毎に学び、研鑽し、カルナさんの足を辛うじて引っ張らない程度になってきたと思いたいところだ。
基本的にカルナさんの戦においての役割は敵陣に特攻をかけ、陣形を切り崩していくものなので必然的に矢面に立たされる。特攻隊長的な役割だ。
カルナさんの黄金の鎧がいくら防御力が素晴らしいからと言って痛みがない訳ではないのだ。ので私の宝具をフルに使い振り回して飛んでくる弓矢を振り落としたりして回避する。カルナさんのもの言いたげな視線がアレだったけど私はそれどころじゃなかった。
なんで古代インドの戦場で爆発音が連発するのかと、ツッコミの声を大にして叫びたかった。え、何あれ怖いと自身の事は棚に上げて私は震えていた。
あ、そう言えばここFateの世界だったと私は今更ながら改めて痛感させられた。駄目だ、元の基準で考えたらアカンと白目をむきたい気持ちでいっぱいだった。
まぁその中でもカルナさんの無双っぷりは突出していた。真の英雄は目で殺す!の“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”も直で見てしまった。火力半端ない、アレ本当に目からビーム出しているように見えるんだねと私は半ば遠い目をしてしまった。
戦闘時のピリリと走る緊張感に慣れて、人々の鼓舞する熱狂の声にのまれなくなったのはつい最近だ。現代人な私はいくら邪神()様の力を使えても元のスペックが高くないのでそればかりは努力でなんとか出来る部分ではなかった。
それはともかく、そんな戦いばかりしている数年間だったから忙しなく時が経つのが早く感じた。もう私なんて成人してしまったんだぜ?信じられる?と私は誰かに言いたい。別に仲が少し良くなった知り合いの人に変わらないねぇ、と子ども扱いされて頭撫でられたのを怒っている訳ではないよ?と誰に言うでもなく私はふてくされる。身長か、身長が小さいからなのかな?と一人ツッコミを心の中で繰り広げる。とても虚しい。
カルナさんはふてくされている私を見て、首を傾げた。
「子供?お前がか。オレはそうは思わんが」
『ほ、本当に?カルナさん』
「――ああ。少なくともオレにとっては」
『あ、ありがとうございます……』
カルナさんは嘘を吐くような人ではない。ので素直に私は照れながらも頷いた。ちょっと嬉しいかも。だって少なくともカルナさんに子供だって思われてないんだもんね。
「……そうでないと色々問題だと思うのだが」
『うん?』
「聞こえていないならばいい。些末な事だ」
ぼそりとしたカルナさんの呟きに私は思わず聞き返す。聞き取れないほどの小さな呟きだったからだ。けれどカルナさんは首を横に振って否定する。なんでもない事だと。
「あまり他人の言う事なぞ気にするな。お前はお前だ。それ以上でも以下でもない」
『そ、そうですよね。うん』
「――俺の背中はお前に任せている」
『ん?』
「他には任せられない事だ。お前ならば良いと俺が思ったからな」
つまり?と首を傾げる私にカルナさんが迷ったように逡巡する。
「……上手く言えないのだが、お前は俺にとって特別だ」
『ふぁっ?』
な、なんか話が飛んだぞと私が慄いているとカルナさんは目元を赤く染め、もごもごと言いにくそうに躊躇っていた。頬もいつもの血色の悪さが嘘のように健康的に染まっていた。
そしてふと何かを決めたように顔を引き締め、カルナさんがこちらを見つめた。そこには先程の羞恥の表情はなく、ただその青い瞳に強い意志が宿り綺麗だった。
「お前はオレに与えてくれる、思い出させる存在だ」
『な、何を?』
見た事のないカルナさんの表情に私は思わずどもる。被っている白の襤褸布を胸元で握りしめた。カルナさんがそっとその手の上に手を置いた。握るに至らない柔らかな力はカルナさんの熱を伝えてくる。
「……さぁ?とても言えたものじゃないのは確かだが」
カルナさんは微かに微笑みを浮かべた。柔らかな筈の微笑みなのに私はたじろいでしまいそうになる。色っぽく見えるのは私の目が可笑しいからだろうか。
「――それでお前の憂いは晴れたか?」
『へ?』
カルナさんの問われた内容に思わずきょとんと私はカルナさんを見返した。私の顔が面白かったのか、カルナさんはクスクスと小さく笑う。
その悪戯っぽい笑みに、かぁあああと私の顔にどうしようもない熱が上がる。顔どころか全身が茹蛸のようになっていないか心配になるくらいだった。
色々耐えられなくなって、私はダッシュでこの場を離脱するのだった。なんぞあれ、カルナさん段々ちょいちょい私にじゃれつくようになったような……?気のせいだよね!と私は必死に自分に言い聞かせてた。
「――逃げられたか。あの反応ではこちらが思い上がるだけだと言うのに……」
無計画に飛び出したは良いものの、私はフラフラ町中を歩いていた。今、私とカルナさんが滞在するのはドゥルヨーダナさんの治める都から少し遠い小国だった。ちょっとドゥルヨーダナさんの頼まれ事の途中だった。
もうこれ原典マハーバーラタのどの辺なのか分からなくなってきたなぁと私は心の中でぼやきつつ歩いていた。
その為私は前をろくに見ていなかった。足元ばかりに気をとられていたのだ。
曲がり角を曲がる時、ドンッと何かに私はぶつかった。予想外の事に私は尻餅をつく。
「大丈夫ですか?……おや、貴方は」
ぶつかった鼻の痛みに私が悶えていると、上から涼やかな声が降ってきた。とっても聞き覚えのあるその声に私はぎぎぎとぎこちなく上を向いた。
そこには旅人の風体のアルジュナさんが立っていた。そっとこちらへと手を差し伸べてくれる。前とは服装がだいぶ異なっているとはいえ、アルジュナさんはアルジュナさんだった。高貴オーラが隠しきれていない。
私はアルジュナさんの気遣いに甘え手を借りて立ち上がる。
「お久しぶりですね。……あれから結構経ちますが、変わりないようで」
アルジュナさんの言葉が明らかに私の背丈的なものを指している。なんかこう可哀想に、と副音声まで聞こえてきそうだ。チビで悪かったなッ!と私が憤慨するとアルジュナさんが眩しそうに目を細めた。
「ふふふ、冗談です。あまりにも貴方が変わらないものですから、つい。――よろしければ少しお時間を頂いても?」
疑問形なのに断れない謎の威圧感がある。アルジュナさんの意外と押しの強いところを知っているので私は頷いた。断る理由はないことだし。
「ありがとうございます。――場所を移動しましょうか」
にっこりと笑みを浮べアルジュナさんは私に背中を向けさっさと歩きだす。私は慌ててその後を追うのだった。
アルジュナさんを追いかけて、着いた先は町はずれの小高い丘の上だった。なんでもここからの見晴らしのいい光景が気に入ったのだとか。
アルジュナさんは特に気にした風もなく、町を一望できる場所に座る。そして隣を叩き、私に座るように促した。そのまま私は拳二つ分を空けてアルジュナさんの隣に座る。
「――聞きましたよ。貴方、カルナと共に戦場に出ているらしいではないですか」
風が気持ちいいなぁと私がぼんやりしていた所にいきなりの質問だった。私は少しびっくりしつつも頷いた。
「そうですか。……少し意外でした。いえ、勿論侮辱の意図はありませんよ。ただ、私は数年前の貴方の印象しかなかったもので」
言いづらそうするアルジュナさんに私は首を傾げる。うん?気にしていないよと片手をひらひらと振った。アルジュナさんはホッと息を吐いた。
「考えてみれば不思議なものですね。貴方と特別親しい訳ではないのに、こうして話をしようと思うとは」
その言い方は少し傷つく、と私はアルジュナさんを軽く睨む。その言い方だとなんかこう寂しいではないか。他人、みたいな。友達認定されていないのは知っていますけど。
そんな考えが私の表情から漏れたのか、アルジュナさんは少し苦笑した。
「相変わらず、素直な事だ。―― 一応褒めているのですが。なんです?その顔は」
アルジュナさんが妙に素直で変な気持ちになる。こう、魚の小骨が喉につっかえる的な意味で。
アルジュナさんがこちらの頭をぺちりと叩いた。……地味に痛い。
「以前言った事を忘れたのですか?貴方相手に気を遣うだけ無駄だと知った結果だと」
そりゃあ言いましたけど、こんな扱いでしたっけ?と私は恨めし気にアルジュナさんを見上げた。アルジュナさんは鼻で笑う。
「それと、日頃の鬱憤ですね」
うわ、この人八つ当たりしてるよやだーと私は後ずさる。勿論ふざけている範囲だ。
「――私も貴方のように自分に素直であれたなら違ったのでしょうか」
ぽつり、とアルジュナさんは呟いた。独り言だろうけど、その響きは切実だ。まだ抱えているのだろうか。色々と葛藤を。
私のなんとも言えない顔を見てアルジュナさんは自嘲するように笑う。
「失望しましたか?まぁ貴方は言葉を話せないので、何も言えないのでしょうが」
まぁその通りの設定で数年過ごしてますけどね、と私は乾いた笑みを浮かべる。本当にもう、この人どうしようもないな、と私は思いのまま行動に移す。
私は無言でアルジュナさんににじり寄り、彼の頭をわしゃわしゃと無遠慮に撫でてやった。
「!? 何をッ」
目を白黒するアルジュナさんにぺちりと叩かれたお返しに軽く彼のおでこを叩く。
悩め悩め青年。それも人生だと私は謎の達観した老人気分でいた。
私の悟った笑みが耐えがたいのか、アルジュナさんは目を見開いた後顔を下に向けてしまった。あ、もしかしてやり過ぎた?と私はオロオロとする。
「……ほんとうにあなたはやっかいなひとだ」
アルジュナさんの声は掠れていた。下を向いたままなので彼の表情が分からなくって私の焦りを助長する。
膝立ちのまま、私はどうしようか迷っていた。と、アルジュナさんが私のお腹に抱き着いた。ひえ、ご、ご乱心と私は目をむいた。というかアルジュナさん力強い、思わずぐえっと低いうめき声が出てしまった。
「なんだ、声出るじゃないですか……。それにしてもちゃんと食べてますか?男でこれって、細すぎません?」
おい、離せと私が無言の抗議で彼の腕をぺちぺち叩くとそんな言葉が出てきた。今度はお母さんみたいなことを言い出した、と私は混乱する。
「このまま折れそうだ……」
ヒエッ鯖折りされる背骨がご臨終される……!と私は本気で暴れる。私は心底理解した、アルジュナさんが私をまだ子供だと思っているんだ。だとしてもこれは酷い、いじめダメゼッタイ。
アルジュナさんは渋々私を解放する。
「なんかこう、貴方って小動物に見えるんですよね。――いえ、先程は失礼しました。本当に」
本当に失礼すぎるぞ、おいと私は胡乱気にアルジュナさんを見やるのだった。
「けれど、ありがとうございます。いつか戦場で会う時は、容赦しませんのでそのつもりで」
スッキリした面持ちのアルジュナさんに私は頷く。まぁ私はカルナさんの味方を止めるつもりは少しもないのだ、当然だろう。
「それにしても、“カーリーの申し子”がこんなのだと知ったら皆心底驚くでしょうね」
え?なにそれ詳しく、と私が止める間もなくアルジュナさんは颯爽と去って行った。な、なんだったんだ、一体と私は呆然としてしまった。
アルジュナさんの言葉に頭を悩ませていると、がしと後ろから肩を掴まれた。
「――帰るぞ」
『あ、カルナさん』
後ろを振り返ればカルナさんが居た。カルナさんは私の返事を聞かず、私の右手をとり歩き出す。されるままだった私は丁度いい、とカルナさんに聞いてみる事にした。
『カルナさん、“カーリーの申し子”って知ってます?』
「ああ、アレか。お前の事だろう」
『――なんで?』
「うん?由来を知りたいのか、まあお前の戦場での働きを見ての事だろう。誇ると良い」
『え、それこそなんでという気持ちで一杯ですが。私あれですよ、基本弓での援護射撃と大剣で相手の戦車を壊すくらいですよ?』
私の動揺交じりの言葉をカルナさんは首を傾げていた。なんで謙遜するのか、とカルナさんは不思議そうにしていた。
「身の丈以上の刃を振り回す姿が恐らく破壊女神の名を相応しく思わせたのだろうな」
『おっふ』
「それでどこからそんな事を聞いたのだろうか?」
『え、アルジュナさんから――』
「……アルジュナだと?」
ピリッと肌に走るその殺気に私はカルナさんの地雷を踏んだことを悟った。あ、あかんカルナさんちょっと視線が人を殺せそうな勢いなんですけど。え?なんで?と私は動揺と混乱のオンパレードとなっていた。
「――何故か分かっていないと顔に出ているな。……オレも足りていないのだろうな」
『え』
「お前は己の立場をよくよく理解した方が良い。――オレも不足だと思われないようにしようか」
『うん?うぅん?』
「しばらくは頭を働かせる事だ。――これ以上は流石に無粋だからな」
つまりどういうことなのと混乱から抜け出せていない私にカルナさんは軽く笑う。彼に手を引かれたまま、言われた通りに私は考えに集中するのだった。
カルナさんの笑みが満足そうだったものだから、熱くなったこの頬を誤魔化す為にも私は思考に没頭していたかった。
という訳で日常パートとなりました。この数年でようやくカルナさんの方が自覚しました。なので最後のアルジュナさんの名前で殺気だったのは単なる嫉妬です。 カルナさんも人の欲というものを実感出来るようになったんだなぁという話。 長かったなぁ。
※アルジュナさんのハグ的なアレについて
アルジュナさん的にアレは親愛です。彼からすれば“少年”なので。もうこの小動物どうしてくれよう、というペットに対するデレ的な。
主人公は無意識にアルジュナさんを年下扱いしたままです。もしくは男友達。
※女神カーリーとはインドの方の神様で破壊神シヴァの奥さんです。その奥さん、色々な側面をもっていてその側面事の女神さまの名前があります。カーリーはその中の一つ。
暴力と殺戮を好む戦いの女神で、名前の意味に「黒き者」も含まれる。
戦いの神様の中でもヤバさがトップクラスの神様です。何故男装している主人公がこう言われるのかというと彼女の体格の華奢さがそうさせたという裏話。なので、女とバレた訳じゃないです。