流血表現注意です。そんな大したことないと思うのですが一応念のために。
今回はカルナさんの鎧喪失イベントになります。クルクシェートラの戦いがいよいよ始まるのですが時間軸としては前回からさほど時間が経っていないです。
今回も糖分注意です、私はどうもシリアスになる度に砂糖をぶち込みたくなるようです(え
※クルクシェートラの戦い――マハーバーラタ最後の戦い。この戦いでアルジュナさんとカルナさんの決着がつく。
今回も主人公視点で行きます。
3/25 追記:クリシュナさんの不戦の誓いがあると指摘があったのほんの少し修正させていただきます。
主人公に弓を放つという描写があったのですが削除させていただきました。一文のみなので大筋に変更点はありません。
申し訳ありませんでした。以後気をつけます。ご指摘ありがとうございました。
4/19 誤字報告が上がりましたので修正。ご報告ありがとうございました。
――主人公side――
ドゥルヨーダナさんに聞いてみた事がある。
怖くはないのですか?と。どういう話の経緯かは覚えていないけれど、その時のドゥルヨーダナさんの表情は鮮烈に覚えている。
頬杖をついて詰まらなそうにしていたその気だるげな様子で薄い笑みを浮べた。
「ないな」
さらりと告げられたその言葉は重くはなくけれども決意が秘められた強さがあった。
「余は貪欲だ。欲しいものは必ず手に入れるし、それが道理に外れた行為とて躊躇いはせぬ」
ドゥルヨーダナさんの真っ直ぐな視線は揺るがない。この人の強さはこういう所なのかもしれないと私は思った。
ドゥルヨーダナさんの瞳が伏せられ、口元に苦笑が浮かぶ。
「躊躇ったら全てがなくなる。――それを余は知っている故な」
静かな声で、ドゥルヨーダナさんは言った。
やけにその言葉が印象的で、私の心の中に残った。
それはそうとして、ドゥルヨーダナさんにクンティーさんへの誓い云々をカルナさんと一緒に報告したら滅茶苦茶怒られた。こんの馬鹿者がッ!! と怒髪天を衝く勢いだったけれど、最終的にはため息を吐いてお許しが出た。
「ああ、お前がそういう奴だって知っていたさ。だからこそ余の友なんぞやれているのだしな。……カルナよ、過ぎた事はもう良い。そなたはこれまで通り務めを果たせ、良いな」
「ああ、承知した」
こくりと頷くカルナさんにドゥルヨーダナさんは深いため息を吐いた。お、お疲れ様です、と思わず私が声をかけたくなるくらいに哀愁が漂う背中だった。滅茶苦茶ドゥルヨーダナさんを労わったらよしよしと私の頭を撫でられた。解せぬ。
ついに戦いの火蓋は切られた。パーンダヴァ兄弟のあのサイコロ賭博の件での追放が終わり、彼らがドゥルヨーダナさん側に返還を求めてきたのだ。当然ドゥルヨーダナさんは断り、彼らパーンダヴァ王家とドゥルヨーダナさんのカウラヴァ王家の戦いが開始された。
戦場で会ったら容赦はしないというアルジュナさんの言葉の通りの戦いに私は冷や汗が止まらない。アルジュナさんとクリシュナさんのタッグの強さと言ったら、ちょっとした悪夢レベルだ。弓ってあんな威力出るの?嘘でしょと私は顔を青くした。
しかもクリシュナさんの戦車の操作スキルが私よりも遥かに高いので毎度撒くのに苦労する。なんであの起伏の激しい道で平然と進めるの?謎だと私は真剣に考えている。
カルナさんとアルジュナさんの戦いは苛烈極まるものだった。宝具クラスの攻撃がバンバン出てくる出てくる。なる程これがスーパーインド大戦かな?と私が現実逃避をしたくなる程だった。
そんな苛烈極まる中、私がカルナさんの足となる戦車を操り、何故無事なのか?というと私の宝具で戦車を強化し、空を駆けるようにもなっているからだ。あの宝具の本質は聖杯に似ていると以前話したことがあっただろうか。使用者の思いのまま形を変え、力を行使する。その魔力源は尽きる事のない生命の欲望、願いそのものだ。なので私がちょっと無理をするだけでこの通り。空を駆ける夢の戦車の出来上がりとなる訳です。カルナさんには渋い顔をされてしまったけれどこうでもしないとあの容赦のない攻撃は避けられない。下手をすると割れる大地にのみこまれて終了だ。
とはいえ、そう頻繁に空は飛べない。何故なら使用者の私が結構疲れてしまうからだ。具体的に心臓辺りが悲鳴を上げる。なので緊急時の脱出用に宝具での強化を奥の手として使っている。
問題は宝具使用時の戦車の容貌が結構闇堕ち風になってしまっているくらいだろうか。付与する形で戦車と馬を強化するのだ。私の宝具の漆黒の大剣と同様に黒いもやが戦車を包んでいる。むしろ戦車から出ているのか?これは。滲むその黒いもやは、戦車を引く馬まで包み変化させる。簡単に言うと魔力放出(闇)みたいな見た目だ。
一見すると闇の使い的な風貌となってしまうのだ。カルナさんは躊躇したりしないけれど、敵味方共に度肝を抜かれたようでこの状態だと結構避けられる。アルジュナさんでさえドン引きしていたから相当だ。
他にもアルジュナさんのご兄弟さんと戦ったり、それで律儀にカルナさんが見逃したりして戦いを乗り切っていた。私の漆黒の大剣がフル活用していないとちょっと危なかったかもしれない。
そんな感じでこの戦いを数日過ごしていた私ですが、ちょっとひっかかるものを感じた。なんかこうこのまま平穏に終わらないような、嫌な予感が。
カルナさんの日課に正午に行う沐浴がある。何でも信仰上の理由もあるそうで毎日欠かさず行っている事だった。
いつも帰ってくる頃になってもカルナさんが沐浴から帰ってこないので私は様子を見に行った。
『カルナさん……?』
「…………」
『!? なんでそんな……ッ!』
私はあまりの事に目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
カルナさんの足元には血溜まりが出来ており、その身体に纏う布は真っ赤に染まってしまっている。少し離れたこの距離でさえ、その鉄錆び臭さは伝わってきた。ふらふらとおぼつかないカルナさんの足取りはその傷の深さを思わせる。
カルナさんの焦点の合わない青い瞳が私を映した途端、フッと緩められる。安心したかのような目の細め方だった。
グッと私は泣きたくなる心を叱咤し、癒しの力を使うべくカルナさんに走り寄った。それと同時にカルナさんの身体が前に傾く。慌てて私は倒れ込む身体を抱きとめた。
カルナさんは細身と言えど立派な成人男性で当然私が支えきれるはずもなく、膝が地面に着いた。カルナさんを抱きしめる形で、なんとか彼を地面につかせずに済んだ。
ぬるりと手に伝わるその出血の多さに血の引く思いをしながら早急に傷口を塞いでいく。全身にわたる傷に私は泣きそうになってしまった。カルナさんはぐったりと目を瞑り意識を失っているようだった。
『カルナさん、カルナさん。しっかりして下さい』
私は邪神の力を、あの大剣を使う時のように魔力を最大出力にして癒していた。無理をすればこの身一つで奇跡はおこせる。今のカルナさんにあの漆黒の大剣は絶対に使いたくなかった。馬鹿だと罵る人もいるかもしれない、けどこれは私の譲れない意地みたいなものだった。
例えこの胸の心臓が悲鳴を上げても構わなかった。激痛と呼んでも差し支えのない痛みは私の精神力をがりがりと削っていく。正直変な汗が止まらなかった。ここ数日ずっと戦い続きで、アルジュナさんやその兄弟さんとの戦いの激しさから思った以上に私の身体は消耗していたようだ。
淡い光がカルナさんと私を包む。人通りのないこの場所だからまだ良かったなと現実逃避をしてしまいたかった。人目があっても私はきっと同じ選択をするのだろうなとも思いつつ。
『いっ……!ガタがきちゃったかなぁ……。嫌になっちゃうなぁまったくもう』
しかも一気に来るとかやめてくれないか、私は誰に言うでもなくぼやく。私はフィルター、変換炉にあたる事を以前言っただろうか。負担が一番来やすい部分の役割であり、分かりやすく言ってしまえばフィルターの目詰まりとか変換装置の劣化とかでガタが来てしまった。ああいうのっていきなり来るものだし。こう言うと私が機械みたいで笑えてくる。いや全然笑えないけれど。
なんて私が胸の激痛から意識を逸らし、やり過ごしているとカルナさんの傷が全部癒えた事を悟る。ホッとして力を収め、私はカルナさんをどうやって運ぼうかと頭を悩ませる。
カルナさんは私の肩口に顔を埋めたまま、ぐったりとしてしまっているし。
とそこでカルナさんの傍らに巨大な槍が置かれている事に気づいた。あ、これ見たことある。インドラの雷を宿す神槍だ。という事はカルナさんは不死を約束する黄金の鎧をインドラさんにあげてしまったのか。
パニックに近いものがあったので、神槍の存在に気づかなかった。どれだけ混乱状態だったんだ私と自分自身に慄く。
とそこで私は背中にぎゅっと腕がまわっている事に気づく。やんわりと抱きしめてくるその温もりに私は思わず小さく笑った。良かったという心の底からの安堵で。
「――すまない」
『まったくです、もう。流石にヒヤヒヤしちゃいましたよ』
カルナさんの沈んだ声に私は明るい声を意識しつつ、答える。大丈夫だと伝えたかった。普通はきっとカルナさんを責めるのだろうと思う。何故と問いただし理由を聞いて呆れてしまうだろうと思う。でもそれは今じゃないと思うから。
「傷を癒してくれたのか」
『うん、カルナさん痛みはもうない?大丈夫かな』
「ああ、問題ないが。――顔色が随分悪い、お前こそ大事ないか」
『へ?』
カルナさんは私の肩から顔を離し、こちらを心配そうに見つめていた。そっとカルナさんの手が私の頬を包む。吐息が頬をくすぐる程に近い距離で細められた青い切れ長の瞳は切ない光を宿していた。それが今にも揺らいでしまいそうで。
私はぎょっと目を見開く。え、カルナさん泣きそうじゃね?と。
あわあわと私は心配ないよ、とカルナさんの背を撫でる。そっと抱擁すればカルナさんの力が抜けてまたこちらへと少しだけ体重をかけてきた。まるで甘えるようなその仕草に私はくすりと笑う。
『カルナさん、私はまあ大丈夫です。というかこっちの台詞なんですよ、それ。カルナさんだって顔色滅茶苦茶青いじゃないですか』
「そうか、オレのはいつもの事だと思うのだが。お前の方は違うだろう」
『いやいやいや!カルナさん白いを通り過ぎちゃってますから。私のはあれです、ショックによる一時的なものですよ多分』
「しかし――」
『あーもう!カルナさん!一度家に帰りましょう?こんな外よりお家の方がいいですって。このままじゃ人に見られて恥ずかしい思いをするんですからね!』
カルナさんが珍しく食い下がってくるので私はやけくそ気味にまくし立てた。こんな人目のつかない場所とは言え野外で抱き合うとか正気か私。恥ずか死ぬわ。しかもカルナさん鎧を剥ぎ取った後だから布一枚という寒々しい格好でちょっと目のやり場に困るのもあった。早く何か着せてあげたい早急に。
私の羞恥に染まる顔をみて、カルナさんはきょとんと瞬きをしてからフッと少し笑う。
「人目はどうでもいいが、そうだな。そうした方がいいか」
『是非そうしてくださいな』
私がそう言うとカルナさんは私から身体を離し立ち上がる。そして私に手を差し伸べた。私はそれに素直につかまり立ち上がる。ぐっと身体を引っ張る力強さに、私はカルナさんに先程の衰弱がないのをほっと息を吐いた。よかったと実感をようやく得た心地だった。
カルナさんはそんな私を上から下へとじっと見つめて肩を落とす。
「……すまない。お前の服も随分汚してしまった」
『うん?……あー……。これはいいんですよ。カルナさんの傷の方が断然重要なんですから!こんなの小っちゃい問題です』
私の男装用の服が見事にカルナさんの血でベッタリと染まり私が刺されたみたいな惨状だった。まぁそれはカルナさんの方もそうなので私がとか気にする事はないと思う。
表情が乏しいものの、カルナさんの雰囲気が気落ちしているようだった。私の言葉に多少持ち直したものの元気ないカルナさんに私はどうしたものかと思う。
家に帰り着替えて気持ちが落ち着いた私はカルナさんにとりあえず椅子に座ってもらう。膝をつき合わせる形で私もカルナさんの前に座った。黄金の鎧のない、インドの民族衣装のカルナさんは意外と似合っていた。
どうにも話し合わないといけない。だって明日はカルナさんと一緒に出陣だ。その時はきっとアルジュナさんと戦うだろうと分かる。アルジュナさんの兄弟、パーンダヴァの面々もこれまでカルナさんは打ちのめしてきたのだから。今日か明日、少なくとも近日中に決着がつくだろうと私にも分かる。それくらい両陣営の緊張感は高まっていた。
その最中でのこの事件だ。カルナさんの考えを私は聞かないといけない。
『カルナさん』
「――ああ」
『一つだけ聞いてもいいですか?』
私の緊張している声にカルナさんは視線を逸らさずに頷く。真っ直ぐな青い瞳はもうすでに覚悟を宿していた。
『カルナさんは、諦めるのですか?』
この戦に勝つ事、生きる事両方をかねての言葉。
「――そうだな。そう思われても仕方ない事なのだろう。諦めている、とはまた違うのだが」
カルナさんは言葉を選ぶように少しだけ考えるように口元に手をあてていた。
「オレは天命というものがあるのを知っている。逃れられないそれは運命と言い換える事も出来るだろう。故にオレはそれらを許容した上で行動している」
『っ』
カルナさんの静かな口上に私は唇を噛みしめ俯く。運命を受け入れているってそれは。
「だが、それはお前に失礼というものだろう」
『!?』
驚きで目を丸くする私をカルナさんは少し可笑しそうに笑った。クスリと微かに笑ったカルナさんに悲壮感はない。
「驚いたようだな。そんなに不思議な事を言ったか?このオレ如きの腕でどうにかなるかは分からないが、最善を尽くそう」
カルナさんは私の右手をとってギュッと両手で包みこむように握る。
「お前が隣にいるならば、これほど心強いものはない。共に居てくれるか」
『も、勿論です!』
私の意気込んだ声にカルナさんは目を柔らかく細める。ふわりと緩める表情に私はちょっと赤面しそうになった。あまりにも愛しそうにその青い双眸が熱を伝えてくるから。
カルナさんは私の顔をまじまじと見て、嬉しそうに微笑む。くすくすと笑う姿に私の頬の熱が増々上がるのを感じる。
「ああ、そうだ。少しお前に頼みたい事があるのだがいいだろうか?」
『へ?カルナさんが頼み事とか珍しいですね』
「そう難しい事ではないのだが。――いやこれは頼みではないか。少しだけ……」
カルナさんはそこで言葉をきり、握っていた私の手を解放する。それから両腕を広げるように上げた。まるでこの腕の中に飛び込んで来い、というポーズに私はポカンと口を開けて固まってしまった。
カルナさんがほんのり頬を赤く染めて、目を伏せる。
「――抱擁をさせてくれ。出来れば思いきり」
『ッ!!』
カルナさんがらしくもなくぼそぼそと呟く。その声は羞恥で小さくなっているのは明白だ。だってその色白な肌が真っ赤に染まっているし。私はたまらなくなり、叫びたくなる声を飲み込む。くっそかわいいなんだこの人と私が悶えたくなるのも仕方ないだろう。
私はカルナさんの広げた両腕に飛び込んだ。カルナさんの肩がビクリと震える。いきなり過ぎたかな?と私が反省する前にカルナさんの腕が背中に回り、ぎゅっと抱きしめられた。
いつもとは違い、遠慮のない力に私は少し苦しくなる。ああ、そうか。私はカルナさんの思いを理解した。いつもはあの黄金の鎧があるが為に存分に抱きしめる事さえ出来なかったのかと。あの鎧は尖っている部分が多く、刺さらないようにと配慮しないと私の身体を容易く傷つける。優しいカルナさんはそれで躊躇するのだろう。
私もカルナさんの背中に手をやりギュッといつもより強めに抱きしめた。肩口に顔をうめたカルナさんのふわふわした髪がくすぐったい。
「温かいな。それに柔らかい、お前の身体はこうも心地よいのか」
『う、うーん。カルナさんその言葉は嬉しいけど誤解されるから別の言い方をしましょうね』
「うん?思った事を言っただけだが」
『ぐぬぬ……。天然手強すぎか……』
カルナさんの下心ゼロの首傾げに私は歯噛みした。
「それに――愛しい者の体温ともなれば尚更だ」
『んぇ?!』
直球のカルナさんの言葉に私は変な声を出してしまった。私の驚きの声にカルナさんは頓着せずぐりぐりと私の肩に懐いていた。やばい、可愛いと私は更なる動揺の波にのまれる。
ずっとこうしてみたかった。カルナさんの囁きに満たない小さな声は空気に溶けてしまうくらいで。こみあげるものを私はのみ込んだ。
私に出来る事を精一杯しよう。その為の覚悟はとうに決めた。
明けない夜はない。朝は必ず来る。
鎧喪失事件から一夜明け、カルナさんは戦支度を淡々と済ませた。そこに揺らぎはなくむしろ穏やかな表情だった。神槍を携えたカルナさんは私の方へと振り向く。
「――行こうか」
『はい』
私は頷いて戦車の準備をするのだった。
終わりが近づく。
という訳でカルナさんの鎧喪失してしまいました。本当はカルナさん視点も書いたんですけど、しっくりこなかったので没にしてしまいました。
カルナさんはインドラ=神々の王、しかも人間の姿になってまでやるその姿勢にインドラさんの本気というかアレコレを察して鎧を差し出したんですよね……。
拙作のカルナさんはポジティブなのでそんな悲観していないです。ないモノは仕方ない、今ある全てで抗う覚悟です。
次回はVSアルジュナさん回なんですけど、私の文章力で果たしてそこまで書ききれるか……。戦闘描写って難しいですよね、精進します。
※今作のエンディングについて。
皆様不安な方もいらっしゃるかと思って一応言っておきます。作者的にはハッピーエンドを想定して書いています(小声)。鬱エンドはやらないぜ。
まあ需要があるようでしたら番外編でバットエンドを書くくらいです。