施しの英雄の隣に寄り添う   作:由月

22 / 33
番外編更新します。
この話もとある読者様からのアイディアからのリクエスト作品です。カルナさんと主人公の二人のお子さん話。という話だったんですが、ちょっと自信はありません。糖分は詰め込んだんですが。
まさかの妊娠発覚からという……。

注意事項
・マハーバーラタ編エピローグ「それはとある可能性の一つ」の一年後を想定。マハーバーラタ編読了後推奨。
・幸せいっぱい。息をするようにぶち込まれる糖分。
・新婚夫婦の雰囲気。つまり……わかるな?
・原典マハーバーラタのカルナさんの年齢関連は忘れて下さい。
・二人がもうリア充。糖分耐性がない人は蕁麻疹がでる事間違いなし。
・お砂糖じゃりじゃり。
・上記の通り「妊娠」及び女性の月のものに対する話題がサラリと出ます。
・カルナさんが幸せ過ぎてキャラ崩壊。

・ほんのり大人ないわばR-15な描写があります。甘さのあまり。厳重注意です。


上記の注意事項でやばいと感じた読者様、お逃げ下さいませ。
特にカルナさんはそんな甘いはずないやろ!!と思う方には不快な思いをされるかと思います。ご注意あれ。
作者の本気の糖分だぜ?いいですね?ではどうぞ。
主人公視点でいきます。
4/16 一部描写不足な部分を見つけたので一文ほど修正。内容的には変更点はありません。申し訳ない。
>カルナさんはそっと私に抱っこしていた~のくだりです。


IFネタ 幸せの可能性

――主人公side――

 

 

 

 最近体調が悪い。悪いというか、なんか熱っぽい感じがしたり、調理中に突然の吐き気がしたり、それからぼんやりと集中力にかけてしまったりとここ一カ月くらい調子が悪い。

 

 昨日なんて食後に吐き気に負けて、嘔吐してしまった。その時なんてカルナさんに凄く心配されてしまった。隣村にいる医師の元に担いで行くといった勢いだったけど、ちょっと様子を見させて欲しいと私はカルナさんを説得した。ほら単なる食べすぎとか、食べ合わせが悪かったとかいう可能性もあるじゃない?そうなると私が恥ずかしいので待ってもらった。

 

「もし明日まで、お前がそのまま調子の悪いようだったらなんと言おうと連れて行くからな」

 

 と、カルナさんは据わった目つきで私に言い聞かせた。カルナさんの言う事も、最もな話なので私は頷いた。うう、これで単なる食い合わせ云々だったら私ダメすぎじゃないかと私は頭を抱えたくなった。

 いやでもここ一カ月若干調子の悪い私なので、カルナさんも気づいているのかもしれない。だから、あの心配ようだったのだろう。昨日の珍しいくらいうろたえたカルナさんの様子に私は増々申し訳なく思う。

 

 そういう話を午後の井戸端会議、というかお世話になっている近所のおばさんに私は相談した。相談というか、もしかしたらこの時代の食べ物で私の知らない食べ合わせの悪い何かがあるかもしれないと思ったからだ。

 私の話を聞き終えた、恰幅の良い温かみのあるおばさんは頷いた。ここの村の人はややよそ者を嫌う傾向があったけど、一度打ち解けてしまえば案外気の良いおおらかな人が多かった。いい事だと私はホッとする。

 

「なるほどねぇ、そりゃあアンタの旦那が正解だね」

『やっぱり、そうですよね……』

「確認だけど、アンタ月のものはちゃんときているのかい?」

『へ?』

 

 おばさんの言葉に私は目を丸くする。言われてみると、ここ三カ月くらいはきていないかもしれない。けれど私は元よりそう規則正しい方ではなく、ここでの生活が忙しいのもあってそういうのは疎かにしがちになっていた。……カルナさんが知れば怒られるな、これはと私はふと思い当たった。要反省だ。

 

「その顔はきていないんだね。あたしゃ医者じゃないから正確な事は言えないけど、もしかしてアンタおめでたなんじゃないかい?」

『おめでた……』

 

 ぼんやりと反芻する私におばさんはあっはっはと明るく笑う。

 

「なんだい?あれだけ見せつけるおしどり夫婦だって言うのにその反応は」

『えっ』

「若いっていいねぇ!まあこの村には腕のいい産婆も居るし心配しすぎちゃいけないよ。アンタが不安がっちゃ上手くいくもんもいかないからね」

『……ありがとうございます』

 

 ぽんぽんと肩を軽く叩き、おばさんは私を励ますように明るく言ってくれた。その優しさに私は胸の中が温かくなりながら笑顔で礼を言う。

 

「気にしないでさっさと旦那の帰りを待つ準備をしてやんな。アンタ一人だけの身体じゃないかもしれないんだ。今日はあまり無理はしちゃいけないよ」

『そうですね、流石に一人で隣村に行くには遅い時間ですしそうします』

 

 時刻は午後三時だ。ここから医師がいる隣村に行くには徒歩で一時間、乗合馬車で三十分だ。行って帰ってきて、それから家事をするのにはちょっと時間が足りない。私が算段を思案しているとおばさんの顔が少し険しくなった。

 

「アンタそりゃあ駄目だよ。――まああの旦那、見るからにアンタを大切にしているから心配は要らないか……」

 

 後半は考えるように言いながらおばさんは、良いから家で大人しくしてなと私に言い聞かせるように重ねて注意する。

 

 私はそれに気圧されながら、頷いた。なんというか、子ども扱いだ。

 

 腑に落ちないまでも私は家に帰って家事をこなすべく動く。

 と言ってもやる事はそんなに残っていないんだけど。衣服も洗い外に干しているのでそれを取り込みながら私は考える。

 

 カルナさん、喜んでくれるかな。

 

 そっと私は空いている片手でまだぺったんこなお腹をさする。ここに命が宿っているかもしれない、とか奇跡に近いんじゃないか。

 

 少なくとも古代インドに来たばかりの私じゃ思いつかないに違いない。

 

『喜んでくれるといいな……』

 

 私と一緒にこの子の育みを、愛しさで見守ってくれると嬉しい。それはとても素敵なことだ。私はふふと緩む口元のまま微笑みを零す。幸せで緩みまくった笑みなので見れたものじゃないだろうなと自覚はあるけど嬉しさで私に抑えられないのだ。

 

 とりあえず、明日ちゃんとお医者さんに診てもらう事から始めよう。でもその前に心配してくれたカルナさんに報告しなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

『おかえりなさい、カルナさん』

「ああ。体調は?」

『それなら今のところ大丈夫ですよ。昨日よりは平気です』

 

 帰ってくるなり私の心配をしだすカルナさんに私は笑みが止まらない。私の顔を覗き込むように腰を屈めるカルナさんが愛しい。気もそぞろなカルナさんの様子は、今日の仕事の心配をしたくなる程の焦りようだった。

 

 通常の隙のないカルナさんの姿を知る人が見れば、さぞ驚くことだろう。でもそれが私には嬉しい、愛しいとさえ思ってしまう。ひどい話に聞こえるかもしれないけど、それだけ私を想ってくれているんだなぁとくすぐったいような、面映ゆいような、幸せな気持ちになるのだ。私の愛だとカルナさんには申し訳ないけど、諦めてもらおう。

 

 話があると、カルナさんの手をとり、私は家の中へと急がせる。私のその行動にカルナさんは目を丸くした。

 されるまま手をひかれるカルナさんを私は椅子に座らせて、目の前に立つ。そして意を決してカルナさんを青い瞳を見つめた。

 

 相変わらずカルナさんの切れ長の瞳に曇りはなく、こちらへの心配で少しその白皙の美貌を歪ませていた。その証拠に私の手を離そうとせず、掴んでいた手が逆にカルナさんの白い手に包まれる。

 

 ぎゅっと込められる優しさと力強い温もりに私は自分の顔が緩みきっていないか心配になる。

 

 大事にされてるなぁ私と噛みしめるように私は目を細めた。

 

『カルナさん』

「なんだ」

『――あの、その』

「ああ」

『つまりですね……』

「うん?」

 

 意を決した癖に私の口からこぼれる言葉はしどろもどろで、カルナさんはそれに柔らかな声で相槌を打ってくれる。言葉がしどろもどろになって、私は視線がいつの間にか下がっていた。これではいけないと私は慌てて視線を上げる。

 

『ッ!?』

 

 私は思わず息をのんだ。

 こちらをじっと見つめていた、柔らかな微笑みすら浮かべる白皙の美貌はいつの間にか、あの私の不安の声も受け入れるカルナさんの愛情をも感じさせる表情だった。なんてずるい、こんな顔をされては惚れるなというのが無理というものだ。私は理不尽な怒りに似た焦りと羞恥に顔がかあああと熱が集まってくるのを感じる。今だったら顔で湯が沸かせるんじゃないかと思うほど頬が熱い。

 

 再び目があったカルナさんは私の手をそっと持ち上げて、その手の甲に一つ唇を落とす。

 

「焦らずともいい。――ゆっくりでいいからお前の言葉で聞かせてくれ」

『か、かるなさん……』

 

 私はロクに動かない口に諦めて、カルナさんに包まれる手をギュッと握り返す。握ったまま、私はカルナさんの手を自分のお腹に導いた。

 

「!」

 

 ひゅっとカルナさんが息をのんだ音が聞こえた。私は顔が熱いのをそのままに、カルナさんの手を両手を使って開かせる。空いたカルナさんの手のひらを私のお腹に押し付ける。

 

 カルナさんは目を見開いて固まっていた。

 

『ここに――』

 

 私の両手に覆われた、カルナさんの手がピクリと震える。

 

『カルナさんの、赤ちゃんがいるかもしれないそうです……』

「おれの……?」

 

 私の小さな声よりも小さい声でカルナさんは呟いた。呆然とした掠れた声に私は、嬉しくないのかな?と少し私は不安になる。

 

 けれどそんな不安は一瞬だった。

 

 ぶわりとカルナさんの白い頬が赤く染まる。

 

 へ?と私は目を疑った。お腹に触れている、カルナさんの片手がぷるぷると震え始める。見れば、手だけじゃなく、カルナさんの全身が震えていた。

 

 そしてカルナさんが椅子からがばりと立ち上がる。カルナさんは私との距離を詰めるように前かがみになり、私の手を握った。私の目の前に組まれた両者の手は状況だけ見るとプロポーズのようだ。

 

「そ、それは本当か?」

『え?ええ。まだお医者さんの確認はとってないんですけど、ここ最近の私の不調やら月のものやらでそうじゃないかって』

 

 あの明日一緒にお医者さんに行ってほしいんです、と私が付き添いを頼めば、カルナさんは何度も首を縦に振った。

 

『カルナさん、もし授かっていたら一緒に喜んでくれますか?』

「ああ、当然だ。――帰宅後のお前の様子から、もしやと思っていたが当たるとはな。本当だったらこれ程喜ばしいものはない」

『ふふふ、やっぱり分かっちゃいましたか』

「確信まではいかないがまあお前のことだ、多少オレとて察する事は出来るぞ。――けれど安堵もした。昨日の様子では生きた心地がしなかったからな」

 

 そっと私を抱きしめ、肩口に甘えるようにカルナさんは顔をうめる。それは体温を分け合う寄り添い方で、いつもの愛しさを伝えてくる力強い抱擁とは違った。私もカルナさんの背に手を回し、カルナさんの体温に甘える。

 

 カルナさんのぼそりとした心配の言葉に私の良心がチクチクと苛まれた。

 

『ごめんなさい、カルナさん』

 

 あの時素直にカルナさんの言うとおりにしないで、意地を張って。

 

「まったくだ。お前は恥だと言うが、それは間違いだ。――例えお前に恥があろうとも、オレにとっては変わらない」

 

 愛しい人よ、とカルナさんが小さく私の耳に囁く。ひえっと驚いた私が思わずそちらを見れば、カルナさんが頬を赤く染めたまま、じっと潤む青い瞳で見つめてきた。

 

 ゆらゆらと揺れるような、不思議な甘い熱のこもった青に私は再び顔が熱くなるのを感じる。

 

「――これに懲りたら少しは自身を省みる事だ。お前は少々自分を疎かにしすぎな所があるからな」

『それ、カルナさんにも言えますよ?』

「……そう、だったか?」

『そうですよ』

 

 カルナさんの言葉に私はカルナさんもね、と言い返す。それにカルナさんは小首を傾げた。私は重く頷く。

 

 鼻先がくっつきそうな近距離で私達は何を言いあっているのかと私は我に返った。下手をすれば唇さえ掠ってしまいそうな、危うい距離感。

 

 カルナさんは少し目を細め、フッと微かな笑みを零した。それは肉食獣のような、男の人の顔で、私は慌てて目を瞑る。

 

『っんぅ』

「んっ……」

 

 ちゅっちゅと小鳥のついばむ軽いキスが数度。カルナさんの唇が上唇を軽く食むように戯れたりする度に私の背にぞくりと快感が過ぎる。するりとカルナさんの手が私の背を撫でるのがソレを加速させる。ピクリピクリと反応する私をカルナさんが楽しんでいるようでもあった。

 

 カルナさんが顔を離す頃には私の方の息が上がっていた。深い方のキスではないのにかかわらず、だ。

 

 カルナさんは先程の頬の熱は引きつつあるようで、瞳に甘い熱があるもののそれ以外は平常通りだ。涼しいその顔には余裕すら感じる。

 

 私はあがる息のまま、カルナさんを睨む。涙目で迫力がないかもしれないけど、そうせずにはいられない。だって私だけが顔が熱いとか不公平だ。

 

『カルナさんの意地悪……』

「そんな顔をするのがいけないと思うのだが。――今夜は添い寝のみだ、許せ」

『!! そ、それは、その』

 

 カルナさんの言葉に私はもごもごと言葉に詰まる。カルナさん、言葉が明け透け過ぎません?と私はもうすっかり体調の悪さなんて吹き飛んでいた。

 

 カルナさんは慌てる私の様子に不思議そうにする。

 

「うん?何をそこまで羞恥を感じる。……夫婦なのだから、肌を触れ合わせる事ぐらい――」

『わぁああああ!! カルナさん、待ったそれ以上はいけないっ』

 

 首を傾げたカルナさんの包み隠さないその言葉に私の日本人精神が悲鳴を上げる。いや日本人精神というよりは私の乙女心が隠せ!と声高に叫ぶのだ。

 

「ん?しかし、他に言い方があるのか?」

『んんっ、伝わりました伝わりましたから……』

 

 もう勘弁してください、と私は真っ赤になっているであろう顔を手で覆い、小さく呟いた。

 

 私の背に回っていたカルナさんの手が少し力が入る。

 

「――生殺しとはこの事か」

『もう!いいですから、早く夕ご飯にしましょう』

 

 ぼそりと呟いたカルナさんの悔し気な声に私はたまらずその腕から抜け出す。早く食べて早く寝て、そして早く起きて予定を前倒しにして医師にかかる時間を作らないといけないのだ。熱くてたまらない顔をパタパタと手で扇ぎつつ、私は手早く支度を始めた。

 

 そんな私の後姿をカルナさんは緩く微笑みを浮かべながら見つめていたとは知らずに。

 

「ああ、幸せだ。オレ(・・・)の、家族。オレの、子か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣村のお医者さんの診断で無事懐妊が確定した私はあれからこの村の産婆さんに時折様子を診てもらいながら順調に時を重ねていた。

 

 もう妊娠が発覚して七カ月が過ぎようとしていた。私のぺったんこなお腹は徐々に大きくなり、今では目立って分かるようにまでになっていた。

 

 当初はカルナさんの行き過ぎる過保護に困った私だけど、それも徐々にカルナさんにこれは大丈夫と一緒に学ぶ気持ちで伝えていったらおさまっていった。カルナさん、怖々としていたもんなと妊娠初期を懐かしむ余裕すらある。

 

 元いた私の時代、マタニティブルーという妊娠における妊婦の不安症状があるとされていたけど、幸い私には当てはまらなかった。出産に対する恐怖よりも、日々大きくなるお腹の子への愛情の方が大きいのだ。

 

 この子はどんな子だろう?カルナさんに似ているだろうか?それとも私?性別は?名前はどうしようかとか尽きる事はない。毎日カルナさんと夜寝台で寝物語に話し合う毎日だ。

 

 カルナさんもソワソワと生まれてくる子が楽しみなようで、隠しきれないその喜びが私の不安を溶かす一因でもある。

 

 それはそうとしてカルナさんとのこの平穏な日常に加わった習慣が一つある。

 

 夜、寝る前に寝台に腰かけた私のお腹にカルナさんが耳を当てる。私に跪くように膝をつき、カルナさんは私のお腹の子と触れ合う。

 目を閉じてカルナさんはそっとその小さな命の鼓動と時折私のお腹をぽこりと蹴ったりするこの子の動きを感じるのだ。

 

 始まりはカルナさんの怖々とした、私の中の命のか弱さへの怯えに私が焦れて胎動を聞かせたのが最初だ。確か妊娠六か月あたりだったと思う。それから習慣化したこの行為は今では結構楽し気なものになっている。

 

「!また動いたぞ。――フッ、この子はきっと元気な子だ」

『ですねぇ、きっとお父さんが分かるんですよ』

 

 くすくすとお腹に耳を当てたまま笑うカルナさんに私はつられて笑う。けれど、私の言葉にカルナさんは目を丸くした後、少し照れくさそうに頬を染めた。カルナさんの視線も下に逸らされる。

 

「ッ!? 父、か。このオレが呼ばれるとは――」

『そうですよ。お父さん(・・・・・)、この子のお父さんはカルナさんなんですから。あ、でも希望があるなら今の内ですよ?お父様がいいです?それとも父上、とかですか?』

 

 私の茶化すような言葉にカルナさんは俯いたままくっくっくと喉で笑う。

 

「なんだ、それは」

『憧れがあるかと思いまして』

「ないな。――オレはこの子が無事に生まれてくれればそれでいい」

 

 カルナさんはそう言って私のお腹を愛しそうにゆっくりと撫でる。

 

「オレにはもう不死を約束する黄金の鎧も、インドラから賜った槍もない人間だ。太陽神を父に持つが、この子を思うとあの鎧をと望んだ母の気持ちも分かる」

 

 静かにカルナさんは語る。私はそれを黙って聞いていた。そっとカルナさんの白に近い銀髪を撫でる。カルナさんは髪を撫でる私の手に気持ちよさそうに目を細めた。

 

「子には最大限の環境を、と望むのだな親という生き物は」

『ええ、愛しいからこそ望むのでしょう』

「そうだな。昔は理解が、というより実感が湧かない感情の類だったが、今では身に染みて分かる。お前のこの腹に宿る小さな命に祝福を、幸運を、幸福を、何よりも愛される子にと望んでしまう」

『――それ、悪い事ですか?』

 

 カルナさんの望み過ぎだ、という声なき言葉に私は首を傾げた。それこそが愛だと断じるのはカルナさんの目には欲深に映るのだろうかと私は少し心配になる。

 

 カルナさんは顔を上げ、そんな私の心配を見透かすように青い瞳を細める。そしてくすりと笑った。

 

「――それが困った事に悪いとは思えない。オレだけの事ならば、望み過ぎだと言えたのだが。お前達(・・・・)に及ぶとそうは思えないらしい。我が事ながら不思議な心地だ」

『カルナさん』

「うん?」

『愛してます』

「ああ、オレも同じ気持ちだ。――オレの愛しい人」

 

 私は込みあがる気持ちを抑えきれずに、幸福の笑みのままカルナさんに愛を伝えられた。カルナさんも一瞬目を丸くした後、すぐに目元を和ませ顔を近づけた。

 

 ちゅっと額に触れる柔らかなカルナさんの熱が、愛しいと思う。

 

 カルナさんと顔を見合わせ、くすくすと笑いあう。どっちとともなく近づく距離に私は目を閉じた。

 

 愛しいカルナさんの為なら、きっと私はどんな事だって乗り切れるだろう。それこそ、母となる為に乗り越える試練と戦えるくらいに。

 

 それに私は一人じゃない。カルナさんと、この子がいる。だから大丈夫だと信じる事が出来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カルナさんはどっちがいいですか?』

「どっち、とは?」

 

 私の突然の問いにカルナさんは首を傾げた。また夜の習慣の私のお腹に耳を当ててたカルナさんが顔をあげた。

 

 もう臨月で、いつ産気づいても可笑しくはなくカルナさんは日々やきもきしている。私も初産で不安があるものの、私よりも慌ててるカルナさんの姿を見てれば不思議と私がしっかりしないと思える。結果オーライだと思うのだ。

 

 それで今聞く必要はないと思うけれど、ふと私は思いついたのでそのままカルナさんに聞いてみる事にしたのだ。

 

『ですから、女の子と男の子。どっちかな?って』

「ああ、なる程。――オレはどちらでも良いと思うのだが……」

 

 私の言葉にカルナさんは頷いて、答える。が、途中で途切れる言葉に私はうん?とカルナさんに先を促した。

 

「……言うと呆れられると、思うのだが。オレは、出来ればお前に似た子が良い、と思う」

『へ?』

 

 ぼそぼそと言いにくそうに語るカルナさんに私は目を丸くする。正気か、カルナさん。私よりもカルナさんの方が美人だから、どっちにしろカルナさん似の子の方が喜ばしいと思うのだけど。そんな私の内心の呟きが表情に漏れたのだろうか、カルナさんは眉をひそめた。

 

「オレなんぞよりもお前に似た方が余程可愛いだろう。この事に関しては確信すら持てるぞ」

『いや、そんな自信満々に言われても……。でも私はカルナさんに似た子が欲しいです。きっと可愛いですよ』

 

 私はカルナさんの言葉に若干顔が熱くなる思いをしながらも、反論する。カルナさんは私の言葉に懐疑的な目を向けた。私はそれに少しムッとなる。

 信じてないな?

 

『不器用かもしれませんが、それでも人に寄り添える優しさと、温かさ、それにきっと何にも負けない強さを持った子になれますよ』

 

 身体的強さに限った話ではなく、精神面でも私よりカルナさんの方が強いだろう。それに小っちゃい頃のカルナさんが正直見たい。とても見たい絶対かわいいし、美少年だ。私は拳を握ってふんすと意気込んだ。

 

「それならオレよりもお前の方が良いだろうに。――それに小さい頃のお前にそっくりな子が見てみたい。子が生まれたらお前に似た所を数えるのも楽しいかもしれないな」

『ええー……』

 

 それって楽しい?と私は疑問を喉に押し込む。カルナさんも私と同じような考えらしいと思い至ったからだ。ちょっと恥ずかしいような嬉しいような。私も同じことをしようとしてたし、やっぱり恥ずかしい。夫婦はやっぱり考えが似てくるのだろうか。

 

「……どっちにしろ、無事に生まれてくれればそれでいい。お前と、この子。母子ともに健康ならオレは他に何も要らない」

 

 カルナさんはそう言って私の膨らんだお腹にキスを一つ。じっと私を見上げてくるカルナさんの青い瞳は少し不安が陰っていた。

 

 私はそれに微笑んでカルナさんの頬を撫でる。心配性だなぁ、と笑えればいいんだけど残念ながらこの古代時代じゃ笑えない話だ。

 

 この時代、出産は現代よりも危険が多く、死産や母親の産後の肥立ちが悪いと死も珍しくない時代だ。だからこそカルナさんの心配に切実な響きが宿る。

 

『カルナさん……。私、頑張りますね』

「そうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カルナさん、ほら抱っこしてあげてください』

「し、しかし――その」

 

 母子ともに無事、出産を終え、数日経ったある日。私はついに焦れてカルナさんを手招きして呼ぶ。そろそろと近寄ってきたカルナさんに腕の中の我が子を差し出す。

 

 ちなみに元気な男の子だ。カルナさんに良く似た目元と口元で、髪の毛の色は私に似た黒髪だ。髪質もどっちかというと私に似た癖のない真っ直ぐな感じだ。我ながら親ばかだと思うけど可愛いと思う。

 

 触ったら壊してしまう、といった感じのカルナさんの怯えに私はそっとその手に柔らかな小さな命を預ける。

 

『まだ首は据わってないので、ここを支えるような感じで』

「あ、ああ……」

 

 一つ一つ、私は手でカルナさんの手を導きながら赤ちゃんを抱っこさせた。おくるみに包まれてすやすや眠る息子の姿にカルナさんの目元が和む。

 

 幸せ家族の情景に私はうんうんと頷く。この子の夜泣きに悩まさせたりもするけど、新米お母さんとしてはまあ頑張り所といった感じだ。

 

「こんなに小さいものなのだな、赤子というものは。それに、温かで懸命な命の鼓動が愛しく思える」

『ふふふ、そうですね。こんな小っちゃいのに指を掴む力は結構強いんですよ』

「そう、なのか」

『うん。――あ、起きた』

 

 私の話に戸惑うカルナさんに私は微笑みかける。カルナさんは生まれた後、私の腕の中を覗き込むだけで決して自ら触ろうとしなかった。私が促してそおっと息子の頬をつつくように触れるのみで、私は微笑ましいやら困るやらで。だから今日踏み切ったのだ。

 

 大きな青い瞳を瞬かせる息子をカルナさんは息を潜めて見つめる。

 

 カチコチに固まるカルナさんの姿はまるで天敵にあった猫のような気の張り詰め方だ。

 

 うー、あーと幼い声と共に伸ばされる小さな小さな手にカルナさんはそろそろと手を伸ばす。その慎重さに私まで緊張してきた。

 

 カルナさんの人差し指がぎゅっともみじのように小さな手に掴まれる。カルナさんは目を見開いた。

 

「!」

『ね?』

「――ああ」

 

 ふわっと花がほころぶような笑みを浮べるカルナさんに私も笑みを浮べる。確かにこの子はまだ未熟なか弱い命だろう。けれど懸命に、時に力強く生を訴えかけてくる一つの命で、親の私達が怖々としていちゃいけないのだ。

 カルナさんはそっと私に抱っこしていた子を渡してきた。まあ頑張った方かな、と私は苦笑してこの子を抱きなおす。でも、カルナさんの掴まれた指はそのままで私は微笑ましく思うのだ。

 

 ちゃんと向き合える事をカルナさんに知ってほしかった。貴方の血の繋がった子はちゃんとここに生きたいと伝えてくる命で、泡のように触っただけで壊れるようなことはないと。私はぷにぷにな赤ちゃんの頬をそっと撫でる。うーとむずかる息子の姿に苦笑した。

 

 とそこで私は水滴がぼたぼたとおくるみの上に落ちてきているのに気づく。へ?と私は視線を上にあげた。

 カルナさんが滂沱の涙を流していた。ぼたぼたと涙を流しているカルナさんは涙に気づいてないんじゃないかと私が心配になるくらい静かな表情だった。

 

『……カルナさん?』

「あ。涙か。――いや、すまない。情けないな、どうにも涙がとまらない」

 

 袖でぐしっと乱暴に涙を拭うカルナさんのその腕を私は空いた手でそっと止める。そんな乱暴に拭ったら痛いし、赤くなるしでいい事がない。それに、これは悪い涙じゃないだろう。

 

『カルナさん』

「ん?」

 

 静かに私が名を呼べばカルナさんは観念したように困ったような笑みで涙をそのまま流していた。

 

『おいで。――ってこの子を抱っこしているのでちょっとしか空いてないんですけど』

「っふ、オレを甘やかして後で困るのはお前だぞ」

 

 私の冗談めかした言葉にカルナさんはカルナさんは軽く笑みを浮べ、そっと私に寄り添うように近づいた。もうカルナさんの涙はおさまっていて、私はそっと指でその涙を拭った。

 

 

 くすりと密やかな笑みを浮かべたカルナさんはあの子の手の中の自身の指を幸せそうに眺めた。

 

 

 

 




幸せいっぱいなカルナさんとかぜひ見たいな、という作者の気持ちとアイディアをくださった読者様への感謝を詰め込みました。その節はありがとうございますと、この場を借りてお礼を申し上げます。
あとそこかしこにある糖分は仕様です。
数年後成長した息子君にカルナさんが嬉々として武芸を教える姿まで思い浮かんでやめました。収拾がつかない(笑)
幸せそうなカルナさんを書けて作者は満足です。

お子さんの名前は思い浮かばないので、こんな感じに書いてみました。何せ作者ネーミングセンスが皆無。誰でもいいのでお名前ください切実に、といった状況です。→4/16追記 息子君の名前決まりました。“キラナ”、サンスクリット語で「太陽から注す光の筋」という意味らしいです。
改めまして名前をくださった読者様に感謝申し上げます。素敵なお名前ありがとうございました。続編書けるよやったね!

ちなみにリクエストして下さった読者様にお子さんに主人公の言葉は通じるのですか?と質問されたので、ここで補足を。
まあ多分、血が繋がった親子なので通じるんじゃないだろうか。深く設定は考えてないですてへぺろ☆
息子君に主人公の宝具は受け継いでないです。あれは主人公限定のものなので。多分邪神の加護ぐらいじゃないだろうか(孫の感覚)。

ちなみにオルガマリーさんへの宝具譲渡もオルガマリーさんの肉体修復を終えた後、役目を終えて消滅しました。霊基を差し出したとはいえアレは分霊の一つ。本体のたる本霊主人公さんへの影響は一時的なライダーの使用不可のみです。なので第一章が終わったら解除されます。
心配のお声がかかったのでもしやと思ったので。紛らわしい書き方をして申し訳ありません。後でそこら辺の説明を設けたいと思ってます(スキルと一緒に)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。