ゾイドバトルストーリー 中央山脈の戦い 山岳基地攻防戦 作:ロイ(ゾイダー)
「補給部隊が!こいつっ」
背後での味方の苦境にイルムガルトは歯噛みする。
イルムガルトの背後………輸送部隊がいる場所では、無数の黒煙が上り、地面には、撃破された友軍のゾイドの残骸が焼け火箸の様に燻っていた。
一刻も早く目の前の敵機を倒さなければ………イルムガルトは、目の前の敵機をオレンジの瞳で睨み相手の隙を窺う。
だが、敵の指揮官機には、付け入る隙が中々見当たらない上にこちらに対して積極的に攻撃を仕掛けてこない。イルムガルトをこの場に留めておくのが目的の様だった。
「当たりなさい!」
イルムガルトは、サーベルタイガーの背部の自己誘導ミサイルランチャーと2連装ビーム砲を発射する。
全弾命中すれば、大型とはいえ、高速を得るために軽量化されたシールドライガーには少なくないダメージを与えられる筈……。
だが、シールドライガー寒冷地仕様は、どちらも回避した。
高い誘導性能を誇る自己誘導ミサイルは、目の前にシールドライガーが火炎放射器で形成した炎の壁に突っ込んで虚しく爆発の炎を上げた。
「今よ!」
イルムガルトはサーベルタイガーを加速させた。
相手はこちらの射撃攻撃に対応して動きを止める――――――そんな彼女の予想を裏切って敵機は即座に速度差を利用して距離を取る。サーベルタイガーの牙は、標的を捉えることなく空を切った。
今の所、彼女は敵であるシールドライガー寒冷地仕様に目立った損傷を与えることが出来ずにいた。互いに援護してくれる僚機が存在しないという点では条件は同じだ。
にも関わらず、敵を撃破できずにいるのは、イルムガルトよりも相手の方が高速ゾイドの扱いに熟練しているということ……。
「高速ゾイドの扱いで、こっちが負けているというの!?」
それは、彼女にとって認めがたいことであった。元々高速ゾイドの概念を生み出したのは、ゼネバス帝国軍であり、当然高速ゾイド部隊同士の平均的な技量でもヘリック共和国軍を上回っている。
そのことを知っているイルムガルトには、共和国のパイロットに同じ高速ゾイドの扱いで負けるのは、本当に悔しかった。
そんな彼女の感情を逆なでするかのように背後での護衛部隊と2機のシールドライガー寒冷地仕様の戦いは、護衛部隊が圧倒されていた。辛うじて護衛部隊の残存機が陣形を組んで、残された輸送部隊を守っている状況だった。
「隊長!支援を……わっ」
「早すぎる!」
「戦力が足りない!」
「こちらモルガ6番機、物資に火が付いた!……脱出する」
すぐ後ろの友軍の苦戦が、彼女の心を焦らせる。そして、焦りは、隙を生んだ。イルムガルトは、サーベルタイガーを跳躍させた。
レーザーを纏った牙を輝かせ、目の前の敵に向かって飛び掛かる。彼女が狙うのは、跳躍して上方から敵の敵の首筋を切り裂くこと。成功すれば、一撃で相手を仕留めることが出来る。
だが、その動きは、大振りで隙が多かった。
その隙をケインと彼の愛機は、見逃さなかった。
それは、元々マンモスやゴルドス等の鈍足の大型ゾイドの急所を貫くことを目的に編み出された技であり、相手の反応速度が自分よりも鈍い事を前提としていた。
今回、イルムガルトとサーベルタイガーが対峙している敵――――――シールドライガー寒冷地仕様は、デッドウェイトとなる火炎放射器と燃料タンクを背負っているとはいえ、その運動性は、サーベルタイガーに大幅に劣るものではない。
ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、容易くその一撃を回避し、逆に頭から敵に体当たりを食らわせた。
白い獅子の頭突きが、サーベルタイガーの胴体に炸裂した。
「きゃあああああっ」
イルムガルトのサーベルタイガーは、雪原を転げ回った後、岩に激突して停止した。激しい衝撃が、サーベルタイガーのコックピットを襲う。パイロットのイルムガルトは、成すすべなくその衝撃に巻き込まれた。
着用していたパイロットスーツとシートベルトの存在によって衝撃が軽減されたおかげで彼女は、幸運にも、意識を失う事は免れた。
同時にケインのシールドライガー寒冷地仕様も地面に着地した。
「よし!」
ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、止めを刺そうと倒れたサーベルタイガーに歩み寄る。至近距離から火炎放射器を叩き込み確実に撃破しようとしていた。
「隊長っ!くうっ!この!!」
今のイルムガルトには、援護をしてくれるヘルキャット部隊はいなかった。
またヘルベルトも、もう1機のシールドライガー寒冷地仕様…ティムの機体との交戦で手一杯であった。
このまま事態が進んでいたらイルムガルトと彼女のサーベルタイガーは撃破されていただろう。
だが、想定外の事態が起きた。
別のシールドライガー寒冷地仕様が、体勢を崩したイルムガルトのサーベルタイガーに止めを刺すべく、突進してきた。
それは、先程、補給部隊を蹂躙した2機の内の1機であった。そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、僚機と共に輸送部隊と護衛部隊に打撃を与えることに成功した。
そして、予定通りに指揮官の援護に回るべく、2機のサーベルタイガーと交戦している指揮官と副官の元に合流しようとしていた………。
その時であった。
彼の目の前にサーベルタイガーの姿が飛び込んできたのは。
打ちのめされ、雪原に無防備に倒れ込んだその赤い機体は、完全にその戦闘能力を失っている様で、射撃演習の目標と同じ位容易い目標に見えていた。
最も実戦経験が少ない彼は、補給線攻撃と言う任務の関係上、大型ゾイドを撃破したことは一度も無かった。
第7高速中隊に配属されてから、彼が参加したのは、補給部隊襲撃の任務だけだった。遭遇する獲物は、どれも旧式の小型ゾイドばかりで、良くて精々イグアンやハンマーロックといった〝小物〟ばかりだった。
そんな彼にとって、目の前に横たわる敵の大型高速ゾイドは、勝利の女神が自分に与えた贈り物の様に見えてしまっていた。
「!!……サーベルタイガー……チャンスだ!」
そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、目の前に無防備に倒れるサーベルタイガーを撃破すべく、機体を加速させた。
レーザーサーベルとストライククローを煌かせ、シールドライガー寒冷地仕様は、雪原に倒れ込むサーベルタイガーに向けて駆けていく。
「おい!ラーセンっ」
ケインは部下が血気逸るのを見て慌てた。まだサーベルタイガーが戦闘能力を喪失したのが確認できない以上、無警戒に接近するのは、余りにも危険すぎた。
だが、指揮官の制止も聞かず、そのシールドライガー寒冷地仕様のパイロットは、機体を〝獲物〟に向けて進ませる。
「こいつは、俺が倒します!」
彼は、既に上官の命令等、耳に入っていなかった。このライガーの爪と牙で仕留める。
火炎放射器を使わないのは、燃料を節約する為であった。それが、自身の墓穴を掘ることになるとは、この時彼は、考えもしていなかった。
彼が単なる獲物と見做したその赤い犬歯虎とその乗り手は、まだ戦意を失ってはいなかったのである。
「うっ……ううっ。」
イルムガルトは、意識を辛うじて保ちつつ、機体の状態を確認する。モニターに表示される機体のコンディションを見る限り、直ぐに立ち上がれない。
正面モニターには、サーベルタイガーの機械の眼球が捉えた光景……自機にゆっくりと接近してくるケインのシールドライガー寒冷地仕様の姿が映し出されていた。
一刻も早く反撃か、移動をしないと負ける…。
イルムガルトは、兵装の状態を見る。格闘兵装、射撃兵装は、共に全て使用可能。
「まだ戦えるわね。」
イルムガルトは、無理に体勢を立て直そうとは思わなかった。
この状態でも攻撃を仕掛け、体勢を立て直すチャンスを作れれば、それでいい。
ゆっくりと近付いてくる白いシールドライガーを待ち受けていたその時、もう1機のシールドライガー寒冷地仕様が正面モニターに飛び込んできた。
もう1機の白いシールドライガーは、一直線に突進してきている。
勢いこそ派手だが、防御や回避の事を全く考えていない。
恐らくサーベルタイガーには、反撃をする力は無いと思っているのだろう。舐められたものだ。
イルムガルトは、新参の敵に対して強い怒りを感じつつ、その油断に付け込もうと決めた。外せば彼女と愛機の命はない。
……やれる!彼女の戦意に共鳴するかの様にサーベルタイガーも吼える。
「……落ちなさい!」
裂帛の気合いを込めて、イルムガルトは、背部の2連装ビーム砲のトリガーを握りつぶさんばかりの力で引いた。
直後、サーベルタイガーの背中に装備された砲座から2条の青白い光線が迸った。
その光線は、真っ直ぐに突っ込んできていたシールドライガー寒冷地仕様の背部上側面の燃料タンクに命中した。
サーベルタイガーの背部の火器から青白い光線が、一瞬2機の機械獣を紐の様に結びつけた。
直後、白い獅子…シールドライガー寒冷地仕様を鮮やかなオレンジの火球が呑み込んだ。
シールドライガー寒冷地仕様は、悲鳴を上げて雪の降り積もる地面に崩れ落ちる。シールドライガー寒冷地仕様は、背部を起点に発生した火球の炎に全身を包まれた。
それは、パイロットのいる頭部コックピットをも呑み込んでいた。
鮮やかな炎に舐められた途端に防弾処理の施されたキャノピーは大気との温度差が齎す熱の衝撃に耐えかねて粉々に砕け散った。
「ラーセン!。くそっ燃料タンクを撃ち抜いたのか!」
雪の大地で、爆発炎上する友軍機を見たケインは、その機体に何が起こったのか一瞬で理解した。
倒れていた敵のサーベルタイガーは、背部の2連装ビーム砲を発射し、自身に向かって来るシールドライガー寒冷地仕様を狙い、見事命中させた。
その一撃は、シールドライガー寒冷地仕様の胴体側面の燃料タンクを射抜いていた。そのビームの熱で瞬間的に加熱された燃料が引火、その爆発がシールドライガー寒冷地仕様に搭載されているミサイルや機体各部駆動系の伝導液等の可燃物を誘爆させ、それが、白い機体を呑み込む赤い火球を生み出したに違いない。
あの爆発では、パイロットは確実に生きてはいないだろう。………ケインは、部下がもう生きていないことを想像しつつ、目の前の敵を見た。
キャンプファイヤーの如く燃え盛る敵機の残骸の照り返しの中、サーベルタイガーはゆっくりと立ち上がった。
炎に照らされたワインレッドの装甲は、その艶を増しており、獲物の返り血を浴びたばかりの様な錯覚を与えていた。
ケインは、敵機のその姿に思わず、気圧されていた。こいつは、まだ戦う力を残していると。
「ケイン隊長、ラーセンが……救助を……」
「無駄だ。あれでは助からん」
敵機が多数いるこの状況でどうやって救助するつもりだ。苛立ちと共に吐き出そうとした言葉を押し殺し、ケインは部下に応える。
「……そんなぁ。ラーセン!」
「……撤退する!」
ケインのシールドライガー寒冷地仕様は、敵部隊に背を向けると一気に駆けていった。少し遅れて部下の乗る同型機も追従する。
「逃げる気か。ちっ」
ヘルベルトのサーベルタイガーと交戦していたティムのシールドライガー寒冷地仕様も火炎放射器を浴びせて敵機を牽制すると、それに続いた。
シールドライガー寒冷地仕様3機は、踵を返して戦場より走り去っていった。
「隊長追撃しますか?」
「いいえ、本来の任務を忘れたの!それに……私達の今の戦力じゃ敵を全滅させるのは不可能よ。負傷者の救助と付近の友軍への連絡を優先して」
「……了解しました」
部下との通信を終えたイルムガルトは、大きく息を吐いた。完敗した……赤毛の若き女性士官は、苦い敗北感が酸の様に自身の心を侵食していくのを感じた。
同じ頃、彼女に敗北の苦みを教えた部隊の指揮官も、彼女と似た思いを抱いていること等知る由も無かった。
「部下を喪うとは……」
指揮官のケイン・アンダースン少佐は、コックピットの中で戦死した部下の事を考えていた。
ラーセンは、部隊の中でも最も経験の浅いシールドライガーパイロットだった。
デスザウラーから共和国首都を守ろうとして戦死したシールドライガーの開発者 ヨハン・エリクソン大佐の様に何時か、大型ゾイドを撃破するのが夢だと何度も語っていた。
ケインの脳内では、後悔が生み出す幾重もの過去の行動の修正が、浮かんでは消えていた。あの時に、ああすれば、こうしていれば部下は助かったのではないかと。
既に死神の鎌が振り下ろされた今となっては、それらの思索は、全く無意味な事であった。
生者が死者に対して出来ることは、その魂の安らかなることを祈る事と残された家族や友人を慰めること位であった。
3体に減った雪原の白獅子は、敵との遭遇を避けながら味方側の勢力圏へと去っていった。
イルムガルト・ヘフナー大尉率いる第27高速大隊第3中隊は、シールドライガー寒冷地仕様4機で編成された対するケイン・アンダースン少佐率いる第7高速中隊第1小隊と交戦し、護衛部隊、補給部隊の双方に損害を受けつつもシールドライガー寒冷地仕様1機を破壊し、退却に追い込んだ。
対する第1小隊は、シールドライガー寒冷地仕様1機の喪失と引き換えに補給部隊が輸送していた補給物資の半数を破壊することに成功した。
戦力の4分の1を喪失したのと引き換えに作戦目的を辛うじて達成できた共和国軍の勝利と言えた。
ダナム山岳基地が両軍の戦いの場となるまでの期間、この様な中小規模の戦闘は、無数に繰り返されることなる。
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