現在、あたりはとっぷりと夜の闇に包まれ、焚き火と、星の明かりだけがあたりを照らしており、焚き火の周りで円になるように、一同は夕食の準備を始めていた。
「さて……流石に食事中はこれを外さないとな。」
そう言って、モモンは自分の漆黒のヘルムを外し、傍らに置く。
その様子を驚くように、ンフィーレアが見ていたが、その視線に気付いたモモンが「あぁ、言っていませんでしたっけ。実はヘルムはこの顔を隠す為にあるんですよ。ほら、異邦人だと知られると何かと……」と説明された。
「は、はぁ……そうだったんですね」と、モモンの爽やかイケメンフェイスを前に頷くしか出来なかったンフィーレアは、ポーションの秘密を探るために二人がどこの国の出身なのか聞くタイミングを逃した。
一方のモモンはここで本来は顔は幻術でしかない偽装を施しているに過ぎない為、食事が出来ない。言い訳として「宗教上の理由で、命を奪った日の食事はうんぬんかんぬん」と言い、話題転換で食べるのをどうにか回避するのだが。
「どうぞ、モモンさん。」
「ありがとうございます。」
「ティカさんもどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
それは、エ・ランテルで売っている、ごくごく一般的なパンであり、異世界物よろしくな固~いパンではなく、それなりに柔らかくなるように作られており、手に持った感触も軽い物である。
そしてもう一つのメニューであるスープは、馬鈴薯、人参、豆、保存用の干し肉などが入っており、味付けは香草等のスパイスを効かせた物で、色はコンソメスープに近い。これもまた比較的安価で入手しやすい農作物で出来たスープである。
とはいえモモンから見ればこれらは非常に高価な食べ物に見える。
当然だ。
リアルの世界ではただただ「栄養を補給するための物」を食べていた。
栄養を補給できれば味なんてどうでもいい、むしろちゃんと栄養が入っているのならそれでいいじゃないかというレベルの物。
しかし目の前にあるスープとパンは違う。
パンはふんわりと柔らかそうだし、スープはほかほかと湯気を立てて、具材も多い。
もちろん、ナザリックで用意させようと思えばもっともっと豪華で美しくそして美味しい、素晴らしい料理が食べられるのだが、こういうのはロマンというか、外で食べるのがいいというか、気分の問題だ。
純粋にあそこで食べようとするとあんまり落ち着かなそうだなんて思っているのは決して口に出すまいと決意している。
一方のエレティカも実はドキドキしていた。
ユグドラシル時代ではそもそも食物を口に入れた事すらないのである。
回復は某ピンクボールの食いしん坊よろしく食べ物で回復……なんて事はない。
食事の必要性が無い彼女は今の今まで飲まず食わずだったのである。
しかし、今は「知り合った冒険者仲間と食事を共にしなければならない」という名目上、食べなければならない。食べることが許されている。
目の前に映るのは現代日本で何度も何度も口にし、しかしそれほどの感動は覚えなかった馬鈴薯や人参、そして大豆に似た何か、加えてパン。
彼女は今まさにこの食材、いや、全ての食材に感謝したい気分だった。
……まぁ帰ったら帰ったで、下僕にダグザの大釜で制作させている大好物のラー油メンマが完成しているハズなので、目の前のコレが実はゲロマズでもそれはそれで楽しみが増えていいかもしれないなんて失礼なことを考えている。
ゴクリッ……。
それはティカか、それともモモンが鳴らした喉の音か。
「じゃあ食べましょうか。」とペテルが言った途端に、もう我慢の限界だとでも言うように、モモンはスプーンを手にまずスープに口をつけた。
「(こ、これは……!!)」
それは今まで口にしたことのない味であった。
しょっぱくて、スパイスが効いてて、腹に落ちるとじわりとそこに熱を孕む。
加えて馬鈴薯を口に含むと、よく煮えたそれはほろほろと口の中で崩れ、歯なんて要らないんじゃないかというほどに柔らかく、味がしみていて……。
「美味い!」
それを皮切りにガツガツと食べていくモモン。
漆黒の剣の面々とンフィーレアは「この人、一体普段何を食べているんだ……?」とでも言いたげにティカの方を見るが、そのティカもまた満面の笑みでパンを頬張っていたので、気にはなるものの、どう聞いても「貴方たちの国ではこんな物もまともに食べられないのか」と暗に匂わせる発言になるのではと思った彼らは、誰ともなくお互いにそれについては触れないようにしようと決めた。
「はは、良い食いっぷりですねモモンさん!もう一杯要りますか?」
「はい!お願いします!」
その青年の顔は実に幸せそうなので、ここは腹一杯食べさせてやろうと思う。
どうせ今日で使い切るつもりだった食材である。
同時に、いつか、かのアダマンタイト級の冒険者も使うという黄金の輝き亭というエ・ランテル最高級の宿屋の料理を食べたらどんな反応をするんだろうなぁ。
と、自分達ですらまだ食べてはいないものの、多分いい反応をするに違いないと思った。
そうして、少ししてから微笑ましいものを見る目線に気付き、ハッと我に返ったモモンは照れ笑いしながら「いやぁお恥ずかしい、しばらくまともな物を食べていなかったので。」と後頭部を掻いた。
一方のティカはそれに一言二言付け加えようとも思ったが、口の中にパンを詰め込んでいずれ出会うことになるハムスケみたいになっているので発言は控えようと思った。
……ちなみにだが、彼女のヴァンパイアの特徴として有名な犬歯はこれも見た目を変えた時に対処済みである。
そして、素に戻ってゴホン、と照れ隠しに咳払いするモモンが、話題を変えようとする。
「と、ところで皆さんは、どうして漆黒の剣という名なのですか?」
「ああ、それはニニャが……」
「や、やめて下さい!若気の至りです!」
「恥じることはないのである。」
「……勘弁してくれませんか……本当に。」
ここで知らない者は首を傾げるばかりであり、モモンはあからさまに「?」という顔をしている。
それを見ては流石に答えないわけにもいくまいとペテルが切り出す。
「漆黒の剣、というのは、13英雄の一人が持っていたという4本の剣にちなんでいるんですよ。」
…………。
「(えっ、説明終わり!?)」
説明終わりである。
モモンは「もしかして知らないと恥ずかしいような事なのか!?」と少し焦った顔になるが、心配ご無用。
その焦った顔を見るまでがティカの計算のうちである。
「13英雄……とは、なんの事なのでしょうか?」
「(ティカよくやった!……けど、なんだ今の間は……?)」
「モモンさんやティカさんは遠い国からやってきたわけですから、知らなくても無理はないかもしれませんね。」
曰く、漆黒の剣とは、13英雄と呼ばれる13人の英雄の一人、「黒騎士」と呼ばれる人物が所持していたとされる4本の剣の事であり、いつかそれを見つけることが自分たちの目標である、という事らしい。
ニニャが恥ずかしがったのは、単純に、旅に出る前にもモモンが「冒険者って思ったより夢のない仕事なんだなぁ」と思ったように、こういった大きな夢を持つと大概は「そんな事できるわけがない」と馬鹿にされて終わりであるからだ。
中学生ぐらいの男の子が「俺将来は大金持ちになる!!」みたいな事を口走るようなものだと思えばわかりやすいだろうか。
「本物が手に入るまでの間は、これが私達の印なんです。」
そういって懐から抜いたのは、漆黒の剣というよりは黒い金属を使った短剣、いや、ナイフにも近いかも知れない。
それぞれそれを所持しており、それが漆黒の剣である事の証となっているようだ。
「本物かどうかなんて関係ないさ、これが俺たちがチームを組んだ証であることに、変わりはないんだしな。」
「うむ、ルクルットが珍しく良い事を言ったのである。」
「あっ!?それひどくねぇ!?」
「たまには褒めてやらないとな。」
「お前ら俺の扱い悪すぎるだろぉ!ティカちゃ~ん癒して~!」
「ルクルットさん……せっかくちょっと感動していたのに、台無しです。」
彼らはまだまだモモンから見れば、自分たちの足元にも及ばない程に弱く、チームとしての力も、装備も、全てにおいて、モモンに敵う物はない。
しかし、そんな彼らの様子を見ていると、かつての自分達を思い出す。
「(昔は俺もこうだった。皆で素材を集めて、ナザリックを作り上げて、それで……。)」
過去の栄光。
そんな言葉がモモンの、いや、モモンガの脳裏をよぎる。
「モモンさんも、冒険者のチームを?」
どんな話しからそんな話の流れになったのか。
ティカだけが少しその話題に反応し、モモンは、ゆっくりと息を吸い込み、夜空を見上げながら、まだ弱かった頃の自分の話。純白の聖騎士の話、愉快な仲間の話をした。
素晴らしい仲間だった、最高の友人達だった。
「……彼らは最高の仲間です。今は遠くに居て会えませんが。」
「モモンさん……。」
ここでティカはおや?と思う。
本来ここでモモンは暗に「仲間は何か大変なことがあって全滅した」なんてことを匂わせる台詞を言うはずで、それに対して気を遣った言葉を言おうと「いつかきっとその仲間をも超える仲間に出会えますよ」と言ってしまい、結果モモンの逆鱗に触れてしまうのである。
「遠くへ行った……なんて表現をしたら、まるで皆さんが亡くなってしまったみたいじゃない。勝手に殺すのはよくないよ、モモン。」
「ははは……それもそうだな。……あの二人に失礼だった。」
「な、なんだよ、紛らわしい言い方しやがって!一瞬ドキッとしちまったぜ。」
ハハハ……。
その笑い声にはどこか寂しいものが混ざっていたが、現状はまぁ、これでいいかとティカは自分で納得し、その後もそれ以上の事が起こることは無かった。
「それにしてもモモンさんってほんと、すげぇよなぁ、完璧超人って感じ?」
「え?」
「だってよぉ、あんなに強くて、物腰も柔らかく礼儀正しい人格者で、おまけにその顔ときたもんだ!!」
ルクルットの言っていることは最もだ。
オーガを一刀両断出来るほどの常人離れした戦闘力だけでも、いくらでも女が寄ってこようという物なのに、加えて性格はいいし、しかも美形。
言われてティカも気づくが、「これなんて乙女ゲーの攻略対象?」と思うほどである。
そんな事を言われてもあまり実感が沸かない本人は「いやぁハハハ」と照れ笑いするもんだから、実は女性であるニニャは思わず頬を赤らめ、それを悟られないように顔を背けて明後日の方向に目をやった。
そして、そんなモモンを見て浮かない顔をしている少年が一人。
ティカはそれを見てニヤリとすると、「どうかしましたか?」と微笑みながら語りかける。
「い、いえ!ただ……その……。」
いきなり絶世の美女……になるであろうと思われる美少女から微笑みを受けて思わずドキッとしてしまったンフィーレアは、もにょもにょと口を動かしてばかりでその先を言おうとしない。
ただその場の空気が完全にンフィーレアの方に話の矛先を向けたというように、しんと静まり返るので、ンフィーレアは腹を括ったとでも言うように、その思いを告げた。
「モモンさんって、その、やっぱり、モテますよね……?」
「いえ、別n「そりゃあもう、モテるよ、モテモテだよ。」」
「え?いy「そりゃこんな良い物件、放っておく女の方がおかしいって!」」
「ちょ「うむ、あれだけの腕前であれば、引く手数多であろうな。」」
「えっと……実は、カルネ村に、ある女の子が居るんですけど……その子がモモンさんに……惚れちゃったりしたら嫌、だなぁ……なんて……。」
その言葉を聞きながら、段々と口角を釣り上げる面々。
モモンですらその甘酸っぱい少年の話に、苦笑いしつつもにやぁっと口元が緩む。
すべてを最初から知っていたティカに至っては緩みっぱなしである。
「女の子ってどんな子?」
「良ければ協力しますよ!」
「役に立てることがあればなんでも言うのである!」
「私を見誤ないでくださいよ、ンフィーレアさん、人の恋路を邪魔するなんて真似、戦士として出来る訳が無いでしょう?」
「鈍感な子には一発ストレートなのを言ってあげないと伝わらないわ。」
「よぉし!お兄さんが少年にすっげぇテクを教えてやっ……イテェ!!」
ハハハハハハ……。
まだまだ、冒険者達の夜は長い。
すっごーい!君はすごい平和なオバロ二次小説なんだねー!
でもまぁ騒ぐほどでもないか……。