(旧)ユグドラシルのNPCに転生しました。   作:政田正彦

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そろそろ最終回も近い感じです。


シャルティア編(4/4)

 《ゲート/異界門》は見たことがある場所にしか繋げられない。

 ミラーオブリモートビューイングを使えば離れた場所への転移も可能だが、情報防壁を持つ高レベルNPCであるエレティカが居る以上その手も使えず、結局少し離れた所にゲートを開き、エレティカを連れ戻すという事になった。

 

 そしてその役目を担うのは、ペロロンチーノその人である。

 

 下僕のNPCは猛反対したが、「俺はあいつらの親だぞ!!」と激昂するペロロンチーノを止められるNPCは居なかったし、モモンガやぶくぶく茶釜としても、NPCを向かわせて無事で済む保証もないという事が危惧された為、いざという時にはすぐに離脱するようにという条件付きでペロロンチーノを送り出した。

 

 「どこだ、エレティカ……!!」

 

 初めは空を飛翔して向かっていたが、エレティカの姿が見えず、森を歩いているかもしれないという可能性を考え、森を足で踏みしめて移動していた。

 

 「何故だ、どうしてたった一人で向かったんだ、エレティカ!」

 

 エレティカは他の守護者に比べて頭が良い……というか性格が良い、非常に優秀なレベルで。それこそ、いつもそれに助けられているモモンガの話を聞いていても、ユグドラシル時代で普通のNPCの数十倍近いメッセージのデータ量を見ても、「このNPCを作った人はかなり人への気遣いに溢れた優しい方なんだろうなぁ」と密かに考えていたほどの物で……だからこそ分からない。

 

 何故エレティカはたった一人で向かった?

 

 いや、何故かは分かる。

 

 

 恐らくは、シャルティアを殺すためだろう。

 

 彼女は馬鹿ではない。

 きっと俺がシャルティアが精神支配を受け、その状態を打破するためにどうするか考えた時、自ずと「シャルティアを殺害し、蘇生させる事によって精神支配を解除する」という答えに行き着く事を予見していたのだろう。

 

 あるいは、「自分の妹の為にワールドアイテムを使うなんてとんでもない!」という意思があるとも考えられるが……。

 

 

 聞けばゴミ倉庫で他のギルドメンバーが捨てていったアイテムを勝手に回収して使っていたりモモンガさんに渡したりしていたらしいじゃないか。

 

 確かにユグドラシル時代でも、戦場で手に入れたデータクリスタルやアイテムを拾っては俺に持ってきたり、いつの間にか倉庫に保管することもあった。この行動はその名残なのだろうと思えば不自然な事はない。

 

 そういった点で、彼女もワールドアイテムがどれだけ貴重な物で、替えが効かないという事も理解している。だからこそ、そういった考えに至っても不思議ではない。

 

 

 ……だからって勝手に一人で拠点飛び出して妹を殺しに行く姉がどこにいる!?

 ……しかしそうとしか考えられないのもまた事実。

 

 「エレティカ……お前一体……」

 

 

 何者なんだ、と言おうとした口を閉じる。

 何者だって構わない。お前だって俺の娘なんだ。

 

 シャルティアもエレティカもどっちも大事な俺の娘だ。

 どっちかが勝手にいなくなったりましてや姉妹で殺し合いなんて、俺が絶対に許さん。

 

 そこまで考えて、「……我が儘な奴だな、俺って」と自嘲気味に笑い、足を進めるスピードを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……やっぱり、こうなっちゃったかぁ……。」

 

 シャルティアを前にして、エレティカはそう独りごちる。

 情報防壁を発動させている以上、まさかシャルティアの真ん前に居るとは思われていないだろうが、そろそろアルベドかアウラあたりが自分が勝手にナザリックから飛び出したことに気づいているだろうなと思うエレティカ。

 

 ぐったりと両手を垂れ下げ、ただその手元にはスポイトをそのまま武器にしたような、その名もスポイトランスという馬鹿げた名前でありながら、その性能は、傷つけた相手のHPを一部自分のものにできるという凶悪な能力を持っているそれを握り締めて立っているシャルティアを見て、エレティカはため息をつく。

 

 

 「まったく、ガチ過ぎでしょ。これがラスボスだと言われても私は何も疑わないね、うん。」

 

 自身の親であるペロロンチーノのセンスを疑う。

 あんなエロスの化身でありながらこんな凶悪なキャラメイクまで出来るなんて。

 

 ……まぁ私の職業やスキル構成も同じ人の手がけたものだという事を考えるとシャルティアの事は言えないのだが。

 

 

 「ねぇ、実は意識あったりしないよね?ドッキリでありんす!みたいなさ。」

 

 無論そんな事はない。分かっている。だがあまりに平然とそこに居るのでそう言いたくもなる。傍から見ればひたすら姉を無視する妹にその姉である。

 

 

 「聞いてるの?」

 

 

 顔を覗き込むが、眼球一つ動かない。眉尻を下げて「聞こえるわけ無い、か」と呟く。

 

 

 「……あーぁ、本当なら……例えば私が二次創作の主人公だったりしたら、もうちょっと上手くやる方法があるんだろうなぁ……。」

 

 

 諦めたように両手を上げて大げさに「まいったー!」とふざけるエレティカ。

 そういえばここに来てから、というか、ナザリックに拾われてからというもの、こういう素の自分を出した事ってほとんどなかった。

 

 

 任務を放棄し、なんのしがらみもなく、ただ妹の為だけに駆けつけた姉。

 

 意図せず、彼女は自由な時間というものを手に入れていた。

 

 

 「ねぇ、シャルティア。」

 

 返事は無い。いや、むしろここで今の今まで無視を決め込んでいた妹が突然「はいなんですか?」と言いだしたら今度こそドッキリ成功、という感じなのだが。

 

 「私さ、実はこの世界の……そしてユグドラシルの世界の人間でも……もっといえば、モモンガさんが居るリアルの世界の住人でも無いんだよね。」

 

 語るのは、自分の、今まで誰ひとりとして語ってこなかった身の上話。

 言いつつ、「誰もいないよね?」と辺りを見渡すが、現在の時刻を時系列にして表すと、今が丁度ペロロンチーノがエレティカがナザリックからシャルティアの元へ飛び出していった事を知ったタイミングであり、誰が来るハズもなかった。 

 

 

 「信じられないでしょ?私も信じられない。だってさ、自分の部屋のベッドでおやすみ~って寝て、おはよ~って起きたと思ったらユグドラシルの世界でこの身体だったんだよ?最初は夢だと思ってたよ。私。」

 

 言いながら、ちょこんとシャルティアの隣に座り込むエレティカ……いや、気分的には、好豪院恵里として、そこに居た。

 

 

 「突然、家族とも友達とも離れ離れになっちゃってさ…………ここだけの話、実は最初の頃は毎日、ペロロンチーノさんがログアウトして誰も居ない時間を見計らって大泣きして愚図ってたんだよね。」

 

 

 どうして突然。

 帰してよ、私を。

 返してよ、私の日常を。

 家族や友人の元に帰りたい……。

 

 

 「大量の人間の軍勢が押し寄せてきたときなんか、もう、ほんと、やってらんねーって感じだったよ……しかもその後普通に死んじゃうしね!?生き返られるの知ってホッとしたけどさ。」

 

 

 思わず蘇生魔法を使ったペロロンチーノに対して素で「ありがとうございます」なんて言ってしまったっけなあ、なんて事を思い出すエレティカ。

 思えばあれからペロロンチーノさんに対して、ほとんど素で「様」をつけて呼べるようになったんだっけ。

 

 そりゃそうだよ、事実命の恩人なわけだし。

 

 

 「もしナザリックに拾われてなかったら今頃どうなってたんだろう、なんて、想像しても仕方のない事だけど……。」

 

 

 もしかしたら消滅してたかもなぁ、とは常々思っていたが、実際のところどうなんだろう。ひょっとしたら消滅に巻き込まれてそのまま現世に帰れたかもしれないし、そのまま消滅して私のことなんて無かったことになっちゃうのかもしれない。

 

 「でも、なんて言ったらいいかな……うん……拾われて、ナザリックに入って……NPCになって。モモンガ様やペロロンチーノ様やぶくぶく茶釜様……それに、他のギルドメンバーの人達や、アルベドを始めとした守護者の皆や下僕の娘達……この世界で出会った数々の人……」

 

 

 「それに」と顔を上げてシャルティアに向き合う。

 

 

 「シャルティアと出会えて良かったよ、私」

 

 

 いや、昔から妹が欲しかったんだよね。なんてフザけた調子で言いながら少し照れ臭くなって、あるはずのない熱が頬に帯びるのを感じた。

 

 

 

 脳裏には、一緒に温泉に浸かりながら私の胸を凝視するシャルティア。

 

 第一階層の侵入者を一緒に協力して倒した時のシャルティア。

 

 プレアデスのユリを部屋に連れ込んでニャンニャンしてるのが見つかって若干気まずそうに「ね、姉様も混ざるでありんすか?」とおどけるシャルティア。

 

 ペロロンチーノ様は造物主として絶対の服従を誓っているのは当然の事として……美の結晶でありナザリックの絶対支配者、至高の方々の頂点に君臨するモモンガ様も魅力的で……両方から夜伽のお誘いを受けたらどっちを優先したらいいのか、と本気で悩むシャルティア。

 

 

 

 ……思わず、くすっと笑みが漏れた。

 

 

 「……さて、そろそろ……時間が来たみたい、だね。」

 

 そう言いながら、懐に手を伸ばし、あるものを取り出すエレティカ。

 それを手に握り、斬りかかった瞬間、戦いの火蓋が切って落とされる。

 

 「始めよっか」

 

 

 

 だが、手に持っていたのは、彼女の得意武器のハルバードでも、ティカの際に使っていた細剣でもない。

 

 かつて、ガゼフ・ストロノーフを救う際に使った木彫りの人形のような不思議な形をしたアイテム……によく似た、木彫りの、妙な形の人形。

 

 それがきらりと光り、それに合わせて、シャルティアの懐でなにかがキラッと光るのを見て、エレティカは静かに笑う。

 

 

 「フフ、いい子、ちゃんと”それ”、持っててくれたのね。」

 

 

 そして、その人形の光が最高潮になった時、人形はその光に耐え切れずといった風に、光の塵となって消える。

 

 その様を見て一瞬不安になるエレティカだったがしかし、次第に自分の身体の自由が奪われていくような感覚に陥るのを感じ、再び笑顔になる。

 

 

 「う……ぅん……。」

 

 

 加えて、目の前のシャルティア、愛しくて、可愛い、後で生き返るからといってもとても私の手で殺すなんて出来ない愛すべき妹。

 その体がピクリと動き、眠りから覚めるように意識が浮上する様を見て、満足そうに頬が緩む。

 

 「ほら、起きてシャルティア、皆心配してるわよ」と声をかけようとした。

 

 

 だが、思ったより早くに自由が奪われ、精神支配されているらしい。

 その声を出すことは、叶わなかった。

 次第に、その顔から笑みも薄れていく。

 

 

 「えっ……?姉……様?」

 

 

 

 最後にシャルティアの顔を見て、エレティカが感じていたのは安堵だった。

 

 「(良かった……。)」

 

 だがその思いとは裏腹に、反応が無いエレティカを見て、無防備にその身体に触れようとするシャルティアに、いつから手に持っていたのか、禍々しい形のハルバードが彼女に切り掛ろうとしていたが、エレティカにはちゃんとその無慈悲の刃から妹を守る至高の方の高速で飛んでくる姿が見えていた。

 

 

 「シャルティア!!!」

 「えっ……きゃあ!!?」

 

 

 <ヴヴン!!!>

 

 

 そのハルバードは先程までシャルティアが居た場所に叩き落とされ、その間に、名状し難い、とにかく嫌悪感を覚える、まるでそれ自体が何か怨念めいた声か何かのような風切り音を鳴らしながら……。

 

 <ズンッ!>

 

 「くっ……分かってはいたがなんて威力なんだよ全く。」

 

 叩き落とされた場所から先、30m程、綺麗な直線が地面を抉っていた。

 

 ペロロンチーノとシャルティアはそれを間一髪で躱し、ペロロンチーノはズリリッとスライディングしながら距離を取る。シャルティアはその腕の中でただただ狼狽していた。

 

 「ね、姉様……なんで……。」

 

 その顔にいつもの調子は無く、至高の御方、ペロロンチーノの腕に抱かれているというのにそれに対してなんの反応もできない程に、ただ呆然と、自分に刃を向けた姉を見ていた。

 

 「シャルティア……話は後だ、今は離脱する!」

 「で、でも」

 「シャルティア!!!」

 

 いつになく声を荒げるペロロンチーノに、シャルティアがびくりと身体を震わせ、微かに目尻に涙を貯める。

 

 その様子を見て若干「しまった」と思い、次は宥めるように腕の中のシャルティアに優しく声をかける。

 

 「頼む……今はただ黙って俺の言うことを聞いてくれ」

 「は、はい……」

 

 いつになくその有無を言わせない雰囲気に気圧されて、シャルティアはただ頷き、結果として、エレティカから少し離れた所でゲートを開き、無事にナザリックに帰還する。

 

 そんな様子を見届けると、エレティカは安堵した心持ちのまま、そこに佇んだ。

 

 

 

 

 

 『ペロロンチーノ様、突然お呼び出ししてしまって申し訳ありません』

 『いいよ、ほかでもないエレティカの頼みなんだから』

 『そう言ってもらえると……それで、ええと、相談なんですが……』

 『相談?何かな?』

 『ゴミ……倉庫で、アイテムの整理をしていた所、いくつか役立ちそうなアイテムを見つけたので、ペロロンチーノ様に使用許可を頂ければ、と……』

 『ん?……これ、ほとんど外れアイテムのゴミばっかだけど……まぁ使いたいなら好きに使えばいいよ』

 『ありがとうございます!』

 『いいよ、ハハハ、大体、ゴミとはいえ、あそこに眠っているアイテムのほとんどはお前が拾ってきたアイテムじゃないか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 『モモンガ様、これを』

 『これは……?』

 

 

 

 

 『シャルティア、これは貴女に渡しておくわ。』

 『?……これはなんでありんすか?』

 『それは……フフ、今はまだ内緒、でもきっと後で役に立つ時が来るわ』

 『うーん……?』

 『私も同じものを持っているの』

 『肌身離さず持っているでありんす!!』

 

 

 

 傾城傾国の精神支配の力は、ワールドアイテムでしか解消する事は不可能。

 かの、願いを叶えるマジックアイテムですら、それは同じこと。

  

 だが、もし……。

 

 もしその精神支配の相手を入れ替える(・・・・・)だけなら……?

 

 

 正直、当たって砕けろな博打、作戦とも言えない賭けだった。

 

 その為にわざわざ、ペロロンチーノに「使いたいんですが」と進言した際に、ゴミに紛れて実はガゼフが使ったものより遥かに高位の……名を『奇術師のトーテム』というアイテム。それを紛れさせておいた。

 

 効果は見ての通り、『お互いに事前に持っておく事で、どちらが状態異常にかかったとき、これを使う事によって状態異常を肩代わりすることが出来る。』という効果。

 

 

 しかし、「自分が状態異常を受けた際に盾に状態異常を肩代わりしてもらうという使い方なら役立つかもしれないが、そもそもそういう盾には総じて耐性がついているもんだしなあ」と結果ゴミ扱いになったアイテムなので嘘はついていない。

 

 

 また、飽くまでも「事前に」渡しておかなければ、精神支配によって敵判定となっているシャルティアにこれを渡しても効果がないと思われた為急いで渡す羽目になり、モモンガの為に人化のアイテムを探すのに少し時間がかかった。

 

 

 もっとも時間がかかったのはユグドラシル時代にこの事について対策のためとそれに気付かれないようにするダミーの為に数々のアイテムを拾い集めた為。

 

また、メンバーの何人かがそんな私のゴミ同然のアイテムに紛れて、ガチの方のゴミを置いていったりしてくれたお陰でもあるのだが。まぁ、その中にもいくつかおもしろいアイテムがあったから、それについては許している。元々ただの倉庫で、私が私物化していいものでもないしね。

 

 

 初めにペロロンチーノに見せておいた理由としては万が一「そんな便利なアイテムがあるなら!」となった時に「だってペロロンチーノ様が」と後ろ盾が欲しかったから。

 

 それだけの理由であった。

 

 

 これだけの事をやっておいて、実は彼女は自分のことを「頭は弱い方だ」と思っている。

 まぁナザリックで右に出るものは居ないと言うほど知見に長けたデミウルゴスでさえ、「いやいや私など至高の御方々に比べたらまだまだ」なんていう有様であるし、それに間違っても知見で勝っているなどと考えられないエレティカからしてみれば「あの」シャルティアの姉であることも助長し、「自分は頭が弱い方である」と意識してしまうには十分過ぎた。

 

 今回の件も、たまたま上手くいったに過ぎない。

 というか、たまたまペロロンチーノが駆けつけてくれなかったら、今頃シャルティアを切りつけていたかも。

 なんて思っているあたり、やはり彼女にその自覚は無いようだが、しかし、彼女が必死になって妹を守ろうとした計画は今、実を結び、結果妹を無傷でナザリックへ送還。

 

 彼女がユグドラシルのNPCに転生してからずっと立てていた計画は今、成功したのであった。

 

 

 

 

 

 「(事前に手を打っておいて(・・・・・・・・)本当に良かった……。)」

 

 

 

 

 

 エレティカは、深い、深い……安堵の中に、その意識を手放した……。




次章、VSエレティカ編、乞うご期待。

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