想いのカタチ   作:新茶

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明けましておめでとうございました。新茶です。

この7ヶ月間投稿から遠ざかり次話を期待してくださる皆様には大変お待たせさせることとなりました、申し訳ございません。リアルでの生活においてプライベートに使える時間がめっきり減ってしまい一時期は投稿させていただいている「ハーメルン」にすらログインすらしていませんでした。何とか年末年始ということで時間を取り次話を投稿させていただく運びになりました。一先ず4月になれば落ち着く…と思います。

これ以上こんな話を続けてもなんだと思いますので本編の方をどうぞ!


第19話 ひと時の幸せ

 

 

「養護教諭は帰ったみたいだが保健室の利用は問題ない」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「構わん、それよりあいつだ」

 

「………」

2人で支えながら運んだ彼はベッドで静かに目を瞑っている。彼の顔を見ると最後の瞬間の掠れた声が本当の限界だったことを1番に感じていた。

 

「とりあえず、私は置いてきた仕事があるから一旦職員室に戻るわ。悪いがしばらくこいつのお守しといてやってくれ。もしお前の目でみて体調が良くなっていれば一緒に帰れ、戸締りに関しては任せていいから」

 

「すみません、お仕事頑張ってください」

 

「おう、そっちこそ時間使わせてすまんな」

 

「先生じゃなくて彼から言ってもらうことにします」

 

「それもそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれだけ辛いのなら部活…休めばよかったでしょう」

あれから2時間既に日は落ち、親へ帰宅の遅れを連絡してその後は椅子に座り本を読みながら…といった具合だ。

彼はまだ目覚める気配が見えない。私は穂乃果曰く寝るととても睡眠が深く全くと言っていいほど起きないようです。今の和也さんは相当疲れているのでしょう、ちょっとやそっとでは起きないと思われます。顔色も幾分はマシになりましたが今までの疲労は隠せない様子です。

 

「いつも、何もかもこなしている彼がこうやって目を閉じて眠っているなんて今まで想像もつきませんでした」

今日の休み時間は別としても普段はどうしているのかと不安になるレベルで、最近の生活に関しては後々問いただしたいところではあるのですが…。

 

「う…あ」

 

「!…和也さん!」

 

「…おは、よう」

あまりにも遅い挨拶が誰かの何かに触れたのかはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体がダルい。

 

企画の成功を収めた夜、晩飯も食べずにベットに制服のままぶっ倒れていた。

とりあえず今日までのことは終わった…って安心している部分もあるが、それ以上に目に見える景色全部に映る白っぽい天井を見上げてずっとボーッとしていた。

気持ちが満たされたような達成感と何かが足りないような違和感に晒されながら、ただ静寂が訪れていた。

 

 

 

 

 

再び日が差して来た頃、起き上がりシャワーへ。

身体は思うように動いていないもののやるべきことは待ってくれない。

とりあえず今から用意して学校に向かったところで日頃の朝練は十分な時間を確保できないし、園田には申し訳ないが休むと連絡しておこう。

 

いつも学校に向かう時間よりも1時間ほど遅く、かといってギリギリの時間にならないように余裕を持って学校に向かった。正直、歩くのも辛くなる部分はあったがそれ以上に学校を休むことを自分が許さなかったし、なぜこれほど身体が動いてくれないのかと苛立ちも少しあった。

 

学校に着いても身体は思うように動かないし机に突っ伏した方がただ座るよりも身体的にはマシだったので特に用もない時間はこうしている。というより、そうしていないと毎時間の授業がもたない。

そういや今日は一言も話していない気がするが今話したところで相手に嫌な印象を与える気しかしない。それを知って知らぬか園田でさえ話しかけてこないし周りは周りで察してくれていると判断した。

 

 

 

 

 

やっと授業が終わりこれから部活というところだが、俺の中で休むなんて選択肢はハナから消えていて、雑に鞄に教科書をぶち込み足早に道場に向かう。

 

 

 

 

 

そこからはハッキリと覚えていることはほとんどない。今何をしているのかすら…分からない。

分からない?俺は今どうしている?目の前は真っ暗で考えだけが浮かんでくる。

徐々に耳が冴えてきたのか周囲の音が聞こえ始めた。といっても殆ど音はせず、強いて言えば誰かの話し声が聞こえる程度だ。立っているのか、座っているのか、身体は水中に放り出されたように感覚が掴めないでいる。どうにか視覚で補おうと俺は目に光を浴びた。

 

 

 

そこは自室にしては白すぎる天井と落ち着きを感じる薄いピンクのカーテンが壁側以外を囲っており、視界の隅には長い髪が揺れている。

 

「う…あ」

久しぶりに出した声は掠れて言葉として認識出来ず、すぐに黙ってしまった。しかし、視覚以上に聴覚はハッキリと聞き取ることができた。

 

「!…和也さん!」

園田の声が聞こえる、その髪の方へとゆっくり顔を向けていく。はっきりと彼女の顔を捉えた時、俺は…

 

 

 

 

「…おは、よう」

園田と今日初めて会話、挨拶をした。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、おはようございます。体調はいかがですか?」

いつもよりも少し笑みが溢れている園田にホッとする。

 

「ああ、大分マシになったよ。迷惑かけて悪いな」

いつどうなってここに至るのかは正直覚えていないものの、ここに園田がいるということは俺に関わらせてしまったのだろう。

 

「そうですよ、全く人の忠告を無視して倒れるなんて飛んだ馬鹿者ですね」

 

「あ、うん。その件に関しては…」

ここで俺は一言でヤバいと気づいた。いつもと違うオーラ?雰囲気を醸し出す園田にゾッとした。さっきの微笑みすらも今でさえ表情が変わっていない点で察することができた。

 

起きて一言交わした時点であいつはそれなりにお怒りだったのだ。

 

「大体ですね!あなたは何故倒れるまで自分の身体を気にしないで全部こなそうとするのですか!」

 

「それは…」

今まで見たことない血相でマシンガンの如く放たれる言葉に処理が追いついていない。いや、どちらかといえば言われたことが全部正論であるために返す言葉が思いつかず、黙り込む。

 

「黙るということは自覚していたんですね?」

そう、更に俺は地雷を踏み抜いたのだ。どんどんと返す言葉を考える幅すらも狭くなっていく。

 

「いや…」

 

「…もう少し説教が必要ですね」

 

「すみませんでした」

心の骨が折れた俺は完全に諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方日が落ちる頃。

 

 

 

「…ここでいいですか?」

教室の鍵番号を段取りよく外すと扉を勢いよく開けて蛍光灯を付ける。

そこには机とは別のそれより大きい長方形の木板や丸められた方眼用紙が置いてあった。

 

「わざわざ申し訳ないわね」

 

「いえ、珍しいなんてもんじゃないですよ、まさか生徒会長から直々に話があるなんて」

 

「そうかしら?あなただって部活をしている身ではあるし、更に言わせてもらうと彼との1番の友人じゃないのかしら?」

 

「ってことは彼の話ですか」

 

「話が早くて助かるわ」

 

「僕に関係する人は今日はもうここには来ません。話があるならじっくり話しましょう」

 

「ええ、よろしく頼むわ。北川陸斗君」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、早速本題に移らせてもらうわ」

 

「はい」

 

「彼には何か秘密があるの?」

 

「…秘密ですか。現実的な回答をするならば誰しもが秘密は持っていて僕でも知らない部分は山ほど出てくると思います。彼に限っては特に」

 

「………」

 

「分かっています。あなたが話してほしいことはそんなしょうもないことではない」

 

「………」

絢瀬絵里は静かに話を聞いていた。ただ手掛かりを知りたい、その思いで踏み込むべき線引きに片足を踏み込んだのだ。

 

「彼は最近あからさまに無理をしていた」

 

「ええ」

 

「やっぱりですか。僕の目から見ても彼の様子はおかしかったです、ここ1週間は特に」

 

「そうね」

絢瀬絵里は肯定しかしていない。彼の背中に迫る夕日が、その瞳が僅かに橙色に輝いていた。

口元は微かに微笑みを含んでいて、まるで楽しんでいるかのよう。

 

ここで何か疑問を感じた。この場所、よくよく考えてみればここは新聞部の部室だ。北川君にとってのホームグラウンドでもあると思うと私は彼の世界にすら踏み込んでしまったのではないかと恐れを感じた。いくら彼が知っている情報だからとはいえ主導権はあちら側に簡単に移ってしまった。焦りを感じながらも人の秘密を探るのだとそれなりの覚悟がいると自分を納得させる。

 

「彼の特徴を簡単に言いますが、あいつは自分で決めたことに関しては諦めたり、中途半端に終わらせたことは僕の記憶の中ではありません」

 

「それなら…!」

 

「あなたが悩んでいることにもそれは当てはまるのではないのでしょうか?

あと付け足させていただきますが、彼にとって友人、知人、お世話になっている人など好感触な人の情に何か影響を受けているならば更に努力します」

 

「確かに彼から強い願いを受けたわ…」

 

「その結果彼は成し遂げましたか?」

 

「私達の予想をはるかに超えた。彼のお陰で今回の企画が成功したと言っても過言ではないわ」

 

「あいつも変わっていない…か。僕が彼と知り合ったのは中学からですがその頃から彼は自分の可能性を信じて努力を惜しまない人間でした」

 

「そう…」

 

「努力しない人間を嫌い、努力している人には手を差し伸べる。彼は自分自身の心の中に秘めた尊敬という名の理想像に近づけるように努力をする。僕は今まで生きてきてこんな奴に出会ったのは初めてで、その芯の強さ、人間性に惹かれました」

 

「もし私が何かの今までの積み重ねが無かったとしたら彼は力を貸してくれたかしら」

 

「中身によりますが、余程のことがない限り見限られるのがオチかと思います」

彼の強さは利用するには諸刃の剣で自分の行いに助けられた部分が多くホッとする。

 

「あ、大事なことを忘れていました。彼の取説として1番重要なのは『理想像の欠損』です」

 

「欠損…?」

 

「はい、先程言いましたが彼にとって理想像は道標であり越えるためのものです。そして、彼自身も諸刃の剣でもあります」

 

「理想像がなくなるとどうなるの?」

 

「彼にとってのコア、即ち原動力がなくなります。何かに訴え続けてきたあいつが進むべき道を失ったとき、あいつの全ての時が止まります」

 

「動かないってことは…やる気がなくなるとかってことかしら?」

 

「はい、そう思ってもらって構いません。具体的に申し上げるとバーンアウト症候群ってご存知ですか?」

 

「バーンアウト…燃え尽きる?まさか」

 

「流石生徒会長。バーンアウト、日本語に直すと燃え尽きる。よって、燃え尽き症候群です。彼の場合その原動力が消えた場合何もかも手につかなくなります」

 

「今までそういったことはあったの?」

 

「特にはなかった…ように思えますがこれからどうなるかは保証できませんし、まず誰を理想にしているか分からない上に原動力が消えるかどうかはその人の動き方次第だと思います」

 

「誰が考えられるか全く予想できないわ」

 

「他人は他人ですから流石にどうにもいかない部分は多少出てきます。だから、僕からのお願いです。あいつの力になれるように先に立ち続けてもらえませんか」

1番の友達だからこそ心配して、他者のために人に頭を下げることができる…波野和也が日頃から如何に真っ当な人間であるか証明された瞬間だった。

 

「…私だって覚悟して今の話を聞こうと思ったの、当然断る理由なんてないわ」

 

「ありがとうございます。あいつはいい先輩に恵まれました」

 

「私も優秀な後輩を持ってありがたいと思うわ」

 

 

 

 

 

「…エリチ!」

夕日が薄っすらと射し込む程度にまで話していたが突然扉が開きその先にいる希の焦った様子を見て嫌な予感を覚える。

 

「どうしたの、そこまで焦るなんて」

 

「波野君、倒れたって」

 

「なんだと…」

 

「嘘でしょ…」

 

「さっき波野君の担任と会って倒れたって聞いたんや、今日は容態みて帰ったらしいけど」

 

「遅かった…やっぱり無理をさせていたのは嘘じゃなかったのね」

 

「…先輩方のためにあいつが動いたというならさっきのような話にはならないと思います。きっとただ疲れがピークに達しただけかと。次会う時には平気な顔をして現れますよ」

 

「だけど!事実は変わりない。後輩に倒れるまで無理をさせたのよ!必要な犠牲だなんて割り切れるわけないでしょう」

 

「生徒会長を人情の無い人間だとは思っていません。あいつならあなたのことを責めるような真似は絶対しない!」

 

「2人共熱くなりすぎやで、一旦落ち着きや」

 

「すみません…」

 

「北川君の波野君を思いやる気持ちも分かるけどうちらは生徒会として公式に動かせてもらってる。その場が原因で彼が倒れたのならうちらに責任があることは彼がいくら否定したってあるんよ」

 

「…自分はただあいつの気持ちを誤解して欲しくなかっただけです」

 

「私も彼の意思は尊重する。そこまでの想いをもって活動に取り組んでくれたんだから」

 

 

 

「…今日はお開きにしやん?」

 

「ええ」

 

「…分かりました。戸締りなどは自分でやっておくので先に出てください」

 

「よろしく頼むわね、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

「あのバカが、心配させてどうする…あいつの理想像は今誰なのか少し調べてみるか」

1人残る教室に一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、悪かったって」

かれこれ1時間ほど説教され耳にタコができる思いをしながら彼女の話を聞いていた。挨拶を交わせば相手の怒りに触れるなんて想像もしていなかった。こんなに怒る園田が珍しすぎて冷や汗すら出てこなかった。

 

「まだまだ反省が足りません!大体、あなたという人は人にどれだけ迷惑をかければ良いと思っているのですか!」

正論をぶつけられまくり正直精神が潰れかけていたのだが。

 

「お、起きたのか」

 

「先生、ちょうど良かったです」

 

「あいつ分かってるからさ、もうそろそろやめてやれ。波野が参ってるとこなんて貴重なもん見せてもらったしだな」

 

「趣旨が少し違う気がしますが先生がおっしゃるなら」

 

「ご迷惑をお掛けしました、すみません」

 

「一応、東條には言わせてもらった。今日はもう帰ったと伝えたがな」

 

「…そうですか」

自分の行いのせいで周りに迷惑をかけたことを思うと嫌気が差す。いくら成功に結びつく等価交換だとしても他者の気分は優れないものなのだ。

 

「………」

 

「ま、あまり遅くならないようにな」

再びドアは閉じられ2人の空間に戻る。2人には空調の音だけが静かに響いている。

そんなとき、先に話したのは園田からだった。

 

「はぁ、和也さん。今日何の日か覚えていますか」

小さい溜め息をつき話を始められたが今日が何日かは全くと言っていいほど気にしていなかった。

 

「何日?」

 

「2月14日です」

 

「…バレンタインデー?」

 

「ええ、ということでこれは部活の先輩方からです」

園田が紙袋を暖房の当たらない場所であろうところから持ってきてくれた。紙袋自体は洋菓子店のものだが中を覗くとそれぞれ綺麗にラッピングされた袋が入っていた。

 

「みんな手作りしてくれるんだな」

 

「まぁこういうこともありますが、和也さんは日頃の行いが良いですから。当然と言えば当然だと思います」

 

「やっぱり満足してない?」

 

「平気です!平気ですから!」

 

「あ、うん。また先輩方にお礼しとかないとな」

 

「あともう1つあってですね」

 

「もう1つ?」

 

「私からのチョコです」

ベッドの上からは見えず、おそらくは鞄から取り出した小さいながらリボンが付けられた箱が渡された。

 

「本当にいいのか?」

 

「和也さんならもっと美味しいものを作れるとは思いますが」

話している途中ですぐに首を横に振り否定する。

 

「違う、間違っても自分を下げるようなことは言わないでくれ。こうやって渡されたの初めてだし今日だって迷惑掛けたし、あと…何より嬉しい」

 

「う、嬉しいだなんてそんな…大したものじゃありませんから」

 

「ならさ、ここで食べていい?」

後から考えれば相当頭のネジが飛んでいる気もするが疲れていたのか、はたまた園田の控えめな姿勢に意地になったのか強気な発言をしてしまった。

 

「え?いや、そのそれは…こ、ここは保健室ですし今食べるってのはその…」

 

「もう貰ったし自由にさせてもらう」

包みを解き、箱を開けるとトリュフが6個並んで入っていた。

 

「いただくよ?」

 

「そ、そんな勝手に!」

園田の言うことも知らずチョコを口に含んだ。何か願うような正面のかつ結構顔が近い彼女から目を離さない。

 

「ふふ」

 

「どうしたんですか」

徐々に口内の温度でとろけ始めるチョコは俺の顔もとろけさせていたらしい。

 

「美味しくて…さ、俺誰かに何か作ってもらうなんて久しぶりで嬉しくて」

 

「そこまで言わなくても」

薄っすらと頬を赤らめる園田に普段あまり見せないような満面の笑みで答えた。見つめる瞳はワザと横に逸らされている。

 

「それくらいなんだよ、本当に。1つ食べてみなよ美味しいんだからさ折角作ってくれたんだし本人も味合わなきゃ損だって」

 

「それは少し違うと思うのですが。試作を何度も食べましたし」

 

「はい、あーん」

 

「むぐっ」

今日の和也さんは何かがおかしいと思いながらもそれが悪い意味ではないため彼女はそのテンションについて行くしかなかったのだ。

 

「どう?」

元来控えめで冷静な印象の彼が如何にも楽しそうに見える。そこに嘘偽りというのは存在しない。

 

「…試作よりも美味しいです!」

相乗効果なんてあるのか分からないが、今まで作ったどれよりもそのチョコは美味しかった。

 

「やっぱり美味しいんじゃん」

素直に笑う彼の姿に意外性を感じつつもどうやって作ったの?とか何入れたの?と料理を作る2人だからこそ成しえる会話が続く。

 

楽しく話していると和也は僅かなノック音を感知し、チョコを隠すように求める。

 

「分かりました」

 

「おーいもう閉めるぞ」

 

「ちょ、ちょっと待っていただいてもよろしいですか?」

 

「おう、3分以内にな」

思ってた時間と大して変わってねえと思いつつもガサガサと音を出さないようにチョコをそっと鞄にしまい込む。

 

「…家帰ってからまた食べるわ、ありがとう」

園田の耳元で先生に聞こえないように囁くと次第に耳は真っ赤になっていき動作は停止した。

 

「あーごめんって」

身体を揺らすと元に戻ってくれたのが幸いで全てを元に戻してカーテンを全開にする。

 

「お待たせしました…」

 

「おう、体調管理にはくれぐれも気をつけてな」

 

「はい、本当にご迷惑おかけしました」

 

「分かってくれているなら構わないよ」

 

「お先に失礼します」

 

「失礼します」

2人は冷静にかつそそくさと保健室を後にした。

 

 

 

 

「保健室で男女が2人なんて普通なんかあるはずなんだけどなぁ」

担任は2人の反応をよく分からない目で見ていた。あまり世間話というよりは事務的な会話しかお互いにこなさないので部活仲間程度にしか思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう暗いし送っていくよ」

 

「貴方は今日倒れたことをご存知ではないのですか?」

迷惑をかけてしまったことを考えると送っていくのは当然の行為だが、本人の体調も万全ではないのは事実で痛いところをつかれた。

 

「それはそうだけど…チョコで気分はスッキリしたし、もうちょっとチョコのこと聞きたい」

 

「それほどですか」

 

「それほどな。そうだ、お返し何がいい?」

 

「お返しですか?…手作りがいいです」

少し下を向き目を合わせてもらえない。チョコ系統の手作りのものなんてレシピ齧った程度で大して詳しくもない。

 

「本当に?」

 

「本当です。和也さんなら何作らせても美味しいと思いますが」

そこまで信用してもらえるなら作るしかない。折角だから貰った人全員に手作りにしようかとも考え始める。

 

「じゃあ作るわ。ご所望は?」

 

「お任せします」

 

「分かった、頑張ってみる」

既に2人は帰路に歩き始めていた。なんとなく話を続けながらもうすぐ3年生の卒業やら自分達が先輩になるなど大変な1年になることは予想できていた。

…音乃木坂が数年後になくなる可能性が高いってのは流石に言わなかったが。秘匿性も高いし。

人を騙して生きていく罪悪感が今更に心の底から湧き出してくるような気がして嫌悪を抱く。騙して、嘘をついてなんて目の前にいる園田にどう話せばいいのか。時間が事態を重くすることは理解できていた。

 

 

 

 

 

「このらへん家じゃないのか?」

 

「いつの間に」

 

「お疲れ様。チョコありがとう、お返し楽しみにしておいて」

 

「結局は送ってもらうことになってしまいましたね。体調には一層気を使って下さいね?」

 

「…はぃ」

根に持っているのかドスの効いた顔を見せられるとやはり怯む。

 

「では、失礼します」

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

園田と別れを告げ家へと真っ直ぐに向かっていた時、前から歩いてくる男がいた。

制鞄よりも大きめで形も決まったものではない凸凹とした

袋を片側に担いでいる。俺はその顔に僅かに見覚えがあった。そして、すれ違いざまに…。

 

 

 

「なぁお前、波野和也じゃないのか?」

 

「!!」

声にならない驚きと必死にポーカーフェイスを装う。やはりか、と焦りが湧いてくる。風はまだまだ冷たくて手は感覚を無くし、唇も潤ってはいない。しかし、何か嫌な汗が出ていることは察せた。

 

「ああ、波野だ」

淡白な返事だか今はまだ、それでいい。

 

「最近はどうしてる?」

 

「平和に暮らしているよ」

 

「そういうことじゃない」

 

「知ってる」

 

「はぐらかしそうだからストレートに言わせてもらうが、バスケはどうした?」

 

「あの時に俺は競技者としてバスケを行うことはやめた。今は遊び程度だな強いて言うならだが」

 

「ハッ、冗談はやめろ。俺だって暇じゃない」

 

「それは俺もだ。嘘はついていない」

明らかな苛立ちを向けられこちらもただでは済ましたくない。

 

「…本当に言っているのか?」

 

「嘘は言っていない」

 

「ふざけるな!!あれほどの才能を持ちながらバスケをやめただと!?」

 

「…前々からだがお前とは話が合わない」

 

「なんだと?」

 

「才能があるなんて最初からできて、他の奴より頭1つや2つ抜けていないと言えないんだよ。今日は失礼する」

 

「おい、待てよ!」

声を無視して俺は帰路に足を向ける。男は追ってくることもなくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嫌な思い出だな」

本当にこんなところで会うとは思っていなかった。

自室に戻ると写真立てに入れられた1枚の写真が目に映る。ゼッケンを付けてバスケットボールを抱える今とは少し幼い顔があった。

 

あの頃の俺は幸せだったのかと心に針が刺さる。映る顔は満面の笑みでこちらを覗くのだ。明らかに楽しんでいてかつ、本気でスポーツに取り組んで結果を求めて努力し続けたがむしゃらな俺はどこへ行ったのか。

 

確かに歩んだ道のりは静かに暗闇に消えていた。

 

 

 

「…今日はチョコを食べて寝よう」

今だけでも明るく照らしたくて貰ったチョコを温かいコーヒーで頂こうとリビングに戻った。

 




今回もお読みいただきありがとうございました。

前書きの通りまだまだ忙しい日々は続きそうです。それでもこの作品は大切にしていこうと思っていますのでよろしくお願いします。辛うじて書き溜めしている分をいじって落ち着くまでは投稿していきたいと思います。流石に海未ちゃんの誕生日には顔を出したい…。
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