明久は結局、誰も召喚しないまま登校した。
手元には、英霊《サーヴァント》の一覧があり、新たに足されたギルガメッシュに、明久はカラカラの脳ミソの組織を総動員する。
「語り手は語り手に…か…うーん、よくよく考えたら僕、全部のサーヴァントを召喚してないや…。でも、試験召喚獣とは違うみたいなんだよなー…」
実際に明久の端末に載るギルガメッシュの名前の横には、《外出中》召喚不可という文字が足されている。
いくらA.Iだからといって、機械端末の…電子粒子で構成されたギルガメッシュが、召喚フィールド外に存在時点でおかしい。
さらにおかしいのはそれだけではない。
ギルガメッシュが召喚されたことにより、手の甲に出現した模様が連なるように増えたのだ。一見、刺青のようだが、紅い痣のようで不気味である。
この不気味な痣は英霊を召喚するたびに増えていくのだろうか?わからない事だらけである。
「よう、明久。」
「あ、雄二。おはよー」
「珍しいな、こんな朝早くにお前が登校するなんて…」
「うん、なんか目覚めが悪くて。」
「あー…なんか悪い夢でもみたか?」
「そんなとこかなー。あ、そういえば…霧島さんが…」
その瞬間、雄二は掃除用具入れの中に閉じ籠った。
その動きは忍者もびっくりな俊敏なものだった。
「アイツの話をするな!」
「…雄二は霧島さんから逃げるために早くに登校したのか…大丈夫、違うよ雄二。今朝、霧島さんに昇降口で試召戦争の宣戦布告をBクラスの使者がしてたよ?」
「ナニィ!?」
バン!と音を立てて掃除用具いれから出てきた雄二に、明久は苦笑する。
なんだかんだと言いつつ気になるのだなと、思っていたら、明久は雄二に肩を掴まれた。
「詳しく話せ!明久!」
「え、うん。えっと…」
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「あ、霧島さん、お早う!」
「…お早う、吉井…雄二知らない?」
「え?まだ会ってないよ?」
「ならいい…。」
「たぶん、雄二、教室か屋上だよー。下駄箱に靴が有るし、ほら!」
明久が雄二のプライバシーを軽く無視して、下駄箱を開くと、翔子は納得したのか「絶対捕獲する」と呟いた。その時だった。
「あ、あの!霧島さん!」
「……なに。」
「わ、私は二年B組の花岡 麗です!A組代表である霧島さんに、B組からの使者として参りました!」
その言葉に翔子と明久は顔を見合わせた。
登校した翔子を待ち伏せしていた使者がするとしたら、ひとつしかない。
試召戦争の宣戦布告しかない。
「…B組は、この前F組に負けて、三ヶ月間は試召戦争を申し込むことはできないはず。私の記憶だと、まだ三ヶ月は経ってはいない。」
「う、そ、そうなんですが…その出来れば、A組から宣戦布告したという形にしてもらいたいんですが…。」
その言葉に、翔子は何かを考えこむよう口元に手をやると、再び凪いだ瞳を使者の少女へと向けた。
「…わかった。A組の皆の意見を聞いてみる。」
「じゃ、じゃあ!」
「…勘違いしないで。貴方たちの宣戦布告は、正規のものではないから、私達は拒否できる。一応、放課後までに検討して連絡する。」
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
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「…て、変だよね。確かに上位クラスは試召戦争の申し入れを受けなくちゃいけないけど、B組は僕らに負けて三ヶ月も経っていないから、申し入れは無効なのに、何でA組は申し入れを保留になんかしたんだろ?」
「…なるほどな。ちょっとこい明久。」
そう言うと雄二は自分の机の前に座ると、明久を向かいに座らせ、鞄からルーズリーフを一枚取りだし、筆入れからボールペンを取りだした。
「いいか、明久。この2クラス間の試召戦争は恐らくサーヴァントアシストが関係してくる。」
「サーヴァントアシストが?」
「ああ、B組は負け続きだ。どうにか白星を揚げたいが、F組に負けた事により形振り構わなくなってきた。
そんなおりに、学園にムーンセルシステムが国から送られてきた。名誉挽回したいB組がするとしたら?」
「あ」
「そう、テストの点だけがA組とB組を隔ててきたが、召喚したのサーヴァントの差、メンタルの差で、B組にもA組に勝てる可能性が出てきたわけだ。
B組がA組に勝てば、F組に負けたという不名誉な事実が払拭される上に、あわよくばA組の施設も交換できる。
大きな賭けだが、B組はA組と試召戦争をふっかけたくて仕方ない。」
「…でも、できないから霧島さんに直談判した。」
「そうだ。対してA組にも、試召戦争を起こしたい理由がある。だから、翔子は不正な申し入れを断らずに保留とした。」
「えー…まさか」
半信半疑の明久に、雄二は目を細めてトントンと座卓を叩いた。
「そのまさかだ。考えてみろ明久。即断即決の翔子が保留にして濁すなんて、100%ありえないだろ?あの翔子だぞ?ありえるとしたら、クラスに関しての事だけだ。
大方、A組のことだ。奴らもまた試召戦争がしたいという声が幾つかあがってきていた。」
「なんのために?」
「証明するためにだ。
ムーンセルシステムが導入されて一番不満をもつのは…A組だ。学内の学力差のヒエラルキーのトップにいて、優遇されている上に、学力が自分より劣る生徒達を見下せる。優越感を覚えて当然な環境にいた奴らが、下位の組の人間が下克上を合法的にできるシステムの投入に不満を抱かないはずがない。違うか?」
言われて見ればと、明久も頷く。
「A組の本音としては、試召戦争で自らの力を誇示したい。サーヴァントアシストで倒すもよし、三分以内に速攻で倒すのもよし…とりあえず他クラスへの抑止力としての生け贄が欲しかったのさ。」
「生け贄…て」
「要は、見せしめだ。A組に勝つなんて無理だ、と他クラスに見せつけたい。だから、B組の不正な申し入れは渡りに舟だったって事だ。たぶん奴らはB組の連中をぼこぼこにするつもりだな。」
「ど、どうすんのさ雄二!」
「どうもしない。今回ばかりは高見の見物だな。F組の俺たちが戦うわけではないし、他クラスの試召戦争に参加する理由も、B組に与する義理もないしな。ただ、A組の連中が契約したサーヴァントはちょっと気になるな。そこんところは偵察したいけどな。」
通常の召喚フィールドは外からだと、はっきりと中をみることができない。だから、誰がどんなサーヴァントを召喚しているかはっきり見ることは出来ない。ゆえには雄二は残念でならないのだ。
「なら、良い案があるのだ。」
「うわ!?」
「む、ムッツリーニ!?いつからそこに!」
パシャリと二人の写真を撮ると、ムッツリーニこと、土屋康太は音もなく、明久の隣に腰を下ろす。
「いつから…雄二が掃除用具入れから出てきたあたりから。」
「最初からかよ!?」
「話を戻すが、偵察なら僕に良い考えがある」
「へぇ、どんな案?」
「…霧島翔子に頼めばいい。」
「「はぁ!?」」
「試召戦争の観戦許可を貰えばいい。」
「た、確かに。それはありだが…」
「そっか!じゃあ早速頼んでみようよ!」
「落ち着け!それは駄目だ、明久。」
「えー…霧島さん、雄二のお願いだったらきっと聴いてくれるよ?」
「その見返りが恐いんだよ!!俺は牛が殺される映画を永遠とみたあの苦痛の時間を再び過ごせと!?」
顔を真っ青にさせる雄二に、明久は「あー…なるほど」と雄二の肩を叩いて、にっこり笑う。
「雄二、はいコレ。」
明久は懐刀から二枚のチケットを取りだした。
チケットはオルゲン・フィルハーモニー楽団のプレミアムチケットだった。
曲目はヘンデルの「メサイヤ」。CDアルバムが二枚組になるほどメチャメチャ長い曲のコンサートだが、明久は悪意は微塵もなく、雄二に渡す。
「今朝、コンビニで買ったカップ麺の懸賞が何故か当たったんだ。コンビニでもらったんだけど、一応プレミアムシートだし、自分から誘えば霧島さんも強引なことをしないさ。」
「これをもって翔子に頼みにいけと?」
「試召戦争の使者よりマシでしょ?」
その明久の言葉に、雄二は戦場へ行く決心がついたのか、F組の教室から出ていった。
「明久、俺…これが終わったら…いや、なんでもない。行ってくる。」
と、微妙に死亡フラグな台詞を遺して、雄二はA組へと向かった。
…そしてその数分後に、けたたましい雄二の悲鳴が、渡り廊下の先のA組から響き渡り、明久と康太はだまってそっと合掌したのだった。