我輩は憲兵である   作:赤狼一号

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 吾輩の小隊が所属する実験大隊は他の大隊と顔をあわせることはない。口さがない「キムラ」に言わせれば、古今東西のきちがい学者どもが、俺達の体で福笑いをやっておる、らしい。我が大隊に施された強化処置も、他の大隊のそれも、軍機あつかいで我輩達すら把握しているものはいないだろう。

 

 元々この北支那特別警備隊にはさまざまな実験大隊がいたらしいが、いずれも損耗が激しく、ほとんどが中隊か小隊の規模にまで減っているとのことだった。参謀連中は大変な成果だと思っているとの事で、この部隊だけが日本を守る最後の砦になると信じているとの事だ。

 

 しかし実際は連中が言うように順調ではない。吾輩達の初陣では小隊の半数が死んだ。敵は砲を撃ってくる。小型の化け物を飛ばして、銃爆撃する。時々陸上に拠点を築くための大物が、砲やら化け物やら山積みにしてやってくるのだ。「鬼」とか「姫」とか抜かしていたが、とんでもない強敵である。

 死に掛けの同輩が血反吐をたらしている。彼はみぞおちから下を吹き飛ばされ、

部品やら内臓やらを撒き散らして赤黒い内面をさらけ出して、その癖に、死にたくない、死んでたまるかと、元気に叫ぶ。これで後送された後に存外に帰ってくるから驚きだ。

 それでも死ぬときは死んでいく。砲撃の直撃を受けて粉々になる、しつこく機銃掃射をくらってひき肉にされる、爆弾で手足が吹き飛んだところに、集中砲火を食らう。たった二・三メートル進むために、血反吐やはらわたをそこらに撒き散らす。

 これが我輩達が毎日繰り返す日課である。吾輩は「憲兵」ながら時々考える事がある。「憲兵」というものは実に楽なものだ。「人間」であったら、やれ爆撃だ銃撃だと一寸した事でくたばるし、こちらの銃も砲も深海凄艦には節分の豆のような有様だから、手も足も出ない。「憲兵」の体は中々に頑健であるし、外套などの装備もまた然りで、軍刀で頭蓋を叩き割れば、大概の深海凄艦はくたばるのだから、近づいて斬ればいい。

 こんなに単純で難しい事も無いように思えるから、我輩でも務まるのだ。それでもまあ弾やら爆弾の雨の中を通って、肉薄し人外の連中とやりあうのだから、骨の折れる事が無いわけでもない。出撃のたびに見知った顔が消え、知らないか顔も直に消えていく。

 こんなわけで吾輩が「憲兵」となった当時は、北支の戦線はははなはだ絶望的であった。黄河流域に深海凄艦どもが跋扈し、我輩たち以外の「陸海軍」の連中はどこへ行っても手も足も出なかった。我が北支那特別警備隊がいかに珍重され酷使されたかは、今日に至るまで激戦地ばかりを転戦し続けたことからも分かる。

 吾輩は仕方がないから、出来得る限り同輩を助ける事につとめた。小隊長が斬り込みを命じれば先頭に立つ彼の真後ろを走る。度々、敵陣に突出する「キムラ」を追いかけては必ずその背中を守る。

 これは我輩が博愛主義であったり、特に勇敢であったという訳ではないが、他に効率よく職務を真っ当する手がなかったからやむを得んのである。その後いろいろ経験の上、抜き打ちは、弾を避けるため、地に磨るように低き体勢から放ち、間合いに捉えれば、蜻蛉に構えて全力の一太刀で首を刎ねる。天気のよい昼は行動を避け、山林など死角から、斬りこむ。

 しかし一番心持の好いのは夜に入って、陸に上がった空母共に夜襲を掛ける事である。この空母という連中は昼間は化け物どもを飛ばしてくるが、夜にはどうもそれが出来ないようだ。

 吾輩達はいつでも彼等の陣営の死角となる所を見出してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く敵の一人が眼を醒さますが最後、大変な事になる。

 空母どもは――ことに老練なやつらは性質が悪い――テキが来たテキが来たといって夜中でも何でも化け物共を飛ばすのである。すると他の巡洋艦だの戦艦だのの連中も陸に上がってくる。現に先ほどは艦砲で尻を吹き飛ばされかけた。

 吾輩は深海凄艦と戦い連中を観察すればするほど、彼等は相容れぬものだと断言せざるを得ないようになった。ことに吾輩達が戦う北支の連中は言語同断である。連中が黄河を遡上してくるせいで、水運はとまり、町は干上がり、親が子を食らう地獄がそこかしこに広がっていた。

 しかも吾輩達は日一日と同輩を失い、我輩たちが始末できぬ深海凄艦どもは逆に我輩達を特に狙うようになった様で、

この間もちょっと我輩らが滞在した街が焼かれ人民が皆殺しにされていた。それからは容易に街へ入いれない。

 

 連中はとにかく人を殺す。女子供が震えていようが、泣きながら命乞いをしようが一向平気なものである。吾輩の同輩である「キムラ」などはあの連中ほど残酷無慈悲な連中はないと憤っていた。

 「キムラ」は横柄で気難しいところはあるが、妙な愛嬌があり情が深く人好きする男であった。ところがある時、訪れた街で知り合った子供が家ごと深海凄艦に焼かれるのを見た。

「キムラ」は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等人類が親子の愛を完して美しい家族的生活をするには深海凄艦と戦ってこれを剿滅せねばならぬ、と言った。一々もっともの議論と思う。

 さりながら「憲兵」であると言うのに、かように人間くさい「キムラ」に我輩は内心驚いていたりもした。この後に「キムラ」は敵泊地に単身潜入。首魁である鬼級を大外に刈って、大地に叩きつけ、艤装ごとこれを粉砕して、この仇を討っている。

 

 また一昨日、ル級戦艦を道ずれに自爆した同輩などは内地では「艦娘」なる我等のごとく婦女子に強化処置をほどこして戦力化する事を研究している噂があると大いに憤慨していた。元来、婦女と言うものは子を産み育て、次代につないで行くと言うのが役目である。

 子々孫々の安寧のために腕力に訴えてでもそれを勝ち取り、引き換えに死を得ようとは男子の本懐である。

 しかるに大本営が、あすの国母となる婦女子を徴用し、これを兵士とすることは、これから生まれ出でる日本人の一切合切を掠奪せんとするの同義である。

彼等が強力を求むとするならば、その求めに答えうる強力となるのは我輩達であるべきだ、その論を交わした翌日に彼は前述の最後を遂げたのである。

 我輩は何かと問われれば、迷うことなく「憲兵」と答える。しかし、では「憲兵」とは如何様なものであろうか。

その問いの答えを我輩は今日に至るも探している。




短めです。
こうして書いていると、なんとなくもう一つのほうも書けそうな気がしてくるんですが、手も足も出ないこの歯がゆさ。まったく持ってどうしてやるべきなのか
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