魔導士ジュノ・ネペンテスの暴件   作:ゴーストライター

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第8話『本の中の悪魔』視点:ジュノ

「話があるの。いい?」

 

 食事を済ませクラマが一人で出掛けたあと、ジュノとシャムエルは一緒に本棚のある3階を訪れていた。そこで植物に関する面白そうな本を見つけたので、床と本棚を座椅子がわりにして読んでいると、上からひょっこりウズハが現れた。

 

 見ると、彼女の首から下を覆っていたはずの白いプロテクトスーツはいつしか形状を変え、両脚の健康的な太ももを露出させていた。

 わざわざそんな格好までして、しかもこちらの機嫌を伺うような声で、いい? と聞かれたからには何かしら応えてやるのが人情ってものだろう。

 

 しかし、ジュノは根に持っていた。あれから直ぐ彼女に治療魔術で折れた鼻を治してもらったとはいえ、感じた痛みは鼻がまだしっかりと覚えている。

 ジュノは治ったばかりの鼻を手ですりすりしながら、――でも話の内容には興味があるんだよな、とウズハの顔をちらっと見た。

 

 ――取りあえず、聞くだけ聞いてみるか。

 

 納得のいく答えを出したジュノは、横でちがう本を夢中になって読んでいるシャムエルにいったん目線を送ってから、再度ウズハに意識を向ける。

 

「シャムエルはここにいてもいいのか? それとも仲間はずれにするのか?」

 

「へ?」

 とシャムエルが顔を上げる。

 

「あ……、あの、お邪魔でしたらワタシ」

 

「大丈夫。ここにいて。たぶん今のはあなたを仲間はずれにするなら話は聞かないって意味だと思うから。それに聞かれて困る話じゃないし」

 

「――で、話ってなんだよ。もったいつけずに早く話せ」

 

 階段から降りたウズハはさりげなく、本当に自然な感じでクラマの横に座る。

「さっきアタシが言葉に詰まったでしょ? あの話」

 

「おう、それで?」

 

「実は近頃その人の様子がおかしいの」

 

「あいつか? この家を拡張したっていう」

 

「そう、その人。もともと近寄りがたい人なんだけど、以前は誰とも連まずにただ一人で黙々と好きな事に熱中してるって感じだったの。でも今はほとんど複数のいつも同じメンツと一緒に行動してて、前よりずっと近寄りがたい存在になってしまった」

 

「お友達が出来たんですよ。いい事じゃないですか」

 持っていた本を閉じ、シャムエルはジュノとウズハの前に移動する。

 

「アタシにはどうしてもそれだけとは思えなくて。こんなふうに言うのもおかしいけど、彼を見てると、危険な事に関わっている人を見ている気分になるの。しかもその彼が集団のまとめ役をしてるみたいで……、とにかく心配になる」

 

 真剣な顔つきで聞いていたジュノは、呆れてため息を漏らした。

「お前、そいつの事が好きなのか?」

 

「は? 何で? あんたいっつも――」

 

「じゃなかったら放っておけっておれは言いたいんだよ。そもそも赤の他人ならどーだっていいだろ。誰と連もうが、誰と何をしようが」

 

「分かってる。だけど――」

 

 唐突にウズハは前後にある本棚のうち、前方のほうへと手を伸ばした。そこから数冊の本を抜き取ったかと思いきや、その奥にある別の本を引っ張り出した。

「これ。見てみて。考えが変わるから」

 

 ジュノは少し嫌そうな表情をする。

 考えが変わるなんて大袈裟な事言われたら気軽に手を出しづらい。

 もし万が一見過ごせない、それこそ今のウズハみたく変人に執着せざるを得ない何かを知ったら、優先順位がガラッと変わってしまう。なるべくならそれは避けたいところだ。ジュノはとりあえず差し出された本を掴んだが、直ぐには動かない。

 

 迷う。

 今はどっちに意識を傾けるべきだ……?

 極端な話、これは……姉弟のような間柄の昔なじみと、強引なやり方で手に入れた知り合ったばかりの許嫁、どっちを優先するかの選択だ。

 

 過去か……、未来か……。

 そうして僅かな間悩んだ末、ジュノは、ゆっくりと本を開く。

 

 その直後、膨大な数の翻訳不可能な古代文字が頭のなかに流れ込み、意識がぐいっとどこか遠くへ飛ばれるような感覚に襲われた。まるで時空を気ままに移動する不思議な存在にでもなった気分である。

 だが気がつくと、夢から覚めたように見知らぬ場所に立っていた。

 

 

 

「これはつまり……、魔法による転送か」

 しかし、状況把握のため直ちに動く必要はなかった。

 始めから周囲を見回す事すら無駄で、やるべき事といえばただ静かに……そう、言動を可能なかぎり慎むだけ。それが……怪物に喰われない為の最善策。

 

 相手を刺激しないよう静かに目線だけを動かしてみると、周囲は巨大な檻に囲まれており、現在のところその檻の中にはジュノと、彼を軽々丸呑みできてしまう馬鹿げたサイズの怪物(クリーチヤー)。

 そいつには目といった器官はなく、その代わりに頭部には縦列する穴が不気味にいくつか空いており、何より最悪なのは、内側のザラザラした肉が丸見えになったでかい口によって相対する側の戦意が一瞬にして打ち砕かれること。

 

「時代錯誤にも程があんだろ……。エイリアンはだいぶ昔に生産禁止になったって学校で教わらなかったのか……?」

 誰に言うでもなくジュノはただ愚痴こぼすように言う。

「つーか、お前の目はどこだよ。クソ。こっちを見るな」

 

 するとこんな状況であるにもかかわらず――。

「あ、あれ……!? もしかしてあれは転送の本だったんですか!?」

 空気を読めない馬鹿な子が唐突にどこからともなく現れた。案の定、シャムエルはすぐに怪物を見つけ、「ひゃっ……!?」と凍りつく。

 

 一方の怪物は、大声を荒げた馬鹿のせいで機嫌を損ねたようで、静かにゆっくりと無駄にヌメヌメしていそうな頭部を近づけてくる。

 

「シャムエルお前……っ! 馬鹿か!」

 思わずジュノは叫ぶが極力小声を出すよう努める。

「先方の機嫌を損ねてどーすんだ! これでもし交渉が決裂なんて事になってみろ、喰われる前に今ここでおれの欲という欲をお前にぶつけてやるからな!?」

 

「す、すみませんっ!」

 

「ばっ、ばかっ! 声を抑えろ!」

 必死の形相を浮かべてジュノは力強く、シッーと指で口を塞ぐポーズをとる。

 

「す、すみません……」

 と、シャムエルがしょんぼりして間もなく、怪物のいる方向から思わぬものが現れた。

 

「何もそこまでしなくても〝妹〟はオレの命令なしにキミたちを襲ったりしないよ」

 

 黒い――、あまりに黒を纏いすぎている異形な姿――。もはや青年の男声なくしては性別も分からない影のようで影とは似て非なる存在。

 髪の毛として認識して良いのか、頭部にはそれらしい管がいくつも生えており、黒い体を覆うゆったりとした灰色の衣服は体の黒さをよりいっそう際立たせる。

 一方で、身の丈はジュノと同様そう大きくはない。

 

「よっこらせ」

 どうやら声を発すると黒い体には白い液体めいたものが分泌されるようだ。もしかするとそこから感情を読み取れるのかもしれない。

 

 黒い男が指揮棒を振る軽快な動作をした。

 次いで彼の体から黒が分裂するように這い出て、やがてテーブルと椅子になった。

 

「さあさあ、座って。自信過剰なジュノと、冥王族のシャムエル」

 

 そうして旧知の中であるかのように馴れ馴れしく促してくる相手に、いささか不快感を覚えたジュノは全く動こうとしない。

 

「いきなり何だお前」

 

「まあまあいいから。座って座って」

 ジュノはぼそっと、何だこいつ……、とこぼし明らかに嫌な顔をした。

「嫌だね。おれがお前みたいな変人の言うこと素直に聞くと思ったら大間違いだぜ? そうやって主導権を握ろうとするところを見ると、お前、おれが怖いんだろ。後ろで化け物に見晴らせてるのがいい証拠だ」

 気怠げに溜め息を吐く。それから相手を馬鹿にする笑みを浮かべて、ビビりのくせに粋がるなよ、と付け加えた。

 

 さて一体どんな反応するかなと改めて黒い男を見ると、黒い体内で白い液体が六つの眼をつくり、その憤る眼でジュノを睨みつけてくる。

 

「……キミねぇ、妹に食べられたいのかい?」

 

 ギョッとする。直ちにシャキッと動き、ジュノは椅子に座った。

 

「おいっ、ぼさっとしてないでお前もはやく座れよ、シャムエル。相手に悪いと思わねーのかっ!?」

 

「えっ? あ、すぐ座りますっ!」

 大慌てでシャムエルは座った。

 

「ジュノ……、キミって呆れるほど手のひら返すの早いね。プロ級じゃない?」

 

「はっはっは、自分の持ち味を生かすのが人生を楽しむ秘訣なんだよ。あ、これここだけの秘密な」

 

 黒い男の体内で白い液体がぐるぐると回る。反応に困っているのだろう。

 

「なら――、オレも自分の持ち味とやらを披露してみようか」

 

「おう、やれやれ」

 手をひらひらさせ笑顔でそう言うと、横からシャムエルが指先で突っついてきた。それから耳打ちで話しかけてくる。

「ジュノさま、あの妙な方と随分フレンドリーにお話してますけど……、大丈夫ですか? ワタシ達このままここに閉じ込められて一生外に出られないなんて事になったら」

 

「ま、その時はここでおれ達ふたりの結婚式を挙げようぜ。アルバイト代をいくら払えばいいか知らねーけど、大きい牧師様もいるし」

 

「もう! ジュノさまのバカ! あれは牧師ではなくてエイリアンです!」

 

「まあ! お兄様の前で妹を気持ち悪いエイリアン呼ばわりするなんて、何て酷い子!」

 からかう為にジュノは大袈裟におどけて見せた。

 

 するとシャムエルはムッとして睨みつけてきたが、丁度その時、どうみても隙だらけだった二人の体に黒い蔓が巻き付いて両手両足が動かせなくなった。

 

「余裕綽々のところ悪いけれど、ふざけるのはそこら辺にしておいたほうがいい。これからキミたちはかなりショック受ける事になるからね」

 

 聞いた瞬間ジュノは最悪のパターンを思い浮かべた。どう足掻こうと手も足も出ない状況になってしまうのだけは避けなければならない――と、策を練る。

 

「おい、もしシャムエルで楽しもうって考えてるならやめとけ。こいつはこう見えて股のあいだにとんでもないエイリアンを隠し持ってるんだ。やるなら自分がやられる覚悟も持てよ?」

 

 あくまでジュノは真剣だった。

 

「成る程。そうやっておちょくるように見せかけて実はオレを牽制しているのか。面倒な人間だなキミって。まあでもキミが心配しているような事はしないさ。だって――、オレにはもうオレのハーレムが出来上がっているからね。そんなの必要ない事なんだよ」

 

 さあおいで。

 黒い男が両手を広げるやいなや、どこからともなく出現した5つの闇が飛び散り、各々が人の形となっていく。

 

 やがて登場したのは五人の少女。

 そしてその中に決していてはならない人物の姿もあった。

 

「待ておい。テメェ、いくら何でもそれは冗談にしてはタチが悪すぎるだろ」

 さすがのジュノもすかさず無意識に睨みつけてしまう。

 

「気づくの早かったね」

 黒い男は嬉しそうにして、

「――そう、見て分かる通り、錐羽ウズハはこちら側の人間だ」

 と語った。

 

「おいおい何言ってんだテメェ。本気で言ってるなら今すぐ病院いけ。精神鑑定してもらってこいよ。そいつがウズハなわけねーだろ。惚れてるからって瓜二つの人形つくるなよ、ド変態野郎め」

 

「ああ、分かってないな。まあそうか、すぐに理解はできないか」

 

 黒い男はそっと手をさしのべるようにしてウズハを近くまで呼び寄せ、互いにくっつく。

 

「じゃあ、キミが素直に現実を受け入れられるよう一つずつ進めていこう。まず、キミとウズハの関係について。どうやらキミは昔なじみだと思っているようだけど、キミとは表向きの友人関係に過ぎない。残念ながらウズハはそう認識している。対して本当の昔なじみであるオレのほうは見ての通り彼女をものにした。4人目の恋人として」

 

 語る黒い男の体内で白い液体がゆったりと血液のように循環する。

「――けれど関係を断ち切らせなかったのはやっぱり正解だった。その結果キミ達はここにいるんだからね。ありがとう、ウズハ」

 

「どう致しまして」

 

 黒い男とウズハの両名が互いを愛おしそうに目を合わせたその直後、ジュノを捕らえていた黒の呪縛が弾けた。

 

 するとガタン、と椅子が音を立てて倒れた。黒い男にためらう事なく迫ったジュノは襟を掴む。

 

「ふざけんな……っ! マジでハーレムかよ!! クソっ! そんなハチャメチャやらしい現実があってたまるか! もし今の話が本当だっていうなら――、今をもってテメェの余命はゼロだ。このおれでさえ16の時に諦めたハーレムを、現在進行形で築きやがってクソ!」

 

 ジュノの言い分はさておき、黒の呪縛をいとも容易く解かれたというにわかには信じがたい光景を目の当たりにし、黒い男は襟を掴まれたまま唖然としていた。

 

「……驚いた。縛ってからそう時間は経っていないのにもうオレの術が『呪い』だと気づくなんて。しかも打ち消しまでやってのけるとは……。魔法なら相性は最悪だな。魔術なら用意周到とでも言っておこう。いずれにせよ、あっぱれだ」

 黒い男の体内で激しく白い液体が沸騰している。

「とはいえ。オレの元に来てしまったのは愚策だったな。あ、いや、冷静さを欠いたのだから馬鹿だな、が正しいか」

 

 どういう意味だそれ? と聞く前に、ジュノはハッとして自ら振り返る。

 

 そう――、狙いは始めからシャムエルだったのだ。

 

「クソ……っ!?」

 慌てて彼女に手を伸ばそうとするが、体の自由がまったくきかない。

 

「残念。襟を掴んだ拍子にオレの体に触れた時点でキミは魔力をもたない首から上だけの生き物になったんだ。そのまま衝動的に動いたことを後悔しつつ、シャムエルへの尋問を、指をくわえて見ているといい」

 

「尋問……?」

 

「なに方法はごく簡単なものだよ。自白剤を打つだけさ」

 と言って黒い男はウズハに注射器を手渡した。

 それからウズハは容赦なくシャムエルの首に注射器を突き立てた。

 

「うっ」

 痛みにシャムエルの顔が歪む。

 

「さて……。よーく見るんだ。じき彼女に喉の乾きがやってくる。ほら表情を見てごらん。水が欲しいって顔に変わってきてるだろう? すると間もなく倦怠感がやってきて、徐々に意識がもうろうとしてくる。ぼーっとして……、ほら、もう既にただ質問された事に対して答えるしか能がない人形と化した。どうだい面白いだろう?」

 

 見るとシャムエルは高熱を出しているかのようにボーッとしており、持久走をやり終えたばかりかと思うほど呼吸も荒くなっている。

 

「いいかいシャムエル。――キミたち冥王族が大事に保護している〝自己融合召喚の持ち主〟は今どこにいるんだ?」

 

 ――『自己融合召喚』

 何かで見たな、とジュノは自分の記憶を呼び起こす。

 すると間もなく脳内に飼っている人工知能がそれに反応した。

 

 ――中等部時代、ジュノが殆ど興味が持てなかった歴史の授業。

 その日は珍しく図書室にて授業が行われ、歴史に関する本を読んで感想文を提出する、というサイコーに退屈な二時間を過ごした。

 ジュノが選んだ本は、文字や言葉よりも絵のほうが頻繁に出現するというもので、要は図書室の蔵する数ある情報媒体の中でも脳がどうにか起きていられるものだった。そして今回の検索ワードはその本に収納されたある情報にヒット。

『自己融合召喚は自我もろとも己の身を媒体にして、実際に存在するある特定の生物などを召喚する極めて稀な魔法である。

 最後に見つかった成功例はおよそ百年前。

 伝説の殺人鬼を友人が目撃したという証言の真偽を確かめるため召喚を試みたところ、その日、現場周辺の地区から14歳以下の少女が十数人姿を消した。このケースは機関が把握しているだけで5件目だった。

 この魔法の失敗例は度々見つかるが、自我を保つだけでなく元の姿に戻ることも成功した例は数少ない。失敗例の多くは死に絶え、生き延びたとしても自我を失うか、二度と元の姿に戻らないという……』

 

「えーと……、ルオル・レガさんは……」

 シャムエルが朦朧としている中で語り始める。その様子は体の持ち主ではなく記憶のほうが肉体を借りて語ろうとしているかのようだ。

「竜骨座・アヴィオール……中央図書館……天使の庭にいます……」

 

「天使の庭……? シャムエル、その天使の庭とは何だい?」

 

「旧冥王族の……遺産……です……」

 言ってシャムエルは電源がオフになったように突然意識を失った。

 

「旧冥王族、かつての人類が惑星間用につくった人造人間か。旧冥王族の遺産って何だろう……? 保護されていることを前提に推理するなら魔導兵器って答えが濃厚だろうけど……。うぅん、だとしたら……厄介だな。よし。ウズハ、すぐシャムエルに処置を」

 

 再び首に注射器を突き立てると、たちまちシャムエルの呼吸が安定しはじめ、ただ見ている事しかできなかったジュノはホッとした。

 

 ウズハがぐったりしているシャムエルを床に寝かせるのを見、それから黒い男に目を向ける。

「なあ説明しろ。お前、一体何がしたいんだよ? 全然意味がわかんねーよ」

 

「いやその前に術を解こう」

 そしてスッと、両手が解放される。

 次の瞬間ジュノは黒い男の顔面めがけて拳をぶつけた。しかも思いっきり力を込めて。

 

「な、何するんだ!? 暴力はダメだろう!」

 

「おーい、女の首に注射針刺しておいて暴力はダメって、そりゃあないだろー。やったらやり返されて当然。自分だけ安全圏にいられると思うな」

 

 吹っ飛んで尻餅をついていた黒い男は、鼻の辺りを押さえながらのろのろと立ち上がる。

「ハハハ……、それだよそれ。そういう一見筋が通っているようで、ただ不埒なだけの生意気なところがオレは気に入っているんだ。だからこそシャムエル一人ではなく、キミもここへ連れてきてもらった。今のところオレはここでしか生きられないからね」

 

 何……? とジュノは首を大きく傾げる。

 

「どういう事だ……?」

 

「言ったままの通りさ。オレは本の中でしか生きられない。言い換えれば本の中なら自由自在って意味になる。つまり本の中の妖精だ」

 

 妖精とは到底思えない黒い男が歩き始める。

 徐々に距離が近くなっていく。

 しかしそこに敵意はまったく感じられない為、ジュノは目の前に立たれても動こうとはしなかった。

 

 そんな折、今更ながら思う。

 否、本能がそう囁く。

 この男は敵にしたくないと。

 

「よく聞くんだ。ここにオレがいるのは何故だと思う? そもそもオレは何故こんな姿を?」

 

「何だそれ。んなの、しらねーよ」

 

「まあ、そうだろう。当然の反応だ。けれどキミはここで真実を知らなくてはならない。真実を受け止めなければならない」

 

 互いの顔が相対する。

 

「……いいか忘れるな、オレが10歳の時にキミが生まれたんだ」

 

「あ? だから何?」

 この馬鹿たれは一体何言ってるんだ、もしそっちが10歳年上だったらそんなの当たり前だろ、とジュノは呆れかえる。

 

 一方、黒い男はその反応にフンと鼻で笑った。

「まだ分からないか……。ならこう言えば分かるだろう」

 黒い男の突き出した指がジュノの鼻先を突っつく。

 

「あのくそったれの老いぼれジジイが際限なく成長する拾い子に嫉妬して、オレ達を分断した。そしてその際に生まれたのが魔導にかけてずば抜けた素質だけを持つキミさ。これまでずっと飲み込みが早いとかそういうレベルじゃなかったろう?」

 

 ……。

 ……ああ確かに。

 と、小さく静かにジュノは目で頷く。

 

「因みにオレのほうは、本来キミの素質を支えるはずの強大な魔力を持ってるよ。残念なことに魔法も魔術も一切使えないから、似たような事をしたければ魔力そのものがもつ性質をうまく利用するしかないけどね」

 

「今のが――」

 ジュノは黒い男に疑いの目を向け、

「たとえ真実だとして、お前は何がしたいんだ? おれに話したのは秘密やその苦しみを分かち合いたかったって考えれば理解はできる。けどここから先の事について、もしおれの勘が当たっていたら、ハッキリ言って答えは――」

 

「でだ。オレ達を元に戻すためオレの代わりに外の世界で動く、いわばエージェントが必要なんだけど、もう一人のジュノ、どうだろう? オレに力を貸してくれない?」

 

 こいつ……無理やり人の言葉を遮ってまで言いやがって。有無を言わせない気か、とジュノは睨む。

 

「やだね」

 力一杯ジュノは、べー、と舌を出して馬鹿にした態度を取る。

 

「思った通りの反応だな」

 

「なら言うなよ」

 

「ちなみに、断る理由は?」

 

「おれには使命があるんだ。ま、五十年後くらいなら引き受けてやってもいいぜ」

 

「面接官への復讐。自分の存在価値の証明かい?」

 

「は……? なんでそれ……」

 と、ジュノの視界にたまたまウズハの姿が映り込み、ああウズハか……と得心がいく。

 

「そう、オレたちは密なネットワークで繋がってるんだ。よって彼女が見聞きした情報などはすぐオレに伝わる」

 

「クソっ。遊び相手にできねーじゃん」

 悔しがるフリをするジュノだったが、その時ハッと、ある事を閃いてしまった。

「いや待て。もしオレたちが、たとえば物体をコピーする魔法、まあ中身は全然違うけど、そんなようなもので本当に2つにパカッと分裂したんだとと仮定して、要はおれはお前で、お前はおれなわけだ。そうだろ?」

 

「そうだね」

 

「てことは、だ。お前の女であるウズハも他の四人も、おれの女って事になるよな?」

 

「何をいきなり言い出すんだよ、キミ」

 

「いや待て! 待て!! だってそうだろ!? おれ達は本来は1つなんだろ!? だったらほら、ほら! ほらああ! お前のハーレムはおれのハーレムだって事だよ!!」

 

「……んー」

 黒い男こと黒ジュノは両腕を組み、悩む。

 見るからにどうこの馬鹿な発想を食い止めるかについて悩んでいるようだった。

 ――ところが。

「まあ……最終的にはそうなるかもしれない」

 と何故か黒ジュノはあっさり受け入れてしまう。

「……とは言っても、キミが外でオレの代わりに動かないとキミの理屈は成り立たない。だって元通り1つにならないと互いのものを共有はできないだろう? 1つになっていないうちは事実上オレ達は別人なんだから」

 

 聞いてジュノは大袈裟にムッとし、腕を組む。

「良かったなっ、屁理屈を思いつく能力がお前のもので。――でもな、おれがハーレム欲しさにお前に手を貸すと思ったら大間違いだぜ。わりーけど、たとえお前のハーレムにいるそのツインテールに手厚く説得されたとしても、かなり迷うかもしれないけど最終的におれはNOと答える。YESって言ったら最後、自分の自由が無くなるからな」

 

「ああ。その点については問題ない。気が向いたら協力するくらいの気持ちでいてくれていい。オレ達の関係はそれくらいが丁度いいさ。それにオレに協力する利点はもう1つある」

 

「……もう一つ? 何だよ?」

 

「晴れて元通り1つになったら主導権をキミにあげよう。キミが本来の強さを自由に使うといい。オレはたまにキミが寝ている時にでもこっそり活動するよ」

 

 思わず、ジュノは笑みを浮かべた。

 先に有能さを証明して認められたとしても、これだけ黒ジュノが強調する本来の強さがあればさらに注目される。反対にもし証明が後になったとしても、本来の強さがあれば証明なんてあくびをするくらい簡単だろう。

 つまりどちらにせよ困る事はない――。

 

 これ以上の議論は不要だった。ジュノはただ「分かった」と頷き、その答えをあらかじめ知っていたとでも言うように微笑むウズハを見た。

 

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