ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 アリシア・アースライドさん、誤字報告ありがとうございました!


第7話 共犯者

 ――――初めて見たとき、胸が高鳴った事をリーファは思い出した。

 

 

 

 風妖精族(シルフ)数十人と囲まれた影妖精族(スプリガン)

 一見、迷ってここまで来てしまったと考えられるがそれはありえなかった。

 

 影妖精族(スプリガン)を見れば初期装備。何の恩恵もない影妖精族(スプリガン)特有の黒色の布製の服。防具などといった守るための機能は一切ない、ただ着るだけの初期装備を影妖精族(スプリガン)の少年は身に纏っていた。

 

 ならば、彼は初心者であることはリーファでも安易に想像がついた。

 最初にアルヴヘイム・オンラインにログインしたならば、ホームタウンに自動的に転移される事になっている。

 ますそこで初心者は、最初はその周囲を散策する筈だろう。そこで安全に、PKなど気にすることなくアルヴヘイム・オンラインをプレイするにあたって目当ての一つである“飛行”を練習する筈だ。

 

 そして、今彼女がいる風妖精族(シルフ)の首都であるスイルベーンは影妖精族(スプリガン)のホームタウンとは真逆の位置にあった。しかも唯の真逆ではない。二つの領の間には山岳地帯がそびえ立っており、その中心には世界樹央都『アルン』がある。

 両種族の首都は離れている。一日で行き来出来る距離でもないし、ましてや間違って来れる距離でもない。

 ならば影妖精族(スプリガン)の少年が、迷ってここまで来てしまったことは考えられないのだ。

 

 何よりも影妖精族(スプリガン)の少年が初心者であることを裏付ける証拠がある。

 影妖精族(スプリガン)は“飛ぶ”のではなく、“走って”いた。だが影妖精族(スプリガン)の少年は、走って風妖精族(シルフ)の首都『スイルベーン』まで駆け込んできたのだ。

 飛行でもなく走破して、敵地であるスイルベーンまで走る。それが何の意味を表しているのか、一年近くアルヴヘイム・オンラインをプレイしているリーファにとって手に取るようにわかる。

 

 そう。

 影妖精族(スプリガン)の少年は飛べない。

 恐らく少年は、コントローラーで飛べる簡易飛行の存在も知らないであろうし、羽の出し方すらわからないだろう。

 

 となると、自身の所属する種族のプレイヤー達は、何も知らない初心者をPKしようとしているように見えるし、正にその通りなのだろう。

 

 

 気に入らない。

 率直に言ってしまえば、リーファは苛立ちを覚え、失望していた。

 彼女が、リーファが――――桐ヶ谷直葉がVRMMOに手を出したのはこんなモノを見るためじゃない。

 兄の愛した仮想世界を見たくて、兄が夢中になったVRMMOとはどのようなものなのか体験したくて、アルヴヘイム・オンラインに手を出した。

 

 憤りがなかったと言えば嘘になる。

 何せ愛する兄を奪ったのは、兄が愛したVRMMOなのだ。プレイするにあたって抵抗も有ったし、嫌悪感も有った。だがそれでも、直葉は知りたかった。兄は何を想って、何に夢中になったのか、直葉は知りたかった。

 

 そうして直葉は夢中になっていった。

 “飛ぶ”事がどれだけ素晴らしいか、どれだけ高揚するモノなのか、そして――――兄はこんな現実では出来ない世界に憧れていたことを、直葉は漸く理解することが出来た。

 

 現実世界で空を見上げることは出来ても、重力という枷が邪魔をして飛ぶことは出来ない。

 だがこの世界では、仮想世界では違う。現実世界では出来ないことを可能にし、自分を高みへと飛ばせてくれる。

 ココではない遥かへ。もっと高みへ、更なる空へ、リーファは直葉を連れて行ってくれた。

 

 彼女はただ飛びたかった。

 兄から見える景色を、仮想世界を体験したかった、それだけなのに――――。

 

 いつからだろうか――――目的と手段が入れ替わったのは。

 いつからだろうか――――“飛ぶ”よりも“攻略”に夢中になったのは。

 いつからだろうか――――他種族を見て、剣を構えるようになってしまったのは。

 

 ただ彼女は飛び続けたかった。

 そうなると滞空制限が邪魔だ。一定時間を飛行すると、数十分羽を休めなければならない。

 その為にグランドクエスト、アルヴヘイム・オンラインでプレイするプレイヤーの終着点、世界樹の頂点にあるとされる空中都市にたどり着き、妖精王(オベイロン)に謁見し光妖精族(アルフ)に転生する必要がある。

 

 最初は夢中になっていた。クリアしようと、躍起になっていた。無制限に飛べる自由を掴もうと、リーファは必死になっていた。

 だが時が経つにつれて、その情熱は消え始める。他種族を出し抜かなければならず、世界樹を守るガーディアンも強力、運営も対立を煽るばかり。

 楽しかった筈だ、夢中になっていた筈なのに、時折冷めたような感覚に陥ってしまう。

 

 極めつけは、目の前の光景だった。

 多数で、一人を取り囲む。内通者かもしれない、というだけで刃を向ける状況。

 確かにアルヴヘイム・オンラインはPK推奨しているVRMMOである。それでも、これはやり過ぎではないだろうか、とリーファの頭にはそんな疑念が過った。

 

 だからこそリーファは止めようとした。

 ここでこの争いを止められたからと言って、アルヴヘイムが変わることはない。とてつもなく広大な水面に一つの小石を投じて、波紋を広げたからと言ってそれが全体に広がる訳がないのだから。

 

 リーファは飛ぶために、羽を広げる。

 憂さ晴らしの意味も込めて、影妖精族(スプリガン)の少年に当たらぬよう上空から魔法を撒き散らし、力技で止めようとした。

 しかし――――。

 

 

 ――え……?

 

 

 ピタッ、とリーファは動きを止めた。

 視線の先には相変わらず、影妖精族(スプリガン)を包囲している。数秒前と違うと言えば、例の影妖精族(スプリガン)の少年が背から黒い直剣を抜き放ったくらいだろう。

 

 その構えは出鱈目の一言。

 右足を前に半身に構え、腰を落とし右手に持っている直剣の剣先を舗装された石造りの石道に向ける。

 一見隙だらけのものであるものの、リーファからはどう言うわけか堂に入ったモノに見えた。

 加えて、雰囲気がまるで違う。一歩でも安易に踏み込めば斬られる事が想像できるほどの、剣気を影妖精族(スプリガン)の少年は放っていた。

 

 そして風妖精族(シルフ)が殺到したところで、その剣気が衰えることはなかった。

 時に弾き、時に受け止めて、時に流して、時に斬る。その剣は美しく、何よりも流麗とは――――言い難いものだった。剣術など習っていないのだろう、型というモノが存在せず我流剣術に等しい。

 

 だと言うのに、無駄が何一つ見られない。

 恐らく、彼は何度も何度も、それこそ万を超える回数を振るってきたのだろう。

 一朝一夕で身に付く完成度ではない。きっと数ヶ月、いいや数年間振るってきた。そう言い切れるほどの剣であると、リーファは断言できる。

 

 しかしリーファは動きを止めたのはそれだけではなかった。

 出鱈目な構え、完成されていると言っても過言ではない剣、どれもこれも副産物に過ぎない。

 本当の意味で、リーファが目を奪われ、夢中になってしまった理由は――――。

 

 

 ――似ている……。

 ――お兄ちゃんの、剣に……。

 ――よく、似ている……。

 

 

 そう、似ているのだ。

 リーファのよく知る人物、桐ヶ谷直葉がよく知る人物の剣に、影妖精族(スプリガン)の少年は似ている――――似すぎている。

 

 瓜二つと言っても良い。

 早朝に稽古していた兄の姿に、影妖精族(スプリガン)の少年の姿が重なって見えてしまう。

 

 思わず見惚れてしまいながらも、いいや、とリーファは頭を振る。

 ありえない、と。兄がアルヴヘイム・オンラインをプレイしているのなんてありえない、とリーファは改めて否定した。

 

 それからの彼女の行動は早かった。

 飛ぼうとしていた羽を収めて、慌てて包囲に駆け寄る。

 数十分後、そのありえないことが現実になるとも知らずに――――。

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年8月15日 PM20:10

 シルフ領 首都『スイルベーン』

 

 出来ることなら直ぐにでもログアウトしたい。

 それが今のリーファの心境であった。

 

 顔を紅く染めて、耳まで染め上げて、彼女はズンズンと力強く歩を進める。

 その後ろには気不味そうに歩くレコンと――――苦笑を口元に浮かべるキリトの姿があった。

 

 後ろを振り向こうにも、どんな顔してキリトを見ればいいかわからない。

 何せ先程、リーファ本人からしてみたらとんでもないことを口にしていたのだ。本人の目の前で、最上の賞賛を、恋する乙女のような反応で、口走ってしまっていた。

 

 ――――貴方の剣があまりに綺麗で見惚れちゃった。――――

 ――――大切な人に似てるもんだから……――――

 

 似てるなんてもんじゃない。

 それはそうだ、何せ本人なのだから。兄に似ていると思い見惚れてたら、その人物が兄本人だった。

 

 リーファからしてみたらそれは笑い話にもならない。

 ほのかに赤らめていた頬も、今となっては火が出る勢いで、赤く燃え上がらせている。

 

 

 ――なんで、なんで!?

 ――何でお兄ちゃんがここにいるの!?

 ――あたし、とんでもないことを口にした……!

 ――アレじゃまるで、お兄ちゃんのことが……。

 

 

 そこまで考えて、リーファは思いっきり首を横に振る。

 その際に、一本に纏めていた金色の髪の毛も一緒に左右に大きく激しく揺れる。

 

 突然の行動に、レコンは「リーファちゃん!?」と狼狽えた。

 彼とリーファは付き合いが長い。それこそアルヴヘイム・オンラインをプレイし始めるのだって一緒だったし、何よりもリアルでも中学生の間柄である。

 そんな彼が見ても、今のリーファは見たことがない反応を見せていた。いつも堂々と、うだつの上がらないレコンを引っ張っていくのがリーファだったのだ。だが今の彼女からは普段から想像がつかないほど右往左往しており、好いている異性に急に会ったかのような可愛らしい反応を見せている。今の状態を見せて、リーファの普段は姉御肌であると言っても誰が信用するだろうか。

 レコンからしてみたら、複雑な心境だ。何せ彼は異性として、リーファを好いている。自分以外の人間に対する反応がこれでは、居心地が悪いってものではないだろう。

 

 対してキリトは特に声をかけることもなく、苦笑交じりに見守っていた。

 リーファの気持ちの整理が付くまで待っているようであり、何よりも妹がここまでテンパるのを見るのは初めてではないのだろう。

 

 余裕と経験の差。

 レコンとキリトの二人の違いはソレであった。

 モテる男とモテない男、決定的な差をここで見せつけていく。

 

 

 三人の複雑な関係はそのまま、無言のままで目的地に到着した。

 それは小さな酒場兼宿屋のようだ。キリトがふとドアの横にある壁に立て掛けてある看板を見る。そこには『すずらん邸』という文字が、木造りの看板に掘られていた。

 

 スグが贔屓にしている店なのか、とキリトがぼんやりと考えているとリーファはドアを開けて店の中に入っていく。

 

 内装はまるで違うが、店の雰囲気は良く似ていた。

 似ていた、キリト達が第一層にいた頃に、拠点としていた酒場に雰囲気が良く似ていた。

 落ち着くような、穏やかな、若干の差異はあるものの、すずらん亭と例の酒場の雰囲気は良く似ていた。

 “アイツ”と言い争い、リズベットが二人を止めて、アスナが笑みを浮かべて見守って、クラインとエギルがどちらが勝つか賭け事をする。そうして騒いで一日を終える、そんな非日常にあった日常をキリトは思い出していた。

 

 懐かしい、とキリトは無意識に目を細めて遠くを見ていると。

 

 

「あれ?」

 

 

 首を傾げて、リーファは声を上げた。

 腑に落ちない、と言いたげな声にレコンが問いかける。

 

 

「リーファちゃん、どうしたの?」

「……ねぇ、この時間帯は混み合ってる筈よね?」

「そういえばそうだ。誰も、いないね……」

 

 

 日が沈み、夜も深まってきた時間帯だ。

 本来であれば今の時間帯は混み合っている筈である。クエストも終わって、冒険も目処が付き、一杯やろうと訪れるプレイヤーでごった返す筈だった。

 だが不思議と、リーファ達の眼には誰一人席に付いている人物はいなかった。先程の騒ぎの影響か、とリーファは考えていると。

 

 

「それはね、私が人払いしたからさ」

 

 

 部屋の隅で誰かがいた。

 その人物が姿を見せる。

 胸元を大きく開けた、翠色の和服のような衣服を身に纏っている女性。前髪を真ん中分けにし、長い髪の毛は腰のあたりまで伸びている。彼女もリーファと負けずに、ファンタジー物で出てくるシルフ然とした姿、容姿をしていた。ただ可憐であるリーファとは違い、彼女は凛然としており聡明な雰囲気を漂わわせている。

 

 やぁ、と気さくに片手を上げて挨拶をする彼女に対して。

 

 

「さ、サクヤ!?」

 

 

 リーファは以外な人物に会ったかのような声を上げた。

 それから詰め寄りながら、サクヤと呼ばれた風妖精族(シルフ)に問いを投げた。

 

 

「な、何でここにいるの?」

「いや、リーファがスプリガンと愛の逃避行をすると聞きつけてな。先回りさせてもらった」

「あ、愛!?」

 

 

 レコンも「そうなの、リーファちゃん!?」と慌てて彼女に尋ねるが、リーファからの応答はない。

 ポーッと遠くを見つめて、リーファは顔を紅く染める。普段の彼女であれば「そんなわけないでしょ!」と叱責の一つや二つする所だが、それが出来ないまで余裕がないようだ。

 

 そうさせた張本人であるサクヤは、珍しいモノを見たとクスクス笑みを浮かべて今度はキリトの方へと近付いて。

 

 

「それで君が問題のスプリガンかな?」

「……そのスプリガンだと思うけど、そこまで問題起こしたかな?」

「大問題だとも。我がシルフ領が誇る腕利きの剣士達を相手に大立ち回りしたのだからね。シルフ100人斬りを達成したスプリガン。今、ALOの掲示板ではその話題で持ちきりだ」

 

 

 やれやれ、とサクヤは首を横に困ったように振った。

 

 対してキリトは、思わず半歩後ろに後退る。

 それはソードアート・オンラインで染み込んモノだった。危険から逃れるための本能、敵になるかも知れないという経験則から来る無意識の行動。

 

 サクヤは否定する。

 気を悪くさせたのならすまない、と謝意を述べると。

 

 

「君に危害を向けるつもりはない。悪いのは、早とちりしたこちら側だ」

「……それじゃどうして、ここに来たの?」

 

 

 何とか回復したリーファは、キリトを庇うように間に入った。兄を守るように、もう二度と置いてかれないように。

 サクヤは少しだけ考えて、言葉を選びながら提案する。

 

 

「……とりあえず、座ろうか」

 

 

 リーファは肩口からキリトの方へと視線を向け、どうするか意見を無言で求めた。

 キリトもその提案を無下にするつもりもないようで、微かに頷く。

 

 四人が腰掛けるのは窓際の席だ。

 正方形のテーブルに腰掛けて、キリトとリーファに向き合うように、レコンとサクヤで着席する。

 

 それからサクヤは神妙そうな顔つきで口を開いた。

 

 

「私はサクヤと言う。これでもシルフの領主をやっている」

「領主、っていうとシルフのリーダーってことか?」

「簡単に言ってしまえばね。とはいっても名ばかりのモノさ」

 

 

 そうは思わせない為政者は続けて口を開いた。

 

 

「単刀直入に聞こう。君は何者かな?」

「何を言っているのサクヤ。彼はあたしのお兄ちゃん――――!」

 

 

 立ち上がる勢いで答えるリーファに、サクヤはやんわりと首を横に振る。

 そう言う意味ではない、と否定してサクヤは続ける。

 

 

「君の兄であることはわかっている。友人の言葉だ、信用していないわけではない。それでも私は、君の兄を何者か問わずにはいられない」

 

 

 一息をついて、サクヤは鋭い眼でキリトを見る。いいや、観察するといった方が正しいのかも知れない。

 キリトの一手一足を見逃さないように、僅かな動揺すら拾い上げるために、意識をキリトに集中させていく。

 

 

「先程の彼の戦いは私も見ていた。明らかに初心者、飛行すらままならないプレイヤーなのに、君は――――強すぎた」

 

 

 サクヤは個人ではなく、シルフを率いる長として、その場に存在していた。

 ありえない強さを誇る影妖精族(スプリガン)は魔法すら斬り捨てて、超反応で動きを見切り、剣を振るうありえない存在。もしかしたら風妖精族(シルフ)の最大の敵となり得る可能性すらある。その脅威を見定めるために、彼女はここにいる。

 

 この場でキリトをどうにかするつもりはない。

 それでも、今後のために、風妖精族(シルフ)の頂点に立つ者として、対象が敵であるか否か見極めなければならなかった。

 問いを続ける。視線はキリトに向けたまま。

 

 

「不躾な質問で申し訳ないが答えて欲しい。――――君は、何者だ?」

 

 

 レコンは視線を泳がせるばかりで、リーファは兄を心配するように顔を伺っている。

 

 濁すつもりはない。

 キリトはサクヤの視線を正面から受け止めて、堂々とした様子で答えた。

 

 

「俺はVRMMOをプレイするのは初めてじゃないんだ」

「というと、以前もアルヴヘイム・オンラインを?」

 

 

 いいや、と首を横に振って明確に否定すると。

 

 

「俺がプレイしたことがあるのは――――ソードアート・オンライン」

「えっ!?」

 

 

 思わずレコンは立ち上がる。サクヤも面を食らったように眼を丸くさせた。

 

 ソードアート・オンライン。

 それは誰もが知るVRMMOの名である。一年以上も仮想空間に閉じ込められて、デスゲームを強要されていたプレイヤー達。電子の牢獄に囚われていた虜囚。

 アルヴヘイム・オンラインをプレイする彼らにとって、ソードアート・オンラインは他人事ではない事件の一つだ。自分達では想像のつかない地獄を経験し見てきたキリトに、改めてサクヤは問いを投げる。

 

 

「尚更わからないな。どうして君は、再びこの世界に? 君が経験し見てきたものは、私達の想像を絶するモノだった筈だ」

「…………」

 

 

 否定はしない。

 サクヤの言うとおりだ。今までキリトは地獄を見てきた。囚われていた先の世界は、何も楽しいことばかりではなかった。街で見かけたプレイヤーがいつの間にかゲームオーバーになっていることもあったし、交流のあった者も次の日見なくなったこともある。助けられなかった命も数えきれないほどあった。

 

 確かにアルヴヘイム・オンラインは安全なのかもしれない。

 ログアウトは出来るし、PKしたからと言って現実世界で死ぬわけではない。

 それでも、再び仮想世界に訪れることは抵抗があるだろう。実際キリトも怖くなかったと言えば嘘になる。

 

 だがそれでも、だとしても、キリトには再びこの世界に来なければならない理由がある――――。

 

 

「ごめん、お兄ちゃん。それはあたしも知りたいことなんだ」

「スグ……」

「どうして急にお兄ちゃんはALOをプレイしようと思ったの?」

「…………」

 

 

 キリトは無言で、メイン・メニューウィンドウを開いてアイテム欄からあるモノを取り出した。

 事前に携帯から画像をインポートしたものを、羊皮紙に描かれた絵として取り出すと、それをテーブルの上に広げる。

 

 それは二枚の絵であった。

 一人は鳥籠のような檻に閉じ込められて。

 もう一人は天井から伸びる鎖に両手を縛られて吊るされている。

 二枚ともベクトルは違えど、痛々しいものに変わりない。それを見せながら、キリトは重苦しい口調で言う。

 

 

「仲間を、探してるんだ」

「……この二人は?」

「未帰還者さ。スグも知ってるだろ、ソードアート・オンラインはクリアされた。なのに現実で意識を取り戻さない人間が301人もいる。その中に、この二人もいる」

 

 

 思い出すのは病室。

 今にも起きそうな姿で寝ているアスナとユーキ、そしてその二人を下卑た笑みで見下ろしている――――須郷伸之。

 

 自然とキリトの両手が握りこぶしに変わっていく。

 苦々しい光景を思い出しながら、キリトは口を開く。

 

 

「この絵は携帯に送られて来た画像を、この世界にインポートしたモノだ。アドレスも文字化けしているけど、読み取れるのは『ALfheim』って英単語のみだった」

 

 

 それだけ言うと、一枚の絵を指差す。

 それは鳥籠のような檻に閉じ込められている少女の絵。

 

 

「多分だけど、この大樹って世界樹なんだと思う。ってことは―――」

「――――彼女がいるのは、世界樹の頂点である可能性がある、と?」

 

 

 サクヤの問いに、キリトは頷いた。

 

 単純に考えればその通りなのだろう。

 何せ、檻の中に閉じ込められている少女の絵は、遥か上空の大樹から吊るされているモノだ。

 大樹の色合い、空の高度、そして『ALfheim』という英単語から考えても、世界樹が関係していることは明白である。

 

 となれば、彼は確かめるために、この世界に訪れたのだろう。

 再び仮想世界へ、地獄を経験したSAO帰還者の影妖精族(スプリガン)は、仲間を救う為にここまでやって来たのだろう。

 だがそれは同時に――――。

 

 

「君はわかっているのか。それはアルヴヘイム・オンラインをプレイする者達にとっての終着点、天空都市の到達を意味している」

 

 

 サクヤの言葉は重かった。

 VRMMOをプレイしている人間には様々な理由がある。遊び目的で至極軽い気持ちでプレイしている者も居れば、アルヴヘイム・オンラインが生活の一部にまでなっている者、中にはこの世界でしか生きていけない者も存在する。

 そして全員が全員、世界樹の頂点にあるとされる天空都市へ到達し、光妖精族(アルフ)に転生するために今まで戦ってきた。それこそ、睡眠時間を削って、リアルを犠牲にして、身を削って目指してきたプレイヤーもいることだろう。

 

 

「その二人がいるかもしれないし、いないかもしれない。そんな曖昧な理由で君は――――」

 

 

 ――――この世界の全員を、敵に回すのか?

 とサクヤが問いを投げる前に、キリトは遮った。

 

 

「――――構わない」

 

 

 臆面もなく、戸惑いも躊躇もせずに、キリトは言い放つ。

 その眼は真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐなもので、まるで一本の剣でもあった。

 

 

「俺もゲーマーだ。この世界で生きるプレイヤーがどんな想いで、世界樹を目指しているのかわかる。それでも俺は、世界樹を攻略する」

「……そうなれば、他の種族が黙っていない。君ほどのプレイヤーが攻略するとなれば、全種族が邪魔をするだろう。スプリガンも助けてくれない、むしろ一緒になって潰されるかもしれない」

「それでも構わない。身勝手だし、勝手な理由だと思う。それでも、俺は世界よりも二人を取る。世界がどうなろうが、知ったことじゃない」

 

 

 どう言っても折れない意思、絶対に成し遂げる強い言葉でキリトは言うと、サクヤは静かに「そうか」と呟いて瞼を閉じた。

 剣呑、とはいかないものの、緊迫した雰囲気が辺りを包み込む。一触即発と言っても良い。少しでも動きを見せれば、何かが起きる。確信させる空気が、すずらん亭に充満し始めた。

 

 だがそれは直ぐに胡散されることになる。

 口火を切ったのは――――。

 

 

「――――面白い」

 

 

 ――――サクヤだった。

 ポカンと拍子抜けしているキリト達を尻目に、ニヤリと口元に笑みを浮かべて。

 

 

「私も君に協力しよう」

「……いいのか? アンタにも立場が……」

「シルフの長としてではなく、サクヤというプレイヤー個人が協力する分には問題ないだろ?」

 

 

 そう言うと、サクヤは立ち上がってすずらん亭の窓から見える景色を見つめた。

 数多くのプレイヤーが存在している。だが相も変わらず、他種族の姿は見られない。サクヤから見えるプレイヤーは全て、風妖精族(シルフ)のみであった。

 

 

「強い武器を手に入れる、レア度の高い防具を身につける、見たことがないアイテムを売り買いする。きっとそれもMMOの楽しみなんだと思う。だがそれだけじゃないだろう、MMOの楽しみはそれだけじゃない筈だ」

 

 

 静かに、されど悲しそうに呟くサクヤの気持ちがわかるのか、リーファは顔を伏せる。

 レコンはいまいち意味がわからないのか首を傾げて、日が浅いながらも何となくキリトは意味がわかるのか静かにサクヤの言葉に耳を傾ける。

 

 

「もっと高く飛びたかっただけなのに、自由に歩きたかっただけなのに、柵だらけで邪魔ばかりだ」

 

 

 サクヤはキリトに向き直り、問いを投げた。

 

 

「君からシルフ領はどう見える?」

「……閉鎖的、だと思う」

 

 

 率直な感想をぶつけた。

 短い時間しか、この世界にいなかったキリトでさえ、何やらこの世界は息が詰まりそうな感覚になっていた。

 他種族を見れば警戒し、内通者であるかも知れないと疑う。PK推奨とは言え、これはやり過ぎであると思うし、何よりもこれがアルヴヘイム・オンラインを統括する運営の意思なのだろう。

 

 サクヤは頷く。

 キリトの言葉に同意するように頷いて。

 

 

「私は一泡を吹かせてやりたい。私達をつまらない檻に閉じ込めているゲームマスターに一泡を吹かせてやりたい。私達(プレイヤー)を舐めたツケをここで精算させてやる」

「……その為に、俺に協力してくれるのか?」

「あぁ。どちらかというと、手を組むと言ったほうが正しいのかも知れないな」

 

 

 そこまで言うとサクヤはキリトに手を伸ばす。

 その手を取ることにどういった意味があるのか、キリトは理解しながらも戸惑うことなく立ち上がり手を握る。

 

 

「俺は仲間のために」

「私は運営に吠え面をかかせるために」

 

 

 お互い最終目的を口にして、力強く手を握った。

 ここに人知れず、影妖精族(スプリガン)一人と風妖精族(シルフ)一人が同盟を組んだ――――

 

 

 

 

 




>>サクヤ
 シルフ領の長。美人。
 種族間で煽るだけ煽る運営に嫌気が差している。
 かといって自分はシルフの長。さてどうするか、というところにスプリガンのチートが現れる。キリトのことを閉鎖された世界に風穴を開ける存在であると見出している。
 ちなみに、眼鏡をかければユーキの好みドンピシャ。まずいぞ、ヒロインズ。

>>――アレじゃまるで、お兄ちゃんのことが……。
 恋する乙女は最高に可愛いのではなかろうか?

>>「――――構わない」
 世界中の人間を敵に回してでも、仲間を取る系男子。


 べるせるく・おふらいん
 ~その後のすずらん亭~

サクヤ「そういえば、君の名前を聞いてなかった」
キリト「キリトだ」
サクヤ「キリト君か、んっ、キリト!?」
キリト「そ、そうだけど」
サクヤ「はじまりの英雄の? 加速世界(アクセル・ワールド)の?」
キリト「まぁ、そうだな」

サクヤ(アインクラッドの恐怖と同じくらいヤバイ奴と手を組んだ。ルーにも声をかけないと……)

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