ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ぐりぐりさん、アリシア・アースライドさん、誤字報告ありがとうございました!


 コラボを企画しています。
 題材はみんな大好き聖杯戦争でございます。でもなんちゃってです、そこまで深いものではありません、お祭り的な感じです。
 でもどうだろう、参加してくれる人いるのだろうか……(遠い目)
 んー、人徳の差と言うやつを痛感する今日この頃です。


 ――お詫びと修正――
 前回の僕らの妖精王閣下のセリフを修正させていただきました。

「じ、実験を開始しろ! 最終実験だ! コイツの記憶を塗り替えろォ!」

「じ、実験を開始しろ! 今すぐだ! こいつを痛めつけろぉ!!」

 これからもよろしくお願いします。


第11話 舞台転換

 2024年8月17日 PM14:10

 世界樹 央都アルン

 

 

 ――――アルヴヘイム・オンラインとは良くも悪くも種族間の交流に重きを置くVRMMOだ。

 

 他のVRMMO、もしくはMMOでは自身の所属する種族などそこまで重要視されることはないだろう。

 注目されることがあるといえば、最初のチュートリアルくらいなもの。それ以降、自由に動けるようになれば友人とゲームを楽しむか、世界観を楽しむためにブラブラとフィールドに繰り出すか、ひたすらゲームをやりこむか位のものだ。

 

 しかし、アルヴヘイム・オンラインは違う。

 他のMMOとは違い、種族間での交流に重きを置いている。それは、PKを推奨しているものの自身の所属しているホームではPKされることがない設定、そしてグランド・クエスト存在が物語っている。

 アルヴヘイム・オンラインをプレイする者にとっての最終地点である世界樹。その頂点にあるとされる、天空都市で君臨する『妖精王』に謁見し、到達した一種族はアルフ(光妖精族)として転生することが出来る。“到達した者達”ではない、“到達した者の中の一種族”のみが転生する権利を得ることが出来る。

 

 一つの種族ではなく、様々な種族が集った混合パーティーが世界樹を攻略できたとしよう。

 それでもその中の一種族のみが転生できるのだ。断じて、その場にいた全員ではない。

 

 そう言う事情もあってか、アルヴヘイム・オンラインでは混合パーティーは珍しいものであった。

 良い意味で種族間の絆が強い、悪い意味で閉鎖的。それこそがアルヴヘイム・オンラインである。

 

 

 そう言う意味では、彼女――――リーファから見た景色は稀有な光景と言えるだろう。

 

 世界樹の麓にある央都『アルン』の街中。

 古代遺跡めいた石造りの建造物が建ち並んでいる。活気はシルフの首都『スイルベーン』など比ではない。行き交うプレイヤーの姿は大小様々ななもので、露頭では自ら商売を始めているプレイヤーも存在する。その喧騒は世界最大の都市と称されている事に何一つ偽りはない。

 

 しかしリーファが注目するのは街並みではない。

 彼女にとっての問題はその景色。眼に映る景色に他ならなかった。

 笑みを零して歩く男女、空ではふざけ合う数名の男性の姿があり、買い物を楽しむ女性の姿があった。

 

 普通であれば、何も珍しくもない。

 問題なのは彼らの種族である。統一性のない集まりだった。シルフ(風妖精族)単一というわけではなく、その中にはサラマンダー(火妖精族)音妖精族(プーカ)の姿もある。

 通常のMMOであれば何も珍しくもないのだ。しかし彼女がプレイしているアルヴヘイム・オンライン。グランド・クエストが全てでもある現状において、他種族による混合パーティーは特殊なものである。

 

 彼らは種族の領地を抜けて、自由にアルヴヘイム・オンラインを楽しんでいる。

 それは表情から察することが出来る。アルンに存在するプレイヤー達の大半のその殆どが笑みを浮かべている。それだけで本当の意味で、彼らが純粋な意味でゲームを楽しんでいるということがわかった。

 

 対するリーファといえば。

 

 

「……ハァ」

 

 

 億劫そうな表情で、世界樹を一望できるオープンテラスにて、大通りをボーッと眺めていた。

 

 どうにも気持ちの整理がつかない。

 最初は嬉しかった。あれだけはぐらかしていた兄が、どういう心境の変化か同じゲームをプレイしていると言う事実。それがリーファにとって何よりも嬉しいものであった。これから一緒に冒険し、共に空を駆けて、見たことがないアイテムを手に入れたり、と喜びを共有出来と考えて、リーファの心が弾んでいた。

 

 だが現実は違う。

 兄は彼女が思っているよりも、誰よりも真剣にこの世界に降り立っていた。

 今も目覚めない仲間たちがこの世界にいる。確証もなく、何とも証拠もない情報である。それでも兄は再び足を踏み入れた。折角、デスゲームを生き残り現実世界に帰還したにもかかわらず、またもや仮想世界へと訪れることになる。

 

 リーファには兄がどれほどの経験を積み、どれほどの修羅場を潜ってきたのかわからない。説明されても当事者ではない自分には、とても理解など出来ないだろうと断言できる。

 それでも、今の兄のように。仲間の為に、再び戦場に戻ってくることが出来るだろうか。

 

 

「…………」

 

 

 答えは、出なかった。

 思い浮かぶのは、レコンやサクヤ。そしてシルフ(風妖精族)のフレンドの面々の顔だ。

 はたして自分は、彼らのために命を張ることが出来るだろうか。彼らのために自分を犠牲にして、デスゲームで経験した恐怖と向き合うことが出来るだろうか。

 答えなど、出る筈が、なかった。

 

 再びリーファは、ため息を漏らす。

 対して答えを出した兄は、今も世界樹へと挑戦していることだろう。

 シルフ領で購入した上下のロングコートを翻し、天を睨みつけて駆け上げっている頃だろう。

 それこそ、視界の隅に入るモノなど眼もくれずに、一心不乱に抗い続けている。

 

 

「リーファ、何をしている?」

 

 

 声をかけられて、リーファは振り向いた。

 その男はシルフ(風妖精族)だった。それにしては図抜けた恵まれた体躯に、やや厚めの銀のプレートに身を包んでいる。腰には大層なブロードソードを挿している。

 

 彼が何故こんな場所にいるのか、何て考えもしなかった。

 何故なら彼もまた、リーファと同じく兄の案内役を買って出たに他ならない。

 

 リーファは彼の――――シグルドの問いに、気の抜けた表情と声で答える。

 

 

「ボーッとしてるんだけどー?」

「……キリト殿はどうした?」

 

 

 シグルドもリーファに意見があるのを堪えて、呆れた調子で問いを続ける。

 恐らくここで問答をしても話しが進まないと思ったようだ。

 

 

「お兄ちゃんなら、一人でグランド・クエストしてるけど?」

「そうか」

 

 

 それだけ言うと、シグルドはジッと世界樹を見つめていた。その視線を追うように、リーファもまた世界樹へと視線を向ける。

 

 シルフ領を飛び出して、もう二日になる。

 更に詳しく言えば、央都アルンに到着したのがつい先日。それからずっと、リーファの兄――――キリトは一人で世界樹へと挑んでいた。

 

 キリトは強い。それはリーファから見ても、誰が見ても断言できる。恐らく、彼に太刀打ちできるのはサラマンダー(火妖精族)のALO最強と名高い“ユージーン将軍”くらいなものだろう。

 だとしても、一人ではどうにも出来ないことがある。それがグランド・クエストであった。

 

 夥しい数の守護騎士が、徒党を組んで外敵を阻む。

 彼らからしてみたら、世界樹へと飛翔するプレイヤーなど羽虫、害虫に過ぎないのだ。だから刈り取る。一切の感情もなく、機械的に侵入した羽虫を刈り取っていく。

 そして、守護騎士の驚異は数だけではない。連携を組んで、練度も高く、ありとあらゆる手練手管を行使し、羽虫を駆除していく。

 

 対してキリトはたった一人。

 一個の武が、多勢な兵に、通じることなどありえないのが戦争である。ならば結果など見えている――――キリトは物理的にゲームオーバーとなっていた。

 それでも一度だけだ。命からがらリーファが助け出して蘇生すると、キリトは単身で二度挑む。

 

 それ以降は、キリトはゲームオーバーにはならなかった。

 死ぬギリギリで戦場を離脱すると、回復して再び挑戦する。それを何度も何度も繰り返す。

 鬼気迫る表情、焦燥に駆られる感情、キリトは明らかに焦っていた。リーファも止めようとした、だが止まらない。キリトは妹の静止を振り切り、戦場へと戻っていく。

 

 

 ――多分、今もお兄ちゃんは挑み続けている。

 ――ゲームオーバーにならないギリギリで。

 ――アタシが止めても、聞かないで……。

 

 

 この辺りからだろう。

 リーファはキリトとの温度差を感じていた。

 事件に巻き込まれる前、兄はお世辞にも対人関係に優れているという人間ではなかった。むしろ壁を作り、本音で他人と話せる人間ではない。それは家族に対しても同じことだった。

 その兄がここまで一生懸命になれる人間が存在する。

 

 もちろん、兄の手助けをしたい。

 それもあるが、リーファがキリトに着いてきたのは興味本位もあったからだ。

 何度かキリトから聞いたことが合った二人がどんな人間なのか、兄を変えた二人がどのような人物なのか見たかった、ただそれだけの純粋な興味。

 

 対してキリトは命をかける覚悟で、二人の元へと向かおうとしていた。

 二人がいるかどうかもわからないまま、確信も確証もなく己の精神をすり減らしながら、世界樹へと意識を集中させている。

 

 そんな二人だ。

 温度差を感じないわけがない。

 

 

 ――アタシは、バカだ……。

 ――考えなしで、浅はかだった。

 ――お兄ちゃんの気持ちも考えずに……。

 

 

 リーファが自身の両手を握りしめるのも無理はなかった。

 彼女の抱くやり場のない気持ちをぶつけるのは、彼女自身にしかなかったのだから。

 

 そこでふと疑問が一つ。

 

 

「……ねぇ、シグルド」

「なんだ?」

「どうして貴方は、お兄ちゃんに協力しようと思ったの?」

 

 

 リーファとシグルドは付き合いが長いというわけでもなければ、そこまで深い仲でもない。

 同じシルフ(風妖精族)であり、パーティーメンバーのリーダーである。ただそれだけの繋がりでしかない。レコンのように、リアルで繋がっているわけでもなかった。顔を合わせれば挨拶する程度の、浅い仲でしかない。

 

 それでも、リーファは彼がどのような人間なのか理解していた。

 独善的で自己的に物事を考える。束縛や自由を是としているリーファが水とするのであれば、シグルドは油。決して交わることのない人物であると断言できる。

 

 それが今。

 どういうつもりなのか、シグルドは見ず知らずのキリトに協力している。

 他人のために時間を削るような性格ではない男が、こうして他人(キリト)の為に時間を費やしている事実に、どうにもリーファは納得出来なかった。あまりにも怪しく、このままでは兄に危害が及ぶかもしれない。

 だからこそ、問うた。

 

 しかしシグルドは肩を大げさにすくめた。

 まるで演技をする役者のように、芝居がかった口調と態度で言う。

 

 

「サクヤからは許可を得たが?」

「……別にサクヤの采配に不満はないわ。必要だと思ったから、貴方を着かせたわけだしね」

 

 

 でも、とリーファは言葉を区切り席を立ち上がりシグルドに向き合った。

 

 

「貴方は他人のために動くような殊勝な人間じゃないでしょ? どう言ってサクヤを言いくるめたの?」

「随分と敵意剥き出しじゃないか」

「当たり前でしょ。どう言うつもりか知らないけど、お兄ちゃんを危ない目に合わせようとしているのなら、こっちも容赦しないわ」

 

 

 リーファの翠色の眼が、真っ直ぐにシグルドを射抜く。

 欺瞞は許さず、言い訳も聞き逃さない。そう言わんばかりに、彼女の眼にはシグルドが納められていた。

 

 キリトを利用するため、冗談でも軽はずみ言ったものなら彼女は腰に挿している片刃剣を抜いてくるだろう。同族殺しなど関係なく、人の目も関係がいない。それだけ彼女の中では、キリトという人物は大きな割合を占めている。

 彼女の様子から察し、はぐらかすのは難しい、と判断したのかシグルドは口を開けた。

 

 役者染みた演技などない。

 彼はリーファから、キリトが今も挑んでいるであろう世界樹へと視線を向けて、遠い目でポツポツと語り始める。

 

 

「オレは、興味があるだけだ」

「興味? お兄ちゃんが探している二人が?」

 

 

 自分と同じ理由だったのか、とリーファは訝しむ眼を向ける。

 だがシグルドはやんわりと首を横に振った。それは違う、と態度で否定して事実を口にする。

 

 

「オレが興味があるのはキリト殿だ」

「えっ、お兄ちゃん?」

 

 

 あぁ、とシグルドは応じると。

 

 

「突如現れた出鱈目な影妖精族(スプリガン)、シルフ100人斬り、オレの想像など及ばない異分子」

 

 

 吐き出すように言葉が紡がれていく。

 そしてシグルドの眼に宿している感情は――――。

 

 

「この世界を何も知らない彼が、何者にも縛られない剣士が、見たことがない眼をしている男がどこまで飛べるのか――――」

 

 

 ――――オレはそれが見てみたい。

 そう語るシグルドの眼に明らかな憧憬の色が濃く見えていた。何に対して、キリトの何処を見て、シグルドはそんな眼を向けることが出来るようになったかなど、本人にしかわからない。

 更に言えば、リーファからしてみたら、シグルドがキリトに憧れているなど察する事が出来ていない。付き合いが短く浅いのだから、仕方ないことである。

 

 故に、リーファは口を開きかける。

 どれはどう言う意味なのか、口を開きかけるも――――。

 

 

「――――えっ?」

「――――なっ!?」

 

 

 リーファの、視界が、ズレた。

 いいや、ズレたという表現もおかしい。崩れたとも言えるし、瞬き程度ではあるが何やらノイズが奔った。

 自分だけが起きた不具合なのか、と一瞬だけ思うがシグルドも似たような反応。つまりは困惑していることから、それは違うと断言できる。

 

 見渡してみれば、周囲がザワ付き始めた。

 世界に罅が入ったような、軸が揺らいだような謎の現象を感じたのは、リーファだけではない。

 

 遅れて世界樹の上層で。

 アルヴヘイム・オンラインで設けられた飛行時間を考えても、とてもではないが個人の力ではたどり着けない世界樹の上層で、蒼色の爆発が起こり――――

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 遅れて衝撃と音が、周囲を叩く。

 仮想の肌や設置されたオブジェクトが衝撃がビリビリと震えて、身体の芯に叩き込まれる音はズシッと鈍く響いた。

 

 どう言う状況なのか把握する前に、リーファは空を駆けていた。

 背後からはシグルドの静止の声が聞こえるが関係がない。世界樹の上層で爆発が起きたのだ。そしてその下方には、兄が今も空を睨みつけて戦っているのだから。

 

 

 ――――お兄ちゃん……ッ!

 

 

 彼女の見た者は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 同時刻

 とあるマンション一室

 

 

 都内にある某高級マンションに彼は居た。

 都内有数。いいや、日本に比肩しうる物がないタワーマンション。誰がどう見ても、そこに住んでいる人間は富裕層であることがわかるほど。決して見栄だけでは住めない、本当の意味での“勝ち組”だけが住むことが出来る天上の城に、その男は住んでいた。

 傍から見た男は人当たりの良い好青年に見えることだろう。現に、男は慈善活動も行っているし、博愛主義を謳い、理想に燃える青年であった。だがそれは建前。本質的な彼は、現実主義であり、執着と傲慢に満ちた人間でもある。

 

 彼が住まう部屋も、彼の人となりを表現したかのようなモノだった。

 無駄に高級な絵画、使用用途などない工芸品。何個もある宝石が散りばめられた腕時計、機能性など度外した家具等。彼の見えが形となったような部屋である。

 

 しかしそれも見る影もない。

 ガラスのテーブルは割れて、絵画は引き裂かれ、工芸品など見るも無残な姿に割られている。

 

 もちろん、彼が住まうタワーマンションはオートロックである。外部の人間が来たものなら、監視カメラに記録されセキリュティは万全だ。泥棒など入るものなら外部からよじ登って侵入するしかないのだが、生憎彼が住む部屋は地上から数えて五十五階の最上階に存在する。

 このことから考慮するに、彼の部屋を荒らした人間は外部の犯行ではない。

 

 ならば誰なのか。

 そんなこと、考えるまでもないだろう――――。

 

 

「フゥ、フゥ、フゥ……!」

 

 

 肩で息をし、興奮しているせいもあってか顔を真っ赤に染めて、整えられたヘアースタイルは乱れている。そう、彼の部屋を荒らしたのは彼本人だった。

 ひとしきり暴れた後なのか、それとももう壊す物がないからその場に立っているのか、判断に困るものの彼は幾分か冷静さを取り戻していようだ。

 

 住民からは騒音による苦情はない。

 何せ最上階に住んでいるの彼しかおらず、下の住人には響かない防音仕様である。それを考えて彼が暴れた訳ではないものの、それが結果的に幸を為し彼の世間体は守られている。

 

 

「くそっ、くそっ、くそっ! 何だアイツはっ!? 何様なんだ、あの野郎はっ!」 

 

 

 彼はヒステリックに叫ぶと、その場で地団駄を踏む。

 肩で息をしながら、無事であったソファーに深く腰を鎮めると、ガリガリと音を立てて親指の爪を噛みながら。

 

 

「叩き潰すだと、叩き潰すっていったのか、あの虫けらは! 僕に向かって、神である僕に向かってっ……!」

 

 

 何も出来ない虫けらの癖に、と座ったまま再びダンッと大きな音を立てて床を踏みつける。

 一瞬、“虫けら”なる人物を殺す事を選択肢に考えるも、忌々しそうに、口惜しそうに。

 

 

「いいや、ダメだ。そんなことをしたら、僕の立場がなくなる……」

 

 

 彼は『レクト』フルダイブ技術研究部門の主任であり、ALO運営会社『レクト・プログレス』のスタッフでもあった。

 つまり、SAO未帰還者の命綱は彼が握っていることになる。囚われた301人の意識は彼が思うがまま、維持に飽きたのなら容易く摘み取ることも出来る立場にあった。

 それは彼の“計画”にはまたとないポジションであると同時に、彼のアキレス腱でもあった。SAO未帰還者である301人のうちの1人でも異常をきたしたものなら、彼の今まで積み重ねてきたモノは崩れ落ちることだろう。

 それは彼が言う“虫けら”に対しても同じこと。一時の感情に身を任せ、“虫けら”を殺したものなら何もかもが消え去ってしまう。

 

 ならば痛めつける。

 致死量でもしぶとく生きている“虫けら”を痛めつけて、このやり場のない感情を発散させるしかない。

 

 

「いいや、意味がない。どんなに痛めつけても泣きもしない、僕に懇願もしない。それじゃ、意味がない……ッ!」

 

 

 気色が悪い、と苛立ちを募らせて親指の爪を噛む。

 

 痛めつけても意味がないのなら、第三者を陵辱してしまえばいい。

 だがその第三者も消えた。探そうとしたものなら、“虫けら”は文字通り暴走することだろう。滅茶苦茶に破壊し、人質など何の意味もなくなることだろう。

 弱っていても、関係がない。先刻、その力の片鱗を垣間見たばかりだ。破ることの出来ない壁を、どう言う方法で破壊したのか彼にはわからない。だが事実、破壊して彼の大事な物を逃してしまった。

 

 出鱈目な異常性。

 だからこその――――アインクラッドの恐怖。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 背筋が凍りつく。

 何者かに睨まれているような、得体の知れない感覚が彼を襲うも、頭をブンブンと横に振り否定しながら。

 

 

「ふざけるな、ふざけるなッ! 僕が虫けらに、茅場に恐れている筈がない! そうさ、僕は神だ。神だから何でも――――」

 

 

 そこまで言って、彼の動きがピタリと止まった。

 それから肩を震わせて――――。

 

 

「――――ハハッ、そうだ。そうだよ! 僕は神なんだ!」

 

 

 哄笑。

 苛立ちに歪んでいた顔が、破顔に変わると懐から携帯電を取り出し、操作し通話ボタンを押して耳に当てる。

 

 先程まで暴れ、癇癪を起こしていた人間と同一人物とは思えない。

 極めてご機嫌な調子で、電話をかける様子はどこか狂気的とすら見える。

 

 

「僕だ。茅場の様子はどうだ?」

『意識を失ってますよ。いつでも実験は開始できますが、どうします?』

 

 

 まだそんな発想しているのか、と自身の事を棚に上げて楽しそうにクツクツと喉を鳴らしながら彼は笑みを零す。

 そのままの口調で、彼は歌うように軽やかな口調で。

 

 

「古い、古いよ柳井くん。痛めつけるのはもうやめだ」

『と、言いますと?』

「――――最終実験だ」

 

 

 それが何の意味が込められているのか電話口の男――――柳井は一瞬だけ言葉に詰まる。

 だが直ぐに調子を取り戻したのか『了解しました』と端的に言うと電話を切った。

 

 思い通りに事が進んでいる。

 確信すると彼は堪えきれないと言うかのように、口角を薄く釣り上げながら。

 

 

「痛めつけても音を上げないのなら仕方ない。そうなったら内面を攻めるしかないよねぇ」

 

 

 彼が言う内面とは、身体の内側を指している言葉ではない。

 もっと抽象的で、曖昧なもの。つまりそれは――――精神面の話し。

 

 

「アイツにもう一度地獄を再現させてやる。最大のトラウマ、今の彼の原点(オリジン)を見せてやる」

 

 

 普通であれば不可能である。

 しかし彼にとってそんなモノ、容易いモノである。彼が執着する人間を除いた、SAO未帰還者300人をつかった実験。それは他人の感情や思考を、意のままに制御する為のモノであった。

 記憶や思考を読み取る事が出来るのなら、それを再現することなど仮想世界では容易い。

 

 

「楽しみだよ。あの地獄を再現したら、今度こそ泣いて叫んでくれるかな――――なぁ、茅場優希くん」

 

 

 それだけ言うと、彼――――須郷伸之の顔はますます笑みを深めていった――――。

 

 

 




>>「オレが興味があるのはキリト殿だ」
 後に、キリトはん萌え派のキバオウ一派。キリト殿燃え派のシグルド軍団が対立しそう(小並感)

>>優希の地獄
 茅場優希の最大のトラウマ。
 今の優希が形成しうる出来事。


 べるせるく・おふらいん
 ~いつもの喧嘩~

キリト「やんのか?」
ユーキ「ぶっ飛ばすぞ」

リズベット「元気ねホント」
アスナ「うん、ユーキくんも楽しそうだよ」
リズベット「……え? あっ、そうね」

ユーキ「ホント、オマエはアレだな。心底腹立つ野郎だ」
キリト「それでどうするんだ? 腹立てて終わりか?」
ユーキ「いいや。オマエの家族親戚田中纏めて叩き潰さねぇと気がすまねぇわ」

リズベット「田中理不尽じゃない!?」
アスナ「いやぁ、本当に楽しそうだなー」
リズベット「ツッコミが存在しない恐怖」


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