ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2024年8月17日 PM14:30
世界樹 央都『アルン』 路地裏
謎の爆発を見て、兄であるキリトの身を案じ飛び出したリーファが合流できたのは直ぐのことだった。
特にトラブルもなく、兄と合流する事が出来た彼女達は、人目を避けて央都『アルン』の路地裏に足を運ぶこととなる。
今では大通りはその話題で持ちきりだ。
原因不明の爆発、その直前に意識がズレたような感覚、今現在のALOで何が起きているのか数えきれない考察が飛び交っている状態にある。
やれ、外部からのハッカーの仕業だの。やれ、近々実装されるクエストの試運転だの。やれ、ただの事故だの。その何もかもが信憑性のない情報だ。
真実を知るのは極一部の人間。
それこそALO運営スタッフであり――――。
「えーっと……」
――――彼女達なのだろう。
リーファは頭を抱えていた。
合流するまでは何もトラブルなどなかった。そう、それはトラブルするまではという前提の話し。問題はその後、キリトと合流してからの話しになる。
目元を抑えて「幻覚かも知れない」と何度か心の中で繰り返して、空を仰いでいた空からキリトへと視線を戻す。
「パパぁ、パパぁ、パパぁ……ッ!」
キリトの胸元に飛び込み抱きついている小さな少女――――ユイの姿。
そして優しく抱きとめる兄の姿。
どうやら夢でもなければ、幻覚でもないことを、リーファは再認識させられることとなる。
年端もない少女に自身を「パパ」と呼ばせている現実を、妹としてどう受け止めていいのかわからないものの、どういう関係なのかハッキリさせないとならない。
だからこそリーファは、家族として桐ヶ谷直葉は、現実を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「お兄ちゃん……」
「どうした、スグ?」
「お兄ちゃんって……ペド?」
「ペッ!?」
ロリでもないペド発言が、思いの外キリトの心に傷を与えたようで、彼は動揺を隠せずにいた。
ユイを下ろすこともなく、器用に抱きかかえながら立ち上がる。
その姿がますます、っぽいと感じさせたようでリーファは一歩引いてしまった。
必死になるところも、動揺するところも、ますます怪しいと言わんばかりに引くリーファにキリトは思いっきり首を横に振りながら。
「いやいや、待て待ってくれ! 俺はノーマルだ!」
「でもその娘、お兄ちゃんのことパパって……」
「前に話したろ!? SAOで何があったか、スグに何度か話ししたことあるだろ?」
うーん、とリーファは考えるも、それは直ぐに思い出すことが出来た。
確かに兄は嬉しそうに悲しそうに語っていた。自分を父と慕ってくれていた
しかし、それでも妙だ。
リーファが聞いていた少女の顛末がその通りなら、ここにいるのはおかしなことだ。
何故なら――――。
「でも、その娘がお兄ちゃんが言ってたユイちゃんであっても……」
「……あぁ」
キリトも同じ疑問だったのか、先に続く言葉を聞かずに同意するように頷いた。
ここにユイがいるのはおかしな話しだ。
何故なら彼女は消滅したのだから。加速世界(アクセルワールド)の仲間達の目の前で、再会を楽しみにするかのような笑みを浮かべて、間違いなくユイは消えていった。
だが少女は存在する。
SAOで共に過ごした姿のまま、見間違える筈もない。
そして――――建物と建物と間に見える世界樹をみる、呆然と立ち尽くす――――アスナの姿もあった。
抱きかかえていたユイを壊れ物を扱うようにおろした。
膝を折り、視線をユイに合わせたキリトは、極めて優しい口調で尋ねる。
「ユイ、話してくれないか? 何があったのか、爆発は何だったのか、アスナに何があったのか――――ユーキはどうしたのか」
ポツリ、と。
ユイは語った。自身に何が起きたのか、ユイを再生させた人物を隠したままであるものの、話せない事情があると察したキリトは深く追求はしなかった。
今までのことを。世界樹の頂上付近で何が起きたのか、自分たちが何を見てきたのか、アスナに何があったのか。
「だからアスナはあんなことになってるのか」
「はい。団長さんにはまだ説明出来てませんが……」
視界の端にアスナを収めて、キリトは深くため息を吐きながら立ち上がる。
その行動には、とりあえずユーキが居たことへの安堵。そして、また勝手に行動したことへの呆れが混じっているものであった。
「あのぉ……」
今まで静聴していたリーファが恐る恐る手を挙げる。蚊帳の外だと思っているのか、遠慮しているようにも見て取れる。
思わずキリトは苦笑を浮かべた。あまり見たことがない妹の姿が、思いの外面白かったと言うかのように立ち上がって。
「いいよ手なんて挙げなくても。どうしたんだ?」
「お兄ちゃんが探してる人達が世界樹にいるってわかったけどさ、警察に通報したほうがいいんじゃない……?」
確かに、リーファの言い分にも一理ある。
最早これは、誘拐事件の類だ。もしかしたら、ユーキとアスナを除いた299人も囚われている可能性すらある。しかしそれは、一体何のためなのか。
そもそも、これは可能性というだけの話しだ。二人は確かに居た。だが残りの未帰還者も囚われている確証はない。なによりも――――。
「スグの言う通りだ」
「なら――――!」
「でもな、証拠がないんだ」
遮るように、キリトは口惜しいといった調子で結論だけ告げた。
限りなく黒であることは、キリトもわかっている。
囚われていたが二人だけであるはずがない。必ず、残りの未帰還者も囚われいてることは間違いない。だが証拠がないのだ。このまま警察に通報しても動きはしない。仮に動いたとしても、証拠がない以上シラを切ればいいだけの話しだ。
それを踏まえて、キリトは首を横に振った。
苛立ちを隠さずに、声を静かに荒げながら口を開く。
「このまま通報しても、ALO運営は。いいや、須郷は必ず逃げ切る」
「……それじゃどうするの? このまま何もしないの?」
「まさか。証拠がないなら、作ってしまえばいいだろう」
「どういうこと?」
「証拠がないのは、未帰還者がログアウトしてないからだ。一人でもログアウトすることができれば、どこにインしてたのか警察も情報を追えるだろ?」
それだけ言うと、リーファからユイに視線を向けて、キリトは問いを投げた。
「ユイ、今からアスナをログアウト出来るか?」
「それが……」
言い辛いのかユイは視線を伏しながら続けた。
「団長さんのステータスは複雑なコードによって拘束されています。解除するにはシステム・コンソールを使用しないと……」
「それはどこにあるんだ?」
「世界樹、内部です……」
雲ひとつない空を見上げる。
どちらにしても、世界樹へ登らないとならないらしい。どっちにしても、キリトにとっては好都合だった。アスナを助けるために残った“バカ”を助けるつもりであったし、物事を明確にされたほうが迷いもなくなる。
目的地は決まった。
あとはその場所までどう行くかだ。
「……ごめんなさい、パパ」
「ん?」
空から視線を落とすと、ユイはワンピースの裾をギュッと握りしめていた。
皺になるほど強く、まるで自分の力の無さを呪うように悔しそうに恨めしそうに言う。
「もっとわたしに力があれば、団長さんをログアウトすることもできたし、ユーキさんだって――――」
「……ユイ、人間ってのはさ、弱い生き物なんだ」
「弱い、ですか……?」
うん、とキリトは頷くと腰を落として視線をユイに合わせる。
「目的がないと迷う、これで合ってるのか途端に不安になって、決意は簡単に揺れるもんなんだ。そうなると、剣も鈍る。戦力も半減以下になる」
「……そう、なんですか?」
「あぁ。でもさ、ユイのおかげで目的がハッキリしただろ? 世界樹を目指す、未帰還者達は必ずそこにいるんだ」
キリトは口元に笑みを浮かべて、ユイの頭に手を乗せた。
優しい手付きで撫でる。頑張った子供を精一杯褒める親のように、微笑みを浮かべながら温かい言葉を送った。
「ありがとうな、ユイ。良く教えてくれた」
「パパ……!」
落ち込んでいたユイの調子が明るいそれに変わると、キリトは眉を顰めて苦言を漏らす。
「それにユーキのことは気にするな、アイツがいつもみたいに勝手やっただけだろ? アイツもそう言うと思うしさ」
「そう、ですね。ユーキさんならそう言うと思います」
「そして俺達がアイツの後始末だ。面倒にも程がある」
そう言うと、キリトは大きく肩を竦める。
演技するように大げさに、口ではそう言っているものの、言葉と表情はまったくも真逆。
それはどこか――――。
「パパ、なんだか嬉しそうですよ?」
「こんなに嫌そうにしているのにか?」
「はい! とっても嬉しそうです!」
キリトも喜々としているつもりもなかった。
どうやら無意識だったようで、ユイの言葉を苦笑いで応じてみせた。これが少女以外であるのなら強く否定する所だが、相手はユイだ。強く否定出来ないのだろう。
兎にも角にも、目的地は決まった。
後は行動に移すだけである。
「パパ、団長さんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ」
「どうして、言い切れるんですか? ユーキさんは団長さんに酷いことを言っていました。とてもではないですが、直ぐに立ち直れる筈が――――」
「――――それが人間のややこしいところなんだよ」
キリトは軽い調子でアスナへと近付く。
足取りも重たいものではなく極めて軽やかなモノで、片手を上げて朗々とした調子で声をかけた。
「よっ、アスナ」
「キリトくん、久しぶりだね……」
「あぁ」
軽く挨拶を終えて、キリトはアスナと肩を並べる。
視線の先には世界樹の姿があった。キリトにとっては今まで登ろうと挑戦し続け、アスナにとっては今まで囚われていた場所。
そして――――今も囚われている仲間がいる牢獄でもある。
「キリトくん」
「ん?」
「今まで登ろうとしてたんだよね」
アスナの口調は、静かなものだった。不自然な明るさもなければ、極端に暗い調子でもない。
普段どおりの声で、静かな面持ちで、世界樹へと意識を向けている。
キリトは答えた。
聞かれたことに端的に、事実だけを述べる。
「登ろうとしたけど、ダメだったよ。質も量も半端ない。アレは少人数で攻略できる代物じゃない」
「それじゃ、数を揃えないとダメだね」
「……やっぱり、諦めてないんだな」
「当たり前よ」
何に対して、キリトは言っているのか理解しているのか、間髪入れずに答える。
静かなものだった声色は、少しばかり感情が荒々しいものとなっていった。それは憤り、怒りとまではいかないものの明確な憤りを言葉に乗せてアスナは続ける。
「ユーキくんは多分、敢えてわたしを突き放したのよ。無茶させないように、ユーキくんのことなんて放っておかせるために」
「……怒ってる?」
「当たり前です! ユーキくんの気持ちは嬉しいよ? でもね、また勝手に決めて勝手に行動して! えぇ、わたしは怒ってるわ!」
プンスカ、と地団駄を踏みかねないアスナに対して、キリトはただ静観していた。
同意することも、否定することもなく、アスナの言葉に耳を傾ける。
そうだ。
キリトは彼女がユーキに何を言われたのかわからない。当事者ではないキリトには、アスナがユーキから酷いことを言われていた、ユイの情報しか知らない。
もしかしたら、言われたのがアスナではなく関係のない他人であれば、ユーキの言葉を額面通りに受け取っていたことだろう。
だが相手が悪かった。
アスナにとって、それは悪手だ。
茅場優希という人間を一番理解している者に行う手ではない。
案外、アイツも詰めが甘い、とキリトは小馬鹿にする笑みを浮かべながら。
「ってことは、初めてか? アイツと喧嘩するの」
「うん、本当の喧嘩は初めてになるわね。もう絶対に、絶対に許さないだから!」
「でもさ、どうするんだ? ちょっとやそっとじゃ、攻略できないぞアレ」
「キリトくん、何か策はある?」
「まぁ、あるにはあるな。策ってほどでもないけど」
考えはある。
後は実行に移して、どれだけの人間が食い付いてくるかだ。しかし不安はない。彼らならば、最後に共に手を取り合って、SAOのラストダンジョンで共に背中を預けあった彼らならば、協力してくれる筈だ。
「それじゃキリトくんはそっちをお願い」
「そっち? ってことは、アスナも何か考えがあるのか?」
「うん。わたしは――――」
「――――これから
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――――意識を失ってどれぐらい経ったのか――――。
茅場優希がまず先に考えたのはその程度のことだった。
ぼんやりと周囲を見渡しても、暗闇が広がるばかり。視界からは何一つ情報を得ることが出来ない。ならば触覚はどうだろうか。
「……」
反応は、ある。手がある、足がある。五体満足だ。
常日頃、もはや日常と化している“実験”であるのならば、優希の意識があろうがなかろうが何かしらのアクションがある筈なのだが、今の所不思議とそんなものはなかった。電流が流されることもなければ、凍死寸前まで追い込まれることもなく、炎で焼かれることもない。ましてや、手足を切り落とされている形跡もなかった。
真の意味での五体満足。今までの優希は妖精王オベイロン――――須郷伸之に囚えられ、かなりの時間が経っていた。だがこんなことは初めてだった。鎖に繋がれておらず、苦痛も屈辱もない現状。
自分は今どのような状況なのか。
通常の思考回路ならば、不安一色の筈だ。しかし優希は通常の人間のそれとは違う。何かが欠けて、今まで歪みながら生きてきた。そんな人間が、まともな精神性である筈もなく――――。
――明日奈は、問題ねぇだろ。
――野郎がいるんだ。
――心配することは何一つない。
――何度も迷惑をかけんのは癪だが、手段選べる立場でもない。
考えるのは他人のこと。幼馴染である結城明日奈の安否だけであった。
無事なのか、キリトと合流できたのか、須郷は見逃したのか。考えても考えても答えが出ないことは、優希本人が一番理解している。情報が満足に与えられずに、周囲は暗闇の現状において明確な回答が与えられずことはありえない。
だがそれでも、だとしても――――。
「……勝手なもんだな」
ポツリ、と自嘲するように口元を歪ませて、自身に言い聞かせるように口を開いた。
その感情は明らかな侮蔑。憎たらしげな想いのまま、紡がれた言葉の矛先は自分自身に向けられており、容赦なく突き刺していく。
「自己満足でアイツを傷つけて、今度はアイツの心配かよ。なんて無様で厚顔無恥な野郎だ」
その声に呼応して、周囲の景色が一変した。
漆黒で、光など差し込まなかった景色が破壊されて、また新しい造形に変貌していく。
何も存在しなかった場所からは生えるように草木が息吹き。何も浮かんでいなかった空には曇天が覆い尽くされていく。
一体何が始まるのか。
訝しげに、注意深く観察していた優希。
腰を軽く落とし、来るかも知れない衝撃にいつでも反応が出来るように、五感のすべてを過敏にしていく。今の優希には奇襲など無意味である。不意打ちなど関係がなく、少年の優れた“直感”が反応することだろう。
先の先。何かを仕掛けられる前に、優希は行動して叩き潰していく。
だがこれは、奇襲が狙いだったとした時の話しだ。
まだ見ぬ敵の目的が違うものであれば――――。
「……おい」
優希の観察など――――。
「待てよ。なん、で……」
――――無意味に終わることになる。
そもそもな話し、警戒など無意味であった。
襲うなどとんでもない、戦うことすら選択肢に入っていない、優希を直接手を下そうとする考えもない。
自身が立っているのは谷底。
空を見上げれば曇天に覆われた空、そして突き破られたガードレール。
眼球はグラグラと揺れて、心臓が締め付けられてるかのように激痛が走り、呼吸も満足に出来ない。
軽く腰を落としていたが、今となっては呆然とその場に立ち尽くしているのみであった。だが本人からしてみたら、自分が立っているのか不明瞭なものだろう。そこまで言い切れるほど、今の優希は希薄なモノとなっていた。
まさか、と優希はゆっくりと再び周囲を見渡した。
横転している車、焼け焦げた草木、今も燃え盛っている炎、そして――――真っ赤に染まった地面。
その光景は、何度も、見たことがあった。
――――ここは両親を犠牲にして、自分が生き残ってしまった場所であるのだから――――。
忘れもしない、忘却することなど出来ない、優希の心に深く深く突き刺さった罪悪感の棘、そして――――茅場優希の最大の罪罰。
幼い頃、その横転している車。それは少年と両親が乗っていた。歪に転がっている車、フロントガラスは粉々に砕け散り、バンパーは千切り離れて転がっており、タイヤホイールもドアも何もかもが歪んでいる。
それは優希から見たら棺桶にようにも見えるものであった。
「や、めろ……」
無意識に出た言葉と共に、一歩後退る。
言葉に尽くしがたい吐き気を我慢しながらも、過去の惨劇に目を逸らせずにいた。
それこそが自分の罪であり、自分に与えられた罰であると言うかのように、一歩また一歩後退りながらも目を背けに受け止めていた。
「ぁ……っ……!」
胸が痛い。
動機が収まることなく、秒で刻むに連れて段々と早くなっていく。
為す術などないのは、当たり前だ。痛むのは外傷でなく、その身体の中側の更に内側にあるのだから。
精神がすり減っていくのを、優希は自覚した。
この光景が、記憶がある限り、痛みは更に深まっていき、膨れ上がり、癒えることなど決してない。
故に、吐き気が収まることはない。手足は痺れ始め、頭は沸騰しそうなほど熱く、眼球は焼き切れるようだ。
それでも、だとしても、優希は眼を背けるわけにはいかなかった。
これこそが自分の罪であるとするのなら、逃げるわけには――――。
「――――優希くん」
背後から、声が聞こえた。
聞き慣れた声、その声は無感情なもので、かつては彼を鉄仮面と面白半分に評していた男の声。
声の主が誰なのか理解しながらも、優希は振り返ると。
「――――優希くん」
口の端から血反吐を垂らしている白衣を着た男――――茅場晶彦の姿が合った。
見てみればその腹部には見覚えがある両手剣――――アクセルワールドが深々と刺さっている。忘れもしない、これは再現だ。ソードアート・オンラインで茅場晶彦を犠牲にした。
茅場の後ろ、その背後には数十人の見覚えがある顔があった。
かつて主街区で見かけて何度か話しをしたことがある『吟唱スキル』を持っていた少女の顔、アインクラッドの恐怖として活動してた頃に見た男の顔、子供の手を繋いでいる母親の顔があった、恋人同士なのだろうか距離感が近い男女の顔があった。
かつて、茅場優希は走り続けてきた。
前だけを見て、かつての仲間すら置いて、勝手なまま最短距離で走った。
一人で走った。“アインクラッドの恐怖”は脇目も振らずに、走り続けた。その間、どうして何もなかったと、悲劇がなかったと言えるのか――――。
茅場の後ろに立っている者達は真っ直ぐに優希を見ていた。
無感情で無表情で、その瞳は優希だけを捉えていた。無感動で、それこそカメラレンズのように優希だけを見る。
手を差し伸ばし、万人を救えた訳ではない。中には何もかもが遅かった者、間に合わなかった者が存在する。それこそが彼らの姿であった。万人ではない優希が救えなかった者達、その罪悪感が形となって優希を責めていた。
言い訳などしない。
救えなかったのは自分が力がなかったから、しょうがなかったなどと言うつもりもない。
そこで「おい」と、そこに「ねぇ」と。
背後から二つの声が聞こえた。
優希の肩が大きく揺らぐ。
聞き覚えのある声に、上手く発声出来なかった。
かつて、その声を聞いて育ってきた。優希の大人としての見本であり、その大きな背中を見て、いつか自分もそうなりたいと目標とした人がいた。
かつて、その声に何度も安らぎを得た。優希をいつも暖かく見守り、ときに本気で叱ってくれた、いつか今度は自分が彼女を守りたいとした人がいた。
振り返る。
頭から血を流し、片腕が明後日の方向へ捻子曲がっている男性がいた。
内出血している腕は痛々しく、眼が虚ろになり優希を見ている女性がいた。
怪我をしている箇所はそれぞれ違う。度合いも違う二人が共通していることといえば。
「答えろよ。ンでテメェが生きて、オレ達が死ななきゃならェんだ?」
「答えて下さい。何故、私は死ななければならなかったのですか?」
敵意だ。
蒼い双眸の女性は真っ直ぐ優希を射抜く。
筋肉質の男性は殺気を込めた眼で優希を貫いている。
一歩二歩、三歩四歩、優希は後退る。
首を横に振り、逃げるように、
わかっていた。
二人が自分を恨んでいることは分かっていた。覚悟もしていた。殺されても文句はないと本気で思っていた。それでも、人の心とは厄介なものだ。わかっていたとしても、身構えていたとしても、二人の言葉は採掘機のように優希の心を容赦なく削り抉っていく。
二人を――――両親を犠牲にして生きてきた茅場優希への罰であると言うかのように。
二つの表情は悪鬼羅刹のそれに変わり、二つの言葉は怨霊怪異となって優希の心を侵食していく。
「テメェのせいだ」
「貴方のせいです」
あぁ――――。
「テメェなんぞがいるから」
「貴方のような者が存在するから」
本当に――――。
「オレ達は」
「私達は」
ここは確かに――――。
――――死んだんだ――――。
地獄だ――――。
>>『吟唱スキル』を持っていた少女の顔
劇場版に活躍した例の少女。
ユーキにとってこれはクリティカルな攻撃。
両親からの自己否定はクルものがあるゾ(にっこり)