ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
ダイシーカフェで優希が愚痴を聞いたり、相談に乗ったり的な展開です。シリーズ化するやも……?
ヒサヤさん、リクエストありがとうございました!
――――どうしてこうなった――――。
ギャルソン姿のウェイター――――茅場優希は自身に問答を行わざるを得なかった。
なんてことはなかった筈だ。
いつもどおり、バイト先であるダイシーカフェに足を運び、仕事着に着替えて接客する。
普段は人相が最悪の部類に達している優希でも、仕事となると話しが別。必殺の猫被りを全力で使いこなし、来店した客へ応対する。新規には適度な距離を保ち笑顔で、常連には些細な変化も見逃さずに笑顔で、つまるところ普段の彼からは考えられない満面の笑みで対応していた。
外面だけは良い、というよりも母親似の整った顔立ちをしていることも相まってか、連絡先を教えてほしいと言われるのも珍しくはない。
だが優希は華麗に拒否。
やんわりと断り、あろうことか。
――――あぁ、ごめん。今仕事中だから、また来てね?――――
などと申し訳無さそうな顔で、甘い言葉を吐き出して、リピーターを増やしていく始末。
幼馴染曰く、腹黒スイッチ全開。
その気がない癖に、それっぽいことを言って、その場を乗り切ろうするのだから始末が悪いというもの。
とはいえ、いくら性根が最悪だからとは言え、勤務態度は真面目そのもの。
客と頑なに連絡先を交換しないのもそのためだ。店員と顧客、その境界線を曖昧にしてはならないモノである、と優希は考えている。公私混同は別けなければならず、もし連絡先を交換しようものなら面倒事にも繋がりかねない。連絡先を聞いてくるということは、少しでも優希を男性として気に入ったという証拠であるし、男女の関係などそれこそ曖昧なもの。些細なすれ違いで、どんな事が起きるかなど想像も出来ない。
だからこそ優希は仕事場では連絡先を交換しない。どれだけ好みの女性がいようとも、それこそメガネが似合う女性が来ようとも、優希は連絡先を交換することはない。
責任感、というのだろうか。
優希自身が世話になっている男性――――アンドリュー・ギルバート・ミルズの厚意で働くことになったとはいえ、ダイシーカフェでのウェイターも気に入っているのが現状だ。
口には出さないものの、むしろ好んでいる節がある。様々な人間がダイシーカフェに来店する。一人で訪れれる者もいれば、家族連れであったり、恋人同士であったり、友達同士であったりする。訪れる理由も様々だ。店長であるアンドリューの顔が見たいという者もいれば、先程話した優希の連絡先を聞こうと躍起になっている女性もいるし、アンドリューの娘であるレベッカを可愛がろうと来店する客もいる。
千差万別。
色々な理由、それこそ不平不満を吐き出そうと来る者もいれば、心満意足を得ようと訪れる客もいる。
共通する理由がないものの、場を乱す輩、暴力を伴って現れる者達が来店しないのは、きっとアンドリューの人柄も原因の一つであるのだろうと優希は考える。
それは大変好ましいものだ。類は友を呼ぶ、という言葉があるようにアンドリューのような善良なる人間には善良なる人間が集まるのは道理だ。
ならば彼女は、カウンター席で尋常ならざるハイペースで飲む彼女が訪れた原因は、自分にあると優希は結論付ける。
面倒くさい、と目で“彼女”へ訴えてコップを洗いながら呆れた口調で一言。
「飲み過ぎだぞ」
「飲まないとやっていられないわよ」
紺色のジャケットを羽織、同色のタイトスカートを履いている彼女。
明らかにブランド物であり、それを着こなす彼女にも気品を感じられる。シンプルに言ってしまえば、似合いすぎるほど似合っていた。
飲み物としては、ワインが似合いそうな彼女だが、言葉の通り飲まないとやっていられない現状にあるのか、そのジョッキに注がれたビールを片手に持ち、優雅とはかけ離れた状態にあった。
気品、優雅、そして風雅。そんなモノは彼方に吹き飛ばし、全力で飲まんとしている。
この日何度めか、優希はため息を吐いて、残りの洗い物に手を付けて、並行する形で彼女の話しを聞くことにした。
「それで京子さん、今日は何の愚痴を言いに来たんだよ?」
彼女――――結城京子はジョッキにはいっているビールを一口含み飲み込むと。
「明日奈のことよ」
「…………」
「またか、って顔してるわね?」
「どうしてわかったし」
「貴方はわかりづらいようでわかりやすいのよ。顔に出てた」
「へいへい、そりゃ悪ぅござんしたね」
「へいは一回よ」
「へーい」
歳は離れているものの、そのやり取りは親子のそれに近い。
気心の知れた、というには奇妙な言い回しであるが、幼い頃から結城家と家族同然で付き合ってきた。優希にとっては京子はもう一人の母親であり、京子に至っては優希はもう一人の息子のような感覚である。
そんなわけか、京子がダイシーカフェに訪れるのは初めてではない。
優希がバイトをすると決まってからは、店長であるアンドリューに挨拶をし、店内の様子を見に来てからは、こうしてどういうわけか常連になっていた。
しかも決まって夜に訪れて、家族の愚痴(主に明日奈絡み)をこぼして帰っていく。聞き手側はもちろん茅場優希。娘を持つ身としては、アンドリューが適任である筈なのだがとある事情により彼は聞き手側ではない。
何度も言うが、彼女はいつの間にか常連客になっていた。
となれば、こうして愚痴を言うのだって初めてではない。
またか、と優希が顔に出てしまったのもこのためだ。何度聞いたかわからない明日奈が絡んだ愚痴を優希はまたもや聞くことになる。もはや馴れたものだ。現に洗い物と並行しながら、京子の話しを聞くことが出来るようになってしまっている。
「ンで、明日奈と何があったんだよ?」
「あの子の進路関係」
「あー、なるほど」
合点が言った、と優希は一度頷いた。
進路。つまりは明日奈のこれからの、未来の話しなのだろう。
「大方、京子さんが帰還者学校に通うことを反対して、明日奈が反発した。ってとこだろ」
「……何でわかったのよ?」
「わかるっつーの、それくらい。伊達にアンタ達と長い付き合いしてないって」
洗い物をしながら苦笑を浮かべる優希に対して、見透かされているのが面白くないのか京子は拗ねた調子で。
「あの子の言い分もわかります。仲間と離れたくないのでしょう?」
「まぁ、多分な」
「離れ離れになっても、ゲームの中でも会えるでしょう。貴方達のやってるゲームというのは」
「会話も出来るぞ。ネットがあれば」
「だったらあの学校に通わなくてもいいでしょう! あの子はわかってないのよ、今の時期が大変ってことがっ!」
そう言うとジョッキに入ったビールを一気に飲み干し、ドンと大きな音を立てて置いて。
「おかわり!」
「飲み過ぎだっての。話し聞いてやるから、その辺にしとけよ」
「……うん」
京子はどこかフワフワした口調で続ける。
「今の世の中、良くも悪くも学歴がモノを言うのよ。貴方だってわかってるでしょ?」
「確かに京子さんの言うとおりだな」
「でしょう!? 確かに高卒中卒で企業したり、成功を治めた人だっているわ。でもそれは一握り。もっと確実に堅実に考えるなら、良い学校を卒業したほうが良いに決まってるじゃない。学歴が高ければ高いほど、選択肢も広がるのよっ!」
「大企業も好んで偏差値低い学校は選ばんわな」
「そうなのよ。その人がいくら優れていようが、目に止まらなかったら無駄なのよ。目に留まるには努力するしかないの。となるとやっぱり学歴の高い学校を卒業するしかないじゃない。目に留まる、っていう努力をまずするしかないじゃない」
確かに京子の言うことも一理ある、と優希は受け止める。
この日本は良くも悪くも学歴がモノを言う社会だ。学歴の高い学校を卒業した、というだけで一目置かれる。そう考えれば、京子の言う通り学歴とはある種の武器である。打ち倒す矛であり、身を護る盾にもなる。
優希や明日奈が通っている帰還者学校はこれまた特殊な学校だ。SAO事件に巻き込まれた、未成年が通う学校。同情する人間もいれば、凄いと褒め称える人間もいる。そしてその中には、不審に捉えてしまう人間がいるのも事実だ。なにせ数年間、仮想世界というゲーム空間に閉じ込められていた者達だ。しかも未成年であり、物事の捉え方も成熟していない難しい時期の若者達。
蠱毒とも呼べる状態に置かれた極限で、非行に走らなかった若者がいない、と誰が言い切れるだろうか。
世間が不審に思うのはそれであり、京子が危惧しているのはそこだ。
良くも悪くも、帰還者学校という施設は特殊であり、学歴が武器となる社会では足を引っ張る可能性がある。
我が子を思うのなら、その危惧は納得がいくものだ。
京子だって明日奈が憎いから、困らせようとしているわけではない。
現に――――。
「その後は?」
「その後って?」
「面接とかあんだろ。その辺りは明日奈大丈夫だと思うのか?」
何気なく問うた優希への返答として、京子は臆面もなく腕を組み自信満々に。
「当たり前でしょう、私の子よ? 明日奈は優しくて、可愛くて、私よりも出来が良い子なのよ? 明日奈を欲しがらない企業なんていません」
「うわぁ……」
少しだけ、若干、優希は引いてしまった。
先程の心配も、明日奈の将来への干渉も、全ては明日奈を思ってのことであると優希はわかっていた。
それでもこれは酷い。
子煩悩なんて生易しいものではなく、いうなればそう。これが世間で言うところの――――親バカ。
そして、明日奈が好きすぎて自覚がないのか、京子はジロリと優希を睨みつけて。
「何か?」
「いいや。アンタも大概拗らせてるよなーって」
「どういう意味よ?」
「そのまんまの意味だよ。それ明日奈に言えばいいじゃん。どうせ頭ごなしに、帰還者学校に通うなって言ったんだろ?」
「うっ……」
図星だったのか、京子は言葉に詰まる。
それからどこか言いにくそうに、カウンター席の机に人差し指で小さな円を作りながら。
「だって……」
「だって?」
「――――恥ずかしいんだもの」
「……は?」
優希は思わず自身の耳を疑う。
だがどうやら聞き間違いではなかったようで、頭が痛いと目頭を抑えながら。
「恥ずかしいって何だよ。アンタ、アイツの親だろ。なにその思春期の反応。乙女か」
「だって、だって! あの子、わからないけど私に壁を作ってるんだもの!」
「壁って、京子さん。マジで言ってんの?」
「マジで言ってるわよ」
「理由がわからない?」
うん、と恐る恐る頷く京子を見て、頭を抱えそうになる。
何で気付かない、と。そういうところだぞ、と。声を大にして言いたかった。しかし、面倒くさいのが一人増える。
先程、娘が一人いるのだからアンドリューが聞くのが適任であるが出来ないと説明した。
出来ない証拠がこれだ。京子が座っているカウンター席の隣にドカッと、勢いよく座る既に出来上がっているアンドリューが何度も頷き泣きながら。
「わかる、分かるぞっ! 京子さんの気持ちよく分かる!」
「マスターさん……!」
「俺の娘もさぁ、最近俺へ壁を作ってる気がするんだよぉ。苦労をかけちまったからなぁ。ごめんよぉレヴィぃ~!」
「泣かないで」
「仕事して」
もらい泣きしそうになる京子はうんうん、と頷く。
そんな二人に――――というより、仕事放棄しているアンドリューに対して、切実な思いを口にする優希だが華麗に聞き流されてしまっている。
子供の悩み、とりわけ娘となるとアンドリューはこうして使い物にならなくなる。
親バカが揃うとき、化学変化が起き、ビックバンが生まれるように、二人の親バカはとどまることを知らない。
アンドリューは頬を涙で濡らしながら、優希を指差して。
「しかもコイツの真似ばかりしてよぉ~。反抗期になったらどうしよう。ダディ臭いって言われたら、洗い物一緒にしないで言われたら、俺死ぬわ。毛穴という毛穴から血を吹き出して死ぬわ」
「死に方がエゲツねぇよ」
「大丈夫よ、マスターさん。優希のマネしてるのなら、娘さんは大丈夫。何だかんだ言って優希は父親、母親、おまけに妹大好きなファミリーコンプレックス。ファミコンだから」
「聞き捨てならねぇんだけど」
「それに明日奈はうちの夫と洗い物同じにされても文句言わないし、小学4年生くらいまで一緒にお風呂入ってから」
「おいまてバカ。明日奈にも飛び火してんぞそれ」
ところどころで優希がツッコミを入れるも華麗に無視される。
親バカ二人はガッチリと固い握手を交わす。多分、そういうところが娘たちとの壁を作っている原因になっているに違いない。
そして繰り広げられる娘自慢。
やれ、明日奈は可愛いだの。
やれ、レヴィは綺麗になるだの。
当事者がいれば赤面すること間違いない話しが飛び交う現状。酒に酔うとは恐ろしいものである。歯止めする理性がなく、思いの丈を叫ぶ本能のまま、娘大好きな二人はストッパーも存在しない状況下で好き勝手叫んでいく。
とりあえず優希に出来ることと言えば――――。
「……もしもし、浩一郎兄? あのさ京子さんなんだけど。……あぁ、うん、また何だわ。悪いだけど回収に来てくれないかな? 出来れば明日奈にバレないように。……うん、頼むわ」
――――回収班に連絡することだった――――
>>結城京子
明日奈の母。子供大好き、娘LOVE。大学で経済学部の教授。
娘が好きすぎて、距離感がつかめない。壁を感じている。
以前、SAO帰還者達を悪く言ってしまい、優希の逆鱗に触れて泣かされてる。というよりも、度々明日奈関係で優希からガチ説教されるので、原作よりかは幾分親子関係は解消されている。
優希のことも何だかんだいって世話を焼いている。
ダイシーカフェでは夜の部での常連。明日奈は知らない。
ダイシーカフェ保護者支部なるコミュニティを作っている。
明日奈が優希を好いていることを京子は知らない。母親ェ……。
>>ダイシーカフェ保護者支部
子供大好きクラブ。
支部長は京子、副支部長はアンドリュー、その他雑務は全て浩一郎兄。明日奈は知らない。