ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第13話 最強との会合

 

 2024年8月17日 PM15:32

 サラマンダー領 首都『ガタン』

 

 

 世界樹から見て南の砂漠地帯に、火妖精族(サラマンダー)の首都『ガタン』は存在していた。

 その大地は、端的に言ってしまえば不毛の大地だ。シルフ領のように緑豊かな木々に囲まれているわけでもなく、ウンディーネ領のように水源に囲まれているわけでもない。ましてやレップラコーン領のように採掘が優れている場所というわけでもない。

 正にサラマンダー領は不毛であり、不変の大地と言える。砂地を掘ったところで水が湧き出ることもなく、種を植えたところで草木が生えるわけもない。

 住居も遺跡となった廃墟をそのまま使っている、という設定のためか手入れや修繕が行き届いておらず、ところどころ建物の壁には罅が走っている。

 環境は劣悪、景観も目移りする物がない。資源の収集すらままならない地形。そう言う意味では、プレイヤーが最初に選ぶ種族としては、あまりオススメ出来ない種族と言えるのかも知れない。

 

 だがどういうわけか、VRMMO経験者にしろ初心者にしろ、火妖精族(サラマンダー)は大変人気がある種族であった。

 それもその筈。9つある妖精族の中で、火妖精族はその中でも戦闘が有利である種族だ。筋力は初期の段階で比較的高い部類であり、なおかつHPも高く設定されている。PKが推奨されているアルヴヘイム・オンラインにおいて、対人戦は一番重要視されている。何よりもグランドクエストの難易度を考えても、火妖精族(サラマンダー)が一番人気というのも頷ける。

 

 その人気ぶりは凄まじいの一言。

 恐らくであるが、現在プレイしている人間の中で、火妖精族(サラマンダー)を選んでいるプレイヤーは半分近くいると言っても過言ではない。

 

 

 

 大半のプレイヤーは火妖精族(サラマンダー)、そして問題となっているアルヴヘイム・オンラインはPKが推奨とされている世界観。

 ともなれば、そんな中で――――火妖精族(サラマンダー)の首都に赴くというのは自殺行為と言えるだろう。

 

 

「……」

 

 

 キョロキョロ、と。

 リーファは挙動不審に眼を泳がせていた。

 

 彼女がいるのは、敵地と言っても語弊がない火妖精族(サラマンダー)の首都『ガタン』の一際大きな建物の前。

 石造りの建物が並び、道は石を乱雑に敷き詰められたかのような、荒く整地すらされていない道となっている。リーファもサラマンダー領に訪れるのは初めてである。とは言っても、別種族同士の交流など皆無だ。だからといって、物珍しげに辺りを見渡しているのかと言えば決してそうではない。

 

 ここは火妖精族(サラマンダー)の領地。つまりは彼らのホームということになる。

 そうなると、リーファの圧倒的不利。ここではリーファが彼ら(サラマンダー)に傷つけることは出来ず、彼ら(サラマンダー)はリーファを一方的に嬲ることが出来る。

 

 故に、圧倒的不利。

 戦闘となれば勝ち目などなく、リーファが挙動不審なまでに周囲を警戒するのも無理はないだろう。

 少しでも妙な動きがあれば離脱。今、自分に出来る選択肢といえば逃走くらいしかない。

 

 

「あのー……」

「ひゃい!?」

 

 

 不意に、背後から声をかけられたリーファは身体全体をビクつかせる。過敏に辺りを観察していたからか、妙な声も出てしまっていた。

 自然と顔が赤くなるのを、リーファ自身気付いていた。だがどうすることも出来ない。オーバーリアクションで変な声も出てしまったのだ、彼女が抱いている羞恥心は途方もないほど強大なのだろう。

 

 リーファは振り返る。

 そこにいたのは女性。当初より着ていた薄手の白いドレスの上から、赤を強調とし胸を覆う鉄製のアーマーを装備しており、素足だった足にはワインレッドのブーツを履いていた。

 そしてその腰には、一番軽量の細剣が差している。

 

 

「大丈夫、リーファちゃん?」

「……はい」

 

 

 心配そうに見つめる彼女――――アスナは問いを投げて、リーファは居心地悪そうに顔を紅く染めて小さく応答した。

 

 リーファが周囲を警戒しているのは、自分自身を守るためではない。アスナを守るためでもあった。

 今のアスナは、傍からどの種族にも属さない正体不明のプレイヤーだ。彼女が妖精王オベイロンの妃である『ティターニア』という設定の妖精族であると説明しても、事情を知らないプレイヤーからしてみれば信じてくれないだろう。最悪、NPCだと勘違いされてしまい、アスナが襲われる可能性すらある。加えて、今のアスナは戦える状態ではない。最低限のステータスしか与えられておらず、飛行することも、ましてや戦うことすらも難しいと言える。

 

 だからこそ、リーファは辺りを警戒していた。

 戦う術も持っていない、アスナを守る為に、彼女の無謀な提案の護衛役として買って出たのだ。

 

 

 だが不満はある。

 

 

「アスナさんは、大丈夫ですか?」

「うん。ごめんね、移動もリーファちゃんに抱えてもらっちゃって。重くなかった?」

「大丈夫ですよ! あたし、結構力持ちですし」

「ふふっ、ありがとう。リーファちゃんは頼もしいね?」

 

 

 軽く笑みを零すアスナを見て、リーファも自然と笑みが溢れた。

 

 不満はある。

 しかし、それはアスナに対してではない。この場にはいない、自身の兄であるキリトに対してであった。

 キリトが和人であると知らなかった最初の頃に、現在のアルヴヘイム・オンラインがどのような状況なのか簡潔ではあるがリーファは説明していた。

 この世界では自身の種族ごとにホームタウンが設定されている。つまるところのホームタウンとは領地である。シルフ領ならばシルフの、サラマンダー領であればサラマンダーの領地が決められており、そこに侵入した他種族はホームタウンに設定されてあり種族をPKする事が出来ない仕様となっていた。これだけで単身でサラマンダー領に乗り込もうとしていたアスナが、どれだけ命知らずな行動なのかわかるというものだ。

 

 だと言うのに、キリトはアスナの無謀とも言える提案に二つ返事で承諾すると

 ――――わかった、そっちはアスナに任せるよ――――。

 と、自身はやることがあると、さっさとログアウトしてしまったのだ。

 

 思い出すだけで腸が煮えたぎるとは、今のことを言うのだろうと段々とリーファの怒りのボルテージが上がっていく。

 兄は彼女が心配ではないのか、戦うすべも持たずに、ログアウトも出来ないアスナが、再びソードアート・オンラインの再来を迎えているのにも理解しているくせに、何も思わなかったのか。

 

 

「り、リーファちゃん? もしかして、怒ってる?」

「別にっ、怒ってっ、ませんよっ! お兄ちゃ――――キリト君が薄情な奴だなんて、これっぽっちも思ってませんからっ!」

「キリトくんが薄情?」

 

 

 今ひとつ要領が得なかったのかアスナは、どの辺りが? と不思議そうに首を傾げた。

 

 

「キリトくんは優しい人だよ? 一人で世界樹を調査するって、ユイちゃんが言い出したときはかなり心配してたし……」

「それ、それですよっ! どうしてあの娘のことは心配して、アスナさんには心配しないんですかねお兄ちゃんは! 意味がわかりませんよ、アスナさん達にあんなに会いたいからALO始めたのに、あの反応なんだもんっ!」

「それは仕方ないよ。ユイちゃんはキリトくんの守る対象なんだから」

「守る、対象ですか?」

 

 

 うん、とアスナは頷くと続ける。

 

 

「何がなんでも守りたい人というか、多分キリトくんは何があってもユイちゃんは守ろうすると思う。……自分がどんなことになっても、必ず」

「……詳しいですね」

「……わたしも、ユイちゃんと同じみたいだからね。何となくだけど、わかるの」

 

 

 何処か遠い目で、思い出すように呟いたアスナの顔は、嬉しいようで、どこか悲しげなモノだった。

 それは相反する感情だ。“嬉しい”のに“悲しい”とは矛盾している。守られるのは嬉しいが、守られたいわけではなかった、そう言うかのようにアスナは儚げに笑みを浮かべて。

 

 

「ワガママなのはわかってる。守られて嬉しいのに、ただ守られるだけなのがイヤなんて、ワガママにも程がある。でもわたしは自分に腹が立つ、守られているだけのわたしが許せない。だからこそわたしはここにいる」

「アスナさん、一つ教えて下さい」

「いいよ、何でも聞いて」

「どうして、サラマンダー領に行こうとしてたんですか?」

 

 

 アスナの言い分はわかった。

 守られるだけが嫌だからこそ彼女はここにいると言った。ならば、ここに来た訳は? 今や火妖精族(サラマンダー)はALO最大戦力といっても過言ではなく、例のグランドクエスト制覇に一番近いと言われている。

 世界樹の頂上を目指しているキリトやアスナにとって、火妖精族(サラマンダー)は競争相手。説き伏せることの出来ない大きな壁であるのだ。

 

 だからこそわからない、リーファにはわざわざアスナが赴いた訳がわからなかった。

 

 

「――――それはオレも知りたいな」

 

 

 首都『ガタン』で一際大きな建物から出てきた男――――シグルドがそう言いながらアスナ達に近付いてきた。

 

 初めからリーファとアスナでサラマンダー領に訪れていたわけではない。

 アスナの護衛にリーファ、火妖精族(サラマンダー)と交渉したいというアスナの願いを聞き届けたシグルドが話を通すために同行していた。

 計三名。少数で彼女達は行動していた。

 

 

「……纏まったぞ。貴女の話しを聞くそうだ」

「ありがとう、シグルドさん」

 

 

 アスナの礼に対して、シグルドは「いいや」と短い言葉で応じた。

 その二人をやりとりを眼にしていたリーファは怪訝そうな眼をシグルドに向けながら。

 

 

「……あんた、いつからサラマンダーにコネがあったの?」

「……先月辺りから仲良くなったプレイヤーがいてな」

「嘘でしょ。あんたが他種族の人と仲良くするわけがない。何を企んでいるの?」

「何も企んでいないさ。今はな」

「今は企んでない、ねぇ? それじゃ昔は企んでたってこと?」

「……話しを戻そう。どうして貴女はサラマンダー領に来たいと思ったんだ?」

 

 

 急に話を振られたアスナは一瞬だけ眼を丸くするも、直ぐにシグルドが出てきた建物へ目を向けて、そのまま歩み始める。

 左腰に差している細剣に、左手が軽く添えられているのは、自分を鼓舞するためなのか。それでも歩みを止めずに、目を逸らさずに真っ直ぐに前だけを見据えて口を開いた。

 

 

「――――サラマンダーの人たちを、説得しに来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 ――――以上が、わたしが置かれていた状況です。

 

 

 会議室、それも火妖精族(サラマンダー)の重役たちが議論する際に使われる専用の会議室に、彼女達がいた。この部屋だけは比較的ではあるが、部屋としての役割を果たしていた。

 とは言っても、長机と椅子が配置されているだけに過ぎず、窓があるものの石造りの壁が圧迫感を与えており、とてもではないが長居はしたくないような部屋の作りとなっている。

 

 アスナの説明に、重苦しい沈黙が流れる。

 アスナ以外の面々、つまりは幹部の火妖精族(サラマンダー)五名、さらにリーファやシグルドが愕然とした表情で事実を受け止めていた。

 しかしその沈黙は直ぐに崩れることとなる。

 

 

「拉致監禁、SAO未帰還者が囚えられいる可能性がある、ねえ……」

 

 

 火妖精族(サラマンダー)の幹部が一人、これまた小馬鹿にするように鼻で笑う。

 

 その反応はも仕方ないことなのかも知れない。アスナの言い分は当事者ではない彼らからしてみれば、荒唐無稽のものでしかない。

 確かに、アルヴヘイム・オンラインを運営しているレクト・プログレスの親会社であるレクトがSAO未帰還者の生命維持を努めている。だがそれとこれとは話しが別だろう。どうしてSAO未帰還者を捉える必要があるのか、その目的は何なのか、理由すらもハッキリしない。

 

 故に、幹部の一人は鼻で笑ったのだろう。

 囚われていたと言うアスナの切り出した話の内容があまりにも馬鹿馬鹿しいもので、あまりにも突拍子もなく、そして――――現実味がない話であるのだから。

 

 

「……貴女はSAO未帰還者は囚われているかもしれない言いましたね?」

 

 

 新しい幹部の一人が口を開く。

 その声は極めて冷静なものであり、先程の小馬鹿にしていた幹部とは異なる声だった。公正で冷静な判断で物事を進めようとする意思が感じられる。

 

 

「はい」

「見たのですか? 囚われていた彼らを」

 

 

 その問いに対して、アスナは口惜しげに沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

 

「いいえ、見てません……」

「見てない? 囚われているかもしれないという憶測だけで、我々にグランドクエストを協力しろというのか?」

 

 

 小馬鹿にしていた幹部がニヤニヤと笑い、アスナに問いを投げる。

 それは明らかな侮蔑。その笑みは人を不愉快にさせるのは十分なものであり、憤慨させるものである。辺りを見渡してみれば、冷静な幹部、リーファやシグルド以外の人間は似たような顔で、アスナを見ていた。

 

 思わずリーファは立ち上がりかけるも、その前にアスナは彼らの顔から目を背けずに、毅然とした態度で頷いて。

 

 

「そうです。わたし達に力を貸してくれませんか?」

「やれやれ、厚顔無恥とはこの事を言うのか」

 

 

 大げさに肩を竦めた幹部はアスナへ鋭い目で睨みつけて。

 

 

「ふざけるな。グランドクエスト完全制覇は我々の目標であり、最大の成就。どこぞの種族かも知れぬ貴様に、力を貸すわけがないだろう!」

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!?」

 

 

 今度こそリーファが立ち上がって叫んだ。

 リーファは生憎なことに、当事者ではない。世界樹の頂上で何が起きたのか、実際に見てきたわけでもなければ、アスナの口から簡単に説明されただけに過ぎない。

 だが他人事では黙っていられなかった。彼女は知っている、憔悴しきったアスナの姿を、意識不明である仲間を救おうと足掻いていた兄の姿を、リーファは目に焼き付けている。だから黙ってはいられなかった。何も知らない癖に、必死になっている人間を笑うな、と彼女は本気で憤る。

 

 それを冷静であった幹部は制止した。

 その口調は未だに冷静を保たれている。

 

 

「こちらの言い方が悪かったのは申し訳ない。しかし、彼らの言い分も理解して頂きたい」

「グランドクエストの完全制覇、ですか?」

「はい、そのためだけに我々は団結してきました。中には現実(リアル)すらも犠牲にして、打ち込んできたプレイヤーもいます。たかがゲームですが、されどゲーム。我々は我々だけで、グランドクエストを制覇したい。理解は出来ないと思いますがね」

「……いいえ、わかります」

 

 

 そう理解、出来ていた。

 アスナも半年前までは同じような状況であった。生死をかけていないとは言え、彼らと同じようにゲームクリア、つまるところのソードアート・オンラインをクリアし、現実世界へ帰還を果たそうと必死になっていたのだ。

 彼らとは立場が違う。アスナはクリアしなければいずれ死んでいたかも知れず、彼らはクリア出来なくとも死ぬことはない。それでも彼らの今までの努力を否定することなど、アスナには出来なかった。

 

 

「いいや、わかる筈がないだろう!」

「コイツ、もしかしたらシルフ達が送り込んできた間者かもしれんぞ!?」

「そもそも、種族すらも不明などと怪しいものだ」

「コイツら、幽閉させたほうがいいだろう!」

 

 

 今まで蓄積されていた幹部達の不平不満がここに来て爆発した。

 その言葉は怒号のように、会議室を覆い尽くし、己の感情のまま勝手に主張を口にする。

 

 思わずリーファは腰に差してあった片刃の片手剣に手をかけて、アスナも口を開きける。

 しかし、その前に――――。

 

 

「――――やめておけ」

 

 

 その声は会議室に響き渡った。

 決して大きくない声なのにもかかわらず、声は確かに会議室にいる人間たちの耳に明瞭に響き渡った。

 

 しん、と静まり返った会議室。

 その眼は一人に――――シグルドへと集まっていた。

 

 

「……何故ですか、シグルド」

 

 

 幹部達を代表する形となって、冷静であった幹部が問いを投げる。

 シグルドは態度を崩さない。腕を組み、取り乱すことなく事実だけを口にした。

 

 

「今、我々に手を出せば全面戦争は避けられんぞ」

「戦争とはシルフとのか? たかがシルフ程度など、返り討ちにしてやるわ!」

「そうだな。シルフだけであれば、お前達の勝ちは揺るがない。我々は蹂躙されるだけだ」

 

 

 ここで初めて、冷静であある幹部以外のサラマンダー達の顔が訝しむそれに変わる。

 蹂躙されるとシグルドは確かに認めた。なのにも関わらず、余裕の態度を崩さない。慌てふためくか、目論見が外れたと口惜しげに顔を歪めてもいい筈だ。なのにシグルドに変化はない、それがどう言うわけなのか――――。

 

 

「お前達は世界樹以外何も見えていない、それが最大最強勢力を誇るお前達の驕り(弱点)だ」

「同盟、ですか……」

 

 

 冷静であった幹部の呟きを、シグルドは頷いて肯定すると。

 

 

「先日、ケットシーとシルフは同盟を組んだ。流石にサラマンダーといえど、二種族を同時に相手をするのは骨が折れるだろう?」

「えっ? そんな話し、知らないわよ!?」

「……サクヤの命令で、レコンが動いていた。気付いてなかったのか?」

「……あー、確かに最近見てなかったなーレコンの姿」

 

 

 あはは、と乾いた笑みを零しながらポリポリ頬を掻くリーファに対して、シグルドは呆れたようにため息を吐いた。

 

 そんなシグルドの態度が癪に障ったのか、サラマンダーの幹部が立ち上がると、シグルドを指さして力いっぱい叫んだ。

 

 

「この裏切り者がっ! 話しが違うではないか! シグルド、貴様はサクヤを我々に差し出す筈だろ! 我々を謀ったのか!?」

「……え?」

 

 

 リーファは眼を丸くして、シグルドを見た。

 確かに彼は怪しかった。シルフ領から世界樹、そして円滑に会談の場を設けた彼の手腕は良すぎるモノだった。スパイである可能性があったものの、領主であるサクヤを犠牲にするまでとは思ってもいなかった。

 

 幹部からは怒声、リーファからは失望の眼を向けられ、それでもシグルドの態度は崩れなかった。

 

 

「この件が終われば、オレは追放され脱領者(レネゲイド)に堕ちるだろう」

「ならば何故!?」

「権力にしがみつくのが馬鹿らしくなってな。そちらに着けば楽なんだろう。だがそれよりも、キリト殿が“強さ”だけでどこまで飛べるのか見てみたくなった。その程度の理由だけに過ぎんよ」

 

 

 そこまで言うと、シグルドは席を立ち上がった。

 その眼は幹部達を睨みつけて。

 

 

「どうする? オレ達に手を出せば全面戦争は避けられん。とはいっても、サラマンダー達が相手では勝ち目は薄い。それでもお前達の戦力くらいは削ぐことが出来るぞ?」

「そうなれば、グランドクエスト制覇は……」

「そう、遠退く。そうなれば出し抜かれるかもしれんな? それがウンディーネなのか、ノームなのか、はたまたインプなのか知らんが、サラマンダーの戦力は大きく激減されることに変わりない」

「貴様の言い分はつまり……っ!」

「みなまで言わせるな、彼女に協力しろ。そうすれば戦争など―――――」

「――――待って下さい」

 

 

 火妖精族(サラマンダー)の幹部連中、そしてリーファやシグルドの視線が一斉に発言者に向けられる。

 それは今まで静観していた少女―――――アスナであった。

 

 アスナはシグルドに向き直り、軽く頭を下げて、そして顔を上げた。

 

 

「ありがとう、シグルドさん。でも大丈夫です、そこまでしてもらう必要はありません」

 

 

 そこでアスナは言葉を区切ると幹部達に視線を向けて、堂々とした口調で続けた。

 

 

「貴方達の主張も最もです。わたしに協力出来ない理由もわかりました。ただ一つだけ、約束して下さい」

「約束とは?」

「わたし達はこれから数日で、世界樹を制覇します」

 

 

 その発言は突拍子もないものであった。

 何一つ根拠もない自信であり、手段すらない筈だ。それを証拠にリーファも、シグルドですら眼を丸くしてアスナを見ている。それは明らかな驚愕、アスナが何を言っているのか理解が出来ない顔だ。

 

 幹部の連中も口を開きかける。

 何をバカな、と身を乗り出して否定しようとするも、冷静であった幹部が片手で制するとアスナに問いを投げた。

 

 

「……どうやって、クリアすると? 貴女は囚われていたと言いました。それが事実なら、グランドクエストの難易度を知らない」

「わかりません」

 

 

 アスナは即答する。

 そしてそれから続く言葉には、迷いも疑問もなかった。

 

 

「でも、わたしの仲間は言いました。考えがあると、確かに言いました。わたしはそれを、信じるだけ」

「……っ!」

 

 

 そこで漸く、リーファは理解した。

 

 兄が、キリトがここまでアスナの護衛をしなかった理由を、リーファは理解した。

 それは単純な話しだった。キリトは信頼していたのだ、アスナのことを。自分が付いていかずとも、彼女であれば大丈夫であると信頼していた。故に、キリトはついていかなかった。

 別にアスナがどうでもよかったわけではない。大丈夫であると確信しているからこそ、キリトは自分が出来ることをするために、自分達に離れたのだ。

 

 信用ではなく信頼。お互いがお互いを尊重し、背中を預ける。

 こんなもの、一朝一夕で身につくものではない。長い年月を重ねて、同じ戦場に出ていなければ育まれない絆がそこにあった。

 

 これこそが、キリトの見つけたもの。

 過酷なデスゲーム、闇の中で守ってきた唯一無二の光。

 

 思わず、リーファは目を細める。

 眩しい物を見るかのようにアスナを見た。アスナだけではないのだろう、少なくとも一人、あと一人救わねばならない絆が二人にはあるのだろう。だから二人は必死になっているのだから。

 

 と、そこへ。

 

 

「面白い」

 

 

 一言だけ呟いて、一人の火妖精族(サラマンダー)が会議室へ足を踏み込ませた。

 

 それは大柄な男だった。

 炎のような短髪を逆立たせて、重厚なる紅い鎧に身を包み、その背には大きな大剣が背負われている。

 その男は猛禽類を彷彿とさせる眼で、リーファとシグルド、そしてアスナを睨みつけた。

 

 リーファ達の背にはぞくり、と寒気が奔る。

 正面から対峙したわけでもないのに、ただ睨みつけられただけなのに、歴戦の戦士が放つ威圧がリーファ達にのしかかっている。

 平然としているのは幹部達と――――。

 

 

「ほう?」

 

 

 ――――アスナだけであった。

 彼女だけは真正面から、大柄の男と対峙しているのにも関わらず顔色を変えずに受け止めて、なおかつそのまま睨み返している。

 

 珍しいモノを見た、と大柄の男の感心が一心にアスナに向けられた。

 

 

「俺を睨み返すとは、中々骨があるな」

「……貴方は?」

「俺はユージーンと言う。先程、邪魔はするな、と言ったな?」

 

 

 言うやいなや大柄の男――――ユージーンは背に手を回すと、巨大な両刃直剣を抜き放った。

 その剣先はすでにアスナに向けられている。一押しでもすれば、アスナの身体は貫かれる。そんな距離であっても、彼女の眼はユージーンから逸れることはない。

 

 毅然とした態度に、ユージーンの笑みはますます深まっていく。

 その笑みは弱者をいたぶる嗜虐的な笑みではない。強き者を見つけた戦士特有の獰猛な笑みだ。

 

 

「俺達はサラマンダー、最強の種族だ。言うことを聞かせたくば、力を示せ。俺に勝てば、サラマンダーは一切の邪魔はしない」

「……わかりました、戦いましょう」

「ちょ、ちょっとアスナさん!?」

 

 

 ユージーンから放たれていた威圧が一瞬だけ緩まったのか、リーファはアスナに駆け寄った。

 

 彼女は知っているのだ。ユージーンというプレイヤーがどれほど強いのか理解していた。

 曰く、魔剣の担い手、曰く、ALO最強。恐らく、アルヴヘイム・オンラインで頂点に君臨していると言っても過言ではないプレイヤーがユージーンなのだ。

 そんな怪物と戦ったら無事ではすまないだろう。何よりも、今のアスナは通常のプレイヤーのそれではない。ログアウトすらも出来ずに、体力ゲージが完全に削られて蘇生されるなど言い切れない。最悪、ナーヴギアに脳が焼かれて死ぬ可能性すらある。

 だと言うのに。

 

 

「大丈夫よ、リーファちゃん」

 

 

 駆け寄るリーファに笑みを零して。

 

 

「わたしは負けない、負けちゃいられない。今度こそ、“彼”の隣に立つ為にも立ち止まってはいられないの」

 

 

 その言葉には折れぬ意思が、絶対的な決意が滲ませられていた。

 

 

「無茶かもしれない、無謀かもしれない、超えられない壁かもしれない。でも“彼”は諦めなかった。いつも無茶なことをして、無謀なことをして、超えられない壁を壊してきた。だったらわたしも壁を超える。そして今度こそ――――彼を守れる強さを、手に入れる……!」

 

 

 




 挿絵、そんなものあるのか!?
 でも兵隊は、画力クソ雑魚という事実。

 絵師さん、おらぬか……!

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