ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 主人公とは誰だったのか?


第16話 攻略開始

 

 時刻不明

 世界樹内部 謁見の間

 

 

 その造りは、正に謁見という名に相応しい造形であった。

 地面に敷かれている紅色の艶やかな絨毯、そして多段な広く厳格な階段。その上には絢爛と言い切れるほどの綺羅びやかな玉座が設置されている。

 他人を見下ろす。その一点の目的だけで言うならば、これほど見事な造形はない。

 

 厳格、そして見栄が交差する謁見の間。

 その虚栄たる玉座にて、男は一人機嫌が良さそうにグラスを片手に紅い液体を一口飲んだ。

 それはワインのようである。だが、この仮想世界においてアルコールなどは一切摂取できない。堪能できるとしたら味、風味、匂いくらいでしかない。それでも彼がご機嫌に飲酒しているのは、それ相応の出来事があったからだろう。

 決して酔うことが出来ない。それすらも忘れてしまうほど、彼は有頂天を極めていた。そう、強いてあげるのであれば彼は自分に酔っている。偽りの王としての身分を信じて疑わない、瓦礫で創り上げた玉座にて、彼は己に酔いしれていた。

 

 

「フフッ……」

 

 

 しかし、当の本人はそれに気付いていない。

 むしろ当然の代価であり、当たり前の報酬であることを、彼は信じて疑っていなかった。

 

 テイスティングするかのように、彼はワイングラスを細かく揺らし弄んでいた。

 見つめる先は、ワイングラスではない。彼はあるモノを見聞している。それは投影されている映像だ。まるで映画館にあるスクリーンに映し出されているかのように、愉悦色に染まった眼で、その映像を観察している。

 

 映し出されているのは金色の頭髪の人影。

 背格好からして、少年と称することが出来る体躯である。表情は読めないのは、少年の頭が項垂れているからだろう。

 力なく顔を伏し、それでも両足で立っているのは少年の残された矜持によるものだろう。決して屈しないという意思、絶対に折れないという信念を、弱り切っている少年から感じ取れる。

 

 

「ハハッ、バカだなぁ」

 

 

 そんな少年を、彼は嘲った。

 侮蔑しきった笑みで、少年をこれでもかと蔑んだ声で、汚物を見るかのように彼は少年をただ見下す。

 

 戦況は変わらない、自分の有利は崩されない、絶対的な自信を持って彼は断言する。

 下らない、と少年の痛々しいまでの決意すら吐き捨てた。

 

 下らないのだ。

 いくら少年が抗おうとも時間の問題だ。何も変わらない、何に変更がない、何一つ己の有利は崩されない。

 ありとあらゆる技術を、彼は少年に叩き込んだ。それは文字通り、もてる全てという意味。少年の記憶からトラウマたる出来事を抽出し、記憶を再現させて、思考を絶望に塗り替える。

 それこそが自分に与えられた力。少年を加えた300人による実験によって掴み取った能力。人の魂を直接制御する、神の御業とも呼べるモノだ。

 

 それらの全てを、少年に叩き込んだ。

 確かに少年はしぶとかった。いくら痛めつけても音を一つも上げずに、あまつさえ減らず口を叩き、仲間のためであれば頭すらも下げる。

 並外れた精神力の強さではない。終わりのない苦痛を与えられておきながら、それでも自我を保ってきたのがその証拠であった。

 

 それも終わりだ。

 人には誰にでも、触れられたくのない記憶というものが存在する。思い出さないように、心に鍵をかけて、記憶が呼び出されないように生活をしている。

 その中でも少年のソレは極めつけだ。彼の人となりを創り上げた光景、忘れてはならないトラウマ、何度も見てきた悪夢を、何度も再現してきた。

 

 もはや少年の心が壊れるのも、秒読みと言えるだろう。

 だがそれでは終わらない。彼の本当の狙いは、その先に存在する。

 

 

「もうすぐだ、もうすぐで、君は僕だけの人形となる」

 

 

 壊れた先で、新たな人格を植え付ける。それこそが彼の本当の狙いであった。

 物を言わぬ人形、彼の言うことだけを忠実に守る番犬。それは彼の虚栄心を満たす行為でもある。今まで少年は、彼に逆らい続けてきた。それこそ、この世界の王を自称する彼にとって、許しがたい蛮行でもある。叛逆者にはそれ相応の報いを与えねば気が済まない、その程度のプライドで彼は少年の人格すらも壊そうとしている。

 

 加えて、更にもう一つ。

 少年は彼にとっては無視できない存在への人質でもあった。

 

 

「どうせ来るんだろう、彼を救うために、君は来るんだろう」

 

 

 その言葉は誰に向けられたモノなのか。

 恍惚とした表情で、その笑みはますます深まっていく。クツクツと喉を鳴らし、下卑た笑い声で歌うように軽やかに弾みながら続けた。

 

 

「それでもいいさ。でも君はどんな顔をするかな? 彼が変わり果てた姿を見て、君はどんな顔で僕を見るだろうか。――――いいや、考えるまでもない。君は懇願するだろう。許してほしいと、わたしを好きにしてもいいから彼を助けてほしい、そうして僕の足元へ縋る筈さ!」

 

 

 そうして両手を広げる。

 何かを抱きしめるように、広く広く、彼は両の手を広げていた。

 

 

「つまるところ、君はただの餌に過ぎない。彼女が僕の物になるための、餌に過ぎないのさ。あぁ、悪いようにはしないよ。僕は寛大だ。彼女を屈服させ飽きるまで、君は生かしておいてやるよ」

            「本当に、本当に楽しみだよ――――ティターニア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年8月17日 PM16:55

 世界樹 央都『アルン』

 

 

 その場所には、ありとあらゆる妖精族が集結していた――――。

 偉丈夫と呼ばえる男の火妖精族(サラマンダー)がいた。見た目麗しい水妖精族(ウンディーネ)の女がいた。背丈が小さな少年のような風妖精族(シルフ)がいた。仲の良さそうな土妖精族(ノーム)の少女と闇妖精族(インプ)の男がいる。精悍な面構えの影妖精族(スプリガン)もいれば、猫妖精族(ケットシー)工匠妖精族(レプラコーン)の恋人達もいた。音楽妖精族(プーカ)らしくない歴戦の勇士も中には存在する。

 趣味趣向、外見から考え方まで、まるで何もかもが違う者達がその場に集結していた。

 

 それは圧巻である。

 恐らく、アルヴヘイム・オンラインが稼働してから、ここまで多くの種族が集ったことなどなかったであろう。

 その数は百を有に超えており、未だに数を増やし続けている。

 

 思わずリーファは呟いた、凄い、と。

 この光景を見たユイはまだなれないのか、まだ圧倒されている。

 そしてアスナは――――。

 

 

「さすが、キリトくんだね」

 

 

 妙に落ち着いた様子で、集った妖精族を見ていた。

 これこそが、キリトの言っていた「考えていた策」というモノなのだろう。

 

 集った者達は何もかもが違う。

 しかし共通しているものが、一つだけあった。

 

 

「まァ、オレっちも頑張ったんだけどナ」

 

 

 そう言いながら、気安く声をかけてくる猫妖精族(ケットシー)が一人。

 猫耳を生やし、腰の下あたりから猫のような尾がたれている。体躯は華奢なもので、アスナよりも頭一つ以上も小さい。その頬には動物のヒゲを模した三本のペイントが書き込まれていた。

 猫妖精族(ケットシー)は、よっ、と片手をブラブラと振りアスナに向かってニッコリと笑みを浮かべて。

 

 

「元気そうだナ、アーちゃん」

「アルゴさんも、元気そうだね」

 

 

 アスナは心底安堵するように微笑んだ。彼女はこれまで、世界樹で六ヶ月近くも囚えられていた。勿論、その間にSAO帰還者の情報など知り得ることも出来なかった。加速世界(アクセル・ワールド)のメンバーの無事は確認している。しかしそれ以外のプレイヤーの所在は何もわかっていなかった。故に、アスナは安堵した。一人、関わりのあるプレイヤーが無事であったことがわかるとホッと胸を撫で下ろす。

 にしし、とアルゴは笑みを零して。

 

 

「キー坊に無茶振りされたけど、まぁまぁ元気だヨ」

「無茶振りって……?」

「それは見ての通りサ」

 

 

 それだけいうと、アルゴの視線が集まり続けている人垣に向けられていた。

 中には再会を祝う者や、意外そうな眼でお互いを見つめている人プレイヤーがいる。

 

 

「――――“俺達のSAOは終わっていない”。はじまりの英雄も、随分とカッコつけた文章で招集するよな?」

「――――キリの字らしいちゃ、らしいけどよォ」

 

 

 二人の声が聞こえた。それは両者とも男性特有の低さを伴った声。

 一人は肌の黒い体躯が優れている土妖精族(ノーム)、もう一人は痩せ型でいかにも武士然とした格好をした火妖精族《サラマンダー》。

 

 

「ドリューさん、クラインさんも!」

「元気そうだな、アスナ。それとオレはエギル、斧使いのエギルだ」

「オメェも拘るなァ? まぁいいさ、オレだけじゃねェぜ? 攻略ギルド『風林火山』も揃い踏みだ! 大船になった気持ちで、居てくれや!」

 

 

 ガハハ、と居丈高に笑みを零すクラインを見て、エギルは呆れるようにため息を大きく吐いた。

 変わらない二人にアスナは嬉しそうに笑みを零す。クスクスと小さく笑うも、直ぐに心配するような顔で、エギルに向かって問いを投げた。

 

 

「でも大丈夫なんですか、エギルさん? レヴィちゃんもいるのに、またVRやって……」

「ん、まぁ大丈夫だろ。ユーキのヤツを助けるためだって言えば、許してくれるさ。許してくれなかったら、ユーキにも説得してもらうしな」

「はい、わたしも手伝いますっ! ありがとうございます!」

 

 

 思わずアスナは勢いよく頭を下げるも、対するエギルは礼を言われる程でもない、と助けることが当たり前のような口調で返す。

 

 そうすると、アスナ達は談笑を始めた。

 その一時は、戦友と久しぶりに会ったように、今までの苦労を分かち合った同士のように、緊迫していたアスナの緊張を緩やかに解いていく。

 

 アスナの表情は穏やかなモノだ。

 数時間前までは憔悴しきった表情であったし、先程までに至っては死闘を繰り広げてきたばかり。なのにも関わらず、彼女は穏やかにかつて同じ地獄を生き抜いてきた戦友たちと言葉を交えていた。

 お互いの近況、今まで何があったのか、簡単に説明をして。

 

 

「あの、アスナさん……」

 

 

 おずおず、と。

 リーファが小さな声で、アスナに耳打ちをした。

 邪魔をしないように気を使っているのだろう。それはアスナも理解しているようで、自身の配慮の無さを謝罪してから問いを投げた。

 

 

「ごめんね、リーファちゃん。どうしたの?」

「この人達というか、今の状況ってお兄ちゃんが関係しているんですか?」

 

 

 そうだね、とリーファの問いを肯定すると、アスナは何気ない口調で言った。

 リーファを混乱させないように、極めて軽く。萎縮させないようにさりげなく、事実を伝える。

 

 

「この人達はね、キリトくんが集めたSAOプレイヤーだよ」

「えっ!? ぜ、全員ですか!?」

 

 

 リーファは眼を丸くさせて、辺りを見渡した。

 既にそれは百を超えている。空を見れば、なれない随意飛行を行っているのか、真っ直ぐに飛行していないプレイヤーも存在する。誰も彼もが初心者(ニュービー)なのだろう、大半のプレイヤーが初期装備で参陣していた。

 

 

「補足するト、キー坊が掲示板で募集をかけテ、おねーさんが思いつくSAOプレイヤーに声をかけまくったんだけどナ? いやぁ、さすが“はじまりの英雄”。想像していたよりモ、かなり集まってるなこりゃ」

「多分、本人が一番ビックリしてると思う……」

 

 

 乾いた笑みを浮かべて呟いていたアルゴに対して、アスナは苦笑交じりに呟く。

 

 それ以上の衝撃を、リーファは受けていた。

 彼らが再びVRMMOにログインするという意味を、リーファは理解している。それはつまり、再び死の恐怖と向き合うということに他ならない。ナーヴギアの後継機である、アミュスフィアを装着していれば死ぬ可能性はない。それでも、当時味わった恐怖は拭いきれるモノではないだろう。

 ログアウト出来ない当時の状況、HPゲージがゼロになれば現実世界でも死を意味しする過酷な世界、後の世に語られるデスゲーム、それは決して癒える傷ではない。

 

 だというのに、彼らは再び仮想世界に降り立った。

 眼の前で談笑している彼らは勿論、今も集まっているプレイヤー全員が、恐怖に負けずにこの世界に集う。

 兄の言う『俺達のSAOはまだ終わっていない』という言葉はそれほどまでに、彼らに影響を与える言葉だったのだろう。何よりも兄の発言力に、リーファは衝撃を受けていた。囚われている以前にはなかった、他者との繋がりを兄はいつの間にか有している。

 

 

 ちくり、と胸を痛むのはきっと嫉妬しているのだろう。

 リーファの、桐ヶ谷直葉の知らない兄の姿を、キリトの姿を彼らは良く知っている。羨ましいと思うのは無理もない。

 しかしそれ以上に――――。

 

 

「凄い……」

 

 

 リーファは誇らしかった。

 兄がこの世界に降り立ってから、必死であったのはリーファが一番知っている。

 シルフ100人斬りを達成し、何度もゲームオーバーになろうと一人で世界樹頂上を目指していた。アスナともう一人を救おうと、キリトは一人抗っていた。

 

 そして、今。

 その努力が報われようとしている。

 兄は数多の人達に慕われ、その力になろうと集う。その事実は何よりも、リーファにとって誇らしい事実であった。

 

 目を輝かせるリーファを、微笑ましそうにアスナは笑みを浮かべる。

 と、そこへ――――。

 

 

「アスナぁぁぁぁ!!」

「うわーん、アスナ――――!」

 

 

 一人は大声で叫びながら、もう一人は泣きながら両手を伸ばして、駆けてきた。

 二人が誰なのか確認すると、アスナは一際眩い笑みを浮かべて、両手を広げ応じた。

 

 

「リズ、ユウキ!」

 

 

 名前を呼ばれたパープルブラックの長い髪を揺らして闇妖精族(インプ)の少女――――ユウキが一目散にアスナの胸へと飛び込んだ。

 対する桃色の頭髪の工匠妖精族(レプラコーン)の女性――――リズベットは呆れたように首を横に振る。

 

 

「わぁ!! アスナだ、アスナがいるー!」

「ちょっとユウキ、あんた泣きすぎよ!」

「だって、だってぇリズぅ! アスナもにーちゃんも起きないんだもんー! 久しぶりなんだもんー!」

「カッコよく登場するんだ、って張り切ってた癖に」

「むぃーりぃー! むぅりぃー……!」

 

 

 そう言うと、ユウキはアスナに抱きついて離さない

 それだけ心配していたのだろう。気持ちがわかるリズベットはそれ以上言わなかった。気を取り直してアスナに視線を向けると、一度頷くと。

 

 

「お疲れ様、よく頑張ったわね?」

「……ううん、ごめんねリズ」

「バカね、何で謝るのよ」

「うん、うん……!」

 

 

 ポンポン、と。軽くリズベットはアスナの頭を撫でて、アスナはギュッとユウキを抱きしめる力を強めていく。

 会いたかった仲間達、もう一度眼にし触れたかった人達に再会することが出来た。でもまだだ、これだけではない。もう一人、救わねばならない仲間がいる。

 

 

「みんな、揃ってるみたいだな?」

 

 

 それだけ言うと、降り立った一人の黒ずくめの影妖精族(スプリガン)。その背には黒い直剣――――エリュシデータを背負っている。

 彼は今のアスナの状態を見て、何があったか察した。アインクラッドにいた頃の姿、ということはつまるところ、自身や“彼”と同じ力を使ったことに他ならない。それに追求している時間もなく、ときは一刻も争っている。

 故に、簡潔に伝える。戦況を、事の発端である張本人、はじまりの英雄――――キリトは口を開いた。

 

 

「先鋒を『聖竜連合』、後詰めで『血盟騎士団』と『月夜の黒猫団』、最後に俺達がなだれ込む事になっている。準備はいいか、アスナ?」

 

 

 言葉に対してアスナは無言で頷いて、辺りを見つめる。

 泣いていたユウキは乱暴に涙を拭うと力強い頷きで応じる。リズベットは片手にバックラーもう片方の手にメイスを持つとアスナを見つめ返した。エギルやクラインもそれぞれの獲物を取り出し、アルゴは戦況を分析している。ユイも両手に握りこぶしを作り、リーファも頷いて応じた。

 

 目を閉じる。

 囚われている幼馴染の姿を想像して、再び目を開ける。

 時は、来た。

 

 

「行こう、みんな! 優希くんを助けに!」

 

 


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