ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 アルヴヘイム編もあともう少し、あともう少し。
 修羅場書きたい、修羅場書きたい。

 うたたね。さん、yuki3さん、誤字報告ありがとうございます!


第17話 世界の悪意

 

 

 その男の目には何が映っていたのか――――。

 

 男は見守っていた。いいや、厳密に言えば見送っていた。

 主義主張、性別から思考、自身の所属する種族から、何もかもが違う人間達が、今や一致団結し未だかつてなし得なかった遺業を果さんと上へ上へと意識を向けている。

 

 戦場はもはや地上ではない。

 世界樹と呼ばれる内部、重苦しく厳格な石造りの巨大な扉を開き、空へと翅を広げて駆けていく。

 各々の意思、各々の再会、そして各々の戦う理由を胸に懐き、この日の内に何もかもが終わることだろう。

 

 これまで、長い月日を費やしてきた。

 全てはこの世界で生きるプレイヤーの悲願、グランドクエスト攻略の為。その為に、その為だけに、男は消費し続けてきた。現実世界での時間、更には出費。その両手を汚した行為、例えば――――同種族に対する裏切りも行ってきた。

 それもこれも全てはグランドクエスト攻略の為、己の小さな欲を満たす為の行為でもあった。

 

 それが今となって、何もかもが崩れる。

 数えきれないほど集った妖精族達は、一気呵成に世界樹内部へと続く。

 男は耳にしていた。集った彼らが、仮想世界の虜囚であったことを。それはつまるところ、一年と半年間ソードアート・オンラインに囚われていたプレイヤー達である。“飛行”という点と“魔法”という点において、彼らは初心者と言える。しかし、こと戦闘において彼らほど修羅場を潜って来たプレイヤーはこのアルヴヘイム・オンラインを見通して右に出る者はいないと断言できる。

 剣を取り、ダンジョンに入り、命を落とす危険が付きまとう地獄を彼らは生き抜いてきた。ゲームオーバーになれば蘇生できるアルヴヘイム・オンラインとはわけが違う。戦闘に対する心構えなど、比較にすらならない。

 

 そんな連中が、百人を有に超え、この世界に集い、世界樹の頂上へと目指している事実。

 もはや、グランドクエストの攻略など時間の問題だろう。

 グランドクエストの難易度は計り知れないほど難解であり、一つの種族が団結し、装備を最上位のもので固めても攻略不可能であった。

 しかし彼らは違う。不可能を可能にすることなど簡単なもの。何せ、デスゲームを生き残り、現実世界に帰還を果たした者達だ。文字通り、彼らは不可能を可能にしたという実績がある。

 

 

「……」

 

 

 だというのにも関わらず、男はただ静かに、事の成り行きを見守っていた。

 

 焦燥するでもなく、遺憾に震えることもなく、激怒するでもない。ただ男は黙って、上へ上へと進撃する彼らを見守っていた。

 そして、口にすべき言葉も、思うべき感慨もないように、雄々しく誰もが目指していた世界の中心に根を張る樹木へと見上げる。

 

 男の胸中はいかなるものか。

 それを推し量れる人間は、男本人でしかありえないだろう。

 だが男は語らない。口を固く閉ざし、一文字に閉口するのみ。そうなってしまえば、男の真意を図れる人間は存在しないだろう。

 いいや、一人だけ存在する。

 

 

「何をしている、シグルド」

 

 

 それは女性の声であった。

 遅れて男の隣で――――シグルドの隣で何かが降り立つような風圧と空気を叩く羽音が聞こえた。

 

 横に視線を向けると、巨大な生き物。二足の足が地面に付いている。頭から尾の先まで、前長だけで言えばプレイヤーの数倍はある。

 野生――――というわけもないようだ。それを証拠に、銀色の輝かしい鱗の上からアーマーが装着されており、手綱に当たる部分が鎖で出来ている。

 あまりにも巨大、あまりにも現実離れしている。翼が生え、噛み千切るための鋭利な歯、喉を鳴らし自分以外の生物を威嚇する、堂々とした佇まい。その生き物の名は――――。

 

 

「飛竜……」

 

 

 ファンタジー世界に生息する、現実世界では到底目にかけることが出来ない伝説の生き物。それこそが飛竜、通称“ドラゴン”と呼ばれる存在であった。

 別にドラゴンの存在は珍しくもない。アルヴヘイム・オンラインはファンタジー要素の強いVRMMOである。シグルドも何度か眼にし、戦ったこともあった。

 

 しかし、腑に落ちない。

 飛竜を乗り物にするなど、聞いたこともなければ、見たこともない。

 

 故に、質問を質問で返した。

 騎乗していた飛竜から降り立った、自身に声をかけた女性に素直な疑問を口にする。

 

 

「サクヤ、これは何だ? シルフが飛竜をテイムしているなど、聞いたことがないぞ」

「これはルーのところのだよ。アイツ、密かに竜騎士(ドラグーン)なる部隊を結成していたようだ」

 

 

 サクヤと呼ばれた女性は、口元を緩めて涼しげに答えた。

 それにはシグルドも納得する。どこの種族にも切り札の一つや二つ、隠し持っているものだ。それが猫妖精族(ケットシー)にとっての竜騎士(ドラグーン)部隊であったに過ぎない。

 

 そしてサクヤとシグルド、両名は肩を並べた。

 視線の先にはグランドクエストに臨んでいるプレイヤー達の姿。ヒットポイントが危険域まで達し、回復を受けるプレイヤーが居る。回復を受けて再度臨むプレイヤーが居る。諦めずに挫けずに心が折れないプレイヤーが居る。

 

 

「私は答えた。まだ君に向けた問の答えを、受け取っていないぞ?」

「……フン、オレは脱領者(レネゲイド)だ。シルフ領の領主であるお前が気安く話しかけていい輩ではあるまい?」

「妙なことを言うな」

 

 

 クスクス、と軽やかに笑みを零しサクヤは続けた。

 

 

「君が脱領者(レネゲイド)になることを、私は承諾していないが?」

「……何を馬鹿な。オレは裏切り者だ、お前をサラマンダー達に売ろうとしたんだぞ?」

「だがまだ売られてないない。単純な話しだよ、シグルド。君の能力が惜しい。軍務を取り仕切っている君を脱領者(レネゲイド)に出来るほど、我々シルフは人材が豊富というわけでもない」

 

 

 それに、と言葉を区切りサクヤは笑みを浮かべた。

 その笑みは意地の悪い笑み。ニヤリ、と他人の羞恥する感情を垣間見て喜ぶ意地の悪い笑みだった。

 

 

「君は変わった。良ければ教えてくれないか? 君が変わった理由を」

「……死んでも口にするか」

「おや? 君は私に借りがある筈だ」

「クソっ、脱領を免除する変わりに、というやつか……」

「みなまで言うな。君も中々サディスティックな奴だな?」

「お前にだけは言われたくない」

 

 

 チッ、と舌打ちを大きく、サクヤに聞こえるように打つ。だが本人は気にすることもなく、笑みをますます深めていく。

 それが更に癪に障る。しかし借りがあるのも事実であると、シグルドは認識し渋々と言った調子でサクヤの問いに答えた。

 

 

「……キリト殿だ」

「キリト君、彼が原因というわけか?」

「そうだ。かつてのオレは権力こそが絶対的な力を有するモノだと思っていた。だからサラマンダーに取り入り、お前を売ろうと考えていた」

「面と向かって言われるものアレだが、君は本当に最悪な人間だな」

「……自覚している。悪かったと思ってるよ。しかし彼を見てから、オレの価値観は崩れた。単騎で敵地に趣き、オレを含むシルフを100人近くも斬った。剣の腕だけではない、彼にはオレにはなかった何かを持っていた」

「……だから、キリト君に協力したと?」

 

 

 サクヤの問いに、シグルドは迷うことなく頷いて肯定する。

 

 

「そうだ。彼がどこまで行けるのか――――彼らがどこまで飛べるのか、オレは見たくなった」

「満足したのか?」

「あぁ。もうオレの出る幕はない、と思っていたのだが――――」

「――――そうだな。それは大きな間違いさ」

 

 

 涼しげに言うサクヤは片手の指で、人差し指と親指で輪を作り口まで持っていき指笛を吹いた。

 すると真新しい飛竜が空を駆け、一目散にシグルドの前へと着陸する。その飛竜にもアーマーが施されており、野生でないことが証明された。

 

 サクヤは飛竜へ一息に跨る。背に装着された蔵に腰を落とし、鎖で繋がれた手綱を握りしめ、世界樹内部へと続く石造りの扉へ視線を向けシグルドに促した。

 

 

「――――乗れ、シグルド。君の役目はまだ終わっていないだろう?」

「……そうだな」

 

 

 一言、呟く。

 それから直ぐに続けて。

 

 

「キリト殿を世界樹の頂上へ送り届ける。オレのグランドクエストは、まだ終わっていない――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2024年8月17日 PM17:25

 世界樹内部 『グランドクエスト』

 

 

 ――――その光景は、戦争と呼ぶに相応しかった――――。

 

 空を舞う妖精族、それを撃退せんと大樹の幹のような巨大な手を振り回し、全身鎧の無機質な騎士が妖精族に殺到する。

 妖精族は己が手にした獲物を振るう。ときに魔法を用いて、ときに武器に頼らずに我武者羅に手足を振り回し、なんとかその場を切り抜けていた。

 

 しかし、それも徒労に終わってしまう。

 何故なら、彼らが相手にしている巨人、そして騎士は際限がなく繁殖する。一匹見つけたら何とやら。一体倒しても数は減らずに、一体倒せば二体、二体倒せば四体、四体倒せば十六対と倍々ゲームのようにその数を増やしていった。

 増える理由に特別な理由などないのだろう。単純な話し、最初からグランドクエストを攻略させる気がないのだ。だからこそ、敵は際限なく出現する。それはある種の病原菌のように、一ついれば際限なく増えていく。

 死ぬために生み出され、殺すために生み出される。世界樹内部に巣食う巨人も、騎士も、“不可能”を体現するために生み出された人工物。

 

 一方、妖精族は違う。

 彼らにも数の限りがある。HPゲージは有限であり、ゲームオーバーとなってしまえば蘇生魔法でも駆けない限り、しばらくは蘇生されることはない。

 何よりも彼らには感情がある。このどうしようもない戦地、決して自体が好転することがない負け戦。そんなものを眼の前にして、心が折れない人間はいないだろう。人間とは何かしらで諦めて生きていく生物だ。それは何にでも同じこと。家族であったり、仕事であったり、学校であったり、友人関係であったり、人は必ず諦めて惰性に生きていく。なるべく楽な方へ、自身が傷つかないように彼らは生きていく。

 別にそれは悪いことではない。ある種の防衛本能。生物として生きている中で、備わっていなければならない機関。人間はそれに忠実に従っているだけに過ぎない。

 

 ならばこそ、ここで彼らが諦めてしまうのも無理はない。

 筈だった――――。

 

 

「防御陣形! タンクは前に出て、初撃に備えろ!」

 

 

 号令一下。

 将らしき水妖精族(ウンディーネ)のプレイヤーが指示を飛ばすと、タンク役である兵達は疑問を思わずに従う。

 陣形に隙間などない。盾を構え、密集するさまはファランクスという重装歩兵による密集陣形によく似ている。

 騎士は引かずに、真正面から突っ込むもビクともしない。幾千と彼らは繰り返してきたのだろう。練度が高い防御陣形は誰一人うめき声を上げることもなく、何十騎もの騎士を跳ね返した。

 

 間髪入れずに、防御陣形を取っていたタンク達に巨人の大きな腕が振り下ろされた。

 騎士が数騎巻き添えになるも構うことなく、無感情である敵エネミーは躊躇もせずに振り下ろす。

 

 

「散開!」

 

 

 指示が早ければ、行動も速い。

 タンク達は行動を迅速に、慣れないはずの随意飛行で蜘蛛の子を散らすように散開した。

 負傷者はゼロ。誰一人傷つくこともなく今の攻防を制するも、水妖精族(ウンディーネ)の将は一息吐くこともなく、次の指示を飛ばした。

 

 

「血盟騎士団! 敵を中央へ近付けるな! 彼らの道だ、誰一人邪魔をさせるな!」

「……フン、無茶を言う」

 

 

 異を唱える――――程ではないものの、水妖精族(ウンディーネ)の将の指示を承諾しかねるような不服そうな声をあげる火妖精族(サラマンダー)の男が声を上げた。

 対する水妖精族(ウンディーネ)の将兵は不快に思うことなく、苦笑を混じりにその言葉に対して返す。

 

 

「その無茶を、君もやろうとしているんだろう、コーバッツ?」

「貴様と一緒にするなディアベル。私は無茶ではない、出来るからやるだけだ」

 

 

 水妖精族(ウンディーネ)の将兵――――ディアベルはその言葉に対して、呆れるように肩を竦めた。

 眼にするのは彼の――――コーバッツの装備。ソードアート・オンラインで装備していた両手剣、ではない。彼はなんと片手に盾を装備し、もう片方の手にも盾を装備している。つまりは二盾流。攻撃特化ではなく、生存特化といえる装備を自身へ施している。

 

 

「確かに、二盾(それ)なら出来そうだが、君らしくないな?」

「“俺達のSAOは終わってない”」

「それは――――」

「はじまりの英雄が言った言葉だ。この世界に、未帰還者301名が囚えられいるのだろう? あの“アインクラッドの恐怖”もいるのだろう? なるほど、確かに終わっていない。私達のソードアート・オンラインはまだ終わっていない」

 

 

 ならば、とコーバッツは言葉を区切る。

 真新しい特攻してきた騎士を二盾を用いて弾き、ディアベルが片手剣を脳天に振り下ろし仕留めたのを確認すると続けて。

 

 

「私達の、攻略組の戦いは終わっていない。攻略組として、戦えない中層プレイヤーの希望となり、使命を全うするのみだ」

「……そうだな」

 

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべてディアベルは同意した。

 そうだ、何も終わってない、と。現実世界へ帰還し、心が晴れなかったの原因。それこそが未帰還者の存在だった。現実世界へ帰還するために、帰還させるために戦ったというのに、301名もの人間が今も囚えられているという現実。

 それこそがディアベルの心が晴れなかった原因。それはコーバッツも同じことなのだろう。いいやもしかしたら、ここに集った全員が同じ気持ちなのかもしれない。今も囚えられている301名の存在が、ソードアート・オンラインをクリアしたという現実味を感じさせない。

 となればこの戦いも最後のダンジョンの続き。第一層迷宮区“21階”と呼べるだろう。

 

 ディアベルの四肢に力が入る。

 倒しても敵が減らない? 何度も敵が湧いて出てくる?

 その程度の修羅場、ディアベル自身も、攻略組も既に経験している。最終ダンジョン、50階層までのフロアボス無限湧きに比べれば、些細な地獄だ。

 

 

「裏ダンジョンにしては物足りないけど、サクッと攻略して大団円と行こうか」

「張り切るのは結構だが、此度の攻略は私達ではない」

「わかってる、最後は彼らに任せたんだ。これが続きというのなら、彼らに任せるのが筋というものだろう?」

 

 

 瞬間、何かが下方から飛んでくる。

 打ち上げロケットのように、加速し、更に加速する。

 咆哮と共に駆け上がるのは飛竜。鎖で繋がれた手綱を『紅閃』が握りしめ、その背に乗るのは攻略組の最高の矛――――加速世界(アクセル・ワールド)の面々である。

 

 まさかドラゴンで来るとは思っていなかったのか、ディアベルは眼を丸くさせて、コーバッツは開いた口が塞がらない。

 対する『紅閃』――――アスナは二人に気付くも、止まることなくそのまま翔け、すれ違いざまに。

 

 

「ディアベルさん、コーバッツさん。ありがとう! お礼は後でします!」

 

 

 そうしてそのまま飛び去っていった。

 ポカン、と見送る両名。その中でも早く回復したディアベルは苦笑いを浮かべて。

 

 

「ドラゴンか、あれ? 彼らの協力者はまた凄いものを持っているなぁ……」

「……私も乗りたい」

 

 

 ポツリ、と。

 コーバッツが十代で年相応な感想を呟いた。

 

 

 

 

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「アスナ、流石に飛ばしすぎたんじゃない?」

「うん。シグルドさんにもらった飛竜、ここまで速いとは思わなかった……」

 

 

 リズベットが冷や汗をかきながらぼやき、アスナが目の前の光景を見て頷く。

 

 

 まず世界樹へ侵入し、風林火山を率いるクラインとエギル、そしてリーファの活躍によって露払いは済んだ――――ここまではいい。

 次に飛ぶ手段がないアスナの為に、シグルドが飛竜を貸し与え加速世界(アクセル・ワールド)の面々はこれに搭乗した――――ここまではいい。

 

 問題はその後。

 思いの外速度が出てしまい、最後の後詰めで加速世界(アクセル・ワールド)が駆け上がる手筈だったのだが、何をどうして間違えたのか最前線に彼らは出てきてしまった。

 

 彼らの俄然には、空を覆い尽くす騎士たちの群れ。

 これより先は存在しない、騎士たちは暗にそう語る。際限なく繁殖し、天を覆い尽くしていく。

 即ち彼らが境界線(ボーダーライン)。世界樹内部へ侵入した不届き者を殺すためだけに造られた物達、彼らこそが世界樹の頂点へと続く空を阻む壁。

 

 質で言えば彼らの右に出る者はない。

 量で言えば騎士達は他の追随を許さない。

 相反する者達が対峙する。となれば、激突は必然と言えるだろう。

 

 騎士達の繁殖は終わらない。

 次々と、際限なく増え続けてく。もはや数えることすらもバカバカしいと思えるほどになり、ユウキは片手剣を引き抜いてキリトに指示を仰ぐ。

 

 

「どうしよっか、キリト」

「決まってるだろ。ここまで来たら、正面突破だ」

「大丈夫なんですか、パパ?」

 

 

 おずおずと、尋ねるユイに笑みを向けて、キリトは勢いよく背中に挿していたエリュシデータを引き抜いた。

 

 

「大丈夫だ。ユイは下がっててくれ」

「……大丈夫って、これは無理よ。あんた、頭に血が上りすぎじゃない?」

 

 

 呆れながらリズベットは言う。

 

 確かに彼女の言う通りだ。

 眼の前には活路など閉ざされている騎士達の壁。もはやその有様は、システムの悪意と言っても過言ではない。

 彼らがここまで安易にやってこれたのも、百名以上の攻略組の力、猫妖精族(ケットシー)風妖精族(シルフ)の援軍、それらによるものだ。一種族の軍勢では、ここまで来れるのは不可能であるし、途中で朽ち果てることだろう。そう断言が出来るほど、グランドクエストは公平とは言えない難易度であった。

 クリアさせないという絶対の意思。奮戦するプレイヤー達を嘲るように、世界樹の内部は殺意に満ちていた。

 

 そして、今。

 あと一歩、されど一歩。その一歩が何よりも遠い。

 天を覆う騎士達の群れ。リズベットが無理と称するのも無理はない。

 

 しかし、キリトは首を横に振った。

 無理、と言う言葉を否定し、頭に血が登っているという事実を肯定する。

 

 

「確かにリズの言う通りだ。俺は頭に血が登っている。状況把握なんて出来そうにない。でもさ、仕方ないだろう。この先にアイツが、ユーキがいるんだ」

 

 

 それだけ言うと、キリトは翅を広げ宙に舞った。

 エリュシデータを強く握りしめ、目の前に広がる騎士の大群を睨めつける。

 視線は語る。邪魔だ、と。俺達の決着にお前たちはただ邪魔だ、とキリトの視線が暗に語る。

 

 

「立ち止まってなんかいられない、引き返す道もない、譲る道理もない。俺はアイツの下へ飛ぶ」

「キリト、付き合うよ。ボクもにーちゃんに会いたい」

「わたしも! 精一杯皆さんのサポートをします!」

 

 

 ユウキもキリトと同じように翅を広げ、俄然の騎士達に意識を集中させた。

 やる気を見せるユイを見て、リズベットは首を横に振った。やれやれ、とこういう無茶をさせないのが自分の役割であった筈だが、今は一緒に無茶をしようとしている。そんな自分に呆れながら、リズベットも翅を広げ飛竜の背から飛び立つ。

 

 

「あとほんの少しだしね、やってやろうじゃないの。加速世界(アクセル・ワールド)を舐めんなっての!」

 

 

 彼らに絶望はない。恐怖に震えることもなければ、大軍を前に萎縮することもない。

 この状況を踏破することを信じて疑っていなかった。少数精鋭でありながら跋扈する騎士達を蹴散らし、全員でユーキの下へ馳せ参じる。それこそが彼らの共通認識である。

 初めから不利であることなど承知している。ならばこの先は、力の限り戦うのみであるのだから。

 

 

「みんな、ありがとう……」

 

 

 ポツリと、アスナが呟く。

 他の攻略組の大半は301名の未帰還者の救出だろう。しかし彼らが立ち上がった理由は違う。それは仲間を助けるため、未だに囚われの身となっているユーキという仲間と取り戻す為だけに再び集結した。

 それがアスナにとって、何よりも嬉しかった。誰よりも自分自身を嫌い自分自身を憎んでいた幼馴染の周りには、こんなにも彼を想ってくれている人達がいる。それだけで、自分もユーキも報われる。

 

 故に、アスナは礼を呟いた。

 ありがとう、と。小さな声で、誰にも聞こえない声で呟く。きっと届いてしまえば、彼らは当たり前だ、と言ってくれるから。

 

 

 瞬間、低い声にも似つかない音が鳴り響く。

 まるで呪詛のように、無機質で、辛うじて声と聞こえる音は騎士達から発声られている。

 それは魔法の詠唱だ。片手を突き出して、詠唱し始める。

 

 チッ、という舌打ちはキリトから。

 何度も一人でグランドクエストに挑戦していた彼だけが、繰り出される魔法の正体を知っている。

 

 

「飛び道具が来るぞ! 射抜かれたら最後、数秒間は動けなくなる!」

「スタン、ってわけ? 随分と嫌らしい攻め方してくるじゃない……ッ!」

 

 

 悔しそうに歯を噛み締めながら、リズベットは吐き捨てるように言う。

 この中で、盾を装備しているのは彼女だけだ。だがその盾は小さなバックラー。とてもではないが、他の仲間はおろか自分すらも守りきれるかわからない。

 

 

「あと七秒で発射されます!」

 

 

 ユイの切羽詰まった声が響き渡った。

 

 もう考えている時間はない。

 適材適所。戦闘には不向きである自分が、彼らの盾になるべきだとリズベットは結論に至った。

 ユイにはそんなことさせられない、ユウキ、キリトは大事な戦力。アスナに至っては、ゲームオーバーになれば何が起こるかわからない。となれば――――。

 

 

「あたしが盾になる! みんなはあたしの後ろに――――!」

 

 

 我ながら馬鹿な選択であると、リズベットは自嘲した。

 全弾命中してしまえば、ゲームオーバーは避けられないだろう。この世界はHPゲージが削られても死ぬことはない。わかっているものの、どうしてもゲームオーバーに対する恐怖は簡単に拭いきれるものではない。

 背筋が凍りつく。しかしその程度で立ち止まってはいられない。魔弾は込められている、あとは撃鉄が落ちるのを待つのみ。指を加えて迎えるつもりもない。ユーキを助けるためにも、ここで犠牲にならねば前に進めない――――。

 

 一同の前にリズベットは躍り出る。

 後退などない。あと数メートル前進するだけで、盾としての役割を演じることが――――。

 

 

「――――見事。さすがシルフ100人斬りの仲間だな――――!」

 

 

 それは涼しげな声だった。

 余裕を感じさせる大人のような雅な声。それにキリトは聞き覚えがある。

 それは――――。

 

 

「サクヤ――――!」

 

 

 風妖精族(シルフ)の領主――――サクヤがシグルドを含む三十名の風妖精族(シルフ)を率いて。

 

 

「ドラグーン隊! ブレス攻撃用ー意! ってぇぇー!」

 

 

 飛竜の強力無慈悲なブレスが、騎士に向かって薙ぎ払われていく。

 猫妖精族(ケットシー)の領主――――アリシャ・ルーを先頭に、十騎の竜騎士(ドラグーン)部隊に蹴散らされていく。

 

 実に強力な一撃だ。だがそれでも取り零しが存在する。

 騎士の狙いは風妖精族(シルフ)でも、猫妖精族(ケットシー)でもない。加速世界(アクセル・ワールド)に絞られる。

 

 

「――――ほう、俺を無視するとはいい度胸だ」

 

 

 その影は誰よりも疾かった。

 紅い影。重厚な真紅の鎧に身を包んだ三十名ほどの火妖精族(サラマンダー)は、大柄な両手剣使いを先頭に取りこぼされた騎士に殺到する。

 

 それは完璧な奇襲。いるはずのない妖精族、戦線に加わるはずのない部隊。騎士は為す術などない。

 一刀両断。脳天に振り下ろされた両手剣は、抵抗もなく両断していく。

 

 アスナには見覚えがあった。

 大柄な男。炎のような短髪を逆立たせて、重厚なる紅い鎧に身を包み、分厚い手には大きな大剣――――魔剣グラムが握られている。

 曰くALO最強、曰く将軍、曰く魔剣の担い手。その男は――――。

 

 

「将、軍……?」

 

 

 火妖精族(サラマンダー)将軍――――ユージーンであった。

 彼はグラムを肩で担ぎアスナに視線を向けると、満足気に一度頷いて。

 

 

「無事か、紅閃」

「ど、どうして……?」

「たまだまだ。たまたま通りかかって、たまたま世界樹の内部に入ってしまい、たまたまここまでやって来た」

「それは厳しいと思うナー」

 

 

 ニヤニヤ、と。

 笑みを零すのはアリシャ・ルーだ。彼女はアスナに振り返り、

 

 

「彼ねここまで来るまで、鬼気迫る感じだったヨ? 君、愛されてるネー」

「おっとー! 手が滑ったー!?」

「にゃー!?」

 

 

 ブオン、と音を立てて水平に薙ぐグラムを、間一髪でアリシャが避ける。

 もちろん、それはわざとである。ユージーンはチッ、と舌打ちする。聞こえているアリシャは「何をするのサー!?」と食って掛かり始めた。

 見ようによっては、大柄な男と小さな少女がじゃれ合っているようにも見えるが、本人たちは至って真剣。殺し合い一歩手前の状態である。

 

 サクヤは仲裁するつもりもないのか、無視するように加速世界(アクセル・ワールド)の面々に向かって。

 

 

「ここは我々が引き受けよう。君たちは先へ進め」

「……いいのか」

 

 

 キリトの問いに対して、サクヤは頷いた。

 直ぐに不敵な笑みを浮かべて。

 

 

「構わないさ、埋め合わせは今度してもらうよ。はじまりの英雄殿?」

「ハハッ、お手柔らかに……」

 

 

 困ったように肩を竦めるキリトを見て、アスナは笑みを零す。

 

 ともあれ活路は開いた。

 ならば後は進むのみ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――興ざめだなぁ――――。

 

 

 声が聞こえた。

 それは世界樹の内部へ響き渡る。軽薄そうで、威厳など感じさせられない。芝居がかった声。

 

 

 

 ――――僕に拝謁出来るのは、ティターニアだけだ――――。

 

 

 アスナに悪寒が走り、キリトの第六感が警告する。

 これから何かが起きる。どうしようもない予感を二人は敏感に感じ取る。

 

 

 ――――あとは価値もない、ゴミのようなモノだ――――。

 

 

 アスナ、とキリトは叫ぶように声を荒げる。

 瞬間、アスナの身体は光りに包まれ、世界樹内部から消失した――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 

 光りに包まれたアスナが眼にしたのは謁見するような広場だった。どうやら強制的に転移(テレポート)させられたらしい。

 地面に敷かれている紅色の艶やかな絨毯、そして多段な広く厳格な階段。その上には絢爛と言い切れるほどの綺羅びやかな玉座が設置されている。

 

 他人を見下ろす。その一点の目的だけで言うならば、これほど見事な造形はない。

 

 

 厳格、そして見栄が交差する謁見の間。

 その玉座から。

 

 

「――――待っていたよ、ティターニア」

「……っ! ……え?」

 

 

 聞き覚えがある声。怖気が奔る身体。生理的に受け付けない男の声。

 しかしアスナはそれ以上に、注目すべき人影が居た。

 

 それは何段もある階段前に控えていた。

 全身白銀の鎧に身を包み。頭部の兜は羊を思わせる角の生えたモノで、頭部を完全に覆っているので表情など読み取ることが出来ない。

 その片手には黒色に染まった画桿の方天戟が握られている。

 

 何度も見た、昔から見てきた、少年をいつも眼で追ってきた。

 見間違える筈もない、少年の名は――――。

 

 

「優希、くん……?」

 

 

 





 ここで主人公(ヒロイン)の武器変更のお知らせ。
 はい、作者の好みです。方天画戟がたまらなく好きなんじゃ^~
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