ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第18話 もう一人の仲間

 

 眼の前で起きた現象に、リズベット達は頭の中で処理しきれていなかった。

 突然、アスナの身体が光に包まれたと思いきや、飛竜の背に乗っていた筈の彼女が消えている。

 

 一体何が起きたのか、一体何が始まったのか。

 リズベット達は分析ができないまま、新たに増殖し始める騎士達の対応に追われる。

 シルフ・ケットシー連合軍、そしてユージーン将軍の個人的支援が応戦するも、数が数である。質では圧倒的に彼らに分があるとはいえ、数では圧倒的に負けている。斬り捨てても減らず、魔法で殲滅しても同じこと。世界樹内部に侵入した不届き者を殲滅せんと、騎士達は殺意を増して妖精族に襲いかかる。

 戦争とはつまるところの数の優劣によって勝敗が決する。一人の武が突出していようとも、津波のような波濤する数を持って封じられてしまう。

 

 現に、シルフ・ケットシー連合軍、ユージーン将軍の部隊は徐々に押されつつあった。

 それは加速世界(アクセル・ワールド)も同じこと。突然起きた不可解な状況に困惑しながらも、武器を手に取り戦わければならない。

 そうなってしまえば、目の前の敵に集中できる筈もない。苦悶に満ちた顔で、苦しげな声を上げて、リズベットとユウキは守りを固めることだけに徹していた。

 

 

「ど、どういうことよッ!? アスナどこに行ったの……ッ!」

「わからないよっ! 突然光って、消えた!」

 

 

 加速世界(アクセル・ワールド)を飲み込む騎士達の群れ。

 いかに彼らが、ソードアート・オンライン攻略組の一角を担っていた者達とはいえ、単騎で打ち払いきれる数ではなくなっていた。

 それは波だ、絶え間なく続く波。一度は耐えきれるかもしれない。しかし騎士達の波は、何度も何度も押し寄せる人海戦術の権化。その点で言えば、効率的と言えるのかもしれない。敵は一度で防がれたのであれば、直ぐに数を増強して再度押し寄せてくる。それを何度も何度も繰り返す。単純ではあるものの、一人を殺すためにこれほど効率の良い手段はない。何せ敵は――――無限なのだから。

 

 倒しても途絶えることもなく、敵の数に上限などない。

 犠牲の上に成り立つ戦術、感情がない騎士達にこれほど相性が良いモノはないだろう。

 

 対する加速世界(アクセル・ワールド)の面々、並びにシルフ・ケットシー連合軍、ユージーン将軍の部隊は人間だ。

 あまりにも勝ち目がない戦争、そして正体不明の発光に包まれ消失したアスナの存在。疲労、そして困惑が一気に彼らの精神を蝕んでいく。

 

 

「アレは、転移(テレポート)です……」

 

 

 ユイのポツリと呟いた言葉に反応して、ユウキのパープルブラックの長髪が流れる。

 同時に、ボトリ、とユイの背後を襲いかかってきた一騎の騎士の首が弾け飛んでいた。

 

 そして、仲間の仇討ちであると言わんばかりに、騎士達が徒党を組んで功を競い合うかのように、ユウキへと襲いかかった。

 ユウキの反応速度であれば、騎士達の装備している剣、槍の一つや二つ容易く弾くことだろう。だが密集しているのならば話しは別だ。それは槍衾となり、一つを弾いたところで直ぐに新手の獲物がユウキへと襲いかかってくる。

 

 

「ユウキッ!」

 

 

 リズベットはそれを事前に察知する。

 彼女は片手に装備していたメイスを振りかぶり、近場にいる騎士の一騎を強引に叩き飛ばした。

 意識外からの一撃。そうなってしまえば、騎士に防ぐ術などない。脳天を叩き、そして吹き飛ばされた騎士が向かうのはユウキに突撃しようとしていた一団へ。

 構えていた武器にリズベットが弾き飛ばした騎士は突き刺さり、そのまま衝撃を殺すことなくユウキを狙っていた一団に打ち込まれ、何もかもを巻き込んで吹き飛ばされていた。

 

 

「ありがとう、リズ!」

「無問題、気にしないで! それより、今ユイちゃんが気になることを言った!」

「そうだった! ねぇ、ユイ。それってどういうこと!?」

 

 

 ユイへと推進してくる騎士を弾き返し、ユウキは切羽詰まった声で問いを投げる。

 

 

「あの光のエフェクトは転移(テレポート)です! ソードアート・オンラインと同じモノでした!」

転移(テレポート)って……。じゃあ、アスナはどこに移動されたのよ!?」

 

 

 その問いに答えられる者はこの中にはいないだろう。

 リズベットとユウキはもちろん、ユイにだってそれはわからなかった。世界樹内部に声が聞こえるや否や、アスナの身体が光に包まれて消失していた。

 誰もが反応できなかった。プレイヤーとは一線を画するAIであるユイにだって、感知することは出来なかった。

 

 否、一人だけいた。

 正体不明の声が聞こえ、アスナを呼んだ者が一人だけ存在する。

 ソレは――――。

 

 

「須郷だ……」

 

 

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる黒ずくめの影妖精族(スプリガン)――――キリトが吐き捨てるように忌々しげに呟いた。

 それは誰なのか尋ねる前に、キリトは感情を押し殺した調子でユイに向かって口を開いた。

 

 

「ユイ、アスナの今の現在位置はわかるか?」

「いいえ、ごめんなさい。団長さんの情報は全て遮断されてます。こんなことが出来るのは――――」

「あぁ。この世界の支配者、高位IDを持つ者――――ゲームマスターだけだ………ッ!」

 

 

 キリトは片手に持っていたエリュシデータを握りしめ、上空を睨みつける。

 それからアスナの搭乗していた飛竜に跨ると、鎖で繋がれた手綱を握りしめた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいキリト!」

 

 

 それを止めたのはリズベットだ。

 今のキリトは明らかに冷静ではない。それを今までずっと見てきたリズベットは知っている。

 いつもの彼であれば、冷静に分析し、効果的な一手を考え、それを全員に伝えている。そうして加速世界(アクセル・ワールド)は生き残ってきた。ありとあらゆる危機を、キリトの策のおかげで生き残ることが出来た。

 

 しかし今のキリトは冷静さを欠いている。

 無策で無謀。気持ちはわかる。キリトの様子からすると、世界樹の頂上にユーキだけではなく、アスナもいるのだろう。助け出す筈の仲間が、助けた筈の仲間が、世界樹の頂上へ囚われているのだ。彼が感情的になるのも無理はない。

 だからこそ――――。

 

 

「落ち着きなさいよ! 今、行ってもやられるだけじゃない!」

 

 

 ――――キリトは冷静でなければならない。

 冷静でいられないのなら、無理矢理にでも止める。少しでも感情的に行動してしまえば、この戦争は敗北してしまう。

 俯瞰的な視点で考えて、リズベットはそう結論付けた。

 

 

「どけよリズ! アイツが、アイツらがこの先にいるんだ!」

「だから落ち着きなさいって言ってんのよ!」

「俺は冷静だ!」

「何処が? 一人で突っ込むのが冷静だって言うの!? 馬鹿じゃないのアンタ!」

「それしかないだろう! 俺が突っ込んで活路を開くから、二人は行けよ!」

「ほんと馬鹿じゃないの!? アンタが無謀なことやると、勝てる戦いも勝てなくなるの! いい加減にしないと殴るわよッ!?」

「二人ともヤバイよ、凄い来てる! ケンカしてる場合じゃないって―!」

 

 

 ユウキの悲鳴が聞こえ、漸く二人は周囲へと意識を向ける。

 いつの間にか、シルフ・ケットシー連合軍、ユージーン将軍の部隊から分断され、孤立していた。

 

 見渡しても、誰がどう見ても、加速世界(アクセル・ワールド)は取り囲まれていた。

 もはや一点を突破して、この危機敵状況を打破出来そうにない。何十にも、何層にもなって、騎士達は彼らを取り囲んでいる。一点を突破したところで、直ぐに包囲され殲滅されるのは明らかだ。

 どうやら騎士達はこのままでは攻めきれない、彼らを脅威であると判断したようだ。確実に着実に、首を徐々に締めるように、その包囲は狭まっていく。

 

 キリトは飛竜を囮に使い、この難を逃れることを考えるが直ぐに改める。

 無意味なのだ。例え強力な飛竜を使ったところで、状況を打破できるわけではない。直ぐに撃ち落とされる。

 ならばどうする、どうすればいい、何をすれば。

 

 諦めない。

 例え絶望な状況でも、数秒後には蹂躙される運命だったとしても、キリトは諦めない。

 何故なら、“彼”ならば諦めない。決着がつけられなかった、いつも争っていた“彼”ならば、諦めなかった。最後まで抗い続ける、最後の一瞬まで前を睨みつけて、獲物を振るい続けるに違いない。

 ならば諦めない。“彼”が諦めないのなら、自分は諦めてなんていられない。きっと今でも、“彼”は、戦い続けているのだから――――。

 

 

 ―― 大丈夫 ――

 

 

 声が、聞こえた。

 それは先程世界樹に響いていた男の声とは違う。語りかけるような女性の声。聞いたことがある、女性の声だった。

 どう言う現象なのか、声は加速世界(アクセル・ワールド)にしか聞こえない。それを証拠に、取り囲んでいる騎士達の包囲を崩そうと、シルフ・ケットシー連合軍、ユージーン将軍の部隊が騎士達へ突撃している。

 誰もが、加速世界(アクセル・ワールド)を救うことだけを考えている。とてもではないが、女性の声など聞こえている様子もない。

 

 声は続ける。

 

 

 ―― アスナとあの人のところに、アタシが連れて行くから ――

 ―― だってみんなが揃ってないと、加速世界(アクセル・ワールド)じゃないでしょ? ――

 

 

 瞬間、キリト達の身体が光に包まれる。

 暖かな光、眩いほど満ちた光、道を照らすような純粋な光。

 先程、アスナを包んだ光とはまた違う。女性の声が誰なのか、加速世界(アクセル・ワールド)は理解すると身を光に預ける。

 

 戦っていたのは、キリト達だけではない。

 彼女も戦っていたのだ。

 

 

 ―― あの人は今も戦ってる ――

 ―― だから、助けてあげて ――

 ―― 闇の中にいるあの人を、助けてあげて ――

 

「――――あぁ、わかった。助けるよ、必ず」

 

 

 キリトは呟いた。

 片手にもつエリュシデータを強く握りしめ、声の主の名を口にする。

 天真爛漫であった彼女の名を、娘の妹の名を、ユウキと友人であったAIの名を口にする。

 彼女の名は――――。

 

 

「――――ストレア」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻不明

 世界樹内部 謁見の間

 

 

「待っていたよ、ティターニア」

 

 

 アスナを玉座から見下ろす男――――須郷伸之の声が周囲に木霊した。

 声が辺りに響いたのは、何も彼の声に覇気があったから、というわけではない。辺りが死んでいるのだ。誰も音を発しない、生きている痕跡すらない。須郷――――いいや、妖精王オベイロンは確かにこの世界の王なのかもしれない。彼の望み通りに世界を改変させて、絶対に落とされない虚像の城に彼は君臨している。

 そう言う意味では、彼は間違いなく王であり、支配者である。

 

 例えそれが偽りの姿であろうと、王権を行使するのであれば、彼は間違いなく王なのだ。

 

 そして王は、玉座でアスナを見下ろす。

 足を組み替えて、下卑た笑みを浮かべて、余裕を伴った声で続けた。

 

 

「やっと僕の元へ帰って来たんだね? いいさ、何もかも許そう。何故なら君は、僕の物なのだから」

 

 

 そう言うと、須郷は立ち上がり、両手を広げた。

 まるでこの場所を誇示するように、身体に纏った毒々しい緑の長衣の音を立てて。

 

 

「見てくれよ、君のために作ったんだ。謁見の間さ。下々を見下ろし、隣には君が立っている。王たる僕に素晴らしい場所だ!」

 

 

 そう思わないかい、と得意気に口元を歪める。

 それは他人が見れば微笑みの部類に入るのかもしれない。偽物とは言え、今の須郷は妖精王オベイロンのものだ。容姿端麗、眉目秀麗の青年である。波打つ金髪が豊かに流れ、その額には金色の王冠。身体を包むのは濃緑のゆったりとした長衣。

 妖精の王を自称するだけあって、その外見には気品と格調が備わっている。

 

 

「それにしても、その姿は何だい? まるで現実世界の君じゃないか。いけないな、妖精王の妃となる者がそんな姿では」

 

 

 妖精王は一人呟き、クスクスと笑みを零す。

 その仕草はあくまで優雅なもの。愛してやまない玩具を見つめる、酷く歪んだ視線でアスナを見つめている。

 

 しかし、アスナにはこれまでの須郷の言葉は耳に入ってきていなかった。

 

 彼女が呆然と見つめるのは須郷ではない。

 全貌に佇む白銀の鎧。頭部は兜に収められており、表情が読むことが出来ない。

 だがアスナは知っている。彼が誰なのか、アスナは知っている。持っている獲物も両手剣ではなく、方天画戟と呼ばれる長物であるが、間違いなく佇む姿は彼のものであった。

 

 対する白銀の戦士は何も発しない。呼吸しているのかすら定かではないほど、静かなものだっった。

 それは、ありえない。もし仮に彼が、“彼”あるのなら自分を前にして黙っているのはありえない。いつだって守られてきた、いつだってその背を見て来た。なのに彼は、アスナを前にして何も言わない。

 心が軋む、眼球が揺れる、動機が激しくなる。アスナはとある結論に行き着き、激しく動揺していた。彼が何も言わないということは、つまり――――。

 

 

「……ッ!」

 

 

 “彼”が――――何カ サレタ――――。

 

 

「……彼が気になるのかい?」

 

 

 ――――どくん、と。

 ――――鼓動が一際激しく、響いた気がした。

 

 漸く、須郷の言葉がアスナの耳に入る。

 呆然とアスナは須郷を見上げると、彼はその視線に機嫌が良さそうに満面の笑みを浮かべて続けた。

 

 

「いいだろう、その姿。やっぱり王に騎士はつきもの。最高の王には、最強の戦士が付いていなければならない」

「……黙って」

「アインクラッドの恐怖なんて無粋さ。ツギハギの装備なんて、優雅さに欠ける。石造りの両手剣なんて目に余る。王の近衛兵であるのなら、鎧も小奇麗なもの、武器も最強のものでなければ」

「黙りなさい――――!」

 

 

 遮るように、アスナの悲鳴にも似た怒声が辺りに響き渡った。

 対する妖精王は肩を竦めるのみ。極めて涼しげに、その怒りを受け止めている。彼にとってアスナは自分の物であり所有物に過ぎない。いくら吠えたところで驚異になることなく、叛逆者にも映らない。

 故に、妖精王の余裕は崩れない。

 

 それでも、アスナは気丈にも鋭い声のまま叫んだ。

 

 

「彼に、優希くんに何をしたの!?」

「何をした……?」

 

 

 そこまで言うと、須郷は笑いを堪えるように、片手で口元を抑えていた。

 ように、ではない。彼は本当に笑いを堪えている。楽しくて楽しくてたまらない、そう言うかのように肩を大きく揺らして必死に声が漏れるのを堪える。

 

 その調子のまま須郷は答えた。

 アスナの問いに、耳障りな笑い声とともに彼は――――。

 

 

「――――それは、どこまでのことを言うのかな?」

「……何ですって?」

「フフッ、いいさ。最初から教えてあげるよ」

 

 

 下卑た笑みを浮かべながら、再び須郷は玉座に座する。

 そして須郷は誇るように、自賛するように、称賛するように、今まで何をしたのか歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「君は知らないかもしれないけど現実世界ではね、君と彼を含めた301人が目覚めていないのさ」

「それは知ってるわ、全て貴方が元凶だということもねッ!」

「ほう、それなら話しが早い。僕がどうしてこんなことをしていると思う?」

「知らないわよ、貴方の考えることなんて!」

 

 

 肩を竦め困ったように笑みを浮かべて、須郷は意に介さずに続けた。

 

 

「彼らを集めたのはね、実験する為さ。記憶の改竄、人間の感情や思考を意のままに操る為の――――人の魂を直接制御するためのね――――!」

「…………ッ!?」

 

 

 ぐらり、とアスナの視界が揺れる。

 吐き気がする。笑みを浮かべる須郷もそうであるが、何よりも生物の領域を超えた、倫理に反する研究を行っている、須郷の人間性に吐き気を催す。戸惑いなど彼にはない。それを証拠に、須郷は破顔している。喜々として己を神であると定め、今も玉座に座している。

 

 普通であれば、ありえないと切り捨てるモノだ。人を思い通りに操るなど、そんな馬鹿げたこと出来るわけがない。

 出来るわけがない。だからこその実験体なのだ。不可能を可能にするために、彼は実験体を欲した。それがアスナやユーキであり、他のSAOプレイヤー299名なのだろう。

 

 

「一つ誤算があるとすれば、それが優希君さ。彼と僕は契約したんだ。自分が実験を請け負う代わりに、残りの300人には手を出すなってね」

「それじゃ……優希くんは……、囚えられていただけじゃなくて……」

「あぁ、君にも見せてやりたかったなぁ! どんだけ痛めつけてもさぁ、泣き言一つ言わないんだぜコイツ! 本当に笑えたよ、愚かにも程があると思わないかい?」

 

 

 身体をくの字に曲げて、玉座の上で爆笑を始める。

 その言葉は毒だ。アスナの身体の内側から侵食するような、負の感情とも呼べる闇が心を覆っていくような、殺意にも似た隅よりも黒く、闇よりも黒い感情が生まれ始める。

 だがそれだけでは終わらない――――。

 

 

「本当に馬鹿だよね――――」

 

 

 須郷から放たれる言葉は、猛毒となって――――。

 

 

「――――僕が、実験体を目の前にして、コイツとの約束なんて守るわけないんだから」

 

 

 ――――アスナを侵食する。

 彼女は呆然と問いを投げる。眼には光など宿しておらず暗い闇をその内に秘めて口を開く。

 

 

「……貴方は、彼の気持ちを踏みにじって……」

「おかしなことを言うね、ティターニア。僕が茅場の言うとおりにするわけがないだろう? 実験はしたし、茅場を痛めつけたよ。あぁそうだ、病室で桐ヶ谷くんに会ったことを言ったら頭まで下げてきたっけ? 全く必死過ぎて引くくらいだよ」

「黙りなさい。もう、口を開かないで」

 

 

 もはや表情は消えている。

 抜き身の獲物――――ランベントライトを片手で構える。

 一刻も速く、何よりも疾く、玉座にいる男を黙らせないと、気がすまなかった。煮えたぎる黒い感情は彼女の力となり、覚醒しようとしている。

 瞬間――――。

 

 

「……違う」

 

 

 頭を横に振った。

 そうではない、須郷などどうでもいい。自分がここに立っている理由を、彼女は思い出した。

 

 まず前提からして、間違っていた。

 須郷を倒すためではない、痛めつけることでもない。彼女の目的は――――茅場優希の救出に他ならない。

 それに彼は、アスナに言っていた。――――オマエは弱くない。オマエは――――強い、と。間違った力に支配されるな、とアスナの中の彼が鼓舞する。

 ならば負けてはならない。怒りに我を忘れてはならない。深く息を吐きだし、思考を鮮明にしていく。

 

 

「そんな口を聞いて良いのかな? 僕の戦士であると同時に、彼は君への人質でもある。僕の気分次第で記憶を作り変えることも――――」

「甘く見ないで」

 

 

 遮られ妖精王の顔が曇る。

 見る見るうちに不機嫌なモノに変わり訝しむ眼でアスナを見るも、彼女は気にすることはない。

 

 凛とした口調で、堂々と須郷の言葉を切って捨てた。

 

 

「優希くんは負けない、貴方程度の男に負けない。彼を、甘く見ないで――――」

「……チッ、調子に乗りやがって」

 

 

 苛立ちげに呟かれると同時に、小気味よく指を鳴らした。

 同時にアスナの背後で、何かが這い出てきた。その気配は一つではない。数十体、何百体の規模となって、這い出てくる。

 

 振り返る。

 世界樹内部に存在した騎士――――ではない。

 もっとグロテスクな、奇形で異様な二足歩行の生物であった。

 皮膚と言ったモノはなく、強靭な筋肉の繊維むき出しとなっており、その右手には巨大で大きな爪を有していた。

 何よりも注目するのはその頭部だ。眼球はなく、鋭利な歯が口元から覗いている。肥大化した脳が露出しており、ソードアート・オンラインでも見たことがないほどの気味が悪い生物。

 あまりにも異様なデザインに、数歩引くことだろう。

 

 しかし須郷は違うようだ。

 彼は得意気に異様な怪物達を見て、誇らしげに告げる。

 

 

「――――ベルセルク。それら彼らの名であり、その長であるのが彼さ」

 

 

 同時に、今まで静観していた“彼”が――――ユーキが動いた。

 その手には、例の長物。それは槍のような刃の片側に三日月状の大きな刃が付いている。西洋で言うところの、ハルバードにも似たような形状で、青龍戟または方天画戟――――それがその武器の名称。

 黒色に染まった画桿の方天戟。穂先を床に向け、ガシャと音を立ててアスナに歩み寄る。

 

 

「前門の虎、後門の狼ってやつかな? さて、どうするティターニア?」

「……」

 

 

 アスナは答えない。

 無言で須郷に向ける。それはつまり――――ユーキにも背を向けるということ。

 

 その姿に須郷は呆れるようにため気を吐いた。やれやれ、と軽く首を横に振って。

 

 

「……強情だな。まぁいいさ、遊んでやるんだベルセルク。傷はつけるなよ?」

「……」

 

 

 ユーキは無言で応じた。

 一歩、一歩、着実に歩を進める。

 

 アスナはそれでも振り向かない。

 あくまで今の彼女の敵は目の前の異様な怪物。決してユーキではないと、無言で断じていた。

 

 しかし、白銀の戦士――――ベルセルクと呼ばれた彼は意に返さない。

 方天画戟を片手で持ち、水平に構える。そして――――。

 

 

「――――――」

 

 

 ――――横に一閃、斬りつけた――――。

 

 




 次回、愉悦タイム(後半戦)

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