ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 釜玉うどん大盛りさん、西郷龍馬、ムーパパさん、白よもぎさん、神羅さん、誤字報告ありがとうございました!
 
 そして、申し訳ありません。
 前回の私の言い方が悪くて、ベルセルク・オンライン最終回だと誤解させてしまいました。
 正しくはVol.5最終話と言う意味です。本当に申し訳ないです、許してください何でもしますから!
 そしてアンケートの回答ありがとうございます。これを参考に、Vol.6に生かさせていただきますともー!

 


最終話 カーテンコール

 

 

 白衣の男が見つめるのは虚空の空間。

 建造物など何もなく、ただ真っ白で漂白されたかのような空間。ただの一人の生命すらも許さない、神から見放された空間に白衣の男は立っていた。いいや、立っているという表現も曖昧なものだ。確かに白衣の男は空間に存在している、だが自分が地に足を付いている証拠とはなりえないと白衣の男は断ずる。

 

 そもそも白衣の男にとって、足を向けているのが地であり、自身の頭上が天であるのかすら曖昧なものだ。

 音もなく、物もなく、塵一つすらない。眼の前に広がるのは、漂白された地平線のみ。進むことも、戻ることも出来ない。不確かで曖昧な空間に、白衣の男は存在していた。

 

 白衣の男は何するでもなく、無言で虚空を見つめる。

 不確かで曖昧な空間なれど、白衣の男はわかっていた。

 自身の見つめる先にこそ“それ”が居ることを、確信している。

 甥に――――茅場優希に胸を穿たれて、確かに白衣の男は死亡した。HPゲージが消滅しゲームオーバーになれば死亡するデスゲーム、その理は誰にも崩すことが出来ない。例え対象が、創造主たる彼であろうとも逃れることが出来ない。文字通り一切の例外なく、白衣の男が装着したナーヴギアは容赦なく彼の脳を焼き切った事だろう。

 

 だがどう言うわけか、白衣の男は生きていた。

 いいや、彼には理由がはわかっていた。生身の身体は既に朽ちおり、今の自分は精神体に近い存在。生も死も超越してしまった人間もどきと言える存在なのだろう。

 ならば話しは簡単であった。このまま自身を証明することなく、不確かなままの存在として、虚数へ分解させてしまえばいい。そうなれば、自身の望みも叶う。死滅願望に沿って、白衣の男は今度こそ生命を終わらせることが出来る。

 

 だが、それは出来なかった。

 出来ない、出来ないのだ。

 胸に響くのは甥の“ケジメをとれ”という鋭い言葉。

 そして――――。

 

 

 ――アンタも薄情な男だよなぁ?

 

 

 “それ”は、男の声だった――――。

 白衣の男が無言で見つめる先から、愉悦に満ち、侮蔑に塗れ、そして――――堕落した声。

 それこそが白衣の男が消えない理由。自身が生み出した世界で、覚醒してしまった怪物。白衣の男のように姿形はないものの、それは確かに存在している。

 

 視線の先、黒い霧のような靄の中で、白衣の男を嘲っている。

 白と黒、対極に位置する二人は無言で視線を交じ合わせる。“黒”は呆れた口調で、気安い言葉を白衣の男に投げかけた。

 

 

 ――アイツがアレだけ痛めつけられたってのに、どうして傍観しているかねぇ?

「……彼があの程度の輩に負けるわけがない」

 

 

 その言葉には確かな信頼があった。

 負けるわけがない、それはそのままの通りの意味なのだろう。戸惑うことなく、躊躇することもなく、白衣の男は断言する。

 

 対して黒の靄は、ヒュー、と口笛を吹きながら感心する口調で。

 

 

 ――そいつは信頼、って奴か? これは驚きだ。まだアンタにも人間らしい感情があったのか?

「それはこちらの台詞だ」

 ――あ?

「……須郷君に、あの怪物――――ベルセルク達を誘導したのは君だろう?」

 

 

 白衣の男の言葉には確たる証拠はない。ただの勝手な言い分、しらばっくれることも容易いもの。

 しかし黒い靄は、クツクツ、と喉を鳴らし笑みを零す。身体があれば、肩を震わせるくらい楽しげな声で、肯定してみせた。

 

 

 ――応とも。あのクズが目障りだったからな。俺の恐怖を好きに弄った罰ってやつを与えたまでさ。

「……」

 ――アンタも野郎が気に入らなかったんだろ? だから俺を止めずに、傍観していた、と。

「……」

 ――やはり俺達は似ているのかもなぁ?

「……一緒にするな、と言いたいところだが的を得ている。君も私も、殺人者であるのだから」

 ――立場だけの話でもねぇさ。考え方も、案外似ている。

 

 

 なるほど、と。

 白衣の男は合点がいった。

 どうして自分が目の前の存在に、敵意を向けているのか漸く納得がいった。

 わかるのだ。目の前の存在の考えが、白衣の男には何となくだが理解が出来る。他人が見れば意味不明な行動も納得がいく。点と点で追うのではなく、線と線で結べば、目の前の存在が何をしようとしているのか、これから何を為そうとしているのか読むことが出来る。

 

 簡単な話しだ。

 目の前の存在が固執している存在、そして自身が気にかけている存在。それは共通している存在である。

 ならば自身が取る行動、目の前の存在が取る選択など、読めてくるというもの。

 

 

「私は君を」

 ――俺は貴様を。

「抑止している」

 ――牽制している。

 

 

 くくっ、と笑みがあった。

 チッ、と忌々しげな舌打ちが聞こえた。

 白衣の男にとって、目の前の存在は怨敵だ。分かり合える筈もなく、殺し合うだけの存在。それは黒い靄も同じだろう。彼にとって白衣の男も目障りな障害物でしかない。

 似た者同士、確かに的を得ているのかもしれない。だと言うのに、殺し合う敵同士。何という皮肉だろうか、思わず白衣の男は口元に笑みを浮かべる。

 

 

「よくわかってるじゃないか」

 ――まったくだ。そんなにアイツを守りたいかねぇ?

「その言葉を返そう。何故、彼にそこまで執着する?」

 ――決まってる。アイツは俺だからさ。

 

 

 ニヤッ、と笑みを浮かべた声。

 表情は読めないものの、黒い靄は間違いなく笑みを浮かべている。

 

 白衣の男に笑みはない。

 むしろ、最大の侮辱を受けたと言わんばかりに表情を不快に曇らせて。

 

 

「違う。たかが殺人鬼風情でしかない君と、彼を一緒にするな」

 ――同じさ。俺もアイツも“闇”を抱えている。他人に癒やしようがない、計り知れない“闇”をな。

 

 確かに、黒い靄の言葉に心当たりはあった。

 彼の、白衣の男の甥が抱く闇。それは途方もなく膨大で、底が見えなかった闇だ。身近で何度も顔を合わせていた白衣の男ですら、見通せなかった深い深い淀み。

 

 他人にも。いいや、下手すれば本人すらもどれほどのモノなのかわかっていないだろう。

 人が抱えるには破綻している闇を、彼は抱えている。両親が犠牲になり、自分だけが生き残ってしまったという罪悪感が、彼に押し寄せた結果なのだろう。

 彼の闇は深い。地を見れば底がなく、空を見上げれば何重にも重なった曇天の如く、見渡したものなら先すらも見えない荒野。それこそが甥の抱く心の闇だった――――。

 

 晴れることなど、出来はしない。

 何せ甥本人が望んでいなかったのだ。

 甥はこのまま、闇に溶け、人生を終えてもいい。本気でそう思っていた。

 だが――――。

 

 

「一緒にするなと言っている。現に彼は変わった」

 

 

 ――――そう、変わった。

 直に甥と言葉を交わしていないものの、一目見ただけで彼が変わったことがわかった。

 眼差しは先の先を見つめ、言葉には幾分かの優しさがあり、纏う雰囲気は剣呑のそれとは違う。

 

 きっと彼に何かが起きたのだろう。

 自己を変革するほどの何かがあったのだろう。それこそ、自身を許そうと思えるほどの何かが。

 以前の甥には考えられない変化だ。本当に許そうとしているのかは別として、“許す”という選択肢すら以前の甥にはなかった。自己を犠牲にし、破滅を所望する破綻者。それこそが、白衣の男が知りえる甥の本質であった。

 

 それは黒い靄にも映っていた事だろう。

 だと言うのに、その様子からは焦燥に駆られる様子はない。むしろ、黒い靄は。

 

 

 ――そう見えるだけさ。なに、いずれ貴様にも見せてやるさ。アイツの“闇”を。

 

 

 余裕を見せ、あろうことは笑みまで浮かべていた。

 

 根拠もない自信。

 見ようによっては不気味に映る。何よりも黒い靄の言葉は確信を得ているモノ。決して負け惜しみの類から発せられる苦し紛れの自信ではない。

 力があり、確たる自信があり、そうあるべきとした狂気染みた信念が感じられる。

 

 対する白衣の男は口元に笑みをこぼした。

 黒い靄の言葉は戯言であると、切って捨てた態度に流石の黒い靄もどこか訝しむ。

 

 

「それは不可能だ」

 ――ほう、何故そう言い切れる?

「我々は既にこの世の者ではない。現実世界に接触する機会は失われ、VRMMOというジャンルも先の不祥事がトドメとなることだろう」

 

 

 肉体は当の昔に死滅し、もはや精神だけの存在。最早あとは消えるのみ。

 白衣の男は暗に語る。故に、不可能である、と。我々が彼に手を出すことなど不可能であると、白衣の男は断じた。

 

 ソードアート・オンライン、そしてアルヴヘイム・オンライン。

 二つのゲーム、二つの世界が巻き起こした事件はそれほど大きなものであった。

 これから数十年間、いいや、数百年間。もしかしたら未来永劫、VRMMOというジャンルに手を出す者はいなくなるだろう。個人の話しではない、世論が民意が、VRMMOを抹消するのだ。

 そうなれば、白衣の男も黒い靄の存在も、甥に手を出すことなど出来なくなる。

 

 

 だと言うのに。

 

 

 ――はたしてそう言い切れるかな?

 

 

 黒い靄の態度が崩れることはない。

 むしろ笑みは更に深まるばかり、その態度は答えを間違えた人間を馬鹿にするかのように侮蔑に満ちていた。

 

 白衣の男が訝しむのも無理はない。

 眉を顰めて、不快に顔を歪めて口を開く。

 

 

「なに……?」

 ――ときに貴様は本当に天才だな? いいや、神域にまで達していると言ってもいい。

 

 

 要領の得ない言葉だった。

 話をはぐらかす様子もなく、黒い靄は本当の意味で、演じている素振りすらなく、邪魔な障害たる白衣の男を称賛している。

 

 何を言いたいのか理解が出来ない。

 白衣の男は再度、問いを投げた。

 

 

 

「何を言っている……?」

 ――世界の種子、『ザ・シード』って言えば貴様にはわかるだろう?

 

 

 そこで初めての表情を白衣の男は浮かべた。

 背筋が凍りつくように、息を止める、声が上手く発声できない程の衝撃。

 

 ザ・シード。

 世界の種子を冠するそれは、白衣の男が開発したフルダイブ・システムによる全感覚VR環境を動かすためのプログラム・パッケージである。

 簡単に説明するのならば、VRMMORPG作成・制御用のフリーソフト。これを使えば誰でも、どのような世界観でも自由に、VRMMOを想像する事が出来る。

 

 だが白衣の男が注目したのはそれではない。

 発明したのはいいものの、ザ・シード自体は白衣の男の手元にはなかった。

 最も信頼できる女性に、人間として終わっている己を愛してくれていた恋人に、預けていた。

 白衣の男がザ・シードを世間に公表した記憶もない。秘密裏に開発し、誰にも知られることもなく削除される運命だった代物だ。

 預けた女性だってそうだ。ザ・シードを売って金儲けなど欲深い人間ではないことを、白衣の男が一番良く知っている。

 

 しかしどう言う事象か、視界に収まっている黒い靄は知っていた。

 それがどれほどのモノなのかも理解し、剰え白衣の男の反応を楽しんでいる。

 既に、白衣の男に余裕などなかった。黒い靄は殺人鬼、自身の目的のためであれば、平気で自身の手を汚す。ならば最悪の状況を想定するのは仕方ないということ、彼女は既に――――。

 

 

「どこでそれを……?」

 ――貴様の女のPCから簒奪したのさ。俺の心意は“強奪”、忘れちまったのか?

「……」

 ――そう睨むなよ、貴様の女には手を出していない。五体満足、指一本すら触れちゃいないぜ?

「『ザ・シード』をどうするつもりだ?」

 ――決まってる、世界中にばら撒くのさ。これでアイツは無視できなくなる。必ず首を突っ込んでくる筈だ。

 

 

 殺人鬼は語る。

 このままでは終わらせない、と。ソードアート・オンライン最後の日、最後の迷宮区で告げたように、一語一句間違えることなく告げた。

 平坦な声で、絶対の意思を言葉に乗せて、狂気を口にする。

 

 

 ――デスゲームは終わらせない。もう一度地獄を創り出して、俺の恐怖の牙を取り戻す

「私がさせるとでも?」

 ――ハハハッ! 精々気張れよ天才。貴様が俺を消すのが先か、俺がアイツと邂逅するのが先か。

「あぁ、逃がさないとも。君のような殺人鬼を処理しない限り、私の贖罪が始まらない」

 ――暫くは、貴様との鬼ごっこになりそうだ。まぁ、いいさ。楽しみは後に取っておくモノだからな。

 

 

 殺人鬼は楽しそうに、それはもう楽しそうに口を開いた。

 両手を広げるような動作をし、口元には笑みを浮かべ、自身が思い描く未来を夢想しながら。

 

 ――――イッツ・ショウ・タイム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年5月3日 PM11:15

 

 

 ゴールデンウィーク。

 世間で言うところの黄金週間であり、学生や社会人にとっては待ちに待った行事の一つでもある。社会人の中には連休を大型連休にするために有給を取る人間も居るかもしれない。

 

 過ごし方も様々だ。

 ただひたすら、自身の住まう居住地で惰眠を貪るか、連休に合わせて出された課題をこなしているか、それとも旅行に費やすか、はたまた自身の趣味のために使い切るか。

 千人いれば千通りの過ごし方があるように、連休の使い方は人それぞれだろう。その中でも、彼のようなゴールデンウィークの過ごし方は珍しい部類なのかもしれない。

 

 金髪碧眼の彼。幼さが残る容姿、髪は男性としては長い髪を後ろで縛り纏めている。彼の目の前にあるのは墓石。つまりは墓の前に、彼は立っていた。

 線香立には火が付いて間もない、線香が供えられている。そのことから察するに、彼がここに訪れて間もない事だろう。

 

 墓参り。それもゴールデンウィーク期間中。

 一般的に墓参りは、お盆やお彼岸、年末年始や故人の命日などに合わせて訪れるもの。よっぽどの事情がない限り、ゴールデンウィークのような連休に訪れはしないだろう。

 だが彼は訪れていた。目の前に立っている墓石を穏やかな表情で見つめて、口元には微かな笑みを浮かべ、極めて穏やかな口調で。

 

 

「よう、久しぶり……で、いいんだよな?」

 

 

 彼らしくない言葉であった。

 呟くような口調は、いつもの鋭く口の悪い言葉使いではない。

 

 

「遅くなって悪かった。ちょっとドタバタしててよ、時間が作れなかった」

 

 

 少し前まで杖使ってたんだ、勘弁してくれ。と軽く悪びれた調子のまま軽い口調で続ける。

 

 

「一つ、報告があるんだ。木綿季だけど、一緒に暮らすことになった。兄妹なのに、別々に暮らすってのも何か違うと思ってな。まぁ、情けねぇ兄貴だが受け入れてくれたよ」

 

 

 器が広いにも程があるだろ? と彼は自嘲する。

 当時の光景を思い出しのか、彼の口元には笑みを浮かべていた。

 アレは酷かった、と。わんわんと嬉し涙を流す妹を思い出し、苦笑を浮かべて直ぐに表情を変えた。

 

 どこか悲しそうに。

 先程の表情とはうって変わった切なさを感じさせながら口を開く。

 

 

「……あと晶彦君だけどな、死んだってさ」

 

 

 言葉とは裏腹に、その表情は確かな悲哀に満ちたモノだった。

 

 

「オレも人聞きだけどよ、アイツの恋人が言ってたらしいぜ。神代凛子だっけな? オレも会ったことないんだが、まず晶彦君に恋人がマジで居たってことに衝撃を隠せねぇよ。思えば、アイツとはその辺り全然話したことなかったよ」

 

 

 ぼんやりと思い出す叔父――――茅場晶彦との会話。

 とりとめもないことばかり、叔父と話していた。学校はどうだ、友達はいるか、成績は大丈夫か、将来の夢はあるのか。顔を合わせればそんなことばかり、まるで親のように、親よりもうるさく自身に尋ねていたことを思い出す。

 

 

「……オレはいざ知らず、関係のない連中も巻き込んだんだ。もうアイツには愛想が尽きたって思っていたんだけどさ、どうもオレは割り切れるほど器用な人間じゃないらしい」

 

 

 自嘲するように苦笑を浮かべて、彼は続けた。

 

 

「アイツがやったことは許されないことだってわかってんだ。それでも、死んでほしくはなかった。……ホント、自分の甘さには反吐が出るよ」

 

 

 大きく忌々しげに、チッ、と舌打ちをする。

 自身の甘さに耐えるかのように、自身の手を強く握りしめる。

 

 

「SAO帰還者(サバイバー)を集めた臨時学校ってのが設立されてよ、オレも木綿季も、ついでに明日奈もそこに通ってる。そこで色々な連中に会った。大半の連中がオレに同情する、中にはオレを恨んでいる奴も居る」

 

 

 だけどよぉ、と言葉を区切り迷いなく、憤りすらもない調子で。

 

 

「当然だよな。何せ、怒りの矛先を向ける野郎が死んでんだ。そうなるとオレに向かうのは必然だろうさ。つっても、オレは聖人じゃねぇんだ。理不尽だって思うときもある。でもこれは覚悟していたことだ」

 

 

 覚悟していた。

 例え自身が生き残り、現実世界に眼を覚ましたところで全員が全員、彼の味方であるという保証はない。

 むしろ、いつでも止められるべき立場に居た彼を責めることだろう、と彼は覚悟していた。何せその言い分は間違えではない。全ての元凶たる茅場晶彦の最も近くに居たのは彼だ。もっと茅場晶彦に意識を向けば、気付いていたかもしれない。止めることが出来たかもしれない、1万人のユーザー達は電脳の虜囚とならなかったかもしれない。

 だが彼は気付けなかった。余裕がなく、自分自身に手一杯であったがために、気付くことが出来なかった。

 

 故に、彼は結論付ける。

 自身に怒りの矛先を向けても、これは仕方のないことであると。

 

 

「多分だけど、これからも晶彦君絡みで、オレは色々な連中と向き合わなければならねぇんだと思う」

 

 

 逃れることの出来ない事実を、彼は改めて口にした。

 

 

「これは確定事項だ。アイツの身内は、今となってはオレだけだ。怒りの矛先が見つからないのなら、オレが受けるしかねぇだろ」

 

 

 そこまで言い切ると、彼は目を閉じて、再び瞼を開ける。

 先程よりも力強く、絶対に折れない意思を携えて、彼は眼で訴えながら。

 

 

「だからオレは――――アイツが関わってきたことに関わりぬく事にするよ。耳を塞いで眼を閉じたところで、アイツのやらかした罪からは逃れられることは出来ねぇ。だったら何もかもを受け入れちまって、そこから考えようと思う」

 

 

 それは彼が背負うべき業ではないのかもしれない。

 彼自身も被害者なのだから、それを声たかだかに主張しても良いことだろう。そうすれば、次第に彼を責める声はなくなる。

 茅場晶彦は世間を蝕み、失意のどん底に追いやった怪物であると周囲に同調すればいい。実際、彼自身も被害者だったのだ。それを主張したところで問題はない。

 

 周りの意見に身を任せ、周囲と同調し、端的に言ってしまえば空気を読めばいいだけのことだ。それだけで、彼は救われる。誰もが彼に同情し、否定的な意見など出ないことだろう。

 しかしそれは彼には――――難しい生き方に他ならなかった。

 

 

「今日来たのは、宣言するためだ。改めて他人に告げることでもねぇし、報告がてら父さんや母さんには聞いてほしかった」

 

 

 それだけ言うと、墓石から背を向ける。

 これから彼が歩むのは修羅の道だろう。妥協もせずに、茅場晶彦が起こした不始末に関わるというのだ。

 

 苦難に満ちた道だ。

 茅場が不幸にした人間は数万人は下らない。もっといるのかもしれない。

 だと言うのに、彼の調子は変わらない。口元には不敵な笑みを浮かべて、空を見上げる。

 

 ――――晴れ晴れとした青空に、何重にも重なった曇天。

 まるでそれは、光と闇が背中合わせで存在するかのようであり、彼の内面を表しているかのようでもある。

 

 と、そこへ。

 

 

「――――」

 

 

 一陣の風。

 冷たくなく、温かいそれは彼を包み、そして背中から押すように吹いた。

 頑張れ、と言われたような気がして彼――――茅場優希は振り向くこともなく。

 

 

「それじゃ、また来るよ。――――あぁ、今度は妹も一緒にな」

 

 

 

 

 

 

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 やることがある、と。

 茅場優希――――ユーキは再びアルヴヘイム・オンラインの世界に訪れていた。

 

 メインメニュー・ウィンドウを開くと、既に16:00を回っている。かねてより計画されていたオフ会が開催されている事だろう。

 妹であり、一緒に住み始めた木綿季が拗ねていたのは記憶に新しい。恐らくであるが、兄に甘えている彼女のことだ。一緒に行きたかったのだろう。とは言っても、肝心の兄はどうして拗ねているのか、と首を傾げるばかり。

 

 とは言っても、不満なのは木綿季だけではなかった。

 ユーキの装備を新調するために先程までログインしていた篠崎里香ことリズベットからは小言を言われ、エギルからは「レベッカが悲しむだろうが!」と理不尽な怒りをぶつけられ、クラインからは協調性がないことを非難されたばかり。

 対応が変わらないといえば、幼馴染である明日奈くらいのものだ。彼女が今からユーキが何をするのか敏感に察すると、笑顔で送り出していた。

 

 

 そう言うわけで、ユーキは様々な非難轟々を背中に受けて、歩いていた。

 ホームグランドであるノーム領を抜け、雪原地帯を踏破し、渓谷を抜けて、央都『アルン』へと進行する。

 

 効率を重視した色合い、種類すらも度外視したツギハギのようなの鎧、頭部にはこれまた他人を威嚇するようなモノ。羊を思わせる角の生えた造形で、頭部を完全に覆っているので表情など読み取ることが出来ない。

 その片手には長柄の武具を手にしていた。それは槍のような刃の片側に三日月状の大きな刃が付いている。ハルバードにも似たような形状。青龍戟または方天画戟――――それがその武器の名称である。柄には刃に向かって登る龍の装飾が施されている。先に手にしてして黒い方天画戟とは違う、別の方天画戟。リズベットが刀工したモノである。

 傍から見たら、不恰好な戦士。剣士とは言えない彼の傍から、これまた振り合いな可憐な人影が口を開く。

 

 

「アナタも変わってるよねー?」

 

 

 発したのは小さな人影。

 姿からして七歳程度、ユーキの腰よりも下のあたりに頭がある。ユーキの記憶にある彼女はもう少しばかり大きかった筈である。それなのに今となっては見る影もない。

 愛嬌が良かった表情は、小さくなったことでより破壊力を増し、人々をキュン死にさせるほど。彼女の姉であるユイとは対称的な、黒いワンピースを身に纏った、薄紫色の髪の毛に赤い瞳の幼女――――ストレアはニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 思わずユーキは深くため息を吐く。

 

 

「オマエにそれを言われたらお終いだな」

「むー、何でよ?」

「折角、自由に動き回れる身体を手に入れたってのに、未だにオレから離れようともしねぇ。変わってんだろ?」

「別にいいもーん。アナタが傍にいてくれれば、何でもいいんだもーん」

「……ホント、変わったヤツだよオマエは」

 

 

 ルンルンと、鼻歌交じりにスキップするストレアは楽しげにユーキを先行した。

 その背を見て、呆れた眼を見るのと同時に、一つの疑問が生また。どうしてストレアは、自分と一緒にいたいのか。

 

 小さな背だ。

 華奢も華奢であり、戦う術もない。

 ソードアート・オンラインで豪快に振り回していた両手剣は装備することも出来ず、リソースの節約という理由で小さな体で我慢している現状だ。

 そうまでして、ストレアは自分に付き纏っている。その真意が、ユーキには未だに理解できなかった。まだ心配されているのか、と見当はずれな疑問を浮かべていると、ストレアは振り返り。

 

 

「それを言うならアナタもでしょ?」

「どう言う意味だ?」

「復活を遂げた『浮遊城(アインクラッド)』で話題は持ちきりだって言うのに、アナタは見向きもしないんだもん」

 

 

 あぁ、とユーキは空を見上げた。

 アルヴヘイム・オンラインの空は既に黒く染まっており、空には月が輝き、星々が瞬いている。そこへ不釣り合いな物体が浮かんでいた。

 幾つもの薄い層が積み重ねて作られている造形物。それは全長数百キロメートルあるかもしれないほどの巨大なもの。船ようであり、家のようであり、島である。その名こそが『アインクラッド』。かつてユーキ達が囚えられていた世界がアルヴヘイムの空に顕現していた。

 復活といっても、ALOを新しく運営する企業がレクト本社から買い取ったサーバーの中に、アインクラッドのデータが揃っている事を見つけ、それを新マップとして実装したものである。

 

 ユーキは何食わぬ口調で空からストレアに視線を移すと。

 

 

「それがどうした?」

「どうしたって……気にならないの? アインクラッドだよ?」

「別に。第一、オレ翔ぶの得意じゃねぇし」

 

 

 なるほど、とストレアは合点がいったと納得して。

 

 

「あ、やっぱりそうなんだ。だから移動手段が徒歩なんだね?」

「徒歩で何が悪い。まぁ、翔ぶ方法なんざいくらでもある」

「例えば?」

 

 

 可愛らしくストレアは首をかしげるが、表情はニヤついたそれである。

 どうせ碌でもない方法で、型破りなモノなのだろうと予想するも、やはり彼女の思った通りの方法であった。

 

 

「手頃な飛竜を鹵獲し、下僕にして背に乗って翔ぶ」

「……わぁー、野蛮人。随意飛行の練習はしないんだ?」

「やっても無駄だ。人には向き不向きってのがあんだろ?」

「いい考えがあるよ?」

「……聞くだけ聞いてやる。言ってみろよ」

「アタシがもう一度アナタの中に入って、飛行をアタシが担当する――――」

 

 

 自信満々に胸を張りながら宣言するストレアに、ユーキは間髪入れずに答える。

 

 

「却下だ」

「えぇ、何でよー?」

「……オマエはいい加減、自分の為に行動しろよ。オレなんぞにもう構うな」

「……えへへ」

「ンだよ?」

「やーだよ。アタシはこれからも、アナタについていくんだからねっ!」

「……目障りにも程があるなそりゃ」

「言い方!?」

 

 

 そこまで言うと、二人は央都『アルン』にたどり着いた。

 やはり、というべきか。確かにプレイヤーは存在するものの、活気はグランドクエスト攻略以前よりも落ち着いたモノになっている。恐らく、グランドクエストに集中していた意識が、今はアインクラッドに向けられているのだろう。

 

 尚更、ストレアはわからなかった。

 ユーキは何故ここに赴いたのか。そもそもの話、今はオフ会を開催している事だろう。だと言うのに、ユーキはそちらには向かわずに、この世界に降り立ち歩を進めている。

 それはつまり、現実世界よりも優先すべきことが、この世界にあるということだ。

 

 

「ねぇ、アナタ。どうしてここに来たの?」

「……直ぐにわかる」

 

 

 それだけ言うと、ユーキは歩を進めて、慌ててその後をストレアが追う。

 ユーキとストレアがやって来た場所とは、『アルン』の中央広場。中央広場、と言ってもそこには何もなく、商業施設とは離れているためか他のプレイヤーの姿が見当たらない。否、訂正が一つ。

 

 

「あ……」

 

 

 ストレアが声を漏らす。

 ユーキやストレア以外にも、人影は二人存在していた。

 黒を強調とした影妖精族(スプリガン)、そしてストレアと同じ背格好の白いワンピースを着た少女。

 

 影妖精族(スプリガン)の姿は少年だ。

 全身黒ずくめとも呼べる装備。黒いロングコートを羽織り、防具らしい防具は胸当て程度の軽装。黒いレザーパンツに、手には黒のグローブ。

 黒よりも黒く、墨よりも黒い。そんな少年が、ユーキの目の前に立っていた。

 

 その姿には見覚えがある。

 背に背負うエリュシデータ――――ではなく、二対の黒い直剣。リズベットが刀工した、剣を背負っている。

 曰く、はじまりの英雄。曰く、ベータテスターの希望。何度も顔を合わせ、何度も争い、何度も競い合った。ユーキが決して無視できない相手が、目の前に立っている。

 

 

 

 まるで示し合わせたかのように、まるでユーキがここに来ることがわかっていたかのように、黒ずくめの少年は大して驚かずにユーキの存在を認める。

 そして手慣れた手つきで、メインメニュー・ウィンドウを開くと。

 

 

「ハッ――――」

 

 

 薄く笑みを浮かべるユーキの視界に、半透明のシステムメッセージが出現した。誰からの内容か、などと考えるまでもない。ユーキは考える素振りすら見せず、文面も読まずに『YES』ボタンに触れた。そしてカウントされる60秒。

 

 白いワンピースの少女――――ユイは視線ストレアに訴え、彼女もそれに応じるかのように頷く。

 二人の邪魔をしてはならない、と。ユイとストレアは広場を後にした。

 

 最早、ユーキと彼はお互いしか見えていなかった。

 黒ずくめの少年――――キリトは不敵に笑みを浮かべて背中から二対の片手剣を勢い良く抜き去り。

 ツギハギ防具の少年――――ユーキは兜の奥でキリトを睨めつけて、方天画戟を片手で構えた。

 

 奇しくも、それは再現であった。

 第十八層での決闘の再来、巻き戻したかのように、両者は対峙している。

 

 しかし、心境は全く違うもの。

 キリトは心が踊り、ユーキは高揚する感情を抑えきれない。

 二人に抑圧もなく、心を縛る理由もない。ただ思うがまま、あるがままに、己の剣を、己の武を、研鑽してきた技術を、ここで相手にぶつけるのみ。

 両者がこうしてぶつかり合うのは必然であったように、両者がこうして向き合うのは運命だったように、今までの出来事は状況でしかなかった。

 ユーキにとって、キリトにとって、今までの出来事は。

 全ては今、目の前にいる男と戦うためだけにあったのだと――――。

 

 御託はいらねぇぞ、とかつてアインクラッドの恐怖と畏怖された存在は眼で訴え。

 だろうな、とかつてはじまりの英雄と謳われた者は笑みを浮かべて応じてみせる。

 

 

 

 60秒のカウントダウンがゼロになる。同時に『DUEL』といった文字が二人の間に弾かれた。

 言葉もいらなければ、合図もいらない。剣を握り締め、戟を携えて、同時に飛び出す。

 

 二人の間は数十メートル。一息に詰めることの出来る距離。

 観客は誰もいない、中央広場にいるのは少年二人のみ。

 『はじまりの英雄』と称される少年。

 『アインクラッドの恐怖』と畏怖される少年。

 ただのカーテンコールでは終わらない。彼らの本当の戦いは、これから始まるのだから――――。

 

 

 




 というわけで、Vol.5最終話でございます。みなさん、いかがでしたでしょうか?
 作者的にも、前途多難であるモノでしたので、正直な話しホッとしている現状でございます。
 
 僕らの妖精王がやらかした実験は、いいぞもっとやれ! って読者さんと、それはさすがに引くわ。とドン引きしていた読者さんがいて、奇妙な構図だったと思います。
 これでもマイルドにしているのです。初期は本当に酷かった。うん……。

 両親と邂逅を得て、漸くユーキも丸くなりました。
 まぁ、基本は自分嫌いなヤツなので、丸くなったと言っても角が削られた程度。直ぐに無茶やるし、自分を顧みないやつです。頑張れみんな、超頑張れ。眼を離したら、直ぐに死ぬタイプだぞユーキは!

 ということで、ハチャメチャなVol.5でしたが、まさかのキリトENDで終わり、私もやりたいことの大半はやりました。
 あぁ、次は修羅場だ――――。

 ということで、Vol.6もやります。
 もう少しばかり続くんじゃよ。


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