ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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Vol.0 目覚め前
プロローグ


 

 

 ――――少年は恵まれていた――――。

 

 

 両親は常識ある父と母だった。

 少年が褒められることをすれば全力で褒めてくれるし、少年が悪いことをするものなら全力で怒ってくれる。世間一般で言うところの、常識ある両親だった。

 

 そして両親は世間一般で言うところの名医であった。

 救ってきた人間は数知れず。国内のみならず、ときに外国に行ったり、ときに紛争地域に行ったりと家を開けることが多かった。

 

 加えて少年の家庭は裕福だった。

 東京都世田谷区に住居を構えており、家の外観はいかにも富裕層が暮らしているようなものだった。

 

 更に言えば、両親の周りにはいつも人が集まっていた。

 父の部下や先輩、母の友人や知人。それはまるで慕われているようで、少年も自分のことのように嬉しかったのを覚えている。

 

 人よりも恵まれて少年は育ってきた。

 だが人見知りだった少年は、友人と呼べる人間が少なかった。

 家族ぐるみの付き合いだった幼馴染の二人、一人は一歳年上の少女で、もう一人はだいぶ年が離れてしまっている少女の兄。少年が真に気を許せる人間と言えば、この二人のみ。

 

 少ない、あまりにも狭く少ない交友関係と言えるだろう。しかし少年は満足していた、現状に何も文句などなかった。

 今は少ないが、ゆくゆくは父のように母のように他人に慕われる、立派な人間になるのだ、と。少年は理想を思い描いていた。

 

 

 

 ――――人生というのはいつだって理不尽だ。

 そんな少年の転落人生は始まった――――。

 

 どこにでもいる、どこにでもある、身の上話だ、と少年は思う。

 ――――交通事故。加害者が居眠り運転し、巻き込まれた両親は死亡、少年は奇跡的に生き延びてしまった。

 

 罪を被せる相手も、怒りをぶつける相手も、この世にはいない。加害者は事件から一週間後に自殺したと聞いている。

 

 

 ――あんまりだ。

 

 

 少年は思う。

 

 

 ――ボクのお父さんも、お母さんも悪いことをしていない。

 ――誰よりも人を助けて、誰よりも感謝されてきた。

 ――なのに殺された。相手も死んだ。

 ――自分だけが不幸なんて思い上がるつもりもない。

 ――だけど、これはあんまりじゃないか……。

 

 

 自分だけ、楽に、逃げやがって、と。加害者がこの世にすでにいない。少年の怒りをぶつける矛先がどこにもいない。

 

 

 父と母を慕っていた人間も離れていった。

 そこで初めて、両親が利用されていたことに、少年は気がついた。

 あの二人が他人に囲まれていたのは慕われていたからではない、二人の優しさに甘えていたからなのだ、と。

 

 

 ――寄生虫だ……。

 ――アイツらは皆、寄生虫だったんだ。

 ――ああ、なんて

 

 

 なんて、汚い連中なのだろう、と。

 少年の胸中に渦巻くのは黒い意志。憎悪、憤怒、瞋恚、軽蔑。恨むべき人間もいない、両親に寄生していた虫達も自分の視界から消え失せた。

 ならば少年はどこにこの感情を向けているのか。それはもう世界しかなかった。

 

 理不尽なまでに両親の命を奪い、理不尽なまでに自分を不幸にした世界を、理不尽なまでに呪う。

 自分でもこんなことは、子供の八つ当たり以下だと少年も理解している。だが割り切れるほど、少年の精神は成熟していなかったのだ。

 そうしていると――――。

 

 

「――――――――っ!!」

 

 

 声が聞こえた。

 その声を聞いて、少年はあぁ、そういえば。と何も変わらないモノがあったことを思い出す。

 声の主は少女の声。少年の幼馴染の声であった。

 

 そして、少年――――茅場優希の意識は覚醒した。

 

 


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