ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
2025年5月31日 PM12:05
都内 繁華街
「そう言えば先輩、大丈夫なの?」
昼食も軽く済ませて、とりあえず一通り見て回ろうという詩乃の提案を受け歩いている中でそんな事を言ってきた。
優希は思わず首を傾げる。
何せ主語がない。後輩が何に対して大丈夫なのか聞いているのか、皆目検討がつかなかった。
それも考えること一瞬。
彼女が心配していることを何となく察する。きっと恐らく、先程の優希の状態を心配しているのだろう。
心配してくれるのはありがたいし嬉しい。
だとしても、心配させてしまったということには変わりがなく、優希はどこか居心地悪そうにバツの悪い顔で応える。
「あー……、問題ねぇよ。さっきのはアレだ、気にするな。風邪でもねぇしよ」
「あっ、ごめんなさい。それとは違うの。いいえ、それもそうだけど、違うのよ」
直ぐに訂正してくる後輩の言い分に、ますますわからなくなる。
気分を悪そうにしている優希も心配なのだが、詩乃の言い方だと心配しているのは他にもあるようだ。
優希は思わず首を傾げて。
「何を心配してるんだオマエ?」
「最近、先輩が遊んでるゲームあるじゃない」
「ALOか。それがどうしたよ?」
「大きな大会あるんでしょ? 日にちは確か――――」
「明日だな」
何気なく、極めて軽い口調で“明日”と優希は他人事のように呟いた。
詩乃の言う大きな大会、というのは“統一デュエルトーナメント”に他ならない。
明日、つまりは6月1日。曜日でいうところの日曜日。時間は10時から―――――であると優希は記憶している。
予選を経て、本戦トーナメントを勝ち残り、優勝を賭けて争う。
とは言っても、優希も曖昧なモノだった。
時刻、日にち、試合形式。その程度の情報で、更に言えばそれすらも把握しているかどうか怪しいものである。
もちろん、彼も他人事ではない。
括りで言うのなら参加者だ。優勝を争う側であり、“アインクラッドの恐怖”という知名度だけで言えば、優勝候補の一角として数えられている。
であるのならば、遊んでいる場合ではない筈だろう。というのが詩乃の結論だった。だが――――。
「それとこれと、関係でもあんのか?」
それがどうした、と言わんばかりの口調で言う優希に、詩乃は呆気に取られてしまった。
誘ったは良いものの、詩乃が統一デュエルトーナメントなるモノを知ったのは翌日のこと。
慌ててメールで遊ぶ日にちをずらすことを提案するが「オレは問題なねぇ」と言われ空回りに終わっていまう。
だからだろうか、詩乃は今日まで精神的に落ち着かなかった。
自分のせいで先輩が負けてしまう可能性がある、自分のせいで練習不足となり、自分のせいで先輩が楽しみにしていた大会の成績が残念なことになり―――――自分が嫌われてしまう。
そんなこと、考えただけでもゾッとするというもの。それだけは何としても避けなければならない結果だ。
そのためか、今日という日が楽しみである反面、凄惨な思いも半分といったところであった。
しかしどういうわけか、詩乃が想像していたリアクションと薄い。
何とかなるだろう、と曖昧に濁すものではない。優希の反応、それはまるで参加しないような口調で、あまりにも俯瞰的な視点での言い方である。
大会があること、更にその結果どうなるのか、詩乃が改めて言葉にするのも無理はないだろう。
「関係あるでしょう。私なんかと遊んでたら、先輩負けちゃうわよ?」
「オマエ、ンなこと気にしてたのか」
だと言うのに、優希の反応は変わらない。
ため息を吐くように、優希らしからぬ諦めたような、静観するように第三者であるかのような口調で続ける。
「別に、気にすんなマジで。結果なんざ変わらねぇよ」
「それは、どういうこと?」
「オレ以外の奴が優勝して、それで大会は終了って意味だよ」
「先輩でも勝ち残れないの……?」
どこか唖然とした口調で呟く後輩に対して、呆れ混じりの苦笑いで応じながら。
「オマエの中のオレは、どんだけ強い男なんだよ」
「だって――――ッ!」
そこまで言うと、詩乃は言い淀んだ。これ以上口にするのは恥ずかしく、自分が好意を抱いているのがバレてしまうと思ったからこその緊急回避。
だが事実、詩乃は優希ほどの“強い人間”を知らなかった。
周りが敵だらけになろうと自分の主張を押し通し、弱き者に手を伸ばしてしまう正義の味方。自分よりも強かろうが、数が多かろうが関係がない。愚直とまでとれる彼の行動に、どれだけの人間が救われたことか詩乃にはわからない。きっと多くの人間を救ったことだろう。現に彼女自身も救われた人間なのだから。
そんな彼を“強い人間”と言わずに何というのか、詩乃には思いつかない。他人が無視し救わないモノを無視せずに救い、大半の連中が虐げる者に味方する中で敢えて弱き者に味方し叛逆する。それこそが、朝田詩乃からみた茅場優希であった。
そんな強者が負けると断言する事実。
詩乃には理解が出来ない。いいや、理解しようとしないと言った方が正しいのかもしれない。
傷ついてでも自分を守ってくれた先輩が負ける筈がない。無意識の中で優希に依存している彼女は、これまた無意識で理解を拒んでいた。
故に、彼女は食い下がらない。
むしろどこかムキになっている様子で、優希の言葉を否定するように。
「先輩が負けるわけないわよ」
「本人よりも自信満々ってどういうことよ。つか、断言する根拠あんのかオマエ?」
「だって、その……。有名な人なんでしょ、先輩って」
「有名、ねぇ。それ誰から聞いた?」
「妹ちゃん」
妹ちゃん。それはつまるところの、優希の義妹に他ならない。
事実、優希が意識不明の際は詩乃は木綿季から、自分の兄がどれほど凄かったのか聞かされている。それはもう、根掘り葉掘りである。
本来であれば、数十人がかりで挑むべきフロアボスを単騎で攻略。しかもそれを何回も何十回も繰り返してきた規格外。思考すら存在しないモンスターすらも恐怖し道を開ける怪物。畏怖を抱きながらいつしか彼は――――アインクラッドの恐怖と呼ばれるほどになっていた。
彼の行動は正に奇蹟。人の領分を超えた偉業であることは確かである。
それだというのに、優希はそれを誇らない。むしろどこかバツの悪そうに、居心地悪そうに。
「まぁ、有名と言えば有名だろうな。それは悪い意味でだが」
「どういうこと?」
「簡単なハナシだ。今もオレは阿呆だが、あの頃のオレはもっと阿呆だった」
自嘲するように口元を歪めて、遠い目をしながら優希は語る。
「一人で我武者羅に、独り善がりの理由で剣を取って、前に進んでいるつもりだった。だが違った。オレは進んでいたわけじゃない、周りを見ずに剣を振り回している、ただのガキだった」
「暴れ回ったってこと?」
「まぁ、似たようなモンさ。いつの間にかアインクラッドの恐怖とか呼ばれてたがよ、ンなもんオレからしてみたら迷惑なもんだ。何せソレは、オレが間違った行動していたから呼ばれるようになったモノだからな」
口調はあくまで小馬鹿にするそれだった。
自分自身を貶す、じぶんという存在に価値を見出だせない、いつも通りといえばいつも通りの茅場優希の口調。
だが――――。
「だけどよ、ロクでなしのオレだけどよ、仲間だって言ってくれる奴らがいた。独りで突っ走るオレを追いかけて、追い付いて、それは間違ってるってぶん殴って、説教してくれる奴らがいた」
――――その表情は、詩乃には見たことがない表情だった。
何か眩しいものを見るように、尊い者を見るような、極めて暖かい、慈愛に満ちたそれ。
いつも険しく、剣呑な、神経を研ぎ澄ませていた優希とは違う。憑き物が落ちたと言うべきか、歳相応で皮肉など一切存在しない笑みを口元に浮かべて続ける。
「強いって言うのならソイツらさ。ソイツらの強さに比べたら、オレなんざ小物も良い所だ」
「……そう」
小さく、極めて静かに、詩乃は呟いて。
「やっぱり先輩、変わったわね」
「変わらねぇよ。オレは馬鹿のままだ」
「ううん、変わったわよ」
何せ、以前の茅場優希ならば、今のような穏やかな表情はしなかった。
どこか危なかしく、自分という存在を度外視にし行動する。それが僅かではあるが、自分という存在が確かに彼の中には存在している。
恐らく。いいや、絶対。
彼を変えたのは、彼の言う“ソイツら”なのだろう。
そして“ソイツら”の中に、彼の幼馴染もいるのだろう。
詩乃では出来なかった。
彼の後ろ姿を目で追うのが精一杯だったことを“ソイツら”なる人物は――――結城明日奈はやり遂げてしまった。
もちろん、優希の変化は喜ばしいことだ。
それは本心であるし、偽りのない詩乃の感情である。
だが同時に負の感情が。自分では出来なかった事を、明日奈が成し遂げた事に対する感情が――――嫉妬がふつふつと湧き上がるのも嘘ではなかった。
思えばこの時からかもしれない。
詩乃が茅場優希を変えた世界――――仮想世界に興味を持ち始めたのは――――。