ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 ~べるせるく・おふらいん~

キリト「米俵が届いたから台所まで運ぼうとしたら、思ったより重かった…気合を入れて持ったらバックドロップみたいな感じで頭から落ちた」
リズ「お米は大丈夫?」
アスナ「お米は丁寧に扱わないとダメだよ?」
キリト「米以外の心配もしてくれよ…」
ユーキ「あぁ、床は大丈夫なんか?」


第10話 後輩とのデート ~終焔編~

 2025年5月31日 PM17:20

 アーケード街

 

 

 茅場優希と朝田詩乃は見慣れたアーケード街を歩いていてた。

 右を見れば子供連れの主婦の姿、左を見れば仕事帰りのサラリーマン、そして空を見上げれば赤く染まった空――――夕焼けが目の前に広がっている。

 

 見慣れた、というのは比喩などではなく事実である。

 何せここは詩乃のアパート近くにあるアーケード街。詩乃はもちろんであるが、優希もこうして何度か彼女と共に訪れており、どこに何の店があるかまで把握している。

 やはり休日ということもあってか人通りが多く、いつもよりも子供が目立っている。恐らく、友達同士で遊んでおり、その帰りなのだろう。

 友達同士で遊び、帰宅するには良い時間になったので、肩を並べて帰路につく。

 そう考えれば、優希達も似たようなものと言える。

 

 

「……悪いな」

 

 

 言葉の通り、優希は本当に申し訳無さそうな表情を浮かべながら謝罪した。

 その対象とはもちろん詩乃に対してだろう。当の本人である彼女は、何故謝られたのかわかっていないようだ。現に首を傾げて、不思議そうな顔で応対する。

 

 

「どうして先輩が謝るのよ?」

「なんつーか、オレのワガママで早めに切り上げちまってよ」

 

 

 確かに年頃の彼らとしては、早めの帰路と言えるのかもしれない。

 何せ彼らは学生、まだまだ遊び盛りの男女である。それが日も暮れていないうちに帰宅するために歩を進めるのは、これまた不思議ななものだった。

 

 原因としては、本人が言ったとおりに受け取るのであれば優希にあるのだろう。

 対する詩乃は特に気にすることなく、片手を軽く振る。気にしないでと言わんばかりに、謝罪自体を拒否するように少しだけ慌てながら。

 

 

「仕方ないわよ。妹ちゃんのご飯作らないとならないのでしょう?」

 

 

 妹ちゃん。

 それは優希の義妹を指す言葉であり、対象は紺野木綿季という少女に向けられていた。

 

 詩乃も何度も顔を合わせたことがある少女。

 それはSAOがクリアされたにも関わらず、優希が目覚めないときの話だ。兄が意識不明だというのに明るく振る舞い、健気に毎日欠かさず見舞いに訪れていた。

 自分は目覚めて兄は目覚めない。詩乃には感じることのなかった、違う意味での不安もあったことだろう。しかしそれを感じさせない、いいや、感じさせないように爛漫に振る舞う木綿季に詩乃は少なからず好印象を感じていた。

 

 話してみれば、やはりと言うべきか。

 人当たりが良く、話していて楽しければ、同性から見ても木綿季は可愛く見えた。

 容姿もさることながら、真に木綿季が可愛らしいのは外面だけが理由ではない。こちらの話に、良い意味でいちいち反応し、喜怒哀楽がハッキリしている。それが木綿季を可愛らしく見せているのだろう。

 そう考えたら、詩乃と木綿季は正反対なのかもしれない。別け隔てなく優しい木綿季に対して、詩乃は基本茅場優希にしか興味を抱かない。ありとあらゆるモノに興味が尽きず、自分の周りに色々なモノで世界を形成させている木綿季に対し、詩乃の世界は自分と茅場優希のみで形成されている。

 

 それでも、詩乃と木綿季は衝突しなかった。

 寧ろどこか木綿季に対して、心を開いている節すらあるあたり、木綿季のコミュニケーション能力の凄まじさがわかるというもの。

 

 詩乃が、仕方ない、と言うのもそれが理由だ。

 優希を困らせたくないのと同じくらい、木綿季に辛い思いをしてほしくない、という気持ちがあったからこそ。

 

 

「それにしても、先輩って料理出来たのね」

「ンだよ、意外だっていうのか?」

「あら自覚はあるのね?」

 

 

 唇を尖らせて拗ねた口調で言う優希が微笑ましかったのか、クスクスと楽しそうに笑みを浮かべて詩乃は続けて。

 

 

「でも先輩って、寮生活でしょ? 寮でご飯とか出ないの?」

「出るには出るぞ。それもかなりのモンだ」

「それなのに先輩が作ってるの?」

「妹が作れ作れってうるせぇからな。仕方なくだよ仕方なく」

 

 

 気怠そうな口ぶりであるものの、その声色に毒気もなければ悪気もない。

 もしかしたらではあるが、誰かに料理を振る舞うという行為自体、優希は悪い気はしないのかもしれない。かと言って、それを聞けば「ンなわけねぇだろ、面倒くせぇ」と光速で否定してくるだろう。

 

 だからこそ、詩乃は妄想することにした。

 長机を目の前に座っている自分。

 執事服を着た先輩に料理を振る舞われて、優雅に紅茶を淹れて、ニッコリ微笑む。

 そこまで考えて。

 

 

「悪くない。むしろイイ……」

「何がだよ?」

 

 

 容赦のないツッコミを受けて、詩乃は正気を取り戻したようだ。

 ブンブン、と勢いよく妄想を弾き飛ばして、悟らせない為にも話題を戻すことにする。

 

 

「そ、それなら直ぐに帰ってあげた方が妹ちゃん喜ぶんじゃない?」

「バカ、オマエ。そう言うわけにはいかねぇだろ」

 

 

 それは何故か、と詩乃は首をかしげる。

 木綿季は彼の作るご飯を待っているし、兄のことが大好きなのは誰が見ても明らかだ。ならば一分一秒速く帰宅したほうが喜ぶに決まっている。少なくとも自分が木綿季の立場なら喜ぶどころの話しではないだろう、と詩乃は結論付ける。

 まるで敬愛する彼によく似た考え。自分という存在を度外視した思考。

 

 それを知ってか知らずか、優希は深くため息を吐くと。

 

 

「最近、何かと物騒だろうが。年頃の娘を一人で帰すとかどうかしてんだろ」

 

 

 それに、と言葉を区切り。

 

 

「オマエなら尚更だ」

「そ、それはどういう意味?」

 

 

 トクン、と心臓が一際大きく高鳴るのを詩乃は感じる。

 オマエなら尚更。それは、朝田詩乃であれば余計一人で帰すわけにはいかないという意味に他ならない。つまるところの――――特別視。優希の中の優先順位が、詩乃がいま正にトップに君臨しているということだ。

 

 それはもしかしたら、もしかしするかもしれない。

 どこでそうなったかわからないが、もしかしするかもしれない。

 先輩は自分に――――。

 

 と、そこまで考えて。

 

 

「オマエ最近、妙なヤツに絡まれてたろ」

「――――――――」

 

 

 現実はそこまで甘くないことを思い知らされた。

 優希は詩乃のことが好きであるから特別視していたわけではない。実害が――――遠藤という女子生徒に絡まれていたところを見ていたからこそ、心配しこうやって送っているのだった。

 

 とは言っても、心配してくれるのは詩乃から考えたら嬉しい。

 嬉しいのだが、どこか期待していたのもあってか、気分が消沈するのもまた事実である。

 

 

「また絡まれるとも限らねぇ……どうした?」

「いいえ、何でも。なんでもないわ……」

「??」

 

 

 ガックリと、大きく肩を下げる後輩にいまいち理解出来ない先輩が一人。

 どの辺りでそんなリアクションを取られる理由があるのか少しだけ考えるが、本人が大丈夫と言ったのだから反省は一先ず置いておくことにした。

 

 

「まぁ、何でもいいけどよ。アレからどうなんだ?」

「どうって?」

「絡まれたりしてんのオマエ?」

 

 

 どこかぶっきらぼうに問いを投げられ、立ち直った詩乃は言うか言うまいか一瞬だけ考えて。

 

 

「さぁ?」

「何だ、さぁ、って……」

「だって彼女達、最近学校に来てないもの」

「そうなのか?」

 

 

 えぇ、とどうでもよさそうに、本当に興味がない様子で詩乃は頷いて続ける。

 

 

「プライド傷つけられて、学校に居づらくなったかもしれないわね」

「そんなもんかねぇ? オレとオマエでちょっとタテついただけじゃねぇか」

「結構、学校じゃ幅利かせてたみたいだから。先輩はともかく、私に歯向かわれて恥ずかしくなったんじゃないの?」

 

 

 おかげで学校じゃ私は腫れ物扱いよ、と肩を竦めてボヤいて。

 

 

「静かになって好都合だけどね。どうでもいい人達は寄ってこないし」

「……そうか」

「えぇ、そうよ」

 

 

 優希も思うところはある。

 彼女が言う好都合というのは、本心なのだろう。他人に気を使わないで済む、些細なことに心を乱さずに、ある意味で平穏な生活を謳歌していると言えるのかもしれない。

 だがそこまでだ。傷つかないことを選択した代償は停滞でしかありえず、それ以上の成長など望まれるわけがない。

 

 必要最低限の繋がりで、他者との繋がりを得ようとしない詩乃を見て、優希は苦言を漏らそうと考えた。

 だが、いくら言ったところで、本人の意志が変わらない限り意味がないと判断する。意識とはそういうものだ。心から欲しない限り、何も生まれないし何も生み出さない。

 何かきっかけがアレば簡単なんだけどな、とどうしたものか考えながら。

 

 

「まぁ、何だ。何かあったら言えよな?」

「えぇ、ありがとう、と……」

 

 

 そこまで言うと詩乃は立ち止まった。

 いいや、詩乃だけではない。優希も同じタイミングで、とあるアパートの前でバラバラだった歩幅が一斉に立ち止まることとなった。

 

 ここは詩乃の住んでいるアパート。

 そして、その場所に着いたということは――――別れを意味していた。

 

 これで最後というわけではない。

 優希の空いている時間を確認して、誘えばいいだけのことだ。だがそれでも、別れ際のときは、正にいまこの状況は、詩乃にとって寂しいものには変わりない。

 

 彼女の表情に影が落ちる。

 もっと一緒にいたいと言えば、彼は悩んでくれることだろう。困った顔で、一生懸命考えてくれることだろう。

 それは嬉しいことだ。だがそれ以上に、想い人を困らせるようなことはしたくない。だから身を引く。木綿季も待っていることだし、これ以上自分に時間を使うのは彼に悪いという考えから。

 

 だが。

 

 

「……ほら」

「――――え?」

 

 

 優希は何かを、詩乃に手渡した。

 それは小さい箱。水色の小さい箱に、小さいリボンがラッピングされ、綺麗に梱包されていた。

 

 これは何なのか。そう尋ねる前に、優希はプイッとそっぽ向いて口を開く。

 

 

「すっぽかしてた詫びだ。いらなくても受け取れや」

「先輩が、買ってくれたの……?」

 

 

 呆然、と。

 眼を丸くさせて詩乃は言う。

 

 優希は既に歩みを進めていた。

 その場にいるのが耐えられないように、どこか気恥ずかしそうに、少しだけ照れくさそうな口調で。

 

 

「……おう。多分、オマエが欲しがってたもん、だと思う……」

 

 

 小さい声でそう呟くと、優希は立ち止まることなく進む。

 

 詩乃も思考が追いつかない。

 きっと歓喜極まって、脳内がオーバーヒートしているのだろう。眼をパチクリさせて、未だに事の状況を把握並びに処理しきれていなかった。

 それでも、だとしても、伝えねばならない言葉ある。

 

 

「せ、先輩!」

「あ?」

 

 

 優希は立ち止まる。

 同時に詩乃はギュッと大事そうに渡された水色の小さな箱を胸に抱き、満面の笑みで。

 

 

「――――ありがとう!」

「――――――――」

 

 

 それを聞いて、若干、ピクリと優希の肩が揺れた。

 振り向きかけるも、すぐに再び歩みを始めて――――。

 

 

「――――おう」

 

 

 片手を軽く上げて、ヒラヒラと手を降って、応じるのであった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな素直ではない先輩の背中を見送って、詩乃は呆然とした様子で自分の部屋に戻る。

 どこか地に足が着いていない様子なのは気の所為ではないだろう。まるで現実味がなく、夢の中にいるような錯覚に彼女は陥っていた。

 自分では気付いていないようだが、朝田詩乃は舞いに舞い上がっていた。フワフワと、ポーッとしながら、先程の光景を脳内に焼き付いていく。それでも両手に大事そうに、優希から渡された小包を抱き抱えている辺り、流石と言うべきなのかもしれない。

 

 無意識に履いていたロングブーツを脱ぎ、部屋の中に入ると同時にバックを床に落とす。中身は少し散らかってしまうが、そんなものに意識は向いていなかった。

 フラフラと吸い込まれるように、リビングに設置されているベッドに腰掛けて、か細い声で事実だけを口にする。

 

 

「先輩が、私に、プレゼント……」

 

 

 そこまで言うと、新たな疑問が浮かんでくる。彼は一体何を自分にくれたのかということ。

 むしろ遅いくらいだろう。それほどまでに、彼女は満足していたのだ。先輩が自分に何かをプレゼントしてくれたという、揺るぎない真実であり事実に、詩乃は幸せを噛み締めていた。むしろ今までかろうじて取り繕い、ギリギリの理性で優希に礼を言えていた状態だったのは称賛に値する。

 

 詩乃は歓喜に震える手で、丁寧に梱包を開け始める。

 本来そんなもの関係なしに、ビリビリ破くところではある。それを鑑みるに、このプレゼントは詩乃にとってウェイトを占めているということがわかる。

 

 そうして時間を掛けて、丁寧すぎるほど丁寧に、慎重すぎるほど慎重に開封し、漸く中身のものを取り出した。

 

 

「これ、って……!」

 

 

 それはアクセサリー。耳につけるタイプのもので、刺すピアスとも違う。世間一般的に、イヤリングに該当するモノだ。

 何の変哲もないシルバーアクセサリー。飾りっ気がなく、三日月の形を模したモノだった。

 

 そして詩乃は、これに見覚えがある。

 どういうわけか心惹かれた。それも件の大型雑貨店で眼にしたものであった。

 思い出すのは先程言っていた優希の言葉。

 

 ――――……おう。多分、オマエが欲しがってたもん、だと思う……――――。

 

 それはつまり、そういうことなのだろう。

 この変哲もないシルバーの三日月を模したイヤリングが梱包されていたということは――――。

 

 

「先輩、私のこと見てくれていたんだ……」

 

 

 でなければ、これが詩乃の手元にある筈がない。

 詩乃が何に注目し、何を欲し、何に手を伸ばしかけていたのか理解した上で、優希は彼女にプレゼントしたのだろう。

 

 

「――――――――っ!」

 

 

 口をギュッと閉ざし、ベッドに身体を預ける。うつ伏せに寝っ転がり、バタバタと両足をバタつかせる。その間しっかりとイヤリングは手放さず、両手で握りしめる。

 今、彼女だ抱いている気持ち。それを言葉にするのは難しいだろう。胸が暖かくなり、気持ちが昂ぶり、胸の鼓動が忙しなく鼓動する。

 

 それでも何とか詩乃は言語化しようと試みた。

 どうにかして言葉にしないと、最低限のガス抜きをしないと、自分が幸せ過ぎて爆発してしまうと思ったから。

 

 ベッドに顔を埋めて、放たれた声はか細い。

 震える声は頼りなく、それでもせいいっぱいの感情を健気に、そして情けない声色で紡がれた――――。

 

 

「もぅ、好きぃ……」

 

 

 




 これにて後輩とのデートは終わりです。
 疲れた。戦闘描写よりも疲れた!
 そして優希はモゲれば良いと思います。だからもっと痛めつけるべきだったんだっ!(過激派)

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