ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第1話 わたしの幼馴染は捻くれ者

 PM17:30 とある私立中学校 保健室

 

 

 ――薬品の匂いがする。

 

 

 少年――――茅場優希が覚醒し、まず最初に漏らした感想がそれだった。

 身体を預けていたベッドから上半身を起こすと、目の前の視界には白いカーテン。それがベッドの周囲を囲っている。

 

 

 ――そうか。

 ――オレは寝てたのか。

 

 

 ぼんやり、と。

 寝ぼけながら優希は瞼をこすりながら再び上半身をベッドに預ける。

 自分がどこにいたのか、すぐに思い出せないくらいぐっすり寝ていたのに、どうして起きたのか。そんな疑問を持ちながら二度寝しようと試みるも――――。

 

 

「おー!はー!よー!うー!」

「――――ぬぁ!?」

 

 

 沈みかけた意識をすぐに現実に引き上げて、声のした方向へと視線を向ける。

 そこには腕を組んでいる不機嫌そうな顔をした制服を着た女子中学生の姿。綺麗な長い栗色の髪の毛。それだけ見ればよく手入れされていることがわかる。容姿も可愛い部類であることは間違いないのだが、今はどこか不貞腐れているためか三割ほど損している印象である。

 

 目を丸くさせている少年に、自分の存在を認識してもらえた。それが嬉しいのか、はたまた寝ていた少年に対する嫌味としてなのか、制服を着た女子中学生――――結城明日奈は満面の笑みで口を開く。

 

 

「おはよう」

「おはようございます、明日奈さん」

 

 

 優希も負けじとニッコリと笑みを作る。

 そして笑顔で睨み合う両者。先に折れたのは明日奈だった。彼女はすぐに笑顔という仮面を外して、ジト目で優希を少し睨みつけて。

 

 

「わたし達の他に誰もいないよ?」

「――――ンだよ、それ早く言えよ」

 

 

 ガラリと口調も態度も表情も変わる。

 満面の笑みから、どこか死んだような眼つきに。黄金のオーラから、灰色のオーラに。朗々とした口調から、粗暴な口調に、劇的に変化していく。

 それを目の当たりにしても、明日奈は動じない。むしろ感心するかのように。

 

 

「相変わらず凄いね。君の猫かぶり」

「うるせぇよ。つーか、ホントにいないんだろうな?オレ達以外」

「うん、いないよ。わたしと優希君だけだよ」

 

 

 それを聞くと「そうか」と返すと、優希は再び睡眠を貪ろうとするも、それを明日奈が許さない。

 肩を揺らして断固阻止の構えである。

 

 

「駄目だってー! 起きなさい!」

「うるせぇなぁ! 先生には寝ても良いって許可とってあるしいいだろうがよ!」

「何重にも猫被った結果の許可でしょ! 下校時間なんだから早く帰らないと!」

「ケッ、甘ちゃんが」

「何か言った?」

「いいえ、何も。優等生は言うことが違うって言っただけですが?」

 

 

 軽口を叩くと、面倒くさそうに今度こそ優希はベッドから降りる。

 だが明日奈は待って、と声をかけると懐から手鏡を取り出して、優希に差し出した。

 

 

「寝癖付いてるよ?」

「ん、あんがと」

 

 

 受け取り、自分の顔を映し出す。

 

 眼は空のような蒼色、目鼻はくっきりしており中性的に見られそうな容姿をしている。見ようによっては容姿が整っているが、眼つきが悪すぎてそれが何もかもを台無しにしてしまっている。

 頭髪はプラチナブロンド。長さは肩まで伸びており男性として考えたら長いほうだろう。染めておらず地毛であることから、どこかの国のクォーターのようである。

 

 

「んー? んー……?」

 

 

 手鏡とにらめっこをしている優希が見ていられなくなったのか、明日奈はカバンから櫛を取り出して。

 

 

「ジッとしてて」

「自分でやっからいい」

「いいから」

「……ん」

 

 

 不満そうな顔で、明日奈にされるがままに従う。その様からは借りてきた猫をブラッシングするような印象を見受けられる。

 これが初めてではないのか、彼女はどこか慣れた手つきで優希の肩まである髪の毛を梳かしていく。

 

 数分後。

 

 

「よし、出来たよ!」

「……どうも、あんがと」

 

 

 消え入りそうな声で礼を言われたのにも関わらず、明日奈は耳聡くその言葉を拾い上げて応える。

 先ほどとは違う作られた笑みではなく、心から溢れた感情で満面の笑みで。

 

 

「えへへ、どういたしまして!」

「…………」

 

 

 人間はこんな綺麗な笑顔を作れるのか、と。

 優希は不覚にも幼馴染に見惚れてしまう。しかしそれをすぐに気のせいだ、と切り捨てると。

 

 

「チッ」

 

 

 不機嫌そうな舌打ちで、照れ臭そうに視線を泳がせるのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 数分後 とある私立中学校校門前

 

 

 優希達が通っている学校は共学の私立学校だ。

 敷地面積も中々広いもので、勉学に重きを置いている進学校である。交通利便性が多様で、少し歩けば娯楽施設も豊富なこともあり東京近郊の人間にとっては在宅で通える中学校として、近年人気が高まり始めている。

 

 だが、入学条件が極めて厳しい。適切な学習カリキュラム体制から裏付けられた学力偏差値を誇る進学校。

 名門校への脅威の合格率はもちろん、有名な著名人も多数排出している。正に、この中学校に入学したものなら、その人間はエリートといっても良いだろう。それくらいの箔がついてしまうのだ。

 

 

「茅場君! ばいばーい!!」

「茅場ー! 明日勉強教えてくれー!」

「茅場さーん! いつ部活助っ人に来てくれるんですかー!?」

 

 

 校舎から出て、優希と明日奈を見かけた生徒が数人声をかけてくる。

 話しかけてくる生徒は多種多様、大人しめの生徒であったり、活発そうな女子生徒であったり、体格が恵まれている体育会系の男子生徒であったりと様々である。

 

 優希はそれを律儀に受け答えしていく。

 そして笑顔と言う名の仮面を被り、人の良さそうに手を振りながら。

 

 

「それじゃね、みんな! また明日学校で会おうね!」

 

 

 そう言うと、校門を出てしばらく歩き、住宅街に着くと呟いた。

 

 

「あー、疲れる」

「やめればいいのに」

 

 

 クスクス、と面白いものをみたような笑みを浮かべる明日奈に、優希はうんざりしたような口調で応えた。

 

 

「やめねぇよ。人付き合いを円滑に進めるのに重要だしな」

「猫かぶるのが?」

「そう、猫をかぶるのが」

 

 

 それを聞いて、明日奈はどこか面白くなさそうな声色で感想を漏らす。

 

 

「そんなに重要かなぁ?」

「重要だっつーの。適当に話を聞いて相槌打って、すごーいとか言っていけば騙されてくれるしな」

「悪い人だ。ここに悪い人がいる……」

「どこがだよ。相手はつまんねぇ優越感に浸れる、オレは人脈が増える。お互いWIN-WINだろ。誰も不幸にならねぇし」

 

 

 ケケケ、とどこか邪悪に笑う幼馴染を見て、明日奈は心配になってくる。この少年、そのうち刺されるのではないか?とさえ想像してしまう。

 

 

 ――最近物騒だしなぁ。

 ――朝、幼馴染の家に行けば血だらけで倒れていた。

 ――冗談じゃないよね。

 

 

 想像力が豊かなのか、鮮明に明日奈は想像する。

 朝、床に倒れているのは茅場優希の死体。刺されて時間が経っているのか血は固まっており、数分床に倒れながらもがいたのか、血が薄くのびている。

 

 

「――――っ!」

「なに震えてんのオマエ?」

 

 

 寒いのか?と、急に立ち止まった明日奈の心情を読み取れない優希は的外れな心配をしているが、明日奈はこれを華麗にスルー。

 どこか彼女は決意に燃えている眼つきに変わっていた。

 

 

 ――わたしの方が年上だし、お姉さんだし、しっかり守らなくちゃ!

「オマエ、なんか失礼なこと考えてただろ?」

「ふぇ?」

 

 

 明日奈の決意を今度こそ察知すると、優希は余計なお世話だと言わんばかりに明日奈の両頬を両手で引っ張る。

 

 

「何を妄想してたこの野郎」

「ひたいひたい! 頬をひっぱらないでぇー……!」

「なら下らねぇこと妄想してんじゃねぇよ」

 

 

 何度か両頬をこねくり回して、ようやく拘束から開放される。

 彼女は両手で頬を撫でながら、何でこんなことをされたのかわからない、と戸惑いながらも口を開く。

 

 

「だ、だって優希君刺されるし、わたし年上だし、お姉さんだし、守らなきゃだし……」

「意味がわからねぇよ……」

 

 

 いきなり意味不明なことをポツリポツリと呟き出した幼馴染を冷ややかな眼で見ると、優希は再び歩き出す。

 

 

 ――意味がわからん。

 ――何でオレが刺されるんだ?

 ――急に立ち止まるから何事かと思った。

 

 

 心配して損した、と心の中で愚痴る。

 

 

「そ、それにしても本当に凄いよね。あぁまで行くと、変身みたいな感じだもん」

 

 

 いきなり歩き出した優希に追いつくために慌てて追いかけながら、明日奈がそんなことを言い出した。

 主語が抜けているが、大方先程の猫かぶりのことを言っているのだろう、と優希は結論付けて応える。

 

 

「オマエだって他人に愛想振りまいてんじゃん」

「わたしは優希君みたいに色々考えてないもん」

 

 

 そう言うと明日奈は続けて、自分の疑問を問いかけた。

 

 

「前から疑問に思ってたんだけどさ、どうして皆の前になると態度変えるの?」

「あぁ?」

 

 

 そんなものは問われるまでもない。これからの茅場優希の未来のためだ。

 これは出来る限り味方を作るための訓練。社会に出て、愛想よく振る舞い、世間一般で言うところの良い人間を演じるための練習である。

 聞き手側に常に徹して、親身に聞いているように錯覚させるために相槌をうち、相手に優越感を覚えさせる。そうすれば自然と相手から自分に対する評価は良くなり可愛がられる。結果的に味方が増える。

 

 そうして出世し、ゆくゆくは誰にも負けない大金持ちになる。世界から弾き出された者がなし得るからこそ、意味がある。

 天国から地獄へと叩き落とされた茅場優希からの世界への復讐、善良な両親が死に救いようがない悪党が生き残る。そんな不平等がまかり通るシステムへの叛逆。

 

 

 ――そうだ。

 ――こんなクソッタレな世界でオレは誰にも負けない勝ち組になってやる。

 ――それが出来たら、オレが生きた意味が生まれる。

 ――オレだけが生き残った意味が生まれるんだ。

 

 

「……優希君?」

「っ! あ、あぁ。何だっけ?」

 

 

 迂闊。

 いつの間にか黙ってしまった優希の顔を覗き込むようにして、明日奈が見上げている。

 すぐに優希は気持ちを切り替えて、黒い感情を心にしまい込む。

 この復讐劇に明日奈は関係ない。何よりこんな汚い感情を持っている自分を見てほしくなかった。

 

 

「だからー、君が態度を変える理由だよ」

「別に理由なんてねぇよ」

「本当にー?」

 

 

 ジーっとどこか見透かすように、眼を細めながら言う明日奈に目を逸らしながら、優希は話を変える。

 

 

「んなことより、今日はどうすんだ? 家によってくのか?」

「んー、お邪魔しようかな?」

 

 

 悟られる訳にはいかない。

 結城明日奈だけには悟られるわけにはいかないのだ。

 

 

 ――そうだ。

 ――コイツだけは汚しちゃならねぇ。

 ――何もかもを失って腐ったオレに、変わらずに接してくれたコイツだけは。

 ――汚しちゃならねぇんだ。

 

 

 本来隣にいることすら、痴がましいことだと優希は思う。

 まともに直視すると、眩しすぎる錯覚に陥るくらい、茅場優希から見た結城明日奈は輝いて見えた。

 

 

 ――コイツだけは本当に変わらねぇ。

 ――嫌ってほど真っ直ぐで、憎らしいほど眩しい。

 

 

 明日奈は嬉しそうに優希の手を引く。

 そして笑顔で、作られていない笑顔で、明日奈は優希に向かって。

 

 

「ほら、早く行こ!」

「……へいへい。わかったから引っ張んな、ウゼぇから」

 

 

 茅場優希にとって、結城明日奈は、光だった――――

 

 

 

 現在2022年8月21日――。

 運命の日まであと――――。

 




→茅場優希
 主人公。
 凄い猫被りマン。何重にも着込んでいる。
 腹黒スイッチ(幼馴染命名)なるもの装備している。

→結城明日奈
 幼馴染。
 年上だけど、一向にお姉ちゃん呼ばわりされないのが悩み

→猫被り
 優希の標準スキル。
 めっちゃ疲れる。

→腹黒い
 優希の標準スキル。
 今日も元気だ、ケケケと笑う。

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