ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 試験的にアンケートなるものをやってみました。
 あとがきにありますので、よければご参加お願いします!


幕 間 その頃の優勝者

 2025年6月2日 PM16:50

 帰還者学校 教室

 

 朝から大変な目にあった。

 紺野木綿季の率直な感想でいえばそのとおりなのだろう。

 

 なにせ彼女は、先日まで騒がれていた『統一デュエルトーナメント』の初代優勝者だ。

 小柄ながら自身よりも体躯が良いプレイヤーたちを切り伏せる。型はなく無手勝流な剣であるものの、無様に我武者羅に剣を振り回しているわけではない。その姿はまるで踊るようであり、片手剣を振るう姿は舞踊。素人から見ても彼女の剣は完成の域に達していた。

 

 様々な優勝候補を打ち倒した。

 “はじまりの英雄”“紅閃”“ALO最強の将軍”そして“アインクラッドの恐怖”。

 それらの並み居る強豪の頂点に君臨することになった女剣士。それこそが“絶剣”と呼ばれる彼女――――ユウキというプレイヤーであった。

 

 もちろん、彼女もSAOでは攻略組であり、最強の剣士の一角として名を馳せていた。

 しかしここに来て、彼女の知名度は大爆発。VRMMOをやっている人間はもちろん、プレイしていない人間ですら耳にしたことが有るほどの知名度となっていた。

 

 そんな事もあって、木綿季は朝から大忙し。

 帰還者学校に登校したと思ったら、見ず知らずの生徒には握手を求められ、見ず知らずの生徒に写真は撮られ、見ず知らずの生徒に連絡先を聞かれる始末。

 このまま大混乱になりかけたところに、彼女の兄が現れ周囲を黙らせたのは記憶に新しい。

 

 それ以降、声をかけられることはなくなったものの、木綿季は居心地が悪かった。

 常に誰かに見られているような感覚が彼女に付き纏う。自意識過剰で済ませることは簡単であるが、実際問題そのとおりなのだから的を得ている。

 今の木綿季はその辺りのアイドルよりも注目されており、下手な行動をしたものならSNSに書き込まれかねない。それほどまでに、木綿季は今や注目の的となっていた。

 

 そして漸く放課後。

 息の詰まりそうな状況をやっと脱し、力無く彼女は机に顔を伏していた。

 

 

「あー」

 

 

 力のない声。

 全ての気力を使い果たしたかのように、木綿季はただひたすらに脱力していた。

 

 

「木綿季、大丈夫?」

 

 

 そこへ声を掛ける一人の女子生徒が一人。

 彼女もまた小柄であり、両サイドで止められた髪型は、幼さの残る彼女にとても似合ってとても可愛らしい。

 

 木綿季はだらけたまま、顔だけ女子生徒の方へ向けて力無く笑みを浮かべて応じた。

 

 

「あっ、シリカー。お疲れ様ー」

「木綿季の方が疲れてると思うなーって……」

 

 

 あはは、と乾いた笑みを浮かべるシリカと呼ばれた少女――――綾野珪子に、木綿季は口をとがらせて。

 

 

「本当に参ったよー。優勝しただけなのに騒ぎ過ぎじゃない?」

「その優勝したのが凄いから、みんな騒いでるんだと思うなーあたし」

 

 

 そうかなー、と小さく首を傾げ未だに自覚のない友人に向けて、珪子はクスクスと小さい笑みを浮かべて。

 

 

「木綿季は凄いよ? だってALOで一番強い女の子なんだもん。憧れちゃうよー」

「一番強い、かなー……?」

「……何かあったの?」

 

 

 どうも歯切れ悪い。

 統一デュエルトーナメントで優勝したのだから一番強い筈であり、それは胸を張って自慢していい称号であるし、もっと堂々としても良いだろう。

 少なくとも珪子から見れば偉業と言える。それを同年代の友達が達成したのだから、誇らしくもあり、尊敬するというものだ。

 

 だが木綿季の反応は違う。

 どこか後ろめたそうに、不服そうに、何よりも彼女自身が納得していない様子だ。

 決して優勝者の顔に出るものではない表情を、木綿季は現在も浮かべている。そのまま、彼女は口を開く。

 

 

「ボクよりも強い人、いっぱいいるからさー」

「木綿季よりも強い人?」

 

 

 そうそう、と頷く友人を見て珪子はそんな人いるのか、と疑問を浮かべる。

 贔屓目なしで見ても、紺野木綿季が操るユウキは常識を逸脱しているほどの強さを持っている。いいや、強いというよりも上手いと言った方が正しいのかもしれない。プレイヤースキルはもちろん、身体運びから、反応する速度も桁外れ、勝負に対する嗅覚の天性のもの。正に剣士として完成の域に達している。しかしそれでいて、未だに彼女は成長している。

 鋭く疾く、感覚は研ぎ澄まされていく。誰よりも完成されている癖に、誰よりも伸び代があるというのだから、末恐ろしいというもの。

 

 そんな彼女よりも強いプレイヤーなどいるのか。

 少しだけ考えて――――思い浮かんだ。

 

 珪子が思い浮かんだのは二人の少年。

 一人はSAOでも一人しか存在しなかったユニークスキル『二刀流』を巧みに使いこなし正に英雄と呼ぶべき存在。

 そしてもう一人は――――単純に恐ろしい存在であった。

 

 

「シリカ、ボクね? キリトと戦いたかったんだ」

 

 

 その言葉に珪子は納得する。

 やはり、と。木綿季と互角に戦えるのはキリトこと桐ヶ谷和人と“もう一人”くらいしかいないだろうと納得した。

 

 だが同時に疑問が浮かんでくる。

 どうして彼女はキリトと戦いたかったのだろうということだ。

 

 

「どうして和人さんと戦いたかったの?」

「そんなの決まってるよー。キリトが強いからさっ!」

「もうっ、戦ってばかりじゃダメだよ木綿季。女の子なんだから、もっとお淑やかにしないと」

「ダメかなー? 楽しいのに……」

 

 

 ブーッ、と小さなブーイングを発する木綿季に対して、珪子は苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

 

「楽しいの?」

「うん、楽しいよ! シリカはデュエルしても楽しくないの?」

「あたしは……どちらかというと、怖い、かな?」

 

 

 そう、怖い。

 デュエルとは一人では行えない。相対する者がいて、両者の了解を経て、始めて行えるシステムである。

 ということはつまり、何者かに剣を振るい、何者かを傷つけて、勝敗を決することに帰結する。攻略組に属していないとは言え、珪子もデスゲームを生き抜いたプレイヤーだ。モンスター相手ならば何の問題もなく短剣と相棒である小竜ピナと一緒に戦う。

 だが対人戦となれば話しは別だ。未だに少女の心にはデスゲームが根付いている。ゲームオーバーになれば現実でも死を意味するデスゲーム。その恐怖が、今も彼女を縛り付けていた。

 

 対して木綿季はそうではないようで、そういう意見もあるのかと改めて受け止め、一度頷いて。

 

 

「シリカは怖いんだ。でもどうして怖いの?」

「人と戦うって慣れてないから、かな? SAOでもデュエルなんてしたこともなかったし……」

「そうなの?」

「うん。木綿季はデュエル、SAOでもやってたの?」

「やってたよぉー。圏内で初撃決着」

 

 

 満面の笑顔で、ブイッ、と右手の人差し指と中指を立てたピースのサイン作る。

 だが直ぐに、でも、という言葉に続けて。

 

 

「キリトやにーちゃんとはやったことなかったなぁ。だから今回戦えると思ったんだけど……」

「和人さんとお兄さん、一回戦で負けちゃったもんね……」

 

 

 先日の統一デュエルトーナメントは波乱の連続であったことは、珪子の記憶に新しい。

 木綿季が優勝したのは意外性ではなかった。むしろ彼女ならば上位に残っているだろうし、何よりも優勝するかもしれないと思っていたから。

 

 問題は優勝する以前の話であり、一回戦目にまで遡る。

 何せ珪子から見た強者とも呼べるプレイヤーが、二人揃って一回戦目で敗退したのだ。番狂わせも良いところである。しかも優勝候補に負けたのではなく、無名のプレイヤーに負けたのだから二重の衝撃だ。

 

 だからだろうか。珪子は先日から違和感を覚えている。

 負ける筈がない、というのは言い過ぎにしてもあっさりしすぎているのだ。それは負けた二人共同じ。悔しがる素振りもせず、自身の敗北を大して気にしてないようでもある。

 

 珪子は違和感を口にする。

 昨日から思っていた疑問を、木綿季にぶつけてみた。

 

 

「でも和人さんどうしたんだろう? 調子でも悪かったのかな?」

「わかんない。わかんないけど」

「けど?」

「キリト、アレ手加減してたよ」

「手加減って、本気じゃなかったってこと?」

 

 

 珪子の純粋な問いに、木綿季は一度頷いて。

 

 

「キリトの本気は、もっと鋭くて、疾いもん。アレでにーちゃんに勝ったなんて思えない」

「……そう言えば、どうして和人さんと戦いたいの?」

 

 

 何となく察することは出来ていた。

 それでも聞いたのは念の為。珪子自身の疑問をここで決着つけるためだ。

 

 

「キリトがにーちゃんに勝ったから。ボクから見た一番強い人に勝った人だもん、戦ってみたいって思うよね?」

「そ、そうかなぁ……?」

 

 

 可愛い笑顔で、どことなく血気盛んで、なおかつ好戦的な友人に乾いた笑みを浮かべる。

 

 そこで珪子はふと思った。

 木綿季という少女は、強い人と戦いたい気質があるのは知っていた。

 だがどうして、彼女は、自身の兄に当たる人物と、戦わないのか――――と。

 

 

 

 


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