ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 データが吹っ飛びましたが、過去にもらった感想を見てモチベーションを上げた私です。
 本当に感想はありがたい。ありがてぇ、ありがてぇ……!


第14話 懐かしきダイシーカフェ

 

 

   ――――この程度の修羅場、“彼”は幾多も体験している――――。

 

 それこそ死にかけるのは日常茶飯事であったし、無傷で事が終わることもなかった。身体の一部が欠損した回数など数え切れない。死んだほうが楽になれるような苦痛も何度となく味わってきた。

 幾多もの修羅場を経験し、それでも“彼”は生き残ってきた。

 どうしてそこまで自分に苦痛を課すのか。それは単純な理由で、何よりも“彼”らしいものであった。

 

 簡単なことだ。

 “彼”は誰よりも、何よりも、自分自身という存在を、反吐が出るほど嫌悪している。だからこそだろうか。“彼”の中では自分という存在を勘定にいれていない。自分の身を投げ出し、自体が好転するのなら平気で“彼”は迷わず己を差し出す。その結果が自らの決定的な破滅になろうが構うことはない。生きているという当たり前の行為だろうが、自分自身に向けられた憎悪の方が勝る。

 自己否定の権化、燃え尽きる程の破滅願望を抱き、生という地獄の苦痛を味わう。それこそが“彼”という人間であった。

 

 そんな人間だ。

 修羅場に身を置くなど当然のことだ。誰よりも憎んでいるからこそ、誰よりも辛い状況下に身を置く。

 常人では理解が出来ない闇を、“彼”は抱えている。こんなもの溜め込んでいるのなら、いっそのこと周囲に撒き散らしたほうが楽になれるだろう。自分勝手に他人を傷つけて、勝手気ままに何もかもを奪い、本能のまま獣の如く振る舞った方が、楽だというものだ。

 

 しかし“彼”は是としなかった。

 それはありえない、と。自分が血迷ってもそれだけは許容出来ないと彼の理性(イド)が、本能(エゴ)を叩き潰す。

 自分というどうしようもない人間は、大切な者達の犠牲の上で存在している。ならば自分もその者達に報いなければならない。“彼”は本気でそう思っていた。

 

 だからこそ、より辛い地獄に、身を置こうとする。

 今では“彼”の周囲の影響のおかげか薄まっているものの、根本的な部分は未だに濃いままだ。果てしない自己嫌悪は心の内に、燻っているものの火種が出来れば簡単に燃え盛ってしまう危険な状態。

 

 

「……」

 

 

 そんな“彼”がいるのは、とある部屋の一室。

 背筋を伸ばし、堂々とした様子で、椅子に座り何かを待っていた。だが不思議と穏やかなもの。慌てる様子もなく、あるがままの状態で受け入れている。

 

 この程度の修羅場は何度も経験している。

 あとは余すことなく自分の能力を示しすことだけ。簡単なことだ、“彼”にとって何度も行ってきた行為でしかない。

 ここに至るまで情報に穴はなし。相手がどのようなモノを求めているか理解し、それに対する手札も揃えた。あとはカードの切り方を間違えなかれば自ずと結果はついてくる。

 

 それでも“彼”に油断や慢心、驕りすらも見えなかった。

 表面上はあくまで謙虚で、腹黒さは悟られないよう幾重にも仮面を被る。

 

 そうやって切り抜けてきた。

 どんな状況下でも、それを一つの武器として上手く使いこなし、何事も勝ち取ってきた。

 ならば今回も例外ではない。その両の手から溢れることなく、充分過ぎる戦果を上げるに違いないのだ。それだけの努力をしてきた。充分過ぎる努力は自信を生み、自身は成功へと繋がっていく。

 だとしたら今回も成功は約束されている。後は――――。

 

 

「次の方、どうぞ」

 

 

 ――――呼ばれるだけ。

 

 

 “彼”は「はいっ!」と朗々とした口調で立ち上がる。

 その表情は静かな面持ちから、柔和な笑みへと作り変えて、歩を進める。

 

 最早これより先は戦場だ。

 勝つか、負けるか。全てを手に入れるか、それとも全てを失うか。“彼”次第と言えるだろう。

 面白い、と。不敵な笑みを一瞬だけ張り付かせ、直ぐに人の良い柔らかい表情へと変える。

 

 ドアの前に立つ。

 そこは外界を隔てる壁の前に立ち、ドアを軽く叩き――――。

 

 

「――――失礼します」

 

 

 向こう側から声が聞こえる。

 それが、闘争の開始の、合図であった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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 2025年6月4日 PM17:26

 ダイシーカフェ

 

 

「あー……あー……」

 

 

 その声、亡者の怨嗟の如く。

 ダイシーカフェのカウンター席にて一人の亡者こと、茅場優希が顔を突っ伏して座っていた。

 どこか彼らしくない行動。だらしなく、どこか情けない姿。他人には絶対に見せない姿を、ダイシーカフェにて遺憾無く晒していた。

 

 見てみれば、店内には客としているのは優希しかおらず、あとはダイシーカフェのマスターであるアンドリュー・ギルバート・ミルズしかいなかった。

 アンドリューがいるのは正に特等席。カウンター越しのキッチンから、優希の情けない姿を双眸にしっかり収め、優希の醜態が面白いのか笑みすらも浮かべている。

 

 これでもかと言うくらい気持ちのいい笑み。

 アンドリューはそのままの調子で問いを投げた。

 

 

「その様子だとダメだったのか?」

「見りゃわかんだろ。お察しの通りだよ……」

 

 

 クソがっ、と顔を突っ伏したまま応える優希に、アンドリューは気にすることなく続けた。

 彼の口の悪さはよく知っている。何よりも最初に敬語を使っていたのをやめるように言ったのはアンドリュー本人だ。今更その程度の口の悪さなど気にすることもないのだろう。

 

 

「まぁ、わかってて聞いたんだけどな」

「性格最悪野郎め。そんなにヒトの失敗が楽しいか」

「滅茶苦茶面白い。おっと、勘違いするなよ? 他人の失敗は残念だなと思う。お前の失敗だから面白いんだ」

「この店、潰れねぇかなぁ……」

 

 

 ボソッ、と暴言の呟きもアンドリューにとってはどこに吹く風。

 全く気にすることなく彼はニヤリと笑みを浮かべて。

 

 

「残念。ここから込み出すんだなウチは。というか、客がいない時間帯見計らって来たんだろ?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 

 ここで優希は身体を起こし、辺りを見渡す。

 木材で作られた内装で、店内の角にはジュークボックスが置かれており、いい意味で手作り感のある内装で纏められていた。とても落ち着きがあり、ありとあらゆる客層に対応出来るような店内に、正直な話し優希は気に入っている。

 それをアンドリュー自身に伝えればまだ可愛げはあるだろうが、生憎と茅場優希という人間は捻くれ者だ。そんなことアンドリューはおろか、誰にも言わないことだろう。

 

 彼の発する言葉も、彼らしい性根が曲がっているモノであった。

 

 

「こんなに寂れてんのになぁ」

「――――って割に、頻繁に顔出すよなお前?」

 

 

 間髪入れずにツッコミをアンドリューはいれる。

 長い付き合いだ。彼を良く知る人物には大きく劣るが、アンドリューだって何となく優希の心境を理解できるというもの。芝居がかったような大げさな仕草で、大きく肩を竦めて「やれやれ」といった調子で続けた。

 

 

「本当に素直じゃない奴だよ。もう少し可愛げないもんかねぇ?」

「おい、やめてくんない? その何でもお見通しって薄ら寒い眼ぇすんの」

「おっと、俺じゃ役者不足か。明日奈呼ぶか?」

「呼ばんでいい。それよりも、コーヒーくらい出せよ」

 

 

 優希は、チッ、と忌々しげに舌打ちをしながら、吐き捨てるように言う。

 これ以上茶化しては拗ね始める、と絶妙な距離感を保ちアンドリューは一度頷いて。

 

 

「ミルクと砂糖どうする?」

「いらねぇよ。滅茶苦茶強いコーヒー淹れてくれ。今日は酔いたい気分だ」

「どんなコーヒーだよ……」

 

 

 無茶振りとも言える注文に、アンドリューは思わず苦笑を浮かべる。

 それからは早かった。まるで優希が来店することをわかっていたように、下準備を終えている熱されたコーヒーがカップに淹れられる。

 流れるような無駄のない作業、滞りのない手際の良さ。それだけでアンドリューの料理の腕がどれほどのものかわかるというもの。レベルは間違いなく高い。さすが店舗を構えるだけはある。

 

 そっと差し出し。

 

 

「どうぞ、コーヒーです」

「ん」

 

 

 こういうときだけ店員になんのかよ。といった、抗議の声を飲み込み優希はカップに手を伸ばし、一口だけ含み味わい、そして飲み込んだ。

 

 

「悪くない」

「素直に美味いって言えよ」

「うるせぇ。悪くないもんは悪くないんだよ」

 

 

 フンっ、とどこか拗ねるような仕草でコーヒーを飲む優希。

 いつも眉間に皺が寄っている彼からは想像出来ない、どこか子供じみた行動だ。それだけ優希はアンドリューに対して年下として接しているのだろう。

 

 最初、敬語使ってた頃に比べたらだいぶ打ち解けて来たもんだ。と昔を思い出しながらアンドリューは問いを投げた。

 

 

「それで、なんでダメだったんだ?」

「……なにが?」

「面接だよ面接。行ってきてダメだったんだろ?」

 

 

 面接。

 その単語を聞いて、優希の動きが一瞬だけぎこちないものに変わる。

 

 そう、面接。

 それこそが先程、優希が体験してきた修羅場であり、今日の戦場であった。

 学生のおいての面接は就職活動か、バイトくらいのものだ。そして優希が行ってきたのは後者。バイト面接に他ならない。

 

 物事には絶対はない。どれだけ万全で臨もうが、準備を怠らず挑もうが、望み通りに行かないこともある。

 今回も優希が面接に落ちたのも同じ理由であれば、何の疑問もない。たまたま、間が悪いことに、バイト先が茅場優希という人材を求めていなかったかもしれない。

 

 だからこそアンドリューは疑問に思う。

 そんなこと優希も重々承知している筈だ。落ちる時は落ちる。完璧に外面を取り繕い、他人が見ても見破れない演技をし、口上手く立ち回っても落ちる時は落ちるし、失敗する時は失敗するものだ。SAOに巻き込まれる前もバイトを掛け持ちしていた男だ、その程度のことは理解しているだろう。

 

 だというのに、優希の反応は違った。

 わざわざ客層が少ない時間帯に訪れ、彼の幼馴染や義妹にも見せない醜態を、年上であるアンドリューだからこそ晒している現状。

 きっと何かがあったのだろう。しょうがない、仕方ない。そうやって割り切れない何かが優希にはあったのだろう。

 

 そしてアンドリューの推理どおり。

 

 

「……」

 

 

 優希は何か失態を犯してしまったようだ。

 

 現にハッキリと彼は断言しない。

 言い淀み、どういったものか言葉を選び、はたしてそれをアンドリューに言って良いものかどうか考える。

 結論だけ言えば――――。

 

 

「別に、何でもねぇよ」

 

 

 隠すことを選ぶ。

 プイッと子供のように、不貞腐れながらそっぽを向く。

 

 アンドリューは思わず苦笑を混じりに。

 

 

「何かやらかしたんだなお前」

「うるせぇよ迷探偵。根拠もないのに決めつけんじゃねぇ」

「根拠はあるさ。普段は無駄に潔いお前さんが、今回ばかりはうだうだしてる。長い付き合いだ、明日奈じゃなくてもそれくらいわかるっつーの」

 

 

 ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべるアンドリューに対して、優希の表情は変わらない。

 どこか面白くなさそうに、見透かされているのが気に入らないと言わんばかりに顔を歪めて一言。

 

 

「絶対に言わねぇ」

 

 

 否。

 “言わない”のではなく“言えない”。

 似たような言葉であるが、その意味は全く違う。

 

 何故、面接に落ちてしまったのか。

 そんなもの、優希が一番理解していた。こうして彼が煮え切らない態度も、自分を落とした対象に向けられたものではなく、ただ自分に向けられた憤りである。つまるところの、いつも通りの自己嫌悪。数時間前の自分を、右ストレートでぶっ飛ばしたいほど、己に腸が煮えくり返っていた。

 

 別に面接内容に問題はない。

 完璧なまでに猫を被り、本心を隠し通し、好青年を演じてきた。これでもかというくらい上手く行っていたし、面接担当者からは明日から来てほしいとまで言われていた。

 なのに落ちた。原因があるとすれば、面接担当者とのその後のやり取りだろう。

 

 これから茅場優希という少年はバイトとなる。その事実が面接担当者の気が緩んだ原因なのだろう。

 彼は言った。フランクな口調で、重ねて悪びれもなく、考えなしに口にしてしまった。それこそが――――

 

 

 ――――SAOとかいうゲームをやってたから、君が頭おかしい人間じゃないかって警戒していた――――。

 

 

 世間ではそういう認識もあることは、優希もわかっているつもりだ。

 千差万別。共通の認識を持たず、ひとりひとりそれぞれの思考と思想があるのが人間だ。そうやって発展し、今日までに至ったのだから、彼のような認識を持っている人間も中にはいるだろう。

 最初は優希も当たり障りない対応をしてきた。上司となる人間と構えてもしょうがないと判断したからこその振る舞いをしてきた。だが面接担当者の彼は気を良くしたのか止まることはない。

 

 次々と、スラスラと、ストレスを発散するかの如く、関係のないSAO帰還者(サバイバー)さえも侮辱を始めた。

 少年の幼馴染いわく、茅場優希は我慢ができない人間だ。おかしいと思えば見過ごすことなく指摘し、納得ができなければ否と唱える。

 

 となれば少年がブチギレるのも必然と言える。

 SAO帰還者(サバイバー)の中には、口では言わないものの大切にしている仲間も存在する。まるでそれが、侮辱されたようで、馬鹿にされたようで、関係のない人間が口を出すなと声を荒げ、気付いた頃には何もかもが遅かった。二度と来るかこんな店、と吐き捨てて現在に至る。

 

 聞こえようによっては美談になるのかもしれない。

 仲間を侮辱され、我慢出来なかった。優希が苛立ったのは簡単に言ってしまえばそんなところだ。捉える側によっては、仕方ないと慰められる対象となりえるのかもしれない。

 

 だが優希は違った。

 仕方ないと割り切ることも、次があると切り替える様子もない。

 彼はひたすらに、自分自身の考えの浅さに苛立ちを募らせていた。

 

 

 ――言えるわけがねぇ。

 ――こんなもん、責任を転換してるだけじゃねぇか。

 ――オレがキレちまったのは、オレ一人の落ち度。

 ――そこにアイツらの入る余地なんざねぇ。

 ――勝手にムカついて、勝手にイラついた。

 ――その程度の理由だ。

 

 

 だからこそ、話さないのではなく、話せない。

 あまりにも自分勝手で、身勝手で、人様に聞かせての良い失敗談ではないからこそ、優希は語らなかった。

 

 それから彼は、深くため息を吐く。

 

 

 ――アインクラッドの恐怖には戻らない。

 ――アインクラッドの恐怖(オレ)にはなかった、茅場優希(オレ)の強さを手に入れる。

 ――上等な決意だ。

 ――だが結果が全く伴ってない。

 ――この程度の罵詈雑言すらも聞き流せねぇなんざハナシにならねぇ。

 ――全然成長してない、むしろ退化してるくらいだ。

 ――前のオレなら、聞き流してたってのに。

 ――強くなるどころじゃねぇだろコレ。

 ――本当にぐだぐだ考えやがって……。

 

 

「ホント、最近のオレは悩んでばかりだ……」

 

 

 その言葉は無意識のものだった。

 もしかしたら呟いた本人ですら、呟いたことにすら気付いてないのかもしれない。

 

 しかしアンドリューはそんな無意識に、耳聡く反応して見せて不思議そうな顔で。

 

 

「悩むって悪いことなのか?」

「え……?」

 

 

 目を丸くする優希に対して、アンドリューは当然と言わんばかりの口調で。

 

 

「お前のような歳だと悩みなんて当たり前だ。むしろ悩まないで突き進んでた今までのお前がおかしいんだよ」

「そういう、ものか……?」

「そういうもんだよバカ」

 

 

 断言されるもののまだ腑に落ちていないのか、いまいち納得してない優希に、アンドリューは年長者としての意見を口にした。

 

 

「悩んで悩んで、間違ってないかおっかなびっくりに前に進めばいいのさ」

「仮にそれが、間違ってたらどうすんだよ」

「そりゃ止めてもらえばいいだけだろ。間違っても正してくれる連中が、優希の周りにはいるだろ?」

「……………」

 

 

 思い浮かんだのは、いつの間にか心の中にいた面々。

 ズカズカといくら拒否しても入り込んできて、いつの間にか“彼ら”は優希の中に居座っていた。失うのが辛いのなら、最初から持たなければいい。そう思っていたのに、しがらみだらけのコミュニティーが構築され、見渡してみれば優希は独りではなくなっていた。

 自分のような底辺な人種に手を差し伸ばす、度し難いお人好し連中。それが“彼ら”であり、“彼女達”という存在であった。

 

 

「お前のことだ。頼るのは気が引けるって思ってんだろ?」

「…………チッ」

 

 

 図星だったのか、小さく舌打ちを一度。

 文字通り小さな抵抗をするも、アンドリューには通じないようで続けて。

 

 

「良いんだよ頼って。頼るのも一つの強さだ。アイツらは喜んでお前を助けるし、もちろん俺やクラインも手を貸す」

「頼るのが強さなのか……?」

「立派な強みさ。困ってるときに助けてくれる連中がいるとか、最強で無敵だろ?」

「でも助けられたばかりじゃいられねぇだろ。成長もしねぇし」

「そうかねぇ? 少なくとも、お前は少しずつ成長していると思うがね」

「オレが成長してる……?」

 

 

 ありえない、と優希は首を横に振る。

 だがアンドリューは力強く首を縦に振って、否定するように断じた。

 

 

「少なくとも、優希は今日の自分の振る舞いが良くないものだと思ったんだろ?」

「まぁ、そうだけど」

「だったらそれを改めるだけだろ。そうやって失敗と反省を積み重ねて、ヒトってのは成長していくもんだぜ?」

 

 

 そう言って、アンドリューは笑みを浮かべた。

 

 頼ることも強さ、そんなこと考えもしなかった。

 何者かの負担になる。それは優希にとっては許し難いものだ。矜持、プライドといった話しではない。他人にそこまでしてもらう資格、世話に値するほどの価値など自分にはないと思っていたから。

 だが考えてみれば、優希のそんなつまらない自己否定ですら“彼ら”や“彼女達”にとって関係がなかった。助けたいから助け、放っておけないから手を伸ばす。その程度の理由で、“彼ら”や“彼女達”は優希に干渉し、追いつき、ついには優希の考えを改めさせるに至った。

 そして次に優希が選択を誤ったものなら、再び止めるために立ち上がってくるだろう。

 

 

 ――オレもアイツらのように。

 ――何かを救う強さってヤツを。

 ――手に入れれれるのか……?

 

 

 答えなど、当然出ない。

 当たり前だ。優希にとって何者かを守り救ったという認識はない。いつだって行動するのは自分のため。気に入らないという理由だけで拳を握り、剣を振るってきた。何かのために動いたことなど、優希にとっては一度たりともないのだから。

 

 それが出来るのか。自分のような男が、何者かを救えるようになれるのか。それはわからない。

 だがやらねばならない。本当の意味で、茅場優希も胸を張って仲間だと言えるようになるには、“彼ら”や“彼女達”の領域にまで達しなければならない。

 故にやるしかないのだ。自分だけ立ち止まってはいられない。置いてきぼりになるなどまっぴらごめんだ。停滞など一番自分に似つかわしくもない。目的地もわからない、だがそれでも歩を進める。それこそが茅場優希である筈なのだから。

 

 

「ドリューくん」

「ん?」

「勉強になった。ありがとう」

「気にすんな。子供を導くのが大人の役割ってもんだ。それに俺ならお前の悩みの一つを解消できるしな」

「それはどういう意味だ?」

 

 

 簡単な話しさ、とアンドリューは呟き。

 

 

「優希。うちでバイトしないか?」

「――――は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 時刻 場所 不明

 

 

 ムカつく。

 一言で表せば、彼女の感情はそれであった。

 自分にとって格下であった存在になめられ、屈辱を味わった。彼女にとってその程度の感情でしかない。格下なる存在がどのような思いを抱いていようが関係がない。自分本位で、自己中心的な感情、それが彼女を形成する人格である。

 

 ならば次に彼女が起こすのも短絡的思考そのもの。

 自分が味わった屈辱を、どうやってやり返すか。これのみに尽きる。

 

 愚かであり浅はか。

 警告されたにもかかわらず、彼女はまったく気付いていなかった。

 

 

「もしもし」

 

 

 愚かな選択。

 虎の尾を踏むような真似をしていることに、彼女は気付いていない。

 それは手段なのではない。ただの自殺行為。自分がどうなるのかまったく考えもついていない。

 

 彼女は通話先の相手に、楽しげな口調で言った。

 

 

「あんたさぁ。朝田詩乃ってヤツ知ってるよねぇ?」

 

 

 

 

 


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