ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 タイトルがヴァイスシュヴァルツみがあるのは気の所為ではない。


第15話 ダイシーカフェの店員 優希

 

 2025年6月5日 PM17:10

 ダイシーカフェ

 

 

「――――そんなわけでみんな、仲良くしてあげてね!」

 

 

 笑顔で朗々と言うと、ダイシーカフェの店主であるアンドリュー・ギルバート・ミルズはガハハと笑いながら一人の少年の背中を叩いた。

 叩いたと言っても、アンドリューは軽めに叩いたつもりだ。しかし力加減は共通したものではない。筋骨隆々な体躯であるアンドリューは軽めで叩いたつもりでも、叩かれた少年が感じる衝撃は凄まじかったようで、三度ほど咳き込んで少年はやり返すことはなく恨めしそうに抗議の声を上げる。

 

 

「紹介してくれるのはありがたいんですけど、叩く必要があったんですかね?」

「おいおい、俺は軽く叩いたつもりだぜ? 鍛え方が足りないんじゃないか?」

「……みんながみんな、マスターみたいなマッスルってわけじゃないから、もうちょっと力加減考えてくれませんか?」

 

 

 呆れた口調で言う少年に、アンドリューはどこか怪訝な顔つきになる。

 力加減を考えてほしい、そう言われたからではない。それはもっと簡単な理由で、少年自身に向けられた疑問であった。

 

 

「なぁ、優希」

「はい?」

「どうして敬語使ってんだ?」

「何でって……」

 

 

 ダイシーカフェの店員なのか少年――――茅場優希はウェイター、巷で言うところのギャルソン姿の格好に身を包んでいる。

 そしていまいちアンドリューの言葉の真意を推し量れていないのか、不思議そうに首を傾げて。

 

 

「俺の敬語、何か変でした?」

「いや変じゃない。変じゃないがそもそもが変というか。お前が敬語を使うのは想像できるが、俺にお前が敬語を使うのが妙というか」

「どういうことッスかね?」

「とりあえず、いったん敬語やめね?」

 

 

 哀願にも似た提案に、優希は渋々と言った調子で頷いて、雰囲気をガラリと変える。

 具体的に言うと上司を立てる部下という立場から、長年見知っている茅場優希にある特有の刺々しい雰囲気に変わり。

 

 

「つーかよぉ、アンタに敬語を使うのは当たり前じゃん?」

「なんでさ」

「こっちは雇われてる方、そっちは雇ってる方。こっちが下で、そっちが上。立場ってもんがあんだろ」

「別に俺はいつもどおりでも構わないぞ?」

「こっちが構うわ。働かせてもらう以上、最低限のケジメをつけるのが筋ってもんだ。付き合いがあるんだから尚の事。その辺りはオレも妥協するつもりはねぇぞ?」

 

 

 普段と変わらない態度を是とするアンドリュー、普段と変わらないことを否と唱える優希。

 恐らく二人の主張は平行線を辿る一方だろう。とは言え、アンドリューとしても優希の言い分は理解出来ない訳ではない。性格は捻くれ、性根は歪み、目つきは悪いとはいえ、変なところで律儀なのが茅場優希という人間だ。敬語を使うのは立場という意味でもあるが、その裏では雇ってくれたアンドリューの顔に泥を塗らない為のことでもあるのだろう。店員が店主にタメ口というのは、第三者から見ても店主が侮られているようにしか見えない。しかも相手は学生、本来であれば決して見ることが出来ない絵面になること間違いない。

 加えて、飲食店は噂も大事な要素となってくる。店主が子供に侮られているという噂が広まっては、柄の悪い客がダイシーカフェを溜まり場にする可能性すらある。

 

 それが優希には我慢できなかった。

 自分の家、なんて厚かましく言うつもりはない。

 しかしこの場所は、ダイシーカフェは、世話になった人物の大切な店だ。見知らぬ、預かり知らぬ連中に、踏み荒らされるなど、優希にとってそれだけは許容が出来ない。

 優希は多くを語らない。彼の内にそんな考えがあるなど、今ダイシーカフェにいる人達にはわからないことだ。

 

 その時。

 

 

「良い考えです」

 

 

 パチパチ、と。

 小さな手で拍手をする少女が一人。

 小学生低学年ほどの幼い容姿で、背丈もその中でも小さな部類と言えるくらいの身長。フランス人形を連想させる整った容姿に、綺麗な腰辺りまで伸ばされた長い金髪、綺麗な翠色の双眸。

 少女もまた、優希と同じようなギャルソンの小さなウェイター服に身を包んでいる。恐らくは特注品。少女の背丈に合わせ、特別に作られたオーダーメイドであることがわかる。

 

 このダイシーカフェには優希やアンドリューの他に少女が一人いた。

 

 優希はまだわかる。

 ギャルソンのウェイター服を着ているのだから、彼がここで働く従業員であることは安易に想像が出来るというもの。

 

 だが少女はどうしているのか。

 ウェイター服を着ているのだから少女も店員なのかもしれないが、それにしては絶望的なまでに幼い。労働基準法を敷いている日本としては、少女のような従業員の存在など許しはしないだろう。

 

 しかし少女だけは特別である。

 何故なら――――。

 

 

「ダディは甘すぎると思います。私もゆーきに賛成です」

 

 

 ジロリ、と可愛らしく見上げながら少女はアンドリューを目線で非難した。

 

 ダディ。つまりはお父さん、そしてパパの意味を持つ言葉。

 その名の通り、少女はアンドリューの娘――――レベッカである。

 

 三年ほど前。

 つまりSAO事件の前まではこんな性格ではなかった。少なくとも優希の中でのレベッカは、まだまだ甘えざかりの性格で、変に語彙力があり、明日奈に懐き、自分に喧嘩腰であった。敬語なんて使えなかったし、しっかりしている性格ではなかった、と優希は認識している。

 

 少女が変わったのは、きっとSAO事件が原因なのだろう。

 ずっと意識が戻らない父、それを受け止めながら店を切り盛りする母。それを見て、少女は意識の変革をもたらしたのだろう。

 父は今も戦っている、母もそんな父を待ち続けている。ならば自分もしっかりしなければならない、と少女ながら決意をしたに違いない。

 

 そうでもなければ、小学生低学年で年上を敬うことを覚え、大人じみた判断など出来るわけがない。

 以前の少女ならば、アンドリューに賛同し特に考えることなく「ゆーきが悪いわ! 謝って! ダディに謝って!」と騒いでいたに違いないのだ。

 

 今では少女もしっかりした大人。だがされど、子供であることは変わりないようで。

 

 

「でも待って下さい」

「……どうしました、センパイ?」

 

 

 くるり、と踵を返して言うレベッカに、優希は嫌な予感がしながらも応じた。もちろんその際、敬語も忘れない。レベッカと優希、両者の歳の差は大きなモノである。本来であれば優希が上で、レベッカが下である。

 だが優希は違った。歳下とは言え、まだ小学生とは言え、レベッカもお手伝いとしてダイシーカフェを切り盛りしていた中心人物の一人。となれば自分の先輩になるのだから、それは彼の基準を考えれば敬語を使う対象となる。

 

 だがレベッカにそれは通じない。

 少女はすねた調子で、自分の髪を片手で弄びながら。

 

 

「私に敬語は使わないで下さいです」

「……どうして?」

「何か、や、です。せっかくゆーきとまた遊べるようになったのに、他人行儀みたいになるから、やです……」

「仕事中だけでもか?」

「仕事中だけでもです。これは先輩命令です。ゆーきは私と話しているときは敬語禁止です」

 

 

 レベッカは命令と言った。

 その割にその表情はどこか自信なさげで、優希の表情を恐る恐るといった調子で見ている。

 

 拒否することも簡単だ。

 自分の信条に反すると、レベッカの提案を突っぱねるのは簡単なことだ。

 

 

「……わかったよ」

 

 

 簡単なことであるが、優希にはそれが出来ないようで。

 幼い頃から父に“女、子供には絶対に優しくしろ”と叩き込まれてきた。それを破るということは、父の教えに背く行為でしかなく、優希にとってはそれが出来そうにない。

 

 ならば、敬語を使うなというのならそれい従うしかなく、せめてもの抵抗ということもあって口の悪さで持って悪態をつくしかない。

 

 

「これでいいんだろ? ホント融通の利かないガキになったよなオマエ」

「――――っ! えぇ、えぇ! そんなことを言っていられるのも今のうちです。これから先輩風を吹かしてビシビシ行きますです! 先輩風がびゅーびゅーです。びゅーびゅー」

「吹かせていいもんじゃねぇだろそれ。わかってて使ってんの?」

「それじゃ俺にも敬語はなしってことで――――」

 

 

 便乗しようとアンドリューは試みるも、それは許されなかったようだ。

 優希は瞬時に反応し、いいや、と無情にも首を横に振って。

 

 

「アンタは別。ドリューくんには絶対に敬語を使うし、こればかりは譲らない。何度も言ったよなオレ?」

「でもなぁ、レヴィは良くて俺は駄目って!」

「別にいいだろ。何か不都合でもあんのかよ?」

「ある! 壁を感じるだろ!」

「知らねぇよ。悪いけどさ、諦めてくれや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年6月5日 PM21:20

 学生寮 茅場兄妹の一室

 

 

『――――それで先輩はどうしたの?』

 

 

 数時間の研修というなの体験従業員を終えて、優希は帰路につき、自分の住まう学生寮に戻ってきた。

 そして夕飯を食べ、義妹と談笑し、彼女は風呂へ、自分は居間でテレビを見ていたところ後輩である朝田詩乃から連絡が来て現在に至る。

 

 優希はテレビを見ながら、片手にスマートフォンを持ち耳に宛てがい、詩乃と通話していた。

 

 彼女にはざっくりであるものの、今日何が起こったか世間話程度の内容を話している。

 それはもちろん、ミルズ親子が敬語を使うのを良しとしなかった、ということも含まれている。

 

 詩乃の問いはそのことなのだろう。

 ダイシーカフェに働くことになり、結局のところ敬語はやめたのかという問いを、彼女はどこか楽しげに聞いてきていた。

 

 

「敬語のことか?」

『そうそう。どうするの?』

「続行だよ。当たり前だろ」

『それは、ミルズさんが可哀想ね』

 

 

 電話越しでクスクス笑みを零す詩乃に、優希はため息を深く吐き出して。

 

 

「ンなわけあるか。いい大人が寂しいって……」

『可愛いじゃない。レヴィも元気そうね』

「なに、オマエらって仲良いのか?」

『先輩のお見舞いに行ってた時、何度か顔を合わせてたから。言ってなかった?』

「初耳」

 

 

 なるほど、言われてみれば確かに、と優希は納得した。

 レベッカがどこか冷静に大人ぶるようになり誰かに似ているように思えた。きっとレベッカの中での目指すべき成長対象が朝田詩乃であったのだろう。

 

 悪くない着眼点である。

 傍から見たら、詩乃は大人しく、知的で、物事を俯瞰的に見て、本が似合う落ち着いた女性に見える。

 憧れ、というのだろう。頻繁に顔を合わせて、甲斐甲斐しく優希の様子を見に来た詩乃に、レベッカは母と通じるものがあると認識し、憧れの対象としたのだろう。

 

 しかし優希はそんな内情を知らない。

 自身の後輩が頻繁に自分の様子を見に来ていたことを知らない彼は、軽い気持ちで受け流して。

 

 

「オマエはどうなんだ?」

『どうって?』

「新川くんとはアレから遊んでんのか?」

 

 

 あぁ、と詩乃は呟いて。

 

 

『遊んでないわね』

「そうか」

『えぇ。学校には来てるみたいだけどね』

「話しもしてないのかよ……」

『別に話す必要もないしね』

「そっか……」

 

 

 含みのない言い分に、優希も同情をする。

 異性を誘う。それはつまり、少なからず想っているに違いないと優希は分析する。

 

 好き、もしくは気になる対象。

 どちらかであることは確かであるし、漸く誘い出した場に男を呼び出した現実。それは新川に多大なダメージを与えたことだろう。

 意図していなかったとは、人の恋路を邪魔した可能性がある事実に、優希が罪悪感を感じてしまうのも無理はない。とはいえ、詩乃に何かを言うつもりもない。どうして彼女がここまで用心深くなったのは優希もわかっているし、間違いではないことも理解している。

 

 だからこそのジレンマ。

 罪悪感を感じ、しかし何も言えない自分にヤキモキする。

 

 

『あっ、そういえば』

「どうした?」

『新川くんと私、同じクラスだったみたいなの。知らなかったのよね』

「おい、朝田」

『なに?」

「それ、絶対に本人には言うなよ」

『どうして?』

 

 

 そんなもの決まっている。意中の女性に、興味を持たれていなかった。だから詩乃は新川がどこのクラスに属していたかしらなかったし、興味もなかったのだろう。

 それを本人の口から言われたとなると、新川への心境は想像を絶するというもの。

 

 しかしそれを説明できない。

 元来、優希は口が上手い人間ではない。寧ろ口下手で口も悪い。だからこそ行動で示し、今日まで生きてきた。そんな男が急に口上手く、悟らせれる訳がない。

 

 さてどうしたものか、と考えていると。

 

 

「にーちゃーん! 風呂次良いよー! でもその前にボクの髪乾かして~!」

「ちょっと待ってろー!」

『……今の妹ちゃん?』

「あぁ。悪い、ちょっとかけ直していいか?」

『ううん、大丈夫。今日はもういいから、妹ちゃんを見てあげて? ……あっそうだ、ちょっと聞いても良い?』

「どうした?」

『いつまで研修なの?』

「来週から従業員で働くことになる、と思う」

『それじゃ私もその辺りに遊びに行っても良い?』

 

 

 優希は、そんなこと聞くまでもないと言わんばかりに答えた。

 気怠そうに、忌々しそうに、だがどこか嬉しそうな口調で。

 

 

「ンなこといちいち聞くな。――――大歓迎だよ、ばか」

 

 

 

 

 

 




>>アンドリュー・ギルバート・ミルズ
 ダイシーカフェのマスター。斧使いのエギル。
 幼馴染曰く、雰囲気が優希の父に似ている。優希も懐いている感がある。

>>レベッカ
 レヴィ。アンドリューの娘。
 もちろん、母親似。成長すれば絶世の美人になる(という設定)
 三年前とは違い、敬語を使う。だけどまだまだ甘えん坊さん。
 木綿季を一方的にライバル視。

>>ギャルソン姿の優希
 とある界隈で衝撃が走る。

>>ゆーき
 大人ぶるようになるようになっても、呼び名は変わらない。
 ゆーき。

>>センパイ。
 レベッカのこと。

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