ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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第16話 オレが長髪にしている理由

 2025年6月9日 PM17:10

 帰還者学校 中庭

 

 

「あー……!」

 

 

 ベンチに腰掛けて、青空を恨めしそうに見上げて、帰還者学校に通う生徒――――茅場優希は唸り声を上げた。

 着ている服は夏服。初夏にさしかかり衣替えをしたのだろう。半袖の帰還者学校指定のシャツを着こなし、学校指定のネクタイは巻いておらず、ワイシャツの第一ボタンを開け、どこか緩めている印象すら感じさせる。

 

 緩めているというのは、服装だけではない。どうやら気も緩んでいるようだ。

 それを証拠に、いつもの剣呑とした雰囲気は鳴りを潜め、どこかうんざりしたような、煩わしそうな面持ちで優希はひたすらに青い空を見上げて、太陽を一心不乱に睨みつける。

 

 彼自身、子供染みた振る舞いであることは自覚しているし、このような憤りを募らせても無意味であることは理解しているつもりだ。

 それでも声に出てしまった。態度に現れてしまった。感情の制御が利かないのだから仕方ないというもの。

 

 

 それもこれも、茅場優希が何に不満をいだいているのかというと――――。

 

 

「あっ、やっぱりここにいた」

 

 

 誰もが近寄りがたい状態にある優希に、気安く声を掛ける女子生徒が一人。

 彼女もまた、帰還者学校指定の半袖を着ており、優希とは違い学校指定のネクタイをキッチリ締めている。

 

 優希の顔を見下ろすように覗き込む。

 彼女は太陽に背を向ける形で立っていた。そのためか優希の顔には日陰が差し込まれることとなる。太陽を睨みつけ、眩しく細めていた優希の眼が、幾分マシな目つきとなるのも必然と言えよう。幾分とは言っても、目つきが悪いのは変わることない。

 

 どうしてここにいるのか、自分がいることを知っていたのか。

 そんな疑問が頭の中を掠めていくが、彼女にとっては意味を為さないのだろうと優希は結論付ける。どういうわけか、自分の行動範囲が読まれている節がある。無論、一箇所に留まっていた記憶はない。ときに食堂、ときに屋上、教室から中庭へと、優希は転々としている。

 だと言うのに、読まれれている現状。付き合いが長いのも考えものである。後にも先にも、自分は彼女に行動を読まれ続けるのだろう。

 

 それが何となく優希は気に入らない。

 付き合いが長い幼馴染が相手とは言え、何でもかんでも熟知していると思われるのは、何となく癪に障るのは、きっと彼の小さな器が原因なのは間違いない。

 なのでこうして、

 

 

「何しに来たんだ?」

 

 

 子供のような反応をしてしまうのもまた必然と言える。

 それはつまり、ふてくされる態度。悪い目つきは細まり、ぶつくさと拗ねるように、愛想がない物言いで問いを投げた。

 

 対して彼女は別に気分を害する様子もない。

 むしろ優希のそんな子供染みた仕返しを受け止め、それでいて彼を慈愛に満ちた微笑みで迎える。器が広い、というのは彼女のことを言うのだろう。

 

 とても十代とは思えない器を見せつける少女――――結城明日奈はクスクスと笑みを浮かべて問うた。

 

 

「用がないと来ちゃいけないの?」

 

 

 彼女と優希の付き合いは長い。それこそ十数年の付き合いであり、世間一般的に言うところの幼馴染ということになる。

 だからだろうか。先程の自分のした質問、その答えが何となくであるがわかってしまう。茅場優希は自他ともに認める捻くれ者である。であるのなら――――

 

 

「あぁ。クソ迷惑だよ」

 

 

 ――――捻くれているモノに決まっている。

 

 他人が聞けば棘のある言葉だ。

 だが明日奈はどうやら違った捉え方をしているようだ。それを証拠に、彼女は不快に顔を歪めることもなく、眉を顰めて優希を睨みつけるでもなく。

 

 

「それじゃ大丈夫だよね。隣座っても良い?」

 

 

 むしろ想定通りというかのように、優希の調子を確かめ上々であることを確認し満足するように、明日奈の笑みはますます深まっていく。

 そして気にすることなく、優希の座っているベンチの隣を指差して尋ねてくる始末。

 

 優希がため息を深く吐くのも無理はない。

 先程、自分は迷惑であると言った。もちろんそれは本心ではない。だが歯牙にもかけないとは、どういうことなのだろうか。少しは気を使っても罰は当たらないと思うのは、仕方ないことだろう。

 

 

「いや、少しはめげろよ」

「大丈夫、しょげないから」

「泣き咽べばか」

 

 

 吐き捨てるように言うと、優希は何だかんだ言って少しだけ横にズレた。

 無論、それは少しでも明日奈が座りやすいようにスペースを確保するための行為。

 

 文句を言いつつ、結局自らが折れる辺り、つくづく幼馴染に甘いようだ。

 とは言っても、優希も自覚している。これは幼い頃から染み付いた悪癖、それを自覚しつつも対抗策も何も見出だせない辺り筋金入りである。

 

 

「……ンで、何しに来たわけ?」

 

 

 もはや天敵となりつつある幼馴染を横目で捉えながら、優希は問いを投げた。

 

 

「えーっと、特に用はないんだけどね。ダルそうにしてたから気になっちゃって……」

「あー、それか」

 

 

 自覚はあった。

 ダルそう。それは比喩などではなく、本当にダルいのだ。別に風邪などではない。むしろ健康そのものであり、寒気など感じているわけでもない。

 ならば何が理由か。それは単純であり、明快な話しであった。

 

 

「頭が熱い」

「頭? えっ、風邪?」

 

 

 思わず、明日奈は目を見開く。

 長年見知っている優希の様子から、風邪を引いている様子は見られない。他人から見たら分かりづらい性格と在り方であるが、明日奈から見たら一目瞭然。その眼力と長年の経験が告げている。今の優希は健康体そのものであると。

 だと言うのに、頭が熱いと彼が言った。自分の診断に間違いはない、そう断言出来るほど明日奈は優希を見てきた。ならば優希の頭が熱いとはどういうことなのだろうか。

 

 優希は首を振る。

 風邪ではない、と否定してもう一度繰り返す。

 

 

「頭が、熱い」

「あー……」

 

 

 そこで何となく明日奈は察した。

 現在、季節は初夏に差し掛かっている。となれば気温も徐々に上がってきているというもの。それだけであれば毎年のこと、馴れたもの――――とまではいかないが何となく“こんなもんか”と身体も馴れてくる。

 

 しかし、優希にとっては未知の領域。

 去年の優希と現在の優希。まるで違う。それは髪の毛の長さである。

 これまで優希は髪を伸ばしてきたことなどない。いつも長くなれば自分で切ってきた。床屋など行ったこともないし、美容室などもってのほか。他人に髪を切ってもらって金を払うのなら、自分で切ってタダで済ませる。なんとも貧乏性の彼らしい理由である。

 

 だが今は違う。

 髪を切ることなく、金色の髪の毛は伸ばし、後ろで縛り一本結びにしている。それでも優希にとっては熱い。熱は籠もり、どこか長い髪が鬱陶しい。正に彼にとって、今の状況は未知の領域と言っても差し支えない。

 

 かと言って、別に髪を切るのが面倒くさい。なんて理由ではない。それもこれも――――。

 

 

「あー、鬱陶しい。切っちまうか。バッサリと」

「木綿季が泣いても知らないよ?」

 

 

 うんざりした口調で言う優希に、苦笑を浮かべながら明日奈は言う。

 

 それだけで効果てきめんであるようだ。

 優希はピシリ、と固まる。それから腕を組み、うんうん、と唸り始める。

 

 髪を伸ばしているのは優希の意志ではない。

 それもこれも、彼の義妹――――紺野木綿季が関係していた。

 

 最初は何気ない一言であった。

 ――――にーちゃんの髪の毛って綺麗だから、長くした姿が見てみたい――――。

 

 その程度の言葉だった。

 綺麗、というのが引っかかるものの髪を伸ばして減るものでもなし。ならば伸ばしてみる。そんな軽い気持ちで、優希は髪の毛を伸ばし始める。

 

 それがまさか、ここに来て足をひっぱてくるとは思っていなかった。

 冬は暖かったのだが、夏場は本当に地獄。いいや、まだ“夏”もないのにこの体たらく。思わず優希も億劫になるというもの。

 切りたいのは山々、しかし義妹は今の優希を気に入っている。だがこれからが地獄。

 

 様々な状況を想定する。

 暑苦しい今の自分、流れる汗、熱い夏、熱帯夜、道路に立ち上る蜃気楼、コンクリートジャングル、そしてガッカリする義妹。

 優希は苦しい声で、断腸の思いで、渋々。

 

 

「――――切るの、やめるか」

「それが良いと思う」

 

 

 明日奈も満足気に大きく頷いて。

 

 

「わたしも優希くんの髪、好きだしね」

「……悪趣味な奴め」

「綺麗なブロンドだと思うけど?」

「男で長髪とか気持ち悪いにも程があんだろ。ホント、ドリューくんがそういうの気にしない人で良かったわ」

 

 

 もみあげをクルクルと指先でいじりながら、優希は呟いた。

 対して明日奈はどこかソワソワ、と落ち着かない様子で優希を見ながら。

 

 

「そ、そういえば研修は終わったの?」

「あ? ……あぁ、終わったぞ。いざというときのためにメモも取ってあるし、何が起きても問題ねぇよ」

「それじゃわたし、遊びに行っても良い?」

「来てもいいが、ちゃんと注文しろよ?」

「あ、当たり前でしょ!」

「ならいい。……つーかよぉ」

「な、なに?」

「何でオマエ、落ち着きないわけ?」

 

 

 その言葉が引き金になったのか。

 明日奈は身体をビクッと一際大きく揺らした。そして続けて、眼は明後日の方向へと向けて、顔も優希には見えない方へと向ける。

 もちろん、彼女にも自覚はある。自分がいつもよりも落ち着きがなくなっていたことを、明日奈も自覚している。だがその原因はそれもこれも――――。

 

 

 ――言えない。

 ――言えるわけがない。

 ――優希くんの髪の毛が綺麗で柔らかそうだから。

 ――触らせてほしい、あわよくば頬ずりさせてほしいなんて。

 ――言えるわけがない……!

 

 

 前者はともかくとして、特に後者の欲求は不味い。

 彼女の抱く欲望はまるで獣のようで、後先考えない愚者の願い。好いている人の髪の毛を頬ずりしたいなんて、乙女的にも、何よりも人として。

 

 

 ――それじゃまるで、わたしが変態みたいじゃない……!

 

 

 自らの欲求として選択肢に上がり、何よりも自覚している辺り、どことなく手遅れ感が否めないものの、どうやら明日奈にとってはまだギリギリ倫理的に大丈夫であるようだ。

 幾年幾月、想い続けて幾星霜。拗らせてきたツケがここにきて爆発しようとしているのか、明日奈の性癖的な部分がここで爆発しかけている危機。明日奈も覚醒しないように努力はしている。それを証拠に、邪念を追い出そうと、勢いよくブンブン頭を揺らす。

 

 それは一心不乱。

 好いている人の髪の毛を頬ずりしたい。そんな願いを追い出すように、まるで今の自分の気持ちを否定するように、彼女は頭を勢いよく揺らしていた。

 

 彼女も必死に戦っている。

 ただ不幸なのは、その葛藤が誰にも伝わっていないことだ。傍から見たら落ち着きなく、顔を背けたと思ったら、急に頭を揺らし始める。その間、まったく言葉を発していないのだから怪しいにも程があり、それは奇行と捉えられても仕方のないこと。

 

 優希も明日奈の奇行を目の当たりにして、一瞬だけ目を見開き身体が固まる。

 しかしそれも一瞬。すぐにまた妙なことを考えていることを察すると、呆れながらため息を吐いて。

 

 

「邪魔して悪いけどよ、本当にそれだけか?」

「……えっ、それだけって?」

 

 

 ピタリと動きを止めて、明日奈は恐る恐る優希の方へと顔と目を向けた。

 

 

「まさか本当に何の用もないのに、オレの調子が悪そうってだけで声かけたのか?」

「そうだけど?」

「……もうちょっと自分の時間の使い方考えろよ。オレなんぞに使ってる場合か」

「もう、またきみはそんな捻くれたことを――――」

 

 

 明日那が異議を唱えかけるのも無理はない。

 昔よりもマシになったとは言え、未だに茅場優希という人間は自分という存在を軽く見ている。誰よりも醜く、誰よりも醜悪で、誰よりも勝手に生きる様はまるで獣のよう。自己嫌悪に次ぐ自己嫌悪。自己否定を積み重ね自己否定をし続ける。それが茅場優希という人間の本性だ。

 現在では彼も己を許す努力をしているとは言え、その根に染み付いた習性というのはどうやらずっと根深いようだ。

 

 だからこそ明日奈は放っておけない。

 このままにすればいつの間にか死んでしまう。といった危うさは薄れているものの、未だに彼の在り方は歪であり、何よりも想い人が誰よりも苦しい生き方をしているなどといった処遇を彼女が見逃せるわけがなかった。

 故に彼女は言いかける。そんな事を言うな、と。もっと自分を大事にしろ、と。明日奈は言いかける。

 

 しかし――――。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 それだけ言って遮り、優希は制服のポケットからスマートフォンを取り出した。

 断続的に震えている様子から、どうやらそれは電話がかかってきているということがわかる。

 

 

「新川くんからだ」

「……誰?」

「朝田の友達、……になるのか?」

「わたしに聞かないでよ……」

「ちょっと出るぞ」

「うん」

 

 

 悪いな、と一言謝罪すると優希は通話ボタンを押し、スマートフォンを耳に当てた。

 

 

「どうした? ……あぁ、いたな。確か遠藤だっけ? ……へぇ、そうか。うん」

 

 

 何気ない口調だった。単調で、取り留めのない、それこそ世間話するような。傍から見たらその程度の口調でしかなかった。彼という人間を知らない第三者が見ればそう捉えられるかもしれない。

 しかし違う、何もかもが違う。明日奈から見た優希はそんなものを話しているとは思えなかった。

 

 優希の横顔。

 そこから得られる情報はあまりにも少なく、彼が何を思っているのか断じることは出来ない。だが明日奈は断言することが出来る。付き合いが長く、何よりもずっと見てきたからこそ、明日奈は自分の結論を疑わなかった。

 そう。今の彼は――――。

 

 

「――――わかった」

 

 

 怒っていた。

 怒りという不特定な存在が、人の形を為した。それが今の茅場優希という人間の姿であるかのような。

 それはまるで焔だ。極限にまで熱された怒りを圧縮し、地獄で燃え盛る業火であるかのように、未だに爆発しないことが不思議であるかのように、明日奈から見た優希は、何よりも激しく、その内に怒りを宿している。

 

 電話口の者――――新川くんに悟らせないように辛うじて優希は演技している。

 単調でつまらない口調。それが一欠片でも残された優希の理性であるかのように彼は続けて――――。

 

 

「後はオレが何とかやる。新川くんは朝田にバレないようにしておいてくれ。悪いな教えてもらって。礼は今度するよ。あぁ、じゃあな」

 

 

 そうして優希は耳からスマートフォンを離すと、電源ボタンを押して通話を切った。

 間髪入れずに、明日奈は問いを投げる。

 

 

「ねぇ、大丈夫?」

「何がだ?」

「危ないこと、しないよね?」

「……あぁ、問題ねぇよ。こんなもんは掃除さ」

「掃除?」

「そう、掃除」

             「目障りなゴミを掃除するだけの、簡単なお仕事ってやつだ」

 

 

 


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