ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~ 作:兵隊
かたかたなるさん、誤字報告ありがとうございました!
私の家庭は至って普通。父も母も、善良な人間であった。私が物心着いた頃から、彼らは愛情を一心に注いでくれた。私が泣けば母が心配し、私が何か悪いことをすれば父は叱ってくれた。過度な愛も、行き過ぎた躾でもない。ありふれて、それでいて幸せな両親に、私は育てられてきた。
周囲の人間関係を見ても、異常性など感じられない。女友達と恋の話をしたり、男友達と偶にバカなことをやる。善良な人達に囲まれ、何不自由もなく、私は取り留めのない日々を、過ごしていた。
それはとても幸せなことなのだろうと思う。
争うこともなく、人生を破滅に追いやる誘惑もなく、善良な人達に囲まれる。私は確かに幸福であるし、どのような視点から見ても不幸だと嘆く必要性も感じられない。
ただ問題があるとするのなら――――私自身にあるに違いない。
取り留めのない日常を過ごしても、私が満たされることはなかった。
どれだけ楽しく過ごそうが、感動して泣こうが、どれだけ心を動かされようとも、私は満たされなかった。
もちろん、楽しかったら楽しいし、悲しかったら悲しく、怒るときは本気で怒る。その時抱いた感情に嘘はなく、偽ることのない本当の気持ちだ。
だが、ただ単純に、満たされないのだ。
何をしても、どんなに笑っても、後から生まれるのは心地良い余韻ではなく空虚な気持ち。
心に穴が開いたようで虚しく、何かが違うと引っかかるモノはこびり付いた泥のようで気持ちが悪い。
いつしか私の視点は違うものになっていた。私を見守ってくれる人達の外から、私は観察するように俯瞰的で、当事者ではなく文字通り蚊帳の外から見るようになっていた。
そして、私が長年抱いていた違和感を自覚することが出来たのはいつの頃だっただろうか。
覚えていないが、その時の感覚は鮮明に覚えている。気持ち良いほど不気味で、気持ち悪いほどすんなりと、自身の異常性を受け入れることが出来た。
――――あぁ、やっぱりか――――と。
胸のつっかえが取れたように、長年引っかかっていた違和感が消え、私はもしかしたらこの時が初めて第三者から当事者へと視点を変えることが出来た。
それは――――死への憧れ。
自分自身すらもふとした瞬間抑えきれない駆られる破壊衝動。そして、生命を賭して“何か”を成す行為。どうやら私はそんな他人から見た行為が、堪らなく大好きのようだ。
死とは暗闇だ。生命が終わった先には何も起こらず、何かが生まれることはない。始まりがあるのなら必ず終わりは訪れる。生命も同じだ。生きている限り、死は絶対に逃れられない宿命。その先にあるのは天国でも地獄でもない。この二つは未知の恐怖を和らげるために人間が勝手に作った、有りもしない概念。死の先に待っているのは完全なる闇。何もないただの虚無でしかない。
人間は本能的にわかっている。
天国なんてものは存在せずに、地獄ですら存在しない、と。だからこそ人は死にたくなと足掻き、何とか延命しようと藻掻く。
当然、人は死にたくないと願う生き物だ。
ならば、極限の状態に置かれたら? 生き残るために、何者かを犠牲に生き残れない環境になったら?
一瞬の油断が命取り、一寸先の闇であるかのように、何が起こるか読めない状況――――言わば殺し合いのような日常になったら?
それこそ滾るというものだ。ギリギリの命のやり取り、隣で笑い合っていた人が、明日になれば敵同士になるような、混沌とした世界。私はそんな理不尽な世界を、幼い頃から望んでいたのかもしれない。
最初から、狂っていれば楽だった。私という人間性が、生まれたときから欠如しているのなら、苦しまずに済んだのだろう。
しかし、神様は残酷だ。不平等を平等に与えてくる。私は狂っていると同時に、人並の常識という装置が備わっていたようだ。殺し合いが出来ればそれは楽しい。その反面、私は同時に抑止してしまうのだ。それはイケないことである、と。本能が暴走を促し、理性が静止を呼びかける。私のストレスは最高潮に達しようとしていた。
限界に達しようとしていた私にとって、ソードアート・オンラインは福音といえる存在だった。
仮想世界で、限りなく現実に近い世界で、私は合法的に命のやり取りが出来る。もちろん、プレイヤーをキルしても死ぬことはなくゲームオーバーとなる。
運良くベータテスターに選ばれるものの、運悪く本稼働の際に私はどうしても外せない用事が出来てしまいログインすることは叶わなかった。だがその時の私は軽い気持ちで考えていた。別に今日が駄目でも、明日改めてログインすればいいだけだ、と。
次の日、私の耳に入ったのは一報。
ソードアート・オンラインが本当の意味でのデスゲームになった。
ゲーム内で命を落とした者は、現実でも脳を頭に装着されたVRゲームハード『ナーヴギア』に焼かれて命を落とすことになる、正真正銘のデスゲームへと変貌を遂げた。
そして私は“運良く”逃れることが出来てしまった。
ある人は運が良かったねと胸を撫で下ろす――――違う。
ある人は心配したよと泣いてくれた――――そうじゃない。
ある人は巻き込まれた人が心配だねと既に他人事になっていた――――黙れ。
心配してくれるのは嬉しく、私のために泣いてくれるのも嬉しい、他人事のような気持ちになるのも分かる。だがそれ以上に、私の胸に宿ったのは“怒り”だった。
ゲーム内で人が死ねば現実でも死ぬ。結構なことだ。最低限の人間性を持っているものの、それでもイカれている私は『人生最高のゲームを遊ぶ機会を逃した』と本気でキレていた。
その後のことはあまり覚えていない。
物に当たり、ガラスを砕き、自傷行為をひたすら繰り返し、恋人の肉体すらも痛めつけた。
私が我に返ってころには何もかもが破壊しつくされた後。血だらけで骨が折れている衣服を纏っていない恋人と、散乱した家具、ビリビリに破かれた羽毛布団、辺りに散らばっている硝子の破片。それからは極力、ソードアート・オンラインのことを考えないようにしていた。再び怒り狂ってモノに当たる恐れでも、恋人に八つ当たりしてしまう後ろめたさによるものでもない。ただ私は怒り、残された理性を焼ききらないように、必死に自身の本能を押さえつけていただけだ。
そしある日、ソードアート・オンラインはクリアされ、生き残り現実世界へと帰還したものはSAO
世間では彼らを同情の眼、奇異な眼で見つめる。私が抱いていたのは――――羨望だ。
ただ純粋に羨ましかった。
閉ざされた仮想世界で、まるで蠱毒のように殺し合い、屍山血河を作るが如くプレイヤーは命を賭したのだろう。
それは通常では経験ができない体験。つまるところ、私が一番望んでいたモノだから。
羨ましい本当に羨ましい。SAO
それから数ヶ月後。
VRMMOのガンゲイル・オンラインに没頭していた。ひたすらにやり尽くし、ひたすらに課金しまくる。休みの日はずっと遊んでいる毎日。私がハマっている理由は簡単、ガンゲイル・オンラインが一番『死』に近いからだ。魔法や剣といったファンタジー要素は要らない。火薬と薬莢の銃の世界。それはまるで現実のようで、私はガンゲイル・オンラインをやればやるほどドハマリしていった。
とはいえ、ソードアート・オンラインのようにガンゲイル・オンラインはデスゲームというわけでもない。しかしガス抜き程度にはなっているし、何よりも銃をぶっ放すのは楽しかった。
私の名もある程度は有名になってきた頃、耳を疑う情報が入ってきた。
ソードアート・オンラインで意図的にプレイヤーを殺すプレイヤーが存在していた。つまりPKを行う
そこで話しが終わっていれば、私は再び暴走したかもしれない。
――――SAOをやっていれば、そんな人殺しプレイヤーになれたのに!――――。
――――そいつら を正義の名の下にぶち殺すことができたのに!――――。
再び、物に八つ当りし、恋人を文字通りの意味で叩き潰していたかもしれない。
問題はこの後だ。意図的にPKを行う
本来であれば破壊衝動のまま暴れていた私を止めたのは、そのプレイヤーの存在。
興味を惹かれて、自然と愛憎が入り混じっていくのに時間はかからなかった。
それもその筈だ。そのプレイヤーは――――“彼”は私がやりたかったことを、人殺しプレイヤーを大義名分のままぶち殺すという行為を、一番楽しい行為を、横取りしたのだから。
羨ましくもあり、ズルいと拗ねて、“彼”と会ってみたいと思うようになっていった。もちろん、談笑して終わるつもりもない。ありとあらゆる雑言をぶつけて、人の尊厳を踏みにじるような罵詈を吐き出して、殴りつけてやらないと気が済まない。
恋人には“彼”の詳しい情報を調べ上げるように指示を出している。
家族構成、今までの過去、住居まで知るのにそう時間はかからないことだろう。ならば、あとは簡単だ。直接、私が赴いて、自分勝手に発散すればいい。
だがそれ以上に――――。
――そうだ。
――良いことを思いついた。
――嘆いている場合じゃない。
――SAO
愉シイ事ヲ、思イツイテ、シマッタ。
どうして思いつかなかったのだろう、どうして気付かなかったのだろう。
ソードアート・オンラインをプレイ出来なくてもいいじゃないか。だって――――。
――いるじゃないか、ここに。
――私がヤリたかったことをやって人間が。
――血も涙もない、獣がここに。
一人でクソ集団を潰した、最高のクソ野郎。
きっと“彼”は私と同じように、イカれているに違いない。
だって、そうに決まっている。私のように、イカれていなければ、一人で人殺し集団とヤリ合うわけがないのだ。
自分も死ぬかもしれないのに、たったの独りで、大人数を相手取るわけがない。私と同類。極限の命のやりとり興奮するようなサイコ野郎。そうでなければ道理が合わない、そうでなければ筋が通らない、そうでなければならない。
自然と笑みが溢れる。
きっと今の私は人の顔をしてないに違いない。肉食獣が獲物を見つけたように、新しいオモチャを見つけた子供のように、抑えきれない歓喜は獰猛なる笑みとなって私を破顔させていく。
“彼”ならば、私のどうしもようもない乾きを癒やしてくれるに違いない。
私がヤリたかったことを掠め取った泥棒猫、私と同じようにイカれている“
それは恋に想いを馳せるように、愛を紡ぐように、日を追うことに私は“彼”だけを考えるようになっていった。
“彼”のことを考えると気分が高揚し、“彼”のことを思うと身体が熱くなり、その欲情を恋人にぶつけていく。
――君が私に会いたくなるような展開を作ってあげる。
――君が私と殺し合うような場を設けてあげる。
――もう逃さない。
――さぁ、私と殺し合おう。
人殺し集団すら恐れ、感情のないプログラムであるモンスターすら道を開けて、強大な暴力を有しているフロアボスですら畏怖する規格外。正にバーサーカー、狂戦士、ベルセルク。
“彼”はこう呼ばれている――――“アインクラッドの恐怖”――――と。
>>私
毒鳥。
普段は面倒見が良く気さくな性格であるが、その反面人として壊れている。
どちらも彼女であり、どちらかが偽りというわけではない困ったちゃん。
アインクラッドの恐怖に目をつける。
>>恋人
元ストーカー。
かなりの回数で“私”にボコボコにされるが、アインクラッドの恐怖の存在もあって今回はその数の中の一回を回避することになる。
彼女が楽しそうで何よりです、とのこと。ある意味、器が広い。
アインクラッドの恐怖をどう思っているのかは不明。