ベルセルク・オンライン~わたしの幼馴染は捻くれ者~   作:兵隊

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 べるせるく・おふらいん
 ~例のトロッコ問題~

ユウキ「にーちゃんに問題です」
ユーキ「どんとこい」
ユウキ「線路を走っていたトロッコの制御が不能になりました。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されちゃいます」
ユーキ「ふむふむ」
ユウキ「この時たまたまにーちゃんは線路の分岐器のすぐ側にいました。にーちゃんがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かります。でもその別路線でも1人で作業しいる人がいて、5人の代わりに1人がトロッコに轢かれて確実に死にます。にーちゃんはどうしますか」
ユーキ「進路を切り替えれば5人は助かって1人は死んで、切り替えたら5人は死んで1人は助かるって奴か?」
ユウキ「そうそう」
ユーキ「だったらそもそもの原因のトロッコをぶち壊せばよくね? バカンって」
ユウキ「にーちゃん、天才かよ……」

キリト「天才の基準の低さ」

アスナ(ハラハラ)←以前の優希なら自分を犠牲にして5人と1人を助けるとか言うと思ってハラハラしていた人。
シノン「……」←先輩がいる方だけを助けると答えかけた人。

エギル「……」←テリーマンならみんな助けてくれると思ってる人。
クライン「……」←それな、って思ってる人。


第20話 銃の世界

 

 ――――私にとって、世界とは単純な構造となっている――――。

 

 ここで言う世界とは、地球上での世界を表しているモノではない。もっと抽象的な、漠然としている、言ってしまえば私の中の世界。言ってしまえば精神的な意味を表している。

 そこは心地良い場所だった。私を害する存在などいなくて、少数しかいないものの、私にとっては完成された空間だ。他人が見たら閉鎖的だと思うかもしれない。それもそうだろう、私自身がそう思っているのだから。

 

 私にとって、世界とはシンプルなものだ。

 私と先輩か、それ意外の連中に別けられている。私はそれで充分だった。先輩がいる、それだけで満ち足りていた。それ以上など要らない、それ以上など必要としていない。私にって必要なのは先輩だけ。彼さえいてくれれば何もいらないし、世界を滅ぼして先輩を助ける、もしくは先輩を殺して世界を救う、そんな二択を迫られたら迷わず私は前者を選ぶ。先輩を殺さないと存続できない世界など、滅んでしまえばいい。

 ――――たった一人の人間を犠牲にしないと救えない世界なら、いさぎよく滅びるべきだ。

 

 依存、というのだろう。

 自覚している。私は先輩に依存しており、先輩がいないと私は命を投げ捨てる。そう言い切れてしまうほどに、彼に依存しているし、彼だけしか考えられない。

 

 だが逆は、先輩はどう思っているのだろうか。

 仲の良い後輩、だと思っている筈だ。現に世話を焼いてくれているし、心を開いた相手にしか見せない態度で先輩は私に接している。口悪く応じて、鋭い眼でこちらを見つめて、粗暴な態度で接する。それが先輩が心を開いた状態であり、それ以上の態度をとっている先輩を私は知らない。

 だから以前までは言い切れていた。私――――朝田詩乃は先輩にとっては中の良い後輩であると。

 

 

 だがそれも、“以前”までの話しだ。

 私は知ってしまった。私に接している態度以上に、心を許した者に向けられる表情があるのだと。

 そしてそれが向けられる対象は私ではない。桐ヶ谷くんであったり、篠崎さんであったり、ミルズさんであったり、妹ちゃんであったり――――明日奈さんであったりするのだろう。

 

 私の先輩は素直ではない。

 本人達の前で決して、それこそ口が裂けても自身の本音を漏らすことはない。

 しかし私は聞いている。先輩にとって彼らと彼女達はかけがえのない存在であり、自分よりも強い連中で、手を伸ばし続けてくれた恩人であると。それは表情としても出ていた。眩しいものを見るような眼で、最大限の敬意を払った表情で、彼らと彼女達を先輩は見守っていた。

 恐らく、彼女達や彼らは気付いていない。私だから気付けた、子供の頃の先輩を見てきたからこそ気付くことが出来た彼の僅かな差異。それにその見つめる眼は私が何よりも欲していた眼だから。

 

 羨ましく、妬み、何よりも憎らしかった。

 私だって先輩を想っているのに、私には先輩しかいないのに、私には先輩しか必要としてないのに。彼らと彼女達は先輩を独占している。

 相応のことを彼らと彼女達は成し遂げたのだろう。先輩のために命をかけて、手を伸ばし続けて、漸く先輩も受け入れたのだろう。先輩が自分の信条よりも先に彼らと彼女達の言い分を聞いたのだ、それは偉業といっても過言ではないことだ。凄い、なんてモノじゃない。尊敬に値する事を、成し遂げたのだろう。

 

 だけど私はそれを手放しで称賛できるほど、人間というものが出来ていないようだ。

 我ながら醜いことだ、汚いことだ、嫌悪してもしきれない。あぁ、わかっている。わかっているのだが、それでも私は抑えきれない。傲慢に嫉妬し、激情に駆られ、強欲に羨望する。

 お門違いにも程がある。彼らや彼女達だって、先輩の特別になりたくて戦ってきたわけじゃないだろうに。きっと必死だっただけだ。先輩というわからず屋を追いつこうと、我武者羅だっただけに違いない。

 だとしても私は彼らや彼女達を、どうしても羨ましく思ってしまう。

 

 

 

 同じ土俵にすら立っていない。

 一歩も二歩も、私は後ろで先輩たちを見ているような感覚に陥る。こちらが懸命に走っても、追いすがろうともの、百歩進めたとしても、先輩たちの背は遠のくばかり。手を伸ばしても、先輩はこちらを見ようともしない。いくら呼んでも応えてくれない。最初から私が存在していなかのように、今度こそ先輩はこちらを一度たりとも見ないで、彼らや彼女達――――明日奈さんと楽しげにしながら歩いていってしまう――――。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 そこで私は目を覚まし、ベッドから跳ね起きた。

 時計を見れば朝の10時頃。平日であれば余裕の遅刻コース。だが幸運なことに、今日は日曜日。学校はもちろん休校日となっている。

 

 心臓の動機が激しい。

 背筋には嫌な汗が滲み出る。

 きっと今の顔色は真っ青になっているに違いない。

 気の所為ではない吐き気に口元を抑える。

 

 

「こんなんじゃ、ダメ……!」

 

 

 吐き出された言葉と同時に、脆弱な自分を引き千切る勢いで奥歯を噛みしめる。

 

 まだだ、まだ足りない。

 彼らや彼女達と同じ存在になるには、明日奈さんに負けないようにするには――――先輩と肩を並べて歩くためには、今のままじゃ何もかもが足りない。

 

 弱い自分を殺す。

 何の変哲もない、人を殺すためだけに作られた道具に、過去に怯えているようでは、話しにならない。

 そこまで考えて、私は無意識に枕の横に置いてあった、あるモノを手にしていた。

 

 頭に装着するゴーグル上の装置『アミュスフィア』。

 それはVRMMO、つまりはゲームをプレイするにあたって、重要な機械でもある。しかし私の中ではゲームを楽しむといった感情はない。

 アミュスフィアを装着してプレイできるゲーム、それは私の過去の根源でもあり、弱さの象徴とも呼べる武器が多数存在する。同級生の新川くんに教えてもらったとおり、そのゲームは私が求める内容のものが揃っていた。

 

 今の私は先輩の横に並べるほど強くない。むしろ守られる側になってしまっている。

 以前ならばその立場も心地良いものだった。甘えて、依存し、堕落する。ぬるま湯のようで、決してそこから出たくないモノが確かにあった。

 

 だが状況が変わった。

 それでは先輩は振り向いてくれない。私も特別になるには、私自身が強くなるしかない。

 

 耳につけたイヤリングへ触れる。

 三日月の象られた、銀色のシルバーアクセサリー。かつて先輩が私のために買ってくれたモノであり、ゲームをする際に毎回付けているお守りでもある。

 私と先輩を繋ぐ――――大切な絆の象徴。

 

 

「今度は、私が、先輩を、守れるように、強くなる……」

 

 

 誓うように、祈るように、告げるように。私は私自身に設けた誓約を口にした。

 私は弱い自分自身を、この手で撃ち殺す。

 その為にも。

 

 私は再び、自身のトラウマと、銃の世界へと。

 

 

「リンク・スタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2025年6月22日 PM13:25

 ALO 央都『アルン』 近隣草原地区

 

 

 一振り、また一振り。

 振る度に風切り音が鳴り、次に衝撃が小規模で“彼”中心に発生する。

 “彼”の手にするは、漆黒に染まっている画桿の方天戟。重量は相当のものであり、男性三人でやっと持てる規模の重さ。

 それを軽々と、“彼”は奮っていた。時に斬り、時に突き、時に薙ぐ。あまりある膂力は、方天画戟の重さがなかったかのようにいとも容易く振るわれていく。

 仮想世界とは言え、肉体は悲鳴をあげる。しかもかれこそ、“彼”は素振りを開始してから三時間は経過していた。現に、“彼”から止め処なく汗が流れ、息も僅かに上がっている。

 

 鍛錬とは、苦痛を伴うものだ。身体が悲鳴を上げて、それを無視して自らを追い込んでいく儀式。それこそが鍛錬であり、努力というものだろう。

 言わば、鍛錬とは努力とはそういうものだ。自らの身体を痛め続けて、限界まで追い込み、身体と心を鍛え上げていく。その行為こそが努力と呼ばれる儀式に他ならない。

 

 とはいえ、“彼”の鍛錬方法は努力なんて生易しいモノではない。

 ある種の拷問と呼べる行為をしながら“彼”は思う。

 

 

 ――わからねぇ。

 ――アイツは何を考えている……?

 

 

 結論から言うと、“彼”の中では自分が鍛錬を行っているという認識はない。

 ただ頭を空っぽにして考えたいから、方天画戟を素振りしている。そんな理由でしかなかった。とはいえ、“彼”が規格外なのは変わりない。考え事をしたい為だけに、三時間規模の素振り。しかも相当の重量を有している方天画戟を全力で振るっているのだ。常人では考えられるものではなく、規格外と称しても差し支えないだろう。

 

 更に規格外――――ユーキは全力で方天画戟を振るっていく。

 

 

 ――何でわざわざ辛い目に合う?

 ――アイツの考えたことだ。

 ――オレがとやかく言う筋合いはない。

 ――ンなことはわかっている。

 ――だが道理が合わねぇ。

 ――銃ってのはアイツのトラウマの筈だ。

 ――考えたくもねぇ過去の筈だ。

 ――なのに、どうして?

 

 

 ユーキの中でのアイツ。それは後輩である朝田詩乃に他ならない。

 

 何気なく連絡がつかないから、彼女の同級生である新川恭二に聞いたところ、彼はユーキが耳を疑う発言を口にしていた。

 『朝田さんなら、前に言ってたGGOっているVRMMOやってるみたいですけど……』と。

 

 後輩がVRMMOやっていることに、ユーキは衝撃を受けたわけではない。彼女も年頃の女性だ、巷で流行っているVRMMOというジャンルが気になってプレイすることもあるだろう。

 問題はそのゲーム、つまりはVRMMOの内容に他ならない。

 

 それは銃の世界とも呼べるゲーム。ガンゲイル・オンライン、通称GGOと呼ばれるゲームだ。

 銃、銃なのだ。詩乃の過去をある程度であるが把握しているからこそ、ユーキは目を見開いて驚いた。詩乃にとって銃とは禁忌とも呼べる人殺しの道具、最大のトラウマである筈だ。銃という単語を聞いただけで震えていた癖に、何故わざわざ銃を主体とするゲームをプレイするのか。ユーキには全く理解が出来なかった。

 とは言え、ユーキも口を出すつもりもない。命がかかっているのならまだしも、所詮はゲーム。ゲームオーバーになったところで現実でも死ぬわけではなく、銃で撃たれたからといってどうとなるわけでもない。

 

 だがそれでも疑問は湧いてくるというもの。

 本人に問い質せば済む話しなのだが、どういうわけか詩乃とは連絡が取れない。

 故にユーキはこうして素振りをしながら考えている。鬱憤を晴らすように、もどかしさを解消するように、自分自身の身体を痛めつけていく。

 

 

 そこで、ピタリ、と。

 振るわれていた方天画戟が振りかぶられたところで止まり、両手から片手に持ち替えて剣先を下ろす。

 大きく吸い込み、深く吐き出して、振り返りことなく。

 

 

「オマエ、何の用だ?」

「あれれ、バレた?」

 

 

 悪びれもせずに、えへへ、と片手で頭を掻く女性AIが一人――――ストレアがユーキの背後へと立っていた。

 

 ユーキは振り返る。

 黒いワンピース姿で、ユーキの腰辺りくらいまでしかない背格好。正に幼女と言っても過言ではない出で立ちだ。

 ストレアの姉であるユイが幼女とナビゲーション・ピクシーの姿になれるように、彼女も女性らしい身体つきの姿から、未発達な幼女姿のどれかになれる。

 

 うんざりとした口調でユーキは呟く。

 

 

「今日はちっこいな」

「まぁね。この姿も気に入ってるんだアタシ。アナタは大きい方が好み?」

「別にどっちでもいい」

「ダメだよ~。そこは『どっちも可愛いと思うぜっ☆』くらい言ってくれないと」

 

 

 ウィンクしながら可愛らしくサムズアップするストレアに、頭が痛くなる思いで目頭を抑えてユーキは忌々しげに言う。

 

 

「それは、オレのつもりか?」

「うん。初対面の人に対するアナタのモノマネー」

「叩き潰すぞポンコツAI」

 

 

 苛立ちと共に深くため息が吐き出されて、ユーキは改めて問うた。

 

 

「ンで?」

「え?」

 

 

 いまいち要領が得ていないのか、首を小さくかしげるストレア。

 対するユーキはこれ以上時間を割いていられるか、と無理やり本題を切り出すことにした。

 

 

「何の用だって聞いたつもりなんだが?」

「アナタが悩んでるって聞いたから来ました」

「……誰に聞いた?」

「アスナだよっ!」

 

 

 悪びれる様子もなく、笑顔でストレアは続けて。

 

 

「少し前までアスナもいたんだけどね、アナタの素振り見て言ってたんだー」

「……オレが悩んでるって?」

「うん。考え事してるみたいだから、ソッとしてあげようって」

 

 

 アスナもいたとは気付かなかった。

 どうやらユーキも思いの外、没頭していたらしい。

 

 だがそれよりも無視できない発言があった。

 ユーキは若干の苛立ちを込めて、ストレアに尋ねる。

 

 

「じゃあ何か。オマエはアスナが気を使ったっていうのに――――」

「――――はい、無視しました!」

 

 

 はい、という声と共に片手を元気良く上げて、花の咲いた笑みをもって答える。

 

 毒気が抜かれるとはこの事を言うのかもしれない。 

 肩の力が抜けるように、ユーキは両肩を思いっきり落とす。もちろん、ため息を忘れない。

 まるで手のかかる子供を相手しているかのようであり、本気で怒るのは大人げないものだ。天真爛漫であり、純粋無垢。それこそがストレアというAIの性格であるのだから。

 

 そして問題のストレアは、気にすることなく。

 

 

「ねぇねぇ、何を考えてたの?」

「言わねぇよ」

「えー! どうしてー!?」

「オマエに話したところで、解決するとは思えねぇもん」

 

 

 最早、素振りどころではないと思ったのか、ユーキは自身の持っていた方天画戟を装備画面から外す。

 対するストレアは、どこか自信満々に胸を張り、居丈高に口を開く。

 

 

「解決するもん!」

「絶対に解決しない」

「忘れているようだね。アタシはメンタルヘルスカウセリングプログラム試作二号だよ? ヒトのお悩みなんてチョチョイのチョイだよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、全然わからない!」

「おい、メンタルヘルスカウセリングプログラム試作二号」

 

 

 朝田詩乃という少女の過去に何あったのかを省き、銃を極度に恐れていると説明し意見を求めたところで、ストレアが自信満々に言った。

 だがユーキもそこまであてにしていないのも事実だ。ストレアというAIは確かに優秀なのかもしれない。自分で考え、自分で行動し、自分の感情を有している。彼女やユイを作った従兄弟は間違いなく神域の天才と呼ぶに相応しいとユーキも認めている。

 だがポンコツ、されどポンコツ。

 優秀かもしれないが、それと同等に抜けているところもある。詰めが甘い、きっとそれがストレアという少女の性格なのだろう。

 

 ユーキもその辺り理解している。

 故に草原へ寝っ転がり空を見上げて。

 

 

「ま、期待はしてなかった」

「酷いー!」

 

 ブーブー! 口を尖らせて隣で座っているストレアが猛抗議するも、ユーキは華麗にそれを無視。視界に入る浮遊城『アインクラッド』を曖昧な表情で見つめながら抗議に応じた。

 

 

「オマエもオレも、所詮は赤の他人だ。朝田の考えを理解しようってのが無理ってもんだ」

「アナタもわからないの?」

「わからねぇから考えてんだろうが」

 

 

 寝っ転がっている姿から、上半身だけ起こして続けて。

 

 

「本当にわからねぇ。何でわざわざ辛い目にあいに行くんだ? VRMMOなんていくらでもあるだろうに」

「そういうアナタはどうなの?」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だけど」

 

 

 どこか呆れるように、心配するように、ユーキを見上げながらストレアは言った。

 

 

「アナタは自分の行動を辛いと思ったことあるの?」

「決まってんだろ――――思ったことねぇよ」

 

 

 当然のように答える。

 何の疑問もなく、何の躊躇もなく、何の迷いもなく。

 今まで行ってきた自身の行動に、辛いと思ったことは一度もないと断言して見せた。まるでそれは当然と言えるものであり、息を吸って吐くようなあたり前のことであると思っていたから。

 モンスターキラーに片手を斬り飛ばされようが、殺人鬼に付き纏われようが、一人でフロアボスを攻略していようが、余命幾ばくもない状態になろうが、最大の敵が身内にいようが、アルヴヘイムで拷問紛いの人体実験されようが、関係がなかった。

 ユーキにとって、茅場優希にとって、それは至極――――あたり前のことであったのだから。

 

 ストレはため息を吐く。

 呆れた調子で、億劫そうな声で。

 

 

「うん。アナタのそういうところ」

「何だよ?」

「――――気持ち悪いって思うな!」

 

 

 にっこり、満面の笑みで。グッサリ、容赦なく。言葉は暴力となりユーキへと突き刺さっていく。

 対するユーキも多少は面を食らったようで、彼には珍しい苦笑いを浮かべて。

 

 

「オマエ、笑顔でさらっとエグいこと言うね?」

「だって事実なんだもん」

 

 

 ブーっと頬を膨らませながらストレアは続けて言う。

 

 

「そもそもアナタは自分を大事にしてません!」

「ンだよ。いいだろ別に」

「良くなーい!」

 

 

 興奮するあまり立ち上がってしまった。

 とはいえ、今のストレアは幼女形態。威圧するように立っていようとも、所詮は子供の体躯だ。座っているユーキと目線が合うだけで、威圧の効果は得られていない。

 

 その補強は身振り手振りで補いようで、勢いよくユーキを指差して。

 

 

「第一、アナタの在り方が痛々しい!」

「普通だって」

「ほらー、そういうところだよ。普通じゃないの。普通の人は剣山を裸足で歩かないでしょ?」

「当たり前だろ。危ねぇじゃん」

「……自覚なし。本当に困ったよ、アナタの中にいた頃」

「何だよ?」

「何度吐いたことか」

「オイ、人様の中で汚物を撒き散らすなや」

「だって気持ち悪かったんだもん! カッコいいけど!」

「フォローになってねぇよアホ」

 

 

 自分のあり方はひとまず置いておくとして、問題は詩乃の考えである。

 先程の謂れのない罵倒に対する返答も込めて、ユーキはストレアの頭へ軽く手刀を叩き落として続ける。

 

 

「ンじゃ何か? オレから見たら妙であるが、朝田からは普通のことで、何も問題はねぇと?」

「そうじゃない?」

 

 

 どうして事実を述べた自分がチョップされたのかわからない。そんな不思議そうに涙目になりながら、ストレアは頭を片手で擦る。

 しかしここで、ハッ、と目を見開いた。軽い衝撃のおかげで、頭の中の回路が繋がったように、とある考えが浮かび上がる。根拠はない。だが何度かユーキから後輩の話を聞いたことがある。ユーキは遊びに行っただけと称しているが、誰がどう見てもデートであり、アスナの呑気っぷりを心配もした。

 となれば薄っすらと見える事実がある。

 

 急に黙ってしまったストレアに、訝しむ眼でユーキは見ながら。

 

 

「どうした?」

「もしかしてだけど」

「もしかして?」

「銃はまだ怖いし、本当はプレイするつもりもないけど、何かのためにGGOをやっている、とか?」

「何かの、ために……」

 

 

 言われてみれば確かに、ただ好んでトラウマの象徴が存在するゲームをやる必要はない。

 以前からVRMMOというジャンルに興味があるのなら、違うタイプのモノをプレイすればいいだけの話しだ。だが詩乃は敢えて、銃の世界と呼ばれるMMO――――ガンゲイル・オンラインを選びその世界へと足を踏み入れた。

 そんなもの、傍から見たら苦行でしかない。銃という単語だけで、身体を震わせて、表情は強張り、満足に立つことも出来なかった少女が、何の理由もなしに銃を手にするとは思えない。

 

 何かが詩乃の意識を変えたのだ。

 それが良いことなのか、悪いことなのか。ユーキには判断が出来ない。

 詩乃も子供ではないのだ。自分で考えて、自分で選んだ。ただの外野であり、他人であるユーキが口を出す謂れもなければ、首を突っ込むつもりもない。

 ――――だがそれは、命が関わっていなければの話しだ――――。

 

 

「……何してんのオマエ?」

 

 

 ジッ、と虚空を見つめるメンタルヘルスカウセリングプログラム試作二号が不気味に思ったようだ。

 ユーキは訝しむ視線をストレアに向ける。対するストレアは明後日を見つめたまま、問いに答えた。

 

 

「えーっとね、GGOを調べているんだよね。……あっ」

「何だよ?」

「コホン。……GGO ノ データ、検索中、検索中」

「急にロボっぽくなるなや。雰囲気なんて出てねぇぞ」

 

 

 投げやり気味に応じると、再びユーキは寝っ転がり視線を空へと向ける。

 景色は変わらない。ファンタジー要素の強い世界観を有しているアルヴヘイム・オンラインの空の上で、不釣り合いな人工浮遊島が浮いていた。

 アインクラッド。日夜、プレイヤーは各層を攻略しようと躍起になっている舞台。かつてあそこで生活し、何度も視線を潜ってきた場所でもある。確か今は一層目を攻略しているんだったか、とぼんやりと考えていると。

 

 

「……えっ?」

 

 

 ストレアの驚いた声に、ユーキは何気なく反応する。

 視線は浮遊城、されど意識はストレに向けて、気の抜けた声を上げて。

 

 

「どうした?」

「あの、えっと……」

「何だ?」

「GGO関連の掲示板を調べてたんだけどね……」

 

 

 どこか言葉を選んでいる調子で歯切れの悪い。

 いつも思ったことをズケズケと言ってくるストレアらしくない物言いだった。彼女は困惑し、事実だけ口にする。

 

 

「GGOで妙なプレイヤーがいるって……」

「どんなヤツだよ」

「その……、“アインクラッドの恐怖”って名乗ってるって……」

「……あ?」

 

 

 

 

 

 




 これにて、Vol.6が完結と相成りました。
 投稿してから二年。更新停止を二度やらかしたにも関わらず離れずに読んでいただけているとは、本当に作者冥利に尽きます。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました!
 こうしてしぶとく、ベルセルク・オンラインが続くのも皆様がいてくれたからこそだと思っております。
 さて次はVol.7となりますが、いくつか後悔することがありました。
 
 それはもちろん、修羅場ですね。畜生、畜生……!
 Vol.7は絶対に修羅場起こします。起こさないと私の精神上よろしくありません。痛い目を見る優希、見たくないですか?(愉悦)

 何はともあれ、GW前にVol.6を完結させるという自分に課した課題がクリアされたのでとりあえず満足。さぁ、モンハンやるんじゃ^~
 
 ここまで読んでくださりありがとうございました!
 これからもベルセルク・オンラインをどうかよろしくおねがいします!
 
 PS:もっと学園生活を描写したかった。


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